異世界転生したので無双できると思ったら既に現地転生者が無双していたんだが? 作:萬屋久兵衛
俺たちを助けるべく熊の魔獣との間に割って入ってきたポニーテールの女性は、右手の
左手に
そんな女戦士と熊の魔獣がにらみ合っているうちに、残りの三人が彼女に追いつきポジションについた。
熊の魔獣の側面に陣取った大男は薙刀のような長柄の武器を構える。
弓を手にした軽装の青年と外套を身にまとう少女は女戦士の背後──つまり俺たちの目の前に陣取った。
熊の魔獣は側面の大男の存在をしきりに気にしているが、正面の女戦士が前に詰める姿勢を見せたり小盾を小剣で叩いて大きな音を出したりするせいで注意が散漫になっている。
女戦士も大男も熊の魔獣と距離を保ったままけん制に終始していた。
なぜ攻撃しないのかと首を捻っていると、隣に立つセーラが囁いた。
「ウルフベアに先に仕掛けさせるつもりね」
その言葉の直後に、焦れた熊の魔獣──ウルフベアが側面の大男に飛び掛かろうと距離を詰めた。
そこに軽装の青年が放った矢が突き刺さり、間髪入れず懐に飛び込んだ女戦士がウルフベアの後ろ脚を斬りつける。
ウルフベアが苛立たし気に唸るような声を上げながら女戦士に前脚を振り上げたところで、今度は大男が薙刀をウルフベアの胴に突き刺す。
大男に注意を向ければ女戦士が斬りかかり、女戦士に向かえば大男が突きを入れる。そして合間合間に軽装の青年が矢を射てウルフベアに出血を強いている。
外套の少女が何もしていないのは手を出す必要がないからか、はたまた攻撃手段のない魔法使いだからか。
どちらにしろ、致命傷こそ与えられてはいないが彼らは被害を受けることなく有利に立ち回っていた。
「お~。熊相手にうまいことやってんなあ。あれならそのうち熊も力尽きるんじゃないか?」
彼らの連携の取れた戦い方に感嘆する俺だったが、どうやらセーラは別の意見を持っているらしい。
「ううん……。確かに悪くはないと思うけれど、ちょっと決定打に欠けるかしら。それも後衛の女の子次第ではあるけれど。……アクシア君、一応準備をしておいて」
「あ、ああ」
セーラに指示されて俺は火縄銃に弾を込め始める。
装填が終わるか終わらないかのうちに戦況が動いた。
冒険者たちの戦術に為す術もなく傷つけられていたウルフベアが、突然こちらに身体を向けて駆け出した。
大男が後ろ脚を斬りつけるのも無視して、軽装の青年が射かける矢もものともしないで猛然と向かってくる。
慌てて間に入った女戦士すら跳ね飛ばしたウルフベアに、俺は思わず悲鳴のような声を上げた。
「おいおいおい!なんで急にこっちに来るんだよ!?」
「とりあえず弱そうな人間を倒そうと思ったのか、それともとにかく囲まれてる状況を打開したかったのか。まあウルフベアにそこまでの知能があるかはわからないけれど」
この期に及んでそんな解説をしているセーラ。
実に頼もしくあるのだが、そんなことを言っている暇があったらあいつをなんとかしてくれ!
俺の願いも虚しく、セーラは様子見を選択したようで動く気配はない。
その視線の先では外套の少女が腕を前に突き出して戦闘態勢に入っていた。
彼女が右腕にしている腕輪──それに嵌め込まれている翡翠色の石が輝いたかと思うと突風が吹き荒れる。
すると、ウルフベアの身体が突然何かに切り裂かれたように血飛沫を撒き散らした。
どうやら風の魔法かなにかでかまいたちを発生させたらしい。
流石のウルフベアも苦悶の声を上げ足を鈍らせる。
しかし、それだけの傷を負ってもウルフベアの足は完全には止まらなかった。
「くっ……おふたりとも!避けてください!」
外套の少女は口惜しげに呻いた後、ウルフベアの突進を避けようと横に飛んだ。
俺も慌てて回避行動を取るが、セーラはその場から動かずにウルフベアを見据えていた。
「おい!?」
焦って叫ぶ俺を他所に、セーラは手にした杖を掲げるとその先端を地面に落とした。
すると杖の先端に触れた地面が凍結し、さらにそこからウルフベアに向けて伸びるように地面が凍っていく。
足下を直接凍らせるだけでは重量のあるウルフベアの突進を阻むことはできないと考えて動きを鈍らせることを優先したということか。
しかし、それは悪手だ。
例えウルフベアが氷に足をとられて滑ったとしても、倒れた先が摩擦の小さい氷の上では突進の勢いを殺しきれずにセーラにあの巨体がぶつかってしまう。
「セーラ避けろ!」
だから俺はセーラに向けて叫んだ。叫ぶことしかできなかった。
その間にも地面を這う氷の道はウルフベアの足下まで到達し、ウルフベアは案の定地面の急な変化に対応できず足を滑らせる。
そのまま地面に倒れた氷の上を勢いよく滑り──そして、ウルフベアが飛んだ。
天高く、などとはけして表現できない小ジャンプであったが、たしかにウルフベアの巨体が宙を舞った。
「は?」
思わず声を漏らした俺だが、地面を滑っていただけのウルフベアの身体が宙に放り出された理由にはすぐに気がついた。
よく見れば凍った地面の一部が盛り上がり、傾斜を形作っていたのである。
さながらスキーのジャンプ台のようなものだ。
当然セーラがそうなるように地形を操作したに違いない。
ウルフベアの身体は勢いのままに宙空で半回転して、仰向けになって地面に落ちていく。
そしてその先は凍った地面──に何故かにょきっと筍のように生えた氷柱があった。
ウルフベアは為す術もなく、というか状況を把握する間もなく背中から氷柱に落ちて刺し貫かれた。
土手っ腹に穴が空いて絶叫するウルフベア。
氷柱を外そうとしてか他にできることがないからかウルフベアは必死に藻掻いているが、氷の上では踏ん張りが利かないようで血を吐きながらただただ手足を振り回すばかりだ。
というか、あの状況でまだ生きてるのかよ……。
「アクシア君、トドメを刺してちょうだい」
「お、おう……」
ウルフベアの生命力にドン引きしている俺に、セーラが冷静に促してくる。
火縄銃の装填を指示したのはこういう状況を見越してのことか。
俺はウルフベアの手足に当たらないよう距離を保ちながら迂回して頭側に向かうと、確実に当てて倒すべく火縄銃を至近距離でウルフベアの頭に向けた。
「……ん?」
引き金を引く前にふと気がつく。
そういえば熊の頭を狙って撃っても意外と貫通しないという話を聞いたことがあったっけ。
俺はちょっと考えてからウルフベアにさらに近づいていく。
暴れるウルフベアのほとんど傍に立った俺は、ウルフベアの顔に火縄銃を突きつけるとタイミングを見計らって先端を口内に突っ込んだ。
「!!?!?!」
突然異物を突っ込まれたウルフベアは驚いた様子だったが、反射的にその異物を噛み砕こうとする。
だが、それよりも早く俺の指が火縄銃の引き金を引いた。
炸裂音と共にウルフベアの頭が跳ねて血や脳漿を撒き散らす。
「うわグロっ」
実にスプラッタな光景であったが、それもウルフベアが塵に還ったことですべて消え去った。
後には魔石が残るわけだが、そのサイズは今まで倒してきた魔獣よりも一回り以上大きい。
俺が拳大はあろうかというその魔石を拾ったところに、冒険者パーティの四人が集まってくる。
「お見事。どうやら助太刀は余計なお世話だったみたいだね」
苦笑する女戦士にセーラが頭を振った。
「いえ、助かりました。あの時は間に入っていただかなければ間に合わなかったと思いますので」
「どうだかね」
セーラの優等生な返事に軽装の青年が皮肉気な言葉を漏らす。
「キースさん」
外套の少女が窘めると、キースと呼ばれた青年は肩を竦めた。
「それで、他の仲間は?」
「いえ、俺たちふたりだけです」
女戦士の問いに俺が答えると、彼らは一様に驚愕の表情を浮かべた。
「……少女の方は魔法使い。そちらの少年は見慣れぬ武器を使ってはいるが、魔獣と斬り結ぶことはできまい。お主たちがいかに優れた冒険者だったとしても、前衛となる者がいない中ふたりだけで魔獣の住処に踏み入るというのは感心せぬ。かように奥深き場所であれば尚更だ」
今度は薙刀使いの大男がやたら堅苦しい言葉遣いで俺たちの行動を咎めてくる。
いやはや至極ごもっとも。
俺たちからすればセーラという転生チートな存在が問答無用で魔獣を封じ込めるので前衛はいらないし、それを担保にいけるところまで行ってしまおうという魂胆なのだが、傍から見ればとんでもなく無謀な行いに見えるであろう。
その上俺もセーラも見るからに若年なので、魔法の力を笠に着て無謀な冒険をしている新人とでも見られているかもしれない。
しかし俺たちの事情をわざわざ説明するのも面倒だし、そもそも転生なんて事象を証明する術もない。
この際適当に言い訳をして誤魔化すのが一番であるのだが……。
俺が言い訳をひねり出す前に、セーラがしゅんとした様子で口を開く。
「私たちも本当はこんなところまで来るつもりはなかったんです。ただ、今日は魔獣をあまり見つけられなくて、ついこんな所まで……」
そこまで言ってちらっとこちらに視線で合図してくるセーラ。
俺は言わんとしていることを察すると仏頂面を浮かべ、言い訳がましく言葉を並べたてた。
「魔法使いがいりゃあなんとでもなると思ったんだ。それに、せめて宿と飯の代金ぐらいは稼がないと飢え死にしちまう」
「それでも無理をせずに退いてみせるのが冒険者だよ。君たちなら私たちの助太刀がなくともウルフベアを倒せたかもしれないけれど、もしかしたらどちらかが、あるいはふたり共が死んでいたかもしれない。そうなったらもう次はないんだ。命はひとつしかないんだからね」
そんな俺に女戦士が諭すように語るので、俺はいかにも心に響いたような雰囲気を出しつつ俯いてみせる。
実際は彼女の言葉が可笑しくてつい笑いそうになった口元を隠そうとしたのであるが。
なにせ俺はふたつめの、セーラは一〇を優に超える数の命を繰り返しているのだ。
そんな俺たちが命の大切さを説かれるとは。
「そうですよね……。気をつけるようにします」
無言で笑いをこらえる俺に対して、セーラは眉を落として殊勝な言葉を口にしてみせた。
「それで、その魔石はどうするよ?トドメを刺したのはお前たちの方だけどよ」
そんな俺たちのやり取りをつまらなそうに見ていたキースが口を開く。
俺たちだって戦ったのだから取り分を寄越せ、ということらしい。
そんなキースに外套の少女は非難がましい視線を向け、大男はやれやれとため息を吐いている。
俺は苦笑している女戦士に問うた。
「ええっと……俺たち、こういう状況になったことがないんですけど、普通はどうやって分配するもんなんですか?」
「ふむ……そうだね。普通は自分のパーティーが魔獣を倒すのにどれだけ貢献したかを主張し合って、大凡の割合を決めるんだ。今回で言うと私たちはウルフベアを弱らせはしたが、トドメを刺したのは君たちだ。私が君たちなら取り分八割を主張するだろうな」
見るからに後輩な俺たちへの指導のつもりか、女戦士は具体的な割合まで含めて説明してくれた。
女戦士の口にした数字を聞いてキースが抗議するように主張する。
「馬鹿言うな。俺たちが間に入らなきゃこいつらが無事だったかどうかはわからないんだぜ。うちが四割もらったって罰は当たらねえよ」
「……とまあ、こんな感じでお互いが主張をぶつけ合うわけだな。後はこの割合をたたき台に交渉に入っていくわけだが……」
さあどうすると言わんばかりにこちらに視線を送ってくる女戦士に俺が答える前に、セーラが発言した。
「それなんですが、今回はこの魔石をお譲りします」
「はあ?」
まさかの
声こそ上げないが、他の面々も驚いた表情をしている。もちろん俺だってそうだ。
「それはどういうことかな?」
女戦士が困惑してセーラに真意を問う。
「キースさんのおっしゃる通り、皆さんに助けていただかなければどうなっていたかわからないですから……それに」
「それに?」
「その……魔石をお譲りする代わりに、森を出るまでの護衛をお願いしたくて。またウルフベアに出くわしたらいけませんからね」
そう言ってセーラが微笑むと女戦士は目を見開き、そして再び苦笑した。
「なるほど……そういうことなら承知した。我々としてもこれだけの大きさの魔石が手に入るのであればここで狩りを切り上げてもおつりが来る。皆もそれで良いな?」
他の三人が肯定したので、俺は内心で魔石を惜しみつつも女戦士に魔石を渡した。
考えてみればつい深入りしてしまったという体で誤魔化しているのでここで帰還するのは当然の成り行きだし、この際魔石を諦めてでも安全に帰還しようと交渉してみせるのは自然な流れだろう。
火縄銃をお披露目するという目的も達成しているし、普通の冒険者がどんな風に戦うかも見物できたし。
魔石は惜しいが、食と住をセーラに出してもらってるヒモな俺としては諦められる範疇だし。
……いや、やっぱりちょっとぐらい取り分を受け取っても良かったんじゃないかなあ。