異世界転生したので無双できると思ったら既に現地転生者が無双していたんだが?   作:萬屋久兵衛

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カプリ姉とカールお兄様

 

「……で、初日からウルフベアを倒す大金星を上げたってわけ」

 

「へえ、そいつは大変だったみたいだね」

 

 俺の冒険譚を聞いて、テーブルの向こうにいる女性はそっけない返事をした。

 彼女のリアクションが思っていたよりも薄かったので俺は首を傾げる。

 その女性はこの世界でどうやったのか緩くパーマをかけられた長髪を結わえて、露出の多い赤のドレスを身に纏っている。高身長でスタイルも良い。ちょっと目つきがきついのが玉に瑕だが容姿も眉目秀麗で、日本の夜の街で天下を取れそうなお人だ。

 彼女が元農村の出だと見抜ける者がどれだけいるのだろう。冒険者として活動する彼女──カプリ姉は、それだけ垢が抜けまくっていた。

 カプリ姉はジョッキの中の麦酒(エール)を覗くように俯いていて、その表情がどうなっているのか判別できない。

 

「……初日はそこで切り上げたわけだけど、その後も何日かターキッシュリーフに通ったんだよ。まあ初めての狩の成果としては上々じゃないかな。この調子なら冒険者としてなんとかやっていけそうだよ」

 

 俺が話し終えると、カプリ姉はゆっくりと顔を上げて低く平坦な声で問うてくる。

 

「……つまり、アクシアは新人冒険者のくせに冒険者ギルドのアドバイスを無視して間引き依頼なんかに繰り出し、あまつさえターキッシュリーフの奥深くに踏み入ってウルフベアに出くわしたと?その上それに懲りずにふたりだけで間引きを続けてきたってわけかい?」

 

 こちらに視線を向けたカプリ姉が険しい顔でこちらを睨むのを見て、俺は慌てて反論した。

 

「い、いやいや!間引き自体はセーラの魔法があったから安全だったし、初日以外は浅いところで狩ってたから!ウルフベアだって冒険者パーティーの助けは借りたけど無傷で倒せたし、全然大丈夫だったって!」

 

「ふうん……」

 

 しかしカプリ姉は俺の主張に目を細めると、にわかに俺に向かって両腕を伸ばして襟首を掴むと容赦なく締め上げ始めた。

 

「このお馬鹿!他所様のパーティーの世話になっておいて安全だったなんてよく言えたもんだね!」

 

「ちょっ……苦しい……ギブギブ!」

 

 カプリ姉の腕を必死に叩いてアピールするが、カプリ姉はそれを無視して俺を締め上げ続ける。

 そんな俺とカプリ姉を、キュベロはおろおろとしながら、セーラは実に楽しげな様子で眺めていた。

 

 

 ターキッシュリーフでの間引きからロザーヌへ帰還した俺たちは、帰還の報告と魔石の換金のために冒険者ギルドに向かった。

 無事に諸事完了させて飯の話をしている時にちょうど同じく仕事帰りであるらしいカプリ姉とキュベロに出くわして、せっかくだからと四人で食事を取ることになったのである。

 そして俺のことを心配するカプリ姉を安心させるべく、ターキッシュリーフでの戦果を語って聞かせたのだが……結果はご覧の有り様だった。

 カプリ姉の魔の手から必死に逃れようともがき、許しを請う俺だが、カプリ姉はまったく手を緩める気配はない。

 そういやギブアップもタップもここじゃ通じねえやと遅まきながら気がついたのは、酸欠でほぼ逝きかけた頃のことである。

 十数年ぶり二回目の三途の川が見えてきたあたりで、やっとカプリ姉は俺を解放してくれた。

 

「アクシアは昔からそうだね!頭は良いくせに軽はずみというかなんというか……」

 

 ぷりぷりと怒りながらエールを飲むカプリ姉。

 静かにして笑みのひとつも浮かべていれば美しき夜の蝶とでも表現できそうな姿なのに口を開けば途端に地の性格が表に出てきて、これぞ俺の知るカプリ姉だとちょっと安心してみたり。

 そんなカプリ姉への言い訳はいくつも思い浮かんでいたが、それを口にすることはしなかった。

 カプリ姉に一の言い訳を返しても百の正論が返ってくるのが目に見えていたし、今は言い訳よりも身体に酸素を送り込むことが最優先だったからである。

 

「ね、姉ちゃん、アクシアも無事だったんだからもうそれぐらいによお……」

 

「あんたは黙ってな!」

 

「うん……」

 

 俺への殺人未遂をただ眺めていただけの友達甲斐のないキュベロがおずおずと口を挟むが、カプリ姉に鋭い一瞥を向けられてすぐに口を閉じた。

 まあ、そうなるとは思っていたけれども。

 キュベロがカプリ姉に勝てるのは図体のデカさだけなので、これは致し方ないというものである。

 その図体についてもカプリ姉は女性にして背が高く、なんなら別に小さいわけじゃない俺よりも高いぐらいなので性差を考えれば実質勝ちみたいなものなのだが。

 

「まったく……キュベロもせめてアクシアの半分ぐらい腰が軽くなってくれればちょうど良いんだけどねえ」

 

 ぼやくカプリ姉に、俺が死にかけるのを楽しげに見ていた愉快犯セーラがころころと笑った。

 

「あら、それならアクシア君にはキュベロ君の半分ぐらい臆病になってもらわないといけないわ」

 

「俺は普通に臆病だっての!セーラの魔法がなかったらもっと堅実に働いてるよ」

 

「どうかしら?アクシア君なら私がいなくても無茶をしていたと思うけれど」

 

「そ、そんなこと……ねえよ?」

 

「本当に?火縄銃の威力があればちょっとぐらい冒険したって大丈夫とか思って魔獣の住処を覗いたりしない?」

 

 それは……たぶん、する。

 だが、それを素直に言えば目の前のカプリ姉がどちゃくそ怒るのは確定的に明らかなので、俺は素っ恍けることにした。

 

「いくらなんでもひとりで魔獣の住処に行くのは無謀が過ぎるっての。俺だって死にたくねえ」

 

 俺の主張を聞いたカプリ姉は、頬杖をついたままジトっとした目でこちらを見ている。

 

「アクシアは妙に英雄願望が強いというか、自分ならなんでもできると思っているところがあるからねえ。あたしはアクシアならお嬢ちゃんの言う通りのことをやらかすと思うけどね」

 

「はっはっは。カプリ姉は相変わらず心配性だなあ!」

 

「アクシアあんた村の近所に魔獣が出たって騒ぎになった時、討伐に来た冒険者の後をこっそりくっ付いて覗きに行ったことがあったね?その時うっかり魔獣に見つかって──」

 

「はいはいこの話は止めです俺が悪かったです!たぶん出来心で無茶しちゃうので気をつけますう!」

 

 カプリ姉が黒歴史開帳(禁断の技)を使ってきたので俺は全面降伏した。

 それを出してくるのは……ずるいやん。

 

「アクシア君がどんな幼少期を送ってきたか気になるわ。カプリお姉さん、もっと面白いお話はないのかしら?」

 

「そりゃあいろいろとあるともさ。例えばキュベロが普通の野犬に追いかけ回されて、それをアクシアが助けようとした時なんて傑作でね」

 

「せっかくカプリ姉を止めたのにわざわざほじくり返すなよ!?」

 

 俺はカプリ姉に酒とつまみを奢ることでなんとか凶行を回避した。

 くそう………せっかくターキッシュリーフで溜め込んだ金が……。

 肴が増えて上機嫌で呑んでいたカプリ姉が、今度はセーラを標的にしはじめる。

 

「というか、お嬢ちゃんだって同罪だよ。無茶してしくじったらせっかくの綺麗な顔に傷がつくどころか、命すらなくなるかもしれないんだからね」

 

 軽くなった財布の中身を確かめながら俺が泣いているのを見て意地の悪い笑みを浮かべていたセーラは、カプリ姉に言われて何故か微笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、カプリお姉さん。見ず知らずの私まで心配してくれて」

 

「うっ」

 

 カプリ姉はセーラの笑みに言葉をつまらせると、目の前に手をかざして目を細めた。

 なんというかこう、眩しい物を直視してしまったような仕草だ。

 

「けれど大丈夫よ。こう見えて私、けっこう強いから。自分とあなたの可愛い弟分のアクシア君ぐらいならちゃんと守ってみせるわ」

 

「「可愛いは余計だ」」

 

 何故か俺の抗議とカプリ姉の声が重なった。

 ……おや?

 視線を向ければ、セーラをにらむカプリ姉の姿。酒が入りすぎたせいか先ほどよりも顔が赤い。

 

「ぼ、冒険者になりたての新人にそんなこと言われて信じられるかい!そこまで言うなら証拠を見せな!」

 

 俺とキュベロに不思議そうな視線を向けられたカプリ姉は、なにやら焦ったような口調で声を張り上げる。

 しかしそれはセーラの思う壺だ。

 

「ええ、良くってよ。それなら今度一緒に間引き依頼でも受けましょうか。私がアクシア君の隣に立つにふさわしいということを証明してあげるわ」

 

「このガキんちょめ……!吐いた唾は飲めると思うんじゃないよ!」

 

 何やら新しい玩具を見つけたような表情でそんなことをのたまうセーラに、憤然とした様子で言葉を返すカプリ姉。

 そんなふたりのやり取りを見て、キュベロが悲しげにぼやく。

 

「するってえと、また魔獣と戦わなきゃいけねえのかあ……やだなあ……」

 

    *

 

「あ~楽しかった!キュベロ君のお姉さんって、とっても可愛らしい人ね!」

 

 カプリ姉たちと別れての宿への帰り道で、セーラは実に機嫌良さげにそんなことをのたまった。

 

「セーラお前、本当に良い趣味してるよな……。まあ、カプリ姉が可愛いのは同意するけど」

 

 からかうと顔を真っ赤にして怒る姿が本当に可愛いんだこれが。

 村にカプリ姉がいた頃の俺はただでさえちょくちょく馬鹿をやって怒られていたのに、そんなカプリ姉の様を見たくてあえて怒らせていたところもあった。

 お陰で俺はカプリ姉に毎日のように怒られていたし怒らせていたのだが、正直今は反省している。

 

「ま、とりあえず出稼ぎも無事に終わったし、次のカプリ姉たちとの冒険までゆっくり休むとしようぜ。冒険者たるもの三六協定はしっかりと守って休まないとな」

 

「三六協定?」

 

 益体もない話をしながらも宿に到着して中に入ると、俺たちに気が付いた従業員がなにやら慌てた様子で受付の裏(バックヤード)にすっ飛んでいった。

 

「お帰りなさいませ。二階のお部屋にお泊まりのセーラ様ですね?」

 

 そしてすぐさまバックヤードから仕立ての良い制服を着たバーコード頭のおっちゃんが出てくると、まっすぐにこちらに向かってきて折り目正しくお辞儀をしてからセーラに話しかける。

 

「ええ、そうだけれど」

 

 セーラが肯定すると、おっちゃんは明らかににほっとしたような様子を見せた。

 

「お帰りをお待ちしておりました。私は当宿の亭主でございます。実は、セーラ様のご家族の方がいらっしゃっておりまして」

 

「家族?」

 

「はい。それで……その……セーラ様には誠に勝手ながら、ご家族様にはセーラ様のお部屋にてお待ちいただいております」

 

「そう……わかったわ。すぐに部屋に向かいます」

 

 セーラが答えると、いつの間にか亭主の背後に控えていた従業員たちがセーラと俺から外套やら荷物やらをささっと回収した。

 そして亭主先導の元、部屋にエスコートされる。

 

「あーあ。思ったよりも早く見つかっちゃったみたいね」

 

 残念そうな口ぶりをしつつも、セーラはいたって平静だった。

 

「まあ、道中の賄賂(口止め)をしたとしても、別に隠れてるわけでもねえし見つかる時は見つかるわな。それにしても、こいつはどういうことだ?」

 

 俺は目の前を歩く亭主のバーコード頭を眺めながらセーラに問う。

 

「いくら客の家族が尋ねてきたとはいえ、勝手に部屋に上げるのはいかがなものかって感じだし、そもそも宿の亭主が手ずから案内なんて普通はしないだろ」

 

「そうかもしれないわね。それじゃあアクシア君はどういうことだと思う?」

 

 質問に質問を返すなと言ってやりたいところであるが、まあだいたいの答えはわかっているので俺は素直に答えを口にする。

 

「つまり、お前の家族、というか家が普通じゃないってことだろう?こういう特別待遇を受けるのはたいていお貴族様と相場が決まっている」

 

 まあ、その辺はだいたい予測できていたことではある。

 セーラがやたら金回りが良いので大商人の娘という説も考えていたのだが、セーラの家族への宿の対応やらその家の娘でしかないはずのセーラへの対応やらを鑑みれば貴族説が濃厚とみた。

 俺の解答にセーラが正否を答えるよりも先に、俺たちは部屋の前に到着した。

 

「妹君をお連れしました」

 

 まあ、部屋の扉をノックした亭主の言葉でほぼ正解だと言っているようなものである。妹君なんて、平民にはまず使わない言葉だ。

 亭主が開けた扉の中に入ると、ソファで男がくつろいでいた。その背後には護衛らしき青年がひとり。

 セーラと同じ金の髪に涼しげで淡麗な容姿をしたソファの男は、セーラの姿を見てふわりとした笑みを浮かべた。

 

「やあ。しばらくぶりだね、セーラ」

 

「やっぱり、カールお兄様でしたのね」

 

 セーラも微笑みを浮かべて男に応じる。

 なるほど、父親にしては年若いと思ったが兄の方だったか。

 カールお兄様はぱっと見二十代前半ぐらいに見えるので、セーラとカールお兄様はちょっと年の離れた兄妹ということになる。

 

「君があまりにも唐突にいなくなるから大変だったよ。城は上へ下への大騒ぎだ。父上が政務を放り出して直接捜索指揮を取ろうとするのを押しとどめるのに苦労した」

 

「お父様は相変わらずね」

 

 苦笑しつつもセーラはカールお兄様の対面のソファに座った。

 

「ああ、俺は外にいるよ」

 

 お貴族様の会話を聞いているわけにはいくまいと空気を読みにいったのだが、セーラが口を開く前に予想外なところから待ったがかかる。

 

「いや、構わないよ。君はアクシア君だね。セーラと行動を共にしていると聞いている。君の今後にも関わる話だろうから、ここにいた方が都合が良いだろう」

 

 ……どうやらカールお兄様は俺のこともきっちりと調査済みらしい。

 お貴族様に顔を覚えられても碌なことにならないだろうという安全策でもあったのだが、こうなってしまってはあまり意味はなさそうだ。

 

「私としてはありがたいですが……よろしいので?」

 

「もちろんだとも。私としてもあの聡明なセーラが側に置く平民のことは気になるしね」

 

「はあ……恐縮です。それでは遠慮なく」

 

 内心でまったく嬉しくないなと思いつつ、俺は仕方なくセーラの背後に立った。

 流石にソファに座ったら不味かろうとお兄様の後ろに控える青年を真似たのだが、その青年からは殺気にも似た強い視線を感じる。正直怖い。

 

「ああ、自己紹介がまだだったね。私はカールトン・エルム・モーリス。そこにいるセーラム・エルム・モーリスの兄にして、このモーリス公国の公太子だよ」

 

「……」

 

 俺は無言でセーラに視線を向けた。

 セーラの方もこちらを見ていて、視線が合うとにっこりと笑みを浮かべる。

 ……お貴族様というか、公女様じゃねえか!

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