異世界転生したので無双できると思ったら既に現地転生者が無双していたんだが? 作:萬屋久兵衛
話を遮られてちょっぴりご不満そうなセーラをなんとか宥めてから、俺たちは扉の向こう側に這入った。
扉の向こう側は終点らしく部屋になっていて当然のように氷に覆われていたのだが、思いの外部屋が広いので相対的に氷の浸食は少なく感じる。
変な位置にいくつも支柱が建てられているので、おそらく部屋割りをする前に工事を取りやめたのだろう。
そんな歪な部屋の中心に、巨大な氷塊が鎮座していた。
セーラがそれに向かって歩いて行くので、俺もそれに着いていく。
氷塊に近づくにつれて、氷塊の中にうっすらと何かの輪郭が見えてきた。
歩きながらも目を細めて氷の向こうのそれを注視すると、どうやらそれは
氷越しでもはっきりとわかる穢れのない白銀。
「……なるほどなあ。貸し与える己の力ってのは、自分が身につけていた鎧のことか」
感嘆のため息を吐く俺に、セーラがどこか楽しげに応える。
「ええ。この鎧は当時の教会が信者から集めた巨万の富を注ぎ込んで作らせた特注品なの。そこいらのドラゴンの
「とんでもねえな……。この鎧に注ぎ込んだ金で、どれだけの貧困に喘ぐ信者が救えたことやら」
「本当にね。でも、仕方がなかったのよ。それだけの装備がなければ立ち向かうことさえできない魔獣を相手にしなければならなかったのですもの。それこそ、この鎧にかけたお金を集められるぐらいの人々を簡単に殺し尽くせるぐらいのやつがね」
こわ……。そんな洒落にならない魔獣がいるのかよこの世界には……。
ドン引きする俺を他所に、セーラは氷塊に近づきながら話を続ける。
「けれど、鎧はヴァレリアの残した遺言の一部でしかないわ。本命は鎧の
「中身?」
氷塊の前で立ち止まったセーラが杖で氷塊を突くと、先ほどと同じように氷塊が割れて砕け散った。
氷の支えを失った甲冑鎧が大きな音を立てて地面に倒れ、その拍子に鎧の上に乗っかっていた兜が外れて転がった。
「……うん?」
兜のあった場所に銀の髪がうねり散らばる。
ああ、なるほど。鎧の中にはヴァレリアの遺体が収まっていたわけか。
俺は興味本位で遺体(といっても頭部だけだが)を観察する。
生命活動を停止し長い間氷漬けにされていたヴァレリアの顔は青白く、彫像を見るような印象を抱かせる。愛らしいセーラと違い凜々しい容貌をしているので尚更だ。
「はえ~。これがセーラの前前前世の姿か」
「そんなに前じゃないわ。これは二代前の私よ」
「ああ、うん……しっかし、なるほどなあ。通路を氷漬けにしてたのは遺体を冷凍保存するついでってわけか」
「ええ、当時の私が持つすべての魔力を絞り尽くして自分ごと一帯を凍らせたの。ほとんど苦しむことなく眠るように死ねるから、中々便利よ」
おすすめの自殺方法レビューみたいな言い方は止めてほしい。
「それに、やっぱり遺体の損壊は少ない方が使い勝手が良いから」
「……使い勝手?」
なんだかよからぬ口ぶりをするセーラ。
「使うのは遺体じゃなくて鎧の方じゃないのか?」
「もちろん鎧もちゃんと使うわ」
意味深な言い方に困惑する俺を他所に、セーラは遺体に近づくと遺体に向けて杖をかざした。
何をするつもりかと見ていると、杖の先端に灯っていた淡い光がどす黒く変色した。
セーラは明らかに邪悪でヤバ気な色味をしているその球体を遺体の胸元に押し込む。
球体は鎧に遮られることなく埋没していく。
その様は空っぽの身体にナニか良くないものを詰め込んでいるかのように見えた。
──そして、それはどうやら事実であったらしい。
禍々しい球体が完全に見えなくなってしばらくすると遺体がいきなりびくりと震えて、俺の肩はそれに同調するように跳ね上がった。
何事かとヴァレリアの遺体を注視すると、遺体は痙攣するように小刻みに痙攣している。
「おいセーラ!これはなんだ!?」
「見ていればわかるわ」
事態を糺す俺の言葉にセーラはそれだけ言って遺体の異常を観察している。
言われてしまった俺も、仕方なしにセーラの隣で遺体の異常現象を見る。
ホラー映画のワンシーンと言われても納得できそうな挙動と鎧の生み出すに辟易としていると、不快な音の中にいつの間にか別の音が混ざっているのに気がついた。
金属以外の何かがばきばきと割れるような、これはこれで嫌な音だ。
その音は遺体が唐突に上半身を起こした際に一際大きく鳴り響いた。
「うお!?」
俺は思わず声を漏らすが、対してセーラは至って冷静だ。
遺体は身体から軋んだ音を響かせながらぎこちなく立ち上がる。
それを呆然と眺めながら、俺はその音の正体についてひとつの仮説を打ち立てた。
その音は、死後硬直だか冷凍保存の影響だかで固まった身体を無理矢理動かすことで生じる音ではないか。
仮にそうなのだとしたら、自分の身体に同じことが起きた時のことを考えるだけで恐ろしい。
嫌な想像をして身震いする俺を他所に、ヴァレリアの遺体はぎこちない動作で転がった兜を拾い上げると小脇に抱えた。
生気の無い、しかし怜悧な青眼に見下ろされて俺は思わずたじろいでしまう。
前世日本人の俺からすれば女性の騎士というと、ゴブリンやら盗賊やらにやられた後にヤられる姫騎士をイメージしてしまう。
しかし、スカートだの肌の露出だのといった巫山戯た萌え要素が一切無い白銀の鎧に身を包んだヴァレリアの姿からは、とてもじゃないが『くっ、殺せ!』なんてワードは出てきそうもなかった。
まあ、それはともかく。
「……とりあえずこのヴァレリアの死体を護衛に使おうって考えは理解したよ」
俺はセーラに向けていった。
「ヴァレリアの遺言にある遺体を見つけた者に己の力を貸し与えるってのは、自分の遺体を使わせるって意味だろ?けれど、遺体の隠し場所は誰も知らない秘密の地下室にある上に氷に守られていて、遺体を見つけるのはほとんど不可能だ。つまり、元々誰かに遺体を与えるつもりはなくて、転生した後の自分が聖騎士様の遺体を好きに使えるようにするための言い訳だったってわけだな」
アルトリウス教会とかから横槍が入っても、遺言だからでごり押すこともできなくはないだろうし。
「ええその通り。けれど、この場所を発見してここまで辿り着ける冒険者がいるのなら、喜んで遺体を進呈するつもりだったわよ?」
「ホントかよ?俺だったら自分の遺体を他人に委ねるなんて考えたくもないな。それが女の身体なら尚更だろ」
「私、過去は振り返らない主義だから」
いや、それとこれとは話が違うような……。
とは言っても本人が気にしていないなら俺から言えることは何もない。
代わりに俺は、別のことを質問することにした。
「そういやこのヴァレリアの遺体ってどういう原理で動いてるんだ?まあ魔法の力で動かしているのは間違いないんだろうが、物を動かしたり操ったりする魔法って言われるといまいちピンとこなくてさ」
火だとか風だとかみたいな魔法でどうにかできるとは思えないし、もっと特別な魔法であるのは間違いない。だがしかし、水の魔法で体内の水分を操作するとかすればあるいは……いや、無理か。体組成の半分が水だとしても身体を起こしたり物を拾ったりなんてできる気がしないし。
「死霊魔法よ」
脳内で仮説を立てながら未知の魔法にわくわくしている俺に、セーラはなんでもないように答える。
ああなるほど、死霊魔法。
それなら遺体を動かせてもおかしくは……おかしくは……ないが……。
「なあ、セーラ」
「なあに?」
「死霊魔法って、確か不死王ブラックモアぐらいしか使い手がいないって話を聞いたことがあるんだが……」
「そうねえ」
「セーラが使えるっとことはあれだよな?死霊魔法の外聞が悪すぎて秘匿してたとかそういう……」
「いいえ?私がブラックモアだったけれど」
「……」
世界を滅ぼしかけたの……お前だったのかよ……!