異世界転生したので無双できると思ったら既に現地転生者が無双していたんだが? 作:萬屋久兵衛
「そろそろ出発するぞ~」
「やれやれ、ようやく出発か」
街の門から出てきた御者が皆に呼びかけるのを聞いて、俺は腰を上げた。
「なあんかだいぶ待たされたよなあ。やっぱり街の人は準備に時間がかかるのかなあ」
隣でぬぼ~っと突っ立っていたキュベロがそんなことをのたまうのに反応して俺の口から悪態が漏れる。
「仮に準備だ送り出しだに時間をかけるにしてもかけすぎだろ。一個前の村はほとんど休憩する間もなく出立できたんだぞ」
冒険者のたまごたちの集荷は順調に進み、俺たちは目的地──この地方の中心都市であるロザーヌ手前の街まで辿り着いたのだがそこで足止めを喰らっていた。
この街で一泊していた俺たちはこの街から合流する冒険者のたまごを迎えに行った御者の代表を待つために朝っぱらから街の門を出たところで待機していたのだが、その代表がいつまで経っても中から出てこなかったのである。
そして焦れた御者のひとりが中の様子を見に行きこうして戻ってきたのだから、中であった何かも終わっているということなのだろうが……。
「そ、そんなことおらあに言われても……」
俺の八つ当たりぎみな言葉を受けて困った顔をするキュベロを見て俺は冷静になった。
せっかく時間を気にしないでもいい
俺は大きく息をついて胸の内に溜まったイライラを吐き出すと、キュベロに笑みを向ける。
「悪い。キュベロのせいで時間がかかってるわけでもないもんな」
「いいけどよお別に。けど、ほんとうになんでこんな時間がかかったんだろうなあ」
キュベロと共に街の門の方を眺めていると、やがて御者の代表が数人の冒険者候補を連れて門から出てきた。
代表はやたら不機嫌そうな表情で、後ろを歩く冒険者のたまごたちに対してぞんざいに指示を出している。
やはり中で何かがあったのは間違いないらしい。
「おい、あれ見ろよ」
俺たちと同じ馬車に乗っている少年のひとりが門の方を指さしたので皆がそちらに視線を向けた。
門から現れたぽっちゃりとした少年が、泣きべそを掻きながら母親らしき女性に引き連れられてとぼとぼと歩いてくる。
どうやら遅れの原因はあれらしい。
おそらくぽっちゃり少年が冒険者になりたくないとか親元を離れたくないとかそんな感じで騒いだのだろう。いや、母親の甲斐甲斐しい態度を見るに騒いだのは母親の方だろうか。
「母親に付き添われて旅立つなんて恥ずかしいやつね」
近くにいたちょっぴり目つきの悪い女の子が中々に辛辣な言葉を吐く。
どんな国、どんな時代でもああいうタイプの男子は女子受けしないものらしい。
気が小さいキュベロはぽっちゃり少年にシンパシーを感じたのか女の子の言葉に肩を縮こまらせながら、少年のことを痛ましそうな視線で見ている。
冒険者なんて臆病なぐらいがちょうど良いとかなんとかそれっぽいことを訳知り顔で語ってフォローしてやろうかと考えていると、門からさらに人が出てきて小走りに駆けてくるのに気がついた。
背が低くつば広の帽子を被っているので顔は確認できないのだが、長い髪を揺らしながら走る姿を見るに少女であるらしい。
ぽっちゃり少年の身内かと思ったが、それが勘違いだということにはすぐに気がついた。
まず第一に身なりが違う。
ぽっちゃり少年も俺たち農民が着ることができないような上等な服を着ているが、少女が身につけているのはもっとすごい。
俺が着ているのが粗雑な麻ならぽっちゃり少年は仕立ての良い亜麻。少女が着ているのは上質なシルクのワンピースだ。
なんていうかもう、文化レベルからしてまったく違う。あれは間違いなく支配する側の人間だった。
貴族……の娘がこんなところを独りでほっつき歩いているとも思えないので、街の有力者とか大商人とかそんな感じの家の娘に違いない。
俺が彼女のことをまだ追っていると、少女は御者の代表の元に向かい彼と会話をし始めた。
にこやかに話す少女と渋い顔をしている代表の会話はしばらく続いたが、少女が旅行カバンから取り出した袋を代表が受け取り中身を確認するとそれで決着がついたらしい。
にわかに相好を崩した代表は少女に頷くと、一番近くにある馬車──つまり、俺たちの馬車の方に近づいてきた。
「うわ……」
馬車内にいた誰かが思わずといった感じで声を漏らす。
少女が馬車に座った俺たちを見上げたことで彼女の容貌を目視したが故の反応だ。
普通であれば少女相手にうわ……なんて反応おかしな話であるが、誰もそんな声を咎めることはない。
なにせ、その少女がとんでもない美少女だったからである。
白く透きとおった形の良い
贅沢にフリルのあしらわれたワンピースも相まって精巧な
「おい、お客様のために場所を作って差し上げろ」
他の面々と同じく彼女に見蕩れていた俺は、御者の代表が発した言葉によってようやく正気に戻った。
「いや、場所って言われても……」
うちの馬車は既に満席状態だ。図体のデカいキュベロがいるせいで詰めて場所を作れと言われてもちと厳しい。
ここの街が最後の集荷地点であるからして他の馬車も既にぱんぱんマンなので条件は同じだが、キュベロみたいなのがいないだけ他に行ってもらった方が確実に空間が作れると思うのだが……。
「誰かが歩けば問題ないだろう。なあに、
しかし、代表にとってはそんな状況は関係なかったらしい。
俺は慌てて代表に抗弁する。
「いやいやいや。もし魔獣が襲ってきたらどうするんです?馬車に乗ってないやつは走って逃げろっていうんですか?」
「じゃあお前はこのお嬢さんに歩けというのか?か弱き者のために手を尽くすのは
そもそもそれってあなたがこの少女を馬車に乗っけようとしなかったら必要ないリスクですよね?
……とは口には出さなかった。
教えを持ち出されてしまったら庶民にはなにも口答えできないし、うっかり反論すればこの会話を聞いている信心深いだれかになにかされてもおかしくないのである。
まったく、宗教というのはかくも厄介だ。
どう考えても袖の下をもらって無理押しをしているのは代表なのに、教えを盾にされてしまったらどうしようもないのだから。
確かに魔獣が街道に現れて襲ってくるなんてこと滅多にないことであるし、冒険者の護衛もいれば早々危険な目に遭うこともないだろう。
それでも、不運が重なったときに身ひとつで恐ろしい魔獣と相対することになる可能性があるなんてのは嫌すぎる。
だからと言って教えを盾にする代表を論破して可能性の芽を潰すことができるわけもなく……。
「あら。私が無理にお願いしているのに、そんなの悪いですわ」
そんな感じで理不尽な理由で危険にさらされようとしていると、他ならぬ少女から助け船が出てきた。
「しかしですねお嬢さん……。誰かひとりでも退かさないと席がありませんよ」
代表が困った様子で言うと、少女はあっさりと応じる。
「別に退いていただかなくても席は作れます」
少女はそう言うと、手にした旅行カバンをいまだ少女を見つめて呆然としているキュベロに向かって放り投げた。
「う、うわあ!?」
すんでの所で正気に戻ってカバンを受け止めるキュベロ。
そんなキュベロのことなど気にも留めず、箱入りっぽい少女は予想外に軽快な身のこなしで馬車に飛び乗ってきた。
そしてぐるりと馬車に座った俺たちを見回し……そして俺の前までやって来て背を向けてきたかと思うと、ひょいと俺の膝の上に乗ってきたのである。
「お、おい!?」
「こうすれば誰も馬車を降りないで済むでしょう?」
思わず上擦った声を上げる俺に、帽子を取った少女がにこりと笑みを向けてくる。
いや確かにそうかもしれないけどさ!
「お嬢さん、よろしいんですか?」
「ええ、これでよくってよ」
困惑する代表に少女は平然と言葉を返す。
「……出発するぞ!」
代表はまだなにか言いたそうであったが、諦めて馬車隊に号令をかけた。
ゆっくりと馬車が動き始める中、俺は膝の上に乗る少女に話しかける。
「ええと……お嬢様?淑女たるもの見ず知らずの男の膝に乗っかるのはいかがなものかと思いますが?」
言外にせめてあっちの女の膝に座れというニュアンスを乗せた提案に、少女を除いてこの場で唯一の女である目つきの悪い女の子が嫌そうな顔をしているのが見える。
女の子の不興を買うようなまねはあまりしたくはないのだが、今は自分の身の安全が第一である。
なにせこの少女の存在は怪しすぎる。
未成年の、それもどう考えても良いところの出のお嬢様が何故に供もつけずにこんなところをほっつき歩いているのか。
俺の脳裏にはいくつかの可能性が過ったが、どの可能性もだいたいろくでもない理由だし場合によってはこっちが被害を被る可能性すらある。
想定される中で最悪のパターンは少女とべたべた引っ付いている俺の首が少女の身内の手によって胴体と泣き別れすることだ。
だからこそ、せめて後で何かがあっても言い訳が効くように少女と密着したこの状況をなんとかしたい。
……膝に受ける少女の柔らかな重みに未練がないではないけれども。
そんな願望マシマシでの提案だったのだが、しかし少女には首を振られてしまった。
「そっちの子には申し訳ないのだけれど、あなたが一番身綺麗にしてるんですもの」
「身綺麗?」
俺の斜向かいに座っている少年が首を傾げると、膝の上の少女が応じる。
「この馬車にいるのは皆農村から出てきた子たちでしょう?」
「確かにそうだけど……なんでそんなことがわかるの……ですか?」
「そんなかしこまらないでちょうだい。私の方が年下なんだし、もっとフランクに話してくれてよくってよ?」
「は、はあ……」
正面に座った目つきの悪い女の子が取って付けた敬語混じりに聞くと、少女がそんなことをのたまう。
無論、それならお前は年上への敬意がなってないんじゃないかなんてことを少女に言う猛者は現れない。
「私がそう思ったのは皆の手指が土で汚れているからよ。毎日のように畑仕事をしているから汚れが簡単に落ちなくなっているのね」
その場にいる全員が思わず自分の指に視線を落とした。俺は少女が邪魔で確認できないので隣にいるキュベロの指を確認したのだが、確かにキュベロの指先は多少土色に汚れている。
別にこれはキュベロだけが不衛生というわけではなく、農村の住民はだいたいこんな感じだ。
一応手や顔を洗ったり沐浴をする文化は備わっているのだが、それが必ずしも徹底されているかというとそんなこともなく。
「そんな中でも彼だけが手先まで綺麗に保たれているわ。爪もきちんと手入れされているし」
今度は少女の膝上に所在なさげに置かれている(彼女のお腹に手を回してホールドする勇気がなかった)俺の手に皆の視線が集中した。
また俺だけ確認できないのだが、まあ見なくとも状態はわかる。
そこには周りと同じ農村出身者とは思えないぐらいに清潔な手が存在しているだろう。
「確かに……あんた本当に村出身なの?」
皆が驚きの表情を見せる中、正面の女の子に不審な目で見られてしまったので俺は渋々口を開く。
「……正真正銘農家の出だよ。なあキュベロ」
「う、うん……。アクシアはとんでもなく綺麗好きなんだ。昔、アクシアの妹が産まれたときに手を洗わないで触ろうとしたらめちゃくちゃ怒られたことがあったなあ」
キュベロが余計な情報を付け加えたせいで、馬車の面々から変な目で見られてしまった。
仕方がないだろう。
せっかく産まれた妹なのに、清潔でない手で触れられたばっかりに病気になったなんて事態を避けたかったのだから。
「それに着ている服も皆と同じような物なのに、あんまり汚れてないでしょう?ちゃんと服を洗って清潔にしている証拠よ」
そりゃあ着替えなんてろくにない家に産まれてしまった以上、洗濯ぐらいはしっかりしておかないと落ち着かないからだ。
品質の良くない麻の服だから洗いすぎるとすぐにぼろぼろになってしまうので両親にはいい顔されなかったが。
どちらにしろ、こんな医療技術もろくに発達しておらず治療も魔法による外科治療頼りの中世ファンタジー世界を生き抜くために、身綺麗にして清潔さを保つことはなによりも重要だったのである。
「そういうわけだから、あなたの膝が一番衛生的ってことね。別にお洋服が汚れるのはかまわないのだけれど、高い服が薄汚れた状態で歩いて怪しまれたら困るし」
少女の言葉に、皆ははあとかへえとかあんまり良くわかっていない様子で生返事をする。
そうそうそれで良いとひっそりと安堵していると、無駄なところで勘の冴えるキュベロがふと思いついたように疑問を口にする。
「んん?なんで怪しまれると困るんだ?」
「あ、おい馬鹿やめろ」
「それはね」
俺がキュベロの口を閉じさせるよりも早く、少女がさっくりと答えてしまった。
「私が家出中だからよ」
「ええ!?」
……やっぱりそんな感じらしい。
素っ頓狂な声を上げるキュベロやどよめく他の皆をよそに、嫌な予想がだいたい合っていたことを知った俺はそっと頭を抱えた。
そりゃあ現代日本じゃあるまいし、こんな身なりの良い娘がお供を付けずにひとりで歩いているならそれぐらいしか考えられないよなあ。
……いや、そもそもこんな娘が実家に連れ戻されることも悪人にさらわれることもなく家出できちゃっていることも普通は考えられないのだが。
どちらにしろ事情を知ってしまった以上は後でとぼけることも難しい。
キュベロなんて問い詰められたらすぐにゲロってしまうだろうし。
「なんで家出なんて……」
正面に座っている女の子がちょっとジトッとした目で少女に問う。
あれはたぶん、どう見ても裕福な家に生まれてなに不自由なく暮らしていただろうに、なにが不満で家出なんてしとんじゃこっちは家を放り出されて冒険者送りなんやぞとか思っているに違いない。
「私、冒険者になりたいの」
そんな女の子の思いを知ってか知らずか、少女はなんでもないようにとんでもないことを口にした。
「はあ!?」
「本当は成人まで待つつもりだったんだけれど、お父様が大人になったらすぐにお嫁に出すなんて言うから出てきちゃった」
思わず俺の口からも驚きの声が漏れるが、少女は気にすることなくつらつらとそんなことを語っている。
この年頃の娘さんはけっこうお転婆だったりするものだが、裕福な暮らしを捨ててまで危険な冒険者家業に身をやつすなんて世間知らずなんてレベルじゃない。
ぽややんとしているキュベロ以外は俺とだいたい同じような感想を抱いたらしく、白けたような視線を送るのだが少女はそんな面々に向けて微笑みを浮かべた。
「そういえばここにいる皆も冒険者になるんでしょう?私は……セーラ。同じ冒険者として、一緒に頑張りましょうね」
「……」
男たちだけでなく、正面の女の子も少女──セーラの笑みに顔を赤らめて見蕩れるような視線を向けている。美少女というのは大変罪な存在である。
セーラの後方で椅子になっていて笑みを直視していなかった俺だけは正気を保ち、ひとりため息を吐いた。
……できれば今すぐ街に戻ってこのお子様を官憲に突き出して、すべてをなかったことにできないだろうか?
「あ、そうだわ。皆も私がこの馬車に乗ったことは誰にも内緒にしていてね。はいこれ、黙っていてもらうための口止め料」
「椅子として目的地までの快適な旅をお約束しますお嬢様!ほらお前等!ぼんやりしてないでお嬢様に水でもお出ししろ!」
セーラがかざして示した金貨を見て俺は全力接待モードに移行し、事態についていけていない一同をどやしつけた。