「ちょっと待て、丹花イブキだと?」
「三大校の3年生なら聞いたことがあるはずよ」
「確か、失踪したと聞いている。だが、そうではないのだな?」
「……マコトがいつも気にかけている『イブキ』とイブキ議長は同一人物よ」
絶句するネルとツルギ。表情を隠すように俯くヒナ。矯正局の牢屋を静寂が包む。それを引き裂くようにアルが声を上げる。
「イブキは1年生でしょ!? ヒナが2年生の時に3年生だった議長とは年齢が合わないわよ!?」
「つまり、そこがキモってことだ。そうだろ?」
「ネルの言う通りよ。より正確に言えば、『雷帝』が全ての元凶よ」
「……『雷帝』はゲヘナを卒業したと聞いているが?」
ツルギがヒナの言葉に疑問を呈する。ここまでの説明ではイブキたちゲヘナの3年生によって『雷帝』は失脚し、卒業したはずだからだ。
「全て、話すわ」
顔を上げたヒナの表情に迷いは無かった。
* * * * *
最低限の設備と白いベッドだけが置かれた病室。モニターから聞こえる単調な電子音以外に音は無く、嗚咽や溜息の音すらも聞こえない。
「状況を、説明してくれ。セナ」
「分かりました」
マコトは手近な椅子を引き寄せ、崩れ落ちるように座ると絞り出すように声を上げる。説明を求められた銀髪の少女、氷室セナは表情を変えることなく、淡々と話し始めた。
「見ての通り、イブキ議長が幼児化しました。幸い、容体は安定しています」
セナは言葉を区切り、息を吸うと病室に集まったメンバーへの説明を続ける。
「ただ、いつ目を覚ますかは分かりません。目を覚ましたとしても、記憶を失っているでしょう」
端的に説明を終えたセナは黙り込み、目を伏せる。代わりに口を開いたのはヒナだった。
「どうして、こんなことに? 原因は何なの?」
「雷帝派の残党、過激派の連中の仕業だ」
足を組み、軍帽のつば越しに天井を睨んでいたマコトが返答する。
「セナ曰く、情緒も小学校高学年まで退行しているらしい」
「情緒まで……、こんなの誤魔化しようが無いわよ」
ヒナは立ったまま、呆然と呟く。誰かが叱られている横にいるような、重たい沈黙が病室を支配する。イブキに繋がれたモニターから鳴る、無感情な電子音だけがどこか遠くに聞こえていた。
ドアが開き、現れたセナに部屋中の視線が集中する。知らぬ間に退出していたらしく、手に紙束を持っていた。
「詳細な検査結果が出ました、薬剤が原因のようです。特定には至っていません」
「リオに連絡して、マコト。ミレニアムに」
ミレニアムに頼めば何か分かるかもしれない、そう言おうとしたヒナだったが、マコトが机に踵を叩きつけた音で黙らされてしまう。
「ミレニアムの薬学部が協力しているかもしれないのにか?」
「マコト、犯人は雷帝派の残党よ。盗品だとしてもミレニアムは善意の第三者でしょう?」
「自校の生徒会長が一服盛られたので検査をお願いします、なんて言えると思っているのか?」
「頭は下げるためにあるのよ、そんなにメンツが大事なら金庫にでも入れておきなさい」
「ロクに生徒会長も守れないことが他校に判明してみろ、政治バランスが崩壊するだろうが」
急速にヒートアップしてマコトとヒナ。一触即発どころか、既にヒナがマコトの胸倉を掴んでいる。見かねたセナが天井に向かって空砲を撃つ。
「病室ですよ」
一喝。マコトは緩んだヒナの手を乱雑に振りほどき、無言で病室を後にする。カヨコ、ハルナ、カスミがその後に続き、再び病室を沈黙が支配する。
* * * * *
事件から数日後、イブキは目を覚ましたものの、予想通りの状態だった。そして、繰り上がりで議長に就任したマコトは連邦生徒会から自治区運営権を剥奪されない、最低限の仕事以外を全て放棄。議員であるイロハやサツキたちもそれに同調し、事実上のボイコット状態である。
更に、万魔殿を辞めた生徒たちが部活を設立、破壊活動やテロ行為に励んでいる。その結果──
「ヒナ委員長、ハルナ給食部部長が飲食店を爆破して回っているとの報告が」
「ヒナ委員長、カスミ議員がハイランダー鉄道学園の駅舎を爆破したとの報告が」
「ヒナ委員長、マコト議長から予算を500%削減するとの通達が」
「ヒナ委員長、カヨコ行政官が起業し、欠席届の偽造販売をしているとの報告が」
「ヒナ委員長、事故・事件数が昨年と比べて2000%増加しています」
鳴りやまない電話、次々と舞い込んでくる被害報告、山積みの書類。そして、日に日に濃くなっていく目の下のクマ。
イブキ議長が倒れて以降、学園の運営状況は悪化していく一方だった。
「ヒナ委員長! 大変です!」
「どうしたの、アコ」
「情報部から連邦生徒会長が失踪したとの調査報告が」
「はぁ、チナツ。裏取りをお願い」
「分かりました」
連邦生徒会へと向かうチナツ。がちゃん、という扉が閉じる音がやけに大きく部屋に響いた。
* * * * *
話を終えたヒナは大きく息を吐く。
「恐らく、マコトは憎んでいるのよ。彼女はイブキ議長を誰よりも慕っていたから」
「気持ちは分かるが、ハッキリ言ってやり過ぎだろ」
「私もそう思う、誰も得をしない結果に終わるぞ」
「私もそう思うわ。けど、マコトは自棄になってる」
「損得や勝ち負けの問題じゃねぇってことか」
ネルは髪を掻き上げる。一方、ツルギは難しい顔をして黙り込む。そして、ずっと顎に手を当てて考え込んでいたアルが口を開く。
「……素朴な疑問なのだけれど、マコトはどうやって3人を捕らえたの?」
「ああ、マコトは速いのよ。銃弾くらいなら見てから避けられるの」
「けど、ヒナって私のヘッドショットくらいなら余裕でしょ?」
「威力自体は痣が出来るくらいよ。ただ、マコトは急所を狙うのが上手いから」
ヒナは殴られた箇所を擦り、遠くを見るような目つきをする。
「マコトは速い、それが問題なの。ここを脱出したとしても逃げに徹されるとどうしようもないわ」
「説得するにしろ、一発殴るにしろ、相手してくれなきゃ始まんねぇもんな」
「きひひ……、どうしよう」
ツルギが呻く。ネルもお手上げだ、と言わんばかりに寝転がる。だが、すぐに跳ね起き、耳を澄ます。
「……おい、何か来るぞ」
即座に身構えるヒナとツルギ。瞬間、牢屋の壁が轟音とともに吹き飛んだ。
この話をもって、全体の3/5くらいが終わりました。やったぜ