「少し、話をしましょうか」
「手短にな」
立ち止まったリオはスーツケースを地面に置き、マコトへと向き直る。マコトもリオとの距離を保つため、足を止めた。
「1年前、イブキ議長が失踪したことで三大校の情勢や関係は大きく変わったわ」
「そうだな。採決直前だったエデン条約は破談しかけ、トリニティとの関係は随分と悪化した」
「私がビッグシスターアルゴリズムを構築したのも、あの事件がきっかけよ」
「なら分かるだろう? 悲劇を防ぐためには血を流さねばならんのだ」
「……少し前までなら、同意していたでしょうね」
「今は違うと?」
「ええ、貴女は過去の私と同じ過ちを犯そうとしている」
「……同じ間違いが同じ意味を持つとは限らないだろう」
「今の貴女は自棄を正当化するために理由をでっち上げているだけよ」
「……人間は不合理な生き物だ。そういうこともあるだろう?」
「それは理解しているわ、貴女に教わったことだから」
「なら、そこを退いてもらおうか」
「それは出来ないわ」
「何故だ?」
「友人だからよ」
「非論理的だな」
「人間は論理だけでは動かないのよ」
次の瞬間、地面に置かれたスーツケースから白い煙が噴き出す。マコトは白煙に巻かれるより早く、バックステップで距離を取る。煙の向こうに消えたリオを警戒し、マコトの目が猛禽のように細くなる。
「全システム、オールグリーン。『
直感。マコトは反射的に屈む。瞬間、レーザーが軍帽を焦がす。2発目のレーザーは愛銃を盾に防ぐ。即座に撃ち返すが、硬質な音が響くのみだ。
「亜光速のレーザーと重装甲……、対策済みという訳か」
マコトはヘビーガトリングを躱しながら関節部を狙う。だが、着弾より早く展開された電磁装甲によって防がれる。即座に狙いを変え、コックピットに照準を合わせて引き金を引く。
「無駄よ」
リオはアームを盾に銃撃を防ぎ、ヘビーガトリングを薙ぎ払う。周囲に遮蔽物はない。マコトはリオの背後に向かって走る。アームの可動範囲には限界がある。射界から外れるマコト。
「くっ……」
だが、焦りの声を上げたのはマコトの方だった。ハッチが開き、レーザーが放たれる。飛び込むように機体の側面へと回りこみ、回避するマコト。リロードし、側面から飛び出す。
「逃がさないっ!」
ヘビーガトリングとレーザー砲が唸りを上げる。マコトは銃弾を避けつつ、レーザー砲を狙撃する。だが、関節部と同様に、電磁装甲で防がれてしまう。
「射出部もダメか」
単発の攻撃は全て防がれると見て良いだろう。必要なのは手数だ。マコトは速度を上げる。体力は消耗するが、やむを得ない。マコトは凄まじい速度でリオの周囲を動き回る。
「それも、想定済みよ」
リオはアビ・エシュフにも搭載していた、未来予知にも等しい性能の回避システムを起動する。本来、エリドゥの演算機能を集中運用しなければならないはずのシステムだが、リオは自分自身を演算装置としてシステムを起動していた。無論、都市一つの演算機能を人間一人が代替できるはずもない。
リオとマコト。互いに長くは持たない。
マコトはリオを包囲するように動きつつ、絶え間なく銃弾を浴びせる。圧倒的な速度が可能にした、飽和攻撃。だが、リオは致命打のみを防御することでシステムへの負荷を最小限に抑える。
「ぬぅ……」
マコトといえど、亜光速のレーザーを完全に回避することは出来ない。徐々に削られていく。
「羽沼、マコトッ!」
よろめいたマコトをヘビーガトリングが捉えた。弾丸が容赦なく撃ち込まれる。だが、マコトは無理やり距離を詰める。機体を駆け上がり、コックピットを銃床で破壊。リオを引きずり出す。
「終わりだな」
「やはり、勝てなかったわね」
自分自身を演算装置とした反動だろう。リオは目と鼻から血を流しながら呟く。
「なぜ、未完成の装備で挑んできた?」
「時間が、無かったからよ。間に合わなかった。……ただ、それだけ」
マコトは気絶したリオから手を離し、通信機器を取り出す。
『ベルフェゴール。現状を報告しろ。オーバー』
『アドラメレク。プロトコルは順調です。ただ、シャーレの先生が矯正局に向かったとの情報が』
『……そういうことか』
マコトは気絶したリオを見る。最初から、マコトの足止めが目的だったのだろう。倒せれば御の字、倒せずとも時間は稼げる算段だったのだ。
『ベルフェゴール、計画を繰り上げろ。先生が介入しても手遅れな状態にする』
『了解、ベルゼブブたちを動かします』
『私もすぐに向かう』
通信を切るマコト。ヒナたちを捕らえられたのは不意を突いたからだ。2度目は通用しないだろう。それに、先生も居る。矯正局まで引き返しても、止められる可能性は低い。
「……なら、手遅れにしてやる」
マコトはリオを放置し、全速力でイロハたちとの合流を目指す。
──タイムリミットは計画に先生たちが介入してくるまで。