──アビドス自治区の端にある廃墟エリアに乾いた銃声が響く。
スコープから視線を外したアルは大きく息を吐き出す。確かめる必要はない、確実に命中した。アルのスナイパーとしての直感がそう告げている。
『お疲れ様、カヨコ。一旦、ムツキたちのところに戻りましょう』
アルは連絡を終えると通信を切り、颯爽とビルから飛び降りる。着地。そして、ポツポツと降り出した雨から逃げるように合流地点へと駆け出す。
「あ、来た来た~。アルちゃん、お疲れ~」
大きく手を振りながらアルを出迎えるムツキ。その横ではハルカが遠慮がちに小さく手を振っている。奥では、一足先に2人と合流していたカヨコが気を失ったマコトをワイヤーでビルの柱に括りつけていた。
「先生は?」
「まだ、もうすぐだと思うんだけど」
アルの疑問にカヨコが答える。マコトの無力化には成功したが、もう同じ手は通じない。ワイヤーでの拘束も気休めだ。もし、先生がイブキを連れてくることが出来なければ、そこでゲームオーバーだ。
「大丈夫よ、先生なら」
「そうだね」
確信に満ちたアルの言葉にカヨコは微笑む。そして、適当な瓦礫に座り、少し休んでいるとサオリとミカが追いついてきた。2人とも大きなケガこそ無いが、爆弾の黒煙で煤けていた。
「終わったようだな」
「こんなに動いたのは久しぶりじゃんね」
大きく伸びをするミカ。一方、サオリは無言でマコトを見つめる。
「どうしたの?」
アルが声をかける。すると、サオリは帽子を深く被り直しながら視線を外す。そして、噛み締めるように呟いた。
「……マコトが慕っていたイブキはゲヘナの生徒会長だったらしい」
ロイヤルブラッドであり、
「……
唱えるような調子で呟くミカ。時の流れは不可逆だ。どんなものも、いつかは全て無くなってしまう。思想も、苦労も、思い出さえも。全ては風化し、忘れ去られてしまう。
──それが、世界の真実。
「けど、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。そうだよね?」
ミカがサオリに問い返す。立ち止まってしまった人間が救われることは無い。前に進もうとした人間だけが救われるのだ。しかし、それは──
「傲慢だ。そんなものはただの生存バイアスでしかない」
いつの間にか目を覚ましていたマコトが憎々しげに呟く。集まる視線。沈黙。雨音だけが強まっていく。
「前に進み、倒れ伏した者に光が当たることは無い。光を浴びるのはいつだって勝者だけだ」
嘲るような口調で続けるマコト。だが、それをアルは毅然とした口調で否定する。
「いいえ、アウトローに光はいらない。必要なのは覚悟と信念よ」
「……どうせ、最後は全て奪われる。イブキ議長もそうだった。なぁ、カヨコ?」
俯いていたカヨコは不意に名前を呼ばれ、頭を上げる。だが、釈然としない表情で目線は地面に向いている。まるで、言い訳を考える子供のようだ。
「それは違うよ、マコト」
言葉を探すカヨコに代わり、誰かが答える。聞き馴染みのある、柔らかい声だ。
「久しぶりじゃんね!」
先生は駆け寄ってきたミカを優しく手で制し、落ち着いた足取りでマコトに歩み寄る。そして、地面に膝をつくと諭すような口調でゆっくりと話し出す。
「人生には多くの後悔がある。けど、過去に囚われてはいけない。残っているものまで失ってしまうからね」
硬い表情で押し黙るマコト。ふと、サオリが空を見上げると鉛色の雲は消え、太陽が顔を出していた。暖かな陽光につられるように、マコトが口を開く。
「雨上がりの虹に興味は無い。いま差す傘が欲しいんだ、私は」
先生は静かに頷き、振り返って通りを指差す。訝し気な視線を送るマコトの目が大きく見開かれる。
「マコトちゃん、お疲れ様」
ミネに支えられ、少しおぼつかない足取りで歩み寄ってくるイブキ。万魔殿の制服を少し着崩した姿は間違いなく、議長時代のイブキだ。
「……随分、待たせちゃったね」
そう言ってイブキはマコトを優しく抱き締める。しばらくして、解放されたマコトは立ち上がり、カヨコから無線を受け取ると静かに宣言する。
『イブキ議長が帰還した。戦争は、終わりだ』