プロトコル『ラスト・リゾート』   作:ユウ/伽藍堂(本舗)

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イブリースの帰還

 ──アビドス自治区の端にある廃墟エリアに乾いた銃声が響く。

 

 スコープから視線を外したアルは大きく息を吐き出す。確かめる必要はない、確実に命中した。アルのスナイパーとしての直感がそう告げている。

 

 『お疲れ様、カヨコ。一旦、ムツキたちのところに戻りましょう』

 

 アルは連絡を終えると通信を切り、颯爽とビルから飛び降りる。着地。そして、ポツポツと降り出した雨から逃げるように合流地点へと駆け出す。

 

 「あ、来た来た~。アルちゃん、お疲れ~」

 

 大きく手を振りながらアルを出迎えるムツキ。その横ではハルカが遠慮がちに小さく手を振っている。奥では、一足先に2人と合流していたカヨコが気を失ったマコトをワイヤーでビルの柱に括りつけていた。

 

 「先生は?」

 「まだ、もうすぐだと思うんだけど」

 

 アルの疑問にカヨコが答える。マコトの無力化には成功したが、もう同じ手は通じない。ワイヤーでの拘束も気休めだ。もし、先生がイブキを連れてくることが出来なければ、そこでゲームオーバーだ。

 

 「大丈夫よ、先生なら」

 「そうだね」

 

 確信に満ちたアルの言葉にカヨコは微笑む。そして、適当な瓦礫に座り、少し休んでいるとサオリとミカが追いついてきた。2人とも大きなケガこそ無いが、爆弾の黒煙で煤けていた。

 

 「終わったようだな」

 「こんなに動いたのは久しぶりじゃんね」

 

 大きく伸びをするミカ。一方、サオリは無言でマコトを見つめる。

 

 「どうしたの?」

 

 アルが声をかける。すると、サオリは帽子を深く被り直しながら視線を外す。そして、噛み締めるように呟いた。

 

 「……マコトが慕っていたイブキはゲヘナの生徒会長だったらしい」

 

 ロイヤルブラッドであり、悪意ある大人(ベアトリーチェ)の儀式で生贄にされかけたが、間一髪で助けることの出来たアツコ。一方、同じ生徒の手によって幼児化し、マコトたちが気付いた時には既に手遅れだったイブキ。掛け違えたボタン次第では、サオリもマコトのような自暴自棄の復讐鬼に成り果てていたかもしれない。あるいは、手を差し伸べられずに魔女となったミカが今のマコトかもしれない。

 

 「……全ては虚しいもの(vanitas vanitatum et omnia vanitas.)、だっけ」

 

 唱えるような調子で呟くミカ。時の流れは不可逆だ。どんなものも、いつかは全て無くなってしまう。思想も、苦労も、思い出さえも。全ては風化し、忘れ去られてしまう。

 

 ──それが、世界の真実。

 

 「けど、それは今日最善を尽くさない理由にはならない。そうだよね?」

 

 ミカがサオリに問い返す。立ち止まってしまった人間が救われることは無い。前に進もうとした人間だけが救われるのだ。しかし、それは──

 

 「傲慢だ。そんなものはただの生存バイアスでしかない」

 

 いつの間にか目を覚ましていたマコトが憎々しげに呟く。集まる視線。沈黙。雨音だけが強まっていく。

 

 「前に進み、倒れ伏した者に光が当たることは無い。光を浴びるのはいつだって勝者だけだ」

 

 嘲るような口調で続けるマコト。だが、それをアルは毅然とした口調で否定する。

 

 「いいえ、アウトローに光はいらない。必要なのは覚悟と信念よ」

 「……どうせ、最後は全て奪われる。イブキ議長もそうだった。なぁ、カヨコ?」

 

 俯いていたカヨコは不意に名前を呼ばれ、頭を上げる。だが、釈然としない表情で目線は地面に向いている。まるで、言い訳を考える子供のようだ。

 

 「それは違うよ、マコト」

 

 言葉を探すカヨコに代わり、誰かが答える。聞き馴染みのある、柔らかい声だ。

 

 「久しぶりじゃんね!」

 

 先生は駆け寄ってきたミカを優しく手で制し、落ち着いた足取りでマコトに歩み寄る。そして、地面に膝をつくと諭すような口調でゆっくりと話し出す。

 

 「人生には多くの後悔がある。けど、過去に囚われてはいけない。残っているものまで失ってしまうからね」

 

 硬い表情で押し黙るマコト。ふと、サオリが空を見上げると鉛色の雲は消え、太陽が顔を出していた。暖かな陽光につられるように、マコトが口を開く。

 

 「雨上がりの虹に興味は無い。いま差す傘が欲しいんだ、私は」

 

 先生は静かに頷き、振り返って通りを指差す。訝し気な視線を送るマコトの目が大きく見開かれる。

 

 「マコトちゃん、お疲れ様」

 

 ミネに支えられ、少しおぼつかない足取りで歩み寄ってくるイブキ。万魔殿の制服を少し着崩した姿は間違いなく、議長時代のイブキだ。

 

 「……随分、待たせちゃったね」

 

 そう言ってイブキはマコトを優しく抱き締める。しばらくして、解放されたマコトは立ち上がり、カヨコから無線を受け取ると静かに宣言する。

 

 『イブキ議長が帰還した。戦争は、終わりだ』

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