「先生! アリスさんからモモトークが届いています!」
「肯定。早急に確認することを推奨します」
シッテムの箱に常駐するOS、アロナとプラナの声を聞いた先生は数時間ぶりに書類から視線を外した。事務作業を中断し、モモトークを開くと確かにゲーム開発部のアリスからメッセージが届いている。
『先生、大変です! 時間になってもチビネル先輩が来ません!』
『ネルが? 珍しいね』
『もしや、アリスの実力に恐れをなしたのでしょうか?』
『それは違うんじゃないかな……』
『では、緊急クエストでしょうか?』
チビネル先輩こと
だが、義理堅いネルがアリスに何も連絡しないとは考えにくい。もし、連絡の余裕すらない状況ならシャーレに協力要請が来ているはずだ。
『一度、ユウカたちに確認してみようか』
『分かりました! アリス、ユウカと会話してイベントフラグを立てて来ます!』
『私からも確認してみるよ』
ユウカはセミナーで会計を務めている生徒だ。音信不通の理由が任務だとすれば、何か知っているだろう。先生は既読の付かなくなったモモトークを閉じ、シッテムの箱をカバンに入れる。そして、壁に掛けてあるビジネスコートに袖を通す。外に出た先生は軽く襟を正すと駅に向かい、ミレニアム行きの列車に乗り込んだ。
『先生、少しお時間よろしいでしょうか?』
電車に揺られ、
『大丈夫だよ、どうしたの?』
『実は今朝からツルギが行方不明になっているのです』
『ツルギが?』
『はい。登校した痕跡はあるのですが、それ以降の足取りが掴めない状況です』
『つまり、登校中に消えたと』
『そういうことになります』
『分かった。ミレニアムで用事を済ませたらすぐに向かうよ』
『ええ、分かりました。ありがとうございます』
モモトークを閉じ、再び窓の外に目をやるとミレニアムタワーが遠くに見えた。ほどなくして、到着を知らせるアナウンスが流れる。降車する乗客によって少し騒がしくなる車内。先生はシッテムの箱をカバンに仕舞うと席から立ち上がり、扉の前に移動する。
「お疲れさま」
降車した先生はハイランダーの生徒を軽く
「せんせー! 久しぶり!」
「ゲホッ……。久しぶりだね、モモイ」
扉を開けた瞬間、飛びついてきたモモイの頭突きが
「お姉ちゃん、はしゃぎすぎ」
双子の妹であるミドリに引き剥がされ、席まで引きずられていくモモイ。先生は軽く咳き込みつつ、部屋を見渡す。会議室にはリオを除いたセミナーの面々とゲーム開発部のメンバーが勢揃いしていた。
「コユキやユズが居るのは珍しいね」
「場合によってはコユキちゃんの力が必要になるかもしれませんから」
落ち着いた口調で説明する白髪の少女は生塩ノア、セミナーで書記を務めている人物だ。彼女に両肩を抑えられ、ジタバタしているピンク髪の少女は黒崎コユキ。彼女もセミナーのメンバーである。
「ユウカちゃん、コユキちゃんも観念したみたいですよ?」
コユキが抵抗を諦めるとノアは手を離し、コユキの隣に座る。そして、機材を調整しているユウカに声をかけた。先生も手近な椅子に腰を下ろす。
「コホン。では、会議を始めます」
顔を上げたユウカは全員が着席したのを確認し、軽く咳払いして会議を始める。
「アリスちゃん、ネル先輩と遊ぶ約束したのは間違いないのよね?」
「はい! モモイたちにも確認して貰ったので間違いありません!」
「うん、私たちも確認したけど間違いなく約束してたよ」
アリスの勘違い、という
「まず、私たちセミナーはネル先輩にも、C&Cにも依頼を出していないわ」
「アスナ先輩たちは居ますもんねー」
「コユキちゃんの言う通り、他のエージェントは待機中です」
自分の言葉に溜息をつくユウカ。ノアも僅かに眉を顰めている。先生は頬を軽く掻きながら思考を巡らせる。
「けど、アリスとネルが約束していたのは間違いないんだよね?」
「……ですので、私たちはネル先輩が何者かに誘拐された可能性が高いと考えています」
「やっぱりかぁ……」
コユキやモモイたちは驚きの表情を浮かべるが、ノアたちの反応は薄い。本当に誘拐されたのかはともかく、ネルがトラブルに巻き込まれたこと自体は予想の範囲だったからだ。問題は──
「──コールサイン
「はい。ネル先輩が生半可なトラブルで音信不通になるとは思えませんから」
ネルはミレニアムはおろか、キヴォトス全体で見ても最上位クラスの戦闘力を持っている。そんな彼女が音信不通になる時点で只事ではない。本当にネルが誘拐されており、尚且つ下手人が他校の生徒なら外交問題に発展する。最悪、学園同士の武力衝突が起きるだろう。
「さて。どうしましょうか、ユウカちゃん?」
「にはは、監視カメラをハッキングしちゃえば早くないですか?」
「それだ! ヒマリ先輩辺りに頼もうよ、ユウカ!」
コユキとモモイの提案に絶望的な表情を浮かべるユウカ。ノアは無言でニコニコと微笑んでいる。ユウカを気遣っているだけでモモイたちと同じ考えなのだろう。ぎこちない動きで縋るような視線を先生に向けるユウカ。
「……もっとスマートに、論理的に解決できませんか? 先生」
「難しいんじゃないかなぁ……」
苦笑いする先生を見たユウカは観念した様子でヴェリタスに連絡する。表向きは反セミナーの立場を取っているヴェリタスにC&Cのメンバーを探して欲しい、と協力を頼むことに思うところがあるのだろう。
先生は事件が解決したあと、ケーキでも買ってきてあげようと思うのだった。