「で、来たわけね。結局」
部室にやってきた面々を見てチヒロは溜息をつく。バツの悪そうな表情を浮かべるユウカと先生。チヒロの視線がゲーム開発部の面々を通り過ぎ、ノアに向くが、軽く微笑まれただけだった。
「……一応、反セミナーって立場を取ってるんだけど」
チヒロは不満を漏らしつつ、無言でディスプレイとキーボードを指差す。こちらの様子を伺っていたハレとマキは肩を竦めるとディスプレイに向き直り、慣れた手つきでキーボードを叩き始めた。
「このくらいなら、まぁ」
「モモイたちも関係してるっぽいしね~」
待つこと数分、中央のディスプレイにネルの姿が映し出される。感嘆の声を上げるゲーム開発部のメンバー。マキは自慢げな表情で操作を続ける。固唾を呑んで映像を見守るユウカたち。
「このルートだと直行してるよね?」
「うん、この方面からの最短ルートだと思う」
映像を見ていたモモイの呟きにミドリが同意する。画面では、ネルが不良にゲンコツを食らわせていた。
「うわ、コマ送りにしても見えない。どんだけ速いのさ……」
顔を顰めて自分の頭を手で
「ハレ、貸して」
即座に別角度からの映像を確認するチヒロ。我関せず、と黙っていたコタマも異変を察知。自身の作業を中断して音声データを分析する。だが、これといった異常は見当たらない。別角度からの映像も同様だ、──ネルの姿が忽然と消えたこと以外は。
「……ダメ。この1フレームで完全に見失ってる」
「きちんと映像解析しないとダメそうだね、副部長」
不良に絡まれた路地からゲームセンターのある大通りに出る、僅か1フレームの間に消えたネルの姿。神隠しの4文字が思い浮かぶ状況にノアですら困惑の色を隠せない。
「……消えた理由は分からない。けど、音信不通になった理由は分かったね」
絞り出すような先生の言葉に同意するユウカとチヒロ。ノアも落ち着きを取り戻し、黙考している。
「つまり、推理パートが始まったということですね!」
「ヒント無しとかクソゲー過ぎない?」
アリスの少しズレた発言に同調しつつもツッコミを入れるモモイ。だが、モモイはクソゲーとして悪名高いテイルズ・サガ・クロニクルの製作者。お前が言うな、と言いたげな視線が向けられる。
「先生……」
「ユウカたちはどうするんだい?」
「そうですね、ひとまずは映像解析から始めようかと」
良くも悪くも呑気なアリスとモモイだが、ミドリとユズは事の深刻さを理解しているらしく、真剣な眼差しで画面を見つめている。そして、今後の方針を尋ねられたユウカはコタマの意見を採用。よりスペックの高いコンピュータで映像を再確認することを決めた。
「アスナ先輩たちにも連絡して映像が途切れた地点を調査して貰いましょうか」
「そうね。連絡しておくわ」
「ユウカー、私たちは?」
「連絡さえ取れるなら好きにしてて良いわよ」
「じゃあ、久々に遊ぼうよ。先生!」
「遊びたいのは山々だけどトリニティに用事があってね」
「え〜、じゃあ私たちも行きたい!」
「ダメに決まってるでしょ、他自治区よ?」
「だってさ、遊ぶのはまた今度にしようか。ごめんね」
先生はモモイを宥め、ヴェリタスの部室を後にする。そして、ハスミに連絡を入れるため、モモトークを開く。すると、ノアからメッセージが届いていた。
『トリニティに向かうそうですが、ネル先輩の件は伏せていただけると助かります』
C&Cはトリニティの正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会とは異なり、エージェント集団としての性格が強い。だが、ネルの圧倒的な戦闘力と実績が他の学園や不良に対する牽制になっていることは周知の事実。だからこそ、学園の最大戦力が欠けていることを他校に知られたくはないのだろう。
『分かった。出来るだけ秘密にしておくよ』
ノアから届いたメッセージの内容を確認した先生は返信する。ネルの件についてはユウカたちから連絡があるはずだ。そのまま、先生はハスミから新しいメッセージが届いていないことを確認しようとする。その瞬間、マコトから新しいメッセージが届く。
『先生、いま何処に居る? イブキが体調を崩したから救護騎士団に診て欲しいのだが』
『ミレニアムに居るよ。丁度、トリニティに用事があるから道中で迎えに行くね』
『分かった。すまないな、先生』
マコトとの会話を終えた先生はハスミからの連絡が無いことを再確認し、小走りで駅に向かう。改札を抜けた先にあるホームは電車に乗ろうとする生徒たちでごった返していた。ゲヘナ行きということもあり、乗客も乗務員も口調が荒い。
「む、先生か?」
不意に背後から声を掛けられる。驚いた先生が振り向くと、そこには目元が隠れるほど深くキャップを被ったサオリが立っていた。
「久しぶりだね、サオリ」
「ああ、先生はどうしてここに?」
「……ちょっとね。サオリはミレニアムでバイトかい?」
「いや、これからゲヘナに向かうところだ」
先生はサオリにゲヘナへ向かう理由を訊こうとするが、ハイランダー生の怒鳴り声と重なってしまう。明後日の方向に視線を向け、肩を竦める先生。ほどなくして、列が動き始める。先生とサオリは駅員の案内に従って乗車し、二人掛けの席に座る。そして、先生は改めてゲヘナに向かう理由をサオリに尋ねた。
「便利屋68からの協力要請を受けてな。駅で合流する予定なんだ」
「アルたちか。なら、大丈夫だね」
「ああ。どうやら依頼人が報酬を支払わずに逃げたらしい」
事情を聞いた先生は苦笑する。遠からず、ブラックマーケットの一角が吹き飛ぶことになりそうだ。列車はミレニアムの自治区を抜け、ゲヘナの自治区に入る。そう遠くない場所で銃撃戦が起きているらしく、パラパラという銃声が聞こえる。
「相変わらず騒がしいな、ゲヘナは」
「うん、今日はいつにも増して元気みたい」
「この様子だと骨が折れる依頼になりそうだ」
金属が擦れる音を響かせながら列車が減速する。窓の外に目を向けると、少し離れた位置に駅舎が見えた。先生は足元に置いていたカバンを手に取り、座席から立ち上がってドアの近くへ移動する。止まった列車の扉が開く直前、サオリはキャップを深く被り直す。
「私はこっちだが、先生は?」
「……反対だね。じゃあ、気を付けて」
「ああ、先生こそ気を付けてな。何かあればいつでも連絡してくれ」
サオリの目的地である便利屋の事務所は先生の目的地と反対方向にある。結果、サオリと先生は改札を出ると左右に分かれ、自身の目的地へと向かうことにした。