プロトコル『ラスト・リゾート』   作:ユウ/伽藍堂(本舗)

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アドラメレクの策謀─トリニティ編

 「というわけでイブキをよろしく頼む、先生」

 「うん、任せて」

 「キキキッ! 良い子にしているんだぞ、イブキ。じゃあな」

 「うんっ! マコト先輩、ばいばーい!」

 

 マコトに向かってブンブンと勢いよく手を振るイブキ。その無邪気で可愛らしい仕草に部屋の空気が緩む。手首に巻いた時計に目をやった先生はイブキと手を繋ぎ、万魔殿の執務室を後にする。

 

 「トリニティまで少し時間がかかるけど体調は大丈夫?」

 「うんっ! 大丈夫だよ!」

 

 先生の問いかけに元気よく返事をするイブキ。手を繋ぎながら駅への道のりを歩く二人の姿はまるで親子のようだ。イブキは列車に乗るやいなや、座席から背伸びして窓の外の景色を楽しそうに眺める。その姿は年相応で、初等部から万魔殿に飛び級で加入した才媛にはとても見えない。

 

 「イブキ、トリニティにちゃんと来るの初めてかも!」

 

 イブキは列車がトリニティの自治区に入ったことに気づき、嬉しそうにはしゃぐ。そんなイブキの姿を見て先生は柔らかい笑みを浮かべる。

 

 「ホームと列車の隙間に気をつけてね」

 「はーい!」

 

 元気よく降車するイブキ。マコトからは体調不良と聞いていたが、思ったよりも元気そうで安堵する先生。だが、所詮は素人の見立て。最初に向かう先が救護騎士団の元であることに変わりはない。

 

 「よし、行こうか」

 

 先生はイブキが落ち着いたタイミングを見計らって声をかけ、そのまま救護騎士団の寮舎へと()を進める。地図によれば、駅から寮舎はそう遠くない位置にある。実際、十数分で到着した。

 

 「先生、お久しぶりです」

 

 救護騎士団の団長を務めるミネが二人を歓待する。どうやら、事前にマコトがセナを通じて話を通していたらしい。ミネは眩しい笑みを浮かべるイブキを一瞥する。ほんの一瞬、怪訝な表情を浮かべるミネ。

 

 「ミネ、どうしたの?」

 「……顔に出ていましたか。医療従事者が患者に不安を悟られるなどッ!」

 「ストップ! ストップ! 落ち着いて!」

 

 スイッチが入ったことを察知した先生は慌ててミネを落ち着かせる。更に、イブキとセリナも加わったことでミネが平静を取り戻す。

 

 「少し、熱くなってしまったようですね。すみません」

 「大丈夫だよ。じゃあ、イブキのことは頼んでもいいかな?」

 「はい、お任せください。必ず『救護』して見せます」

 

 勢いよく立ち上がり、ミネは宣言する。先生は礼を述べ、何かあれば連絡してほしいと伝えて救護騎士団の寮舎を後にする。次の目的地は正義実現委員会の部室だ。

 

 「遅くなってごめんね、ハスミ」

 「いえ。むしろ、来ていただきありがとうございます」

 「早速だけど現状と経緯を教えてくれるかな?」

 「分かりました。まず、ツルギが行方不明となっていることは既にご存知ですね?」

 「うん、確か今日の朝からだったよね?」

 「その通りです。そして、非番の部員も含めた人海戦術で捜索中ですが、未だ発見できていません」

 「なるほど、ナギサたちは把握しているの?」

 「ティーパーティーには報告済みです」

 「分かった。......心配だね」

 

 先生は顎に手を当てて唸る。多少の差はあれど、ネルの失踪と似たような状況だ。ミレニアムは持ち前の科学技術を活用してネルを捜索しているが、トリニティは技術力を人数でカバーしているのだろう。

 

 「何か、手掛かりは無い?」

 「今朝の時点では学園の敷地内に居たことが聞き込みで判明しています」

 「具体的な時刻とかは分かるかい?」

 「午前10時頃までは目撃情報があります。ツルギは目立ちますから」

 「10時頃か……」

 

 ハスミは手元の報告書をせわしなく捲りながら先生の質問に答えていく。一方、先生は迷っていた。ツルギの姿が最後に確認された時刻はネルが行方不明になってから数分後だ。間違いなく、二つの失踪事件は関連しているだろう。だが、ネルの件についてはノアから釘を刺されている。

 

 「ハスミ、ツルギの目撃情報を他学園でも募ってみるのはどうかな?」

 「他学園で、ですか」

 「うん、どうかな?」

 「……他学園まで巻き込むとなると私個人では判断しかねますね」

 

 ハスミは俯き、口元に手を当てて考える。沈黙。ハスミが顔を上げる。何か、思いついたようだ。

 

 「ナギサ様かセイア様、あるいはミカさんから許可を得るのはどうでしょう?」

 「ティーパーティーに判断を仰ぐ、ということだね?」

 「はい、他の学園に協力を求めるとなると政治の領域ですので……」

 「分かった。一度、ナギサたちに提案してみるよ」

 「手間を取らせてしまい、申し訳ありません。よろしくお願いします」

 

 頭を下げるハスミ。友人が姿を眩ませたにもかかわらず、足踏みしている現状に焦りと不安を感じているのだろう。「正義実現委員会の副委員長」という肩書さえなければ、という思いもあるのかもしれない。先生はハスミに顔を上げるよう言う。

 

 「大丈夫、先生に任せて」

 

 部室を出た先生の顔を西日が朱に染める。先生は眩しさに目を細め、手近な建物の陰に入って一息つく。

 

 「おや、先生じゃないか。……ふむ。乙女でなくとも日光は大敵、といった様子だね?」

 「こんにちは、セイア。少し、相談があるんだけど」

 「いつになく神妙な面持ちじゃないか。無論、構わないとも。用件を聞こう」

 

 先生はツルギについて他の学園にも協力を要請することが出来ないか、と伝える。だが、セイアの態度は煮え切らないものだった。

 

 「どの学園と連携するのかが重要だ、先生。仮にゲヘナが相手なら難しいと言わざるを得ない。我々が許したとしても世論が許さないだろう」

 「ミレニアムなら?」

 「不可能ではない。だが、生徒会長を務めるリオが不在である以上、こちらの意見が通りやすくなってしまう」

 

 先生は考える。学園間のパワーバランスは「シャーレ」が介入することで解決出来るだろう。だが、同時に生徒からの信頼を損いかねない。

 

 「ふむ。とはいえ、ツルギが行方不明のままというのも困りものだ。一度、ミレニアムと会談の場を設けても良いかもしれない」

 

 難しい顔をして悩む先生を見かねたセイアが助け舟を出す。すぐにモモトークでユウカに連絡を入れる先生。

 

 「連絡はしてくれたようだね。では、この件をティーパーティー預かりとさせて貰おうか。任せてくれるかい、先生」

 「勿論。何か進展があれば遠慮なく教えて」

 「心配せずとも伝えるさ。して、先生はこの後どうするんだい?」

 「うーん、一度ゲヘナに寄ってからシャーレのビルに戻るかな」

 「では、名残惜しいが此処でお別れとしようか」

 「分かった。呼び止めてごめんね」

 「構わないとも。ナギサにもこのことは伝えておこう。......そうだ、ミカが先生に会えていないと嘆いていたよ」

 「ミカが? じゃあ、帰りに寄るよ。ありがとう」

 

 辺りはすっかり夜闇に包まれている。ゲヘナは明日になりそうだと考えながら先生はミカの元へ向かう。

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