プロトコル『ラスト・リゾート』   作:ユウ/伽藍堂(本舗)

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アドラメレクの策謀─ゲヘナ編

 ──イブキと先生が執務室を後にする。

 

 扉が閉まり、足音が徐々に遠ざかっていく。水を打ったような静寂。マコトは大きく息を吐いた。緊張が息に混じって出ていくような感覚。数秒後、目を開いたマコトの目には彼女らしからぬ緊張の色があった。

 

 「……さて、正念場だな」

 

 まるで、自分自身に言い聞かせるような呟き。マコトは緊張で張り詰めた自身の雰囲気を普段の空気で覆い隠す。直後、執務室の扉がノックされる。

 

 「キキキッ! ようやく来たか」

 「時間通りのはずだけど」

 

 扉を開いて現れたのはボリュームのある白い髪を床につきそうなほど伸ばした少女、空崎ヒナだ。彼女はゲヘナの治安維持組織『風紀委員会』で委員長を務める人物であり、ゲヘナ最強の生徒でもある。

 

 「まぁ、いいわ。用件は?」

 

 ヒナは溜息をつき、マコトの言葉を面倒そうに受け流すと本題に入るよう促す。

 

 「矯正局の視察だ。ゲヘナが人員と維持管理費を出している区画のな」

 「ああ、もうそんな時期なのね。……人員まで出してるの?」

 「キキキッ! 今年は不知火カヤ防衛室長殿の失脚で人手不足のようだからなぁ!?」

 「そう。早く済ませましょう」

 

 ヒナは上機嫌に高笑いを繰り返すマコトを冷めた目で見つめ、廊下に出る。しばらくして、軍帽とコートを身につけたマコトが部屋から出てくる。

 

 「キキキッ! ゆくぞ、ヒナよ!」

 「そうね」

 

 ゲヘナから矯正局まではそう遠くない。マコトは受付のゲヘナ生に視察に来たことを伝え、書類に必要事項を記入する。無言でマコトの後ろに付き従うヒナ。護衛、というのは建前で本当の目的は書類仕事の時間を削ることだろう。

 

 「懲りないわね、ほんと」

 

 ヒナはうんざりした様子で呟く。この呟きをマコトが聞けば追加の嫌がらせがあるだろうが、そうなれば実力行使に出れば良い。もう、何度目かも分からない溜息をつくヒナ。

 

 「キキキッ! 我がゲヘナ学園から供出した費用は無駄なく使われているようで何よりだ」

 「そうね。前に来た時より綺麗になっているわ」

 

 上機嫌なマコトに対して適当な相槌を打つヒナ。いくつかの電子ロックを許可証で解除し、隔壁を受け取ったパスワードで開ける。一応、七囚人の脱走を受けて改修したようだ。──肝心の七囚人が一人しか捕まっていない現状では宝の持ち腐れなのだが。

 

 「このブロックで最後だな」

 「そう」

 

 もう何度目かも分からないパスワードの入力と許可証の提示。ピピッというわざとらしい電子音が静まり返った廊下に響く。

 

 ロックが解除され、ゆっくりと隔壁が上昇していき、真っ暗だった特別房に光が差し込む。

 

 ──そこに居たのは武器を奪われ、ボロボロになったネルとツルギだった。

 

 「は?」

 

 困惑。予想だにしない光景にヒナの思考が止まる。

 

 「おいッ! ボサっとすんなッ!」

 

 ネルの怒声。我に返るヒナ。振り向きざまにデストロイヤーを放つ。壁面を抉り飛ばす赤紫の弾幕。ヘイローすらも砕きかねない、弾丸の驟雨。だが──。

 

 「遅い」

 

 アキレスが亀に追いつけないように、不意を突いた者と突かれた者の差は埋まらない。

 

 「ぐっ……」

 

 呻き声と共に膝をつくヒナ。だが、マコトは手を緩めない。的確にヒナの急所を撃ち抜き続ける。明滅するヘイロー。そして、ヒナの視界が黒に染まる。意識を手放し、崩れ落ちるヒナ。それを見たマコトは動きを止め、絶対零度の視線で倒れ伏すヒナに銃口を向ける。

 

 ──1発。──2発。──3発。

 

 マコトは容赦なく弾丸を撃ち込む。だが、ヒナは微動だにしない。

 

 「……成功したようだな」

 

 ようやく、銃口を床に向けるマコト。そして、気絶したヒナを乱雑に掴み上げる。だが、ヒナを特別房に入れるためには扉を開く必要がある。そして、その隙を見逃すネルではない。マコトが扉を開けた瞬間、ネルが動く。銃を奪われていようと関係ない。腕を掴み、引き摺り込もうとする。

 

 だが、ネルが地を蹴った時には既に扉が閉じていた。当然、ヒナは特別房に放り込まれており、マコトは檻の外に居る。ツルギたちに背を向け、歩き出すマコト。

 

 「おいッ! 待てッ! 待ちやがれッ!」

 「無駄だ。振り向きはすれど、リスクを冒すタイプじゃない」

 

 猛り狂うネルをツルギが諫める。彼女の言葉通り、マコトは足を止めて振り向きはしたものの、無言で隔壁を閉じた。硬質な閉鎖音が遠のいていく足音を掻き消す。

 

 「後は任せたぞ」

 

マコトから声を掛けられ、顔を上げた受付のゲヘナ生はヒナの姿が無いことに触れず、代わりに書類からヒナの名前を削除する。

 

 「お気をつけて」

 

 受付のゲヘナ生は机の上の書類に目を向けたまま、挨拶する。それに対してマコトは手を軽く振る。そして、コートから無線機を取り出した。

 

 『ベルフェゴール。準備が完了した、決行しろ。オーバー』

 『アドラメレク。了解、プロトコルを実行します。オーバー』

 『……たった今、急用が入った。帰投が少し遅れるが、気にするな。アウト』

 

 マコトは通信を切り、自身の行く手を遮るように立っているミレニアムの生徒会長、調月リオに意識を向ける。

 

 「久しぶりだな、ビッグシスター。そのデカいスーツケースは何だ? おおよそ、見当は付くが」

 

 マコトは傲岸な態度を崩すことなく、問う。

 

 「場所を変えましょう、マコト。その方が合理的よ」

 「キキキッ! いいだろう。先導しろ、調月リオ」




 難産でした。少し、短いですがご容赦を。
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