プロトコル『ラスト・リゾート』   作:ユウ/伽藍堂(本舗)

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バアルの後悔①

 「おーい、しっかりしやがれ!」

 

 頬をぺちぺちと叩かれ、目を覚ますヒナ。ぼやけた視界が徐々にはっきりとしていく。のそりと起き上がるとしゃがんだ姿勢でこちらの様子を伺うネルの姿があった。

 

 「お、気が付いたみてぇだな。大丈夫か?」

 「ええ、まあ大丈夫よ。マコトは?」

 「さぁな。学園に戻ったんじゃねえか」

 

 ヒナはマコトに撃たれた箇所を(さす)りながら質問する。だが、ネルの返答は煮えきらない。ヒナは立ち上がり、牢屋全体を見渡す。当然、愛銃の姿は無い。コートのポケットも確かめるが、通信機器や武器の(たぐい)は全て回収されていた。

 

 「貴女たちも武器は取り上げられているのよね?」

 「ああ、この牢屋ん中で目ぇ覚ました時には無かったぜ」

 「わ、私も同じ、です」

 「まぁ、そうよね。マコトが武器や通信機器を持たせたままにするはずが無いわ」

 

 ヒナは軽く腕を回し、拳を握り固めると思いっきり牢屋の壁を殴る。だが、放射状にヒビが入るだけで破壊には至らない。鈍い痛みを逃がすように軽く手を振るヒナ。

 

 「かなり、頑丈みたいね」

 「あたしも試したが、ビクともしなかったぜ。銃があれば話は違えんだが」

 「正義実現委員会の委員長はどうだったのかしら?」

 「私も、試しました。けど、ダメです。ミネやミカ様なら壊せそうですが」

 

 ヒナは壁を殴ったことで血の滲んだ拳を見つめ、手袋をはめ直す。そして、壁から離れると窓やダクトを探すが、見当たらない。

 

 「鉄格子は試したのかしら?」

 「……触れた瞬間、血相変えて走ってきた看守どもにハチの巣にされるぜ」

 「うーん。本調子ならともかく、今の状態だと厳しいわね」

 

 ヒナは座ると溜息をつき、壁にもたれかかる。そして、牢屋の中を落ち着きなく動き回るネルを目で追い始めた。同じように、ツルギも動き回るネルを目で追っていたが、不意に立ち上がり、鉄格子の方へ歩み寄る。

 

 「急にどうしたの?」

 「……誰か、来る」

 「ああん!? 今度はどこのどいつが捕まったんだ?」

 

 ヒナたち三人は近づいてくる気配に神経を尖らせる。

 

 「ちょっと! 離してちょうだい! 自分で歩ける! 歩けるからッ!」

 「うるさいッ! とっとと牢屋に入れ!」

 「分かった! 分かったから!」

 

 通路の奥から姿を現したのはボロボロになった便利屋68の社長、陸八魔アルだった。愛用の狙撃銃は取り上げられ、顔や服は酷く煤けている。髪に至っては毛先の一部が焦げていた。満身創痍の4文字がピッタリ当て嵌まる有様(ありさま)だが、本人は特に気にすることなく看守と言い争っている。

 

 「私らの檻じゃなさそうだな」

 「ええ、正面の牢屋みたい」

 「わ、私たちが言うのもなんですが……、ボロボロですね」

 

 牢に蹴り込まれたアルを見ながら思ったことを口々に呟くツルギたち。すると、3人の視線に気づいたアルがヒナたちの居る牢に視線を向ける。そして、叫ぶ。

 

 「えッ!? 風紀委員長がどうして矯正局に居るのよ! 悪いことしたの!?」

 「話すと長くなるのだけれど……、冤罪よ」

 「そ、そう。てっきり私はあなたの指示だとばかり……」

 

 ヒナの説明に困惑しつつも、納得するアル。だが、ツルギが違和感に気付き、尋ねる。

 

 「おい、なぜヒナの指示だと?」

 「急にどうしたのよ!? さっきまでもっとお淑やかだったでしょ!?」

 「んなこたぁ、どうでもいいんだよ! とっととツルギの質問に答えやがれ」

 「ふ、風紀委員会に追い回されてこうなったからよ……。やたらと気合が入ってたわ」

 「その話、詳しく聞いてもいいかしら?」

 

 アルは対面の牢屋から放たれるプレッシャーに白目を剥きそうになりながら経緯について説明する。曰く、数日前に受けた大口の依頼が事の発端らしい。

 

 「それで、依頼を達成したのにクライアントが報酬を払わないまま、飛んだのよ!」

 「それで、ブラックマーケットまで追いかけて行ったの?」

 「ええ、せめて経費だけでも回収したかったから」

 

 通路を挟んで向かい側の檻でプリプリと怒るアル。ネルとツルギは顔を見合わせたあと、ヒナに視線を向けた。視線に気づいたヒナは溜息をつき、アルに続きを促す。

 

 「私たちだけだと戦力に不安があったから以前に依頼で知り合ったサオリと合流して追いかけたの」

 「サオリって、錠前サオリ?」

 「けひひ……、アリウスゥゥ……」

 「さ、サオリがどうしたのよ。い、いい娘だったわよ?」

 

 対面の檻から放たれるプレッシャーが増したことに困惑するアル。あの日、調印式の会場に居たヒナとツルギは苦い顔をする。だが、空が赤色に染まった日のこともある。

 

 「あん? どうした、二人とも」

 

 複雑な表情を浮かべるヒナとツルギ。それを見たネルが怪訝な表情をする。

 

 「……それで?」

 「え?」

 「それで、ブラックマーケットに向かってどうなったの?」

 

 語気を強めるヒナ。彼女の圧力に気圧されたアルが再び説明を始める。5人は報酬を踏み倒して逃げた依頼人を追い、ブラックマーケットに足を運んだが、依頼人を捕まえるよりも先に風紀委員会と会敵。仕方なく、交戦する5人だが、ヘルメット団まで現れたため、撤退を決断。最終的に、サオリと社員たちは逃げおおせたものの、殿(しんがり)を務めたアルは風紀委員会に捕まり、万魔殿に引き渡され、最終的にここへと連れてこられたらしい。

 

 「ブラックマーケットに風紀委員会が?」

 「ここに来るまでは貴女の差し金かと思っていたのだけど、違うようだし……。よく分からないわ」

 

 不可解な状況に首をかしげるヒナとアル。2人ほどではないにしろ、組織のリーダーを務めているツルギとネルも言葉に出来ない違和感を覚えていた。

 

 「と、とにかく私は此処から逃げるわよ!」

 「それが出来れば苦労はしてねえっつうの」

 「そ、そもそも何故ゲヘナの議長が風紀委員長を矯正局に?」

 「ええ……、どうしてマコトが風紀委員長を?」

 

 ツルギの言葉で3人の視線がヒナに集まる。視線を向けられたヒナは観念したのか、苦虫を噛み潰したような表情で話し始めた。

 

 「多分、マコトは議長を取り戻そうとしているのよ」

 「議長? アイツ自身がゲヘナの議長だろうが」

 「正確には()()()ね」

 「そういえば、マコトが議長に就任したのは今年の始めだったわね」

 

 アルが思い出したように呟く。ツルギとネルは信じられないものを見る顔をするが、トリニティやミレニアムと違い、ゲヘナでは生徒会長の名前を憶えている人物の方が珍しいのだ。その上、アルが社長を務めている便利屋68はゲヘナ学園から半ばドロップアウトしている。覚えていなくとも無理は無いだろう。

 

 「……前議長はね、謀られたのよ。雷帝派の残党にね」

 

 ──隠しきれない悔しさを滲ませ、絞り出すように言葉を紡ぐヒナ。

 

 その唇からは赤い筋が一本、流れ落ちていた。

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