──2年前、5月。
「やってられんな」
羽沼マコトはゲヘナ学園を見限った、入学から1ヶ月ほど経った日のことである。当時のゲヘナは悪名高い「雷帝」による独裁政権の真っ只中。「自由と混沌」を校風としていたゲヘナ学園は見るも無残なディストピアへと変貌していた。
そんな有様のゲヘナ学園に嫌気が差したマコトは無断で授業を欠席し、部活や委員会にも所属せず、課題やテストは全てボイコット。6月になる頃にはゲヘナ学園から半ばドロップアウトし、ブラックマーケットに入り浸るようになっていた。
だが、当時のブラックマーケットは盗難戦車が道路を走り、強奪された戦闘ヘリが空を飛ぶ完全な無法地帯。悪徳企業同士の武力衝突も頻発し、鎮圧のためにSRT特殊学園が駆り出されたことも決して少なくは無かった。
当然、
当時のブラックマーケットは大人が主役であり、子供たる生徒は詐欺のカモにされるか、鉄砲玉として使い潰されるかの二択だった。
だが、何事にも例外は存在する。後に七囚人と呼ばれる伝説のスケバンや災厄の狐、彼女たちの脱獄を手引きした教授。いずれも、混沌を極める当時のブラックマーケットを生き抜いた猛者たちだ。
そして、この殺風景な打ちっぱなしの部屋でテレビを見ているシルバーブロンドの生徒、羽沼マコトもまた、当時のブラックマーケットで名を馳せた生徒の一人である。流れているのはクロノススクールのトップニュース。どうやら、ミレニアムの中央銀行で大規模な強盗事件が発生し、多額の現金が奪われたらしい。
「キキキッ! 新興の学園はワキが甘いなぁ? 学生証の偽造を許すなんて千年難題が草葉の陰で泣いているぞ!」
ソファにもたれ、上機嫌に皮肉を垂れるマコト。無論、策士気取りのヤジではない。一連の事件は彼女自身の計画が成功した証だ。ディストピアと化したゲヘナ学園を見限り、ブラックマーケットに入り浸っていたマコトは詐欺や強盗の計画を売り、日銭を稼いでいた。
「さて、そろそろ私にも手が伸びてくる頃合いだが……」
マコトは壁を背に窓から外の様子を伺う。案の定、見慣れない生徒がチョロチョロと動き回っていた。だが、追手が差し向けられること自体は想定している。問題はどこの組織が嗅ぎつけてきたか、だ。
「黒い制服に赤いネクタイ、ゲヘナの風紀委員会か」
逃げるタイミングを計りながらマコトは考える。万魔殿や懲戒委員会ではなく、風紀委員会が動いているということは雷帝の差し金ではない。となると、副議長か風紀委員長のどちらかだ。しかも、独断の可能性が高い。
「……逃げられないよう、建物を囲うのは分かるが突入してこないな」
状況が膠着してから十数分、建物を包囲する風紀委員会が動く様子は無い。ソファを利用して簡易的なバリケードを作りつつ、あえて射線を通して誘ってみるが、無駄に終わる。マコトがグレネードを利用して包囲を強行突破しようかと考え始めた頃、金髪の生徒が現れた。
『あー、あー、聞こえてますかー?』
金髪の生徒は拡声器を手に持ち、語りかけてくる。マシンガンを持った白髪の生徒の位置取りから推測するに、それなりの地位に居る人物なのだろう。あまり、威厳は無い。
『私はゲヘナ学園の副議長、丹花イブキです!』
「私のような不良生徒に副議長サマが何の用だ?」
『もー、嘘はダメだよ! 数日前に起きたヴァルキューレ襲撃事件もミレニアム中央銀行で起きた大規模強盗も貴女が手引きしたんでしょ?』
瞬間、ガラスが割れる。白髪の生徒が即座に反応。イブキを羽で覆う。ひしゃげた弾が地面に落ちる。舌打ちするマコト。
「副議長、反撃しますか?」
「お話しに来たんだからダメだよ、ヒナちゃん!」
そう言われ、ヒナはマシンガンの照準を割れた窓から外し、トリガーから指を離す。
『貴女に手伝って欲しいことがあるの!』
「手伝ってほしいことだと?」
『うん、だから降りて来て欲しいな―』
マコトは拡声器越しに呼びかけてくるイブキとマシンガンを構えているヒナに視線を向ける。少なくとも、逮捕する気は無いようだ。マコトは愛用の狙撃銃を背中に回し、ゆっくりと窓から全身を晒す。風紀委員会の面々が動かないことを確認し、窓から飛び降りる。着地したマコトに歩み寄るイブキ。
「やっと、近くで話せるね!」
「社交辞令は必要ない。何を手伝って欲しいのだ?」
差し出された右手を無視し、マコトが問う。すると、イブキの視線が僅かに泳ぐ。だが、すぐに決意の込もった眼差しになる。
「……クーデター」
「雷帝を失脚させたいと? 意外に野心家なのだな」
マコトは周囲に視線を向ける。ヒナを含め、誰も動揺した素振りは無い。つまり、この場に居る全員が議長である雷帝ではなく、副議長であるイブキに
「羽沼マコト、貴女の力を貸して欲しいの」
深々と頭を下げるイブキ。
「キキキッ! こうも簡単に頭を下げられると腹芸も意味が無いな」
憑き物が落ちたように高笑いするマコト。イブキも顔を上げ、朗らかな笑みを浮かべる。
「協力してくれるの!?」
「ああ、私も現状のゲヘナには辟易していたところだ」
「じゃあ、改めて」
再度、イブキが差し出した右手をマコトは笑みを浮かべながら握り返す。