TSウミガメのスープ   作:AJT

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『ある男は、5年間死んでいた。しかし誰もそれに気づかなかった。なぜか?』

次の日の朝。

それは、いつもと同じようにやってきた。

 

『ある男は、5年間死んでいた。しかし誰もそれに気づかなかった。なぜか?』

 

歯を磨きながら、私は立ち止まる。

また死体ネタか……とげんなりしつつ、脳内でいつものやりとりを始める。

 

「死体は腐敗していなかった?」

 

『YES』

 

「彼は病院にいた?」

 

『NO』

 

「誰かが、死体を生きていると思い込んでいた?」

 

『YES』

 

「その誰かは、彼に食事などを与えていた?」

 

『YES』

 

「介護していた?」

 

『YES』

 

「介護していた人は遺族?」

 

『YES』

 

「遺族に精神疾患はあった?」

 

『YES』

 

「……遺族は認知症で、死んだことに気づかなかった」

 

『正解です』

 

最近はだんだんと慣れてきて、ある程度勘所を捉えた質問ができるようになってきた。

 

『解答:認知症を患った母親が、死亡した息子の遺体を“寝ているだけ”と思いこみ、長年ベッドに寝かせたまま世話を続けていた。遺体は防腐処理などはされていなかったが、窓のない部屋で温度変化も少なかったため腐敗が遅れ、発見が遅れた』

 

──重い。

 

喉の奥に歯磨き粉のミントが残っているのに、どこか鉄のような味がした。

フィクションとしては成立するが、現実にありそうなレベルだ。

いや、これ、もしかして……。

 

学校につく頃には、もうそのことは少し頭から抜けかけていた。

けれど、昼休み。楓に今日出題されたスープを共有した少しすると、教室でパンを片手にスマホを眺めていた楓が、突然声を上げた。

 

「ちょっと、これ見て!」

 

「なに?」

 

「“アメリカの女性、死後5年間の息子を看取っていた”って……え、これ今日の問題と一緒じゃない?」

 

スマホの画面には、海外ニュースサイトを翻訳したSNS投稿が映っていた。

“死亡した息子を生きていると思い込み、認知症の母親が遺体に給仕を続けていた”

“部屋は窓も換気もなかったため、遺体の腐敗は遅れた”

“遺体は発見時も比較的保存状態が良好で、事件性はないとされている”

 

──え?

 

血の気が引くのを感じた。

昨日のスープ、そのまんまだ。答えも、状況も、細かい設定も。

 

「……これ、偶然だと思う?」

 

「さあ。偶然にしては、ピッタリすぎない?」

 

私は答えられなかった。

スープは私の頭の中にしか出ないはずだった。

でも今、まるで逆に、現実が“スープをなぞって”いる。

 

これまでの出題を思い返す。

昨日のギャラリーの死体。

最初の出題だって、そうだ。

 

「もしかして──この問題、未来に起きる事件を出してる?」

 

「え、予知夢的な? 頭の中で?」

 

「知らない。でも……なんか、嫌な予感がするんだ」

 

私の中に、はっきりとした輪郭のない不安が生まれた。

これまでの“ゲーム感覚”が、一瞬で冷えていく。

 

“次に出される問題”が、ただの謎解きではなくなるかもしれない。

誰かの未来。

それも、取り返しのつかない“現実”に。

 

教室に戻って、昼休みの残り時間をぼんやり過ごす。窓の外では、風が吹いて桜の花びらが校庭に舞っていた。こんなに平和なのに、頭の中ではさっきのスープの余韻が、まだふわふわと漂っている。

 

「……でもさ」

 

楓がぽつりと言った。

 

「これ、もしさ、競馬のレース結果とか、株価の上下とか、そういうのがスープで出てきたら、大儲けできるんじゃない?」

 

「いやいや、そんな私に都合がいいスープは出ないでしょ」

 

私は苦笑しながら答える。

それに、私のスープって、そもそも“誰かの死”とか“皮肉な結末”とかが多いから、金儲けには向いてない。

楓に共有する前にスープのメモを整理していた時にも、改めてその傾向が見て取れた。

 

「うーん、まあね。でもさ、もし出たら、私にも教えてよ?」

 

楓は茶化すように言って、口元に笑みを浮かべた。

けれど、その笑顔はどこか、私を気遣っているようにも見えた。

 

「……なんかさ、あんた最近ちょっと疲れてない?」

 

「えっ」

 

「無理しないでよ。今はまだ私たちに直接影響がある問題は出てないし、ちょっと怖いクイズに収まってるからいいけど……もしこれから先何かに巻き込まれるようなことがあったらって考えると心配なの」

 

そう言って、楓は私の頭を軽くこつんと叩いた。

 

私は笑ってごまかしたけど──

楓の言葉が、じわりと胸の奥に染みこんでいくのがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

夜、部屋の天井をぼんやり見上げながら、私はイヤホンから聞こえるキーボードの音に耳を澄ませていた。楓が打つタイピングのリズムは、どこか几帳面で、小さな機械音にも彼女の性格がにじみ出ている気がした。

 

「えっと、『他人の嘘で死んだ男』ってやつは、三月二十六日。昼の二時ごろに出題、ってメモっとくよ」

 

「うん、お願い。……ついでに、それ、YES/NOの質問も記録して欲しい」

 

「おっけー」

 

彼女はパチパチと軽快にキーを叩いた。今は通話しながら、Googleスプレッドシートにこれまで出されたスープをまとめているところだ。問題文、出題日時、自分がした質問と答え、解答。それらをメモを見ながら思い出し、補いつつ整理した「スープ年表」(楓命名)は、もう十件近くになっていた。

 

「でさ、さっきの“赤いネクタイの男”のやつ……これ、質問の順番かなり遠回りだったよね」

楓の声がスピーカー越しに響く。

 

「まあね……“男は死んでる?”から入るべきだったかも」

 

「最近ちょっと質問の精度が、甘いんじゃないの〜?」

 

「へいへい、耳が痛いっす」

 

私は笑いながら、開いたメモ帳アプリに目を走らせる。

 

「にしても……この出題、完全に“誰かの死”とか“裏切り”とか、“後味悪い結末”に偏ってるよね。いわゆるなぞなぞっぽいウミガメのスープとはちょっと系統が違うというか」

 

「だね。てか、出題者、明らかにあんたの好み把握してない?」

 

「ちょっと、それは怖いからやめて」

 

私は冗談っぽく言いながらも、胸の奥がざわりとした。

 

……こうして振り返ると、スープの出題傾向には妙な偏りがある気がする。ランダムにしては出来すぎているし、何より少し前から「私の生活」と、わずかに重なるような、そんな感触がある。

 

そうだ、

 

「……ねえ、楓」

 

「楓はさ、どうして私のこと“あんた”って呼ぶの? 前は名前で呼んでたじゃん」

 

少しの沈黙。キーボードの音が止まる。

 

「……気になる?」

 

「いや、ちょっとだけ」

 

「……なんていうか、名前って、“その人がその人である”ってことに直結してる気がして。だから、ほら……ホントは男だったんだってあんたに言われてから、そのまま名前で呼ぶのはちょっと違うのかなーなんて考えて」

 

彼女は少し早口になった。

 

「“あんた”って呼べば、ほら、異性として多少距離も取れるし、でも無視するわけじゃないし……なに?名前で呼んで貰えなくて寂しかった?」

 

わかりやすい照れ隠しに思わず笑いそうになる。でも、楓のこういうところが私の支えになっているのは間違いない。

 

「……ふふ。ありがとね」

 

「何それ、気持ち悪い言い方」

 

「いや、マジで感謝してるって」

 

通話越しにふっと笑い声が混ざった。

その瞬間、画面越しのドライなやり取りが、不思議と柔らかく思えた。

 

部屋の窓を開けると、夜風がカーテンを揺らした。

外は静かで、風の音と、キーボードのカタカタという音だけが耳に残る。

 

この出題は、ただの“ゲーム”じゃない。

この記録たちは、やがて何かに繋がる。そういう気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み。中庭のベンチに腰を下ろすと、楓はポケットから紙パックの抹茶オレを取り出し、ストローをぷすりと刺した。

 

「そういえば確認なんだけどさ」

 

口にくわえたまま、楓がこちらを見た。

 

「“スープ”のルールってどうなってんの?」

 

「ルール?」

 

「ほら、たとえば──解き終わる前に次のスープが出題されたらどうなるの? ほら、頭の中に問題が残り続けるとか」

 

私はベンチの背にもたれながら、答える。

 

「んー、解けなかった問題はね、一定時間が経つと“スリープ状態”になる。頭の中で“気にならなくなる”って感じかな。でも、私が意識すれば、いつでもその設問に切り替えられる」

 

「へえ。じゃあ、未解決でも放置できるってわけね」

 

楓は感心したように頷く。

 

「あぁ、ルールっぽいので言うと」

 

私はひと呼吸置いて、続けた。

 

「全然関係ない質問ばかりしてると……特に難易度の低い問題の場合、次の質問の答えが“保留”されることがある。なんというか、“次の回答を得るまでのクールタイム”みたいなものが発生する」

 

「あぁ、最初の問題の時にそんなこと言ってたっけ、質問はちゃんと考えてからしなさいってことね」

 

楓はストローの先をちゅうと吸って、紙パックを凹ませる。

 

「多分ね。でも質問回数自体は無制限。あんまりふざけた質問ばかりだとペナルティがあるって感じ」

 

「じゃあさ、全く関係ない質問をしたらどうなるの? たとえば“私は100歳まで生きられますか?”とか、“明日雨は降りますか?”みたいな」

 

「そのへんはね……無視されるか、“それはこの問題に関係ありません”って返ってくる。つまり、YES/NOで答えられる範囲内で、“意味のある質問”をしないと進まないって感じ」

 

楓はうんうんと頷きながら、ポケットからスマホを取り出して、何やらメモを取っていた。最近は、スプレッドシートとは別に彼女なりの“スープ観察ノート”までつけ始めているらしい。

 

「じゃあ、最後に……一番気になるやつ」

 

楓の視線が少し鋭くなる。

 

「解けなかったら、なにか起きるの?」

 

……私は言葉を探すように、少しだけ視線を遠くにやった。

 

「今のところ、何も起きてないよ」

 

「でも、最初に出題された“あの問題”は、まだ答えられてないのよね?」

 

楓の言葉に、私は小さくうなずいた。

 

 

 

『ある男は、目を覚ましたら女になっていた。なぜか?』

 

 

 

それが、全ての始まり。最初のウミガメのスープ。

そして──今のところ、唯一、私が解けていない問題でもある。

 

「それって、やっぱり……あんた自身のこと?」

 

「たぶん、ね。でも、それが原因ってわけじゃないと思う。ただ、奇妙な一致があるってだけ」

 

「その問題も、スリープ状態なの?」

 

「うん。私が意識を向けない限りは出てこない。……ただ、消えもしないんだよね」

 

ズズズ……と楓は抹茶オレから空気を吸い出し

 

「じゃあさ。今後、解けないスープが続いたら、どうなるわけ?」

 

「わかんない。でも──どこかで向き合わなきゃいけない気はしてる」

 

「……“答えられなかったら、どうなるの?”って――思ったり、しない?」

 

「それは、もちろん」

 

楓の心配する言葉に、私は頷いた。

目を逸らし続けてきた“最初のスープ”──それが、もしかしたらすべての始まりで、そして終わりでもあるのかもしれない。

 

風が吹き、木の葉がぱらぱらとベンチに落ちる。

 

「じゃ、せめて次の問題はサクッと解かなきゃね、名探偵?」

 

「やめてよ、プレッシャー……」

 

沈黙が落ちる。

 

春の空は青くて、でもやけに冷たかった。

楓がなにか言いかけた気配がしたけど、結局何も言わなかった。

 

代わりに、彼女はそっと私の肩を叩いた。

 

「ま、いいか。あんたが潰れないようにだけ、ちゃんと監視しとくから」

 

「それ、ありがたいような怖いような」

 

「光栄に思いなよ、私はわりと信用できる女だよ?」

 

その言葉に、私はふっと笑ってしまった。

 

『最初のスープを解き明かしたその時、本当に全てが元に戻るのか』という疑問には、あの日からずっと蓋をし続けたまま。

 

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