蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年3月15日
長坂 葦原世界博覧会会場 葦原政府パビリオン
葦原政府唐津海軍航空隊『振遠隊』
薄々、茂実は予感していた。
葦原政府の中でも、意思決定機関たる神祇官。
その長である最高神祇伯は、内戦以前から非現実的な主張を繰り返していた。
五民平等、やろうと思えば不可能ではない。
しかしそれは、書類上の話。
人間の感情や慣習を塗り替えるには、生半可ではない労力が必要だ。
国民の実生活に反映されるには10年、いや100年は要るだろう。
平等自体は悪い話ではなく、茂実も同意見ではあった。
大葦原思想、ようは侵略の肯定だ。
葦原という土地は、無計画な工業化によって死につつある。
今の生活を維持しつつ、かつ食料供給を安定させるには、葦原の負った傷は大きすぎた。
故に、その選択肢は軍人として考慮のひとつであった。
問題は、相手が超帝国という強靭な大陸国家。
そしてもうひとつの相手が、極西ユーロネシアと超帝国、ふたつの性質を併せ持つ合衆国という点だ。
超帝国は軍閥の台頭による戦乱状態に陥っている。
陥すに容易い分断国家……そう見るのは簡単だ。
しかし、なぜその戦国状態が100年近くも維持されているのか。
それは他国の軍産複合体による支援があるから……などと言う、ありがちで全貌の見えない話ではない。
超帝国を描く地図の各地に引かれた、各勢力が持つ縄張りを示す線。
これは話し合いによって決められた線ではなく、分断された地形を意味している。
沿岸部の領域をいくつか貰うのは、葦原政府軍でもどうにかなる。
しかし、外敵の侵入を受けた各軍閥がどう動くのかわからない。
外敵の脅威があってもなお、いがみ合ってくれるのならば儲けもの。
では、一致団結すれば?
沿岸部より奥、大陸深部は土地勘を持つ者同士が100年の時を費やしても陥落することのない、天然の要塞群だ。
いずれ躓く。
深部へ行かず平野沿いを攻めても、葦原の国力では補給線が伸びきる。
なにせ葦原国内である夷俘島への侵攻ですら、呼吸で手一杯になった貧弱な兵站線だ。
幕府軍と違い、大規模な軍の運用ノウハウを持たない政府軍ではこれが手一杯。
外国の、さらに広大な大陸へ攻め込めば……どうなるか、想像に難くない。
そこら中で横槍を入れられまくるだろう。
補給を寸断され、各地で孤立し。
さらに大義名分を手に入れた合衆国が堂々と攻撃を仕掛けかねない。
端的に言えば、大陸侵攻は論外。
では西南、合衆国の離島群は?
一気に集中すれば、
半年後、超帝国と国境で睨み合っている合衆国が、本格的な戦時体制を整えれば……
相手は超帝国と違い、中央政府が各地方政府の手綱を握っている。
さらに共通のナラティブを持って一致団結している上に、世界屈指の技術力を有している。
極めつけに、極東から他大陸へ繋がる航路は合衆国が抑えていると来た。
終わりだ。
超帝国を相手取る以上に、分の悪い賭けをする事になる。
今葦原や超帝国が国体を維持できているのは、合衆国の興味が極東ではなく、
無税社会、典型的なポピュリズム。
言っているだけで、単なる人気取りに違いない。
税を取らずして、幕府から権力を奪っている武力……軍をどうやって維持するというのか。
実際、最高神祇伯から具体的な言及はなく、民心を掌握する契機となった『善きかな』踊りの
馬鹿どもから搾り取るには、都合のいい目くらましだ。
それでも幕府という旧態政府から実権を奪い、葦原を良い方向に着地させてくれれば。
茂実は、目を瞑るつもりであった。
ところがそれは、先ほど出来なくなった。
茂実が率いる唐津藩海軍航空隊、通称振遠隊は芽のあるサトリを片っ端から引き抜いて戦闘機乗りに仕立て上げた人間の集まり。
当然、彼女自身も癖があるとはいえ一介のサトリである。
その癖というのが、読心出来る相手が限られるというもので。
強力過ぎて、常に他人の心を読んでしまう読心系のサトリと違って、一定の平穏はある。
問題は、嫌な相手と波長が合ってしまった場合だ。
茂実の場合、葦原政府の指導者であった。
───あいつは、伊邪哭國男は……何も考えていないっ!
先日の一件で、振遠隊は予定外の戦闘と移動を強いられた。
そのため、世博会場から離れた大蛇山海軍基地に着陸し、陸の移動で時間を取られてしまった。
最高神祇官の視察には、指導者手ずから造り上げた彫刻を代表と共に鑑賞するという趣旨の企画が含まれていた。
この企画の代表に、展示飛行に参加する飛行隊隊長として茂実が選ばれていた。
同じ戦闘機乗りとはいえ、海軍の茂実が呼ばれたのは……恐らく神祇官の無理解だろう。
よくあることだ。
予定外の連続で、リハーサルもない一発撮り。
國男と一言二言交わして、パビリオンの正面玄関をくぐった。
そこで、茂実の勘が働いた。
最高指導者、伊邪哭國男の思考には……
国家の展望など、欠片もなかった。
遊ぶ金、抱きたい女、次に盛りたい嘘、彫刻の構想、昔見た飛行機……
昨日起きたばかりの、将軍や親王を乗せた御料機が攻撃を受けた件さえ頭にない。
まるで虚言癖のある子供のような、幼稚な俗物だったのだ。
───私は今まで、あの非現実的な主張は人気取りの出まかせだと思っていた……
まさか、嘘を吐いている自覚すらないとは!
政策に関する看板を目にし、國男が口に出して玉虫色の言葉を吐く。
「差別の根絶、大きな葦原、税のない社会……
命を賭けて、達成していく所存です」
その時、彼はこんな事を考えていた。
『ふーん。ま、なんとかなるでしょ。
失敗したらどうしよ(笑)』
楽観、浅慮、無責任……
最高神祇官が話しかける相手を間違えて、妙に感極まって予定が狂わなければ。
茂実は、あの考えなしをどうしていただろうか?
その点は、あの芸術を褒めた若造に感謝しなくては。
結局出番のないまま、外に放り出された茂実は適当な長椅子に腰掛けると……
深く、深くうなだれた。
───
詐欺師ですらない、その場しのぎの言葉しか持っていないっ……!
では、その背後にいるはずの
無能な将軍や帝の傍らには名も知られぬ摂政関白がいて、指導者をうまく操っているのが物語の常道だ。
それならば、指導者の存在は不快だが、意思決定者に考えはあるということ。
一応、問題はない。
しかし現実に抜かりはなかった。
『今度のスピーチ、どんなこと言おうか……
みんな全然、助言とかしてくれないしなぁ……』
裏など、ないのだ。
ただ張りぼてだけがそこにあり、裏で操る存在などいやしないのだ。
考えなしが適当な事を言って、誰もが深く考えずに張子の虎を祭り上げ。
遂に国が転覆してしまった。
さあ、次はどう動くのか?
外に次を見出すのか、あるいは内憂と向き合って立て直すのか。
その展望が、意思決定層に存在しないのだ。
あるのは玉虫色の言葉だけ、無行動という遅効性の毒しかなかった。
その先にあるのは、毒が全身に回って緩慢な死を迎えるか。
あるいは嘘に気付いた誰かが前と同じ手段で政府を破壊し、本格的な破綻に直面するか。
この葦原内戦ですら、経済に与えた被害は大きかった。
2度目をするとなると、葦原は耐えられないだろう。
───負けて当然だ、クソッ……私は、間違っていたのか……?
だがっ、幕府にもう次はなかった……!
サトリは、常人より多くを知る。
言語化不能なほどに微細な思念を受け取り、その人物の
故に、一の情報で十を理解してしまった茂実は深い絶望に覆われた。
絶望が彼女の中にあった道から灯火を奪い、行動力を消し去った。
他責が思考を堂々巡りし、言い逃ればかりが頭を過ぎる。
───どうする……どうすればっ……!
春の初めのうららかな日差しに、ひとつの影が差した。
大きな大きな、先の見通せない暗闇が。
「失礼、そこの方。先ほど、お会いしましたよね?」
今までよりも、さらに大きな混沌の先触れか。
あるいは、新たなる灯火か。
茂実には、何もわからなかった。
今週の更新は水曜・金曜19時です
また火曜・木曜19時にファイルを追加予定です