蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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99 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」

央暦1970年3月15日

長坂 万里(ばんり)山 葦原世界博覧会会場

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「失礼、そこの方。先ほど、お会いしましたよね?」

 

───ばっ、馬鹿野郎ぉっ。中途半端に表に出るなぁっ。

 

 ふっふっふ、お前がいると邪魔くさいからな……

 関白スタイルで好きにやらせてもらうぜ。

 

「……悪かったな、茶番に巻き込んで」

 

「まさか。最高神祇伯と直接お話しできる名誉に預かれるとは、

夢にも思わぬ体験でした」

 

 なーんてこと、心にも思ってないけど……

 それでも、向こうの最高指導者だ。

 ヨイショし過ぎなくらいがちょうどいいだろう。

 

 さて、この人を見上げさせないためにベンチの隣に座るとしよう。

 決して、ナンパのために視線を合わせているわけではないぞ。

 

───嘘をつけ、ナンパ100ぱぁせんとだろうが。

 

「……そんなに、誇らしい事だったか?」

 

 おっと、このお姉さん。

 なんだか國男に思うところがあるらしい……

 

 ナンパ指南書1ページ3行目くらいにはこうある。

 目当ての女の子が悩んでいるのなら、とりあえず寄り添っておけだ。

 

「ここだけの話……少しだけ、彼には思うところがあります」

 

「そうか……どんな具合に?」

 

 食いついた。

 やはり、國男関係で悩んでいることがあるらしい。

 

 この人の風貌を見るに、最高指導者に恋をしてるなんて甘ったるい事情には見えない。

 だからこの場合、政治的なものなんだろう。

 

 俺様にしてはちょーっと珍しく、真面目に進めてみよう……

 嘘はなるべく挟まず、周囲に目をつけられないくらいの強度を意識して。

 

「彼、といいますか……葦原政府の掲げる理念。

それは間違いなく正しく、そうあるべきです。

ですが実現のための道程が、誤魔化されているように思えるのです」

 

「……うん」

 

「あの看板の内容が要約(サマリー)なのは仕方のないこと。

ですが、要約にしては説明が不足過ぎる。

これでは、単なるポーズと見られても仕方がありません」

 

「実際、その説明不足なお題目でのしあがったんだ……

今更、出来もしない事の説明をする気なんてないんだろうさ」

 

 お姉さんはニヒルな笑みを浮かべながら、肺の空気全てを吐き捨てるように言った。

 

 な、なんだか思った以上に批判的というか……

 この人すごく、落ち込んでない?

 

───独裁体制下でここまでの発言はライン越えに思えるな。

相当、嫌な事が國男絡みであったのだろう。

 

 キョロキョロキョロ……

 念のため、周囲を見渡して監視っぽい人間がいない事を確認して。

 

 俺は彼女に尋ねた。

 

「私は……初芝竜之介と申します。あなたは?」

 

「……振遠隊隊長、岸岳茂実少佐だ」

 

 振遠隊?

 なーんか、どっかで聞いた名前のような……?

 

───馬鹿者ぉっ!

政府海軍のエース部隊、旧唐津藩海軍航空隊の通称だ!

 

 あ、そうだったっけ。

 ってことは、そこの隊長が……反体制的になったって事?

 

───そういう事になるな。

昨日、空の上で話した時とは様子が違いすぎるように見える。

ただ、良介。深く関わるのは厳禁だ。

なにせ、あそこまでお前に黒い感情をぶつけてきたのだ。

素性がバレたら……その場で殺されかねないぞ!

 

「茂実少佐。もしよろしければ気晴らしに、

他のパビリオンを見て回りませんか?」

 

───アホーーーーーーッ! アホアホアホアッホーーーッッッ!!!

確かに相手は超美人だが、命のやり取りがあり得る相手なのだぞッッッ!

 

 女の子とすれ違って、声を掛けないのは失礼に当たる……

 ましてや、話しかけちゃった上に気落ちしてたんだ。

 

 放っておけないよ。

 たとえ相手が、殺し合うかもしれない人間でも。

 

───女だから、だろう? まったく、このクズが───

 

 俺の言葉を受けた茂実さんは、まぶた以外が文字通り硬直した。

 数秒経つと、瞑目してため息を吐いて……

 

「気晴らし、か……そうだな。定刻まで少し時間がある。

いいだろう。お前に付き合ってやる」

 

「やっったぁっ」

 

「え?」

 

「い、いや。何でもありません───希望はありますか?」

 

「そうだな……クルーヴィナ連邦がいい」

 

 茂実さんは立ち上がると、白と赤を基調とした建物を見た。

 振遠隊はI-17……クルーヴィナ連邦の機体を使っていたはずだ。

 

「搭乗している機体の繋がり、でしょうか?」

 

「……振遠隊がクルーヴィナ機を使っていると、話したか?」

 

「ゆ、有名ですので。振遠隊の武勇は」

 

「それもそうか……行くか」

 

 ふう、セーフ。

 といわけで俺と茂実さんは並んで歩き、クルーヴィナ館へやって来た。

 

 クルーヴィナ連邦、通称ク連。

 ユーロネシア北東端から川向こうのシャルコ大陸北西に位置する国で、いわゆる社会主義だ。

 

 これだけ聞くとソ連っぽさを感じる響きだけど、ソ連との大きな違いはやっぱり極東と繋がっていないところだろう。

 領土は世界の北端である焔の世に隣接していて、南部は寒く北部は温暖という異様な気候をしている。

 もっともこれは、葦原の夷俘島も似たような事になってるけど。

 

 ク連自体はユーロネシアがフラネンスからの移民によって立ち上げられた国だけど、シャルコ大陸の一部を領有している都合上、シャルコ系の人口も相当数いる。

 なので、いわゆる多民族国家の側面も持ち合わせている。

 

 展示の看板曰く、計画的経済により段々と、かつ確実にク連の生活水準は向上している。

 ク連全域が豊かで暮らしやすい地域になる日は近い、との事だった。

 

 この辺はプロパガンダというか、展示全体がク連の主張・理想だと思った方がいいかな。

 というのが、クルーヴィナ館の地域に関する展示を読んだ感想だ。

 

「真面目に理想主義を遂行している、と言ったところか───

茂実少佐、唐津はク連と関わりがあるのなら、内情について聞いたことは?」

 

「聞こえのいい事を言っているが、実態は首都メリワ周辺以外に富はない。

メリワに非ずはクルーヴィナに非ず、他は搾り取るための植民地。

というのが、辺境出身だったクルーヴィナ人教官の言だ」

 

 展示を見て俺がク連の情勢を茂実さんに尋ねると、そう返って来た。

 うーん。この一極集中っぽさ、ますますソ連っぽいな……

 

 薄暗い地域アピールの展示室を抜けると、今度は大国にありがちな技術アピールコーナーに移った。

 いの一番に視界に飛び込んでくるのは、部屋の中央に鎮座した……宇宙ロケットのミニチュアと、実寸大の人工衛星だった。

 

 看板の文字を斜め読みしてみよう……

 クルーヴィナ連邦が世界に誇る、航空宇宙技術!

 これでク連が宇宙に一番乗り、合衆国は遅い!

 

「スペースシャトル……この世界って、まだ飛んでないんだ」

 

「うん?」

 

「ああ、いえ───世界の果ても越えられていないというのに、宇宙とは。

急ぎ過ぎな気がしてなりません」

 

「あの異常気象も、宇宙まで飛び出せば手を出せない。

ク連や合衆国の技術屋はそう思っているらしい。

私は、そう簡単にいかない気もしているがな……」

 

 エラの言葉によれば、世界の果ては管理者、神様が築いた進入防止システムだとか。

 そのくらいの存在がやる事だから、確かに上から迂回するくらいの対策はされてそうだな……

 下からの迂回は……また別の話にしようか。

 

「茂実少佐、果ての海の雲海を見た事は?」

 

「高高度を飛んでいれば、東を見るたび嫌でも目に入る……

あの嵐雲の世界に入り込めば、生きては帰れんだろう。

どういうわけか、出来る奴がいるらしいがな」

 

 ギクリ。

 ば、バレてないよな?

 

───さあな。怯えるくらいなら、避ければよかったのだ。

 

 ふん、無粋な奴は無視無視。

 どれどれ、宇宙関連以外にも展示があるようだ。

 

 これは……表面効果機(WIG)だ。

 表面というのは、要するに水面という意味で、海や湖スレスレを飛行するように進む半分船、半分飛行機みたいな概念だ。

 

 ク連もこの分野において最先端を行っているらしく、領土の東西を分断する大河はWIGで素早く貨物を輸送出来ると自慢している。

 言うまでもないが、これは軍事目的にも転用可能だ。

 

 ちゃんと調べたわけじゃないけど、各国の軍事兵器を記した本にはク連が重武装を施したWIGを運用しているという情報があった。

 空高く飛ばさない分、機体を大型化出来るというわけだ。

 

「こいつか。ウチにもあったな、デカい割に足の速いやつが」

 

「───そのようなものが、唐津に?」

 

「ああ。今も輸送用にいくつかあるが、新しい魔動型を……」

 

 背後に気配を感じた俺と茂実さんは、反射的に振り返った。

 この世界でも共通したデザインのスーツを身に纏った、葦原人ではない男。

 

 状況から鑑みて、ク連の人間だろうな。

 

「おお、やはり! 岸岳少佐ではないか!

艶やかな黒の長髪を見て、ピンと来たんだ!」

 

「なんだ、お前か。久しいな、大佐。最近は飛んでいるか?」

 

「今はほとんど飛んでいない。兵器廠(へいきしょう)で隠遁生活だよ。

……水臭いじゃないか、来るなら事前に言ってくれればよかったのに」

 

「少し、予定外のことがあってな……」

 

 茂実さんの視線が、俺に向けられた。

 大佐と呼ばれた男の視線も連動した。

 

「この方は?」

 

「どうも、大佐。私は初芝竜之介と申します。

少々縁あって、茂実少佐とこのパビリオンにやって来ました」

 

 一歩前に出て、俺は軽く一礼した。

 すると、大佐は目を丸くしながらも挨拶を返した。

 

「これは、ご丁寧にどうも。私はクルーヴィナ連邦空軍第12兵器廠の

パーヴェル大佐だ……驚いたな、我々の言葉を完璧に話せる葦原人がいるとは」

 

「あっ」

 

───あっ。

 

「……」

 

 わっ、忘れてたぁっ。

 そうだ、異世界人の俺はなぜかこの世界の言葉が全翻訳されるんだったっ!

 

───ご、誤魔化せっ。誤魔化すのだっ。

 

「で、でしょう? 以前は武陽の貿易公社で働いておりました」

 

───設定が適当過ぎないか?

 

 うるさいっ。

 

「……? それは失礼。てっきり、戦闘機乗りかと」

 

 ぎ、ぎくうううっ!

 

「なに? どういう事だ?」

 

「岸岳少佐。君は昔から、不確実なサトリのセンスに頼り過ぎだ。

彼の目つきと立ち振る舞い、それに後方への勘。

戦闘機乗りと間違えても不思議ではない」

 

 た、頼むから説明しないでくれぇっ。

 どうもパーヴェル大佐は、俺の発言を信じてくれたみたいだけど……

 

「ははは───武陽は、危ない地域も多いので。

そういった勘が鍛えられてしまいまして」

 

「なるほど、それは失礼を……

さて、あまり邪魔してもよくないかな。楽しんでいってほしい!」

 

 気を利かせたパーヴェル大佐は挨拶もそこそこに、別の要人を見つけたのか早足で去っていった。

 そう、気を利かせてくれたのは悪くないが……同時に、余計な種を蒔いていってくれやがった。

 

 横目で、茂実さんの様子を伺う。

 

「それで……ここに突っ立っているつもりか?」

 

 ひとまず、危険な様子はなさそうだ……

 

「い、いや。移動しよう」

 

 次の話題を見つけて、俺の素性を誤魔化す何かを見つけよう……

 技術コーナーを抜けると、薄暗い様子が一変。

 窓の多いレストランコーナーに出てしまった。

 

───どうするっ、レストランしかないぞっ⁈

 

 いや逆だ、レストランで注意を引く!

 

───そのままお別れという選択肢は?

 

 ないっ!

 

「茂実少佐。定刻に余裕があれば、お昼でも如何でしょう?」

 

「……ああ、定刻までまだある。寄っていこう」

 

 というわけで、俺様の命を賭けたデートは続く。

 奇跡的にも待ち時間ゼロで俺達は席に通され、互いに向き合った。

 

 渡されたメニューに写真は一枚もないから、俺にはさっぱりだった。

 

「茂実少佐は、クルーヴィナの料理はご存知でしょうか?」

 

「多少はな……相変わらず文字ばかりの献立だな、葦原人は何もわからんぞ……

不慣れなら、こっちで選んでやる」

 

「ありがとう」

 

 さあて、明るいところに来たから茂実さんの様子がよく見えるぞ。

 

 年齢は20代後半から30代前半ってところだろう。

 少なくとも、俺より年上なのは確実だ。

 

 ただし、年齢を感じさせないほどの美人だ。

 その辺りを見抜けるのは、俺様が特別女の子との経験が豊富な影響だ。

 

───黙れ童貞。

 

 うるせぇ妄想。

 

 艶やかな黒い長髪に、差し込む陽の光が反射している……

 しかしところどころ癖になっている辺り、整えることには頓着しないらしい。

 何かあったとはいえ最高指導者に会うというのに、これなんだから。

 

「茂実少佐、何を頼んだのでしょうか?」

 

「汁物と鶏の揚げ物、それと芋の包み焼きだ」

 

 げ、現代的に言い換えてみよう……

 ソ連で汁物ならボルシチ辺りで、鶏の揚げ物はチキンカツかな……?

 芋の包み焼きは多分、ウクライナのヴァレーニキみたいなやつだ。

 

 10年前の夏休みに、ちょっとだけウクライナの女の子と仲良くなったが……

 結局、あれ以来疎遠になっちゃったな。

 

 あの10年の間に、色々あった。

 帰国してなければ、無事ではあるんだろうけど……

 彼女も、多分大変な目に遭っているんだろうな。

 

「おい。人と飯を食うというのに、考え事か?」

 

 10年前の青い夏を思い返していると、不意に茂実さんが語り掛けて来た。

 俺が別の女の子の事を考えているのがバレたんだろう。

 

 いけないいけない、そういうのは本当に失礼だぞ。

 

「───失礼しました。少しだけ、クルーヴィナ関係で思うところがありまして」

 

「思うところばかりだな。やはり、慣れない土地では悩みが増えるのか?」

 

「仰る通りで。文化や、風習が違うもので」

 

───この質問は、長坂にやって来たから。という理解でいいのだろうか?

微妙な雰囲気だぞ。

 

 だからって、背中向けて逃げ出すわけにもいかないだろ?

 

 どうやらレストランでは料理を準備していたらしい。

 すぐさま、プレートに載った料理がテーブルに置かれた。

 

「どうも」

 

「文化や風習が違う中で、よくもまあナンパなぞ出来たものだ。

図太いのか繊細なのか……初芝竜之介。お前は全くわからない」

 

 茂実さんは手早くナイフとフォークを手に取ると、マナー違反にならない程度に手順を省略しつつ、手早く棒状のチキンカツに刃をいれた。

 この世界のテーブルナイフは、簡易的なナイフとあまり変わらない。

 人の皮膚や筋肉を貫き、切り裂く程度は簡単に出来る。

 

「そ、そう?」

 

「ああ、そうだ」

 

 手慣れたナイフ捌きで、皿を擦らずにカツを切り取り。

 ソースを軽くつけて唇の先へ押し入れた。

 

「こんな戦争ばかりで、見合い相手の男が尻を捲って逃げ出すような

三十路(みそじ)の行き遅れ。ナンパして何になる?」

 

「そ、そう……ナンパの話ね」

 

「ああ……ナンパの話だ」

 

 言葉の節々に、見定めるような緊張感が漂う。

 どこか茂実さんの様子が変わった気がする……

 

 今まで通用していたような嘘は、絶対に通じない。

 なぜか、そう確信した。

 

「───私が声を掛ける女性には、ひとつの基準があります」

 

「基準? 金持ちや、軍人か?」

 

「まさか。私が持つ基準は───暗い気分になっているか、否か。それだけです」

 

 食事を止めずに話していた茂実さんが、完全に硬直した。

 顔は鳩が豆鉄砲を食らったという表現そのままで、彼女が見せた初めての表情だった。

 

「ふふっ」

 

 5秒硬直すると、表情そのままで吹き出し。

 少し遅れて顔が追いついた。

 

「お前はサトリなのか? 人の気分など、なぜわかる?」

 

「主観的なものなので、具体的な根拠は表情としか───

なので度々、逆鱗に触れてしまいます」

 

「それほど痛い目を見てなお、機嫌の悪そうな軍人に声を掛けたのか?

……いつか撃たれても知らんぞ」

 

「ナンパ野郎の宿命でございます、はい」

 

「因果な宿命だな……」

 

 俺はパンを千切って、黄色い液体のスープに浸して口に入れた。

 うーん、黄色いのにうまテイストと酸味はトマトっぽいな……なんなんだろう、これ?

 

「葦原では、見慣れない料理だ───茂実少佐、これは?」

 

「ああ。こいつは魔物の小便を煮詰めた汁だ」

 

 ブーッ!

 俺は反射的に吹き出しそうになるのを堪え……

 

───前方に吹き出すのは防いだが、皿に向けて吹き出してるぞ。

 

 黙れ。

 真偽を確かめるために、俺は顔を上げた。

 

「へ、へ……?」

 

「ふふっ、冗談だ。常識だぞ、魔物は食事も排泄もしない……

世の理から外れているから魔の物。動物との線引きだ」

 

 そう言うと、茂実さんは黄色いスープを掬って口に含んだ。

 本気で魔物の小便などと思っているのなら、こんな真似はしないだろう。

 

 俺の世界に、そんな摩訶不思議な生態をしている生物はいない。

 うっかり、常識外の概念を持ち出されて騙されてしまった。

 

「そう、常識なんだ……忍び込むなら、その程度の下調べは済ませておけ。

……畏怖の魔王、チェイス」

 

 薄々、そんな事だろうとは思ってたよ。

 

───嘘つけ。

 

 黙れ、もうお前は戻っていい。

 

 というわけで、私が代わってやろう。

 

 悟るべき彼女の言動は、レストランについてからいくつもあった。

 決定的な名前を出されるまでに、察するべきであった。

 

 岸岳茂実少佐は、良介の正体に勘付きつつあると。

 確信されたのは魔物関連の、常識過ぎて誰も話題にしない生態を知らなかった点だろう。

 

 本来ならば、異世界特有の事情を知っているべきなのだが───

 この男ときたら、絶滅した生物よりも人を知るべきだと主張し、葦原の小説やスケベ・ブックばかり購読していたのだ。

 

「わかった……もう、色々と隠す必要はないかな?」

 

「隠さないのなら、話してもらおう。なぜ、私に近づいた?

なぜお前自ら、私に近づいた?」

 

 実に、直球な質問であった。

 疑問に思うところは私もまったく、頷き倒したいところであるが───

 

 困ったことに、良介に裏は存在しないのだ。

 

「だからぁ、さっきから言ってるじゃないか。

茂実さんが暗い表情してたから、放っておけなかったんだよ」

 

 改めて、言葉遣いを変えただけの本心を口にする。

 仲間を殺した人間が、そのような事を抜かしても信じられないのは当然だ。

 

「さっきの言葉に嘘はない、そう言う事だな?」

 

「嘘は一切言ってないよ。嘘なのは、態度だけ」

 

 良介が肯定すると、彼女は瞑目し───頷いた。

 

「いいだろう」

 

「い、いいの?」

 

「なら……!」

 

 音もなく、ナイフの切先が良介の目前に突きつけられた。

 眼球を貫いて脳髄に達することも可能な鋭さと刃渡があった。

 

「お前のような男が、なぜ幕府に加担する……!

幸利戦争で幸彦や周防を見殺し、その無能さと愚鈍さで葦原の足を引っ張り……!

葦原に不幸を振り撒いた幕府に、なぜ加担するッ!」

 

 静かに湧き上がっていたであろう、彼女の心にあった炎。

 それが遂に、蓋を押し除け表に吹き上がった。

 

 良介はほんのごく最近、この世界に飛ばされてきたばかり。

 そのような理不尽を知る由はなく、むしろ理不尽を受けた側だ。

 

 しかし、今の茂実で燃え上がる炎はありきたりな水を掛けるだけでは消えない。

 むしろ燃え上がる、化学火災に近い性質があるだろう。

 

 志村良介、慎重に言葉を選ぶのだ───

 

「じゃあ、質問にお答えするよ。理由は5つ。

1、身内を人質に参戦を強要された。

2、最初に撃ってきたのは政府側。

3、幕府は帰るあてを用意したから。

4、政府のやる事が酷すぎる。

5、幕府が改善しようとする気を見せているから」

 

 話す順番を間違えるだけで、彼女の逆鱗に触れた事だろう。

 意味もなく、わざとAIちっくな言葉遣いをしたと気づかれても、同じく。

 

 どうやら刃物を振り回さないあたり、良介の判断は間違いではなかったのだろう。

 

 しばし、刃を間に置いた睨み合いが続き───

 茂実は口を開いた。

 

「1つ、聞く」

 

「俺に言える範囲なら」

 

「軍内部に噂がある。先湊から逃げ出した部隊の人間が語っていた。

先湊は、幕府軍が攻略のために三式弾の掃射を浴びせた。

しかし現実は……幕府の言うように、政府側によるものだと。

お前が松屋隧道を踏破し、防空網を破壊し……

政府側が焦土作戦に、播磨型の三式弾掃射を決定したと」

 

 動揺して、話の組み立てが歪んでいるようだ。

 すこしこちらで整えるとしよう。

 

 先湊の三式弾攻撃は、両勢力の情報戦で度々話題に上がるものだった。

 幕府側は茂実が語った通り、松屋隧道を踏破して攻略に成功。

 その後、政府側による三式弾攻撃が行われたと主張した。

 

 一方政府側はこれを一蹴。

 幕府側は守りの厚さから正攻法を諦め、播磨型戦艦の三式弾を用い、市街地含め先湊を地ならしした。

 そうして抵抗勢力が壊滅したところを、悠々と上陸したとしていた。

 

 茂実は後者の発表を当然信じていたが───

 先湊から逃げ出した部隊は、前者の説に近い証言をして政府軍内部の噂となっているようだ。

 

 戦闘機が海底トンネルを踏破して、防空網をぶっ壊した。

 

 事実の羅列でしかない文章は大多数に理解不能なものだったらしく、まだ道理に聞こえる政府側の主張を信じる声が大きかった。

 国際的にも、幕府側の主張を肯定したのは遠くから監視していた合衆国のみであった。

 

 ぶっちゃけ、驚きはない。

 どんな軍事音痴でも、適当過ぎるプロパガンダだと考えるだろう。

 しかし困ったことに───プロパガンダで作られた嘘ではなく、事実なのだ。

 

「……海底トンネルを戦闘機で突き抜ける。

まともな頭をしていれば、拒絶する。脱走してでも……

私はそう考えていたが……身内を、人質に?」

 

「うん。俺と一緒に上司が飛ばされててさ。その人を人質にされてたんだ」

 

「あっさりと、言ってのけるな……」

 

 良介に向けられた切先は、彼女の手元に戻った。

 どう止めようか息を呑んでいたウェイターに、良介は問題ないと視線だけで告げる。

 

「ハッキリ言いやがったよ。そいつを殺すのなんて、大した手間じゃないってさ」

 

「……わかったようで、わからんっ。

ならばなぜ、なぜそのような連中に加担し続けるっ⁈」

 

 確かにその通り。

 その面ばかりを見ていれば、普通は肩を並べて命を張る気になれないだろう。

 

 しかしそれ以外の面が、良介を幕府に留まらせたのだ。

 

「幕府には、ロクでもない連中がいるし、そういうのが上の方にいる。

逆に聞いて悪いんだけど、政府ってみんな良い人なの?」

 

 その質問に、茂実は答えられなかった。

 ただ視線を伏せて、口を一文字に閉ざすばかり。

 

「でも、ろくでなしばかりってわけじゃないだろ?

そう言う人を見て、助けたいなって思っただけなんだよ、俺は」

 

「政府側の善き人々を殺しても……尚か」

 

「それ。お互い様だろ?」

 

 彰義隊の面々は、これほど高強度な戦闘が続いても被害は少ない方だ。

 それでも、ゼロではない。

 

 新選組や精兵隊、イグルベ中隊───

 仲間は間違いなく、善き人々は政府側に殺されていた。

 

「ぐっ……ぐううっ……!」

 

 机に突っ伏して、茂実はうめき始めた。

 仲間を殺した相手に、道理を説かれればこうもなろう。

 

 こればかりは、良介でも譲れなかった。

 恐らく彼女も、それはわかっていた。

 

 立てられたメニューには、唯一写真のあるドリンクがあった。

 カンポット、果物を煮詰めて作る保存飲料だ。

 良介はウェイターに目配せをすると、これを2つ頼んだ。

 

「……私は、幕府を打倒する事が葦原の未来に繋がると思っていた」

 

「状況次第では、そう言うこともあるかもね」

 

 困った事に、今の日本は明治維新───徳川幕府という中央政府を打倒した末に築かれている。

 徳川幕府が存続したまま、今の日本があるのだろうか。

 

 大日本帝国の芽が消え、今と明治の間にある戦争のいくつかがなくなるかもしれないが───

 代わりに、日本という地域で様々な旗を掲げて殺し合いをしていたかもしれない。

 

 その可能性を考えると、そういう革命を完全否定しづらくなってしまう。

 日本と葦原は様々な状況が違いすぎて、簡単に断言はできないが。

 

「チェイス、私は読心系のサトリだ。波長の合う者の思念思考を多く読み取れる。

……私は、伊邪哭國男の中を読んだ。読めてしまった(・・・・・・・)

あいつに、あいつの周りに、葦原はなかった」

 

「それが、項垂(うなだ)れてた理由か……」

 

 胡散臭い印象のある男だったが───

 良介の読みは、サトリが太鼓判を押してくれるらしい。

 

「奴が誰かの操り人形で、裏に地方の大物や裏社会の人間……異国でもいい!

まだ、居た方がマシだった……裏などない。

奴は酒の席での軽口の如く美辞麗句を並べ、

それを多くが祭り上げ、討幕(ここ)まで来てしまった……!

奴や、その周囲の根底に崇高な理念や信念はない……ただの、凡俗だ」

 

 指導者が自国の事を考えていないと知ったら、それはもう不安になるだろう。

 世の大多数が抱くそれは主観に基づく、気に入らない程度の感情論だが───

 サトリという超能力は、内心という究極のプライベート空間に踏み込めてしまうのだ。

 

「……私ひとりが、戦いに身を投じるくらいは出来る。

だが、先輩方から預かった振遠隊を……その部下を、

あのような指導者のために戦わせる事は出来ないっ……!」

 

 これは、かなりヤバい告白なのでは?

 

───うーん。次には幕府に寝返りたいと言い出さん勢いだぞ。

 

 それはないだろう。

 彼女は幕府の事を一切信用出来ていない。

 

 頼るべき旗は、信頼出来ない旗っぽい何か。

 なのに向こうの旗に寝返ることすら出来ないからこそ、彼女は苦悩しているのだ。

 

「……俺の立場は幕府の中でも良くて傭兵、悪くて戦奴(せんど)のよそ者だ。

契約通りに話が進むなら、戦争が終わったら二度と戻って来れない……

そんな、無責任な立場だ」

 

 あくまで、自分は深入り出来る立場ではない、してはいけない立場だ。

 それを明確に表明してから、良介は続けた。

 

「茂実さんが気安く寝返ったりしないんだから、

多分政府の側にも守りたくなるような良い人は沢山いるんだろうね。

……なんか、幕府は昔、相当酷い事したらしいし」

 

「幕府は許せん。奴らの愚鈍さで、唐津でも多くの人々が死んだ」

 

「ああ、寝返ってくれって言いたい訳じゃないよ。

茂実さんが頷いてくれるタイプには見えないしさ……」

 

「なら、何が言いたい?」

 

「最善を尽くすしかない、って事だよ。

気に入らなくてもその旗に忠誠を尽くして、

まともな方向に変わるのを待つか……

それとも、自分で新しい旗を立てるか」

 

 茂実もわかっているはずだ。

 これはあくまで葦原の国内問題だ。

 

 もし良介個人、あるいは良介を介して幕府に介入を頼めば、名実ともに売国奴となる。

 それは、茂実の望むところではないだろう。

 

 それが嫌ならば自分で行動するしかないのだ。

 民主主義を謳っている以上、正攻法で政権を変えるか。

 あるいは葦原政府と同じように、武力によって打倒するか。

 

 ぶっちゃけ、葦原政府の言う民主主義が守る気もない建前なのは明白であり、正攻法は現実的ではない。

 

 では、武力で打倒するか?

 政府パビリオンの客足は少なかったが、民衆からの支持は未だ根強い。

 不可能ではないが、その先は茨の道だ。

 

 なんにせよ、ふたりの会話は政府側の茂実にとって極めて危険なものだ。

 そう、茂実はわかっているはずなのに、敢えて口にしていた。

 

 だから良介は、無責任な立場なりに背中を押す事しか出来なかった。

 危険な第一歩を進むための背中だ。

 

「……その通りだ。聞くまでもなかったな」

 

「でも、聞けてよかったでしょ?」

 

 良介の言葉に、茂実は返事をしなかった。

 代わりに、ウェイターの持ってきたカンポットへ視線をやっていた。

 

「まだ、戦争再開まで時間はあるんだ。

色々と調べたり、考えてみるのもいいんじゃない?

甘い飲み物でも飲みながらさ」

 

 良介と共にカンポットを受け取った茂実は───

 ほんのわずかに、笑みを浮かべていたような気がした。

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