蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
本来、葦原内戦の早期終結に貢献した英雄達。
後の大量虐殺に加担する彼らの運命は、歪められようとしていた───
「歪められた歴史」
央暦1969年5月11日
葦原政府空軍第7航空師団第37飛行隊『神機隊』
川端“ロック”六助
恐らく、この戦いには敬意に値する男が出て来る。
僕は隊長からそう聞いて、パニッシュのコクピットに乗り込んだ。
任務は爆撃機が空爆する五稜郭周辺の制空圏の確保……つまり、飛んで来る敵の飛行機を全て撃ち落とす事だった。
屋岸の人々には恐怖を与えて申し訳ないが、幕軍の武士どもを殺せるのならば。政府軍の仲間を救えるのなら望むところだ。
最前線から少しだけ離れた庄外空港から空へ上がり、漂っていた果ての雲を東に迂回して北西へ。
僕たち神機隊はそこから制空戦闘に入った。
相手はかつて首都防空隊の副隊長を務めた、鬼の山義。
それ以外は民間の飛行学校から徴用された不幸な人々。それでも、幕軍に属した以上、連中は武士だ。
武士なら、僕の敵だ。
向かってきた新選組の雑魚を3人ほど片付けると、加藤隊長から連絡が来た。
「ロック、私が鬼の山義を誘い込む。君が討ち取れ」
その時、僕は部隊の中で一番高いところを飛んでいた。
あの人はそれを正確に把握して、最も確度の高い僕に命じたんだろう。
九十度近い急降下を行い、加藤隊長を追う敵に狙いをつけた。
敵の雑魚が僕を見ていたのには気付いたが、何か出来る気配はなかった。
無視して、HUDの照準器で狙いをつけ……撃つ。
僕はコクピットを狙ったつもりだったが、敵は一瞬だけ旋回して攻撃をずらした。
命中はしたが、当たったのは主翼の付け根。
もう無茶は出来ない。こうなれば、どんな手練れも手傷を負ったうさぎ同然。
降下態勢から上昇し直して、手負いの敵を追い詰める。
「……残念ながら、私はここで散るわけにはいかん。ロック、撃て」
武士を殺せるなら、喜んで。
そうすると奴は加藤隊長を諦めて逃げ始めた。
向かう先は……果ての海からはぐれた雲。
果ての海という母体から切り離されてもなお、その内側に孕む嵐は衰えない。
死が満ちる空という世界の中でも、鳥という命すら許されない空間だった。
空に奴の運命を任せても良かったが、相手は多くの政府軍の仲間を屠った仇敵。
ならばこの手で殺すしかなかった。
操縦桿の引き金に指を伸ばし……目を疑った。
レーダーがふたつの反応を捉えていた。あの嵐雲の中に。
その距離は正対しているとしか思えないほど急速に縮まり、高度もほぼ同一だった。
正体はわからないが、このままでは衝突する。
咄嗟に操縦桿を倒し、右に旋回した。
そいつらが出て来る瞬間を、僕は拝めなかった。
「なんだっ、あの機体は⁈」
仲間の声に、僕は視線をやった。
識別表のあらゆる機体に合致しない、見たことのない機体だった。
それが2機、果ての雲から出てきたのだ。
「主翼に紅の一つ星、どこの機体だ?」
現在、政府はあらゆる国家に夷俘島をはじめとした交戦地帯への接近を強く禁じている。
南西の異国、マランス合衆国は無視しているようだが……
僕は震え上がった。
先頭を飛ぶ一番機からは、不安を感じた。
しかし一方で、その三歩後ろに控える二番機。
あれからは何も感じなかった。
虚無か? あるいは、何か別のもの?
わからない、何もわからない。
僕が持つすべての経験に照らし合わせても、あんなものは知らなかった。
怖い。
ここで殺さなければ、何か甚大な結果をもたらす。
そう確信した僕は大きく旋回すると、見覚えのない……蒼い機影に機首を向けた。
「待てっ、六助やめろ!」
加藤隊長の警告はほんの少し遅かった。
既に誘導弾は飛翔し、蒼い機体へ向かっていた。
奴らは増槽を落とし、熱囮を吐きながら大きく旋回した。
あの虚無は誘導から逃れ、代わりに誘導弾は反応のわずかに遅れた先頭の機体を捕捉した。
紅の一つ星を持つ右翼が貫かれ、制御を失った。
主翼を失い、蒼い機体が墜ちていく。
「くそ、まずいぞ」
だめだ、あんなのはどうにでもなった。
あの虚空を、危険を排除しなければ。
誘導弾で捉えようとしている間に、奴はオーグメンターを起動して急加速しつつ降下を始めた。
速度は……速い! 信じられない勢いで加速を始めた。
推力はパニッシュとほとんど遜色がない。
馬鹿でかいとはいえ、
ただ……
確かに速さには驚かされた。
しかし、誘導弾から逃れられるほどではない。
明確に強い熱源を捉えた誘導装置は狙うべき標的を認識すると、僕の手で機体から解き放たれた。
音の2倍速いとされる猟犬から、逃れるのは容易い話ではない。
一つ星は熱囮を撒いて高度を下げ、海面へと向かっていく。
先ほどの新選組の武士と同じく、窮したとしか思えない愚策。
その差は上と下かでしかない。
高度を下げることで速度を得るのは空戦の常套手段だが、誘導弾から逃れるには少々工夫が足りていない。
誘導弾に尻を蹴り上げられ、海面に突っ込むか。あるいは根を上げて上昇したところを食われるか。
ふたつにひとつ、どちらもその端は見えていた。
海面と誘導弾の距離、どちらも縮まり……
一つ星はノズル脇のエアブレーキを展開して急減速し、熱囮を再び撒きながら急上昇した。
熱囮は数秒で燃え尽きるが、水に落ちた程度で消えるほどの熱源ではない。
急速に温度が下がるエンジンノズルと、燃え盛る囮。
誘導弾は、後者を選んだ。
海面に叩きつけられた誘導弾の信管が作動し、果ての海に大きな水柱を立てた。
「かわした⁈ 必中距離だぞ⁉」
誰かが僕の内心を代弁した。
「六助! 命令だ、交戦を止めよ!」
もう遅い。奴の機動でわかる。奴は既に覚悟を決めた。
覚悟を決めた相手に、言葉は不要。あとは命のやり取りになる。
こちらも降下し、HUDの照準を機関砲に切り替える。
奴は宙返りしてこちらを振り向いた。
FCRの表示が正しければ、彼我の距離は
来るとすれば、翼端に積んだ2発の誘導弾だろう。
熱囮の準備をしつつ、回避の準備をする。
「……!」
機首の煌めき。機関砲の発砲だ。
通常、機関砲は
だというのに、僕は鬼気迫るものを感じて思わず操縦桿を倒していた。
僕の読みは当たった。
直後に機体から火花が散ったのだ。
油圧低下、第二エンジン火災。
このままでは、機体が爆発する。
咄嗟に機体を上昇させた後エンジンを停止し、消火を試みる。
この間にあの蒼い機体が攻撃して来るのではないかと思えて仕方がなかったが、エンジン火災を放置するより生き残る目は大きい。
パニッシュ乗りの最も多い死因は、空中火災によるものだ。
幸いにも、火は鎮まった。
片肺だけになった機体でも、かろうじて飛ぶ事はできる。
恐らく、味方の援護だって。
機体を下に向けると、その先の世界は死屍累々だった。
仲間の機体は目減りし、また一機墜とされた。
新選組と交戦して、損耗は2機だった神機隊が。
今や加藤隊長と僕含めて4機しか残っていなかった。
全て、あの蒼い機体がやった事だ。
「ロック! 撤退しろ!」
戦線に復帰しようとしたその時、通信機から加藤隊長の声が響いた。
「まだやれる」
「無理だ! 俺たちが戦っているのは神兵だ……異界より呼び出された、
上の技術を持つ者だ!」
昔話で、そんな話を聞いたことがある気がする。
戦場に、不意に現れる謎の存在。
戦況を一変させる力を持ち、時に大きな技術革新を起こす人々。
今や表舞台に姿を現さなくなった神々が呼び出すという、異界の者達。
「逃げろ! そして、伝えろ! 幕軍に神兵がついた!」
あの蒼い機体は鋭い軌跡を描きながら旋回した。
既に仲間を何人も殺したあの機体。しかし、僕はそいつに嫉妬してしまった。
「きれい……」
僕が空を志した理由。
あの川辺で皮を洗う時に見た、幕府空軍の編隊飛行。
あれの何倍も鋭くて、恐ろしくて。
そして美しい機動だった。
僕は、そんな自分に驚いた。
あの加藤隊長の美しい機動よりも、見ず知らずの敵の機動に意識を奪われるなんて。
思わず見惚れているうちに、誘導弾が加藤隊長の機体を爆散させた。
そこでようやっと、僕は我に帰ることが出来た。
逃げなければ。
生きて帰って、あの存在を伝え、加藤隊長の命令を遂行しなければ。
11人いた味方はもういない。
蒼い機体も、新選組の生き残りも、僕を狙ってくる。
生きて帰れるアテがあるとするなら、それは……
僕の記憶では間もなく、空爆のため、爆撃機編隊は五稜郭南西方向から接近するはず。
命令を遂行するには、本来守るべき味方を盾にするしかなかった。