蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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104 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」

央暦1970年3月17日

長坂 万里(ばんり)山 葦原世界博覧会会場

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 開会から3日経った程度で、来場者が減るはずもなく。

 むしろ、増えている印象さえ受けた。

 

「あ、現公ちゃん。平気? 押されてない?」

 

「はいっ、良介さんのおかげで……」

 

 相変わらず、葦原人は進まない列を押して進もうとする癖があった。

 もちろん、相手が女の子だからといって葦原人は加減などしない。

 良介が背中で後続の圧力を留めているため、現公が苦しい思いをしていないのだ。

 

「はよ、前行けェ……」

 

「まだ開場してないだろうがっ」

 

 背後からアホが囁くが、これをスルーし。

 良介はひたすら、開場の時を待った。

 

「……私が動くと、誰かが守らねばならないんですね」

 

「え?」

 

「いえ、何でもないんです……」

 

 気になる発言だが───

 時計を見ろ、そろそろ開場の時間ではないのか?

 

「さあて、開場するぞ……現公ちゃん、転ばないように気を付けて」

 

「は、はいっ……」

 

 遠くから拡声器越しの声が響くも、距離が遠く鮮明に聞き取ることは出来なかった。

 今回は男の係員だったのだろう。

 しかし、それでも遠くで人波が動き始めたのが見えた。

 

 世界博覧会3日目、開場である。

 良介も2回目ともなれば慣れたもので、野放図な連中の攻勢をいなしながらも順調に歩みを進め───

 現公に辛い思いをさせることなく、入場ゲートを通過した。

 

「ふう。これで入場成功だ……現公ちゃん。

確かフラネンス館に行きたかったんだよね?」

 

「覚えていて下さったんですか?」

 

「もちろんだよ。人気らしいから、早く並ぼう」

 

 フラネンス館は真っ白なふたつのドームで構成された建築物で、上空からでも一目でわかる目立つシルエットをしていた。

 さすがに地上からでは周辺の建物の陰になっていたが───

 

 少し歩いて、中心部へ迫ると。

 白い球体がふたりの視界に入った。

 

「おお……これがフラネンス館か」

 

「このドームは、錬金術の際に生じる残滓で造られているそうです」

 

「リサイクルの概念だな……強度はちゃんとあるんだろうか?」

 

 再生を実践するのは立派だが───

 従来にはない新しい使い方というものは時に、先人が既に試したが、てんでダメだったというパターンもある。

 その辺りは、フラネンス館が展示で語ってくれることだろう。

 

 というわけで、ふたりはフラネンス館正面出入り口にやって来た。

 やはり人気パビリオンという事で、入場開始から間もないというのに待機列は長蛇の列となっていた。

 

「ふぅ。やっぱり一筋縄じゃいかないな。

現公ちゃん、見ての通りだけど……待つ?」

 

「はい、待ちましょう!」

 

 意志は固いらしい。

 ならば良介は、その意志に寄り添うまでだ。

 

 しばし、虚無の時間が流れた。

 

 ここで無言を貫くのはよろしくない。

 良介は用意していたパンフレットで、フラネンス館の展示を再確認した。

 

「なになに……展示内容はリサイクル技術の発展に、フラネンス芸術の展示か。

有名な銅像が来てるんだな」

 

「マレーの勇者たちですね。

マレーという都市は魔族の包囲を受け、食料不足に悩まされていました。

その状況を脱するべく、包囲を2度突破して街へ食料を届け、

マレーの状況を伝えて助けを呼んだ……という6人の勇者を象った彫像なんです」

 

 飢餓状態でなお包囲を突破し、増援を呼んだうえで休む間もなくとんぼ返りして、増援が来るまでの命を繋ぐため食料を持ち帰った。

 なるほど、確かに勇者である。

 

「でも、6人も彫ったら結構大きな彫像になるじゃないか?

どうやって持ってきたんだ?」

 

「共和制へ移行する革命の折、台座から取り外されたんです。

共和派が溶かして別の目的に流用しようと。直前で中止になったんですが、

運ぶために3分割されてしまったんです」

 

 銅像は、言うまでもなく銅の塊。

 この世界の銅は錬金術によって陳腐な金属と化した。

 

 しかし一方で、錬金術は属人的な技術でもある。

 錬金術師がいないのであれば採掘でしか入手不能な、そこそこ貴重な金属であることに変わりはない。

 また銅を素材に高度な錬成を行いたいのであれば、あればあるほどいいわけだ。

 

「そりゃ……輸送も楽になっただろうな」

 

 現地を生きる人間にとっては、やはり過去より今なのだろう。

 溶かそうとしたのも、それを止めたのも現地の人間。

 良介には、どちらも咎める資格はなかった。

 

「あっ、進みました」

 

「そうだね。中に入れそうだ」

 

 ふたりが話している間に、ようやく列は前へと進み始め───

 

「はい、ここで終了です」

 

「あっ!」

 

 ちょうど、良介がフラネンス館に入ったところで入場が打ち切られた。

 真後ろで足止めを食らった男の顔には、見覚えがあった。

 こっそりついて来た馬廻衆の護衛だ。

 

「悪いな」

 

「ぐぎぎぎぎ……」

 

 良介はこっそり彼に会釈すると、現公と共に展示コーナーへと向かった。

 

 まあ、フラネンス共和国という国号から想像出来ていた事だが。

 フラネンスという国は、血を流して民主制を勝ち取った国である。

 

 魔族による襲撃、その対応が後手に回り続けた王政。

 業を煮やした市民と勇者は魔族撃退後、惰弱な王政打倒せんと革命を起こした。

 

 革命は成功し、魔族との戦いの興奮冷めきらぬ民衆は嬉々として王族を処刑。

 調子ぶっこいて国家の運営に必要な殺してはならぬ人物を殺し、内ゲバに次ぐ内ゲバで消耗し───

 結果として、隣国ゲールズからの侵略を招いた。

 

 未熟な民主主義に呆れ果てた民衆は手のひらを返し、今度は民主主義を捨てて勇者を皇帝とする帝政を始め───

 どっかで見た奇妙(ストレンジ)な歴史が展開されていた。

 

 歴史展示はこれまでの犠牲を無駄にせず、世界の新たなリーダーとして発展を続けていく。

 という、ありがちな言葉で締められていた。

 

「うーん。この締めの言葉、

革命を経験した国のパビリオンで採用率100%なんじゃないか?」

 

「……葦原は、どうなってしまうんでしょう?」

 

 不意に現公が独り言とも、良介への問いともとれる言葉を漏らした。

 考えてもみれば、近代フラネンスと今の葦原の情勢は似通っている。

 

 民衆から見放された中央政府に、やっちゃいけない事をやってしまう革命勢力。

 中央政府が勝てば、粛清に次ぐ粛清で反乱の芽を摘み。

 革命勢力が勝てば武力が台頭し、仲間内で殺し合いが始まる。

 

 どちらが勝っても、戦が終わった後に多くの人間が死ぬ事だろう。

 革命側が一地方どころか、一国をほぼ手中に収めてしまうほど大事になったのだから、揺り戻しは尋常ではない。

 

 たとえ政府が勝っても、これほど混乱した情勢を収め切れるとは思えない。

 日本の明治維新でも、革命が成った後に多くの内ゲバがあった。

 西南戦争がわかりやすいそれだろう。

 

 これまで多くの血を流した葦原も、これからさらに多くの血を流すことになるのだ。

 

「……将軍や、春川親王が上手く立ち回るしかないな。

俺も、神兵だの八咫烏だの言われてるけど、結局殺すしか出来ない

一兵士だからさ。政府軍の魔王って呼び名が、一番的を射てるよ」

 

 兵士は敵を殺し、領土を奪い守ることしか出来ない。

 国の趨勢を決めるのは、政治的指導者をおいて他にない。

 

 他にあってはならない。

 勇者という一兵士にあってしまったのが、フラネンスの革命なのだ。

 

「私が……やるしかない」

 

「え?」

 

「なんでもありません……ただ、私も覚悟が決まりました」

 

 そう告げて、良介を見る現公の瞳には───強い炎が宿っていた。

 見るものを安心させ、勇気付ける力。

 

 良介は何度か、与野党問わず政治家と会ったことがある。

 中でもカリスマ扱いされている人物は、一様にそのような魅力を持っていた。

 

 この魅力を、現公から感じたのだ。

 

───そういえば、この間会った政府側のトップ……伊邪哭國男だっけ?

あいつも一応、そんな気配があったな。

 

 やめろ、変な事を思い出すな。

 お前らしく、この場は女の子に注力していればいいのだ。

 

「現公ちゃんの力になれたようで、俺も嬉しいよ」

 

 良介は特に深く考えずに、そう言った。

 

「はい……これだけでも、来た甲斐がありました」

 

 歴史展示に続き、現公のお目当てである技術───

 リサイクル技術に関する展示にやって来た。

 

「錬金術で生じるゴミ……だっけ?」

 

「はい。葦原では錬金塵(れんきんじん)と呼ばれ、使い道はありません」

 

「たとえば、錬金術の素材にならないの?」

 

「完全に魔力が損なわれているので、出来ません。

錬金術は物質中にある魔力を融合させることで物質を変化させる技術ですから」

 

「なるほど……となると、ここはかがく(・・・)の出番ってわけか」

 

 錬金術でどうにもならないのであれば、科学化学を駆使するしかないわけだ。

 看板には錬金塵を建材にしたこのドームについて書かれており───

 良介の読みを肯定した。

 

「錬金塵に砂やエリクシル剤などを混合して、化合(・・)させた新建材。

従来のコンクリートの5分の1の重量と1.3倍の強度を実現……

リサイクルで作れる強化コンクリートか」

 

 葦原ではコンクリートの需要は少なからず存在する。

 空港の滑走路はもちろん、都市部の建築物で木造建築は稀で、6階建てほどのコンクリートアパートが一般的だ。

 それが長屋の代わりにずらっと、居住地区に敷き詰められているのだ。

 

 その光景は超大規模な団地に近く、見ていても恐ろしく面白味がない。

 まだ古い葦原の景観が残っている夷俘島や奥葦原の長屋街を見ている方が楽しいほどだ。

 

 もっとも、人口爆発しまくっている居住可能面積の小さな国の都市計画なのだから仕方のない事だが。

 

 もし、強化コンクリートが使い道のなかったゴミで生産出来るのなら?

 大和幕府体制ならば、さらに高層のアパートが建築されるのだろう。

 

 もちろんこれは、カタログスペックを鵜呑みにした場合である。

 軽量化する上に強度増───怪しいことこの上ない。

 

「うーん。事実なら、凄い話だ」

 

「こればっかりは、実際に調べてみないとわかりませんね」

 

 あくまで、これは新発表の技術に過ぎない。

 実用化されるまで、そのベールの内側を知る事は叶わない。

 

 それでも、示されたひとつの道標だ。

 

「でも事実なら、その辺に積み上げられた錬金塵の使い道が出来るんだ」

 

「葦原の産業廃棄物処理場には、錬金塵の山がいくつも連なっています……

それがなくなるだけでも、現場の方々の負担は減らせます」

 

 懐疑的な視線はもちろん必要だが、冷笑しているだけでは発展なぞ望めない。

 未来への希望に想像を巡らせるまでが、新技術の発表なのだ。

 

「おーっと、そろそろ出口みたいだ……」

 

 薄暗いパビリオン内に、外の日差しが差し込み───

 マレーの勇者たちはそこで展示されていた。

 

「後光の差す勇者たち、ってわけか」

 

「……」

 

 現公は良介の後から、少し離れてその景色を見ていた。

 

───……この角度が、現公ちゃんのベスポジなのかな?

 

 そうなのだろう。

 なんか、銅像より良介を見ている気がしなくもないが。

 

───自意識過剰も大概にしろ。

 

「現公ちゃん、そろそろ出ようか」

 

「……はいっ」

 

 明順応の追いついていない目が、日差しに当てられた。

 一瞬だけ視界がホワイトアウトし───外へ出て最初に目に入ったのは、和装の男どもであった。

 

「……殿下。そろそろ、時間です」

 

 馬廻衆だ。

 パビリオンの入場では一歩遅かったが、代わりに出口に先回りしていたらしい。

 

 彼らを見渡すと、彼女を連れ戻す意志は強そうに思えた。

 それよりも、だ。

 

「で、殿下?」

 

「はい、わかっています」

 

 現公は良介の背後から、前へ出て。

 馬廻衆の呼びかけに頷いた。

 

 良介の疑問はスルーする方向のようだ。

 殿下とは、王子や王女のようなトップの少し下くらいの人物に対する敬称だ。

 彼女は、そこまで良い家柄の人間だったのか?

 

「せっかくの世界博覧会なんだ。

もうちょっとだけ、見て回ってもいいんじゃないか?」

 

「良介さん、いいんです。今回は、私のわがまま……

あなたとふたりでここに来れただけで、十分なんです」

 

 まだ1時間もパビリオンを見て回っていないというのに。

 しかし───それもそうだ。

 

 彼女は先の暗殺未遂で功績を上げた人間。

 良介すら害されていないが、政府軍急進派からいつ狙われても不思議ではない身の上なのだ。

 

「そっか……なら、出来るところまで送るよ。

一緒に帰ろう」

 

「良介さんだって、もう少し回りたいのでは?」

 

「最後までエスコートしないと、俺の気が済まないんだ」

 

 現公に対して恋愛感情はないが───

 それでも、デートはきっちり完遂しなければ。

 

「でしたら、よろしくお願いします」

 

 はにかみながら、現公は頷いた。

 

 世博を退場すると、バス乗り場に物々しい黒塗りの高級車が停車していた。

 世博運営に許可を貰ってここまで来た、幕府の用意した送迎車である。

 

「はえー、車なんて用意してくれるんだ……俺にはないのに?」

 

「お前と一緒にするでない」

 

 馬廻衆の野郎に注意されながらも、良介は現公の隣に座る。

 しかしすると、座席が足りなくなる。

 

 良介と現公で後部座席2人分が占拠され、馬廻衆がひとり座れないのだ。

 

「……お、俺はどうするんで?」

 

「お主はバスで帰れ」

 

「え、えぇ……」

 

 馬廻衆のチームリーダーの命令で、彼は単独で帰ることになったらしい。

 残念だが、ひとり増えるというのはそういう事である。

 

 というわけで、一行を乗せた送迎車は発車し───

 現公の泊まるホテルへ向けて出発した。

 

「現公ちゃんを送ったら、長坂空港まで乗せてってよ」

 

「な、なんで我らが、お主のために車を回さねばならん!」

 

「いいじゃないか、そんなに遠くないだろ?」

 

 その時、くすりと現公が笑った。

 

「馬廻衆にそんな事を頼むなんて……

初めてです、そのような方は」

 

「うーん。バカにされている気がする……」

 

「良介さんらしい、という意味です」

 

 改めて、良介は現公へ視線をやった。

 彼女の表情には、年相応の屈託のない笑みが浮かんでいた。

 

「あなたはずっと、そのままでいて下さいね」

 

「……? おう。俺はいつだって俺だぜ」

 

 その後、何度か良介は現公の様子を伺ったが。

 視線を向けるたびに、彼女と視線が合うのだった。

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