蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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106 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」

央暦1970年3月17日

長坂 長坂空港

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

空知“竜司”ゆき飛行隊士

 

 わからない。

 あの人のこと、なんにもわかんない。

 なぜあれほど殺し合ってきた相手の助けを、疑いもなく受けられるの?

 

 振遠隊、唐津藩海軍航空隊はそれこそ実際に殺し合った相手だ。

 

 良介さんは特に、不慣れな攻撃機で交戦していた。

 一騎当千の実力があっても、圧倒的不利な……命の危機だったはずなのに。

 

 思考が堂々巡りしている。

 あの人は……凄い人なのに、甘過ぎる。

 その甘さで、命を落としてしまいそうだ。

 

 視界の隅に、飛行靴が映り込んだ。

 顔を上げると、同じ中隊になった松代あくり飛行頭がいた。

 

「ゆき。大事ないか? 先ほどから、ずっと俯いていたぞ」

 

「……はい。ただ、わからなくて」

 

 この人は、いつも落ち着いている。

 その割には時々おかしな事をするけれど……

 仲間として、頼れるのは確かだった。

 

「良介は……確かに、よくわからんところがある」

 

「あいつは、敵ですよ? なぜ、そこまで気安く信用出来るのか……!」

 

「私も、真田藩が寝返る以前は敵だったぞ?

幕軍と直接交戦したことはないがな」

 

 同調してくれると思っていた私は、言葉が出なかった。

 

 でも、その通りだ。

 真田藩はあくまで、政府から幕府に寝返った勢力。

 幕府軍が撤退した折に、奇襲して陸軍に多大な被害を与えていたんだ。

 

 真田藩が流した幕府の血は、多い!

 

「私は信用出来ないか?」

 

「それは……」

 

 今まで、あくりさんとは数々の戦いを共に切り抜けてきた。

 それこそ、この人の助けがあって命拾いした経験だってある。

 

 肩を並べて戦う仲間として、これほど信用出来る人間はそう多くない。

 

「……しています。当然」

 

「ならば、良介の信じたあの女も信じろ。気に入らんのはわかるが、

敵味方など都合で変わる曖昧な概念でしかないからな」

 

 そんな事は、わかってる。

 頭ではわかっていても、心では割り切れない。

 

 奴ら、政府(ぞく)軍は……お母さんを奪ったんだから。

 

 でも……あくりさんは、政府軍の一員だった事もある。

 あくりさんも一緒なのか?

 その事実は、どう受け止めるべきなのか。

 

「都合で変わる、曖昧な概念か……至言だな」

 

 鼓膜と共に、脳髄が痺れる感覚。

 私の心を乱す女が、供を連れて間近に歩み寄っていた。

 

「……!」

 

「不穏な言葉が聞こえてきたからな。

様子を見に来てやった」

 

「世話を掛けたな。こちらは大事ない」

 

 葦原人の特徴である髪を持つふたりだけれど、違う。

 あくりさんは癖などない、さらりとした柳のような直毛をしている。

 一方でこの女はくせ毛を通り越して、葛のツタの如く乱れた長髪だ。

 

 ふたつの黒い長髪が、互いの視線を合わせた。

 

「……真田藩の空戦姫、噂は聞いているぞ」

 

「唐津藩海軍航空隊、振遠隊……噂はかねがね。

サトリを集めて、怪しげな事をしていると聞いた」

 

「はっ。聞きしに勝る素直さだな……」

 

「怪しげなんかじゃない。岸岳少佐のお家は俺みたいに、

親からサトリの才を恐れられた孤児に行き場をくれたんだ」

 

 岸岳茂実の背後に控える青年が、そう補足した。

 サトリの才を恐れ、子を捨てる……

 信じられない話だった。

 

「サトリの才を、恐れる?」

 

「サトリは人の心を読める。それは事実だが、全てではない。

例え読心系だとしても、不特定多数の心を読める才を持つ者はごく一握りだ。

大半は、波長の合った者の心を垣間見る程度。

しかし……ある日、癇癪を起こした子が口以外から言葉を飛ばし。

胸の内に秘めた内心を、突如問われ……

子は化け物かもしれない。子に内心を覗かれるかもしれない。

そんな恐怖で、サトリの子を捨てる親はいるのさ」

 

 私にサトリの才が見出されたのは、ほんのごく最近。

 幕府空軍に参加して、良介さんと出会ってからだ。

 

「かく言う私も、サトリでな……金色の、お前もサトリだな?

気の流れでわかるぞ」

 

 私を見てから、岸岳はあくりさんへ視線をやった。

 

「空戦姫、お前はそうではないんだな」

 

「ああ。かねてよりサトリの噂は聞いていたが……

私にはその才がないらしい」

 

「幸運だな……他人の心など読めても、いい事はない。

口以外から言葉を発しても、ロクな事にならん。

使える事と言ったら、その勘の良さで人殺しをするくらいだ」

 

 サトリの有効利用。

 考えた事などなかった。

 

 聞くところによると、私は受動型のサトリという。

 人が発する思念を受けることに特化し、特に殺意を鋭敏に感じ取る。

 

 使える事と言ったら……戦いの最中、敵の殺意を読み攻撃をかわすくらい。

 嫌な話だ、この女の言う通りじゃないか。

 

「話を戻すか。私が何故、畏怖の魔王に手を貸すか。

理由を聞きたいんだろう?」

 

「……ええ。敵に水を贈る、それだけとは到底思えません」

 

「? そうなのか?」

 

 あくりさんは、心底不思議そうに尋ねた。

 うん、本当にこの人は……時々凄く抜けている。

 

「ふっ……そうだ。お前のように猜疑心の強い者でも納得出来る、

ちゃんとした理由もある」

 

「理由?」

 

「恩を売っておこうと思ってな」

 

「敵に恩を売って、どうするつもり?」

 

「空戦姫も言っていただろう?

敵味方など、都合で変わる曖昧な概念だと……

その言葉の通りだ」

 

「それは……どういう?」

 

 まるで、子供が簡単な問いに答えられなかった教師のように。

 岸岳はわざとらしく、ため息をついてみせた。

 ムカつく女。

 

「……謀反か、お前も」

 

 私より早く、あくりさんは答えに辿り着いた。

 

「サトリはセンスに頼り過ぎる、か……

ゆめゆめ、忘れてはならんな」

 

 誰に宛てたものでもない独り言を呟くと、岸岳は続けた。

 

「ああ、そうだ。旧唐津藩地域は……

葦原政府を葦原の主に足らぬ者として、打ち倒す」

 

「んなっ……⁉」

 

 あまりにも衝撃的過ぎた。

 あそこまで幕府に被害を与えた振遠隊が、その長が。

 

 まさか、都合が悪くなった程度で幕府軍の下に入れると思うとは!

 偉そうな態度の癖に、このような浅慮だったとは!

 

「ここまで、幕府を足蹴にしておいてっ!

寝返りが出来ると思うなッ!」

 

「誰が幕府に寝返るなどと言った? 思い上がるな、旧態政府の犬め。

幕府如き、寝返る価値はない」

 

 またわざとらしく、岸岳はため息をついて見せた。

 しかしそれでは、葦原政府を打ち倒すためにどうするというのか?

 地域……藩単独で出来るほど、戦は気軽なものではない。

 

「……どうするつもりだ。幕府抜きに、謀反など」

 

「決まっている。独立だ、唐津の目指すものは」

 

「独立……⁉︎ そんなっ……」

 

 独立、それは幕府とも政府とも与しない勢力になるということ。

 そんな事……そんな事が、可能なのか?

 

「大きく出たな。勝ちの目はあるのか?」

 

 涼しげに、あくりさんは尋ねた。

 武士として、幕府にも朝廷にも属さない武士が、あっていいのか?

 

「驚かないんですかっ、このような……罰当たりな!」

 

「幕府も朝廷も、そして政府も。葦原を束ねていたのは最も強かったからだ。

その力がないと知れれば、留まる理由にはならん。泥船だ。

武士が権力(かれら)に従わねばならぬのは、泰平の世の道理だ。

今の葦原は、2つに割れただけの戦国だ。違うか?」

 

「で、ですがっ……」

 

「足らぬものを主君と仰いでいては、いずれ共に沈む。

民と領土を水底へと道連れにするわけにはいかん」

 

「……何が白痴の空戦姫だ。わかっているじゃないか。

さてはお前、周囲を(たばか)っていたな?」

 

「さてな。生憎、私は戦働きしか能のない空戦バカでな。

大方、父上辺りがそうなるように動いていたのだろう」

 

「ふん、うつけを偽り周囲の目に留まらぬよう謀る……

まるで戦国の世のようだな」

 

 私はその時、ようやく気付いた。

 あくりさんと私は違うんだ。

 同じ武士でも、上士や下士のような(くらい)とはまた違う。

 

 私はただの、腰に刀を差して戦に出るだけの足軽に過ぎない。

 だけどあくりさんには大名としての、領土領民を治める統治者としての責任があるんだ。

 

 認めたくないけど、腹立たしいけど……

 岸岳もまた同じく。

 

「そう……今や葦原は戦国だ。太平の世の理で動けば、多くが死ぬ」

 

「相違ない。だからこそ、足らぬ主君の首を刎ねるというわけだ。

死ぬ前にな」

 

 足軽(へいし)ではなく、大名(せいじか)側なんだ。

 それも、太平の世(へいじ)の藩主ではない。

 乱世(せんごく)の大名だ。

 

「恥ずかしく、ないのですか……主君の首を刎ねるなど、

主君を足らぬものなど……」

 

 違うとわかっていても、私は口に出さざるを得なかった。

 どのような言葉が返ってくるとわかっていても。

 絶対に勝てない論だとしても。

 

「ゆき。忠を尽くすは美徳だ。忠を知らぬ武士はただの野伏、暴漢と変わらん」

 

「なら……!」

 

「お前は、それでいい。間違いなく、お前は正しい。

しかし、お上と仰がれる者が忠に執心するようでは、いずれ喰われる。

そうならないため、時に旗を翻す必要がある。

我々には、そういった責があるのだ」

 

 藩という地方の(まつりごと)を取り仕切る藩主、大名。

 やはり、私とあくりさんは……違うんだ。

 

「……葦原は、戦国に戻るぞ。

独立を目指す地域は唐津以外にも出るだろう。

戦場となっていない、政府の支配圏でな。

唐津は一歩先に、その準備を進めさせてもらう」

 

「やはり、数々の敗戦で体制が揺らいでいるのか?」

 

「そうだ。夷俘島に追い詰めるどころか、本州の半分を奪い返されたんだ。

報道を使って誤魔化しているが……家族を亡くした遺族は誤魔化せん」

 

 岸岳の発言、事実だとしよう。

 だとすると、少しわからないことが出て来た。

 

 なぜ、ここまでベラベラと内心を話すのか?

 独立を果たすのならば、幕府とは領土を接しないだけで敵対するに等しいはず。

 

 敵に水を贈る、にしては話し過ぎだ。

 

「……話し過ぎだ。たとえ賊軍に反旗を翻すにしても、

私たちにここまで話す理由がない。

唐津に謀反の企図ありと、政府の然るべき筋に話すかもしれない」

 

「バカバカしい。敵の抜かした目に見えた分離工作、

神祇官のボケナス共すら真に受けん。

そして理由なら、言っただろう?」

 

 岸岳は振り返ると、背後の蒼鷹を振り返った。

 その視線の先には……良介さんがいた。

 

「政府は主君に足らんが、幕府は論外。

しかし魔王、あるいは八咫烏になら……

恩を売っても悪くない。こちらの立場を話してもいい。

そう思ってな」

 

「念のため問おう。なぜ、良介ならいいのだ?」

 

 私たち3人は並んで、同じ方向を見つめた。

 

「奴は政治には関わらん。だが……匂うんだよ。

あいつは何かをする、とんでもなく大きなことをする匂いだ。

私のサトリではない部分の、嗅覚がそう感じた」

 

「良介ならば、我々(戦国大名)を止められると?」

 

「異論があるのか?」

 

「いいや。奴ならば……八咫烏なら、やるかもしれんな」

 

 良介さんは既に、数々の大きなことを成し遂げている。

 あの人ならば、幕府と政府の内戦を……

 

 そのあとに控えている戦国の乱世もどうにか出来るかもしれない。

 岸岳はムカつく女だけど……その考えには同意できた。

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