蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年3月18日
長坂 長坂空港
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
蒼鷹に搭乗する。
それが決まったのは喜ばしい事だ。
問題は、ここで良介が妙な思い付きをした事だ。
「ちょうど後席が空いてるなら、カメラマンを乗せたらどう?」
というわけで、幕府軍は急遽展示飛行を良介の真後ろで撮影するカメラマンを用意する運びとなったのだ。
しかしこの、用意されたカメラマンが問題であった。
展示飛行当日になっても、姿を現さないのだ。
「うーん。もう離陸まで30分切ってるぞ……どうしたんだろう?」
何かの交通トラブルか、あるいは急病か。
一切の連絡がないまま、離陸時刻が迫っている。
「で、どうする良介? 来なかったら」
「残念だけど、地上からの撮影だけになるな」
ボスの問いに、わかりきった答えを返す。
空から曲芸飛行の様子を捉えれば、それはもう絵になるだろう。
しかし、ないからといって展示飛行を中止には出来ない。
「では、このまま行くか?」
あくりの問いに、良介は腕を組んで考え始めた。
やはりやるからには、最良を届けたい。
それだけの思いで、良介は行動した。
「みんなは準備進めてて!」
「りょ、良介さんっ⁈ どうなさるおつもりですかっ⁉」
「ちょっと様子を見てくる!」
と、ゆきの問いに良介は軽々と宣言して、格納庫を飛び出した。
「様子って、お前なぁっ……!
仕方ない。俺達だけでも準備をするぞ」
良介がいない間も、ボスがある程度仕切ってくれるのでやりやすい。
非常に申し訳ない事だが、隊長自ら単独行動を開始した。
目的地はターミナル前のバス停───
待て、ターミナル?
そこは一般客のための建屋であり、従業員等が利用する場所ではない。
従業員専用の入り口は、もっと地味で目立たないところにあるはずだが。
「もしかしたら、入り口間違えて迷ってるかもしれないだろ?」
相手は仮にもプロ、そんな事は考えられないが───
ええい、移動している間に15分が経過。
残り15分!
外に出て、ターミナル前のバス停に着いたが───
「でも……それらしい奴はいないな」
当たり前だ。
いくらなんでも、入り口を間違えて往生しているなど、プロとして考えられん。
きっと、空港以前でトラブルに巻き込まれてしまったのだろう。
我々がどうにか出来る手段はない。
「……ちぇっ。リック辺りを後席に放り込めばよかったぜ」
彼らイグルベ隊は既に離陸し、万が一の事態に備えて空中待機中だ。
あるいは、タフそうな馬廻衆をカメラマンにするか?
「ダメだよ、耐えたとしてもちゃんと撮影できなきゃ……
だから人選で揉めてたんだろ?」
そうだったな───
まったく、我ながらややこしい事を思いついたものだ。
踵を返して、ターミナルの中へ。
その時、視線の隅で歩く人影に注意が向いた。
素人ではないな。
それに視線の動きからして、何かを探している。
「……幕府の人間かな?」
少なくとも、馬廻衆ではないな。
当局の人間だとしても、私服で歩き回る理由がない。
堂々と制服で
政府側の人間ではないか?
今幕府側の勢力が拠点としているからといって、彼らのものでなくなったわけではないのだから。
「うーん……でも、なんか違和感があるんだよなぁ……」
時計を見る。
残り10分、急いで戻らなければ間に合わなくなるぞ!
「急かすなって……っと!」
「あっ!」
柱の陰で反応が遅れてしまった。
どうやら、柱に沿うように少女が歩いていたらしい。
「って、あれれ? 君は確か、合衆国パビリオンで……」
「あ、あなたは……!」
見覚えがある。
エラとデート中、ダイナーでコーヒーを待っている時に絡んできた記者だ。
あの時と違ってハンチング帽を被り、首に報道の名札は提げていなかった。
しかし抱えている射影機と───太い太ももから同一人物だと確信できた。
「こいつっ、また人の脚を……!」
「あ、あはは……また会ったね」
愚かな志村良介よ、スケベな視線に気付かれてしまったぞ。
しかし、それはさておきだ。
───連中、いきなり動き出したな。
先ほど見かけた、一般人ではない連中。
彼らが一斉に良介へ向かって歩き出したのだ。
いや、違う。
目当ては良介ではなく───
「……っ」
彼女だ。
報道関係者らしいが───
相手はチンピラの類には見えない。
盗撮の容疑で追われているわけではなさそうだ。
追跡者の存在は彼女も承知の上のようで。
視線を周囲の気配へ送って間もなく───
意を決したように、懇願した。
「たっ、助けてっ!」
どうするんだ?
「よし、こっちに!」
ほらこうなった。
相手の素性も知らないというのに、少しは躊躇ったらどうだ?
「は、えっ……はっ、はいっ」
ほうら、助けられた本人も即答過ぎてビックリしているではないか。
それはさておき良介は彼女の手を取り、駆け出した。
「あっ、待てっ!」
良介は元パルクールトレーサーだけあって、足はかなり速い。
現状も結構な速度を出しているが、驚いた事に少女は追従していた。
「足速いね!」
「らっ、洛外暮らし舐めんな!」
「これは失礼!」
人混みの隙間を縫う様に走り抜け、ベンチを跳ねてショートカットし───
ターミナルを自由に駆け抜け、目的地へと向かう。
「どっ、どこへ向かってるのっ⁈」
「そうだな。ひとまず格納庫へ!」
「格納庫? ……その恰好、戦闘機乗り⁈」
「カッコいいだろ!」
微妙に会話になっていない返答をするんじゃない。
ともかく、今は逃走が最優先だ。
従業員専用出入口をキーカードで通過し、しっかりと閉鎖する。
当局の人間はカードを持っていなかったらしく、ここで大きな足止めになった。
「ならちょうどよかった、助け……いやっ、伝えて!」
「なにを誰に?」
「危ないのっ……蒼い機体がっ!」
蒼い機体?
言っていることが要領を得ないが───
「おいっ、ここの鍵を持って来させろ!
軍警の名前を出してもいい!」
───軍警、軍警察。憲兵隊か。
どうやら、彼女は相当な秘密を知ってしまったらしい。
それよりも、相手は物々しい名前に違わぬ権限を持っている。
この扉もじきに正規の手段で開けられてしまう。
「急ごう。ここもまだ危ない」
「う、うんっ……」
従業員専用通路をひた走り、滑走路へ。
彰義隊が借り受けている格納庫は目と鼻の先だった。
良介を待っていたらしく、機付長が外で様子を見ていた。
「おい良介! もう離陸時間だぞ!」
「わかってる! この子を……」
その時、背後で走る気配を感じた。
軍警察でも幕府軍の管轄であれば好き勝手出来ない。
ならば匿う事くらいなら出来るだろうと踏んでいたが───
「君、どんな秘密を知っちゃったの?」
良介は手短に尋ねた。
その程度次第で、この後の判断は変わる。
「蒼い機体……幕府軍の神兵が、狙われてる!」
どんなものが来るかと思えば、興味深いな。
蒼い機体とはF-2───すなわち良介、お前の事だったとはな。
「狙われてるね……いつもの事だな」
政府軍はもちろん、幕府や合衆国からも狙われている立場と言えるのが、今の良介だ。
望んでいる形で狙われていないのが残念だ。
「つ、伝えてっ……あの機体の、戦闘機乗りに!」
未だ修理中のF-2を、彼女は指差した。
彼女には、もっと詳しい話を聞く必要があるな。
しかし匿うのは無理、共に逃げるのも無理だ。
良介、一体どうするつもりだ?
「君、記者だったよね? 写真は?」
「とっ、撮れるけど……!」
「今回のカメラマン!」
「は? えっ……⁉」
一時しのぎかもしれないが───
やるしかない。
すれ違った機付長に向けて叫ぶ。
「あいつら止めて!」
「ったく、後で説明しろよ! お前ら、やるぞ!」
「うす!」
整備隊と近衛軍で手の空いた人間が一斉に集結し、当局の連中の足止めを始めた。
軍と軍警察の乱闘だが、全員が素手なのだから、人死にが出るような騒ぎにはならないだろう。
「テメェら、ここが幕府軍の預かりだと知っての狼藉か!」
「抜かせ! 貴様らに葦原を好きにさせるかっ!」
「無責任に葦原を滅茶苦茶にしやがって!
まずはテメェらからだっ!」
「へっ! ちょうどいい、ぶっ殺してやる!」
良介の背後で乱闘が始まった。
───思ったより、双方血の気が多いぞ……ならないよね?
彼らは喧嘩には慣れているから問題ない───と思う。
ならないと願って、良介は出撃準備を整えた蒼鷹のタラップにしがみついた。
「……っと。ベルトの締め方わかる?」
「べ、ベルト⁈ ま、まさか飛ぶの⁈」
「最高の逃走経路だろ? ほら、メット被って!
ベルトはこっちで締めるから!」
元より蒼鷹に耐Gスーツ用の設備は備わっていない。
ヘルメットを装備して、ベルトを締めれば準備は完了だ。
「そのまま動かず、計器にも触らないで!」
「はっ、はいっ!」
どうやら、ボスと竜司は既に誘導路へ向かってしまったらしい。
良介と並んで離陸するのはあくりだ。
彼女の機体へ視線をやると、良介と視線が合い───
信じられないものを見るような目で見られてしまった。
「……女の子を機体に連れ込む男だと思われちゃったかな?」
まあ、傍から見ればそうとしか見えない───
いや、一世一代の大舞台で女を連れ込んでいるのだ。
多分それ以上だ。
「後で誤解を解かないとな……! キャノピー!」
「えっ?」
「あ、ごめん。クリア!」
つい癖で、良介もといチェイスは素人さんに尋ねてしまった。
とにかく風防を封鎖し、同時並行して進めていたエンジン始動を終えた。
「こちらペンギン1。長坂ATC、誘導路への進入許可求む」
「了解。誘導路A3へ向かえ」
格納庫の脇で格闘する幕府軍と葦原政府軍警察が目に入った。
チェイスはサムズアップで挨拶した。
どうやら後席の様子が見えたらしい。
彼らは乱闘を止めると互いに顔を見合わせて、呆然とするばかりだった。
こいつまじ?
と言い合う彼らの声が聞こえて来そうな光景である。
「さて、自己紹介と行こうか。俺は志村良介、君は?」
誘導路へ向かう最中、チェイスは時間潰しに彼女へ尋ねた。
そうこの男、名前も知らない女の子を助け、後席に乗せてしまったのだ。
「よっ、四谷……西国毎朝新聞社の、四谷」
「四谷ちゃんね……なにしたの?」
「そっ、そうっ。あたし、蒼い機体の展示飛行を撮影しようとしてて……
偶然聞いちゃったの。伊邪哭國男最高神祇伯が、通信機で命令したところをっ。
どこかに、展示飛行をしている蒼い機体を撃墜しろって!」
「あいつ、マジかよ……」
この間会って、良介の言葉に感銘を受けていたとは思えない行動である。
もっとも彼は、あの時話していた相手が良介───夷俘の魔王チェイスだと知らないのだが。
それにしても、展示飛行の最中に攻撃させて暗殺を目論むとは。
現実なら前代未聞、心当たりがあるならば───
「……誰も、チョッパーみたいにはさせないぞ」
「え?」
「いや。単なる決意表明だよ……それで、手段はわかる?」
「わ、わかんない。だけど、あたしを追ってくる奴らがいるなら、本気だと思う」
「軍警察も、そこまで暇じゃないだろうからね」
誘導路に入ると、あくりもとい、大助の機体が離陸を始めているのが見えた。
不意に、彼女と視線が合った。
「……こちらぺんぎん4。ぺんぎん1、応答を」
彼女から交信が入った。
内容は聞くまでもないが───横着はせず、良介は応答した。
「はいこちらペンギン1、どうぞ」
「その、後席の女子は……件の撮影か?」
「部分的に正解。詳細は空で話すよ」
「こちらペンギン3! 聞こえたぞチェイス!
お前遂に……遂に機体に女連れ込みやがったのか⁈
しかもよりによって、展示飛行のフライトにっ!」
「チェイス殿っ! あなた、任務をなんだと思っているのですかっ⁈」
とても今さらな気もするが、非難轟々である。
しかし困ったことに、今回は無茶ながら結構まともな理由があるのが、チェイスのタチの悪いところなのだが。
「まずは、俺の申し開きを聞いてから判断してくれない?
……ペンギン1、離陸許可求む。急いで欲しい」
「こちら長坂空港ATC、たった今軍警察が……」
もうそこまで来たか。
こうなれば、強行離陸を実施するか───
スロットルレバーに手をやったその時、再びATCから交信が来た。
「うわっ、なにをっ⁈」
いや、ATCではない。
「失礼する……こちら近衛兵団。
「近衛兵団?」
幕府側の帝を守るために編成された軍が近衛軍ならば。
近衛兵団は政府側が編成した帝を守るための部隊というわけだ。
帝を守る部隊とはいえ、主な任務は軍隊の中で行われる犯罪の取り締まり。
軍警察は事実上の文民警察で、近衛兵団が軍全体の警察というわけだ。
規模としては軍である近衛軍に大きく劣るが、その代わりに陸海空軍跨いだ捜査が可能なほど権限が強いのだ。
これも、帝が直接指揮しているという性質が大きいのだろう。
「幕府空軍、彰義隊第一中隊ペンギン隊へ。そのまま離陸せよ」
どういうことかわからないが、軍警察ではなく近衛兵団がこの場を掌握したらしい。
ならば、四谷の安全は確保されたのではないか?
「えー、篤良少尉? 後ろの子は下ろした方がいい?」
「……申し訳ないが、我々は管制塔の軍警察を
空港全体の掌握は出来ていない。連行を強行する者の可能性は無視出来ない」
「なるほど。それじゃあ、降りるまでにどうにかしてくれる?」
「任せろ。ついででひとつ、頼みがある」
「なに?」
「貴様らの交信、常にこちらで傍受可能にせよ。
場合によっては、重要な証言となる」
「どうにかする意思はある、って事だな。
了解、頼むぜ」
ひとまず、問題は解決されたらしい。
スロットルレバーを握る腕に力を込める。
「あ、あのー……航空無線って初めてでよく聞こえなかったんだけど……」
今まで沈黙を保っていた、後席の四谷記者が口を開いた。
「なに?」
「あなたさっき……呼ばれてた?
その、チェイスって……」
ここまで来て、彼女は気付いていなかったのだろう。
ならばその疑問は、改めて解消しておくべきだ。
良介は堪え切れなかった笑みを漏らしながら返答した。
「ああ、そうさ……」
機体が前進し、滑走路を疾走する。
速度はぐんぐん上昇し、50ノット、80ノット、
そして、
「俺様がチェイス様なのだ」
操縦桿を引き、機体を陸地から離れさせる。
大空へ、良介を狙う者がいる死の世界へ。