蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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109 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」

「THE DEMON LORD's CIRCUS」

央暦1970年3月18日

長坂 長坂空港

西国毎朝新聞社

四谷

 

 り、理解出来ない。

 今の状況も大概だけど、それよりも……

 

 あたしの耳に聞こえて来た情報が、信じられなかった。

 

「……チェイスって、あの畏怖の魔王?」

 

「他にチェイスの心当たりあるの?」

 

「な、ないんだけど……」

 

 身の丈200センチ越え、体重100キロを超えた醜男。

 そんな見え透いたプロパガンダを信じるほど、あたしは馬鹿じゃない。

 

 だけど、だけど……

 あの蒼い機体のパイロットが、合衆国のエラ・アーロンと浮き名を流した男なんて!

 

「おい、チェイス! 聞かせてもらうぞ、女を連れ込んだ理由をな」

 

 気づくと、あたしの周りには戦闘機が……

 そう、嵯峨野の上空で戦っていたのと同じ機体が集まっていた。

 

 通信機から聞こえて来た男の声からして、凄く怒っているらしい。

 

「そうだな。みんなに関係のある話だ。

四谷ちゃん、悪いけどもう一度頼む」

 

「え、あたし?」

 

「頼むよ、俺が言っても信じてくれない」

 

 もし、良介とかいう奴が、蒼い機体のパイロットだとして。

 彼は幕府軍では神兵やら八咫烏やら呼ばれて勇者英雄の扱い。

 敵である政府軍は、畏怖の魔王と呼んで恐れている。

 

 そんな、自分の目で見なければ信じられない戦果を上げた生ける伝説が。

 自らの口で暗殺計画を話しても信用されないような男だなんて。

 

「……あたし、西国毎朝新聞社の、四谷と言います」

 

「西国毎朝新聞の四谷か、覚えている。

ちぇいすとえら・あーろんの密会を報じた記者だ」

 

 冷静な女の声が、あたしの活躍を保証してくれた。

 あの記事は自分でもびっくりするぐらいに反響があって、会社から凄く褒められたけど……

 今は、そんな功績もぶっ飛ぶような事態だ。

 

「ええ、その四谷です。その、今朝は蒼い機体の展示飛行を撮影するために

会場の立ち入り禁止地区で撮影しようとしてたんです」

 

「ナチュラルに犯罪するのやめない?」

 

「うるさい! あんたのために話してるんだから、黙ってて!」

 

 話せと言った張本人からのツッコミをいなしつつ、あたしは続ける。

 

「するとちょうどそこに、タバコ休憩する伊邪哭國男最高神祇伯がいたんです。

ちょっと好奇心が働いて、秘書との会話を聞いてたら……

話の流れが展示飛行になって通信機でどこかに命令したんです。

展示飛行中の、蒼い機体を撃墜しろって」

 

「……マジかよ」

 

「卑劣な……急進派の暗殺騒ぎがあって、昨日の今日だというのに!」

 

 生真面目そうな女の声が、真面目な感じに怒っていた。

 あたしだって、蒼い機体について調べるうちに彰義隊第一中隊ペンギン隊について知った。

 

 異界の泳ぐ鳥を基にした部隊章を持ち、異界の機体F-2を先頭に、幕府空軍の最新鋭機オロール、合衆国の試作機P-20ドゥン、旧式ながら現用機以上に足が速いP-104。

 

 機体を揃えないと速度が違い過ぎて、陣形の足並みを揃えるのが難しいらしい。

 だから機種がバラバラだと陣形を合わせるのに非常に高い練度が必要になる、とオタクくんは言っていた。

 

 だから多分、この人たちはみんな幕府軍の最精鋭……って事になるんだと思う。

 

「だ、だから……良介?」

 

「空の上じゃチェイスで頼む」

 

「チェイス、逃げてっ! このままだとあなた……

どんな手段かわからないけど、殺される!」

 

 しばらく、良介もとい、チェイスは黙っていた。

 ヘルメット越しに聞こえるエンジンの騒音と、あたしの呼吸だけが鼓膜を揺らし。

 

 やがてチェイスは、あたしに見えるように親指を立たせた。

 

「ペンギン隊各機、予定通りウェイポイントへ移動せよ」

 

 言葉ひとつひとつの意味はわからなくても、それが何を意味しているのか理解は出来た。

 

「あっ、あんたねぇっ……あたしの話聞いてた⁈ 狙われてるんだって!」

 

「わかってるよ。でも、人間を殺すなら……空より陸の方が簡単だぜ。

俺なんか、特にさ」

 

 あたしの知る限り、畏怖の魔王の戦果は圧倒的だ。

 その戦果は個人で他の彰義隊一個中隊に匹敵すると、幕府軍は喧伝していた。

 

 オタクくんは、最初にそれを知った時は嘘だと思ったらしいけど……

 あたしと同じく、実物の活躍を見て事実だと確信したらしい。

 

「あんた一人が一個中隊に匹敵しても……無理に決まってる!

あたしだって、この機体がなんなのかぐらいわかってる!

練習機、それも武装だってしてないんでしょ⁈」

 

 蒼鷹。

 葦原の戦闘機乗りなら、誰もが乗る事になる練習機。

 

 一応武装は可能だけれど、基本的には飛ぶことしか出来ない機体。

 実際、この蒼鷹の主翼は何もぶら下げていなかった。

 

「戦うための武器がないのに、どう戦うっていうの⁈」

 

「チェイス、俺も同感だ。

今回、俺らは燃料とスモークしか積んでないんだ。対策はあるのか?」

 

 先ほどまで怒っていた男の声は、打って変わって冷静なものになっていた。

 

「状況を整理すると、だ。

蒼鷹はもちろん、F-2だとしても無補給で幕府軍の支配圏まで飛ぶのは無理だ。

F-2はこの世界の空中給油受けられないし、蒼鷹はその能力もないしさ……」

 

 F-2という機体が、どれほど飛んでいられるのかはわからない。

 だけど、チェイスの言葉は合っているんだと思う。

 

「そもそも、蒼鷹は借り物だぜ? 茂実さんに怒られちゃうぞ」

 

「……言ってる場合ですかっ」

 

「ごもっとも。で、だ。展示飛行は国際イベントの式典でやる。

都市部の上空で、葦原内外の色んな目がある中で行われる……

まあ、やる奴はやるだろう。その後、どうなるかな?」

 

「ちぇいす。連中の理性には期待なぞ出来ない。

わかっているな?」

 

「ああ……タバコ休憩の思い付きで発せられた命令だ。

連絡受けた相手も渋ってたらしいじゃないか……

どこまで徹底されるかな?」

 

 言われてみれば。

 最高神祇伯、葦原政府で帝の次に偉い人間の命令とはいえ……

 普通は逆らえないはずなのに、相手は脅迫の言葉が出てくるほど抵抗した。

 

 本当に実行されるのか?

 いや、でもあたしは軍警察に身柄を狙われた。

 

 拘束は醜聞を広めないようにするため?

 だとすれば……命令が果たされない可能性がある。

 

「むしろこういう時は、下手にコソコソする方が危険だ。

中指で答えてやる」

 

「いい意気込みだ。さすがだな、魔王(デーモンロード)

 

 聞いた事のない外国語が、通信機から聞こえてきた。

 

「話は聞かせてもらった。

怪しい動きをする機体を見つけたら、俺たちが対応する。

そういう契約だからな」

 

「イグルベ中隊、傭兵部隊が援護してくれる。武装してる、頼もしい味方だ」

 

 あたしに気を利かせたのか、チェイスが補足してくれた。

 聞いたことのない言葉で、なんて言ったのかわかんないけど。

 

「では、チェイス殿……やるのですか?」

 

「ああ。俺を気安く殺そうとするなんて舐めた考え、

この展示飛行でブッ飛ばしてやる」

 

「ちぇいすがそう言うのであれば……私は続こう」

 

「ああそうだ……大助の機体の、最後の晴れ舞台なんだ。

台無しにされるわけにはいかない」

 

「……かたじけない」

 

 どうやら、ペンギン隊の中で話は決まったらしい。

 暗殺計画が実行されるかもしれない、その現場へ行くと。

 

「だから四谷ちゃん……しっかり、俺たちのフライトを残してくれよな」

 

「……あ」

 

 そうだ。

 あたしは、狙われている人間の一番近くにいるわけで。

 滅茶苦茶、絶体絶命の危機なのでは?

 

「あのぉ……降ろしてもらうこと、出来ますぅ?」

 

「ここでイジェクトされるのは困るな。

着陸まで待っててくれ」

 

「で、ですよねぇ……」

 

 あたしの危機は、未だ去っていないらしい。

 

「四谷記者。チェイス殿の後席の」

 

 生真面目そうな声の女が、あたしに呼び掛けてきた。

 

「はい、なんでしょう?」

 

「……その。この度は、大変な目に遭われたと思いますが……

引き続き、ご辛抱ください」

 

「え?」

 

「気を強く持て、展示飛行はいずれ終わる。

袋はいつでも広げられるようにしておけ」

 

 凛々しい声の女も、なぜかあたしに助言してきた。

 ど、どういうこと?

 

「あー、四谷記者。このアホが、大変申し訳ない」

 

 男の声まで、謝罪してきた。

 なに?

 あたし、これから拷問でも受けるの?

 

「えーっと、チェイス?」

 

「ああ、心配ご無用。手加減するよ」

 

「マジで、手加減しろよ」

 

 どうやら、本人の言葉はあまり信用出来ないらしい。

 これから起こる何かに、内心戦慄していると……

 

 計器の中にある時計が、午前10時を指した。

 

「定刻だ。

各機、フォーメーションアルファを維持しつつ、アリーナ上空を通過!」

 

 チェイスの号令と共に、ペンギン隊が陣形を組んだ。

 F-2を先頭に、左後ろにオロールが。

 右後ろにP-20、P-104が続く。

 

 オタクくんが見せてくれた資料にあった陣形だ。

 確か……4つ指(フォーフィンガー)陣形だったっけ。

 

 一度整列すると、チェイスをはじめとしたペンギン隊はまるで固定されているかのようにピッタリと距離を保ちつつ、世界博覧会会場へと向かった。

 あたしはその光景に射影機を向けて……念のため、映像や音声も収録しつつ撮影した。

 

「スモークまで……3、2、1、はじめ!」

 

「煙幕展開!」

 

 チェイスの号令と共に、5つの機体が白い雲の軌跡を青空に描いた。

 

《おおっ、見えるか? いま、幕府の戦闘機が白い雲を引いた!》

 

《見てるよ! 全部違う機体なのに、陣形が全く乱れてない!

とんでもない練度だ!》

 

 地上で見ている誰かが、魔力通信を用いて会話しているらしい。

 周波数も近いみたいで、混信しているのがあたしの耳に届いた。

 

《さあ、次は空軍と海軍! 神機隊と振遠隊だ!》

 

 あたしは目で、件の政府軍の機体を探すけれど……

 全然見つからない、どこなんだろう?

 

「四谷ちゃん、7時方向」

 

「え?」

 

「左後ろ、高度はほぼ同じ」

 

 チェイスの指示する方向に目を凝らして……

 スモークの白い線が出てきてから、あたしは初めて機体の黒点に気づくことが出来た。

 

「あれ、見えてるの?」

 

「職業柄、鍛えられてるからさ」

 

 政府軍の機体はペンギン隊の描いた軌跡に重なるように飛行し……

 ここでようやく、私は気づけた。

 

 2つの部隊が空に描いたのは、京の象徴である条坊制(じょうぼうせい)に基づいて敷かれた格子状の街並み……

 碁盤の目と呼ばれる、葦原の国旗だ。

 

《スゲー! 碁盤の目が空に!》

 

《政府軍の練度も、やっぱり負けてない!》

 

《葦原の頂上決戦だ!》

 

 下で通話しているオタッキー連中は、まるで幕府と政府の争いなどないかのように、互いの飛行を褒め称えていた。

 そう、あたしが焦がれたあの光景……あの光景が、葦原をひとつにしている!

 

「くっ……し、下から見たかった……!」

 

 あたしはシャッターを切りながら、強く後悔した。

 予定通りに進んでいるのなら、先輩とオタクくんは空に描かれた碁盤の目を撮影しているんだろう。

 

「この空から眺めているのは、俺たちを含めたごく一握りだよ。

滅多にない景色だ、ちゃんと残してくれよ?」

 

「わ、わかってるって……!」

 

 内容は単純に見えるかもしれないけど、葦原世界博覧会の開会式を飾るに相応しい演目だったに違いない。

 

 もう終わる、もう終わると言われていた幕府……

 あるひとりの出現によって、終わりはひっくり返り。

 

 あたしは、前席に座るチェイス。

 そのヘルメットしか見えない姿へ視線をやった。

 

 そのひとりが今、あたしの目前にいる。

 あたしが座るこの機体を制御し、真下にいる人々に信じられない光景を見せつけている。

 そしてあたしは、そんな彼しか見ていない光景を唯一共有している。

 

 今あたしは、歴史(・・)を記録している。

 そう思い至ると……どうしようもないほどに、興奮してしまった!

 

「こっ、こんなの……滅多にない。金でも買えないっ」

 

「ああ、唯一無二の経験って奴だよ。

さて、そろそろ次だ。レフトターン・ナウ!」

 

 機体が左旋回を始め、ゆっくりと転回して世界博覧会会場の方向を向き直った。

 P-104だけが陣形を離れるも、残りは編隊を維持したまま飛行を続ける。

 

「フォーメーションブラボー開始! 竜司ちゃん、ボス!」

 

「はいっ!」

 

「よし!」

 

 ここからは曲芸飛行の出番らしい。

 オロールとP-20は高い運動性能を活かして、左右に蛇行飛行。

 空に縫い目のような軌跡を残す。

 

「さあて、四谷ちゃん」

 

「なに?」

 

「しっかり撮影しててくれよ」

 

「な、なにを……」

 

 その時、背後から聞こえるエンジンの音が最高潮に達した。

 そして機体が旋回を始めたかと思えば、世界が回転を始めた。

 

 バレルロール。

 嵯峨野上空でチェイスが見せた、あれと同じ機動。

 

 軽やかに見えた動きだけど、実際に体験してみると……

 

「ぐっ、ぐええええええええっ……!」

 

 地獄!

 三半規管がぶっ飛んで、上と横から掛かる圧力が内臓を潰そうとしてくる!

 

《蒼鷹って、あんな機動出来たのか⁈》

 

《低速域での運動性は高いって聞いてたけど……

こんな長時間のバレルロールは見た事がない!》

 

 頭上では空が見えたり、長坂の街が見えたり……

 多分、白い螺旋状の軌跡が空に残っていると思うっ。

 

 あまりにも極限過ぎて、怖いという感情すら湧いてこない!

 

「大助、頼むぜ!」

 

「相分かった。任せろ、ちぇいす」

 

 チェイスは事もな気に、凛々しい声の女へと告げる。

 一体この後、何が起こるって言うの?

 

「四谷ちゃんっ! 真上に注目、タイミング逃すな!」

 

「なっ、なにぃ……?」

 

 射影機を構えながら、真上に広がる長坂の街を睨みつけた。

 

 我ながら、よく反応出来たものだと思う。

 あたしのすぐ真上だか、真下だかを、P-104が通過していった。

 

 非常に腹の立つ事に、あたしの動体視力はパイロットがこちらを見て親指を立てているのが見えてしまった。

 

 それも本当に一瞬の事で、シャッターを切った直後にはもう、長坂の街と白い軌跡しか残っていなかった。

 

《いっ、射抜いた! 柱を矢が射抜いた!》

 

《あんな径の小さなバレルロールの、そのど真ん中を飛ぶなんて!》

 

《あの速さ、音速越えてたぞ⁈》

 

《蒼鷹のパイロットも、P-104のパイロットも!

正気じゃねぇっ、一歩間違えたら衝突だぞ!》

 

 混信する交信から、続々と畏怖と称賛の声が届いてきた。

 でも、でもあたしは……限界だった。

 

「ようし、四谷ちゃん。感想は?」

 

 む、むり……

 こいつの言葉に答えてる余裕はない……

 水平飛行になったのを身体が感じたあたしは、手探りで酸素マスクを外すと……

 

 誰であろうとこうなると、みんな思ってたんだろう。

 ご丁寧に、目前に設置された袋をぶんどって……

 あたしは三半規管が壊れそうになる中で、とても我慢したと思う。

 

「■◆※◇……」

 

「四谷ちゃん、大丈夫?」

 

「てっ、手加減するって言っ……オッブァッ!」

 

「……手加減はしてるんだけどなぁ」

 

 あれで手加減をしているのなら、こいつ以外、誰も耐えられないだろう。

 

 なんとか、峠は越えたようだ。

 袋の中身を見ないように封をすると、あたしは顔を上げた。

 

「ま、まだやるの……?」

 

「うん。あと2回くらい機動するよ」

 

「おっ、降ろしてぇっ……つ、捕まってもいいからぁっ……」

 

「おいおい……」

 

 おいおいじゃねえんだよコラっ!

 こちとら好きでゲボ吐いたんじゃないんだよぉっ!

 乙女にとんでもない醜態晒させやがって、責任取れやァッ!

 

 といっても、峠は越しても叫ぶ気力は回復していないので、心のうちにある『いつか絶対に言う手帖』に記録した。

 降りて落ち着いたら、絶対文句を言ってやる……!

 

「で、四谷ちゃん。撮らなくていいの? あれ」

 

「え……」

 

 良介の示す方向を見て、あたしは息を呑んだ。

 下から米粒のように見えるほどの遠目なら、あの姿を何度か見たことはある。

 

 だけれど、上から。

 それも、こんな至近距離で拝んだ事はなかった。

 

 葦原政府軍が、幸彦・周防・安芸の三藩が共同出資してリールランドから購入した巨大魔導兵器。

 幕府との内戦の趨勢を決した要因のひとつ。

 

 ゴライアス級空中戦艦、大入道。

 

 その巨体が、長坂上空に姿を現していたのだ。

 

「ずっと南西から近付いて来てたんだけど……気付いてなかった?」

 

「さ、撮影に夢中で……」

 

 あたしだって、上からこいつを見た事はない。

 射影機を向けて、シャッターを切る。

 

 基本的なシルエットは、海の上に浮かぶ普通の(・・・)戦艦とそうは変わらないらしい。

 大きな……30センチくらいの主砲に、空へ向かって撃つための銃砲。

 

 ただし、海の戦艦と違ってそう多くはない。

 現代の戦争では大砲ではなく、誘導弾……ミサイルで趨勢が決まる。

 

 甲板の後ろの端っこでは電信柱のように巨大なミサイルが大量に並び、誘導するためのレーダーは船首でいくつも出っ張っている。

 レーダーが船首にしかないのは、主砲を撃つとその衝撃でレーダーが壊れてしまうから、衝撃が当たらないところに設置する必要があるから……らしい。

 オタクくんが熱く語ってくれたから、まだ覚えていた。

 

 上の守りがあるなら、下の守りは?

 もちろん、抜かりはない。

 

 構造上、上ほど大きいものを置いたりは出来ないそうだけれど、機関銃がハリネズミのように突き出ているらしい。

 まともにやり合うには、無理のある相手だそうだ。

 

「良介って、アレとも戦ってたの?」

 

「いや、初めて顔を合わせるな……

同じ彰義隊の歳三がやり合って、火器管制レーダー(FCR)ぶっ壊したって聞いてるけど」

 

「そういえば、ずっと修理してて……

最近終わったって、オタクくん言ってたかも」

 

「同僚のこと、オタクくんって呼んでるの……?」

 

 大入道はゆっくりと南西から、世界博覧会会場へと向かっている。

 えーっと、確か……アリーナから見えるところまで近付いて、帰るんだっけ。

 

「おいおい、これ空港に進入する機体の邪魔にならないか……?

そうだよな、さすがに許可取って調整してるか」

 

「いま、誰と話してるの?」

 

「いや、思考の整理」

 

 よくわからない独り言は置いておいて……

 あたしは貴重だと思える、大入道の写真を撮って撮って撮りまくった。

 政府に規制されるかもしれないけど、追われている今更どうでもいいし。

 

「さあて、休憩はそろそろ終わりだ……」

 

 あくまで、大入道のお披露目は展示飛行が終わってからだ。

 政府側の展示が終わって、次は幕府……

 つまり、あたしの地獄がまた始まるんだ。

 

「ひ、ひぃっ……」

 

「次はさっきよりキツくなるから、頑張って」

 

「さらに酷いのぉっ⁈」

 

 ど、どうしよう。

 お父さん、お母さん。

 あたしもう限界だよぉ……

 

 とにかく耐えるしかないと、歯を食いしばって…・・・・

 

《おーい、大入道。覚えてますかー?》

 

 不意に、気になる声が混信した。

 この声、そして大入道へ呼び掛ける人物。

 

 点が繋がって、肝が一気に冷えた。

 

「最高神祇伯が呼び掛けていた相手……まさか!」

 

 記憶があやふやだけど、國男は通話相手が大きな戦果を上げたような事を言っていた。

 大入道は葦原内戦で数々の戦果を上げた超兵器。

 

 チェイスを暗殺しろと頼んでいた相手は、大入道だったんだ!

 

「う、嘘……あんな大きいのに……?」

 

「流石の俺も、ちょっと肝が冷えてるぞ」

 

「もっとビビるでしょ普通」

 

 危機感が足りないんじゃないの、こいつ……

 でも、見えていると言うことは、大入道の射程にあたし達は入り込んでいる。

 

 その気になればいつでも、あの飛行戦艦は殺せるんだ。

 

《……どこの交信だ。回線をいたずらに使用しないように》

 

《俺は伊邪哭國男! 葦原軍の司令官だっ! 命令したぞっ、神兵を攻撃しろ!》

 

 言った、また言った!

 間違いなく、命令を下した!

 

 どうしようもないのはわかっていても、あたしは大入道へ視線を向けずにいられなかった。

 あの大砲が、あのミサイルが狙いをつけ始めたら……

 

《はーっ……言ってしまったか》

 

《おい、復唱は? 命令不服従か?》

 

《どなたか存じ上げないが、忠告だ。

あなたの持つ魔力通信機、秘匿回線は使用不能です。

つまり、受信可能な者には聞こえていますよ。この交信は》

 

 そういえば、そうだ。

 あたしが聞こえている以上、これは特に隠されている通信じゃない。

 

 葦原の事実上の頂点が来客の軍人を攻撃するように命じた。

 あたしは最初に掴んだけれど、とんでもないスキャンダルだ。

 

《え? ……え、そうなの?》

 

 は?

 あの人、そんな事も考えずにこんな事言ったの?

 

 そんな考えなしが、葦原の頂点にいる……?

 そう思うと凄く怖くて、胃がキュッとした。

 

「……へぇ。じゃ、國男さんさ。これ聞こえてる?」

 

 え?

 なんでここでチェイスが話しちゃうの?

 

《だ、誰っ?》

 

「教えてあげようか?」

 

《……》

 

「ご紹介に預かった、夷俘の魔王さんだよ」

 

 落ち着いた口調に聞こえるけど……違う。

 あのヘラヘラ男が発しているとは思えない迫力が、声の陰に潜んでいる。

 

「まだ会場にいる? ご挨拶に伺いたいんだけど、どう?」

 

 返事は、なかった。

 きっとこの交信を聞いている者は、顛末を見守っていたのだろう。

 でも通信回線は、死んだように静まり返っていた。

 

「うーん。ここで芋引かれちゃ、啖呵きった甲斐がない……」

 

《おい! 魔王! あんたがさっき、上空を通過した魔王なんだな⁉︎》

 

 これは、多分下から展示飛行を見物していた人の交信だと思う。

 騒ぎがひと段落したと見て、口を挟んだんだろう。

 

「そうだけど、なに?」

 

《伊邪哭國男なら、今さっきアリーナから飛び出したぞ!

南出入り口に向かった!》

 

「へぇ……」

 

 あ。

 あんまり付き合い長くないけど、とんでもなく悪い事を企んでる声だ。

 

「チェイス待て!」

 

「無理!」

 

 すると、機体が急に反転して、急降下を始めた!

 

「まっ、待ってぇっ!」

 

 計器の速度計を見ると、針が赤いところを指してる!

 多分これ、出ちゃダメな速度出てる!

 

 すぐ横の主翼や後ろの尾翼はガタガタと揺れて、なんかそこら中からヤバそうな音が鳴ってる!

 

《ウッヒョーっ! おい魔王! 國男が車に乗るぞ、黒い車だ!》

 

「ありがと! 捉えたぞ!」

 

 いや、見つけるの早!

 じゃなくて、なっ、何をするつもりなんだああああっ!

 

 チェイスが國男の乗る車を見つけたというのは、事実らしくて……

 機体は幹線道路へ合流する道路の黒点、その少し先を目指していた。

 

《オモシレー! なんだかわかんねぇけど、やっちまえ!》

 

《魔王! お前の目の前に奴がいるぞ!》

 

 葦原人無責任にトラブルを楽しみ過ぎ!

 いや……思えばこれ、あたしもそうだったかもしれない。

 

「チェイスやめろ!」

 

「……チェイス殿っ」

 

 地上はもう目前、というところで機体は水平に戻り。

 幹線道路に合流した、黒い車を真正面に捉えた。

 

《くっ、来るなっ! 来るなぁーっ!》

 

 魔力通信機の下りを思い出したのだろう。

 國男が呼び掛けてきたが、時すでに遅し。

 

「懐かしい反応だ……そらっ、ブルー攻撃!」

 

 機体の背後で、スモークが噴射された。

 確かこの煙はエンジン噴射に専用のオイルを当てるとなるらしいけど……

 

 過ぎ去った背後を振り返って、例の車を見る。

 黒い車は停車しているだけで、壊れた様子はなかった。

 その代わりに、機体が過ぎ去った跡は酷く濡れていた。

 

 濡れる?

 そんな風になる要素は全く……

 

「あっ、スモーク用のオイルをぶちまけた!」

 

「正解! ……これで、狙われる側の気持ちは味わっただろ」

 

 機体を上昇させ、他のペンギン隊が飛行する高度へ。

 すると途端に、みんなが集まってきた。

 

「この馬鹿野郎! てめえ機体降ろされてぇのか⁉︎」

 

「悪かったよ……だけどあいつ、四谷ちゃんをどうにかしようとしてた。

人を殺すとか狙うとか、甘く見てるみたいだったからさ」

 

「えっ?」

 

 虚を突かれて、あたしはドキッとしてしまった。

 その場のノリで滅茶苦茶やってるように見えたけど……

 あ、あたしのために、あんな無茶を?

 

 いや、そういえばすぐ後ろにあたし乗せてやってんじゃねえかふざけんじゃねぇぞおい。

 

「そういう問題じゃねえっ! お前今の飛行、責任持てるか? 今のが⁈

考えろ、お前が操縦を0.1秒誤っただけで地面に激突だ!

スモークぶちまけた相手だって、間違ってたらどうする⁉︎

真下にいる民間人の事を考えろ! これは実戦なんだ、

エースコンバットじゃねぇんだぞ!」

 

 男の声からして、彼は本当にご立腹らしい。

 えーすこんばっと、というのはよくわからなかったけど。

 

《ヒューッ! やってくれたなぁ! よっ、葦原一!》

 

《なんだかわっかんねぇけど、最高だったぞ畏怖の魔王!》

 

《俺の上司もブッ飛ばしてくれや!》

 

 地上から聞こえる声援は、その真逆。

 技量と功績に対して無条件に賞賛し……そして、無責任だった。

 

「くそっ、こいつらもこいつらだ!

無責任に無責任な暴力を肯定したから、葦原はこうなってるのに!

何も理解してないし、反省もしちゃいねぇ!」

 

 なんだかこの人、まるで自分が葦原人じゃないような口ぶりみたいな?

 でも、言葉はどう考えても葦原人。

 チェイス、良介以外に神兵がいるなんて話は聞いてないし……

 

「チェイス! チェイスいいか、よく聞け……

俺達は日本人だ! この無責任な葦原人とは違う……

責任ある自衛隊の自衛官だ!」

 

 俺達?(・・・)

 やっぱりこの人、何か変だ。

 まるでチェイスの事を、ずっと昔から知ってるみたい。

 

「あのぉ、神兵ってチェイスひとりだけって話じゃ……」

 

《殺せっ殺せっ、殺せえええええっ!!!

誰でもいい、あいつをっ、畏怖の魔王を殺せえええっ!!!》

 

 あいつ……伊邪哭國男最高神祇伯の声だ。

 どうやら過ぎ去ったのを見て調子に乗って、また同じことを喚き始めたらしい。

 

 まるで反省していない態度をぶつけられて、通信中の男も思わず閉口してしまったらしい。

 あたし含めてこれ聞いた人、凄く困惑してるでしょ。

 こんな命令、誰も聞くはずがないし……

 

 その時、真正面に黒点が見えた。

 瞬きする間に、点は大きくなって……

 

「チェイス気を付けろ! 1機ウェイポイントから逸脱した!」

 

 あのよくわからない言葉が、通信機から流れ込んで来た。

 でもひとつだけ、チェイスと呼びかけたのはわかった。

 

「やめろロック!」

 

 黒点との距離が縮まって、その形が鮮明になった。

 

 戦闘機だ。

 どんどん近づいているのに、向こうは針路を変えようとしない。

 このままだと……ぶつかるっ!

 

「ブレイク!」

 

「なんだっ⁈」

 

 チェイスたちペンギン隊は咄嗟に機体を回転させて、真正面からの体当たりを回避した。

 背後で上昇する姿が見えた。

 戦闘機、主翼に政府軍を表す赤白金の四角形!

 

《チェイスッ! 畏怖の魔王、皆を殺した大罪人ッ!》

 

 通信機から飛び込んで来た怒声には、信じられないほどの憎悪が込められていた。

 

 機体の形は……見たことがない!

 オタクくんから葦原で運用されてる色んな機体の資料を見せてもらったけど、主翼と尾翼があることしか共通点がない。

 葦原では、普段使われていない機体なんだ。

 

「ハリアー⁈」

 

「マジかよぉっ! ……風防がデカい、複座型だ!

こっ、この世界にあったのかぁっ⁈」

 

 なんだか通信の男の声が、異様に興奮してるような?

 さっきまでの責任感ある上司みたいな印象が台無しだ。

 

「ロック! ダメだやめろっ!」

 

 別の、知らない女の声だ。

 周囲を見渡すと、翼の根元にくっきり影のある機体が見えた。

 確か……I-17、唐津が持ってるク連の戦闘機だっけ?

 

《殺すッ、殺すしかないッ!

こいつを仕留め損ねたのが、僕の人生で最大の失敗だっ!》

 

「誰だか知らないけど、男に執着されても嬉しくないな!」

 

 互いに武装はないけれど、どうするつもりなのか?

 まさか、本当に自分も壊れるのを承知で体当たりしてくるつもり?

 あ、あたしだっているのに!

 

《知らないだとっ⁈ 皆を殺しておいてっ、知らないだと⁉︎》

 

「皆の事じゃない、お前の事! 誰なんだよお前はっ⁈」

 

 鏡に例の、なんとかという機体が映って……

 胴体の両脇から、青い光が放たれた。

 直後、あたし達に急接近してきた!

 

推力増強装置(オーグメンター)付きのハリアー⁈」

 

「解釈違いだぁっ!」

 

 だから、この男の人。

 真面目にやってるのかふざけてるのか、それだけはハッキリして欲しい。

 チェイスも大概だけど。

 

 それはどうでもいい。

 今は、あの体当たり野郎だ。

 

《差し違えてでも……殺すッ!》

 

 チェイスが操る蒼鷹は、オーグメンター……グッと加速する装置がない練習機だ。

 これがあるのとないのとでは、加速力が大違い。

 機首を下げて降下する事で加速しているけれど、ぶつかり野郎は簡単に追従してくる。

 

「チェイスっ、こうなったら奴を撃ち落とすしかない!

なんとか振り切れ、離れたら攻撃する!」

 

「真下は市街地や世博の会場だ! 攻撃禁止!」

 

「そんなの、そいつには関係ないんだぞ⁉︎」

 

 どういうわけなんだろう?

 チェイスと……よくわからない言葉を話している異国の男。

 それぞれの言葉を発しているはずなのに、会話が成立しているみたい。

 

 チェイスの発言から、どうも撃ち落とすかどうかを考えているらしい。

 

「チェイス殿っ、この者ッ! 夷俘海峡の神機隊です!

あの戦いの、唯一の生き残り!」

 

 夷俘海峡……神機隊?

 真面目そうな女の挙げた部隊は、あたしだって聞いたことがある。

 

 幸利戦争でリールランド遠征軍の魔動兵器を撃墜し、この内戦でも幕府が持っていた播磨型戦艦を撃沈。

 魔動兵器だけでなく、空でも海でも地でも、縦横無尽に活躍した政府軍最精鋭部隊だ。

 

 でも本州と夷俘島の間にある夷俘海峡。

 畏怖の魔王チェイスの初陣で、神機隊は壊滅したはずだ。

 

 その生き残りが、この場にいてチェイスを暗殺しようとしている?

 

「なるほど……報復する権利くらいはあるわけか!」

 

「言ってる場合ですかっ⁈」

 

「ちぇいす、後方上! かわせ!」

 

 鏡にも映らない真後ろの上。

 あたしは振り返ると、例の当たり屋が背後から迫っていた。

 

「四谷ちゃん、ごめんっ」

 

「えっ、ぐぎゃっ」

 

 突如、あたしの内臓すべてが浮かび上がり、脳髄が頭蓋骨と接触した。

 機首を下げて、急速に降下したんだ。

 

 今までは+G機動……上昇する動きで身体中を巡る血が下半身に集まっていたけど、今度は逆だった。

 −G機動で下から上へ血が昇り、目の血管が内出血して視界が真っ赤に染まり出した。

 

 +で血の気が遠のくなら、−は血が集まり過ぎて脳みそが爆発する!

 明らかにこっちの方がキツ過ぎる!

 

 こんな状況なのにあたしは、チェイスの言う手加減しているという言葉の意味を理解(わか)らされた。

 

 垂直尾翼を当たり屋の主翼がかすめた。

 本当にあいつっ、機体をぶつけて殺す気なんだ!

 

 直後に真上を当たり屋が過ぎ去り、エンジン排気が風防や機体に叩きつけられた。

 ドン! という衝撃と共に、風防に亀裂が入った。

 

「ひえっ……」

 

《逃げるなッ、その罪を死で償えッ!》

 

「お断りだ!」

 

 思わず射影機を構えて、あたしはこの瞬間を撮影した。

 あの戦闘機、エンジンの排気口が胴体両脇にあった。

 両脇にある排気口が稼働して、右側だけが一瞬で真下を向いた。

 

 左翼の端っこをつまんで、手首を返したような。

 そんな異様な挙動で反転した当たり屋は、一瞬のうちにチェイスの真後ろに喰らい付いた。

 信じられない機動をする機体……それだけじゃない、動かしてるパイロットも異常!

 

 でもそんな化け物から性能の低い練習機で逃げ続けてるチェイスは……一体なんなの⁈

 

「ダメだ! バンディットとチェイスが近過ぎる!

シーカーがどっちを狙うかわからない!」

 

「チェイスっ、何を待ってる引き離せ!

イグルベに攻撃させろ!」

 

「なんだボス、いきなり無責任になったじゃないか……!」

 

「馬鹿! 命狙われてるなら別だ!」

 

 ま、まさかチェイス(こいつ)

 この状況で、まだ手加減しているって事なの……?

 

「ちぇっ……機動だけで引き剥がすのは無理か。

街のど真ん中なんて間に合わないし、そんなとこで飛ぶわけにもいかないだろ?」

 

 またチェイスが会話のような独り言を呟くと、彼の頭がある一点を向いた。

 視線の先にあるのは、空中戦艦大入道。

 

 まるで島が浮いているかのように巨大な、空飛ぶ戦艦。

 機動だけでは無理、街のど真ん中には間に合わないという言葉。

 

 あたしは、すごく嫌な予感がした。

 

「ねえチェイス、まさかっ……!」

 

「口閉じて! 舌噛むよ!」

 

「じっ、()ぬうううっっっ!!!」

 

 チェイスは針路を、世博会場上空へと向かっている大入道へと向けた!

 この馬鹿、大入道を利用して当たり屋を振り切る気だ!

 だからぁ、あたしが後ろにいるんだってばぁっ!

 

「こちらペンギン1、大入道へ。ごめん!」

 

《総員、衝撃に備え! 魔王が来るぞっ!》

 

 大入道艦首甲板と同じ高度で、チェイスは水平飛行を始めた。

 あたしは振り返る。

 

 当たり屋は……追従している!

 速度を上げて、また距離を縮めた!

 

「チェイスっ、あいつまだ……!」

 

「わかってる、こっからだ!」

 

 突然チェイスが機体を右に傾けたかと思うと……

 ぐいっと右に急旋回して、大入道の前艦橋と煙突の間をすり抜けた!

 

《いまの衝撃、衝突か⁈》

 

《違う、通った! 2機、ブリッジと煙突の間を抜けた!》

 

《ブリッジと煙突⁈ どっちもイカれてる!》

 

 当たり屋はまだ追いかけてくる!

 数メートル程度の猶予しかない隙間でも、構わず追いかけてくるなんて!

 チェイス(こいつ)、一体何してここまで怒らせたの⁈

 

「まだ来るか……降下する!」

 

 今度は真下に向かって急降下して、大入道の真下に。

 

「ヘイズっ! レーダー上で魔王とロックの反応が消えた!

大入道と完全に一体化してる!」

 

「エース同士の戦い……! 手を出す余地がないっ……!」

 

《おい、こんなの演目にあったか?》

 

《いいや、こんな空戦機動はなかったはずだ……

予定が変わったのか?》

 

《ハハッ、おもしれー! 魔王のサーカスだ!》

 

 通信機からは恐ろしく無責任な声が聞こえてきた。

 

 左舷から右舷へと抜け、上昇。

 宙返りの要領で、当たり屋の後ろを……

 

「チェイス殿っ、待ち伏せです!」

 

 当たり屋は、追いかけてこなかった。

 チェイスの宙返りを読んで、その場で停止……

 

 戦闘機が空で停止⁈

 そんな事出来るの⁉︎

 こっちは最低限の性能しかないのに!

 

「ははっ、やるな……」

 

 笑えるところはどこにもない!

 機体の微調整で針路に飛び込んで来る当たり屋を、掠めるような距離感でかわし。

 ほぼ垂直に降下しはじめた!

 

「これじゃあ、いい的になっちゃう!」

 

「こうなったら最終手段だ!

四谷ちゃん、奴の姿がミラーから消えたら合図を!」

 

「あっ、あたしっ……?」

 

 鏡から消えたらって……

 それはつまり、完全に真後ろにつかれたってこと。

 後ろから追突されて、終わりじゃん!

 

 でも……

 でもチェイスなら、何か考えがある。

 怖いけど、チェイスを信じて最善を尽くすしかなかった。

 

 ドンドン速度が上がって、ドンドン高度が下がってるけど……

 当たり屋はさらに速い。

 鏡に映っていたあいつの姿は、また消えた!

 

「消えた!」

 

「よし……今だ!」

 

 ひと拍子置いてから、チェイスは何かを操作した。

 

《くそっ……⁉︎》

 

 直後、あたしの右手側に当たり屋の機体が現れた。

 振り返ると……機体の真後ろから伸びる煙!

 

 最高神祇伯を脅す時に使った、スモーク攻撃をもう一度やったんだ!

 目前に煙を浴びせられて、さすがの当たり屋も逃げ出したんだ!

 

「すごいっ、撃退した!」

 

「よしロックオン、撃墜する!」

 

「待てカビエシ、イグルベ隊! 禁止っ、交戦は!」

 

 死ぬほどキツい水平飛行への推移中、チェイスは平然と言ってのけた。

 こいつ、本当に人間なの?

 

「正気か⁈ こいつ、お前を殺す気だったんだぞ!」

 

「戦争中ならそうする! でも今は停戦中で、真下は市街地とイベント会場だ!」

 

 あたしは、チェイスの真後ろで下を眺めた。

 動いている車がかろうじてわかる程度で、人なんているのかさえよくわからない距離。

 

 まるで、街の模型を眺めているような景色だった。

 そんな模型に浮かんだ、ゴミに見える黒点。

 そこにあるのはゴミじゃない、人がいる。

 

 戦闘機が放ったミサイルや機銃の弾。

 そして飛行機が墜落した時の残骸。

 たったそれだけで死んでしまう、人々が。

 

「……了解した。見てるぞ、ヒットマン。

妙な動きは殺す」

 

 不明な言語で話していた男が、遂にあたしでもわかる葦原語で言った。

 

《魔王っ……! 夷俘から這い出た魔王ッ!

何をしてるっ、殺せ! 僕は失敗したっ、だから殺せ! 殺させろ!

皆を殺したみたいに、いつものように殺すがいいッ!》

 

 垂直降下して煙を浴びても、当たり屋は復帰に成功したらしい。

 あたしたちと少し離れたところで水平飛行していた。

 背後には、銀色の鉛筆みたいな戦闘機が喰らい付いたまま。

 

 今は、体当たりは考えていないらしい。

 

「……少し話そう。久しぶり、って言うべきかな?

信じてたぜ、目潰しされても回復出来るって」

 

《挑発してるのか……僕をっ》

 

「……わかったよ。今回追いかけてきたのって、

原隊全滅させられた恨み?」

 

《それ以外に何があるっ! 神機隊はっ……皆いい人だったんだぞ!

皆、葦原と故郷のために戦っていた……!

魔王っ……死神ィッ! お前があの人達を奪った!》

 

「言わせておけば……! 神機隊っ、聞こえるか!

私は元新選組隊士、空知竜司!」

 

 真面目な声の女が、痺れを切らして名乗りをあげた。

 新選組、彰義隊を構成する中隊のひとつ。

 

 元々は夷俘島飛行学校から引き抜かれて幕府空軍に入った連中。

 あたしと同じくらいか、少し年上の集まりだったはずだ。

 

「神機隊の生き残り! お前があの時、夷俘海峡で殺した仲間達!

あいつらが、悪人の集まりだとでも思っているのか⁈」

 

《幕府を守る者は悪人と大差ない!》

 

「チェイス殿っ、こいつに話す価値などありませんっ!

やはり賊軍の人殺しっ、道義も倫理も武士道もない蛮族の群れッ!」

 

 決断下すの早っ!

 いやまあ、どっちの言い分もわかる。

 

 正直、あたしからしても幕府は何も出来ない……やってもロクなことしない連中だった。

 でも……幕府を守るなら悪人と大差ないって発言は、極端過ぎると思う。

 

「まあふたり共落ち着きなよ……

自分が気に入らない、敵対してるからって悪い奴扱いは、ちょっと単純過ぎる」

 

「ですが……いえ、自重します。今回は」

 

《チェイス……幕府軍の神兵! よそ者のお前に、何がわかる!

幕府がどれほど、僕たちを搾取してきたか……!》

 

「どう搾取されたんだ?」

 

 え? ここでそんな初歩的な事聞く?

 と、思わず口から出ちゃいそうなくらい、初歩的な質問だった。

 

 いや、流石に自分達が受けた仕打ちくらい、把握してるでしょ……

 

「僕たちは無頼集落に生まれた。

僕たちは幕府から穢れとして扱われ、名誉を奪われた。

その癖、連中は異常なほど税を取り立て、まともな暮らしを送らせなかった!」

 

 なんか、カンペとかないはずなのにカンペ読んでるみたいな感じだけど……

 

 無頼集落出身者、政府の言う士農工商匪の匪か……

 実家の近所にも、無頼集落があるからわかる。

 

 問題のある人間はたまに見るけど、大多数はその階級で生まれただけの善人だ。

 扱いが悪いから犯罪に走る割合は多いかもしれないけど……それ以外じゃ他の階級の人間とは、そんなに差がないと思う。

 

 葦原政府が支持を集めているのは、そういう側面もあるんだ。

 

「うーん……水差すようで悪いんだけど、

税を取り立てるのは幕府じゃなくて藩なんじゃない?」

 

 そりゃそうだけど……

 幕府はあくまで葦原の中央政府であって、地方の政は藩のお役目。

 でもこういう場合、言葉のあやというか、比喩というか……

 

《いいや幕府だ。幕府が僕たちの里に来て、根こそぎ奪っていった》

 

「え?」

「は?」

「うん?」

「ふーん」

 

 あの当たり屋の発言を聞いていた大多数が、素っ頓狂な声を上げていた。

 その中でなぜか、チェイスだけは興味深そうに鼻を鳴らしていた。

 

「ね、ねえチェイス。何か心当たりが?」

 

「ああ。ちょっとね……」

 

 通信に乗らないように、チェイスは答えた。

 

「ねえ四谷ちゃん。幕府って地方の取り立てまでやってたの?

中央政府が、自分のところの人間派遣して?」

 

 今度は、乗るようにあたしに尋ねてきた。

 多分記者だから、そういう事情に詳しいと思ったんだろう。

 まあ実際あたしは記者だから、その辺の木っ端役人より知っている自負はある。

 

「んなわきゃないでしょ。

藩は取り立てた税をまとめて、幕府の取り分を送る仕組みです。

あたしは洛外とはいえ京の生まれだったんで、一応幕府がやってたけど……

幕府直轄地以外は、現地を統治する藩の仕事でしょうね。

第一、一番面倒な税の取り立てを幕府がやってたら、藩いらないじゃないですか」

 

《誰だっ、出鱈目を言うなッ……!》

 

「出鱈目じゃないですよ。あたしは洛外中心の記者だけど、

お隣の寧々(ねね)藩の記事も書いてるんですから。

たまにいるんですよねぇ。

役人が取り立てた税を懐に入れたり、

役人名乗った賊が取り立てようとしたり……」

 

 自分でここまで言って、ひとつの推論に辿り着いた。

 あの当たり屋の言う、幕府の取り立て。

 

 本当にそれ、幕府の取り立てなの?

 幕府が地方でわざわざ税の取り立てはしない。

 結局税の一部を持っていくから、行き着く先ではあるけど……

 

「うーん。その税の取り立てって、計画的だった?

ほら、こういうのって事前に通知があるだろ?」

 

《ある時と……ない時がある!》

 

 うーわ。

 あたしの推測に寄せてくるのやめてほしい。

 

 災害とかで緊急の税の取り立てはあり得るけど……

 事前通知皆無っていうのは、考えにくい。

 準備がなかったら、取る時に余計な手間と時間が掛かっちゃうし。

 

 確か神機隊は安芸藩出身……

 これって、かなり大規模な汚職なんじゃ?

 

「なあ、チェイス。言葉が難しくて、断片的にしかわからないんだが……

安芸ってところで、地方役人が汚職してたって話でいいのか?」

 

「断言は出来ないけどね。恨みの矛先を藩から幕府へ向け……

状況によっては、倒幕の人員を集めるためのマッチポンプかもしれない」

 

「そうだとしても驚きはないな。

ミスリードとマッチポンプで憎悪を植え付け、駒にする。

ソウサレス大陸じゃ、よく聞く話だ」

 

 倒幕の人員を集めるって……それはちょっと勇み足が過ぎる予想のような?

 いくらなんでも、葦原でそんな事が起きるはずがない。

 

《黙れッ! 僕を惑わそうとするなっ!

……あの人たちは常に正しいっ、十全に正しいッ!》

 

「お前の言う正しい人は否定しないけどさ……

人の集まりってのは、いい人も悪い人もいるもんだぜ?

人の良し悪しだって、主観や状況で変わるし……

いい人が組織の全部に関わってるとは限らないだろ?」

 

《……! ……ッッッ!》

 

 言葉にならないうめき声が、通信機の周波数に乗せられた。

 どうやら彼としては、心当たりのある話だったらしい……

 

《そこまでだ》

 

 通信機から、聞き慣れない声が響いた。

 声色からして幼い男の子だけれど威厳があって……

 同時に、背伸びをしているようにも聞こえた。

 

《朕はこの葦原を預かる者、弘山と申す》

 

 弘山、葦原を預かる……

 弘山親王⁉

 政府側に抱えられた、帝の実子だ!

 

《チェイスと申す者。朕の部下が無礼を働いた。

葦原軍総司令官として、謝罪する》

 

「……なんと」

 

 冷静な声の女が、静かながらも驚きの声を漏らした。

 あたしも同感だ。

 まさか、親王殿下自らが謝罪するなんて!

 

《おい、もしかしてこれわかってるの俺だけか?》

 

《歴史的瞬間だぞ。回線に入るな邪魔だっ!》

 

《いや、この補足は絶対にしなきゃダメだ……!

今弘山親王は式典の壇上に立って……

俺達の目の前で、この交信をしてるんだよっ!》

 

《な、に……?》

 

 あたしは思わず、機体の風防から見える世博アリーナを見やった。

 あの開会式の式典の最中、人々の前に立って弘山親王はこの交信をしている。

 

 やんごとなき方々は、衆目に晒されるとその神通力を失う。

 長年、京で当然の事実として信じられてきた話だ。

 

 でもそんなものに意味はないと、あたしはずっと思ってきた。

 神通力があったところで、腹が膨れるわけじゃないんだから。

 

 先の帝が戦闘に巻き込まれて崩御された件で、この想いは補強された。

 少なくとも神通力に、砲弾の爆発を防ぐ力がないとハッキリしたのだから。

 

 でも、だからといって……この変節は肝が冷える。

 禁裏付の人間にも、衝立越しにしか話をしないという帝の一族が。

 まさかイベントの会場で壇上に立って……さらに謝罪までするなんて!

 

 あたしの世代だって、まだ神通力とか言ってる連中がいるくらいなのに!

 

《そういう事だ……振遠隊、聞こえるか》

 

「はっ」

 

《下手人を前の基地までお連れせよ》

 

「了解しました」

 

「弘山親王、頼みがある」

 

「ばっ……」

 

 思わず口を挟みそうになったけれど、何とかあたしは口を閉ざした。

 やんごとなき方の一族が話してる最中に、頼み事だなんて……

 

 世が世なら、いや今の世でも不敬として罰せられかねないんだから!

 

《聞こう》

 

「あんまり、重い罰がないようにしてくれ。

そっちのメンツ潰しちゃったのは間違いないけど……

こいつは命令(・・)を受けただけなんだ。そうだろ?」

 

《よかろう。そう計らう》

 

 ぴっ、ぴえええっ……

 こっ、こいつ友達に話すかのように気楽に言いおった……!

 

 しかも……最高神祇伯の責任にするような言い回ししたし!

 事実だけどさぁ!

 

「ありがとう。殿下」

 

《礼を受ける立場ではない……

それでは、八咫烏。また会おうぞ》

 

 弘山親王殿下との交信は……終わった。

 そう、無事に終わったのだ。

 

 ん? また会おう?

 

「ビンゴ・ヒューエルだ。展示飛行の続きをやるのは無理そうだ」

 

 そんなチェイスの言葉で、あたしは計器から燃料系を見つけ出した。

 なんか、限りなく0に近づいてるんですけど……

 

「元より、展示飛行用に最低限の燃料を積んだのだからな。

あのような無体を繰り返しては、そうもなろう」

 

「四谷記者、ご無事ですか?」

 

「なっ、なんとかぁっ……」

 

 身体はもちろん、心もボロボロ……

 なんであたし身の危険から逃げてたら、世博の展示飛行に同乗して命狙われて親王殿下の声聞いてるんですかね……?

 昨日のあたしにそうなるって言って聞かせても、正気を疑われて泣かれるに違いない。

 

《畏怖の魔王……チェイスっ》

 

 まだ交信できる距離にいたらしい。

 I-17に連れられて行った当たり屋が再び、あたしたちに向けて交信してきた。

 

「ああ、聞いてるよ」

 

《……お前は。お前はなぜ、悪じゃないんだ?》

 

「そんな事言われてもな……」

 

 それきり、当たり屋からの交信は来なかった。

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