蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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110 世博展示飛行「THE DEMON LORD’s CIRCUS」

央暦1970年3月18日

長坂 長坂空港

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 燃料は残り僅かだったが、無事チェイスの操る蒼鷹は長坂空港の滑走路に足を降ろした。

 

「ふぅ……何とか無事に終わったな」

 

 まさか、スキャンダルを掴んでしまった記者を後席に乗せて展示飛行に臨む羽目になるとは。

 私はもちろん、この世界の神にだって想像出来なかったに違いない。

 

「まったくだ……最終演目を出来なかったのは残念だったけど」

 

 最終演目。

 ボスと協同して、世界博覧会の空に大きな円を描くというもの。

 大きな円、それは良介とボスの故郷である日本日の丸だ。

 

 日本という国の存在を、この世界の歴史に刻む。

 そういった意味を込めて、良介とボスは調整に励んでいたが───

 

「ま、次の機会だな」

 

 機体を駐機場に止めたチェイス達に、整備隊と空港職員。

 それに、見慣れない制服を身に着けた集団が駆け寄った。

 

 見慣れない連中は馬廻衆とは違い、洋装だった。

 軍のようで違い、警察感があるも何かが違い───

 軍警察、という言葉がチェイスの脳裏を過ぎった。

 

 なんにせよ、無視して逃げるのは無理だ。

 ヘルメットを外した良介(・・)は、見慣れた顔に話しかけた。

 

「よっ、機付長! そいつらは?」

 

「ああ、こいつらは……」

 

「自分が話す。自分は近衛兵団、税所篤良少尉である!」

 

「ああ、あんただったか」

 

 離陸直前、軍警察の踏み込んだ管制塔を制圧(・・)した近衛兵団の少尉である。

 一応、所属としては政府軍になるらしいが───

 どういうわけか、今は良介たちの味方らしい。

 

「さっきはありがとう」

 

「礼には及ばん。それより、貴様らには命令が下っている」

 

「命令?」

 

 政府側の近衛兵団から命令とは、これ如何に?

 という、良介の心情を見抜いたのだろう。

 

「この命令は近衛兵団ではなく、春川親王殿下によるものである」

 

「春川親王から……?」

 

 それならば一応、幕府側からの命令という事になるのか。

 近衛兵団は政府側になるが、帝とその縁者を守る組織。

 捻じれた関係だが───無関係や敵対関係ではないという事か。

 

「仔細は、ペンギン隊皆が揃った折に……

それよりも。そこな女子、大事ないのか?」

 

「あっ」

 

 篤良が視線を向けたのは、後席に乗っていた四谷であった。

 見れば彼女は死にそうな表情を浮かべて、なんとかタラップを降っている状況であった。

 

「うっ……」

 

 倒れ込みそうになったところを、良介が慌てて抱き寄せた。

 

「大丈夫?」

 

「だ、誰のせいだと……」

 

 ごもっともな指摘である。

 彼女からは酸っぱい匂いが漂ってきたが───

 

 志村良介、絶対に触れるんじゃないぞ。

 もちろん、話題的な意味で───いや、物理的にもなるべく避けろ。

 

「記者……四谷と申したな」

 

「うっ、はい……」

 

「無理に返事をせずとも結構。

貴様にはこれから、ペンギン隊と共に来てもらう。

それまでに体調を回復するように」

 

「はい……え?」

 

「四谷ちゃんも? どういう事だよ?」

 

 近づいてくる複数の気配。

 視線をやると、ペンギン隊の面々が近衛兵団の案内で歩み寄っていた。

 

「揃ったな。車内で話す、後へ続くように」

 

 腑に落ちないところはあるが───

 説明はする辺り、この世界に転移した直後の幕府より幾分かマシか。

 

 マシであることを祈って、良介らペンギン隊は年若い少尉の後に続いた。

 

◆ ◆ ◆

 

 案内されたのは、バスの客席だった。

 しかし単なるバスではない。

 

 鋼の総鋼板を備える物騒な装甲車である。

 車体上には機関砲が装備されており、警察用の暴徒鎮圧目的だけでなく、本格的に武装したゲリラ・コマンド対策装備であることが伺えた。

 

「このような、硬い(・・)場で申し訳ない」

 

 良介たちを案内した篤良は言った。

 もしや、これは彼なりのジョークなのだろうか?

 

 良介は皆と視線を交わして尋ねた。

 

『わ、わかりません……』

 

 と、ゆき。

 

『硬い……もしや、あの者がお堅い人物だからか?』

 

 と、あくり。

 

『俺に振るな。冗談の下手な奴だって言えばいいのか?』

 

 と、ボス。

 

『冗談なら、冗談へたっぴ!』

 

 と、四谷。

 

 どうやら、誰も確かな答えを持たないらしい。

 

「ま、2度も暗殺騒ぎがあったわけだからね。

お硬い方が安心だよ」

 

 誰も口にしないので、良介が中隊長として返答した。

 

「ならばよかった。貴様らには、これより式典に参加してもらう」

 

 良介は周囲に視線をやっていないが、全員がギョッとしたのがわかった。

 その上で敢えて、面々を代表して問い掛けた。

 

「な、何の式典?」

 

「無論、世界博覧会開会式……その中でも予定にない演目。

異国風に言うならば、さぷらいずだ」

 

 サプライズ。

 開会式で行う、予定にない行事?

 

「な、なにをするんだ……?」

 

「……大政奉還」

 

 静かに、ボスは断言した。

 

(しか)り。貴様らには、幕府の終焉……

そして、新たな葦原の誕生に対面してもらう事になる」

 

 大政奉還。

 元来、幕府は国家の統治を帝から委任されているという解釈が一般的であった。

 この委任された任務を、将軍から帝へ返すというものだ。

 

 例えば、現実の歴史の話をしよう。

 

 日本の幕末では開戦が目前まで迫っていた内戦回避のために、幕府という独裁ではなく議会制を導入して、諸藩の聞く耳を持とうという体裁を整えるため行われた。

 しかし、薩長率いる新政府軍は徳川幕府延命の手段と断じ、信じなかった。

 実際、どうもこの手の下心が幕府側にはあったらしく───それはさておき。

 

 結果日本国内の内戦たる戊辰戦争は勃発し、旧幕府勢力は敗戦の一途を辿る。

 幕府の長である将軍は途中で脱落し、残った旧幕府は北の隅っこ北海道で滅んだ。

 

 これが、現実に起きた大政奉還だ。

 しかし葦原では、少々顛末が異なる。

 

 大和幕府はこの葦原内戦で敗戦の一途を辿った点は共通しているが、内戦勃発直前に大政奉還を行っていない。

 内戦回避を考える間もなく、幕府軍は捲られた(・・・・)のだ。

 

 現実に例えるなら長州征討の際、幕府の要請に薩摩など諸藩が応じず、致し方なく幕府軍が単体で交戦したところ薩摩藩などが長州藩に加勢。

 かつて交戦したリールランドと密約を交わし、大入道をはじめとした最新兵器を装備した反乱軍もとい政府軍を前に、幕府軍は敗北。

 そこから退却した先の京で少しだけ耐えたが、内戦回避を主張する疎ましい帝を亡き者にしたという悪魔の証明を政府側から課せられたあとは撤退ばかり。

 

 長州征討から戊辰戦争が、シームレスに起きたような情勢だった。

 

 大政奉還での内戦回避など、考える暇もなかったのだ。

 

「……近衛兵団って、政府の組織だよな?

こう言っちゃ悪いけど、篤良ってどっちの味方なの?」

 

 色々と聞きたいところはあったが、ここはハッキリさせなくてはならない。

 税所篤良少尉、近衛兵団とは。

 良介、いやペンギン隊にとっての敵なのか、あるいは味方なのか。

 

 見通しの悪い助手席に座る彼は、正面を見据えたまま言った。

 

「自分は、幸彦藩の出身だ。故に、政府側の人間という事になる」

 

「ならばその大政奉還っ、賊共の陰謀っ!」

 

 先走ろうとするゆきを、良介は制した。

 

「もちろん、続きがあるんだよね?」

 

「然り。自分は確かに、政府の側だ。そして政府の命で近衛兵団……

その前身である禁裏付のお目付け役として命ぜられた。

しかし……俺は、弘山親王殿下に。あの方に、情が移ってしまったのだ」

 

「……あの人、辛い生い立ちらしいな」

 

「ああ。幼いにも関わらず、多大な責任と期待を向けられている。

しかし神祇官の奴らは神輿、いや責任を押し付けられる判子としか見ていない。

武士、いや人として……あの方をお助けしたいと思ったのだ」

 

 頑張っている、辛い生い立ちの人間を助けたい。

 良介にさえある道義心であり、正義の心だ。

 

「とはいえ、自分は木っ端役人のひとりに過ぎず、

近衛兵団の権限も軍内部にしか及ばん。

神祇官の不正・不敬は文民への警察権を持つ軍警察の管轄……

しかし連中こそ、神祇官の犬の集まり。何の罰もない。

神祇官の繋がりがある軍上層部ともなると、自分らでも明確な口実がいる。

その程度の権限……問題の根を断とうにも、八方塞がりだ。

ならばせめて、親王殿下に手を出させぬようお守りするしかなかった」

 

 神祇官という組織は、葦原政府の中でも意思決定機関である。

 その上に位置していることになっている、帝を除けば。

 

 言うなれば議会に相当する組織だが、そこが自分達の掲げたお題目を無視した政治をしているのだ。

 それも、問題が起きれば祭り上げた帝に責任を押し付け、うやむやにする気マンマンで。

 

 神祇官、帝含めた神事を司る機関を名乗る組織が国家運営をしているのだから、その意図があると見て間違いないだろう。

 

 あくまで、やるのは帝。

 神祇官はその下で補佐をしている、という体だ。

 

 これは民主主義に移行するための繋ぎとしているが───

 素直に信用するには、彼らの行動は不誠実すぎた。

 

 そんな連中が地盤を盤石なものとし、葦原における絶対的権力を手に入れる一歩手前。

 近衛兵団の、弘山親王に同情している人間にとっては、腹立たしい状況に違いない。

 

「しかし、畏怖の魔王……いや、幕府の八咫烏。

貴様が現れた」

 

 振り返った篤良は、静かに言った。

 

「貴様が、この好機へと導いた」

 

 そういえば、前にもこんなことがあったな。

 宗治郎も大政奉還が成れば、状況が一変するような事を言っていた。

 

 お題目でしかない統治権の譲渡で、現実の情勢に影響を与えるのか?

 ここも、ずっと良介が抱き続けている疑問であった。

 

「で、大政奉還が成功したとして。内戦が終わる保証は?

俺の存在があると、どうなるんだ?」

 

「ひとつだけ、訂正しよう。

大政奉還が成ったところで、内戦は終わらん。

この内戦は、その程度では終わらん。

統治者たる幕府が、統治者に足らんと見られている限りな。

幕府が政府を打倒したところで、2つに割れた葦原はさらに多く割れるだろう。

誰もが生き残りのため行動し、戦国になる」

 

「は?」

 

 思わず良介は、悪態で答えてしまった。

 

 話が違う。

 内戦を終わらせる事こそ、大政奉還をやる意味ではなかったのか?

 

 少しだけショックだったのは。

 この話を聞いて、周囲の皆は動揺していない事だった。

 

 ボス含め、皆承知しているのだ。

 

「……皆さんご存じ、って感じだな」

 

「いえ、良介さん……私は、飲み込めていません。

この者の言葉を、信じるべきかすら」

 

 どうやらゆきは動揺すら出来ないほど驚いていただけで、同志だったらしい。

 しかしそれ以外は───誰も頷かなかった。

 

「良介さ。幕府って散々無能晒して総スカン食らってたんだから。

今さら、内戦に勝って幕府の世に戻りますよーなんて言っても、

表向き従うかもしれないけど、長続きするわけないじゃん。

それこそ、畏怖の魔王がいなくなれば好き勝手し始めるんじゃない?」

 

 この中で、最も幕府との縁が薄い四谷が軽く言ってのけた。

 

 ごもっともである。

 結局のところ、勝ち馬に乗って寝返った藩も、幕府がいなくともやっていけると判断した上で反旗を翻したのだ。

 

 幕府の支配圏となっている地域も、あくまで幕府の武力に従っているに過ぎない。

 今も、これからも、そして今までも。

 畏怖がなければ、崩壊する統治なのだ。

 

「……ああ。そういやエースコンバットでも、そんな話してたな。

でもだとしたら、なおのこと大政奉還をする意味がわからないぞ」

 

「その理由(わけ)は……」

 

 装甲車がブレーキを踏み、完全に停車した。

 車の外からは、複数の動く気配を感じる。

 

「……自分は、春川親王殿下より勅命(ちょくめい)を仰せつかっている。

貴様に伝えるべきかどうかは伺っていないが、自分の判断でお話しする」

 

 勅命、天皇のようなトップのお偉いさんからの命令という意味だ。

 春川親王からの命令をそう呼ぶ、という事は───

 

「もし、本当に嫌なようであれば。貴様らは出席せずとも構わん。

元来、これは葦原の問題であり、貴様ら日本人の問題ではない。

断られても、それは自分達で解決すべき問題だ、とな。

だが、しかし……もし力を貸してくれるのであれば、

この内戦をより良い落としどころへと着地させることが出来る……

これは自分の思いだ。どうする?」

 

 時折伝え聞く話ではどうも、春川親王とやらが持つ良介の評価は非常に高いらしい。

 これは以前、彼を夷俘海峡で救った事件の影響なのだろうが───

 しかし、ここまでとは。

 

 果たして、人殺ししか出来ない英雄がこのような場に出て何をしろというのか。

 

 良介は、ボスへ視線をやった。

 

「……俺は、お前に続く。出ないなら、俺も出ない」

 

 そういえば、ボスはどういうわけか幕府の神兵と呼ばれていない。

 考えてみれば、搭乗機体のP-20にも日の丸は描かれていない。

 

 きっと、裏で色々とやるためなのだろうが───

 そんな表向き葦原人がひとり出たところで、仕方がないという事だろう。

 

 あくりの方を見やる。

 彼女は───普段のすまし顔を崩して、申し訳なさそうな表情で口を開いた。

 

「悪かった。隠していたわけでも、騙そうとしていたわけでもない」

 

「大政奉還しても、内戦終わっても戦国状態になるだけって話?」

 

「ああ……」

 

 そんな義理もないだろうに、律儀な女である。

 考えてもみれば、良介は葦原の内戦を終わらせることは考えていた。

 

 しかし、その後───内戦終結後の情勢など考えた事はなかった。

 

「いや、謝ることはないよ。

実際、言われてみればそうだよなーって、俺も思ったし」

 

 大衆から見放され、崩壊した独裁国など行く末は限られている。

 よその大国が政府を置いて傀儡(かいらい)化するか、外から気にも留められずに分裂するかだ。

 

 良介は竪石の鏡とやらがうまくいったとしたら、帰れたワッショイで終わる。

 しかしあくり達葦原の、幕府ではない武士からしたら、その後の身の振り方も考えなければならないのだから。

 

「お前が行かなければ、私が出る意味などない。

同じく、私も続こう」

 

 あくりは静かに頷いた。

 

 四谷へ視線をやると───

 彼女は射影機に使うフィルムを確認していた。

 この紙に直接画像を投影するのだから、とても大切だ。

 

 どういうわけかこの場に呼ばれた彼女だが、記者兼カメラマンの役割など知れている。

 報道の使命とは、事実を外に知らしめることだ。

 世論の操作・作成ではない。

 

 邪魔をしないように、良介はゆきに視線を合わせた。

 良介と同じく、この状況にピンと来ていない彼女。

 

 しかし、腹は決まっている様子だった。

 

「良介さん。私は、あなたに続きます。

何も変わっていません」

 

 ややシンプル過ぎる彼女の考え方は、時折良介を不安にさせたが───

 変わらないゆきは、今の状況では心強かった。

 

「……春川親王やら幕府やらがどんな絵画(けいかく)を描いてるか知らないけど。

そこまで言うんなら、乗ってやるよ」

 

「相分かった」

 

 力強く頷いた篤良は、外へ合図を送った。

 道が開かれた。

 

 大政奉還の儀。

 この混迷とした情勢を解決する一歩となるという、決定の場へ。




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