蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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113 操縦課程最終検定「F.N.G.」

央暦1970年3月19日

長坂 長坂空港

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 エラの忠言はまさに痛み入る結果となった。

 

 これは朝、良介とボスが宿の部屋から出た直後であった。

 宿の廊下で偶然、ゆきとあくりの二人組が部屋から出て来たのだ。

 

「おはよう。ゆきちゃん、あくりちゃん。相変わらず早いな」

 

「……あくりさんは、朝が恐ろしく早いのです。

日が昇り始める前に目を覚まして……」

 

「そうでなくては、早朝の鍛錬に間に合わないからな」

 

「……幕内みたいな事を言い出すな」

 

 良介が中学生の頃からの後輩で、今や陸上自衛隊の空挺でブイブイ言わせている男である。

 学生時代はファザコン極右陰謀論者かつ、頭が切れて腕も立つというどうしようもない存在だったが───

 彼女が出来てからは落ち着いたようで、一安心していた。

 

 日が昇る前に鍛錬をしているのは、恐らく今も変わらないだろう。

 

「俺の話はいいんだ。あくりちゃん、これから鍛錬なの?」

 

「いや。昨日のあーろんの警告もあって、今朝は部屋で出来る肉体錬成に留めた」

 

「おかげで、私は眠れなかったんです」

 

 寝ている真横で筋トレをされる辛さは、良介も経験がある。

 人肌が持つ熱気と汗の湿気、さらに空気がかき乱される気配が気になって仕方がないのだ。

 それに筋トレには大体、喘ぎ声がつきものだ───

 

「良介」

 

「な、なに?」

 

「私は鍛錬の際、息を殺す鍛錬も兼ねて行っている」

 

「そ、そうなんだ……どうして今、それを?」

 

「意味などない。ただ、言っておいた方がいいと思ってな」

 

「そ、そう……?」

 

 この世界にはサトリという人の心を読める存在がいるが───

 お前相手に、サトリは不要だな。

 

「それはともかく、だ。みんな揃った事だし、朝飯を……」

 

 ドォン!

 強烈な衝撃波が襲い掛かり、衝撃で宿の置物がことごとく倒れた。

 

 衝撃はほぼ同時に2回、背後から来た。

 

 良介とあくりは瞬時に対応し、受け身を取って背後を振り返った。

 

 その視線の先では───

 4人が宿泊していた部屋の扉が吹き飛び、黒煙を履いていた。

 

「良介、銃は?」

 

「ないっ」

 

「……今度から自前を用意せよ」

 

 あくりは良介に自分の拳銃を手渡すと、氷の刃を手にした。

 氷の魔術を用いて武器を生成したのだ。

 

「くそっ……なにがっ」

 

 良介が拳銃の薬室を確認していると、倒れ込んだボスがうめいた。

 

「攻撃だ! ボス、怪我は?」

 

「問題ないっ。ゆき、無事か!」

 

「はい、無事ですっ」

 

 ペンギン隊は全員無事だったが───部屋にいたら危なかった。

 

「皆さん! ご無事ですかっ!」

 

 ちょうどその時、田中空軍歩兵が廊下を駆けて来た。

 彼の到着が少し遅れたのは、良介がプライバシー保護を要求して、護衛は部屋の中や前ではなく、隔離区域の手前で待機してもらっているためだ。

 

 目的は良介が女の子を部屋に連れ込もうと画策していたためだが───

 宿の最上級ルームは2部屋しかなかったため、失敗に終わった。

 そもそもお前、連れ込みなぞ成功した試しがないではないか。

 

───言ってる場合かっ!

 

「今の攻撃は?」

 

「無反動砲です! 賊が無反動砲をあなた方の部屋に撃ち込んだんです!」

 

「わぁ、本気だな……」

 

 隠密という手段を捨てて、無反動砲を使い始めるとは。

 良介も爆弾や毒針、それと飛び降り自殺(・・)の警戒はしていたが───

 

 このやり口、諜報組織のそれではないな、雑すぎる。

 しかし一方で、田中空軍歩兵の賊という言い方が気になった。

 幕府側は政府軍を賊軍と呼ぶが、単独犯を賊とは呼ばない。

 

「相手は特殊部隊? それともスパイ?」

 

「いえっ。恐らく退役した元軍人とその家族です!

父親を射殺、息子を拘束しました!」

 

 元軍人とその家族、民間人だ。

 退役軍人が無反動砲の制御を心得ているのは不思議ではない。

 しかし、共犯が息子とは。

 

 それ以前に、無反動砲はデパートで買えるようなものではない。

 この犯行、明らかに何らかの組織が背後にいた。

 

「民間人が持つにしては、無反動砲は派手じゃない?」

 

「同感です。調べはこちらで進めます。

政府側(むこう)の軍警察には渡しません」

 

 実行犯が何者であろうと、政府側のどこか───軍系の組織が背後にいるのは確実。

 政府側の法執行機関に身柄を引き渡せば、釈放どころか口封じまであり得る。

 

「悪いけど頼んだ。第二陣の気配は?」

 

「恐らくなし!」

 

「……ふぅ。連中、手段を選ばなくなってきたな」

 

 警戒体勢を解除した良介は拳銃から弾を抜き、グリップ側をあくりに差し出した。

 

「ありがとう」

 

「いや、それはお前が持て。返却は斗米に戻ってからでいい」

 

「違うんだ。世界博覧会じゃ武器の所持が確認されるんだよ」

 

 ズゴゴゴゴゴッ!

 良介除くペンギン隊と田中空軍歩兵はずっこけた。

 

「このっ、馬鹿! マジで正気じゃないなお前っ⁈」

 

「良介さんっ! そのような事を申していられる状況ですかっ⁉︎」

 

「良介……私はお前の事を、尊敬していいのか心配していいのか。

判断に悩んでいる」

 

「本当っ、本当に我々の仕事を増やしてぇっ……!」

 

 四者四様のキレっぷりを見せつけられて、さすがの良介もちょっとだけ気圧された。

 ちょっとではなく全力で気圧されるべきだが───

 

 ひとまず、一行は移動してロビーへと向かった。

 何にせよもうこの宿は使えないのだから。

 

「頼む良介、今回ばっかりは折れてくれ!」

 

「そうですよ良介さんっ。我々も、守り切れないかもしれない!」

 

「あなたがいなくなったら、幕府軍はどうなるんですっ?」

 

「……ブレないのだな、お前は」

 

 いつの間にか、キレている人間がひとり減っていた。

 それでも数的劣勢に変わりはないのだが───

 

「おーいっ! し・む・す・けぇー!」

 

 宿の正面出入り口で、手を振る人影。

 千代だ。

 

 顔面をボコボコに腫らした男を連れながら、千代が手を振っている。

 この千代よりふた回りほど大きい男が噂の、拘束された息子らしい。

 

 持っていたのが無反動砲だけとは思えない。

 恐らく銃で武装した大柄な男を、射殺すらせず無力化・拘束するとは。

 

「……千代ちゃんってさ、もしかしてつおい?」

 

「もしかせずとも超、強いです。

空軍改の中で格闘射撃体力、個人戦で勝てた者はいません。

色んな意味で、陸の良介さんです。

自称する葦原一の始末屋は伊達ではありません」

 

 良介が耳打ちすると、田中空軍歩兵はそう答えた。

 サトリとしての能力も超一級なのに、戦闘能力も伴うとは。

 

 彼女の実力を直接拝んだ試しはないが、やはり凄いのだろう。

 

 千代は拘束された男の脛を蹴って跪かせると、対処を他の空軍改に任せ───

 良介に駆け寄った。

 

「しむすけぇ、考えは改めた?」

 

 彼女がそばにくると、女の子が持つ独特の香り。

 そして焦げと硫黄の臭いが同時に鼻をついた。

 流石の良介もこんなタイプの女の子は初めてである。

 

「ああ。絶対に行こうってね」

 

「もぅ、本当にバカだなーしむすけ」

 

 言葉の割に、千代の表情は緩んでいた。

 そんな表情を見せられては、私が強く反対出来なくなるではないか。

 

 視線をペンギン隊+αへ戻すと、ボスと田中空軍歩兵はげんなりとしていた。

 

「……行くんですか」

 

「うん。ごめんね」

 

「しむすけの面倒はあたしが見とくから、田中くんは他のみんなをお願いねっ」

 

「か、簡単に言いおる……」

 

 一方、ゆきとあくりは───

 男連中とはまた違う、不満そうな表情で千代を睨んでいた。

 

「ずーっと前から約束してたんだ。だからごめんネ!」

 

「……うむ」

 

「別に、謝る必要などありません」

 

 などと頷いた割に、ふたりの表情は変わらず浮かなかった。

 

「じゃ、しむすけ。今回は歩きで行こっか。

機体の方は部品待ちなんでしょ?」

 

「そりゃそうだけど……歩くの? 遠いし、早く着きすぎない?」

 

 この宿から徒歩で世博会場までは、直行して約2時間は掛かる。

 開場まで1時間ほど早く到着するだろう。

 

「ほらほらーっ、行きましょーっ!

世界博覧会へ、いざ行かーん!」

 

 突如、周囲に響くような声量で千代は宣言し、良介の袖を掴んで歩き出した。

 

「わわわっ、袖を掴みながら歩くなあっ!」

 

 少々強引に、徒歩移動のデートが始まった。

 良介の袖を掴んだままの千代はそのまま手繰り寄せて、良介と腕を絡めた。

 

───せっ、積極的だ……

 

 馬鹿を言え、これは意図があるに違いない。

 ほら、千代がお前の耳に顔を寄せたぞ───

 

「あのふたり。ゆきちゃんとあくりさんだっけ?」

 

 ここは驚くようなところではない。

 千代はサトリだ。

 諱など、隠していても即座に見抜いてしまうに違いない。

 

───ゆきちゃんとあくりちゃんなら、年上はゆきちゃんなんだけどな。

 

 それは、今は置いておこう。

 

「うん」

 

「あたしが言えた立場じゃないけどさ、もうちょっと優しくしてあげなよ?

あのふたりって、凄く純真だからさ」

 

「純真?」

 

「そう。幼いって言ってもいいくらい。

自分の気持ちすら、理解出来ないくらい無垢だからさ」

 

 自分の気持ち───情緒が不安定という事だろうか?

 ゆきは少々気が短いところはあるが、あくりは違うではないか。

 

 とはいえ、同じ女子の忠告だ。

 耳を傾けるに値するものだろう。

 

「そうだね、今度からそうするよ」

 

「うん、そうしてあげて」

 

 そう告げる千代の表情は、どこか浮かないような。

 難しい決断を口にするかのような、強い緊張を孕んでいた。

 

 さて、話を冒頭に戻そう。

 そう、良介は宿の部屋を吹っ飛ばされたまま、千代と共に長坂の街を歩いているのだ。

 

 街並みは居住区や繁華街ではなく、葦原の大多数を占める工業地帯であった。

 空港周辺でなければ排出する煙の量に制限はなく、至る場所にある煙突から黙々と身体に悪そうな黒煙が立ち昇っている。

 

 無数に空中を走る配管を見ると、同じ114飛行隊にいた工場マニアの同僚が想起される。

 あいつは無秩序に見えてその実、一切無駄のない配置のパイプに興奮するタチであった。

 配管が複雑に絡み合っているだけで、パイプが途中で途切れるものや、機能的に意味のない配置をしたAI生成画像には、烈火の如く怒り狂っていたのは記憶に新しい。

 

 奴がこの無駄のないパイプ配置が街中に広がるこの光景を見れば───

 人目を(はばか)らず大興奮してしまった事だろう。

 

 良介はもちろん、その手の変態ではないので工場の配管になど興味はない。

 しかし───疑われずに周囲を観察するには、観光客という立場は都合がいいのだ。

 

「うーん、このパイプの一本一本にも意味があるんだ……

図面引いた人の頭がどうなってるのか、気になって仕方がないぞ」

 

「この辺で戦闘は起きなかったから、問題なく機能してるねー」

 

 明らかに工場の労働者ではない人間が最低3組6人。

 これは素人である良介の見解、千代はもう少し増えるだろうか。

 

「千代ちゃん。今回って、友達(・・)はいるの?」

 

「ううん、ふたりっきり(・・・・・・)

あたし相手に気を利かせる人はいないかなぁ」

 

 どうやら、今回の追跡者はお節介な味方ではないらしい。

 先ほどの無反動砲に続いて、今度は一般的な(・・・・)暗殺狙いか。

 

 いや、それにしては頭数が多い。

 集団は多ければ多いほど見つかりやすくなるもの。

 本当にそれが狙いならば、単独か多くても3人くらいが妥当だ。

 

 千代を警戒しているのか?

 いや、いくら護衛が凄腕だとしても作戦がちぐはぐだ。

 

 となれば、裏を想像するのは容易い。

 

「俺達って、どれだけ注目されてるのかな?」

 

「向こうは安心出来るくらい……だね」

 

 差し詰め、狙いをペンギン隊全員から単独行動を始めた魔王に切り替えた。

 といったところか。

 

「俺を殺すなら、空より陸の方が簡単だからな。

絶好の機会だろうさ」

 

「いやぁー……しむすけは、どっちでも大概だと思うよ?」

 

 良介は千代へ視線をやった。

 軽い口振りとは裏腹に、その表情は真剣そのもの。

 

 前方を見れば、延々と道が続くひと気のないエリア。

 敵が仕掛けるとしたら、このタイミングだ。

 

「だって。しむすけって、かなり動ける(・・・)よね?」

 

 そういえば千代の身体能力は片鱗を見ただけだ。

 良介が兵舎3階の部屋で不貞寝している時、木をよじ登って覗いてきた時だけ。

 少なくとも、大多数の人間が持つそれではない。

 

「人並みには」

 

「嘘つきぃ……じゃ、ついて来て!」

 

 駆け出した千代に追従し、砂利道と工場の敷地を分けるフェンスを乗り越える。

 背後から駆け出す気配を感じた。

 

「こっち! はぐれないでね!」

 

 既に操業中の工場内へ飛び込み、行き交う人を縫うように避け、運ばれている荷物の隙間をスライディングで抜ける。

 パルクール的な動きは良介も久々に行ったが、まだまだ身体が覚えていた。

 

「撒いた⁈」

 

「半分は!」

 

 千代は階段を昇り、手すりから跳んで太いパイプの上に着地した。

 良介も追従し、不安定なパイプを走る。

 

「やるぅ! 慣れてるねぇ!」

 

「さすがに、ここまで派手なのは初めてだよっ!」

 

 背後で「うわっ」という絶叫一歩手前の声の直後、派手にぶつかる音が聞こえてきた。

 どうやら誰かがジャンプに失敗したらしい。

 

 基本的に不安定な足場ではあまり足元を見るべきではないが、流れで一瞥した時に良介は気づいた。

 

「可燃物注意ぃ⁉」

 

「だから、止まっちゃダメ!」

 

「とんだ逃走経路だ!」

 

 言われてみれば、このパイプで千代の走るペースが上がっていた。

 彼女でも、可燃物と並走するのは怖いらしい。

 

 良介も腕を振り、アクションスターの如く駆ける。

 

「はいここでジャンプ!」

 

 千代が飛び降りた先には出庫待ちをしているトラックがいた。

 その荷台に飛び降り、怪我をしないようにさらに地面へ。

 

「可燃物のパイプと出入り口近すぎないか?

何らかの法律に反してるだろ……」

 

「そう? 葦原(こっち)じゃ珍しくないと思うけど」

 

 やはり、トップがやれと言えば進んでしまう社会の葦原を日本と同一視するのは難しい。

 

 どうしようもない事を考えていても仕方がない。

 それよりもここまで来ると、出入り口は目と鼻の先だ。

 

 良介と千代は幹線道路へと出た。

 

「今度こそ撒いた?」

 

「うんうん。あたしたちの、愛の逃避行を邪魔する奴はもういないよぉ」

 

「そうか。蹴り殺す手間が省けてよかったよ」

 

 お前は馬ではないだろうに。

 

 自分の言葉を証明するためか、千代はどこからか抜いたナイフを鞘ごと側溝へ投げ捨てた。

 世界博覧会会場では武器の類の持ち込みが禁止されている。

 到着前に実践する辺り、気を利かせたわけではなさそうだ。

 

「……今のは、冗談なんだけどなぁ?」

 

「そう? それは残念だ」

 

「はぁ……誰にで※ブオオオオオオッ! ブッブッボォーーーッ!※、

※プー!「はよ進めやオラァ!」「進まんのじゃボケェ!」※てるのになぁ」

 

 幹線道路では、調子が良ければエンジンのけたたましい騒音で溢れ。

 悪ければ誰も彼もがクラクションを鳴らし、威圧しあう。

 

───うっ、うるせぇ……こいつら、今いいところなのにぃっ。

 

 良介の耳へ届く前に、彼女が呟いた言葉は環境音によってかき消されてしまった。

 葦原の車は静音性が低く、運転手のモラルは地球人類には信じられないレベルなのだ。

 

 難聴系とかそういうのではなく、本当にうるさくて呟きでは聞き取れないのだ。

 

「周りがうるさ過ぎて全然聞こえなかったんだけど……」

 

「なんでもなーし!」

 

 ともかく、これでお邪魔虫は排除した。

 これで心置きなく、約束を果たせるというものである。

 

 いざ、世界博覧会会場へ。

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