蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
本来の歴史の話に戻ろう。
葦原の南西、大陸南東に位置する大国であるマランス合衆国は葦原の動乱に幕府側・政府側双方とも関わりを持っていた。
露悪的な見方をすれば、戦禍を拡大させ国力を削る策。
商業的に見れば、武器を売る機会。
外交的な見方をすれば、『勝った方が次の隣国になる。ならば、どちらとも友好的な関係を築いた方が良い』である。
物事に単純な正解はない。
全て外れも全て正解もなく、どれもある程度はその要素があったとするのが実情である。
エラ・アーロンはそのような現場に合衆国建国間もない頃から、150年もの間立ち続けていた。
「空襲警報! 空襲警報!」
彼女の長い耳が、船の外で響き渡る警報を聞いた。
戦場での仕事の長い彼女からしてみれば、慣れっこであった。
「ミス・アーロン、防空壕に向かいましょう」
ロング・イヤ社が幕府空軍に納入する機材を積んだ輸送船の一室。
彼女は危険な空気の漂う真っ只中。145年ほどの後輩が心配するのをよそに、落ち着いてコーヒーを口にしていた。
「ダメよ。この船には機材があるの。火事場泥棒に備えるためにも、
離れるわけにはいかないわ。それに、港は自分たちも使う可能性の高いインフラ。
なるべく空爆は避けるはずよ」
「ですが、戦争狂いの葦原人ですよ?
インフラにも遠慮なく爆弾を落としかねません」
「そこまで愚かじゃないわ。私はちゃーんと知ってますもの」
「何年前の経験なのやら。どうなっても知りませんよ」
呆れ返った同僚は輸送船を素早く脱出し、近隣の防空壕へ避難した。
これが、エラ・アーロン最後の目撃証言となる。
彼女が乗っていたロング・イヤ社が保有する輸送船は葦原政府空軍の爆撃機により、港ごと空爆を受ける。
船は港に沈み、戦後間も無く引き上げられた。
情報の行き違いによって空爆が行われ、遺体も見つからなかった。
だがもしかすれば、幕府軍が関係したかもしれない。
事実関係を調査する。
というのが、大葦原帝国政府の主張であった。
不審に思った合衆国は中央情報局に調査を命じ───
事実は大きく異なった。
まず、彼女が巻き込まれた空爆。
これは仕組まれたというほどでもないが、未必の故意によるものが大きかった。
ロング・イヤ社は事前にこの航海を大和幕府はもちろん、葦原政府にも通達していた。
しかし、合衆国が双方を援助している事実を気に入らない者は葦原に少なからず存在した。
通達を受け取った稲香潤政府海軍中将は、この報せをあえて無視した。
対マ国強硬派でもあった彼女は合衆国の出血を望み、空軍が実施する空爆に際して情報を伏せたのだ。
何事もなくとも、合衆国人の肝が冷えれば酒が美味い。
何かあっても、それは空軍が悪い。
自分はただ、空軍の秘密主義の犠牲者である。
そう酒の席で漏らしたという証言を、中央情報局は入手したのだ。
まさに、無責任な未必の故意であった。
発見されなかった遺体というのも、大きな嘘があった。
戦後、屋岸港再生にあたって沈没船の引き揚げが行われた。
建国史にも登場する人物の事故とあって、合衆国は積極的に再生に協力した。
合衆国から派遣されたダイバーは情報通りにロング・イヤ社の輸送船を発見、調査を行った。
数々の痕跡は残されていたが、既知の通り遺体は発見されなかった。
真実は中央情報局が解き明かした。
葦原政府海軍、墓西欣太大佐は自身のキャリアに傷がつくことを恐れ、ごく少数の海軍
事前に沈んだ輸送船を捜索させていた。
目的はもちろん、エラ・アーロンの遺体の回収。
遺体の回収はつつがなく行われ、回収された遺体は身元不明死体として火葬され。
無縁仏の共同墓地に埋葬したとされる。
良心の呵責に苛まれ、捜査の手に怯えたフロッグマンのひとりが中央情報局の調査に応じたのだ。
エラ・アーロンは合衆国皇帝の建国史にも登場する、生ける……生きていた伝説のひとりだ。
そんな彼女を無責任にも戦禍に巻き込み、さらには身分を消して共同墓地へ放り込むという所業に、合衆国国民は怒った。
この感情悪化が後の合衆国と葦原間で起きる戦争の一因となるのだが……
少なくとも彼が現れた以上は繋がらない話だ。
そう。新たなイレギュラーの出現によって、この歴史は分断されたのだ。
本日連投です