蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年3月19日
長坂
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
異常に刺激的なトラブルに見舞われながらも、良介と千代は世博会場に到着した。
「千代ちゃん、怪しい奴は?」
「うーん。他人の財布目当てって奴くらいかな?」
この地平線まで続きそうな人混み、スリが紛れていないと思える方がどうかしている。
しかしそれにしても、不特定多数の心を読める能力は便利に思えるが───
犯罪に躊躇のない人間の内心は、気分のいいストーリーとは思えない。
ましてやそれを、意識的ではなく自動的に行ってしまうのだ。
良介の身の上では
入場待機列に並んだふたりは、退屈な時間に入った。
彼女との付き合いは長い方だが、おしゃべりをするにはちょうどいいタイミングだ。
「千代ちゃん。改めて謝らせて欲しい」
「え?」
この世界博覧会の会場へ、現公ら幕府側要人を送った時の話だ。
御料機キンシに敵のミサイルが迫り、回避不能と判断した良介は自機に搭載したミサイルを発射し、迎撃したのだ。
迎撃は成功し、キンシの操縦席は直撃を免れた。
しかし至近距離での爆発による破片を受け、機長と副操縦士は死亡。
同じく操縦席にいた千代は失血死も視野に入る傷を負い、着陸時には意識不明の状態だった。
「あの、怪我の件だよ。俺の攻撃で、君は怪我を……」
すべて言い終える前に、千代の人差し指が良介の唇を遮った。
「あの時しむすけがいなければ。あの機体にいた全員が死んでた。
現公ちゃんが勇気を振り絞っても、操縦出来なければどうしようもなかった」
「だとしても、俺の攻撃。俺の判断だった」
「あんなトチ狂った真似したヤツが……やらせたヤツが一番悪いんだよ」
「でも……」
「聞いて。あたしはあの時、周囲に漂ってる思念を残らず嗅ぎ取った。
……あれは、普通じゃなかった。まるで、自分が絶対正義で、敵は絶対悪。
まともな人間が持つ殺気じゃないんだ」
「マインドシーカー……サトリが誘導するミサイルだろ?
やっぱり、誘導役のサトリが特殊なんじゃ?」
「違う。あれは、サトリが特殊なだけじゃない。
使われてたサトリ自身が、多分特殊な
相手に対する強い害意がないと成立しない集中力だ」
条件付け。
言い換えれば、洗脳だ。
強い害意を植え付けるのに、洗脳はもってこいだ。
例え憎んでいる相手でも、人間性が
洗脳によって、この邪魔な人間性を消し去ることが出来るのだから。
問題は、戦後だ。
人工異常者が世間に放り出され、一般社会に適応しなくてはならない。
「……あたしも、
だけどあれは……桁外れだ。明らかに別の技術が挟まってる」
千代が過去に条件付けを受けている。
生まれながらに、あるいは親から引き離して人殺しをさせている集団。
驚くことではないはずだが───
「千代ちゃん……君の条件付け、後遺症は?」
「あたしは、受ける前に何の目的で何されるのかわかったからさ。
負けてたまるかー、ってギリギリ頑張って、何とか誤魔化した。
洗脳完了、みたいな反応してね……でもやっぱり、色々と限界でさ。
なにやっても、未来なんかないってわかっててさ……
そんな時に、しむすけに出会った。なにもわからない、未知の存在にさ」
他人の思考が見えることで、疑似的な未来予知すら可能とする。
そんな能力者が初めて、何をするかわからない存在と遭遇した。
志村良介は希望を抱かれるほど高尚な存在ではない。
その場のノリで適当な真似をして、なんかうまくいっているだけの存在に過ぎない。
千代を、失望させなければいいのだが。
「俺、そんなに期待されてたの?」
「実はあたし、何度か相手にあの問答してたんだよね。
文字通りあたしの意表を突いてくれることを期待してさ」
暗殺者である以上、過去に罪のない人を殺めていても驚きはない。
都合で人を殺す行為が、正しいはずがない。
糾弾されるべき行いだ。
では、人質がいるとはいえ軍隊の命令を受けて殺しをするのはいいのか?
ましてや、本来の指揮系統ではない他国の軍隊の命令だ。
良介に千代の過去を非難する資格はこれっぽっちも存在しなかった。
「……心を読めても、身体が動くかは別問題だ。
死んじゃったらどうするんだよ?」
「あんな
それで終わるなら、罪だらけの人生がひとつ終わるだけ。
苦しみながら生き続けるより、マシかなぁって思ってたし」
罪だらけの人生。
自分の一生をそう自称するのは、並大抵の苦痛ではない。
良介含め、暴力を正当化する人間はその原因を他者に押しつけるものだ。
「しむすけは、初めてあたしの度肝を抜いてくれた。
まさかと思ってた、本物の
───キスひとつでここまで喜んでくれるなら……
もう一回、やっちゃおうかな?
アホ、そういう問題ではないだろうが。
だからじりじりと顔を寄せようとするんじゃあない。
「……話を条件付けに戻そっか。
でも、あのサトリからはもっと異質なものを感じた。
きっと別の藩が研究してた技術が使われてる」
「……っていうと。ミサイルの誘導役させるためだけに、
ひとりの人生滅茶苦茶にしてるってこと?」
「そうなるね」
あのSAM発射機破壊と同時に、誘導役のサトリは死傷していただろう。
機械が使えない、あるいはなければ人間を使えばいい。
使いづらければ、使えるように改造すればいい。
最悪の発想だ。
日本人にとっては特に。
それでも、殺さなければ誰かが殺されていた。
「……くそ」
「終わらせなければ、延々と誰かを終わらせ続ける人生だ。
きっと、本人にとってはその方が良かったんだよ」
千代から慰めの言葉を受けても、良介の心に漂う暗雲は消えなかった。
「とにかく。しむすけは気に病まなくていいんだよ。
少数か全部かの選択で、しむすけは少数を選んだ。
その少数側が、間違いじゃなかったって言ってるんだから」
少なくとも千代は、そうなのだろう。
他ふたりの遺族がどう思うか───
それをいま、表に出すべきではない。
「……ありがとう」
「ほら、しょんぼりしてないで! 笑って笑って!」
「ぐええええ」
千代が良介の口に指をあてると、無理矢理口角を押し上げた。
その通り、デート中に沈んだ気分でいるのは、ナンパ野郎のする事ではないからな。
「これより、入場を開始します! 押さないように進んでください!」
今回は男の声でも、良介の耳が聞き取った。
タイミングよく列が進みだした。
「ほら、出発進行レッツラゴー!」
「ははは、オー! ……これ、続けるの?」
千代に口角を押し上げられたまま、良介は前へ歩き出した。