蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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115 操縦課程最終検定「F.N.G.」

央暦1970年3月19日

長坂 万里(ばんり)山 葦原世界博覧会会場

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「うおおおおおおおいっ!

あれっ、あれなにっ⁈」

 

「あれはフラネンス館のドームだよ。

錬金塵を加工して作った新素材で造られてるんだ」

 

 先日の知識を基に、良介は解説した。

 千代は入場してからずっとこのノリで、興奮しっぱなしであった。

 

 未知の存在に惹かれて、元居た組織を裏切って幕府側に寝返ったのだ。

 知らないものだらけの世界博覧会では、好奇心を刺激されているのだろう。

 

「へぇ、錬金塵って毒薬以外にも使えるんだぁ」

 

「……そ、そうらしいね」

 

 暗殺者らしい発言が飛び出たが、それはさておき。

 フラネンス館の行列を見て、ふたりは足を止めた。

 

「うーん、前に行った時よりも凄い事になってるな」

 

「……3時間待ちかぁ」

 

 恐らく係員の思考を読んだのだろう。

 千代は呟くと、視線を別方向へやった。

 

「今、リールランド館空いてるって!」

 

「長年、自分の能力と付き合ってるだけはあるなぁ」

 

 内部情報の濫用ではないのか?

 と、無粋な思考を横に置いた良介は、千代の導きに従ってリールランド館へ。

 

 リールランド、という国について改めて振り返ろう。

 

「ユーロネシアに暫定的に分類される地域。

厳密には北海西部の島国で、西の果ての海にほど近い……」

 

「今も現人神が政治の頂点に君臨してるんだって!」

 

 どことなく、ブリテンを想起する地域である。

 それにしても数百年もの間、現人神による統治が行われているとは。

 

「現人神ってのは、何者なんだろう?」

 

「王国だった時代のお姫様だったんだって。

で、ユーロネシア各国から侵攻を受けた時に力に目覚めて神兵を呼び追っ払った。

昔読んだ歴史書にはそう書いてあった」

 

「神兵……つまり、俺みたいな異世界の軍隊か」

 

 良介のように異世界から召喚された軍人は、この世界に時折現れるらしい。

 

 少なくとも、歴史に残っている範囲では。

 決まって現れるのは戦乱期というのもあって、例え一般人が召喚されてもまず歴史の闇に埋もれるとされる。

 

 果たして、リールランドの神兵とはどういう存在だったのか。

 良介の隙間時間では、葦原の国内事情を把握するのが手一杯だった。

 それすら追いついていないのだから、世界の反対側は手が回らなくて当然だ。

 

「うーん。気になる……」

 

「歴史紹介されるなら、なんか書いてあるんじゃない?」

 

 今までのパビリオンから察するに、それほどの大事件ならば何らかの記述はあるだろう。

 期待を胸に待ち続け───

 

 やがて、ふたりの目前にリールランド館の出入り口が。

 葦原人とは明らかに違う、リールランド人の係員が見えた。

 

「……なんかあいつ、おかしくないか?」

 

 違うのは、人種的な差異だけではない。

 なんというか───様子がおかしいのだ。

 

 薬で元気になっているという様子のおかしさではなく、操り人形(マリオネット)のようだというべきか。

 生気がなく、ボーっとしているのだ。

 

「し、しむすけ……ここ、やめよう」

 

「そりゃ、様子はおかしいけどさ……」

 

「……リールランドの現人神は、ここにいる」

 

「え?」

 

「とにかく離れようっ。しむすけが見つかると、ヤバいっ」

 

「お、俺が? なんで?」

 

 非常に珍しく動揺した千代が気になった良介は、素直にリールランド館を離れた。

 良介の手を握る彼女の手のひらからは、脂汗が滲んでいた。

 

「……はぁっ、はぁっ」

 

「どうしたんだよ急に? 俺が見つかるとヤバいって、どういう事?」

 

 息を切らせて街灯に寄り掛かった千代に尋ねる。

 走って逃げたわけでもないのだから、極度の緊張状態だ。

 

「そこな人、お加減がよろしくないのですか?」

 

「……ッ!」

 

 声の方を見やると───リールランド系と思わしき女の子が。

 金髪碧眼で、ゆきと似た特徴をしている。

 

 可憐で、惹き込まれてしまいそうな瞳であった。

 

「うん。でも、俺がついてるから大丈夫だよ」

 

「そうでしょうか……その方、とても苦しそう」

 

「りっ……!」

 

 少女が歩み寄り、良介の隣に並んだ。

 すると突如、腕を掴み引き寄せた。

 

「な、なに……?」

 

 呼吸を感じられるほど、互いの距離が縮まり。

 良介が対応を決めあぐねていると───

 

 たらりと、少女の小さな鼻孔から血が滴り落ち───

 ぐにゃりと鼻のシルエットが歪んだ。

 

───な、何か出てくるっ⁈

 

 対応する間もないほどの、一瞬の出来事。

 

コレ(・・)は、違う……』

 

 眼球らしき肉塊が鼻孔から姿を現し、音ではない何らかの手段で良介に言葉を届けた。

 問い返す間もなく肉塊は元の場所へと引っ込み───

 

「他人に向かって、コレはないんじゃないの?」

 

 こら馬鹿ッ、相手は明らかに尋常な存在ではないのだぞ⁈

 確かにその通りだが、状況というものを考えろっ!

 

 ほらっ、何かしてくるぞ───

 触手が生えてきて、全身を貫かれるんだぁっ!

 

 良介に諭された少女は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような表情を浮かべるも。

 本当に一瞬間で、すぐに何事もなかったかのように微笑んだ。

 

「そうですわね。御免あそばせ」

 

 可憐な少女の内側に、潜んでいたのだ。

 異形の存在、人ならざる者───

 魔物や魔族とは、恐らくまた違う。

 

 人の身でありながら神となった者。

 現人神、という奴なのだろう。

 

「……今のが、例の?」

 

「……うん」

 

 千代が絶句した理由を、良介は身をもって理解した。

 あんな化け物が人間のガワを被って、世界博覧会の会場に潜り込んでいたのだ。

 

 そして、彼女は発した。

 

「『コレは違う』……ね。どうも俺は、お眼鏡に叶わなかったらしい。

千代ちゃんは、あいつの思考を読んだの?」

 

「人間ではありえない量の情報が、流れ込んできてっ。

……頭が痛い」

 

「ベンチで休もうか。歩ける?」

 

「ありがと……」

 

 状況は定かではないが、あの存在に見初(みそ)められなくて幸運だったのだろう。

 千代に肩を貸して歩くと、空いていたベンチに腰掛けさせる。

 

 しばらく休憩して、千代は口を開いた。

 

「……油断してた。まさか、リールランドが化け物に支配されてたなんてっ」

 

「どういうこと?」

 

「リールランドの現人神は、人間を支配してるっ。

多くは魅了魔術で。極一部には、自分(・・)を植え付けてっ」

 

 ボーっとしていた係員は、千代の言う魅了魔術で制御され。

 自分を植え付けて、というのはあの異形を体内に飼う少女の事か。

 

 飼う、という表現は不適切だな。

 身体を奪われた少女、と呼んだ方が適切だ。

 

 ここでひとつ、良介も思い出した事がある。

 エラと合衆国館を回った時に、彼女が発した言葉だ。

 

「合衆国に流れ着いた、リールランドの反乱軍ってのは……

ああいうのから逃れた連中、って事か」

 

「外交に携わる人間が、工作を受けないように魅了魔術を受ける事はある。

だけどまさか、こんな使い方をするなんて……!」

 

 ここは、良介の知る世界とは違う。

 魔法から錬金術、今や絶滅したが魔物も実在した異世界なのだ。

 

 この事実を、改めて突き付けられた。

 

「……放っておいても大丈夫なのか?」

 

「興味があるのは、神兵だけ。

だけどその神兵も、良介じゃないみたい」

 

「どういう興味なのかは、聞かないでおくよ。

俺の手に負える感じじゃなさそうだ」

 

 売店で買った缶のお茶を手渡す。

 不気味な存在が遠く離れた国に間違いなく存在するが、少なくともやり合う気はない。

 

 その事実がハッキリして、ひとまず落ち着けるわけだ。

 

「よう、リョースケ。また隣にいる女が違うな」

 

 聞き覚えのある、良く通る低い声。

 視線をやると、あの黒い肌の集団が視界に入って来た。

 

「……リックとお友達じゃないか。

長坂空港にいなくていいのか?」

 

 リック・イウォマ。

 彰義隊第4中隊イグルベ隊の長である男は、僚機の仲間を連れてこの会場を訪れていたようだ。

 

 彼らはペンギン隊護衛のために長坂空港で待機中のはずだ。

 

「今朝、シンセングミの連中が到着してな。1日だけ休暇をくれたんだ」

 

「ああ……そういえば、あいつら今日だったっけ」

 

 嵯峨野の暗殺騒ぎに加えて、最高指導者による暗殺命令事件と来たのだ。

 政府側も自分らの失態に幕府もとい葦原連邦側の要求に屈し、増援を許可したのだ。

 

「本当は断る予定だったんだけどね」

 

 そう言ったのは、イグルベ隊ナンバー2の女の子だ。

 良介は何度かお話ししようと画策していたが───

 リックと良い関係(・・・・)と知り、諦めた。

 

 お手付きで痛い目を見るのは、もうご免なのだ。

 

「それでも、この遠い異郷の地で同族に会えるいい機会なんだ。

逃す手はないと思ってな」

 

「へぇ。自分とこのパビリオン目当て?」

 

「ああ。我らがクソッタレ、エジーレン人民共和国パビリオンだ」

 

 前々から、リック達イグルベ隊は自国を酷く嫌っている節があった。

 それでも彼らは国軍という扱いではないにせよ、装備含め国から送られているはず。

 なにやら、裏があるとは良介も思っていたが───

 

「……お前ら、リールランドのパビリオンに?」

 

 近くにあるリールランド館の建屋を見て、リックは察したのだろう。

 

「いや。行く前に、彼女が気分を悪くしてさ」

 

「正解だ。あの気色悪い気配、気持ちが悪くなって当然だ」

 

 そういえば、エジーレン人民共和国はかつてリールランド神聖国の植民地だった過去があるという話だった。

 今は(建前では、当時から独立していたが)クルーヴィナ連邦の協力で独立したとか。

 

「そうだ。リョースケ、お前らも一緒に来るか?」

 

「カビエシ、いいのか?」

 

 動揺が走るイグルベ隊を、千代は見上げて───

 

「大変だね、この人たち」

 

「というと?」

 

「歴史と血で雁字搦(がんじがら)め。

それでも、どうにかしようと足掻いてる」

 

 千代とリックの視線が交差した。

 ふたりの言語は大きく異なり、意思疎通は困難だが───

 

「行こうよ、しむすけ。誰かが見届けた方がいい。

あたしも、どうなるか見てみたい」

 

 千代がリックから何を感じ取ったのか。

 サトリという特殊能力とは無縁な良介に察する事は不可能だ。

 しかし───彼女がそうまで言うのなら、きっと価値あることなのだろう。

 

「わかった。リック、悪いけどお邪魔させてもらうぜ」

 

「ああ。当事者の視点から、身の毛もよだつこの世の楽園をご紹介しよう」

 

 不気味な予言を受けたふたりは、イグルベ隊の面々と共に会場を進む。

 

 エジーレン人民共和国はソウサレス大陸西端部に位置する、地域大国という立ち位置である。

 西部は極西における果ての海に面しており、海洋資源に富み。

 東部の丘陵地帯には多種多様な鉱脈があり、鉱物資源にも恵まれていた。

 

 もっとも、この発見を行ったのはエジーレン王国に侵攻し、エジーレン神聖国と名を変えさせたリールランドだ。

 状況が変わったのは央暦1940年代。

 

 リールランド神聖国の衰退が始まり、革命が起きたのだ。

 クルーヴィナ連邦の協力によって傀儡(かいらい)政権が打倒され、社会主義政権が樹立。

 エジーレン人民共和国の誕生だ。

 

 先述した通りエジーレンには豊富な鉱物資源があるため、クルーヴィナ連邦から様々な支援を受けられた。

 ついた別名は、東ユーロネシアの資源庫。

 そうした結果が、地域大国という地位の確立だ。

 

 故に、ソウサレス大陸の中でも珍しく単独でパビリオンを出展しているのだ。

 

「おお、我が麗しの祖国の意匠だ」

 

「ちっ」

 

 芝居がかった口調でリックはエジーレン館を見上げた。

 ナンバー2の女の子が舌打ちを鳴らし、他隊員も明らかに不機嫌だった。

 

「……行きたくないなら、行かなくてもいいんじゃないか?」

 

「あたしらから搾った金で建てたパビリオンだ。

腹が立っても見せてもらわなくちゃね」

 

 と、ナンバー2が言う。

 

 搾った金。

 以前、リックとの会話で報酬の大半が本国への仕送りだと話していた記憶が想起された。

 

 あれは家族への仕送りだと思い込んでいたが───

 まさか、国に持って行かれていたとは。

 

 とはいえ、言われてみれば当然だ。

 国家事業として傭兵派遣を行なっているのなら、運営費用なども入り用になる。

 機体の運用費を引かれた額から捻出する必要があるという事情は、ブラック甚だしいが。

 

 さて、エジーレン館の外観は今の宗主国であるク連パビリオンに似通っていた。

 清廉の象徴である白を基調としたデザインに、流星のような赤い軌跡が描かれていた。

 

 出入り口に行列はなく、出口付近では何事か語り合っている男衆が目立っている。

 恐らく彼らは、葦原における趣味者(・・・)の集まりだろう。

 

「……全っ然並んでないな」

 

「ソウサレスの端っこだ、誰も興味なんかないだろうさ」

 

「自分の故郷、そんな風に言うなって……」

 

「あんたはあたしらの事、何も知らないからそう言えるんだ」

 

「リョースケ。お前の生まれた祖国、日本だったか?

……いいところなんだろうな」

 

 彼らの口調から、どうやら彼らが祖国に抱く怒り恨みは相当なものだと推測出来た。

 一体何をすれば、ここまで祖国を恨むようになる?

 

 疑問を胸に抱きながらも、良介は千代と共に入り口に立った。

 

「チケットを……お前っ、イウォマ族の……!」

 

「近くに寄ったんで、来させてもらった」

 

 もぎりをしていたエジーレン人達が驚愕の表情でリック達を出迎えた。

 国外へ派遣されている傭兵にしては、有名過ぎる上に態度がおかしい。

 

 ある者は汚物を見るかのように。

 またある者は、バツの悪そうな表情で視線を逸らす。

 

 千代の表情を伺うと、彼女は真剣な瞳で彼らの様子を見ていた。

 彼らが抱いている感情を、千代はすべて読んでいるのだ。

 

「千代ちゃん、平気?」

 

 なんとなく、この複雑な状況は気疲れするのではないか。

 そう思った良介は、千代に向かって囁いた。

 

「……平気。思ってた以上に気分悪いけど」

 

 リック達の奇妙な態度に得心のいく歓迎を受け、一行はエジーレン館の中へ。

 早速出迎えたのは、おっさんが写った巨大な写真だった。

 

 説明書きにはこうある。

 

『エジーレンを真の平和へと導いた、

我らが偉大なる父にして永遠の首領。

ジム・エクポト国家主席』

 

 実に、社会主義的な出迎えと文言である。

 エジーレン勢の様子を伺うと、ナンバー2ちゃんは口をもごもごさせていた。

 

「エレナ、ツバ吐くなよ」

 

「……わかってる」

 

 リックが制すると、彼女は何かを嚥下した。

 良介はイグルベ隊の面々から引き離されていたせいでわからなかったが、彼女はかなり激しい性質らしい。

 

「……エレナちゃんって言うのか」

 

「リョースケぇ、俺らと一緒にこっち見ようかぁ」

 

 聞こえた情報を良介が口に出すと、途端にイグルベ隊隊員が首に腕を絡ませた。

 

「お、俺はお手つきはしないんだってば。

そんなに過剰反応しないでくれよ」

 

 リックとエレナが恋仲───とは言わずとも、かなり親しい関係に見えた。

 イグルベ隊の面々はそれを応援しているのだ。

 

「よせマーク……リョースケ、紹介しよう。

我らが国家主席、ジム・エクポト国家主席陛下だ」

 

 仲間を制したリックは、改めて自分達の指導者を紹介した。

 そんな事をされずとも、看板を読めばわかる話だが。

 

「見ればわかるよ。エジーレンの指導者だろ?」

 

「ああ。1940年、ユーロネシアの戦争で生じたリールランドの混乱に乗じて

総督一族を排除した人民共和国の父さ」

 

 リックの説明を受けながら館内を歩き、歴史の展示へ。

 そこでは、数々のリールランドと総督一族による悪逆非道が解説されていた。

 

『リールランドに尻尾を振るエジーレン総督の一族は、

1400年代から1940年に至るまで、

自分達以外の部族を奴隷として輸出していました』

 

「その通り。エジーレンは1400年頃にリールランドから侵略を受けた。

エジーレンの土地には焼け跡と死にかけた部族民、

そして統治を任された総督府が残された。

お目付け役のリールランド遠征軍を隣に置かれてな」

 

 総督府は通常、宗主国から派遣された人間がなるものである。

 しかしどうも、この世界では少し違うらしい。

 

 初代総督の写真が載せられていたが、エジーレンの現地人だ。

 

「この総督ってのは、当時エジーレンの政治を取り仕切った複数の部族の中から、

筆頭部族の族長が選ばれたんだ。

これ以上の死を避けるため、降伏に調印した部族のな」

 

 リックの解説を背景に、良介は展示資料のひとつの文字列に注意が向いた。

 

『エジーレン神聖国初代総督、ミュン・イウォマ』

 

 イウォマ。

 リックの本名は、リック・イウォマ。

 もぎりのエジーレン人から向けられた、複雑そうな態度。

 

 良介は、ニヒルな笑みを浮かべる彼へ視線をやった。

 

「そう……イウォマ族はかつての仲間を奴隷として売る事を強いられた。

これ以上の犠牲を避けるため、そう信じて。俺の先祖、そして原罪だ」

 

「原罪? 馬鹿げてる。何百年も前の話じゃないか」

 

「いや。代々総督にはイウォマ族が選ばれ続けてきた。

宗主国(リールランド)の意向でな……反乱のため、

部族が一致団結しないための分断工作だよ」

 

 戦争でほとんどの部族を消耗させ、降伏してきた最大勢力に形だけの統治を行わせる。

 そこで奴隷売買をやらせれば───他部族出身者は、姿の見えにくいリールランドではなくイウォマ族を恨む。

 イウォマ族はイウォマ族で、現地に置かれたリールランド遠征軍という脅威に怯えて反乱は不可能。

 

 最大派閥の協力がなければ、部族間で一致団結しても反乱は大きな規模にならない。

 団結出来たとしても、大半の部族は奴隷として輸出されて頭数は限られている。

 

 洗練を感じる植民地の間接統治だ。

 

「……なんて統治だ」

 

「俺が生まれた頃も続いてた。

革命がなければ、俺も総督になってたんだろうな」

 

 ふと、そこで考える。

 イウォマ族、リック達イグルベ隊の立場だ。

 

「……まさか。イグルベ隊が傭兵をやってるのって」

 

「その通り。連中は500年の奴隷制度を終えて、始めたんだ。

よその戦争に従事して外貨を稼ぎ、時に政治的な足掛かりにする。

新しい戦奴(どれい)だ」

 

 奴隷制度を終わらせた者が、かつて奴隷制度を運用していた部族を奴隷とする。

 しかしそんなもの、続くはずがない。

 

 航空機を運用する技能を持つものが、そう都合よく生まれるわけがない。

 それに、本人がその気になれば脱走する事も可能だ。

 

「で、でもそんなの無理だ。お目付け役なしなら、脱走し放題じゃないか」

 

「脱走! 脱走か! おぉ、不思議だ……なんで思い付かなかったんだろうな?

さすが神兵! 頭の出来が俺達と違う!」

 

 苛立ちを孕んだ声で、イグルベ隊の隊員が嫌味を言った。

 

「やめろ……人質だよ。家族全員が人質にされてる。

報酬未送金あるいはノルマ未達なら、見知った血縁者が鉱山送りにされる。

リョースケ、お前と同じだよ」

 

「……は?」

 

 思わず良介はイグルベ隊の面々を見た。

 ここにいる人間は、最低でも家族全員を人質に取られている。

 

 良介も幕府軍にボスを人質に取られた事もあったが───

 同じなわけがない、レベルが違いすぎた。

 

「そんなの……」

 

 普段、余計な時にばかり回る良介の口も、動きを止めてしまった。

 絶句するしかない、悪辣過ぎるシステム。

 

「あいつらは何も知らないんだ……ただ、総督府があった時代のように

基本的に不自由のない暮らしをしてる。俺らは外交官って事になってるらしい。

大好きだろうよ、人民共和国が。

きっと、軍隊にも入りたいと思ってるに違いない」

 

 人権があるようでその実、仕送りされる外貨次第の生活。

 本人達にその自覚はなく、優遇されている生活が続き───

 そういう(・・・・)教育を受け、軍隊を志願する。

 

 この真実を知るものは、バツの悪そうな態度を見せ。

 何も知らぬ者は、仲間を奴隷として売った外交官の一族と軽蔑する。

 

 エジーレン人の態度が二分されるのも納得だ。

 彼らはエジーレン人であり、同時に人権を奪われた法喪失者(アウトロー)の一族なのだ。

 

「俺達は他所の戦争に首を突っ込んで金を稼ぎ、そして死ぬ。

原罪を償うには、それしかないってわけだ」

 

 何も言えなかった。

 

 良介は自分の不明を恥じた。

 理由不明に異世界に送られ、上司を人質に取られ、戦いを強いられる。

 

 それ以上など、ないと思っていたが───

 まさか肩を並べて戦う戦友に、それ以上の不幸があったとは!

 

「あの……そこの方々」

 

 あまりにも、あんまりな真実に良介が閉口していると。

 リックに対して、エジーレンの女性職員が話し掛けた。

 

「もしかして、イウォマ族の?」

 

「ああ、その通り。今も昔も、命を金に換えてる一族だ」

 

「……エクポト族の、ニナと申します」

 

「出身部族を強調するのは、独立派の特徴だぜ」

 

 イグルベ隊の隊員がそっと、良介に耳打ちした。

 独立派というと、今の体制も好かれているわけではないのだろう。

 

 それも、国家主席と同じ部族出身者だ。

 どうやらエジーレンの革命は部族によった統治から、一部の人間による統治に変わっただけらしい。

 

 葦原という遠い国外で、国際イベントに従事出来る人間だ。

 国内でもインテリ層に分類出来る人材なのだろう。

 

「ニナ。どうした、俺達と話してると原罪(・・)が移るぞ?」

 

「そんなの、私達は信用しませんっ。奴隷売買はリールランドの圧力によるもの。

あなた達イウォマ族は、我々エクポト族と共に降伏しただけなのに……」

 

 エクポト族と共に降伏、と来たか。

 国家主席らエジーレン人民共和国首脳部は、イウォマ族に奴隷売買の責任全てを押し付けたようだが───

 本来はもうひとつ、責任を負うべき部族がいたようだ。

 

 葦原といい、どいつもこいつも責任を他人に被せるのが好きらしい。

 

「それでも、書類にサインしたのは我々の先祖だ。

君のところの国家主席は、勝った。それだけだ」

 

「あんなの、国を別の相手に売っただけです。

真の独立や平和とは言えません……」

 

 ここでリックが、ニナの言葉を制した。

 

 彼女は、エジーレン人民共和国の旗の下にいる人間だ。

 この国の政治体制は社会主義で、中でもお行儀が悪い(・・・・・・)のはイグルベ隊の来歴から確定。

 

 そんな政治の中での批判は、命に関わる問題だ。

 

「それ以上はやめておけ。偉大なる父(・・・・・)のカミナリはゴメンだろ?」

 

「こんなところまで、届きません」

 

「……なあ、君が我々に何を求めてるのか、なんとなくわかる。

だけどな。我々はそんな大それた真似を出来るほど、強くはないんだ」

 

 あくまで、彼らの行動は祖国エジーレンに制御されている。

 国家主席の命で他国へ渡り、国家主席の命で戦争に参加し、国家主席の命で報酬を送金し、国家主席の命で命を落とす。

 

 真の独立を果たすため、立ち上がれるような立場にはないのだ。

 

「それでも……忘れないでください。

エジーレンには未だ、真の独立を志す人々がいる事を。

独立のため戦う、同志が求められている事を。

同志を束ね、導くための……象徴(ともしび)が求められている事を」

 

 ニナと名乗った女性は、言うべき事を言い終えると足早に去っていった。

 良介も大概、葦原連邦の象徴扱いされているが───

 リックも遠く離れたエジーレンという祖国で、象徴足り得る存在と見なされているらしい。

 

「やったなリック。モテモテじゃないか」

 

「……悪かったな、こんな思いをさせて。

だが、知って欲しかったんだ。エジーレンに我々のような立場の人間がいる事を。

歴史の闇に生きて、死ぬ運命の人間がいた事を」

 

 良介の軽口をスルーしたリックは謝罪した。

 

 薄暗い、日本や葦原とも違う独特な匂いに包まれながら、良介はイグルベ隊の面々と視線を合わせる。

 このような重責の中、肩を並べて戦った戦友達だ。

 

「正直、気分は悪いよ……どう考えても楽しめるような話題じゃないしさ。

だけど、あんた達の戦う理由が知れてよかった。戦友として」

 

 良介は自ら、手を差し出した。

 単なる金目当ての傭兵にしては、様子がおかしいと思ってはいた。

 その違和感の正体を知って、本当の意味で彼らを信じる事が出来そうだ。

 

「リック・イウォマ、イグルベ1カビエシだ」

 

「エレナ・イウォマ、イグルベ2オリ」

 

「マーク・イウォマ! イグルベ5ジャーだ!」

 

「ロン・イウォマだ。イグルベ8、ぺぺ」

 

 イグルベ隊はその性質上、損耗が激しい。

 この場にいるのが全員ではないが、欠員はかなり出ている。

 

 それでも、良介は彼らの名を胸に刻んで、ひとりひとりと握手を交わした。

 仲間としての信頼を表すために。

 

「改めて、よろしく頼む。魔王(デーモン・ロード)

 

 いずれ、このシステムが打倒される事を祈って。

 これを口に出せるほど軽い身の上でないのが、良介にとって心残りであった。




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