蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年3月19日
長坂
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
帰りの道中は、千代に加えてイグルベ隊も同じバスに乗り込んだ。
混雑極まる状況のために入れるパビリオンが限られている上、本人ら曰く「用事は済んだ」との事。
恐らく良介の存在はついでで、本来の目的はパビリオンにどのような展示があったかを知りたかったのだろう。
結果は───本人達の意に沿うものではなさそうだったが。
「ふぅ……千代ちゃん、今日はどうだった?」
「うんうん、やっぱり来て正解だった! 楽しかったし……
勉強にもなったからねー」
「勉強?」
「エジーレン館だよ。
あたしは、外にどんな知らない事があるかずっと気になってた。
いい事ばかりじゃないってのはわかってたけど……
それでも、知らないよりずっとよかった」
祖国の名が出て、反射的に視線が向いたのだろう。
イグルベ隊の面々が千代を見たが、彼女の笑みでそれぞれの会話に戻った。
「千代ちゃんが喜んでくれたなら、何よりだよ」
「じゃあ、しむすけはどうだった?」
「俺? もちろん、女の子と一緒に遊べて、楽しくないわけがないだろ?」
「ふーん……」
どんな人間の内心も読めてしまうサトリ、千代。
そんな彼女が読めないのは、良介の内心だけ。
返ってくる言葉が明らかでも、やはり聞きたくなってしまうのだろう。
「今度は、しむすけが楽しくなるようなところに行こうね」
「……俺、そんなに楽しくなさそうだった?」
どんな表情をしているのか。
良介は自分の表情筋に触れて確かめた。
───少なくとも、仏頂面じゃないはずだ。
笑顔笑顔、多分笑顔だろう。
「そういう事じゃなくってぇ……こういう約束だけでもしとけば、
死にそうな時……死なない、死にたくない理由になるでしょ?」
良介は葦原連邦空軍で戦う一介の兵士。
千代も同じく、改方という半分憲兵半分諜報員のような現場で戦う者。
共通点は、いざ仕事となれば死と隣り合わせになる事だ。
状況が極まれば、不意に訪れる死へ屈服したくなる欲求。
それを跳ね除ける理由は、多ければ多いほどいい。
「いい願掛けだ……それじゃあ、約束するよ。
今度は俺が希望する場所に行こうか」
「いいねいいね……しむすけの行きたいところ、どこでもいいよ?」
「どこでも……へっへっへ、どこでもいいのかい?」
良介の鼻の下が久々に伸び、バスの床を擦った。
まったく、少しは表情を引き締めろ。
すけべ根性が丸出しではないか。
「ハッハ! その鼻の下、どういう構造になってんの!」
「どういうわけか、俺様の鼻の下は伸縮自在なのだ」
こらこら、鼻の下を伸び縮みさせて遊ぶな。
保育園のチビが陰部を晒して遊ぶのと同レベルだぞ、それは。
「……どこでもいい、って言ったら?」
良介の鼻の下は引っ込んだ。
確かに、千代は可愛い。
10歳くらい歳が離れていても、
しかし───その可能性が頭を過ぎると、萎えるのだ。
「……えっと、さ」
「あたしの事、嫌い?」
「嫌いだったら、こんなに話し掛けたりしないよ。
……俺、千代ちゃんに生まれのこと話したっけ?」
別に隠していることではないのだが───
こういう話の流れになって、黙っているのもおかしな話だろう。
「えっと、孤児だったって話?」
「もうちょっと深掘りした話だよ。
孤児は福祉施設……孤児院みたいな所に集められるだろ?
俺はそこで、結構長い間過ごした訳だけど……
他のチビどもの面倒見たりしてたんだ」
らぐな院は少人数の体制ゆえに、最年長であった良介が手伝う機会が多かった。
日常の世話から、新しく来て馴染めない新入りの世話まで。
「で、色々話を聞くことになるんだけどさ……たまにいるんだよ。
ノリで子供を作って、無責任に捨てる親がさ」
セックスで子供が出来るなんて知らなかった。
子育てはもっと劇的で刺激的なもので、こんなに辛くてつまらないと思わなかった。
だから、その辺に捨てる。
面白くないから、もっと面白いパチを打ちに行く。
そうして親という最も近く、最も大きな
成長してものを理解していれば、なおのこと。
良介はその親を物心つく前に失い、後見人という親代わりによって困惑と恨みを植え付けられた。
親本人によるものではないため、彼らよりも弱いものに違いない。
「そういう話聞いてるとさ……気が早いけど、あいつらを思い出しちゃうんだ。
俺は、あいつらを産んだ親みたいになるんじゃないかって、思えてさ」
良介とて、伊達に長年ナンパ野郎をしていない。
何度も女の子と付き合って、何度も
それでも彼らの存在が頭を過り、機会に手を伸ばせなかったのだ。
相手の女の子がどう受け取ったのか、定かではないが───
この内心を話せていれば、
「……ごめん、変な話して」
「うーん……」
やはり、ちょっといい雰囲気になったところでするべき話ではなかったらしい。
千代は少し考え込むように上を見て───
「……本当はこーゆーの、したくなかったんだけど」
「え?」
突如、視界が塞がれた。
目潰しを喰らったのではない、背後から袋を被せられたわけでもない。
すぐ目前に、閉ざされた千代の瞼があった。
自身の唇に触れていた熱い感触に気付いたのは、彼女と離れた後だった。
「……ど、どうして?」
「あの時の、お返し」
思い返せば───初対面の時だ。
あの時の良介は現公と共に行動し、互いに銃を持ち、優位は千代にあった。
意表を突けば、この場は見逃す。
そんな千代の提案に乗った良介は、キスする事で無事見逃してもらったのだ。
今更ながら、どういう解決なんだそれは?
「……あれは、そっちが意表を突いてみろって言ったのが発端だろ?」
「極論、その件はどーでもいい」
「ど、どーでもいいって……命懸けの行動だったのに」
「お互い、命の遣り取りは承知の上でしょ?
それよりも……これはあたしの意思表明。
期待してる女の子がいる限り、死なないだっけ?
増えたね、よかったじゃん」
これはまた───またひとり、お前の退路を塞ぐ女が出て来たな。
───……あれれ? この発言って、千代ちゃんの前で言ったっけ?
記憶が定かではないが───
言っていない、と思う。
ただ、現公に対して発言したのは確かだ。
ところで───だからと言って、お前の行動が変わるのか?
「参ったなぁ……俺、そんなに想われてたなんて」
「あたし、誰彼構わず遊ぶ軽い女だと思ってた?」
「そうじゃないよ。ただ……」
「仕事でそういう事はちょいちょいやってたから。
間違いではないんだけどね」
千代にどのような過去があろうと───殺人の過去があろうと、今は関係ない。
少なくとも、良介にとっては。
「ますます、死ねなくなったな……」
「答えはこの内戦が終わった時。しむすけが帰れるその時。
聞こうかな」
どこかで聞いた答えだが───
エラの思考を読んだ事があるのかもしれない。
生きてこの内戦が終わらせる理由が増えたのは確かだ。
「……ああ。期待しててくれ」
「うん。期待して待ってる」
揺れるバスの中、良介は強く誓った。