蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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117 操縦課程最終検定「F.N.G.」

央暦1970年3月20日

長坂 長坂空港

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「えーっ! 部品の到着が遅れるぅっ⁈」

 

「なんだよ、急に大きな声出しやがって」

 

「いや、インパクトを出そうと思って」

 

 実に、機付長の言う通りである。

 いつものように早朝、良介は長坂空港の彰義隊ハンガーにやって来たが───

 

 どうやら合衆国側の貨物にトラブルがあったらしく、F-2のパーツ到着が遅れると通達があったらしい。

 

「どのくらい遅れるの? 明日?」

 

「いや、今日中に帰る事はできるが……

フライトは夜になるだろうな」

 

 今は停戦中、破られる気配もない。

 昨日も暗殺狙いの攻撃があったが───

 

 F-2が動けない以上、帰るわけにはいかない。

 

「つまり……世博に行く最後の機会って訳だな」

 

 お前は何を言っているんだ。

 状況を考えろ、昨日の今日だぞ?

 

「お前、まだ行くつもりだったのか?

……けっ、好きにしろ。勝手に死ね!」

 

 まったく、その通りというものだ。

 至極当然のツッコミを投げ付けると、機付長は自分の仕事に戻って行った。

 この光景を、ジト目で見つめる者がいた。

 

「良介さん……まだそのような事を申しているのですか?」

 

 空知ゆき。

 元新選組の飛行隊士で、今は良介のペンギン隊で列機として飛んでいる。

 

 金髪碧眼の彼女は、不満げな表情で続けた。

 

「昨日の暗殺騒ぎに加えて会場へ向かう途中、

怪しげな集団に追われたというではありませんか。

まだ、懲りないのですか?」

 

「ああ。リスクに見合う経験があったからね」

 

 リールランドの現人神は、不気味な手段で国内を統制している。

 エジーレン人民共和国、イグルベ隊は家族を人質に傭兵稼業を強いられている。

 

 そして───千代との関係が一歩。

 とても大きな一歩を踏み出してしまった。

 

 昨日だけでも、世界の秘密をいくつか暴いたような気分になっていた。

 良介が懲りるには、少々勢いが足りていない。

 

「リスクに見合う経験……ええ。あたしもありましたよ。

ハイリスク・ハイリターンな経験がね」

 

 横から声を掛ける存在に視線をやると───ちんまい人影。

 太もも眩しい新聞記者の四谷であった。

 

「あれれ、四谷ちゃん。どうしたの、こんなところで?」

 

「まあ、色々あって……ひとまず、お祝いしようと思いまして」

 

 そう言って、彼女は良介に新聞の一面を見せた。

 彼女の所属する西国毎朝新聞社、今朝の朝刊である。

 

『畏怖の魔王、エラ・アーロンと浮き名を流した男と同一人物か』

 

 以前、エラとの密会(未必の故意)をすっぱ抜いたのも、開会式で行われた大政奉還を至近距離で撮影したのも。

 他ならぬ、この四谷記者なのだ。

 

 同じ掲載紙、同じ記者、同じ被写体。

 当然、ネタにされるだろう。

 

「こー言っとけばいいのかな? よっ、葦原一のナンパ野郎!

よそ者だけど」

 

「ふっふっふ、反論の余地がないな」

 

「汚名ですよ? 胸を張らないでください」

 

 異世界というよそからきて、外国の要人を引っ掛けたともなれば言い逃れのしようがない。

 言い逃れをする気が一切ないのが、良介最大の問題点なのだが。

 

「あの記事読んだみんな、薄々思ってたみたいでさ……

今朝の朝刊バカ売れだって!」

 

「ふふん。俺様のおかげだ、ひれ伏せ」

 

「だーれが、あんたにするもんですか!」

 

 と、胸を張って四谷は強がる。

 

「……でしたら、今日も誰かの醜態を探しに行ってはいかがですか」

 

 なにやら不機嫌そうな口調で、ゆきは言った。

 凄く言葉が悪いが、記者としては正しい行動である。

 

 指摘された四谷は一転、強がった笑みはバツの悪そうなそれに変わり───

 

「いやー、それがですね……あたしどうも、まだ的に掛けられてるみたいで。

街を歩いてると、露骨に軍警察の車が追っ掛けて来るんですよねぇ」

 

 夷俘の魔王とエラ・アーロンの関係、幕府による大政奉還───

 未だメディアでは表沙汰になっていないが、最高神祇伯による魔王暗殺命令。

 

 特に暗殺命令に関しては幕府と近衛兵団が情報を独占し、葦原政府に対して政治的優位に立っているらしい。

 

 これほど重要情報をすっぱ抜いてしまったのだ。

 政府側にとって四谷は、今や表を歩かせたくない人間なのだろう。

 

 四谷は完全な素人の割に、良介の後ろに乗って失神もせず、リバースだけで済んだ珍しい存在。

 というのもあるが、純粋に人間として良介は心配していた。

 

「……春川親王や将軍、宗治郎のおっさんに聞いてみようか?」

 

「良介さんっ、このような者を助ける必要はありませんっ!」

 

 血相を変えて、ゆきは良介を制した。

 今回は深刻というよりも、なんというか───

 

 子供がおもちゃを取られて、ぷんすか怒っているような。

 そんな印象を受ける態度であった。

 

「そういう訳にはいかないだろ? 俺、助けられてるんだし」

 

「それは、そうですが……」

 

 彼女は最近、旗本の武士という立場で天狗になっている節が見受けられる

 そういうのはよろしくない、戦場では後ろ弾に繋がり得る。

 

───説教なんてガラじゃないけど……近々話した方がいいかもな。

 

 と、頭にひとつ刻み込み。

 

「……まぁ、良介が心配してくれるのはありがたいんだけど。

実はもう、その辺りは向こうが手配してくれたんだよね」

 

「向こうって?」

 

「幕府……今は葦原連邦か。元将軍が馬廻衆使って手配してくれてさ。

連邦空軍第1航空団……つまり、彰義隊お付きの従軍記者になったってワケ。

あんた達と一緒に、斗米基地へ行くことになってるの。

あっちのが安全だろうって」

 

 なんと、驚きである。

 聞くところによれば、幕府は100年程前に誕生した新聞───

 つまり報道をバチクソに規制弾圧する政府であったという。

 

 それこそ、今でも活動している新聞社の大半は幕府の犬とも呼ばれていた。

 葦原内戦では、政府支配下の新聞社は真逆の葦原政府の犬になっているそうだが。

 

 元将軍、大和利信もやはり元為政者だけあって、報道の強みを理解しているのだろう。

 

「つまり、だ。四谷ちゃんはまた俺の後ろで撮影出来るわけだ」

 

 良介が勝手に解釈すると、彼女は腰を抜かして凄い勢いで後ずさりした。

 

「ひっ、ひえぇっ……」

 

「そんなに怖がることないだろ?」

 

「い、いえ。良介さん……そのくらいの事だと思います」

 

 険悪っぽかったゆきすら、四谷に賛同していた。

 どうやらお前のフライトは、そのくらいの無茶苦茶らしいな。

 

「あ、あたしぃ……蒼い機体の撮影は、地に足着いた感じでやりたいなぁ?」

 

「ふん……ま、とにかくだ。四谷ちゃんが安全そうで安心したよ」

 

「……ありがと。まさか、地元の記事しか書いてなかったあたしが、

まさか政府側から狙われるようになるなんて、思ってもみなかったけど」

 

「それほど記者として優秀って事だ。誇りなよ」

 

「どーも。醜聞すっぱ抜いた相手にそう言われるのは、変な気分だけど」

 

「ふっふっふ、醜聞ではない。事実だからな……」

 

 恐らく醜聞になるのは、お前ではなくエラの方だろう。

 いや、エラの方が仕組んだ事態なのだから、違うのかもしれないが。

 

「それで! ……そこな記者。出立の準備は不要なのですか?」

 

 声に苛立ちを孕んだゆきが尋ねた。

 四谷にだって生活があるはず。

 確かに、引っ越しの準備が必要となるに違いない。

 

「あー、そうでした。

実は今、同僚に荷物を運んでもらっている最中なんですが……

その前に、蒼い機体の責任者、いらっしゃいます?」

 

「俺、オレオレオ」

 

 自身を指差す良介をスルーして、四谷はゆきに問い掛けた。

 

「……機付長の千葉さんでしたら、先ほど行ってしまわれましたが」

 

「だからぁ、俺だってば」

 

「えー、困りましたねぇ……」

 

 どうやら、良介は責任者に値しないものとして扱う方針らしい。

 残念でもなく当然、漢らしくない最期と言える。

 

「……ちなみに、F-2の責任者探してどうするの?」

 

「せっかく従軍記者に赴任したんだから、何枚か納めておこうと思って」

 

 記者でありカメラマンなのだから、そうしたいのは当然だろう。

 良介、ここは冗談を抜きにして真面目に話すべきだぞ。

 

「うん、なら真面目に話そうか。連邦空軍の許可なら……

今、俺が許可を出した。看板だけとはいえ俺、彰義隊の隊長だからね」

 

 作戦関係に一切口出ししない、出来ない、するべきでない良介なので忘れがちだが。

 志村良介二等空尉は、肩書だけとはいえ彰義隊の隊長扱いである。

 

「あ……そういえばそうだっけ」

 

「だけどそれだけじゃない。

俺は葦原の人間じゃなく、日本国航空自衛隊の人間だ。

だから俺の上司、鈴木哲也一等空佐に話を通してくれ」

 

「あ……」

 

 その時、なぜかゆきの口から声が漏れた。

 良介の意識が彼女に向くが、

 

「あのさ……前々から思ってたんだけど」

 

 四谷の問いで、良介の意識は戻された。

 

「なに?」

 

「神兵……つまり、あんたみたいな異世界の兵士って、ひとりじゃないの?」

 

「あれれ?」

 

 ちょっと待て、記憶を読み返す。

 今まで読んできた報道の類───幕府の神兵、幕府の八咫烏、夷俘の魔王。

 

 お前について書かれた記事は数多くあれど、その上司。

 もうひとりの神兵について言及された記事は───ない。

 

 鈴木哲也一等空佐という存在は、いないことになっているのだ。

 

 良介、これは恐らく機密というやつだ。

 四谷に話すのは、かなりハイリスクになるぞ。

 

 お前ではなく、四谷にとってのハイリスクだ。

 

「……あ、ごめん。今の忘れて」

 

「ええっ⁈ そんな事言われたら気になるじゃん!」

 

「記者、身の程を弁えろ」

 

 ぴしゃりと、ゆきが言葉を浴びせかけた。

 軍人らしく冷徹で、高圧的な言葉だ。

 

「この件、他言すればどうなるか。わからないほど、愚劣ではあるまい」

 

「やめなよ、竜司(ゆき)ちゃん。これは俺のミスだぜ?

……というわけで、四谷ちゃん。俺が口滑らせておいてアレだけどさ。

この話はナイショにしておいてくれると助かるよ」

 

 まったく、少し前にエラが機密をお前に話さなかった理由がよくわかる。

 お前もお前で、ナチュラルに機密を漏らすのだからな。

 

「なーんか納得いかないけど……わかった。

ひとまず内戦が終わるまで我慢しておいてあげる」

 

「ありがとう、助かるよ」

 

「……ホント、無責任なんだか誠実なんだかわかんないんだから」

 

「いや、本当にごめんね……」

 

 両手を合わせて、謝意を示す。

 今回()お前が100%悪いのだから、マジで反省しろよ。

 

「……じゃ、今の話はなかったことにしておいて。

許可も取れた事だし、撮影しちゃいますか」

 

「ただし、連邦空軍から写真の内容を検閲されるかもしれないぜ。

そこは、俺もちょっと口を出せない……」

 

「結局そうなるんかい!」

 

 最後にツッコミを入れた四谷はF-2のもとへ歩み寄ると───

 ぐるっと一周してから、左側の尾翼を見上げる形で撮影を始めた。

 

 さて。

 今日こそは気分を変えて、長坂空港で大人しくするんだよな?

 

「さあてと……せっかくの長坂最終日。世博へ行くとしようか」

 

 言うと思った。

 見ろ、ゆきも凄いジト目で睨んでいるではないか。

 

「良介さん……」

 

「楽しいぜ? ゆきちゃんも来る?」

 

 などと、ダメ元でいい加減な事を───

 

「……そう問われてしまっては、断れません」

 

「やっぱりそう……え?」

 

 おい、ちゃんと聞け。

 お前はOKされたんだぞ。

 

「出立の準備をしますので、こちらでしばしお待ちを」

 

 そう告げたゆきはすたすたと、格納庫の奥へ引っ込んでいった。

 準備とは恐らく、私服に着替えるためだろう。

 

「……ま、まさかOKされるとは」

 

 わ、わからん。

 ずっと論外みたいな対応しておいて、なぜ今さら了承するのか?

 

 とはいえ、彼女がタチの悪い嘘を言う性質とは思えない。

 準備をすると言ったら、準備をするのだろう。

 

「……ふっふっふ、やっぱりひとりで行くより女の子がいた方がいいぞ」

 

 まあ、ゆきは受動型のサトリ。

 他人の殺意に鋭敏に反応出来る人間だ。

 

 お前ひとりがフラフラと行くよりもずっと、安全だろう。

 

 というわけで、良介は最後の世博来訪に、思わぬ供を連れるのだった。

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