蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年3月20日
長坂 長坂空港
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「えーっ! 部品の到着が遅れるぅっ⁈」
「なんだよ、急に大きな声出しやがって」
「いや、インパクトを出そうと思って」
実に、機付長の言う通りである。
いつものように早朝、良介は長坂空港の彰義隊ハンガーにやって来たが───
どうやら合衆国側の貨物にトラブルがあったらしく、F-2のパーツ到着が遅れると通達があったらしい。
「どのくらい遅れるの? 明日?」
「いや、今日中に帰る事はできるが……
フライトは夜になるだろうな」
今は停戦中、破られる気配もない。
昨日も暗殺狙いの攻撃があったが───
F-2が動けない以上、帰るわけにはいかない。
「つまり……世博に行く最後の機会って訳だな」
お前は何を言っているんだ。
状況を考えろ、昨日の今日だぞ?
「お前、まだ行くつもりだったのか?
……けっ、好きにしろ。勝手に死ね!」
まったく、その通りというものだ。
至極当然のツッコミを投げ付けると、機付長は自分の仕事に戻って行った。
この光景を、ジト目で見つめる者がいた。
「良介さん……まだそのような事を申しているのですか?」
空知ゆき。
元新選組の飛行隊士で、今は良介のペンギン隊で列機として飛んでいる。
金髪碧眼の彼女は、不満げな表情で続けた。
「昨日の暗殺騒ぎに加えて会場へ向かう途中、
怪しげな集団に追われたというではありませんか。
まだ、懲りないのですか?」
「ああ。リスクに見合う経験があったからね」
リールランドの現人神は、不気味な手段で国内を統制している。
エジーレン人民共和国、イグルベ隊は家族を人質に傭兵稼業を強いられている。
そして───千代との関係が一歩。
とても大きな一歩を踏み出してしまった。
昨日だけでも、世界の秘密をいくつか暴いたような気分になっていた。
良介が懲りるには、少々勢いが足りていない。
「リスクに見合う経験……ええ。あたしもありましたよ。
ハイリスク・ハイリターンな経験がね」
横から声を掛ける存在に視線をやると───ちんまい人影。
太もも眩しい新聞記者の四谷であった。
「あれれ、四谷ちゃん。どうしたの、こんなところで?」
「まあ、色々あって……ひとまず、お祝いしようと思いまして」
そう言って、彼女は良介に新聞の一面を見せた。
彼女の所属する西国毎朝新聞社、今朝の朝刊である。
『畏怖の魔王、エラ・アーロンと浮き名を流した男と同一人物か』
以前、エラとの密会(未必の故意)をすっぱ抜いたのも、開会式で行われた大政奉還を至近距離で撮影したのも。
他ならぬ、この四谷記者なのだ。
同じ掲載紙、同じ記者、同じ被写体。
当然、ネタにされるだろう。
「こー言っとけばいいのかな? よっ、葦原一のナンパ野郎!
よそ者だけど」
「ふっふっふ、反論の余地がないな」
「汚名ですよ? 胸を張らないでください」
異世界というよそからきて、外国の要人を引っ掛けたともなれば言い逃れのしようがない。
言い逃れをする気が一切ないのが、良介最大の問題点なのだが。
「あの記事読んだみんな、薄々思ってたみたいでさ……
今朝の朝刊バカ売れだって!」
「ふふん。俺様のおかげだ、ひれ伏せ」
「だーれが、あんたにするもんですか!」
と、胸を張って四谷は強がる。
「……でしたら、今日も誰かの醜態を探しに行ってはいかがですか」
なにやら不機嫌そうな口調で、ゆきは言った。
凄く言葉が悪いが、記者としては正しい行動である。
指摘された四谷は一転、強がった笑みはバツの悪そうなそれに変わり───
「いやー、それがですね……あたしどうも、まだ的に掛けられてるみたいで。
街を歩いてると、露骨に軍警察の車が追っ掛けて来るんですよねぇ」
夷俘の魔王とエラ・アーロンの関係、幕府による大政奉還───
未だメディアでは表沙汰になっていないが、最高神祇伯による魔王暗殺命令。
特に暗殺命令に関しては幕府と近衛兵団が情報を独占し、葦原政府に対して政治的優位に立っているらしい。
これほど重要情報をすっぱ抜いてしまったのだ。
政府側にとって四谷は、今や表を歩かせたくない人間なのだろう。
四谷は完全な素人の割に、良介の後ろに乗って失神もせず、リバースだけで済んだ珍しい存在。
というのもあるが、純粋に人間として良介は心配していた。
「……春川親王や将軍、宗治郎のおっさんに聞いてみようか?」
「良介さんっ、このような者を助ける必要はありませんっ!」
血相を変えて、ゆきは良介を制した。
今回は深刻というよりも、なんというか───
子供がおもちゃを取られて、ぷんすか怒っているような。
そんな印象を受ける態度であった。
「そういう訳にはいかないだろ? 俺、助けられてるんだし」
「それは、そうですが……」
彼女は最近、旗本の武士という立場で天狗になっている節が見受けられる
そういうのはよろしくない、戦場では後ろ弾に繋がり得る。
───説教なんてガラじゃないけど……近々話した方がいいかもな。
と、頭にひとつ刻み込み。
「……まぁ、良介が心配してくれるのはありがたいんだけど。
実はもう、その辺りは向こうが手配してくれたんだよね」
「向こうって?」
「幕府……今は葦原連邦か。元将軍が馬廻衆使って手配してくれてさ。
連邦空軍第1航空団……つまり、彰義隊お付きの従軍記者になったってワケ。
あんた達と一緒に、斗米基地へ行くことになってるの。
あっちのが安全だろうって」
なんと、驚きである。
聞くところによれば、幕府は100年程前に誕生した新聞───
つまり報道をバチクソに規制弾圧する政府であったという。
それこそ、今でも活動している新聞社の大半は幕府の犬とも呼ばれていた。
葦原内戦では、政府支配下の新聞社は真逆の葦原政府の犬になっているそうだが。
元将軍、大和利信もやはり元為政者だけあって、報道の強みを理解しているのだろう。
「つまり、だ。四谷ちゃんはまた俺の後ろで撮影出来るわけだ」
良介が勝手に解釈すると、彼女は腰を抜かして凄い勢いで後ずさりした。
「ひっ、ひえぇっ……」
「そんなに怖がることないだろ?」
「い、いえ。良介さん……そのくらいの事だと思います」
険悪っぽかったゆきすら、四谷に賛同していた。
どうやらお前のフライトは、そのくらいの無茶苦茶らしいな。
「あ、あたしぃ……蒼い機体の撮影は、地に足着いた感じでやりたいなぁ?」
「ふん……ま、とにかくだ。四谷ちゃんが安全そうで安心したよ」
「……ありがと。まさか、地元の記事しか書いてなかったあたしが、
まさか政府側から狙われるようになるなんて、思ってもみなかったけど」
「それほど記者として優秀って事だ。誇りなよ」
「どーも。醜聞すっぱ抜いた相手にそう言われるのは、変な気分だけど」
「ふっふっふ、醜聞ではない。事実だからな……」
恐らく醜聞になるのは、お前ではなくエラの方だろう。
いや、エラの方が仕組んだ事態なのだから、違うのかもしれないが。
「それで! ……そこな記者。出立の準備は不要なのですか?」
声に苛立ちを孕んだゆきが尋ねた。
四谷にだって生活があるはず。
確かに、引っ越しの準備が必要となるに違いない。
「あー、そうでした。
実は今、同僚に荷物を運んでもらっている最中なんですが……
その前に、蒼い機体の責任者、いらっしゃいます?」
「俺、オレオレオ」
自身を指差す良介をスルーして、四谷はゆきに問い掛けた。
「……機付長の千葉さんでしたら、先ほど行ってしまわれましたが」
「だからぁ、俺だってば」
「えー、困りましたねぇ……」
どうやら、良介は責任者に値しないものとして扱う方針らしい。
残念でもなく当然、漢らしくない最期と言える。
「……ちなみに、F-2の責任者探してどうするの?」
「せっかく従軍記者に赴任したんだから、何枚か納めておこうと思って」
記者でありカメラマンなのだから、そうしたいのは当然だろう。
良介、ここは冗談を抜きにして真面目に話すべきだぞ。
「うん、なら真面目に話そうか。連邦空軍の許可なら……
今、俺が許可を出した。看板だけとはいえ俺、彰義隊の隊長だからね」
作戦関係に一切口出ししない、出来ない、するべきでない良介なので忘れがちだが。
志村良介二等空尉は、肩書だけとはいえ彰義隊の隊長扱いである。
「あ……そういえばそうだっけ」
「だけどそれだけじゃない。
俺は葦原の人間じゃなく、日本国航空自衛隊の人間だ。
だから俺の上司、鈴木哲也一等空佐に話を通してくれ」
「あ……」
その時、なぜかゆきの口から声が漏れた。
良介の意識が彼女に向くが、
「あのさ……前々から思ってたんだけど」
四谷の問いで、良介の意識は戻された。
「なに?」
「神兵……つまり、あんたみたいな異世界の兵士って、ひとりじゃないの?」
「あれれ?」
ちょっと待て、記憶を読み返す。
今まで読んできた報道の類───幕府の神兵、幕府の八咫烏、夷俘の魔王。
お前について書かれた記事は数多くあれど、その上司。
もうひとりの神兵について言及された記事は───ない。
鈴木哲也一等空佐という存在は、いないことになっているのだ。
良介、これは恐らく機密というやつだ。
四谷に話すのは、かなりハイリスクになるぞ。
お前ではなく、四谷にとってのハイリスクだ。
「……あ、ごめん。今の忘れて」
「ええっ⁈ そんな事言われたら気になるじゃん!」
「記者、身の程を弁えろ」
ぴしゃりと、ゆきが言葉を浴びせかけた。
軍人らしく冷徹で、高圧的な言葉だ。
「この件、他言すればどうなるか。わからないほど、愚劣ではあるまい」
「やめなよ、
……というわけで、四谷ちゃん。俺が口滑らせておいてアレだけどさ。
この話はナイショにしておいてくれると助かるよ」
まったく、少し前にエラが機密をお前に話さなかった理由がよくわかる。
お前もお前で、ナチュラルに機密を漏らすのだからな。
「なーんか納得いかないけど……わかった。
ひとまず内戦が終わるまで我慢しておいてあげる」
「ありがとう、助かるよ」
「……ホント、無責任なんだか誠実なんだかわかんないんだから」
「いや、本当にごめんね……」
両手を合わせて、謝意を示す。
今回
「……じゃ、今の話はなかったことにしておいて。
許可も取れた事だし、撮影しちゃいますか」
「ただし、連邦空軍から写真の内容を検閲されるかもしれないぜ。
そこは、俺もちょっと口を出せない……」
「結局そうなるんかい!」
最後にツッコミを入れた四谷はF-2のもとへ歩み寄ると───
ぐるっと一周してから、左側の尾翼を見上げる形で撮影を始めた。
さて。
今日こそは気分を変えて、長坂空港で大人しくするんだよな?
「さあてと……せっかくの長坂最終日。世博へ行くとしようか」
言うと思った。
見ろ、ゆきも凄いジト目で睨んでいるではないか。
「良介さん……」
「楽しいぜ? ゆきちゃんも来る?」
などと、ダメ元でいい加減な事を───
「……そう問われてしまっては、断れません」
「やっぱりそう……え?」
おい、ちゃんと聞け。
お前はOKされたんだぞ。
「出立の準備をしますので、こちらでしばしお待ちを」
そう告げたゆきはすたすたと、格納庫の奥へ引っ込んでいった。
準備とは恐らく、私服に着替えるためだろう。
「……ま、まさかOKされるとは」
わ、わからん。
ずっと論外みたいな対応しておいて、なぜ今さら了承するのか?
とはいえ、彼女がタチの悪い嘘を言う性質とは思えない。
準備をすると言ったら、準備をするのだろう。
「……ふっふっふ、やっぱりひとりで行くより女の子がいた方がいいぞ」
まあ、ゆきは受動型のサトリ。
他人の殺意に鋭敏に反応出来る人間だ。
お前ひとりがフラフラと行くよりもずっと、安全だろう。
というわけで、良介は最後の世博来訪に、思わぬ供を連れるのだった。