蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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118 操縦課程最終検定「F.N.G.」

央暦1970年3月20日

長坂 万里(ばんり)山 葦原世界博覧会会場

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 バスに揺られ、入場待機列を並び。

 驚くほど問題なく、良介たちは世界博覧会の入場に成功した。

 

「……これが、世界博覧会」

 

「そうそう。これが世界博覧会だ」

 

 夷俘島や奥葦原では見られないような、デザインの建築物。

 これだけでも、世界博覧会には来る価値があった。

 

 なによりゆきが釘付けになっていたのは、南出入り口の目の前にある独特なオブジェであった。

 

「あ、あれはなんでしょう……2つ顔がある、塔のような……?」

 

黎明(れいめい)の塔、って言うんだ。

実は顔は背面にもあって、3つ顔があるんだぜ。

テッペンの光ってる顔が、未来への希望。

真ん中のしかめっ面が現在の辛さ。

後ろの悲しい顔は、過去起きた悲劇の悲しさ、だってさ」

 

 良介は何度も世博に来て、何度もこの塔を目の当たりにしている。

 当然裏面の顔だって拝見済みだ。

 

「……空から、あれは何だろうと、ずっと思っていたんです。

このような、なんと言いますか……感性が、爆発するような。

心の内側で、吹きあがっています……!」

 

 テンションが不安定だったゆきはここに来て、どこか興奮しているような様子で語った。

 彼女のそんな表情を見れただけで、世博に来た甲斐があったというものである。

 

「はっはっは、芸術は爆発だぜ?」

 

 お前は何を言っているんだ。

 それはともかく、黎明の塔に入るのは恐らく無理だ。

 

 あれは予約者限定の入場で、その入場待機列は入出場ゲート周辺まで伸びているのだ。

 到底、入れたものではない。

 

「ゆきちゃん。入ってみたいパビリオンとかある?」

 

「……良介さんの、希望通りに」

 

「ゆきちゃんが世博に来れるのは、これが最初で最後なんだぜ?

俺は何度か来てるんだから、ゆきちゃんの希望で決めるのが筋ってもんだろ?」

 

「そ、そうですか……では……」

 

 やや遠慮がちに頷いたゆきは、視線を合衆国館へ向けるも───

 指さした方向は別だった。

 

「葦原館へ」

 

「幕府……今や葦原連邦館だな。

そういえば、俺も行ってなかったからちょうどいいな」

 

 幕府、葦原連邦の人間だからそのパビリオンに行く。

 などと考えているのだろうが、恐らくゆきの本心は別だ。

 

 求める反面、どこか恐れているのだろう。

 今は亡き母が恋い焦がれた父。

 その父が追い求めていた、果ての外という世界に触れる事を。

 

 しかし───世博は人が多い。

 この地を支配している葦原政府が超国家主義を掲げているとは思えないほど。

 

 故に、一番行きたいところを後回しにすると、行けなくなる恐れがある。

 ここは彼女の本心に従った方がいい。

 

「ねえ、ゆきちゃん。その前に、合衆国館へ行ってみない?」

 

「……! 先ほど良介さん、私の希望でいいと言ったではありませんか」

 

 そう言う口ぶりの割に、彼女は嬉しそうだった。

 

「気が変わったんだよ。合衆国パビリオンに行ってみない?」

 

「……そう仰るのなら、仕方がありませんね」

 

 そういう時は、誰かが背中を押して後押ししなければ。

 ひとりでは恐ろしくても、誰かが隣に行けば前に進める。

 

 人とはそういうものだ。

 良介でさえ、そういう事があった。

 

 一度背中を押すと、ゆきはまったく抵抗する素振りを見せなかった。

 もちろんこれはマランス合衆国館への移動の事で、ふたりは比較的並んでいなかった入場待機列に到着した。

 

「す、すごい人ですね……」

 

「これでも、俺が知る限り一番空いてる」

 

「これで、ですか……?」

 

 これなら2回の誘導で入ることが出来るだろう。

 ゆきが合衆国館のパンフレットに夢中になっている間、パビリオンの係員が待機列の確認にやって来た。

 

「うわっ……」

 

「うわっ、とは挨拶だな。おい」

 

 見覚えがある男だ。

 このパヴィートラム地方出身らしき男、良介がエラと共にこのパビリオンを訪れた際にもいた人間だ。

 

「こ、これは失礼を……隣にいる女性が、また変わっていたので」

 

「ふっふっふ、羨ましいか?」

 

「いえ、凄い度胸だと」

 

 一国の要人が隣にいたところをすっぱ抜かれて、まだ女を取り替えるとは余裕だな?

 フツーは控えるか、表に出られないぞ。

 と、言いたいのだろう。

 

「うるせぇやい」

 

 係員を追っ払うと、良介の右腕が引かれた。

 言うまでもなく、ゆきの仕業である。

 

「な、なに……?」

 

「別に、なんでもありません……」

 

 よくわからないが、その手を放してくれたりはしないらしい。

 仕方なく良介は、空いた左手でゆきが持つパンフレットを支えてその時を待った。

 

「それではどうぞ、色男殿」

 

 これまた、エラの時に出くわした別の係員に案内され、ふたりは入場した。

 二度目でもやはり、地球とは明らかに異なる文化圏の造形は興味深く、良介の好奇心は強く刺激された。

 

「この、マランス皇帝とやら……常に女を複数連れていますね」

 

「うん。さすがの俺様もどーかと思う」

 

 果たして不特定多数の女の子に声を掛ける男と、どちらがマシなのやら。

 

 ゆきは葦原ではほとんど見られなかった、自分と同じ特徴を持つ人々へ頻繁に注意を向けていたが───

 遂に、到着した。

 

 合衆国パビリオン、真の目玉。

 世界の果て、南の外にある南極大陸の写真だ。

 

「これが、果ての外……!」

 

 良介は隣から、息を飲む音を聞いた。

 常識の外にある景色と、囲われるように存在する未知の建築物。

 

 そして、排他性を示す攻撃の痕跡。

 

 白とオレンジ色をした航空機のタイルにも、戦闘機乗りであるゆきは興味を示した。

 

「……戦闘機の外殻(がいかく)ですね。材質は見た事がありませんが、

パネルラインに沿って取り外されたものじゃない……切断されたものですね」

 

「パネルラインって、実は機密扱いされるくらい大事なものだからね。

高高度を飛行した機体らしいから、かなり耐熱性を意識したものだと思うよ」

 

「……焦げていますが、中心部分が溶けてる?

一体、どのような攻撃なのでしょう……?」

 

「ミサイルじゃないな。多分……光学(レーザー)兵器だ」

 

「光学兵器……⁉」

 

 エラから攻撃の詳細を聞いたわけではないが、良介はそう分析していた。

 

「宇宙一歩手前の高高度じゃ、ミサイルの推進剤すらまともに燃焼できない。

それでも、高高度を飛行可能な機体のタイルが融解するほどの熱と来れば……

俺はそう考えた」

 

 実際、機体のタイルに残された焦げ跡は寸分の狂いもなく一直線に刻まれていた。

 よくもまあ、バトルホークスの連中は初見で回避出来たものである。

 

「光と同じ速さだぞ? よく避けたもんだ」

 

「光学兵器なんて、古い話の魔術でしか聞いたことがありません」

 

「……そうか。人力で出来るのか、この世界」

 

 忘れるな。

 属人的すぎるという理由で廃れているが、この世界には魔法魔術の類が実在するのだ。

 ビームくらい、人間が出せても不思議ではない。

 

「ですが、歴史に残る魔法使いでも生身の人間を焼くのが精一杯の威力。

航空機を撃墜出来るほどの出力は、現代の魔力増幅技術があっても……

その出力を発揮する装置を人間が携行するのは不可能です」

 

 魔力増幅技術。

 魔力でどーたらこーたらする技術には、大体そういったものが介在しているらしい。

 

 なので魔力に秀でた者が馬鹿でかい戦艦や、空飛ぶ戦艦の動力足り得る魔力を供給可能、という話である。

 それでも、あくまで補助的な動力にしかならないそうだが。

 

「人間が携行するのが不可能なら、

対空砲みたいに設置するものであればいける?」

 

「それほどの遠間(とおま)、狙うための装備がありません」

 

 確かに、それほどの長距離を狙えるFCSはこの世界では一般的ではない。

 まさか、大陸規模の超長距離を人力目視で狙いを定めているとは思えない。

 

「まさに、神業ってわけだ」

 

「……あの人が求めていた先にあったのが、こんなものだったなんて」

 

 複雑な気分だろう。

 父親が命を落としてまで求めていたものが、排他的勢力の支配地域だなんて。

 

「……失望した?」

 

「いえ……思えば、果てにあるものすべてが他と比べて異質。

作為を感じるべきでした。

神、管理者が何を考えているのか定かではありませんが……

父の目指していたものは、いずれ必要になっていた。

そう思います」

 

 覗き込んだだけで攻撃してくる排他性。

 それを可能とする技術。

 

 なぜ、その技術をもって外に干渉してこないのかは定かではない。

 それでもやはり、この世界の人々は知るべきだっただろう。

 

 いずれ、彼らとは何らかの形で争うのだと。

 

「そうだね。遅かれ早かれ、人は連中と接触していた。

いきなり撃ってくるような奴がなんで攻めてこないのかは、わからないけどさ」

 

 多くの人々が足を止め、写真を眺め───

 去っていく。

 

 何度かこれが繰り返し、ようやくゆきは順路へ視線をやった。

 

「申し訳ない。そろそろ、行きましょう」

 

「そうしよっか」

 

 この先は出口と占いの分岐点。

 迷いなくゆきは出口へと向かおうとしたが───

 不意に、彼女は立ち止まった。

 

「……え?」

 

「どうかした?」

 

「いえ……」

 

 口ごもる彼女の視線の先は、思った通り占星術の占いコーナー。

 天幕に覆われたあの場所は、数十人の列が形成されていた。

 

 あそこにいるのは、占星術で未来予知に近い占いが出来るエルゥラットという魔族の女性だ。

 彼女が、サトリであるゆきに何かを呼び掛けているのだろうか。

 

「失礼しました。行きましょう」

 

「あれれ、会わなくていいの?」

 

「……必要ありません、占い(みらい)は。

私には、現在(いま)しかないんですから」

 

 まるで、自分に絡みついた糸を振り切るかのように。

 ゆきはすたすたと、出口へ行ってしまった。

 

「ゆ、ゆきちゃんっ。お昼とかどう?」

 

 すぐそばにはレストランがあり、時刻は昼食も問題がない頃合いだ。

 

「いえっ。洋食は懲りました」

 

 どうやら、良介と出会った直後、宗治郎に招かれたフレンチ風を引きずっているらしい。

 あの時、ゆきはマナーを知らないがために(良介もこの世界のマナーなど知らなかったが)恥を晒してしまっていた。

 ダイナー風の食堂で気にすることなどないのだが、あまり掘り返すのも気分が良くないだろう。

 

「ようし、それじゃあ次のパビリオンに行ってみよう。

今度こそゆきちゃんが言った、幕府のパビリオンだ」

 

「はい」

 

 明らかに合衆国館と比べるとテンションは低いが、話は決まった。

 幕府のパビリオンは、世博から撤退を決めたシャルコ大陸のパビリオンをそのまま流用している。

 デザインに趣向を凝らした列強各国や葦原政府パビリオンと違い、白い四角形の味気ない建物となっていた。

 

 前面に立てられた、大和幕府という看板。

 その上から覆い隠すように取り付けた葦原連邦の文字。

 

 この取ってつけた感は、見る者に葦原連邦という勢力の足元がどれほどおぼつかないものなのかを印象付ける事だろう。

 それでも限られた予算と、恐らくあるであろう政府側の妨害の中では頑張った方なのは間違いない。

 

「こんな……っ」

 

 負けた側には、デザインに凝る資格はない。

 ゆきからしてみれば、そう突き付けられているようなものなのだろう。

 

 豆腐のような幕府館を見上げるゆきの肩を、良介は叩いた。

 

「上より、前を見なよ」

 

 その先にいるのは、多くの葦原人からはゴミを見るような目で蔑まれ。

 外国人や変わり者の葦原人に応対する幕府館の係員であった。

 

 皆、自分の仕事に集中し、周囲の視線など気にも留めずに笑顔を維持していた。

 

「そんな顔してちゃ、あの人たちに失礼だぜ?」

 

「……そうですね!」

 

 互いに笑顔を浮かべ合って、ふたりはそう長くない待機列へと向かう。

 パビリオンの係員と、良介の視線が合ってすぐだった。

 

「わっ、えっ……うそっ……⁉」

 

 思い返せ。

 お前はここ数日、少なくとも西国毎朝新聞の紙面を飾っていたのだ。

 今までは恐らく、こんなところにいるはずがないという心理で、気づかれていなかったに過ぎない。

 

 しかし、それももうおしまいだ。

 

「そのっ、もしかして……幕府の八咫烏のっ……!

やだっ、近くだとすごい伊達男っ……!」

 

 お静かに、というジェスチャーでその係員は声のトーンを落としてくれた。

 

「凄いっ……本当に来てくれてるんだっ……!」

 

「ああ。この世界の、色んなことを知りたくってさ」

 

「ハッハッハッ、ハッ」

 

 これは紛れもなく、良介の本心である。

 それが彼女の心をくすぐったらしく、抑えたテンションはまた爆上げである。

 過呼吸気味の呼吸を抑えて、彼女は続けた。

 

「あのっ、あたし寧々藩の出身で……」

 

 寧々藩は、長坂と京に隣接した藩である。

 もし内戦がこの西国地方まで及ぶとすれば───

 内陸部で山がちなあの辺りは、空戦の舞台になる可能性が高い。

 

「幕府の後に来た政府がどんなものかと思ってたら、

すっごく酷い目に遭ったので……」

 

「ストップ。それ以上はやめておいた方がいい」

 

 今いるのは、葦原連邦ではなく政府の支配地域である。

 推して(・・・)くれるのはありがたい限りだが、彼女の人生は世界博覧会だけではない。

 気に入らない言動をしている人間を、葦原政府がどう扱うのか。

 

 四谷の件を鑑みるに、あまり楽しげな様子は浮かばない。

 

「とにかくいつか、寧々藩(ウチ)の方まで来てくれるの、待ってますっ!」

 

「うん、待っててよ」

 

 軽々と言って───

 まあ実際、京で堅石の鏡とやらを試すには、そのくらい攻め上る必要があるのだが。

 

「きゃーっ! 畏怖の魔王―っ!」

 

「しいいいいっ!」

 

 黄色い声援というやつは、本当に久々である。

 どちらかというと、良介が投げつけられるそれは絶叫に近い。

 

───うるさい。

 

 本人に悪気はないのだろうが、周囲から注目を集めてしまった。

 

「畏怖の魔王……? あの展示飛行の?」

 

「……確かに、似てる気がする」

 

「隣にいる女が違くないか? 相手はエラ・アーロンなんだろ?」

 

 周囲の囁きに耳を傾けると、そのような声が聞こえてきた。

 しまったな、これは目立ち過ぎだ。

 

 少しだけ良介が困っていると───

 

「わーっ! わーっ! おっ、お前らこっちへ来いっ!」

 

 慌てて駆けつけてきたのは、馬廻衆の井伊飯釜であった。

 元将軍の警護を継続しているとは聞いていたが、なぜこの場に?

 

「ほらっ、こっちだっ!」

 

 そのような疑問を投げかける間もなく、良介とゆきは引っ張られてしまった。

 

「あーんっ! 待ってますからーっ!」

 

 なかなかに濃いファンの声を背に、ふたりは関係者用の入り口に押し込まれてしまった。

 まったく、ご迷惑をお掛けします。

 

「急に引っ張るなよ、ビックリするだろ?」

 

「それはこっちの台詞だっ! なぜお前たち、供もつれずにこのような所に⁉

もう帰っているのではないのか⁈」

 

「なんか、部品の輸送でトラブルがあったらしくてさ。

帰りは夜になるってさ」

 

「でも、なぜペンギン隊2人組で来る必要がある⁈」

 

「私が……」

 

「俺が一緒に行こうって、竜司ちゃんを誘ったんだよ。

……ちょっと強引にね」

 

「違いますっ。強引ではなく、誘われて自らの意思で来ました」

 

 良介はゆきに類が及ばぬように配慮したつもりだったのだが───

 どうやら、要らぬ世話だったようだ。

 

「……まったく、出歯亀に撮られて間もないというのに。

本当に其方は、懲りないのだな」

 

「ふっふっふ、まあね」

 

「褒めてないっ!」

 

 それはさておき、飯釜がこの場にいる理由。

 なんとなく察しはついているが、念のため尋ねるべきだろう。

 

「で、飯釜さんよ。将軍の親衛隊であるあんたがここにいるって事は……」

 

「そうだ。公方様……ではなく、利信様と宗治郎様がいらっしゃるのだ」

 

「いま?」

 

「いま!」

 

 あの兄弟とは、つくづく縁があるらしい。

 

───まったく、俺様はデート中だっていうのに。

 

 向こうも似たような事を考えているだろうよ。

 

 ほら、背後から複数の気配が迫っているぞ。

 扉が開いて───

 

「む……そこのふたり。もしや、志村二尉と空知少尉か?」

 

 振り返れば、元大和幕府将軍大和利信に、その兄松平宗治郎。

 そしてその護衛である赫助と馬廻衆が周囲をバッチリと固めていた。

 

 葦原連邦の、政治・軍事の要がこの場に集まっているわけだ。

 

「俺らは、普通に並んで入るつもりだったんだけどね」

 

 将軍兄弟が歩み寄ってくると、ゆきは10度の敬礼で出迎えた。

 

「お疲れ様ですっ。公方様っ、総裁閣下!」

 

「やめてくれ。私はもう、将軍ではないんだ」

 

「俺もまた、総裁の地位を降りたんだ。

せめて呼ぶなら、大佐だな」

 

「ですが……」

 

 大政奉還、幕府の終焉。

 ゆきのような末端には一言も告げず、上層部だけで決めた話だ。

 

 将軍の求心力が消え去ってしまった現状では、いずれ必要になる。

 とはいえやはり、この性急な行動で軋轢が生まれるのは避けられない。

 

 そこは、政治の側の話。

 良介に出来る事はそう多くはない───

 

「で、おっさん達は何しに来たんだ?」

 

 精々、話を逸らすくらいである。

 

「無論、視察だ。幕府を終わらせたとはいえ、

この場を作り出した責任があるからな。

大政奉還の儀の準備でバタつき、ようやく暇を得られたのだ」

 

「責任、か……」

 

 ならばもう少し、足元を固めるべきだと助言したかったが───

 いま、それを指摘するにふさわしい場ではないだろう。

 

「共に回るか?」

 

「やだ」

 

 ゆきが何かを言う前に、良介が拒絶した。

 宗治郎は笑みを浮かべた。

 

「だろうな……では、兄弟で回るとしよう」

 

「ふん、そうしてればいいよ」

 

「ただ、ひとつだけ話しておこう……

葦原連邦館は、連邦の未来を描いている」

 

 そう告げた宗治郎は、弟と護衛を伴って先に行ってしまった。

 

「連邦の、未来……幕府の……武士ではなく」

 

 葦原連邦の掲げる看板は、葦原政府の掲げている看板と近い。

 違いは、実現すること。

 

 葦原政府は五民平等を掲げている。

 すなわち、葦原連邦においても武士の階級が消滅するのだ。

 

 葦原連邦館の展示には、その旨が明確に書かれていた。

 恐らく、武士の階級そのものが幕府の権威と結びついてしまっているためだろう。

 

 武士以外からは、武士という階級は不人気なのだ。

 なくなってしまった方がいいと、大衆から見なされるほどに。

 

 無頼集落───被差別階級から武士まで成り上がったゆきからしてみれば、複雑な気分だろう。

 

 なぜ、頂点を勝ち取ったのに。

 なぜ、幕府の勝利のためその身を捧げたのに。

 

 幕府は、それを否定するのかと。

 

「……私は、何のために?」

 

 これは彼女の母親の仇とは関係がない。

 あくまで、幕府軍を志したのは成り上がるためなのだから。

 

 隣で見ていて、良介は心苦しかった。

 

 幕府が崖っぷちで、幕府のまま政府軍に勝っても長続きするビジョンはなかった。

 その点では、葦原連邦の方が続く目がある。

 

 では、大和幕府に協力していた武士たちはどうなるのか?

 

 戊辰戦争、日本における幕府と政府の戦争が終わった後。

 長年日本の頂点に立っていた武装階級の解体が行われた。

 その反動は西南戦争などの形で、日本中で起きた。

 

 反乱に与せずとも、士の階級は冷遇され続けた。

 階級に基づいた生き方しか知らなかった武士は、次の社会に適応出来なかったためだ。

 

 例え葦原連邦が勝っても、同じことが起きる。

 

 解決する術など、良介にはなかった。

 出来る事といったら───道化(どうけ)を演じて、誰かの隣にいる事だけだ。

 

「なら。俺のために戦ってよ」

 

「……え?」

 

「俺が元の世界に帰るために。

そのために、一緒に戦ってくれないかな?」

 

 良介が帰った後の事、そんな先の事はわからない。

 それでも、彼女の心の寄る辺になれたら。

 

「戦う理由は、俺じゃ役者不足かな?」

 

 その一心で、良介は口走っていた。

 

「……私は。私は……っ!」

 

 突如、ゆきが振り返った。

 視線を追うように背後を確認して、良介は自身の愚かさを悔いた。

 

 油断し過ぎだ。

 あそこまで政府側を殺しまくった男が、政府側の支配圏を歩いて無事でいるはずがない。

 

 政府側が刺客を差し向ける可能性は想定するべきだが、それ以外にも。

 単独犯(ローンウルフ)の可能性を考えるべきだった。

 

 薄暗い館内、数少ない照明の灯りでキラリと銀色の刃が煌めいた。

 

「父上の仇ッ、覚悟ォッ!」

 

 どこからそいつを持ち込んだ。

 そのツッコミなどする間もなく、少年の持つ刃の切っ先が良介を向いた。

 

「ぎゃあああああっっっっ!!!」

 

 絶叫、突貫。

 大多数の人間は気の狂ったような叫びを聞くと、硬直してしまう。

 

 薩摩示現流でいう猿叫(えんきょう)というやつだ。

 奇襲に絶叫など馬鹿のやる事という論は、現実の殺し合いを知らない素人の冷笑だ。

 実際、居合わせた他の客や係員は何も出来なかった。

 

 叫びには周囲を混乱させ、自身には分泌される脳内物質で恐怖を麻痺させる。

 自他を動けなくする魔力があるのだ。

 

 刺客の構えには、そんな狂乱の助けを借りなければ出来ない甘さがあった。

 

 幸いにも良介は、この手の奇襲には慣れていた。

 10年前の記憶でも、正常に働いた。

 

「だめっ……!」

 

 最良の行動は背を向けて逃げ出すこと。

 しかし、ダメだ。

 

 ゆきの動きは恐らく、良介との間に割って入ろうとしている。

 それをすれば、彼女が犠牲になる。

 逃げる事ができないなら、立ち向かうしかない。

 

 割って入ろうとしたゆきを押し除けて早く間合いを詰め、相手の想定した間合いから外れる。

 

「わああああああっ!」

 

 これで、刺客の攻撃は速度が乗り切らない。

 それでも体重分の質量が組み合わさり生じる運動エネルギーは並大抵ではない。

 単にナイフを受け止めただけでは、運動エネルギーに押し切られる。

 

 ならば、工夫して運動エネルギーを相殺するしかない。

 

 良介はタイミングを見計らって素早く両方の腕を伸ばし、ナイフを持つ手首を押さえつけた。

 ただ押さえつけるのではなく、全体重を使い、床へ向かって叩きつけるように。

 迫る切っ先を、下腹部から遠ざけるように跳ねる。

 

 腕を伸ばす力と反動、それに全体重。

 それを全力で下方向に向ける事で───

 

 身体に向けられた切っ先を逸らし、突撃の運動エネルギーを打ち消した!

 

「うっ……!」

 

 まだだ。

 刃物は引くだけで肉と血管を断ち切る武器。

 その手にある限り、脅威であり続ける。

 

 上半身で円を描くように回転させ、刺客の腕───全身を振り回す。

 刺客はあくまで少年、良介よりも小柄だ。

 彼の身体は宙でくるりと半周し───

 

「はうあっ」

 

 一瞬のうちに仰向けに倒れた。

 この衝撃で刺客は思わずナイフを握る力を緩めた。

 活路はここだ。

 

「うがががああっ!」

 

 手首を極めると、握っていたナイフが床に滑り落ちた。

 それを蹴って、遠くへ滑らせる。

 

 数秒、奇妙な沈黙が場を漂い───

 やがて、良介と視線を交わした刺客は大粒の涙を滴らせた。

 

「ぐっ、くううっ……うわあああっ……」

 

 父上の仇。

 この少年は、そう言ったな。

 

 空の上で殺した相手の人相などわかるはずもない。

 ましてや、言葉も交わした事がない相手ならなおのこと。

 

 良介は彼の顔をまじまじと見ても、どの殺した相手なのか判別がつかなかった。

 

「父上ぇっ、申し訳っ、申し訳ありまぁっ……」

 

「悪いな。それでも俺は、帰らなきゃならないんだ」

 

 こんな事を言っても、自分に対する言い訳にしかならないぞ。

 少年の父親を殺したか、その真偽はさておき。

 少なくとも彼にとって、お前は仇なのだから。

 

「違うっ……!」

 

 良介に弾き飛ばされたゆきが、起き上がりながら言った。

 

「ゆきちゃん、まだ……」

 

「違うっ……! あなたの父上の仇は、この方ではないっ!」

 

 思わず良介は少年から視線を逸らして、ゆきへやってしまった。

 少年と同じくらいの涙が、ゆきの目からこぼれ落ちていた。

 

「夷俘海峡で……あなたの父上が乗っていた護衛機を撃墜したのは……

私なんだっ……!」

 

 夷俘海峡、護衛機。

 屋岸の空爆を目論んだ、あの爆撃機編隊。

 その護衛機の中に、この少年の父親がいたのか。

 

 常人では絶対にわからない、サトリのセンスだ。

 

「えっ……?」

 

「あなたの思念を感じてわかった……

似ている、あの思念と」

 

 再び良介が少年へ視線をやるのと、彼の視線が向き直ったのはほぼ同時だった。

 夷俘の魔王が仇だと思っていた最中に、そんな告白をされても飲み込みきれないのだろう。

 

「……なんにせよ。俺は、俺たちは死ぬ訳にはいかないんだ」

 

「父上をっ、殺してもかぁっ……!」

 

「そうだ! 誰かが殺し、殺そうとしている以上、それ以外に解決があるのか⁈」

 

「うっ……」

 

 落ち着け、良介。

 気持ちが昂る理由はわかるが───

 この少年は、単なる犠牲者なのだ。

 

 犠牲者が機会を得て、一矢報いたくなった。

 お前が同じ立場ならきっと、同じ事をしていただろう。

 

 武器の確認があるはずの世博会場に刃物を持ち込めた。

 その背景は、気になるところだがな。

 

「志村! 空知!」

 

 飯釜の叫び。

 見れば、飯釜が武装も隠さずに駆け寄ってきた。

 

「ちょうどよかった。彼を頼む」

 

「任せろ。それよりも、其方らは今すぐ現場を離脱しろ!」

 

 彼の切羽詰まった態度から、状況は単純ではないように見えた。

 

「……こんな事が、他でも?」

 

「そうだっ。大和殿と、長坂空港もだ!」

 

「空港でもっ⁈」

 

 想定外の規模だ。

 昨日の無反動砲も大概だったが、まさかそこまで同時に攻撃を仕掛けて来るとは。

 

 政府側が明らかに、手段を選ばなくなってきている。

 

 これは素早く行動しないと、何が起こるかわからない。

 

「志村殿、この者は俺に任せ、空港へ向かえ!」

 

「わかった! ゆきちゃん、行こうっ」

 

「……」

 

 と、ここで良介はひとつ気になった。

 飯釜にこの場は任せるとして、飯釜自身はどう離脱するのか?

 

 これほど同時に攻撃を仕掛けるとなると、現地当局も怪しいものだ。

 引き渡すとして、少年も飯釜も、その後無事に済むのか?

 

 近衛兵団はともかく、軍警察が荒っぽい組織なのは既知の通りだ。

 

 飯釜は言うまでもなく、少年も口を封じられるのではないか。

 ゆきが少年を見る目から、彼女も同じ懸念を持っているように見えた。

 武装のナイフは未だ、幕府館の床に転がっている。

 

「……こいつも連れて行こう」

 

「えっ⁈」

 

「なにをっ、正気か⁈」

 

「あんただって、ここに残りたくないだろ!

背後関係だって洗いたいだろ?」

 

 少しだけ飯釜は逡巡した様子を見せると───頷いた。

 

「よかろうっ!」

 

「何を勝手にっ、放せっ!」

 

 少年の言うことなど聞かず、飯釜は両手両足を縛り上げると、肩に小さな体躯を担ぎ上げた。

 幕府館の従業員が今後どうなるかは気になるが、これ以上は限界だった。

 

「で、元将軍とおっさんは⁉︎」

 

「ご無事だが、其方らの安全が最優先だ!

とにかく走れ!」

 

 走るのには慣れている。

 良介とゆきは馬廻衆に遜色ない走りで関係者出入り口から外へ脱出する。

 

 すると、流れるように合流する人影があった。

 

「ごめん、良介っ! 守りきれなかった!」

 

 千代だ。

 彼女もまた、この現場に来て人知れず良介の護衛をしていたのだ。

 あるいは───良介が世博を訪れるたびに、そうしていたのか。

 

 きっと彼女が刺客の内心を読んで事前に対処していたのだろうが───

 今日は少年がその網をすり抜けたのだろう。

 

「いや、おかげで命拾いした!」

 

 千代の視線が一瞬、飯釜が担ぐ少年へと向けられた。

 

「うわ、正気?」

 

「お互いのため!」

 

「わかるけどさぁ……っと!」

 

「う、ぐあっ……」

 

 千代が突如進路に割って入った男へ、鋭い蹴りをかます。

 懐に手が突っ込まれたまま、男はその場に伏せた。

 

 地面に滴った血痕から、刃物の鞘が割れて身体に刺さったのだろう。

 

「近づく奴に気を抜かないで!」

 

 馬廻衆は正式な許可を得て、護衛のため特別に武装が許されている。

 しかし空軍改方は諜報機関に近い性質があり、正規の存在ではない。

 このような状況でも、丸腰で敵に相対しなければならないのだ。

 

「寄るな! 非常事態だ!」

 

 先行する飯釜は拳銃を片手に、来訪客へ警告して道を開けさせる。

 荒っぽい葦原人でも、武装を露わにした人間と意味もなく争ったりはしないのだ。

 

「どこから脱出するんだ⁈」

 

「西出入り口だ! 関係者出入り口は危険過ぎる!」

 

 もし暗殺計画があるとして。

 現地での排除が失敗したプランBでは、どこに網を張るか。

 考えつくのが、関係者出入り口だろう。

 

 一般用の出入り口は人が多く隠れる場所も多いが、反面一般人を巻き込むリスクが大きい。

 相手に一般人の犠牲を回避する理性など期待出来ないが───

 

 忘れてはいけない、ここは葦原政府支配圏ど真ん中。

 警備員からいきなり撃たれるよりずっとマシだ。

 

 まだ銃撃のような騒音がないおかげで、世界博覧会は従来と変わらない様子だった。

 幸せな非日常の中を、内戦下の物々しい一団が突破していく。

 

 パビリオンの陰から西出入り口が見えてきた。

 退場者より入場者の多いような客足。

 

 この入場者たちの、果たして何割が暗殺者なのか。

 

「非常事態だ、道を開けろ!」

 

「道を開けてください!」

 

 数名、入場者の列から離れた人々が退場ゲートで壁を形成した。

 飯釜の警告にも、世界博覧会スタッフにも従わない。

 ただ無言で、互いの腕を組み行く手を遮る。

 

「サプライズにしては、表情が必死だな」

 

 意図は明白、良介たちの離脱を妨害するつもりなのだ。

 

 良介は周囲へ視線をやり、カメラを構える人々の存在に気付いた。

 世界博覧会の盛況ぶりを報道するカメラマン───にしては、数が多い。

 

交戦規定(ROE)無視して丸腰の一般人を撃つ幕府の人間。

いいスクープになるだろうな……誰だよ、こんな絵画()描いたやつ」

 

 馬廻衆は紛れもなく正規の護衛であり、武装も許可されている。

 無論ROEも定められており、丸腰の相手には基本発砲してはならない事になっている。

 

 もし非武装の民間人を撃ったと報じられれば、幕府───葦原連邦の信用に、早速泥が跳ねる事だろう。

 これは暗殺計画であり、情報工作でもあるのだ。

 

「良介。この人ら、そんな事全く頭にないよ。

ただ与えられた情報に従って、その場の気分で動いてるだけだ」

 

 人の壁は、魔王を殺すために決まった時間に訪れただけ。

 メディアはゲート周辺のイベントの噂を聞きつけて、網を張っていただけ。

 

 単発の行動が同時多発的に起こるよう、入念に計画されているのだ。

 智台にて警備艇に機雷敷設をさせたような、強く鋭い悪意を感じた。

 

「知らなければ、情報が漏れる事もない……

千代ちゃんみたいなサトリでも、知らない事は読めないわけだ」

 

 サトリ研究が活発な藩が含まれているだけあって、対策についても研究が進んでいるらしい。

 あくまで、サトリが知れるのは思考のみ。

 未来予知が出来るわけではないのだ。

 

「ぐっ……道を開けよ!」

 

 正面の壁は警告には従わず、一歩も譲らない。

 背後からは、果たして何人の、どれほどの暗殺者が迫っているのか。

 

 良介自身の命、ゆき、千代、飯釜───

 周りにあるものを守るためには、誰かが泥を被る必要があった。

 

 命と泥、比べるまでもない。

 

 良介は素早く走り出し、地を蹴った。

 

「! ま、待てっ」

 

「うわっ……!」

 

 走った勢いのまま、良介は人の壁にドロップキックを喰らわせた。

 中央で仁王立ちする男の胸に全体重が叩きつけられ、後方へ大きく吹き飛んだ。

 腕を組んでいた周囲の人間も、釣られて倒れ込む。

 

「良介さんっ、なんて無茶をっ……⁉︎」

 

「相変わらずぶっ飛んでるぅ……!」

 

 パシャパシャと、どこかからシャッターを切る音が響く。

 この光景がどう切り取られるかは、考えるまでもない。

 

 それでも、前へ進むしかない。

 ここで、終わるわけにはいかないのだ。

 

 ゆきと千代の力を借りて立ち上がると、倒れた人の壁を踏みつけるように突破し。

 ちょうど到着した連邦の車両に飛び込んだ。

 

 脱出するための、空港へ。

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