蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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121 操縦課程最終検定「F.N.G.」

「逆賊」

央暦1970年3月20日

葦原海 北部藩沖

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 その光景は、夜間でなければさぞ壮観だったことだろう。

 

 彰義隊第一中隊ペンギン隊を先頭に、右翼を新選組4機、左翼をイグルベ隊4機、背後に整備隊や四谷の乗る輸送機、上空は宗治郎駆るP/A-51ウォーサンダー。

 そして中央には、美しい模様が描かれたキンシ。

 

 戦闘機計15機と中型機2機が編隊を組んで飛行しているのだ。

 通常では中々見られない、凄まじい編隊飛行だろう。

 

「こちらばく……ごめんなさい。葦原連邦空軍、早期警戒管制機(AWACS)フツノミタマ。

彰義隊の皆様、任務ご苦労様です」

 

 フツノミタマのゆかり管制兵の声が、通信機から響いた。

 AWACSは暗殺騒ぎの際は電子戦で協力してくれていたが、敵地へ着陸させるわけにもいかないため、長坂到着後は引き返していた。

 

「フツノミタマ、声を聞けて嬉しいよ」

 

「ペンギン1、私語は慎め」

 

 同じく、フツノミタマの次郎物頭がピシャリと言い放った。

 チェイスとボスは、いかにも(・・・・)な男からいかにも(・・・・)な発言が飛び出してきたせいで、笑いを堪えるのに精一杯になってしまった。

 

 彼は当然の事を言っているので笑ってしまっては失礼だが───

 あまりにも、エースコンバット的過ぎたのだ。

 

「ペンギン隊、宗治郎殿。周波数を016に切り替えよ」

 

 彰義隊では、あらゆる状況を想定して事前に周波数を決めている。

 中には各中隊であえて共有しないものもあり、周波数016とはまさにそれだ。

 

 フツノミタマがそう言うのであれば、何かあるのだろう。

 チェイスは周波数帯を変更し、暗号通信に切り替えた。

 

「変更した」

 

「こちらも同じくだ」

 

「了解。報告する、この先の海岸部に不逞(ふてい)勢力が展開中。

ペンギン隊は宗治郎と協力し、排除されたし」

 

不貞(ふてい)勢力?」

 

「不逞だ」

 

「ちゃんと言ったぜ?」

 

「いいや、お前の言った不逞は絶対に字が違った」

 

 どうやら、次郎にはお前の悪ふざけはお見通しらしい。

 しかしこれは、紛れもなく命令だ。

 

 次郎はお前と違って、悪ふざけはしないのだからな。

 

「宗治郎。奴ら(・・)なのか?」

 

「ああ、そうだ。遂にこの時が来た」

 

 ボスと宗治郎が言葉を交わし、認識をすり合わせた。

 やはり彼らは裏で、色々やっているようだ。

 

「これより、傍受・録音した音声を再生します」

 

 ゆかりはそう言うと、何らかの機器を操作し───

 ノイズの質が変わった。

 

《確かか?》

 

《先ほど、ラジオ電波を受信しました。

確かです。春川は武士(われわれ)を解体するつもりだ》

 

《判子の仕事は印を押すだけ……身の程を弁えず、図に乗りおって。

勝手に喋る判子など要らん。舐めた将軍もここで降ろし、我々で真の幕府を作る。

地対空誘導弾を用意! 見張り要員は南西の機影に警戒を厳にせよ!

奴らは必ずここを通る、護衛に対地兵装はない!》

 

 春川親王、そして元将軍の暗殺を決意する交信である。

 発言したのは旧幕府軍の陸軍、その多数派(・・・)だ。

 

 世界博覧会にて葦原連邦の樹立を宣言し、武士階級の解体を宣言したのが気に入らないのだろう。

 実際、竜司ですら困惑していたのだから当然だ。

 

「公方様と親王殿下の暗殺……⁈

連中に忠義はないのかっ⁉︎」

 

 その竜司ですら、彼らの発言に憤慨していた。

 行動に疑念が湧くという共感はあれど、限度というものがあるのだから。

 

「ないのだろうな。さもなくば喋る判子などと言う言葉は出ん。

ペンギン隊、済まないが手伝って欲しい」

 

 幕府という組織、例え内戦に勝ったところで先は長くない。

 大和利信元将軍と春川親王こと現公はそう考え、葦原連邦を発足したのだ。

 

 彼女らは命懸けで諸々を整えたのだ。

 戦国時代並みの無茶を許すわけにはいかない。

 

「ノーって言える雰囲気じゃないな」

 

「ありがとう。連中はかつて、陸軍の高射……

地対空戦闘を専門としている部隊だ。

戦闘を前に逃げ出した卑怯者とはいえ、侮ってはならんぞ。

電子戦攻撃を活用せよ」

 

 嵯峨野の攻撃は最新技術を用いたミサイルだったが、今回は違う。

 レーダー誘導のミサイルが飛んでくる、従来通りの防空網破壊(DEAD)だ。

 ECMで敵ミサイルの性能を落とし、目視・RWR・攻撃誘因を駆使して位置を特定・破壊する。

 

「こっちは散々、こういうのは訓練でやって来たんだ……やってやるよ」

 

「こちらボス、提案がある。ECM能力が2機いるなら、

チームを2つに分けた攻撃を具申する」

 

 例えば、機動力および索敵能力に優れるF-2を先頭に。

 可能な限りSAM破壊と同時に、攻撃誘因を行なって発射機やイルミネーター特定の支援を行う。

 

 F-2のセンサーが得た敵位置情報をフツノミタマに送り、データリンクを介して各機に送るのだ。

 後続のP/A-51組こそが、SAM破壊の本命という具合だ。

 

「チェイス殿。私が追従します」

 

「いや、竜司。今回、チェイスは大助と組んだ方がいいだろう」

 

 ミサイルを振り切る時、旋回能力よりも速度の方が重要になる。

 足の速さはF-2が1番だが、2番目は大助のP-104だ。

 

「あの展示飛行でこいつともお別れと思っていたが……

思わぬ華道があったな」

 

「大助、機体の状態は?」

 

「問題ない。このまま、現役を続けても良いぐらいにな」

 

 流石にそれは無理があるだろう。

 しかし、今回を凌げるならば問題はない。

 

「そういうことなら、了解しました」

 

 海岸線沿いに展開する敵防空陣地。

 これをキンシが作戦区域(AO)に到着する前に殲滅する。

 

 何も難しい話はない、ただ敵を倒して生き延びるだけだ。

 

「フツノミタマ、敵戦力は?」

 

「詳細は不明だ。だが陸軍の戦力情報を信用するならば、

戦闘機は出て来ないはずだ」

 

 これは当然の話である。

 陸軍が運用している航空機は偵察機のみだ。

 ただし、偵察機でも軍用機であることに違いはない。

 

「確か、あの偵察機も自衛用の対空兵装積めたよな?

弾が当たるなら勝てるのが空戦だ、油断は禁物」

 

「了解です」

 

「うむ、同感だ」

 

「……チェイス。ようやく、隊長の風格が出て来たな」

 

「うるさいな。時間がないんだ、行動に移るぞ」

 

 編隊を2つに分ける。

 チェイスと大助、宗治郎・ボス・竜司の2個小隊だ。

 

 大助と並んだチェイスは、改めて確認する。

 

「確認出来る敵戦力に全火力を投射。次は……」

 

「全力で飛び、全力でかわし、迫る敵機があらば(ことごと)く叩く……

構わないな?」

 

「話が早くて助かるよ。ECMまで、3、2、1……」

 

 チェイスはIEWSのECMを最大出力に設定。

 もし敵がレーダーを起動しているのならば、悟られているだろう。

 

 しかし一方で、敵はチェイスの機体が持つレーダー警報装置(RWR)の存在を知っていた。

 だからこそ、レーダーはギリギリまで起動させずに見張り員による目視での索敵を行なっている。

 

 だからこそ、直接目に見えるまで彼らは気付けない。

 

「ペンギン1、ペンギン4。間もなく敵陣地からの視程距離です。

交戦準備願います」

 

「了解。安全装置(マスターアーム)解除(オン)

 

「解除よし」

 

 出力最大、この世界でトップクラスの足の速さを誇る2機が、海面スレスレで敵陣地へと迫っていた。

 月が雲に覆われた夜、不確かな水平線にわずかな歪みが生じ───

 北部藩の地形に変じた。

 

《機影……? 機影ッ! 機影を目視!

方位230(南西)ッ! 2機が超低空より接近中!》

 

《超低空⁈ 悟られたかっ⁉︎

迎撃用意! 2分もしないうちに来るぞっ!》

 

 今回もフツノミタマが傍受した敵の交信をこちらに送信してくれた。

 おかげで、敵に発見されたのがよくわかる。

 

 RWRに反応なし、まだレーダーは稼働していない。

 

「最重要目標はレーダーだけど、エンジンが始動してないとロック出来ない。

だからこっちは撃ってきそうな奴を全部叩こう!」

 

「相分かった!」

 

 多機能表示装置(MFD)を操作し、AGMのシーカー画面を呼び出す。

 AAMのように運用することも出来るが、MFDを搭載する機体ならば、シーカーの人工生物が見ている景色を画面に表示、照準する事が出来るのだ。

 

 ペンギン隊の機体は、最低でもMFDを搭載する改修を受けている。

 一番手の入っていない、大助のP-104でさえもだ。

 

 こんな土壇場で、チェイスは提案した。

 

「大助、やっぱりAGMは1発残すように!

シーカーは起動させたまま!」

 

「む? わかった」

 

 直後、海岸線沿いに複数の熱源が発生した。

 対空車両がエンジンを始動し、迎撃準備を始めたのだ。

 

 とはいえ、電力をバカ喰いするレーダー車両は起動まで時を要する。

 ミサイルが飛んで来るまで、もう少し時間が掛かる。

 

 狙いは懐を守る自走対空車両、ミサイルやFCRはない。

 この暗闇での目視照準など、狙っていないのも同然。

 

 曳光弾とマズルフラッシュが、無造作に海岸線を照らし始めた。

 熱を追い求めるシーカーが、灯火を見つけたのだ。

 

「目標視認! 誘導装置捕捉完了!」

 

「ペンギン1、空対地ミサイル発射(ライフル)!」

 

 3つの光が夜の海を照らし、超音速で飛翔する。

 誘蛾灯(ゆうがとう)に導かれる()の如く、乱射される対空砲に向かい、推進剤の燃焼が終わり。

 眩い光が夜の海に煌めいた。

 

《味方車両が消し飛んだっ! 爆弾の直撃を受けたのかっ⁉︎》

 

《いや、あれは間違いなく誘導弾の攻撃だ!》

 

《戦闘機が爆弾並みの誘導弾を⁈ あるわけないだろう、そんなことっ!》

 

《だったら陣地から顔を出せ! 自分の目で確かめろ!》

 

 この世界では、戦闘機が搭載可能な対地兵装は航空爆弾(UGB)ロケット(FFAR)しかない。

 陽光の対地転用はチェイスが編み出した欠陥の応用に過ぎず、出来ても弾頭の違いから威力に大幅な差が出る。

 

 彼らはこの世界で初めて、空対地ミサイルによる精密爆撃を受けているのだ。

 

 ミサイルを使い果たしたチェイスと大助は旋回し、対空砲の死角となる地形に回り込んだ。

 

「大助、そのシーカーは索敵に使える」

 

「……そうか!」

 

 チェイスとて、本から過去の戦法から学んでいた。

 湾岸戦争の際、アビオニクスがほとんどないA-10が夜襲を仕掛ける際、マーベリックのシーカー画面を見て索敵をしたという話を思い出したのだ。

 

 F-2には自前のFLIRがある。

 オーグメンターの炎を消して、夜闇に紛れながらチェイス達は再びアプローチをかけた。

 

「これなら……見える!」

 

 黒い世界に、蠢く白い影。

 チェイスはその中に、丸みを帯びた物体を掲げる車両捉えた。

 SAMの誘導装置(イルミネーター)だ。

 

「見つけた……!」

 

 直後、RWRが警告を発した。

 敵のSAMシステムが稼働したのだ。

 

「ペンギン1、FCを検知!」

 

「知ってる!」

 

 広がる夜の闇に、HMDに投影されたGUNの照準器を合わせ───

 掃射。

 

 この暗闇では、目視での効果確認は困難だ。

 無理はせずに垂直上昇をはじめ、大助と一時別れる。

 

《対空車両、一両破損っ! 誘導装置も一両機能停止!》

 

《この被害っ、魔王だな! 全弾をあの機体に投射しろ!

あいつさえいなければ親王と将軍など、どうとでもなる!》

 

 敵の通信が傍受出来ていると、勝手に戦果確認をしてくれるとはな。

 存外侮れないものだ───

 

 自分を殺そうとしている相手が何を言っているのか。

 それを知れてしまう精神的負担を除けば。

 

《馬鹿がっ、真上に向けて打ち上げろ!》

 

「さあ、来るぞっ」

 

 RWRが鳴き、地上から複数の噴射炎が打ち上げられた。

 ミサイルに捕捉され、狙われているのだ。

 

「チャフ・フレア! チャフ・フレア!」

 

 F-2がミサイルを探知し、自動的にカウンターメジャーの投下を始めた。

 ECMもあって性能は低下しているが、それでもミサイルは喰らい付いてくる。

 

 この中にヒートシーカーが混じっていれば、なおのことだ。

 

「ペンギン1、シンガー、ブルズアイ、現座標!」

 

「馬鹿言ってねえで退避しろ!」

 

 真打ちの登場だ。

 ボス達がミサイルの射程圏まで迫り、AGMを放ったのだ。

 

 幸いにも、敵のSAMは加速が終わっていない。

 垂直上昇しながらバレルロールを行うと、惑わされたSAMが次々にチェイスを追い抜いていった。

 

「おっおっおっ、おおっ!」

 

「弾着!」

 

 ボスと竜司で4発。

 宗治郎のウォーサンダーは単独で5発のAGMを搭載していた。

 計9発のAGMが真上に釘付けとなっていた敵防空陣地を襲う。

 

 それも、F-2の対地レーダーが捉えた情報を受けている。

 SAM発射機やイルミネーター、捜索レーダー。

 重要な目標が正確に狙われた。

 

《敵増援っ、また爆撃だっ!

誘導装置と捜索電探(レーダー)を失いましたっ!》

 

《空軍め……! 電探誘導弾は諦め、熱源誘導弾の攻撃に切り替え!

それと、増援を要請! ……航空隊にもだ!》

 

《航空隊⁈ 奴らは回転翼機と偵察機です!》

 

《言ってる場合か! しくじれば、我々は終わりなんだぞ!

賊軍の停戦破りとでも言っておけ!

注意を誘うくらいは出来るはずだ!》

 

 航空機の増援を要請。

 それも、政府軍の停戦破りという嘘の口実で。

 

 もちろん、この交信を聞いているのはチェイスだけではない。

 

「こちら葦原連邦空軍AWACSフツノミタマ!

現在、空軍部隊が反乱の鎮圧を実施中!

賊軍の停戦破りは誤報です! 繰り返します、停戦破りは誤報!

反乱軍の要請に従わないでください!」

 

 即座にフツノミタマが、この要請を無力化した。

 航空機の増援が来れば、厄介な事態となっていたが───

 

《この要請は第4師団か? 状況を伝えろ、何が起きてる?》

 

《将軍と親王が裏切った!

武士の階級を解体し、政府の真似事をしようとしている!

志ある武士は、我々と共に戦え! 魔王を討ち果たそう!》

 

 嫌な予感がした。

 チェイスはSAM回避と攻撃を続けつつ、交信に耳を傾けていた。

 

《……了解した。第2回転翼団、これより支援に向かう!》

 

《助かった! かたじけない!》

 

「くそっ、馬鹿どもめ!」

 

 宗治郎が憤慨するも、こうなれば避けることができない。

 ヘリコプター部隊もまとめて叩くしかない。

 

「捜索電探に感あり! 回転翼機部隊及び、固定翼機も急行中っ!」

 

 フツノミタマからの報告。

 

 固定翼機───偵察機はプロペラ機だ。

 現行のジェット機よりも短く、砂利道のように簡素な滑走路からでも離着陸が可能だ。

 前線を支援するために設営した簡易滑走路から離陸しているのだろう。

 

「宗治郎殿。こうなれば、新選組やイグルベ隊を増援に……」

 

「キンシの守りを薄くするわけにはいかん!

海軍の急進派に悟られれば狙われる!」

 

 海軍にまでイカれポンチが潜んでいるのか。

 本当に地固めが済んでいないまま、無理矢理進めた話らしい。

 

 状況は不利だが───

 出来ることは、出てくる敵をモグラ叩きの如く攻撃し続けることだけ。

 

「回転翼機、AOに入ります!」

 

「大助だ。私が対応する」

 

 敵ヘリが対空兵装を持っていたとしても、P-104の速度ならば対応出来る。

 問題は、彼女がひとりしかいないことだ。

 

 ヘリ部隊の規模次第では、攻撃から抜け出す機体も出てくる。

 そうなれば、状況は不利だ。

 

「こちら陸軍第1飛行団。南東から接近中」

 

《よし、かたじけない! 誘導弾でもなんでもいい、奴らを釘付けにしろ!》

 

 偵察機の陸軍部隊まで。

 よろしくない、あまりにもよろしくない。

 

 このままでは、自分達以外の全てが敵。

 そんな状況になりかねない。

 

「くっ……竜司、主翼に被弾!

戦闘は続行可能!」

 

「ボス、弾薬欠乏!

だが、出来るだけSAMを引きつける!」

 

 続々とウィングマンから嫌な報告が上がる。

 

 まさかこれほどの規模が待ち構えていたとは。

 明らかにこれは、一部部隊の反乱ではない。

 

 どこかしらの、少なくとも外国からの支援があるに違いない。

 しかしそれを知れたところで、頭数の少ないこの状況が覆るわけでは───

 

「何を言うか、御公儀と親王殿下に仇名す賊軍め」

 

《なにぃ?》

 

 非常に腹立たしいが、チェイスは敵の指揮官と同じことを考えてしまった。

 陸軍の航空隊───思い返せば、彼らの派閥は多数派ではない。

 

 幕府陸軍の総裁や、柳北と同じ派閥!

 

「第1飛行団、これより八咫烏に助太刀する!

対地電探始動! 増援を現地へ向かわせるな!」

 

 先湊奪還の際、チェイスの誘導で助かった機体。

 その中にいた人間の兄とは、遊郭で直接顔を合わせていた。

 彼の部隊こそ、第1飛行団であった。

 

「第1飛行団、援護感謝するぜ!」

 

 政治的なニオイがプンプンする反乱。

 反乱側はもちろん鎮圧側すら、後からどのような恨みを買うかわからない現場だ。

 

 彼ら陸軍の人間としては、曖昧な態度を決め込むのがキャリア的に最善手のはずだ。

 

「八咫烏か。弟と仲間の借りを返しに来た。

下の連中をそっちには行かせん」

 

《お前ェ! わかっているのか、身分の解体だぞっ⁈

我々に農民や工民、匪民になれと、奴らは言っているんだぞ!》

 

「だとしても、このような闇討ちは士道に反する。

……少なくとも我々には、主君の言い分を聞くくらいの分別はある」

 

 不安なのは確かだが、話は聞く。

 わかりきっている事だが、次の政治を始めるに説明は不可欠なのだ。

 

「こちら第1飛行団! 反乱に合流せんとする者達へ。まだ間に合う、今は退け!

不安なのは俺たちも一緒だが、行動を起こすには拙速過ぎる!」

 

 向こうがどうなるか定かではない。

 今は、お前のやれる事をやるしかないだろう。

 

「ペンギン隊、状況は!」

 

「竜司、残弾機関砲のみ! ですがまだやれます!」

 

「ボス、弾薬欠乏機体健在!」

 

「あくりだ。回転翼機と交戦中……待て。

今、奴らは転進した」

 

「宗治郎は!」

 

「誘導弾はないが、それ以外ならば健在だ!

いくらでも暴れてやる!」

 

 断片的にしか確認していないが、宗治郎はこの戦闘でそこそこ戦果を挙げている様子だった。

 思いの外、空戦よりも対地攻撃の方が得意なのかも知れない。

 

 しかし、こういう報告は真に受けてはいけない事があるのが厄介だ。

 各々の状況を知り、分析して判断しなくてはならない。

 

「ボス、あんたは先に帰ってくれ。

機体は良くても燃料がないだろ?」

 

 P-20は小柄な体格の割にエンジン出力が大きい影響で、戦闘可能な時間が短かった。

 増槽は投棄している上、先ほどの戦闘ではSAMの攻撃を誘引・回避するためにずっとオーグメンターを吹かしていたのだ。

 残った燃料は帰還ギリギリといっただろう。

 

「……了解! チェイス、死ぬなよ!」

 

「誰に言ってるんだ、こっちのセリフだよ。

それと大助、そっちも切り上げて帰るんだ。理由は同上!」

 

「もう、1機だけ……」

 

「ダメ!」

 

「……相分かった」

 

 ボスと大助の機体が離脱していく。

 残ったのはチェイスと竜司、そして宗治郎の3機ばかり。

 

 幸いにも、F-2の対地レーダーは残敵が僅かだと示していた。

 

「残敵、熱源誘導弾と対空機関砲。

油断するな、確実に排除せよ」

 

 フツノミタマの次郎はそう分析した。

 それを受けたチェイスは、思うところがあって対抗手段放出セットへ視線をやった。

 カウンターメジャーを管理するディスプレイである。

 

 その残量は、チャフはわずか。

 しかし、一番肝心なフレアが0だった。

 

「しまった、プログラムに任せすぎたな……」

 

 ここは攻撃をやめて、電子支援に徹するべきだ。

 

「相手の頭数も減ったけど、こっちだって少ないんだ。

もう一度、無茶をするべきじゃないか?」

 

 馬鹿を言え、この世界のSAMがポンコツだとしても、フレア抜きでかわせるほど甘くはない。

 次狙われたら、相当な運がなければ死ぬぞ!

 

「……ごめん、フレア欠乏。燃料と機体に問題はないから、

このまま電子支援に徹する」

 

「うむ、任せろ。竜司、共に行くぞ」

 

「了解しましたっ」

 

 歯がゆいが、撃たれれば死ぬ状況に飛び込むほどお前は愚かではない。

 それも、今や葦原連邦空軍の中枢なのだ。

 

「……わかってるよっ」

 

 ふたりを信じろ。

 信じて、支援して待つのだ。

 

 なんのためのデータリンクと対地レーダーだ。

 お前はいるだけでも支援が出来るのだ。

 

「くどいぞ、わかってるってば」

 

 ウォーサンダーとオロールが低空で迫り、敵のSAMが火をまとう弾を打ち上げる。

 上昇して間もなく、降下してふたりへ向かっていくが───

 間に合わずに地面へ激突。

 

 懐まで迫った2機は、機体の機関砲で掃射。

 銃撃で爆発が起き、別のところで火の手が上がった。

 

 前者は竜司のオロールで、後者は宗治郎のウォーサンダーだろう。

 

「目標沈黙!」

 

「主だった目標はこれで全てだ。

ペンギン隊。思わぬ事態があったが、よく対処してくれた」

 

 F-2の対地レーダーに反応はない。

 オールクリア、というやつである。

 

 あとは、向かっているという増援だが───

 

「第1飛行団、そっちの状況は?」

 

「何度か銃撃する羽目になったが、説得には成功した。

しばらく監視するが、もう平気だろう」

 

 時計を確認する。

 間もなくキンシがこの空域を通過し、夷俘島へと向かう。

 問題は解決だろう。

 

「ペンギン隊、念のため上空で待機し監視を継続せよ」

 

 森の中にSAM一式を起動せず隠し持っていたら、今までの努力はパーだ。

 それを避けるためにも、誰かが見張る必要があった。

 

「了解だ、フツノミタマ。

……みっしょん・こんぷりーと、だな」

 

 肩の力を抜き、暗い世界を見渡す。

 南西から、青と赤の衝突防止灯を点灯する編隊が近づいていた。

 キンシとその護衛だ。

 

「こちらイグルベ1。そっちで複数の……戦闘の痕跡か?

チェイス、お前ら何をしていたんだ?」

 

「ああ、ちょっと散らかってたから掃除をね……

片付いてるだろ?」

 

「なんだよぉ! 俺らも呼んでくれれば、臨時収入が入ったのに!」

 

 イグルベ隊の背景を知った今、彼らが悪態をついても諌める気にはなれなかった。

 国に家族を人質にされた彼らは、家族のために金を稼がなくてはならないのだから。

 

「悪かったな。今度手伝ってくれ」

 

 そう告げた直後、視界の隅に光を感じた。

 

「チェイス殿の真後ろッ!」

 

 油断した。

 敵SAMは木陰に隠れて身を潜め、対地レーダーの索敵を免れていたのだ。

 

 RWRに反応なし、つまり赤外線誘導のSAMだ。

 

 この位置関係では、上昇は悪手。

 素早く反転し、機体を降下させるが───

 

「警告! フレア欠乏! 警告! フレア欠乏!」

 

 そう、ミサイルのシーカーを惑わすためのフレアはない。

 

───これ、無理っぽいな。

 

 脳と身体は最善を尽くしつつも、どこかで諦観を覚えていた。

 演習で撃墜判定を受けた際は、大体この諦めが出てくる。

 

 エースコンバットで真後ろからミサイルを受けた時と一緒だ。

 どう足掻いても、数秒後には攻撃を受けているあの時と。

 

 そうなれば、戦闘機乗りに出来ることはただひとつ。

 足元のレバーを引っ張り、射出座席(イジェクションシート)を起動させて脱出すること。

 

 しかし───

 このF-2は、チェイスとボスが持つ最後の日本だ。

 

 その事実が、判断を鈍らせた。

 

「させないっ!」

 

 竜司が旋回しつつ、フレアをばら撒きながら割って入った。

 連続する熱源に、ミサイルは誘導を乱され───

 

「ダメだっ、ミサイル誘導中!」

 

「脱出をっ……!」

 

 ミサイルの噴射炎が途絶え、姿を消した。

 これはかわしたのではなく、数秒間最高速度で迫ってくるということ。

 

 これは、喰らう!

 

 爆発と衝撃。

 想像していたよりも、あまりにも弱かった。

 

 いや───計算よりもずっと早い?

 

「宗治郎様だ! 割って入った宗治郎様が被弾した!」

 

「なにっ」

 

 鉄之助の言葉に、思わずチェイスは振り返った。

 黒煙を吐いたP/A-51が、上昇しつつも飛行を続けていた。

 

「ぐっ、直撃は避けたか……」

 

「松平公っ、機関に火災発生!」

 

「案ずるな。機関停止、消火する!」

 

 エンジンを停止させ、強制的に空気の供給を減らす。

 酸素がなければ、火は消えるしかない。

 

 消火するにはそれしかないが───

 ウォーサンダーの吐く黒煙は止まった。

 

「宗治郎、黒煙は止まった。再始動してみてくれ」

 

「うむ。やるぞっ」

 

 今度は緩やかに降下し、エンジンタービンを回して始動を試みる。

 しばし無動力の飛行がつづき───排気の陽炎がウォーサンダーの後方で広がった。

 

 炎が燃え広がる気配は───ない。

 

「ふぅっ。凌いだようだな」

 

「……俺より立場のある奴が、こんな無茶していいのかよ?」

 

「言ったであろう? 俺は将軍の兄や幕府空軍総裁以前に、戦闘機乗りなのだ。

どちらの肩書きも捨て去った今ここにいるのは、戦闘機乗りの松平吉宗だ。

……腕を惚れ込んだ男を助けるのだって、躊躇う必要はない」

 

 やられたな。

 こんな状況をセッティングできる人間は、この世にいない。

 

 となれば、宗治郎は文字通り命懸けでお前を救ったのだ。

 損得勘定抜きに、戦闘機乗りとして。

 

 あの時の告白を、その身で証明して見せたのだ。

 

「ちぇっ……悪かったよ、吉宗のおっさん」

 

「おっさんは外してくれないのか?」

 

「おっさんはおっさんだろ?」

 

「俺はまだ35なんだがな……」

 

 お前、まだそんなに若かったのか───

 それにしても老け顔だが、今は置いておくべきだ。

 

「こちらの死者なし、文句抜きの作戦成功だ。

ペンギン隊。改めて、よくやってくれた」

 

「ああ、宗治郎。こちらこそ」

 

「むー?」

 

「空の上じゃ、そっちで呼ぶべきだろ?」

 

「ふふっ。冗談だ」

 

「男に言われても嬉しくないなぁ」

 

 とは言いつつも。

 気を張る必要がひとつ無くなった。

 

 その事実が、チェイスの心を軽くしたのだった。




こっからほとんどWarfareです
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