蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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122 操縦課程最終検定「F.N.G.」

央暦1970年3月29日

葦原連邦直轄領夷俘島 斗米空軍基地

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 アラート待機所ではストーブで熱されるヤカンの沸く音と、ラジオのニュースキャスターの声だけが響いていた。

 

「続いて、本州からの報道です。先日起きた世界博覧会会場での爆破について、

葦原政府の伊邪哭國男最高神祇伯は取材の拒否を続けています……」

 

 独特な抑揚をした話し方だ。

 良介は少し前、この世界に転移する前に見た古い時代のニュース映像を思い出していた。

 

───世界博覧会、か……俺らが離れてから、とんでもない事になっちゃったな。

 

 葦原政府としては、成功して欲しかったに違いない。

 攘夷を謳ってこの地位にのし上がった彼らだが、結局のところ葦原単独で出来ることはそう多くない。

 内戦で優位に立ったところで、内政問題が瞬時に解決するわけではないのだから。

 

 世界博覧会は葦原の能力と美点を諸外国へアピールするに相応しい場だ。

 しかし残念ながら、問題点を示す結果になってしまった。

 

 葦原政府が自分らの不出来を幕府・葦原連邦のせいにして民衆の目を逸らすには、内戦は長く続き過ぎた。

 結果、もとより葦原の大多数を占めていた素朴な人々は行動を始めた。

 

 良介達が長坂を去って数日、空港を包囲していたような人々は世界博覧会に対して抗議デモを始めたのだ。

 博覧会の成功を望む葦原政府は軍警察を投入し、カメラの前で遠慮なく暴力を振るう様が報じられた。

 

 もとより、葦原は極東で野蛮な方の地域として有名だった。

 諸外国はドン引きも驚きもせず、冷静に分析したことだろう。

 

 この報道で外国メディアから説明を求められた國男はカメラはもちろん、葦原人の前でも演説はせず。

 玉虫色の言葉が書かれた文書を発表して以来、沈黙を続けていた。

 

 葦原では、幕府が統治する時代からデモ───

 いわゆる一揆(いっき)の権利は認めていなかった。

 自称自由民主主義である葦原政府もその伝統(・・)を踏襲しており、あらゆる一揆は違法行為扱いだ。

 

 長く続いた伝統、慣れているのは統治者側だけではない。

 暴力で対応する治安維持部隊に怯まず、一揆と略奪打ち壊しの勢いは衰えていなかった。

 

 とはいえ、あくまで民間人が起こす暴動の範疇。

 踏んだり蹴ったりレベルの被害で収まり、軍警察によって容易に鎮圧された。

 

 しかし最大の契機は、2日前のことだった。

 世界博覧会に対する反対デモが繰り広げられる中、軍用爆薬としか思えない規模の爆発が会場で発生したのだ。

 

 どうやら葦原政府も想定外の事態に混乱しているようで、最高神祇伯は沈黙している有様であった。

 軍の高官は『幕府(葦原連邦)によるもの』と声明を発表したそうだが、無論即座に否定され、以降あやふやな状況が続いている。

 

 葦原連邦が仕掛けられるような情勢ではない。

 となれば外国勢力による干渉、あるいは政府側の秘密結社によるものか。

 仮説を立てるにしても、情報が少なすぎた。

 

「死者は13名に増え、さらに遺族のひとりが突如消息を絶ち……

葦原連邦仮の主である春川親王殿下は、改めて葦原政府に説明を求めました」

 

 思いがけず知っている名が聞こえてきた良介は、無意識にラジオへ視線をやった。

 

「親王殿下かぁ……あんな、若い子が一番偉い人だなんてなぁ」

 

 鉄之助が深い考えはないであろう、素朴な意見を口にした。

 

「なんだ鉄之助、文句あるのか?」

 

 同じく新選組の入道(にゅうどう)は、なぜか喧嘩腰に尋ねた。

 良介はそんな風に思わなかったが、入道のハゲは一体なぜそう思ったのやら。

 

「あるわけない、むしろ逆だよ。俺があのくらいの歳の時って……

鼻くそほじりながら、田んぼ走り回ってたっけ。

でもあの子はすっげー真面目だろ?

めちゃくちゃちゃんとしてて、しかもあんなお役目任されてるんだ。すげーって」

 

 語彙力皆無の4行が展開されたが、言っていることは正論そのものである。

 幼い身の上ながら、酷い仕打ちを受けたにも関わらず───

 お前が彼女を助けたあの行動だけは、私も手放しで褒めてやろう。

 

「ふふん、そうだろうそうだろう」

 

 良介はふたつの存在に対して肯定した。

 相変わらずややこしい事をするな、お前は。

 

「そういや、良介と竜司(ゆき)は会ってるんだよな。

あの、ジョクンしきってやつで」

 

 良介はそれ以前に何度も会って、なんなら連絡先も渡したが───

 絶対に自慢するんじゃないぞ、話が死ぬほどややこしくなる。

 

───ふん、俺様は女の子をトロフィー扱いなどしない。

俺の事でもないのに、生まれを自慢してどうするんだ?

 

「ええ、そうだけど」

 

「どんな人だった? 強そうだった?」

 

「……指導者に求める印象がそれなのか?」

 

 よくもまあこの男、飛行機操縦資格の試験を突破したものである。

 夷俘島飛行学校の入試は、それほど簡単だったのだろうか?

 

「ちょっと、夷俘島飛行学校が疑われるようなバカなこと言わないで。

……高貴な人だった。年齢不相応なほどに」

 

 ゆきはため息混じりに答えた。

 彼女はサトリという超能力者で、相手の強い思念を感じ取る能力がある。

 

 確かに評価に関しては良介も相違なかったが、どこか発言に含まれた感情に違和感を覚えた。

 

 現公の覚えた強い感情を、ゆきは感じ取っていたのだろう。

 果たしてそれがどのような感情なのかは、聞いてみないとわからないが。

 

「やっぱ……帝の血筋って奴は違うんだろうなぁ?」

 

「そんな事はないよ。春川親王だって、普通の人間だ。

生まれが特殊で、過酷な人生を生きてきた……俺らと同じさ」

 

 すると、待機所の面々の視線を一斉に浴びた。

 それも当然の事だ。

 

 帝の一族は、現人神の血を引く一族という事になっている。

 良介は期せずして推定現人神の一部(・・)と遭遇してしまったため、違うものと断言出来る。

 しかし葦原人としては、同一の存在なのだ。

 

「あー、良介さ。

俺らはいいけど、それうるさい奴に聞かれたら大変な事になるぜ」

 

「……やっぱり、葦原(こっち)にもそういうのあるの?」

 

「主に、年寄り連中に多いな。殿下達がテレビやカメラの前に姿を見せたのにも、

烈火の如く怒り狂っているよ」

 

 禿頭の入道が、良介の言葉に頷いた。

 

「親王殿下がたがテレビや新聞などの報道に姿を見せた件について、

葦原各地で不満が噴出。世直しと称した一揆が行われています」

 

 彼の言葉を補足するかのように、ラジオのニュースもそちらの話題に向いた。

 世の中を変えようと行動したというのに、それを世直し(・・・)しようとは。

 

「政府軍支配下の京では軍警察は一切行動を見せず、打ち壊しが過激化しない限り

成り行きに任せる方針ではないかと、葦原連邦当局は分析を発表しています」

 

 世界博覧会開会式の中で行われた、大政奉還の儀と叙勲式。

 この一連の行事で、葦原政府支配下にあるはずの弘山親王と近衛兵団は葦原連邦の味方である事が明らかになった。

 

 京で行われた抗議活動とやらは、恐らく官製デモというやつだ。

 これほどの暴動を起こせると帝室にアピールして、裏切りの報復と恫喝をしているのだ。

 世界博覧会の抗議に暴力で応対する軍警察の態度が穏便なのが、その証拠だ。

 

「葦原連邦直轄地である夷俘島屋岸、五稜郭周辺でも一揆行進が行われました。

一部が打ち壊しに発展したものの、こちらは即座に鎮圧。

一揆行進は予定通り終了したとの事です」

 

 現公は長坂から戻って以来、また五稜郭に住んでいるそうだ。

 本州にはもう少し相応しい住居と呼べる場所はありそうだが、仮にも内戦の最中。

 前線から遠く離れた、安全な場所にいるのが最適解だろう。

 

「葦原連邦では……暴力を伴わない一揆、デモの権利を認めています。

繰り返します。

一揆の権利が認められています。

事前に届出を行い、連邦警察の指示に従えば許されます」

 

 レポーターの言葉に困惑を感じた。

 前身が幕府である連邦が、そのような事を言い出すとは思っていなかったのだろう。

 

 もっとも、こんな念押しは誰かから命じられでもしなければしない。

 葦原連邦によるお願いレベルの圧力があるのだろう。

 このラジオも、葦原連邦のお許しを得て放送しているのだから。

 

「……鉄之助、入道。連邦が武士を解体するという話……どう思う?」

 

 政治的な話題になったついでだろうか。

 不意にゆきは新選組のふたりに問い掛けた。

 

 良介に尋ねなかったのは───

 お前は間違いなく、解体に賛同すると思われているためだろう。

 

「論議を呼ぶ、だろうな」

 

 入道はまずひとつ、立場を明かさずに予想した。

 既得権益の破壊が穏やかに進行すると思えないのは当然だ。

 一方で、そう語った入道の口調は不満があると言った風ではなかった。

 

「んー……ま、いい事なんじゃないか?」

 

 鉄之助には様子見という概念は存在しない。

 ゆきにとって間違いなく地雷であるであろう回答をいの一番に出した。

 

「どっ、どうしてっ⁈」

 

「武士って、結局なんなんだよ?」

 

「何って……征夷大将軍に仕える、刀の帯刀を許された者じゃない」

 

「いや、それは旗本の話だろ? 武士は確かに帯刀は許されてるけど……

俺らって旗本の武士って扱いだけど、刀なんて差してないじゃないか」

 

「わっ、私が言いたいのはそういう事じゃない!

葦原が武士をなくして存続出来るのかという話なんだから!」

 

 良介相手には敬語を崩さないゆきが、こうやってフランクに話しているのは新鮮な光景である。

 話題がセンシティブな政治というのが、少々困ったところだが。

 

「出来るんじゃないの? 俺らって、元々武士じゃないし。

今の時代、武士じゃなくても国は守れるんじゃないか?

政府の連中だって、そうしてるじゃないか」

 

「……!」

 

 良介ですら想像出来る至極シンプルな反論は、どうやらゆきにブッ刺さったらしい。

 武士と軍がイコールなのは、古い時代の名残に過ぎない。

 

 あくまで武士とは帯刀を許された階級なのであって、そもそも戦争に階級は関係ないのだ。

 この時代では最低限小銃を抱えて引き金を引ければ、最低限の戦力にはなれる。

 

 ゆき達新選組は、夷俘島飛行学校で農業用飛行機の操縦を学んでいた武士ではない階級の人々だ。

 彼女らが武士になったのは、幕府軍が旗本の武士でなければ入れないという歪な組織であったという理由でしかない。

 

 鉄之助の発言は事実だ。

 間違いなく、事実なのだが───

 

 聞くところによれば、鉄之助は農民の出だ。

 しかし、ゆきはそれ以下の扱いを受けていた被差別階級の出身。

 この認識の差は、かなり大きい。

 

 味方だと思っていた人間が、意見を(こと)にする。

 冷静に考えればあり得る事だ。

 物の見方や捉え方には、個人差があるのだから。

 

 だがしかし、追い詰められている心境ではその可能性を見失ってしまう。

 そして、それを裏切りと捉えて暴走してしまうのだ。

 

 良介はその身をもってよく知っていた。

 他人でも、同じ事を繰り返すのを見たくはなかった。

 

「まあ待てよ、鉄之助。

お前の言ってる事は確かだけど、比較対象が良くない」

 

 何せその比較対象こそ、先ほど報道で聞こえる範囲でも酷評以外出来ない葦原政府なのだから。

 葦原政府の真似事、と判断されれば誰でも渋顔を浮かべる。

 

「まー、確かに……」

 

竜司(ゆき)ちゃんが不安になるのも当然だけどさ……

葦原人の大半からは、武士って幕府と同じようなものと思われてるんだ。

解体を目指すのは仕方がないよ」

 

 葦原内戦で武士という階級の凋落は全国に知れ渡ってしまった。

 武士が終わらなければ、内戦後の歪みはさらに増すばかり。

 

 どう足掻いても、時代の終焉は避けられないのだ。

 

「……わかっているんです、そんな事は。

ですが……私は、私が抱いているのはもっと……」

 

 ジリリリリリ!

 緊急出撃(スクランブル)を知らせるベルが鳴り響く。

 

 瞬時に4人はスイッチが入り、会話の内容など投げ捨てて装備を身に付けつつ駆け出した。

 隣の格納庫へ飛び込むと、良介はF-2のタラップを駆け上がる。

 

 航空自衛隊のルールでは、スクランブルの際はとにかく最寄りの機体に飛び込むというルールがあるが───

 幕府空軍及び葦原連邦空軍においては、割り振られた機体に搭乗するように決まっていた。

 

 シートに座ると、チェイスは機体を始動させた。

 

「ペンギン1、状況を説明する。斗米基地南方、果ての海から緊急通報があった。

南方から複数の国籍不明機を確認したという報告だ」

 

 斗米基地の南、果ての海の洋上。

 チェイスの中で、一つの結論が導き出された。

 

「ボスが……危ない!」

 

 素早く離陸位置に着くと、出力を最大に。

 最短距離で離陸すると、真っ直ぐ真南へと向かった。

 

 斗米基地の南、そこではボスが彰義隊希望者に最後の試練を課していた。

 教官自らが模擬格闘戦を行い、合否を出す試験───

 

 航空自衛隊風に言えば、操縦過程最終検定である。




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