蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月13日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
一眠りして早々、良介たちは作戦室に集まった。
「……もう少し寝たいところだけど」
その睡眠時間の分、長坂空港で足止めを食らっている世界博覧会出展関係者が危険にさらされる。
1秒でも早く、彼らを故郷に送り返さなければ。
なに、今回の脱出で最後なのだ。
それを乗り越えれば、晴れて本来無関係な内戦に集中出来る。
「全く嬉しくないな……」
悲惨+悲惨の足し算よりずっとマシだ。
「東国地方を未だ占拠する政府軍東征軍は
京沖で繰り広げられる世界博覧会関係者の撤退に手を出さず、
首都武陽を中心に、東国地方の要塞化を進めています」
鉄之助のラジオから聞こえてくる報道は、良介の知る戦況と合致していた。
東征軍は停戦破綻の当初こそ、命令を無視した跳ねっ返りもいた。
しかしある程度時間の経った今は統制が回復し、無謀な越境攻撃を控えて奥葦原と東国地方の境界線の守りを固めていた。
葦原連邦としては、この状況を座して眺めるべきではないのだが───
それでも客人を逃すために尽力している辺り、現公が音頭をとっている組織と言えるだろう。
彼女が関わっている分、連邦はある程度信用に足る勢力だ。
「えー、先ほど報告が……旧川口藩地域の政府軍が連邦陸軍との交渉に応じ、
解放の目処が立ちつつあると、陸軍より発表がありました」
川口藩は奥葦原の中で最も巨大な藩であり、特に陸側は攻め込むのが難しい天然の要塞だ。
ゆえに、連邦は手を出さずに海上での通商破壊や散発的な攻撃に留めていた。
どうやら、兵糧攻めが功を奏したらしい。
「おー、マジか。川口藩解放だってさ」
「あそこは川やら谷やらで攻め込むのが難しい。
戦わずして勝てるのなら、それに越した事はないな」
「奥葦原完全解放まであと一歩だな」
ラジオと睨めっこする鉄之助と、傍で暇を持て余す入道が会話している。
とはいえ、駐屯している軍が白旗を上げるような兵糧攻めだ。
それも攻め込むのが難しいほど入り組んでいるのなら、強靭なインフラ網の構築も困難。
あの地域ではよかったよかったと安堵など出来ない、悲惨な光景が広がっている事だろう。
具体的には日用品や食糧の不足だ。
「合衆国大統領は先の京沖での空戦により生じた合衆国海軍の被害に関し、
軍人たちの奉仕に感謝の言葉を述べました。
続いて、この被害の原因となった……」
その時、通路から間隔の短い足音が聞こえてきた。
今回はバッチリと聞いていた鉄之助は素早く停止させて、作戦室の戸へ視線をやった。
それから間もなくして、戸がガラガラと音を立てて開かれた。
「皆、揃っているな」
松平吉宗、鈴木哲也、奥村睦平。
彰義隊の面子でも高位かつ年長の面々が作戦室にやってきた。
「睦平の爺さんがそっち側にいるのは珍しいな」
「お偉いさん気取りは性に合わんが、
颶風の運用で一番口が利けるのは儂ぢゃからな」
「皆、ひとまず聞いてほしい」
良介ら彰義隊の面々は、吉宗の言葉通り聞く体制に入った。
スクリーンに投影されたスライドは一枚の紙を映し出していた。
内容は───催促状、とある。
「昨日の夜、我が連邦政府及び京合衆国大使館に脅迫状が届いた」
「脅迫状……⁉︎」
「スクリーンの写真を見てほしい」
催促状には、ざっとこのような内容が書かれていた。
『異国の内政干渉にはうんざりだ。
そのため、葦原領を出入りする異人に通行料を請求していた』
政府や連邦を通さず、無事通りたければ自分たちに金を払えということだ。
ここまでは、困った事に報道もされている既知の内容だ。
問題はここからだ。
『でも、お前ら我々の要請に全然応じてないよね?
民間人がどうなってもいいの?
信じられない、お前らの傲慢さと残忍さには限界だ。
だからここに宣言する。
4月13日以降、通行料を払わず葦原の海や空を穢す異人はことごとく
悪いのはお前らで、俺らじゃないよ』
という具合である。
どの口が言ってるんだこいつら。
「合衆国との国境に展開する葦原政府軍南方軍司令の押印がされている。
偽物ではない、というのが葦原政府筋からの情報だ」
「地方軍レベルが山賊じみたマネしてるのかよ……」
「最大の問題は、今日の未明に起きた事だ。
エールフラネンスの機体が長坂空港から強引に離陸。
どうやら、独自に南方軍へ通行料を支払ったらしいが……」
結果はわざわざ聞かなくても明らかであった。
「京沖に出てしばらく、周防藩から出撃した戦闘機によって撃墜された」
「通行料を支払ったのに?」
「受け取ったのは南方軍の司令。
周防藩に展開する空軍部隊には関係のない話らしい」
「まったく……たまにここが、本当に異世界なのかと疑問に思えてくるよ」
「どの世界でも、人間の考えることは一緒ってことだ」
ボスの言うことはごもっともだが、あまりにもあんまり過ぎた。
というか、フラネンスは民間キャリアの機体撃墜され過ぎではないか?
「さらにエールフラネンスの無断離陸以降、
長坂空港には手製の迫撃砲が撃ち込まれる事態になっている。
また付近には
遠距離から隠し撮りされたであろう、AAAを荷台に担いだ
長坂空港の滑走路は離陸する際、北へ向かって滑走する。
レーダーで制御されていないAAAは高高度を飛ぶ飛行機にとって脅威ではないが、離陸する無防備な瞬間を狙われれば終わりだ。
「重装備すぎるな。政府にも制御不能か……」
「ああ。今回、政府の連中も完全に白旗を上げた。
我々連邦空軍、中でも彰義隊に京及び長坂での飛行を許可した」
政府───神祇官の指示に従う手駒はそう多くなく、東国地方を守る東征軍は出したくない。
我々を信じないなら、信じている連中に不穏分子排除を手伝わせよう、と言う魂胆か。
荒れるな、これは。
「馬鹿なっ! 此度の一件は賊軍の不始末だ!
我々は賊軍の手駒ではないっ!」
思った通りのことを、憤慨した様子の歳三が叫んだ。
当然のことながら新選組を中心に、彰義隊の多くがこの言葉に頷いた。
外様とはいえ、良介も頷きたい気分である。
「その通りだ、山義中佐。
しかし、長坂で足止めされている人々には我々しかいない」
「異人の集まりだ! 政府がダメなら、異国の連中が自分で面倒を見ればいい!」
「敵方に支配されている地域とはいえ、葦原を異国の好きなようにさせるのか?」
「……!」
言ってしまいたいが、これを言い返したらおしまいだ。
押し黙った歳三の表情からは、その感情が見えた。
もし、この吉宗の問いに頷けば。
それは葦原を守る連邦軍、あるいは幕府軍でもいい。
その役割を投げ捨てる事と同義だ。
歳三は良くも悪くも生真面目な男である。
故に感情的になる事も多々あるが、考えなしとは違うのだ。
そのくらいは弁えていた。
それはそれとして、この質問はズルだ。
歳三は頷くしかない、恨みを買うぞ。
「……だとしても、これは我々の役目ではない」
「その通りだ。
しかしこの作戦をやり遂げれば、
世界は明確に葦原の主を我々連邦と認めるだろう」
「……危急の事態に何もしない国際社会に認められて、何の意味がある」
彼の口から漏れ出たのは反論ではなく、呟きだった。
隊長が説き伏せられては、新選組隊士が反論出来るはずもなく。
「これより我々は長坂に向けて出撃。
葦原海京沖にて合衆国空軍による空中給油を受け、
長坂空港周辺に展開する不逞勢力の排除を行う。
敵勢力排除後は補給・整備を受け可及的速やかに再出撃。
葦原を離脱する民間機を支援する。
休む暇はほぼない、長丁場の作戦になるぞ」
ここ2日間戦い詰めだというのに、今度は丸1日かかる作戦か。
今日さえ凌げば、少しだけマシにはなるが。
「作戦の第一段階では、ペンギン隊と精兵隊が長坂空港周辺の不逞勢力を排除。
第二段階は新選組及びオメガ隊が民間機の直接援護。
イグルベ隊及び、補給の間に合った機体は遊撃として他段階に支援として参加だ」
「了解」
イグルベ隊も2日間続く戦闘に消耗しているのか、リックの声色には少しだけ疲労が浮いていた。
消耗といえば。
良介は伸びをするついでに、質問の挙手をした。
「補給には長坂空港みたいな、政府軍の滑走路が使えるの?」
「いや、葦原政府は許可しなかった。
空軍機はこの真田空軍基地に着陸。
海軍機は連邦海軍の空母の着艦することになる」
「あいつら、どういうつもりなんだ?
こっちは政府軍が機能不全だから駆り出されてるってのに」
葦原海西部は政府側の領域。
だというのに政府側の滑走路が使えないのは、あまりにも不便。
まだ空母に着艦するのはどうにかなるが───
この真田空軍基地まで戻る必要があるとすれば、再出撃には結構な時間を要するだろう。
帰還の燃料を考慮しなければならない分、作戦区域で待機できる時間も減る。
良介の質問でつい口に出してしまった鉄之助の気持ちも痛いほどわかった。
実際、これから痛い目に遭いながら戦うのだから。
「奴らは此度の作戦では敵ではないが……
味方でもない。それを胸に刻んで欲しい」
言われるまでもない、元から戦っている相手である。
有形無形の嫌がらせなど承知の上。
そんな相手を助けなければならないからこそ、歳三のような幕府軍の意識が強い人間にとっては腹立たしい話になるのだろうが。
「他に質問がなければ解散、出撃とする。
……よし、解散! 諸君、頼んだぞ!」
彰義隊の面々が一斉に駆け出し、自身の機体へと向かっていく。
良介も例外ではなく、外の駐機場へと向かい───
「志村二尉! 少し時間をくれ」
と、走り出そうとしたその時。
吉宗が呼び止めた。
良介と、吉宗の声を聞いたボスが足を止めた。
「なに?」
「此度の作戦、第一段階は長坂空港周辺の対地攻撃となる。
だからな……」
良介は彼の言葉を受けて少し、考えを巡らせた。
思えば、今まで良介が参加した作戦では対地攻撃は多くなかった。
誤爆を恐れるほど、良介は自分の腕に自信がないわけではない。
ただ───吉宗をはじめとした連邦空軍上層部は良介を買い被りすぎているきらいがある。
その発端は、この世界に来て2回目の戦闘。
夷俘島屋岸を空爆せんとする、政府軍の爆撃機編隊の攻撃を渋った件から来ているのだろう。
実際、良介は敵とはいえ抵抗できない機体を攻撃するのは嫌だ。
そこを過剰に読み取った空軍上層部は配慮しているのだろう。
智台近郊で行った、空輸網攻撃の際にも輸送機の攻撃をさせようとしなかった件からも明らかだ。
良く言えば配慮している、悪く言えば媚びを売っているのだ。
航空機の兵装は戦艦の砲弾程大きな被害をもたらさないが、それでも小銃をばら撒くより強力かつ広範囲だ。
市街地での空爆は、高い確率で民間施設に巻き添えの被害が出る。
その事実を考えると腹が立ち、苛立つが───
避けては通れない道だ。
「俺の腕を知ってるだろ?
少なくとも、狙い外して民間に当てたりしないよ」
「いや、だがな……」
「あんた、俺を買い被り過ぎだよ。
俺は自分の世界に帰るためだったら、そのくらいは覚悟してるよ」
さすがに、民間施設を狙って爆撃しろと言われれば全力で抗議しただろう。
しかし市街地に潜んで攻撃するような卑怯者をのさばらせるわけにはいかない。
敵の傍らには、
そんな覚悟は自衛隊で過ごしているうちにあった。
「……頼むぞ!」
「ああ、任せときなって」
今度こそ、良介は自分の搭乗機に向かって駆け出した。
その時、ボスと並走する形になったが───
互いに視線を交わすと、一直線に機体へと向かった。