蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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146 夷俘海峡の死神「葦原海制空戦」

夷俘海峡の死神

央暦1970年4月13日

葦原海 京沖

葦原政府神祇軍『赤報隊』

川端“ロック”六助 神祇使部(じんぎしぶ)

 

 最初に攻撃したのは、空軍の五式だった。

 射程圏に入ってすぐ、陽光を放つ。

 

《撃って来た! 回避!》

 

《賊軍の連中め、ついに本性を表したな!》

 

 互いのミサイルが交差し、爆発が戦闘機の制御を刈り取っていく。

 その戦場へ向かって、一直線に向かっていく。

 

「ははーん? ……ロック、この辺りに妙な探りを入れてる奴がいる。

ボクが思念を中継するから、通信機は使うな」

 

 探り?

 僕は何も感じないけれど……彼女が言っているのなら、そうなのだろう。

 

「交信の盗聴だ。辺りの電波片っ端から集めて……複合化してるな」

 

「暗号化回線の複合化? そりゃ、論理的には可能だろうけど……

出来るのか?」

 

「どうせ合衆国辺りの技術だろ。

でもこれ、魔力使ってやってるからなんとなーく、

位置を掴めそうな気がする。戦闘は気にしなくていい、こっちで勝手にやる」

 

「で? AWACSとかいうのって、戦えないんでしょ?

あたしらに関係ある?」

 

「大アリだ! 手の内を読まれるんだぞ!

……ロック、間もなく射程圏だ」

 

 言われるまでもなく、僕は安全装置を弾いた。

 陽光に魔力が送られ、シーカーが覚醒する。

 

 黒のだんだら模様が描かれた、夷俘海峡で戦った連中の機体。

 新選組、幕府の犬。

 

 ここまで来てもなお幕府に味方をするならば、遠慮は不要だ。

 向こうの主翼から、炎と煙が迸る。

 

「敵、ミサイル発射!」

 

 パニッシュ本体の加速力、そして魔力の補助推力を利用すれば……

 最大出力に加えて、彼女の協力を得て魔力を燃焼させる。

 

 オーグメンターが吐くオレンジ色の炎は、青い焔へと転じる。

 170%の出力で機体は急加速し、瞬く間に音の壁を超えた。

 

《なんだっ? 敵機、急加速!》

 

《あの青い炎、チェイスとオメガ隊がやり合ったっていう奴じゃないか⁈》

 

 身に覚えのない話が、新選組の間で繰り広げられる。

 赤報隊以外にこの技術を使っているという話は聞いていないけど……

 それを考えている暇はない。

 

 向かってくるミサイルを認識し、計算し……

 

───問題ないっ、このルートでかわせ!

 

 彼女が算出した出力と経路を視覚に投影した。

 超高速飛行のまま、わずかな出力調整と軌道でミサイルを回避する。

 

 理屈は理解出来るけど……

 

───おいっ、ボクの計算に従えっ!

 

 1000(1850)ノット(キロ)

 考えるだけで機体を制御出来る、思念制御(・・・・)が持つ究極の反応速度。

 

 この要素があれば、僕ならもっと上手く出来る。

 

───馬鹿動けっ、直撃するっ!

 

 僕の手に重ねている彼女の手に、グッと力がこもった。

 

 未だミサイルの推進剤が燃え尽きぬタイミングで、白点が目前に迫る。

 それが風防のど真ん中に食い込む、その直前。

 

 僕は機体を一瞬だけ降下させ、ミサイルの真下をすり抜けた。

 空気の層を切り裂く音が、風防越しに響いた。

 

───こいつ、マジか……?

 

 こちらの速度はマッハ1.5、ミサイルはマッハ1.8ほどか。

 向かい合う速度があまりにも速すぎて、シーカーの追尾が追いつかなかったんだ。

 

「ミサイル、回避成功っ……!」

 

「ロック! あんた本ッ当ぶっ飛んでる!」

 

 バレルロール以上に速度を殺さぬまま、敵に詰め寄る。

 

《何だあのパニッシュ⁈ 機首下げだけで誘導弾をかわしたぞ⁉︎》

 

《言ってる場合かっ! 銀之助っ、敵機接近!》

 

 僕がミサイルを撃つと思っていた敵機は、教科書通り背中を向けて振り切る姿勢に入っていた。

 旋回して速度が殺され、無防備な背中を晒している。

 ミサイルを撃つ必要すら感じなかった。

 

 30ミリ機関砲の照準器をシルエットに合わせて、発砲。

 数発の着弾で敵機はバラバラに砕け散った。

 

《ダメだっ、銀之助被弾! 錐揉み状態っ、脱出は無理だ!》

 

───ロック! 正面に敵機!

 

 彼女が送ってきた思念には、シルエットしか見えない遠距離にいる新選組の情報があった。

 陽光の射程ギリギリだが、格闘戦中で速度が遅い。

 迷いなく、僕は2発しかない貴重なミサイルの片割れを放った。

 

《こちら早太郎っ、銀之助をやった奴を追うッ!》

 

《俺たちも続くぞっ!》

 

 感覚的に、あのミサイルは当たる。

 僕は確信すると、上昇して追尾して来る敵を上空へ誘い込んだ。

 

 垂直上昇してもなお加速出来るパニッシュの上昇力と補助推力の前では、オロールなど比較にならない。

 奴らが向かうのは、死に直行する棺桶(コフィン)ポイントだ。

 

「何だっ、俺を追ってた敵機が爆散した!

誰がやった?」

 

「俺は見たっ、赤報隊の機体だ!」

 

「あの距離で敵味方の区別は無理だっ、味方に当たったらどうするんだ⁈」

 

「サトリなら、わかるんじゃないのか?」

 

 背後で奴らはあっという間に速度を失い、失速し始めていた。

 だけれど、主翼にはミサイルがある。

 

───奴ら、撃ってくるぞ!

 

 知ってる。

 

《追いつけないっ……⁈ なら、誘導弾で仕留める!》

 

 敵編隊が背後でミサイルを発射した。

 

「ほらっ宗吉、回避するよ!」

 

「ロック、何してる⁈」

 

 エンジン出力をアイドルに落とし、エアブレーキを展開。

 無理矢理機首上げすることで、最大限の減速を行う。

 

───ぐ、あっ……おいお前らっ、ロックが急降下するぞっ!

 

「んなっ、えっ⁈」

 

「間に合わない、喰らうよ!」

 

 真上から迫るミサイルが目に入った。

 このままでは宙返りは間に合わない……

 

───くそっ、馬鹿のせいで没落して死ぬのかっ?

 

 フレアを投下しながら機体をロールさせ、ミサイルに対して真横を向ける。

 偽の熱源で誘導を乱されたミサイルは、プログラムに従って先回りしようと試みる。

 僕たちの真横を向いたパニッシュは、その想定を上回っていた。

 

 並んで飛翔する4発のミサイル、その隙間を僕はすり抜けた。

 超音速の衝撃波が上下で機体を揺すぶる。

 

 僕と宗吉、そして蘭を狙っていたミサイルは青空の彼方で自爆した。

 

「おい蘭っ、今の見たか?」

 

「ちょっと! あたしが追いつけないのやめてくれる⁈」

 

 重力を利用した機体制御で、速やかに機首を真下へ向ける。

 敵は失速寸前でかろうじて制御される、新選組のオロール3機。

 僕は補助動力含め、最大出力で降下した。

 

《早太郎っ、上空の敵機が追尾中です!》

 

《敵機っ⁈ そんな速さで……!》

 

 30ミリ弾が無防備な背中を砕いた。

 反応される前に、もう1機も。

 

「赤報隊の1番機、もう4機墜としてるぞ」

 

「1番機だけじゃねぇ、列機も2、3機撃墜してる……!

新選組だって、単なる雑魚じゃねぇんだぞ」

 

「たった3機にそこまでやられちゃ、幕府のメンツ丸潰れだな!」

 

 向かってきた敵部隊はこれで最後だった。

 一度赤報隊で編隊を組み直し、民間機の直掩を攻撃に向かう。

 

 あちらこそが、敵の本隊だった。

 

《フツノミタマっ、あのパニッシュは何なんだ⁈

たったの一航過で3個小隊がやられた!》

 

《IFF応答なし、交信も確認出来ません……

赤報隊という名前が政府軍の交信に飛び交っています!》

 

《奴だ。夷俘海峡の死神……!》

 

「よし、捉えた……!

先にセコい手を使ったのはそっちだ、文句は言いっこなしだぞ!」

 

 彼女が思念で何らかの行為を行なっている。

 思念を電波に乗せ、遠いどこかへと飛ばして……

 浸透した。

 

「みーっけ……こちら赤報隊、敵AWACSの現在地を捕捉!

葦原海のど真ん中だ、攻撃しろ!」

 

「こちらアマツクメ! よくやったぞ、地方軍の連中に攻撃させろ!」

 

 敵索敵の中枢を叩くのはいいけれど、この交信は盗聴されていないのだろうか。

 

「心配ないっ、盗聴を潰す目処はとっくに立ってた!

今の奴らが聞いてるのはしょーもない部隊の交信だけ!」

 

 なるほど、最強のサトリを自称するだけはある。

 

「自称じゃない、本物だ」

 

 敵の影が肉眼で視認出来る範囲まで迫った。

 先頭で民間機を守る第21飛行隊振遠隊、それに新選組の本隊。

 

《振遠隊! 民間機に賊軍が迫っている、至急支援せよ!》

 

 幕府のAWACSが要請するが、岸岳少佐ほか、振遠隊は反応しなかった。

 当然だ、彼女たちはこちら側の味方なのだから。

 

《振遠隊……第21飛行隊、何をしている⁈》

 

「こちらAWACSアマツクメ! 振遠隊、今が好機だ!

賊軍を掃討せよ!」

 

 こちら側のAWACSが遂に指示を出した。

 意識がこちらに向いた状況に、新選組の背後を突ける位置関係。

 勝負は決まったも同然だ。

 

 だけど……状況は動かなかった。

 

「おい、振遠隊! 唐津の田舎者めっ、聞いておらんのか⁉」

 

 元来のアマツクメ指揮官ではなく、今回の作戦から神祇官より派遣されてきた指揮官が強い口調で尋ねると、ようやく岸岳少佐は答えた。

 

「こちら唐津第21飛行隊、振遠隊。我らの任務は世博離脱機の直接援護。

お前たちの指示を聞く義理はない」

 

「なんだとぉ……お前ーッ! 幕府に寝返るつもりかぁっ!

神祇官の名に懸けて、賊軍を攻撃しろ!」

 

「……何が賊軍だ、くだらん。

民間機に手を出すのならば、それが政府だろうが連邦だろうが容赦はしない。

黄1、交信終了」

 

「あっ、おいっ! 話は終わっていないぞっ!」

 

 そう吐き捨てると、岸岳少佐は一方的に交信を断ち切ってしまった。

 アマツクメは神祇官の名前を出して命じた以上、こうも容易く一蹴されては面子が丸潰れだ。

 

 放置すれば、かろうじて統制を保っている政府軍の規律にも影響が出る。

 だからこそ、彼はこの指示を出さざるを得なかった。

 

「こちらAWACS……

いいや、神祇官の宮崎(みやざき)良和(よしかず)神祇大祐である!

この区域の全政府軍機に告ぐ! 神祇官に逆らう逆賊、振遠隊を討て!

新選組はいいっ!」

 

 いや、よくはないだろう。

 とはいえ神祇大祐は政府軍機と違い、僕たち赤報隊直属の上司に当たる。

 無視するのは、難しい。

 

───放っとけよ。新選組に絡まれて撃てなかったとか言い訳できるだろ?

 

 なるほど、その考えもありか。

 

 色々口うるさい野次馬はいても、所詮野次馬。

 僕たちの戦いに口出しは出来ない。

 

「こちら宗吉。空域に合衆国軍機が見当たらない。

奴らは参戦してないのか?」

 

「この間の戦いで、全部食べちゃったんじゃない?」

 

「だとしても、増援くらいは来てるだろう」

 

 地理の都合上、参戦出来るとすれば、海軍艦載機だけ。

 宗吉の指摘は理にかなっているように思えた。

 

「あー……ボクは知ってるけどノーコメント」

 

 言えないことをあえて宣言されると、気になって戦いに障るからやめて欲しい。

 

「少なくとも、ヤバい理由はある。それもすぐにわかる。満足したか?」

 

 今は、それで満足しよう。

 目前の機影を睨み、陽光に魔力を送り込む。

 

「蘭、撃つ!」

 

「宗吉、撃つ!」

 

 僚機のふたりがミサイルを放ち、僕もやや遅れて発射した。

 そのタイミングで、正面の新選組3機も撃った。

 

 互いのミサイルは白い雲を引き連れながら、一直線に突き進んで……

 空中で爆ぜた。

 

 どす黒い煙が互いの視界を覆い隠す。

 

「こいつらっ……! 突っ込んでくるぞ!」

 

「ワァッ……!」

 

「こいつら魔王のっ……!」

 

 素早く機関砲のFCSに切り替え、HUDの照準器に意識を向ける。

 彼女と接続された意識が煙幕の向こうにある機影を可視化し……浮かび上がらせた。

 

「撃ってくる!」

 

 僕は素早く機体を翻し、曳光弾の合間をすり抜ける。

 

「がっ……! 被弾っ!」

 

 宗吉の機体が被弾し、破片を空に撒き散らした。

 僕も短く連射して先頭の機体に応射するも、相手はそれを読んでいたかのようにバレルロールで回避した。

 

 新選組もそこそこ出来る連中の集まりだったけど、多分こいつは別格だ。

 互いに命中弾なしで、そのオロールとすれ違った。

 

《やはり、夷俘海峡の……武揚の……!》

 

 機体が帯びる衝撃波がぶつかり合い、世界が揺れる。

 

「ロック! 今の、鬼の山義だ!」

 

 関係ない、魔王じゃないなら。

 

 一旦、状況を俯瞰する。

 宗吉は被弾しているも、飛行は可能。

 戦闘は無理だろう。

 

「宗吉、手負いは足手まとい! 撤退しろ!」

 

「了解っ」

 

「大丈夫。あなたの分もあたしが平らげるから」

 

 敵機は鋭い機動で旋回して優位な位置を取ろうとしている。

 オロールはパニッシュに速度性能で大きく劣るけど、旋回性能に関しては軍配が上がる。

 

 相手の思うとおりに動いてやる義理はない。

 出力最大、針路そのままで上昇しつつ距離を取る。

 

《やはり、一撃離脱か……鉄之助、入道。背を向けた者を狙うぞ》

 

《了解っ!》

 

《気は進まないが、仕方ないな》

 

 宗吉が狙われるか。

 助けに行く余力はない。

 

 僕に出来るのは……

 

「宗吉、機体を捨てて脱出しろ」

 

「あんたっ、こういう時は自分から口利くんだなっ」

 

「脱出だ」

 

「ロック……それは出来ない」

 

 彼女が隣で言った。

 その言葉の意図がわからない、出来ないとはどういう事だ?

 

「なんだロック、知らないの? あたしらの機体、射出座席の火薬抜かれてるんだけど」

 

 蘭の言葉は初耳だった。

 射出座席の炸薬がなければ、パイロットを機外に放り出す手段はない。

 脱出できないじゃないか。

 

「ボクらは罪を犯したサトリだ。脱走防止に抜かれてるんだよ」

 

 脱走。

 僕はそんな事を考えたことは一度もない。

 だけど言われてみれば、そのくらいの措置はあって当然だ。

 

「……くそっ」

 

 脱出できないとなれば、話は別だ。

 強引に反転し、宗吉へ針路を向ける。

 

「あれ、あんたってそんなに仲間意識強かったんだ」

 

 蘭は僕に追従せず、離脱と加速を続けた。

 そのくらいでちょうどいい、意識を向けるならひとりで十分だ。

 

《隊長! 離脱する敵機、1つこっちに向かってる!》

 

《分断はうまくいったか……迎え撃つぞ!》

 

 すると……どうやら僕は罠にはまったらしい。

 新選組3機は即座に反転して僕へ向かってきた。

 

「おい蘭っ! さっさとこっちに来い!」

 

 いや、蘭はそれでいい。

 一撃離脱はパニッシュの肝。

 僕が奴らを引き付けて、蘭が隙を突く形で行こう。

 

「さすがロック、わかってるぅ……!」

 

「なんで管制してるボクがいる機体でやるんだよぉ、まったく……!

宗吉、せっかく助けたんだから流れ弾食らうなよ!」

 

「ああ……宗吉、離脱する!」

 

 3対1、圧倒的不利な戦いが始まる。

 

《鉄之助、入道。奴は夷俘海峡で戦った、あの手練れだ》

 

《武揚で鎮武隊を壊滅させた奴だろ?

油断はしない!》

 

《油断しない程度で勝てるとも思えないけどな……!》

 

《俺が奴を引き付ける。お前らが討て》

 

 隊長機自らが敵を誘引し、僚機に撃墜させる。

 淳之介隊長を思い出す、天晴れな度胸だ。

 

 再び彼らと向き合う(ヘッドオン)

 こちらのミサイルは品切れだが、向こうはまだ残っている。

 

《歳三、撃つ!》

 

 撃ってきたのは隊長機だけ。

 僕はフレアを投下し、着弾少し前に出力を落として排熱を絞る。

 バレルロールでわずかに減速しつつも、向かって来るミサイルを回避する。

 

 どうやらこの動きは向こうの読み通りだったらしく、敵編隊は上下に分散した。

 1機だけ、上方向に離脱する敵機が見えた。

 

「ロック、あれは罠だ」

 

 わかってる。

 例の隊長機があえて上昇して減速、降下して加速した僚機がその背後を突くという魂胆だ。

 

 通信の盗聴を気づけていない奴らは、僕に手の内を読まれていると気づいていないんだ。

 

 あえて罠に付き合ってやる義理はない。

 僕は降下して、3番機に狙いをつける。

 

《入道、お前の方に行った!》

 

《くっ、覚悟しないとなっ……!》

 

《持ちこたえろっ、すぐ行くっ!》

 

 合流する間もなく仕留めなくては。

 補助出力を駆使しつつ、急旋回と急加速を繰り返す。

 

 やがて、敵オロールの背後が見えてきた。

 

《フツノミタマ! 遠くに離脱した敵機の位置情報を報告してくれ!》

 

《現在、こちらは敵機の襲撃を受けています!

余力ありませんっ!》

 

《あの時と、一緒か……!》

 

 どうやら彼女が捕捉した敵AWACSの位置情報から、味方が直接攻撃を始めたらしい。

 敵は索敵支援を受けられない、勝利の色は濃くなりつつあった。

 

 敵オロールの背後につくと、機関砲の照準を合わせるべく接近する。

 

《敵機、俺の背後に!》

 

 パニッシュの機関砲は弾倉の容量が心許ない。

 既に残弾は30%を切っていた。

 発射速度もそれなりに早いせいで、いい加減に撃てば弾切れになってしまう。

 

 確実な照準のため、距離を縮めていく。

 

《入道っ、1秒だけ水平飛行しろ!》

 

 背後から、敵隊長機の気配を感じる。

 かなり無理な機動をしたせいで、速度がかなり落ちている。

 

「はい、もーらい」

 

 その隙を見逃すほど、蘭は甘い女ではない。

 超音速飛行で蘭のパニッシュは急速接近していた。

 

 その接近を報告するはずの敵AWACSは今頃撃墜されている。

 この攻撃は成功する。

 

《隊長っ! 敵機、真東から接近中ッ!》

 

《ぐっ……!》

 

 その報告で、敵隊長機は反転して僕の背後から離れた。

 超音速状態で追いかけられるほど、パニッシュは器用な機体ではない。

 

「ああっ、逃したっ……! でも……」

 

 このオロールは貰う。

 距離1200(365)フィート(m)、確実な命中には十分な距離。

 円形照準器(ピパー)が、オロールのシルエットに収まった。

 

「ロック! ミサイルだ!」

 

《鉄之助、撃つ!》

 

 味方が追尾されている所にミサイル、正気か⁈

 僕は攻撃を諦めて、素早く機体を翻して降下させた。

 真下に広がる、雲の絨毯に向かって。

 

 真っ暗な、海面を叩きつける嵐雲は視界皆無な死の世界。

 だけど、視界を奪われるのはミサイルのシーカーも一緒だ。

 

 僕を完全に見失った敵ミサイルは、健在な熱源へと向かっていった。

 

《入道っ!》

 

《大丈夫、かすり当たりだ……だが戦うのは無理だ》

 

 思っていたのと違ったが、敵がひとつ減った。

 上昇して雲から這い出ると、再び戦闘に復帰する。

 

「ロック、もう一度仕掛けるよ!」

 

《あのパニッシュを追え! 何人もあいつにやられた!》

 

《速いっ、無理だ! 敵はパニッシュだけじゃないんだぞ!》

 

《あの野郎、こっちに目もくれないぞ!》

 

 西に離脱し、戦場を突っ切った蘭が旋回して、再び戻ってくる。

 この状況を利用して、残る新選組2機を墜とす。

 

《至急、至急! こちらAWACSフツノミタマ!

先ほど、葦原政府が合衆国に……宣戦布告しましたっ!》

 

 敵の交信に、僕は思わず耳を疑った。

 

「……やりやがった」

 

 彼女もまた、僕と同じく戦慄していた。

 ただし、恐れていたことが遂に起きたという口ぶりだ。

 

 合衆国との敵対はいずれやらなくてはならない判断だけど、なぜ今なんだ?

 今は幕府との内戦状態で、合衆国と二正面作戦をする余力はない。

 敵が、戦わなければならない方向が反対側に増えるだけじゃないか。

 

《それだけじゃありませんっ。葦原政府と結んでいた同盟に基づき、

リールランド神聖国及び超帝国軍閥が合衆国に宣戦布告……

合衆国西海岸・北部国境にて、交戦状態に入りました!》

 

《超帝国とリールランドが宣戦布告⁈

くそっ、どうなってるんだこの内戦……!》

 

《もう内戦どころじゃねぇ、極東大戦だ!》

 

 そうか。

 

 既に合衆国と幸彦の海軍は交戦して、被害が出ている。

 ならば合衆国が葦原の主権を侵害したという口実で、対外的な建付けは出来る。

 本土での交戦を強いられた合衆国は、葦原内戦に積極的に関与する余力がなくなる。

 

「……ねぇ。敵のAWACSの位置、報告して攻撃もしたんでしょ?

なんでこの報告出来てんの?」

 

 蘭の指摘は、言われてみればその通りだった。

 攻撃せんと向かった味方は護衛に追い払われた……と考えるのが妥当だけれど。

 

「なにっ、敵影だと? 話が違うっ、AWACSは安全ではなかったのか⁈」

 

 その時、アマツクメにいる神祇大祐の叫びが交信に流れた。

 本来流れるはずのない言葉だけど……今の指揮官は、出しゃばりな神祇官の素人だ。

 驚いて送信ボタンを押しっぱなしにしているのだろう。

 

「合衆国……⁉ に、逃げろっ! 護衛は身を挺してでも、アマツクメを……!」

 

 破壊音とノイズが通信機から響いた。

 

 AWACSの撃墜。

 それはこちらも狙っていた事。

 合衆国に出来ない道理はない。

 

 アマツクメは葦原政府支配圏の中心部にいたと思うけど……

 法という問題もクリアしている。

 ついさっき、葦原政府は合衆国に対して宣戦を布告したのだから。

 

《鉄之助、一旦空戦を中断して東へ離脱しろ》

 

《それって……了解っ!》

 

 AWACS喪失の混乱を突いて、新選組2機が東へ離脱を始めた。

 オロールの速度性能はパニッシュに劣ると言っても、仮にもマッハ2級の戦闘機。

 

 一目散に離脱されては、さすがに追いつくのは難しい。

 

「……ロック。妙な電波がこの辺りに出始めた」

 

 妙な電波?

 サトリが電波を読み取る時点で、既に妙なのに?

 

「うるさい。魔力を一切介してない、純粋な電波だ。

ボクにも干渉できない」

 

 干渉できないということは、こっちの盗聴は潰されているということか。

 

「おいっ、見たか? 蒼い機体が、いま真横を通って行った!」

 

 この交信は民間機が発したものだ。

 蒼い機体、魔力を使わない電波……

 

「このっ、気配……! ロック!」

 

 奴が来る。

 

《味方の増援を確認! IFF信号はペンギン!

蒼穹の魔王だ!》

 

 チェイス。

 夷俘海峡で神機隊の皆を海に沈めた、あの男。

 死に体だった幕府を空戦の腕だけで延命させた、あの男。

 

 そして……僕の心を惑わす、あの男。

 奴は今、ここに向かっていた。

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