蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
Operation: Head Hunt
央暦1970年4月13日
葦原海 若櫻沖
マランス
ジェラルド“HUNK”キルマー少佐
「ハンク、こちらクリプトだ。キックオフ」
「了解。全機、
バトルホークス隊は空母タナトから発艦すると、針路を南南東にとった。
これは、合衆国の情報機関である
葦原政府は、合衆国へ正式に宣戦布告する。
この報告を受けた当局は葦原政府の正気を疑った。
まだ内戦が終結して、態勢を整えた後ならば理解出来る。
しかし今は終わるどころか、状況は覆されつつある。
奥葦原の大半を奪還され、国土の東西を結ぶ陸路は分断されている。
首都武揚に駐屯する東征軍は要塞化を進めているが、海路・空路のみ、かつ妨害を受けている状況では十分とは言えない。
たとえ最新の巨大魔道兵器があるとしても、だ。
やけっぱちになって、状況を引っ掻き回したいのか?
合衆国の意思決定層の頭をよぎったが、詳細を聞いて確信した。
狂気には狂気なりに、算段があるのだと。
葦原政府の意思決定部門である神祇官のトップ、伊邪哭國男最高神祇伯はしばし表舞台から姿を消していた。
当初は単に批判や暗殺を恐れて隠れているだけだと思われていたが……
半分は当たっていた。
もう半分は、とんだ食わせ物である。
身分を隠して各国大使や諜報員と接触し、密約を進めていたのだ。
その密約こそ、恐るべき内容であった。
軍事同盟の締結と、それに基づく合衆国への宣戦布告だ。
合衆国は極東の覇権国家と呼んで差し支えない地位にいる列強だ。
生半可な条件では、このような取引は成立しない。
見方を変えれば、相応の手土産があれば成立するということでもある。
神祇官はこの相応な手土産を用意したのだ。
第一に、葦原における租借地の提供。
名目上は期限付きとはいえ、半永久的に自国領を他国に与えるというのだ。
それも、葦原連邦領となっている奥葦原や夷俘島を中心としている。
戦況が優位になるよう協力すれば、極東の拠点をくれてやるという塩梅である。
とはいえ、これだけでは覇権国家に中指を立てるに足る理由には満たない。
合衆国は極東への航路を抑えているのだから。
肝心なのは第二の手土産だった。
葦原において完成しつつある、決号計画の研究成果。
その現物と研究データ双方の提供だ。
決号計画はサトリ技術を用いた研究プロジェクト群の総称だ。
流出して問題のない範疇にある研究が過半だが、未だ合衆国やク連さえ実用化に至っていないものもある。
組み合わせれば、世界を混沌の渦に叩き込む最悪の兵器が誕生しかねない代物であった。
神祇官は果たして、その意味を理解しているのかいないのか。
軍事同盟締結と合衆国への宣戦布告の手土産に、提供を約束したのだ。
提案を受け、決号計画を知り、少なくない数の国が手を挙げた。
その代表格が、近年
そして葦原・合衆国の隣国、超帝国に位置するいくつかの軍閥であった。
合衆国への宣戦布告まで至らずとも、決号計画につられて人員・兵器の供与を約束した勢力もあった。
内戦初期は海外勢力の関与を拒んでいた葦原政府は方針を転換し、積極的に介入させ始めたのだ。
合衆国本土は、宣戦布告に同調した勢力の対応で手一杯になる。
リールランド遠征軍は凋落こそしているが、仮にも覇権国家が持つ一軍隊。
世界博覧会から撤退する民間機の保護の名目で合衆国周辺に集結している連中が行動を起こせば、葦原の内戦に戦力を投入する余力などなくなる。
そして決号計画の情報が彼らに渡れば、世界が終わりかねない。
故に、合衆国大統領は一歩踏み出した作戦を今回決断した。
密約は妨害するには進み過ぎていた。
宣戦布告、そして開戦は避けられない。
ならば、神祇官が研究データを広める前にこの内戦を畳む。
そのためにはまず、葦原政府軍の情報収集と管制を行うAWACSの排除が必要だと判断された。
話を、バトルホークスに戻そう。
彼らは葦原海を超低空で南下し、AWACSが飛行中の若櫻藩へ向かった。
葦原海は巨大な雨雲に覆われており、低空飛行していれば葦原政府軍の索敵に引っかかる恐れはなかった。
「リールランドと超帝国が宣戦布告ねぇ……
マジで成立するのか?」
バトルホークスで最も
現場の人間からすれば、事実なら脅威だが実現を
リールランドは今回の内戦でこそ協力しているとはいえ、かつて領土の切り取りを
対する超帝国の軍閥も、大和幕府の時代に何度も葦原を攻撃している。
どうにも、味方として受け入れる理由などないように思えてしまうのだ。
「俺もピンとは来ないが、噂の手土産とやらがよほど効いたと見えるな」
葦原政府が用意されたとされる手土産。
ハンクも決号計画の存在は聞かされていたが、それが果たしてどのような代物なのか。
そこまで情報は降りてきていない。
となれば、領土以上に魅力的なものだと推測する他ない。
彼らの知る決号計画も、チェイスの交戦した魔力を用いるロケットモーターと、サトリの意識をミサイルのシーカーに移すマインド・シーカーくらいなもの。
到底、そこまでの魅力は感じられなかった。
「なんにせよ、ならず者連中が握ったらロクな事にならんのは確かだ。
広まる前に潰すに越したことはない」
2番機のメルが例によって話をまとめた。
間もなく、葦原領空に進入する。
ここから先、下手に上昇すれば天候に関係なく索敵に引っかかる。
「バトルホークス、先ほど政府筋が宣戦布告を確認した。
我々合衆国と葦原政府は、正式に交戦状態に入った。
作戦開始だ」
「あぁ、マジで始まったか……」
クリプトの報告に、ハンクは眉間を揉みたい気分になった。
宣戦布告が行われたという事は間もなくリールランドと超帝国軍閥も宣戦布告し、合衆国本土もリールランド遠征軍と超帝国軍閥の攻撃にさらされる。
合衆国首都バルマトはハンクの故郷だ。
地理としては、リールランドの攻撃を受ける可能性大だ。
「バトルホークス、
戦火が広がる前に、火元を消し止めなければ。
バトルホークス3機は葦原領空に進入した。
理屈は簡単だ。
超低空飛行でレーダー索敵を回避し、悪天候で視界による索敵を避ける。
陸地では谷間を飛行することで内陸部へ浸透、敵AWACS付近で上昇、攻撃する。
問題は言うまでもなく、谷間とは飛行機が飛べるような地形ではない事だ。
索敵を避けるために低空飛行するのなら、なおの事。
そんな無茶をどうにかするのがバトルホークスである。
「俺らは高高度試験飛行隊って名目なのに、地面を這うとはな」
「ファング、少しは黙って飛べ。WSO連中を見習ったらどうだ?」
バトルホークスのメンバーはアビエーター3名に加え、後席に座る
彼らは自我がないかの如く寡黙で、滅多に口を挟むことはない。
「そうだな。そろそろウェイポイント・ブラボー、無線封止だ。
ファング。おしゃべりしたきゃ、WSOと話せ」
「飯でも口開けない野郎だぞ? バトルホークス3、ラジオオフ」
「バトルホークス2、通信機を止める」
ハンクの言葉に、メルとファングの両名は通信の発信を止めた。
受信は可能なため、ここからは空母タナトから管制するクリプトの言葉が重要になる。
「バトルホークス。海軍の偵察機が関所海峡を通過する艦艇を捉えた。
今現在は関係ないが、葦原海で発生している戦闘に介入する意図があると思われる」
本当に今は関係のない話であったが、将来は関係する。
葦原海の戦闘に介入するのであれば、合衆国海軍の艦隊と鉢合わせるという事なのだから。
砂色と灰色。
この世界における、一般的な陸地の色である。
禿山か砂利道か、あるいは色気のない建物か。
事前に対空警戒の薄いとされる領土上空に入ったバトルホークスは、海岸線からそのまま谷に入り込んだ。
ここからはバトルホークスが到着するのが先か、通報がAWACSに届くのが先か。
現地住民か、地上部隊から通報されるのは前提。
時間との勝負だ。
ハンクはスロットルを押し倒し、加速した。
視界の隅でビッラの可変翼が後方へと畳まれ、高速飛行モードに切り替わった。
飛行特性が大きく変わり、速度がぐんぐん上昇する。
トン単位の質量が音より速く飛翔すれば、相応の爆音が生じる。
ただでさえフライトプラン未提出の飛行に加えて、普段行われない超低空飛行。
地上に見える集落では、ちょっとした騒ぎになっている事だろう。
「バトルホークス。想定外の事態がなければ、
君たちは間もなくウェイポイント・チャーリーに到達している頃だろう」
谷に沿って緩やかに旋回すると、木製の吊り橋を目視した。
あれがウェイポイント・チャーリー。
「我々の東では連邦軍と政府軍及び神祇軍が空戦を始めた。
通信機越しの戦況把握だが、劣勢のようだ」
マチェット隊、ジャンたちが遭遇した例の部隊。
彼らは神祇軍所属の部隊だという話だった。
神祇軍が関与しているのならば、ジャンの腕がよほど鈍ったのでなければ。
連邦軍の被害は大きなものとなるだろう。
ハンクたちが見た、あのイレギュラーがいない限り。
「彼らを支援するためにも、この作戦は成功させなければならない。
頼むぞ、バトルホークス」
(言われるまでもない……!)
操縦桿を握る指から余計な力を抜き、ハンクは編隊長として操縦に集中した。
「ウェイポイント・デルタ通過。編隊を組み直せ。
無線封止は次のエコーで終了だ」
現在の谷は比較的広くなっているが、肝心なのはここから。
ハンクは背後を確認して僚機の健在を確認すると、自分を先頭に
ここからは谷が狭くなる。
下手に横幅を取れば激突するのだ。
まるで閉ざされる
その中央を走る、切れ込みのように小さな
3機の機体はそこへ飛び込んだ。
薄暗かった世界は暗闇に変貌し、1秒たりともミスの許されない危険なフライトが始まる。
正確に操縦桿を操作し、出力調整で速度を殺さず、かつ衝突を避けながら亀裂を進む。
そして立ちはだかる進行不能の壁。
そここそが、ウェイポイント・エコー。
隠れ進む事の出来ない、限界点。
あとは出たとこ勝負でやるしかない。
減速して畳んだ主翼を広げ、揚力を最大限に得る。
そして急上昇。
計器がオーバーG警告を出すものの、こればっかりは避けては通れなかった。
背後の僚機を気にする余力はない。
今は、この閉鎖空間からの脱出に専念しなくては。
機体は明確に上昇を始めたのだ。
あとは、最大出力で谷を出るだけ。
偶然にもその時、作戦区域の雲が晴れた。
彼らのすぐ南には
全ては予定通りだった。
「ウェイポイント・エコー通過! 無線封止解除!」
「敵AWACS確認、情報と計算はドンピシャだ!
全機、ぶっ叩くぞ!」
バトルホークス3機は、南の敵AWACSへ一直線に向かっていった。
どうやら通報は間に合っていなかったらしい、護衛機が動き出したのはバトルホークスがAWACSを射程に収めた後だった。
《待て、北に機影……どこから現れた、味方か?》
《味方のわけがあるかっ、敵襲だ! AWACSを守れ!》
《北には谷しかないっ、電探の届かない谷の底を這ってきたのか……?》
《それでも当てずっぽうで見つかる場所じゃない、
飛行ルートが漏れていたんだ!》
ミサイルのシーカーがAWACSの排熱を捉え、トーン音でロックオンを伝えた。
「バトルホークス1、ミサイル
主翼付け根のランチャーからミサイルが放たれ、一直線にAWACSへと向かっていく。
あの大型機ではどれほど懸命に機動しようと、フレアが上手く誘導を乱す以外に生き延びる道はない。
その道理は、人間の献身によって打ち砕かれた。
《後は頼むッ!》
護衛機がミサイルとの間に割り込み、自らを盾にしたのだ。
近接信管が作動するまでもなく直撃し、四つに分解された機体は炎上しつつ空に消えていった。
しかし残念ながら、攻撃は一度だけではなかった。
ハンクの放ったミサイルは防がれたが、メルの放ったミサイルは喰らいついた。
AWACSはフレアを撒いて旋回を始めるも、ミサイルは惑わされる事なく翼が抱える大きなエンジンに飛び込んだ。
ミサイルがエンジンに着弾、食い込んだ状態で爆発し、主翼ごともぎ取った。
《至急! 至急! こちらアマツクメ、制御不能! 墜落するッ……!》
姿勢制御不能となったAWACSは錐揉み降下を始めた。
想定外の急激な動きにレドームは耐えられなくなり脱落、そのまま機体は部品をばら撒きながら空中分解を始めた。
撃墜だ。
「バトルホークス2、敵AWACSを撃墜! やったな!」
「まだ護衛機がいる、片付けないと帰れないぞ!」
作戦は成功したが、これは生きて帰る事が前提の作戦だ。
増援が来る前に、絡んでくる敵戦闘機を排除しなくては。
《こちら軍警察若櫻本部。
そちらの住民から、谷を低空飛行する戦闘機を目撃したと通報があった。
悪ふざけをするな軍人ども》
《報告が遅いんだよ無能っ! あれは敵で、もうAWACSが撃墜されてるっ!》
バトルホークスは護衛機の連携を崩すべく、敵編隊のど真ん中で散開した。
頭数はこちらが少ないのだから、連携されれば不利だ。
《あの機体、識別表にないぞ。幕府の連中か?》
《見えたっ! 緑の一つ星の中に白の五稜星、合衆国だ!》
《遂に攻めてきやがったな、異人め!》
ハンクは上昇することで敵の注目を集めた。
速度を殺すことは、死を呼び寄せるのと大差はないのだ。
《1機、上昇したぞ!》
《あいつを狙え、ひとつずつ削っていくぞ!》
この誘いを失態と見た敵編隊の戦力は自然と集中した。
「ハンク、お前の背後に3機いる! 大人気だな!」
「黙れファング、お前にも1機ついてるぞ」
「メル。お前は2機! AWACSやったのお前だと思われてないんじゃないか?」
機体のフライ・バイ・ワイヤシステムが減速に反応して可変翼を制御し、翼を広げた。
上昇していくうちに機体は180度転回、自然と水平飛行状態になった。
インメルマンターンだ。
今度は加速状態に入り、可変翼が畳まれて空力的に加速しやすい形態となる。
最大限の効率で旋回し、最大限の効率で加速する。
護衛機の五式は振り回される一方であった。
《合衆国の機体、なんて性能だ! 追いつけん!》
《当てれば落とせる、誘導弾で狙え!》
《狙える位置につけねぇから困ってるんだよ!》
ミラーに映る敵の挙動から、練度と性能に大差があるとハンクは見た。
撃たれれば危険だが、多少の無茶は通じる。
《もう少しで、捕捉位置につく!》
旋回中の機体を反転させ、今度は急降下を始める。
「ファング、やれるな!」
「ああ、こっちも頼む!」
敵の列を引き連れながら降下したのと同時に、下では敵1機を連れるファングが上昇を始めた。
ふたつの軌跡が重なる直前、ハンクとファングは操縦桿を強く引いた。
急旋回に伴い、世界がスライドする。
ハンクの目前に、ファングを追う敵機が飛び込んできた。
「悪いな」
GUNのトリガーを引き、掃射する。
敵機はこの曳光弾の雨に飛び込む形となり、機首レドームから垂直尾翼まで一直線に弾痕が穿たれた。
機体の制御を喪失した機体を、ハンクは過ぎ去る。
ミサイルが彼の真下を突き抜けたのはその直後だった。
旋回範囲がバトルホークスのビッラと比べて大きくなった敵の五式は、ファングのミサイルで捉えられる位置にいたのだ。
葦原製SRM陽光と比べ、合衆国のSRMは感度こそ常識の範囲内だ。
真正面という条件の悪さでも、この至近距離ならば問題なくシーカーは熱源を捉える事が出来た。
《ぬおおおっ! ダメだっ、被弾! 脱出!》
直撃は避け、信管も作動しない至近距離。
しかし、ミサイルの質量と速度は胴体の左半分と主翼を奪うのに十分過ぎた。
やがて降下と旋回の負荷に耐えきれず、空中分解を始めた。
「バトルホークス1、3。撃墜確認」
「よし、俺はフリーになった!」
ファングを追う味方がいなくなった事に気付いたのだろう。
ハンクを追っている敵機のひとつが挙動不審になったが、そこを追尾されたままのメルが突いた。
「バトルホークス2の戦果確認」
《とんでもない手練れだ……!
追われながら、味方を追う敵を撃ち落としてるっ……!》
《まずいっ、いつの間にか同数に持ち込まれてるっ! こいつだけでもっ……
残り1機は⁉︎ 誰がついてるっ⁈》
降下してハンクを追う敵パイロットは、少し遅れてフリーになったファングの存在に気づいた。
しかし、気づくには少々遅過ぎた。
《敵機後方!》
《ああ、くそっ!》
主翼を広げ、上昇から急降下の姿勢に移ったファングは素早くハンクの援護に回った。
実戦は初めての部隊だったのか、背後を突かれた途端、彼らは攻撃を諦めて散開してしまった。
これは単なる判断ミスではない。
追うものが、追われる側に追い込まれたのだ。
「ハンク。敵編隊が分散した」
非常に珍しく後席のWSOから報告を受け、ハンクは状況を悟った。
脳内にあるメルの位置に視線をやって、改めて現在位置を目視。
機体を旋回、上昇させた。
《こっちは大丈夫……捕捉した、撃つ!》
メルを追う敵機の主翼から炎が迸る。
ミサイルを発射した証だ。
「メル、ミサイル!」
「ディフェンシブ!」
メルがフレアの投下を始め、急降下と急旋回を組み合わせた回避機動を始める。
幸いだったのは敵機が逸ってミサイルの発射を優先し、必中距離で撃たなかった事だ。
着弾の様子を見る間もなく、ハンクは油断なくメルを追い続ける敵機に機首を向ける。
レーダーが敵機を捉え、GUN FCSがHUDにピパーを表示させた。
距離は
偏差を意識して敵機のやや前方に照準し、発砲。
列をなす光の粒が、敵機の後部を撫でた。
《機関に被弾、火災発生……! 脱出っ!》
尾翼とエンジンの大破。
炎上して制御不能に陥った敵機からパイロットが脱出していった。
「メル、無事か?」
「ああ、ミサイルの回避に成功。助かった」
その間にもファングは敵機を追い掛けていたが、彼らは西へ真っ直ぐ離脱しているように見えた。
戦闘ではなく、生き延びるための逃亡だ。
「ファング。残りの敵機は離脱してる、深追いは禁止。
帰還が優先だ」
「っと、危ねぇっ」
向かってくる護衛機は全て排除し、残りは撤退。
まごう事なき完勝であった。
問題は、ここが前線から遠く離れているとはいえ、仮にも敵地であるという点である。
「バトルホークス、聞こえるか?
こちらのレーダーで西からそちらへ向かう敵編隊複数を確認。
すぐに離脱しなければ、追い付かれるぞ」
当然、付近の空軍基地から戦闘機がスクランブル発進してくる。
なにせ、どの勢力にとっても貴重なAWACSを喪失したのだ。
最重要目標を喪失して、さらにやった奴をみすみす逃したともなれば、司令官のキャリアは終わりだ。
命を賭して敵高級将校の延命に協力してやるような者はどこにもいまい。
「バトルホークス了解。メル、ファング。首狩りは十分だ。
こっちのを斬り落とされる前に帰るとしよう」
編隊は針路を北に向け、行きほどの無茶ではないが、低空飛行を始めた。
速度を高めるため戦闘で使用しなかったSRMを投棄し、最大出力で谷を飛ぶ。
「よーし。これでチェイスたちの戦いも有利になるはずだ」
この勝利で気を大きくしたファングは、楽観的な言葉を口走った。
航空戦力の目と頭を兼ねる貴重な
「油断するなよ、まだアシハラ・ガバメントにはリールランドの巨人がいる」
リールランドの巨人、ゴライアス級空中戦艦。
浮遊する巨大魔導兵器は、文字通り空飛ぶ戦艦。
地形を無視しながら移動出来る航空機の飛行能力だけでなく、重厚な装甲と多種多様な火器や電子機器を併せ持つ究極兵器。
考えられる兵器全部盛りのそいつは、大砲だけでなくAWACS以上の索敵能力と管制能力を持ち合わせている。
これが東国地方に浮かんでいるだけで、強固な移動要塞を持っているようなものだ。
何よりも、こいつを指揮する艦長は冷静かつ有能な人物。
一筋縄では行かない相手だ。
「ゴライアス級……シャルコで一度やり合ったきりだったな」
「色々ビッグマウスな俺だが、認めよう。
あいつと真っ向から戦っても勝てない」
地上目標は高高度から放つ35センチ砲で耕し、航空目標も複数同時攻撃可能な対空ミサイルで対処。
もちろん、対空機銃や高角砲をはじめとした近接防空火器も多数完備。
さらに内戦中盤の武揚攻略戦では、ロケット型の三式弾を用いたという情報まであった。
遠近対地対空、あらゆる状況に対処可能なインチキ兵器である。
それこそ弱点は、アホみたいにかかるランニングコストくらいなものだ。
「ま、それはやり合う時に考えよう。
今は無事に帰る事と、フェデレーションの連中がどうなるかだ」
「奴が出て来れば、どうにかなるだろ!」
チェイスの事か。
ファングの言葉の裏を、ハンクは読み取った。
しかし……
「あいつにおんぶ抱っこなフェデレーションの連中も、
あんまりよろしくない気がするけどな」
「つっても、他の連中が微妙だから仕方ないだろ?」
「そういう扱いなのが問題なんだよ。アシハラのニュース見たか?
やれチェイス、それチェイスばかりだ。
作戦参加して戦果を上げた奴らもいるのに、そいつらをいない者扱いしてる」
ハンクの懸念は、メルも共有しているらしい。
そう、連邦の民衆や軍上層部、それに意思決定層まで。
前線で戦うその他大勢を、軽視し過ぎているのではないか?
あれはチェイスの功績、あれもチェイスの功績。
事実かもしれないが、プロパガンダのためにチェイス個人の戦果を強調し過ぎているのだ。
全て事実なのに疑いの余地はなかったとしても、だ。
「確かに。フェデレーションの連中は、気に入らないだろうな」
「あいつ個人に非はないんだけどな……」
だからこそ、杞憂である事を祈る。
ハンクは静かに、光化学スモッグで白んだ空に向かって祈った。