蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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148 天下分け目の戦い 13日昼「BATTLE of ASHIHARA」

「天下分け目の戦い 13日昼」

央暦1970年4月13日

葦原海 AFS翔龍(しょうりゅう)

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 補給と点検が終わり、チェイスが再び空へ上がる時が迫っていた。

 エレベーターが上昇を始め、飛行甲板と同じ高さで静止する。

 

「こちらAFS翔龍、司令室である。

ペンギン1、聞こえていますか?」

 

 久々の声が、通信機越しに響いた。

 キャラが濃くて印象深かったので、もちろんチェイスはその声の主を覚えていた。

 

「ああ。翔龍にいたんだ。

えーっと、あのオールバックメガネの……」

 

江夏(えなつ)剛明(たけあき)中佐だッ!

なんだ、他人に対してその覚え方はっ……!」

 

 そう、剛明中佐。

 幕府海軍の参謀として一時期、幕府空軍と海軍の調整役兼作戦立案を担っていた男である。

 

 神経質そうな容姿にピッタリ過ぎる声をした、普段接していて決して愉快とは言えない人格だ。

 しかしそれが突き抜けてしまって、逆に面白い男である。

 

「いや、ごめんごめん。あまりにも声と容姿が合致し過ぎててさ」

 

「……まあ、いいでしょう。それよりも、あなたに意見を賜りたい」

 

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)を絵に描いたような男が、まさかチェイスに意見を求めるとは。

 珍しい事だが、言い換えればそれほど気掛かりな事態ということだろう。

 

 チェイスは茶化さず、素直に聞くことにした。

 

「珍しいな。なに?」

 

「例えば。あなたが敵AWACSの位置を掴んだとしましょう。

どうします?」

 

「多少無理してでも仕留める」

 

 考えるまでもない。

 AWACSは高性能な索敵能力だけでなく、現地で活動する航空機部隊をリアルタイムで指揮、支援する事が可能な戦力。

 どこで何をしているのかがわかれば、戦闘機部隊の者なら誰でも同じ事を言うだろう。

 

「……先ほど、翔龍の哨戒機が作戦区域(AO)を無視し、

東南東(ひがしなんとう)へ向かう機影を捕捉しました」

 

「哨戒機の哨戒エリアは?」

 

「AO北、超帝国の防空識別圏(ADIZ)に沿って飛行しています」

 

 その空域には───パッと思い浮かぶものはない。

 しかし、先ほどの剛明中佐の質問と組み合わせれば答えは明白。

 

「フツノミタマの飛行区域が?」

 

「ええ。敵編隊は哨戒機の阻止を振り切り離脱。

当該空域への接近を続けています」

 

 フツノミタマ、AWACSの飛行ルートは機密そのもの。

 作戦で直接支援を受けるチェイスにすら秘匿されている情報だ。

 

 何らかの事情で察知されている可能性は低い。

 だが、しかし───

 

 この作戦中に察知されたのならば、間違いなく狙ってくる。

 

「フツノミタマは気付いてるんだよね?」

 

「ええ。なおも接近中との事。ですが、撤退作戦は進行中。

それに、戦況は芳しくありません。ギリギリまで支援を続けると」

 

 AWACSには通常、護衛の戦闘機部隊が随伴している。

 それでもやはり、AWACS狙いの部隊が差し向けられれば危機的状況は避けられない。

 

 民間機撤退の支援に就いている味方にとっては、チェイスひとりよりも複数の味方機の方がありがたいだろう。

 選択の余地はなかった。

 

「……フツノミタマの方に行った方が良さそうだな」

 

「では、葦原連邦海軍参謀として命じる。

ペンギン1、可及的速やかにフツノミタマを救援せよ。以上」

 

「了解。そっちこそ、油断して沈められるなよ」

 

「当たり前です。私、江夏家は旗本の武家……

成金の田舎武士どもに、負ける道理はありません」

 

「何でいちいち、やられ役みたいな事言うかね……

ペンギン1、発艦する」

 

 甲板要員から発艦OKの合図を受けたチェイスは、最大出力でエンジンを吹かし、カタパルトの押し出す力とナーガの推力、それに主翼が生み出す揚力を活かして甲板から飛び出した。

 地味に初のナーガでの発艦だったが、問題はBT-4ガルーダより感じなかった。

 

 射出時に風防のハンドルを掴んでいた右手を、操縦桿にやる。

 フライ・バイ・ワイヤは問題なく機能し、ナーガを空へと飛ばした。

 

「ペンギン1、発艦確認! 武運を祈る!」

 

 翔龍航空管制室からの言葉に、チェイスはバンクを振って応える。

 その後は針路を方位000(真北)へとり、葦原海を北上していく。

 

 今回の兵装は純粋な空対空兵装オンリーである。

 葦原製短射程ミサイル(SRM)陽光を10発、胴体下には増槽の代わりにガンポッドを搭載していた。

 空母が手の届く位置にいるため、滞空時間よりも多大な敵との戦いを想定したものだ。

 

「こちらフツノミタマ。

ペンギン1、そちらの機影を確認しました」

 

 普段と変わらない調子のゆかりが告げた。

 通信が繋がるのとほぼ同時に、ナーガのMFDにフツノミタマの索敵状況が飛び込んでくる。

 

 護衛は既に交戦状態に入り、直掩機は皆無であった。

 護衛目標をガラ空きにせざるを得ない時点で、守る側が数で劣るはずの襲撃機に負けているのだ。

 

「こちらペンギン1、救援に来た。状況は?」

 

「劣勢です。護衛機全機で食い止めるのが精一杯の状況で……」

 

 これでは、いつ網の目を抜ける敵が出て来るか。

 あるいは網そのものが食い破られるか。

 

 誰かが助けなくてはならなかった。

 

「今向かう。敵戦力の情報を」

 

「敵はV-128が4機と五式が16機……

護衛機、また1機撃墜されました!」

 

 五式とはすなわちP-5Cであり、特筆すべき点はない葦原で普及している戦闘機。

 しかし一方でV-128とは、また変わり者が現れたな。

 

 V-128はクルーヴィナ連邦製の大型戦闘機で、その巨体から機密指定されていた時代の資料では爆撃機ではないかと推測されていた。

 しかし5年ほど前にク連が輸出をし始めてから機密も一部解除され、葦原のいくつかの藩が導入していた。

 それ以前では、大和幕府体制下の謎ルールによってどの藩空軍でも運用を許されなかっただろう。

 

 広大な領土を守る大型迎撃機という性質上、容量の多い燃料タンクを持ち、巨大なエンジンをふたつ持つ双発機。

 さらに、アビオニクス類は輸出が許される中でも一級品が搭載されている。

 

 つまり、迎撃機として非常に高性能だ。

 今回はこの持久力と足の速さを活かして、このAWACS攻撃に選ばれたのだろう。

 

「フツノミタマ、守りを突破した機体は?」

 

「ありません! ですがこのままでは護衛機が……」

 

 想像以上に戦況は悪そうだ。

 制限速度を少し超過させ、葦原海上空を爆走する。

 

 マップ上ではデフォルメされた護衛機と敵部隊の戦いが表示されているが───

 やはり、見る度に護衛機が減っている。

 

「ペンギン1、到着前にひとつ報告が」

 

「オッケー、なに?」

 

「敵回線の盗聴ですが……先ほどから奇妙なんです」

 

「というと?」

 

「一部の回線は現在でも可能ですが……急に大半の回線が消えました」

 

 敵交信の盗聴というだけでも凄まじい話だが、それが急に消えるとは。

 盗聴がバレて、回線の暗号を見直されたか?

 

 AWACSの飛行ルートがバレた事といい、電波関係で何やら怪しい動きが感じられた。

 

「暗号が解読された?」

 

「それもあり得ますが……少し技術の話になりますが、

我々の使う通信とチェイスさんの使う通信は微妙に異なります。

こちらは音声が鮮明になる、魔力に載せた音声を電波化する魔力通信ですが、

チェイスさんのそれは、純粋な電波通信なんです」

 

 この世界の通信技術の基本は魔力由来である。

 チェイスら地球と同じ方式の音声通信もあるにはあるが、魔力の方が音質と効率がいいのだとか。

 

「なるほど。異世界人(おれ)には魔力が一切ないらしいからね」

 

「ですが……先ほどから、私の魔力交信に違和感があるんです。

何か……絡みつくというか、貼り付くというか。

それから程なくして、あの敵機がここへ向かって来たんです」

 

 彼女の言いたい事は、ようするに。

 何者かが魔力通信に干渉し、盗聴の妨害とAWACSの逆探知を始めた。

 といったところか。

 

 チェイスは魔法やら魔力やらは完全に専門外で、コメント出来る体質ではない。

 しかし───当事者の勘は信用すべきだろう。

 

 今のところ、フツノミタマとチェイスを繋ぐ交信に違和感はない。

 となれば───

 

「フツノミタマ。しばらくよその通信もこっちと同じ通信に出来ない?」

 

 すると、しばし沈黙。

 彼女の返事が返ってくる前に、フツノミタマの護衛機と敵部隊の戦いが見える距離に入ってきた。

 

安全装置(マスターアーム)解除(オン)。ペンギン1、交戦」

 

 フツノミタマの支援により、敵味方の識別は容易であった。

 戦闘から離脱し、旋回中の五式にシーカーを捕捉させる。

 

「FOX2!」

 

 右翼端に視線をやり、陽光が放たれる瞬間を睨みつける。

 火を吹く矢は真っ直ぐ標的へと向かっていく。

 

 狙った五式は乱戦の中へ飛び込む直前、ミサイルに食い付かれた。

 至近距離で近接信管が作動し、尾翼のほとんどを吹っ飛ばされる。

 

「敵機が撃墜された! やったのは誰だ⁈」

 

「電探に感あり、南の方角! ペンギン1、蒼穹の魔王だ!」

 

 制御不能に陥った敵の五式に視線をやると、チェイスは次の目標を探し始めた。

 

 そこで、気づいた。

 乱戦に参加しているのは五式だけで、少数のV-128は戦闘に直接参加せず遠巻きに見守るばかりだ。

 

 違和感を覚える。

 

 V-128と五式の速度性能は大きな差がある。

 相性が悪ければ、それぞれが名機だとしても良さを殺してしまう。

 

 機動は鈍重ながら、高性能エンジンとアビオニクスを積むV-128。

 五式は軽量なボディで機動性が高く低コストな一方、速度性能が劣り電子機器は最低限なものばかり。

 

 彼らの組み合わせはチグハグだ。

 寄せ集めにしても、もう少し噛み合わせのいい部隊はあるはず。

 

 チェイスは撃墜した五式に再び視線をやった。

 

 尾翼を失って姿勢を崩した五式に回復動作を試す気配はなく、重力に惹かれるまま海面へ向かっている。

 搭乗員が脱出した痕跡すら見受けられない。

 よほど不運でなければ、意識を失う被害ではなかったように思えるが───

 

 まだ断言は出来ない。

 攻撃を受けたという心理的衝撃と、被弾の物理的衝撃が搭乗員の意識を刈り取る可能性は十分にあり得るのだ。

 

 仮説を頭の片隅に放り投げ、戦闘に集中する。

 

「蒼穹の魔王っ、ご助力感謝します!」

 

「このまま片すぞ!」

 

 護衛機の部隊とは完全に初対面であり、彼らの飛び方はさっぱりわからない。

 なので、単独で彼らに合わせるしかなかった。

 

 距離を縮め、乱戦に向かって針路をとる。

 ミサイルは下手に撃てば味方に誤誘導する恐れがある。

 

 万が一の危険を避けるため、FCSをGUNに切り替えた。

 胴体下のガンポッドと30ミリをリンクさせ、トリガーに意識をやる。

 

 すると、チェイスに機首を向ける五式がひとつ。

 こちらは誤射を恐れて撃てないが、向こうにこの心配はない。

 敵機の主翼から閃光が走る。

 

「ペンギン1、ミサイル! ミサイル接近!」

 

「大丈夫、対処する!」

 

 向こうは乱戦の最中に撃って来たミサイル。

 発射母機の速度が乗っていないため、ミサイル本体の加速・速度も微妙になる。

 

 最大推力の速度のまま、チェイスはあえてミサイルに向かって突貫した。

 ミサイル相手にチキンレースは愚策に思えるかもしれないが、速度が乗っていなければ存外分の悪い賭けではないのだ。

 

 互いにぶつかり合う速度、あっという間に距離は縮まる。

 そこだ、と見たタイミングでチェイスは操縦桿を倒した。

 

 マイナスGが全身の血流を上へと押しやり、頭に血が昇る。

 瞬く間に眼球内の毛細血管が膨れ上がり、視界が赤く染まった。

 レッドアウトだ。

 

 瞬時に起きた身体の異変に判断力は急速に鈍るが、チェイスは気力でそれを抑えつける。

 カウンターメジャーボタンに指をあて、放出する。

 

 フレアがばら撒かれ、ミサイルの誘導を乱す。

 細かな要素でミサイルが持つ運動エネルギーを削ぎ、近接信管が作動する暇すら与えず過ぎ去った。

 

「ペンギン1、ミサイル回避! アレをかわすのか⁈」

 

「お返しだ」

 

 当然の話だが、ミサイルの向こうにいるのは発射母機の五式だ。

 そいつに向かってチェイスは機動を修正し、HUDに投影された照準器と合わせる。

 

「ガンズガンズガンズ!」

 

 3列の曳光弾が青空を薙ぎ、すれ違いざまに撃墜した。

 敵機が機関砲を発砲し始めたのは、通過した後だった。

 

───やっぱりこいつら、おかしいぞ。

 

 炎上し、墜落していく敵機を一瞥すらせずチェイスは確信した。

 すれ違うあの瞬間、チェイスは敵機のパイロットに意識を向けていた。

 

 確かにコクピットには人影があった。

 しかし、その動きに感情を見出せなかったのだ。

 

 ピクリとも動かず、ただ真正面を見据えるだけ。

 まるで人形のように、状況の把握に努める姿勢すらなかったのだ。

 

 それだけではない、挙動も奇妙だ。

 ヘッドオンの銃撃戦に怯えないくせに、反応が妙に遅い。

 まるで、無線で遠隔誘導されているかのような遅延(ラグ)があるのだ。

 

 昨年試作が開始された次期主力戦闘機、F-3。

 それで運用する無人機は搭載AIによる自律飛行が中心だが、研究用機体は無線遠隔操縦も可能だった。

 

 将来F-3が配備される第114飛行隊の一員として、チェイスはその開発に協力(すぐに追放)し、遠隔操縦もやった事があった。

 敵の五式が見せる違和感は、あの不愉快な操作ラグにそっくりなのだ。

 

 仮説を、言葉にする時が来たようだ。

 これで解決するか定かではないが、チェイスは次の敵機を追うついでに、フツノミタマに尋ねた。

 

「フツノミタマっ、魔力通信にECMは効くの?」

 

「目的次第だ。どういう意味だ?」

 

 質問に答えるには、今はタイミングが悪かった。

 ECMが抜群に効かないのであれば、古典的かつ効果的手段は排除。

 

 もっと直接的かつ、効果的な手段を試すとしよう。

 

「ペンギン1っ、どうしたっ?」

 

 格闘戦をやめ、離脱を始める。

 針路は方位270(真西)、野次馬に徹するV-128がいる方向だ。

 

 味方に疑念が過ぎる前に、お前の仮説を伝えた方がいいぞ。

 

「こちらペンギン1。もしかしたら、敵の五式は遠隔操作かもしれない」

 

「……なんだって?」

 

「俺の仮説が正しければ……奴らは俺を追う!」

 

 チェイスが西への飛行を始めるとV-128編隊は北へ1機、南へ2機散開し───

 ミラーに映っている背後の五式は、格闘戦を中止した。

 

 彼らの引く飛行機雲(コントレイル)は間もなく、中心に黒点を持つ白点になった。

 敵五式の約半数がチェイスを狙い出したのだ。

 

「敵機、格闘戦を中止! ペンギン1へ向かっています!」

 

「遠隔操作……まさか、V-128の搭乗員が五式を操縦してるのか⁈」

 

「多分ね!」

 

 コクピットに座っているのは、恐らくただの人形。

 V-128の、恐らくコパイロットがサトリなのだ。

 

 先日の空戦中に遭遇したマインド・シーカーのように、サトリが戦闘機を遠隔で操縦しているのだ。

 それも同時多数を。

 

「異世界版ロイヤル・ウィングマン! こっちの方でお目に掛かるとはね!」

 

 遠隔操作の五式で護衛を消耗させてから、AWACSに向かって突貫する手筈だったのだろう。

 

「敵機が減った、これなら勝てる!」

 

「だが、ペンギン1が追い込まれるぞ!」

 

「こっちはどうにかする、そっちはそっちの敵を見ろ!」

 

 ここで最悪の状況は人が死なないのをいい事に、護衛機を無視してフツノミタマに突貫されることだ。

 隙を晒せば、五式の操縦者はそこを突くだろう。

 

 それにしても、分散されるのは少々困る。

 さすがに1機が遠隔機全てを制御しているはずもなく、3機がそれぞれの担当を制御していると見るべきだろう。

 

 一網打尽は不可能だ。

 ならばひとつずつ、確実に減らすしかない。

 

 3機のうち、南へ逃げた2機を追う。

 その間にも、五式がチェイスの背後に狙いをつける。

 

「ペンギン1、敵がミサイルを撃った!」

 

 MFDのマップを伺う。

 

 発射されたミサイルは複数。

 しかし、距離は遠く速度もそれほど乗っていない。

 さらにこちらは背を向けている。

 

 真っ直ぐ飛ぶ事は出来ないが、かわすのはさほど難しくない。

 

 オーグメンターの火を絶やす事なく、最大出力のまま敵無人母機を追う。

 数秒しかもたない陽光はすぐに加速が終わり、あとは降下して減速を和らげるしかない。

 上昇すればもう追いつけない。

 

 旋回しつつ上昇し、トドメにカウンターメジャーを投下してチェイスは5つのミサイルの群れを回避した。

 第2射は───もう遅い。

 

 五式とチェイス、そしてV-128が直線上に重なった。

 下手に撃てば、自分の母機に誤誘導する。

 

 というのは───あくまで、本人だけの問題だった。

 他の母機には関係のない話だ。

 

 4つのミサイルが、宙に放たれた。

 

「誘導弾来てるぞ、チェイス! かわせ!」

 

「自分以外はお構いなしか!」

 

 さすがに、追いながら回避は無理だった。

 一旦追跡をやめると───

 

 南を向くチェイスのすぐ頭上には、太陽が浮かんでいた。

 これは古典的な手段だが、古典的な誘導方式の陽光ならば───

 

 垂直上昇を始め、蒼穹を目指す。

 頭の中でミサイルと自分の位置を計算し───

 ミサイルの視界で、チェイスと太陽が重なった瞬間。

 

 迎え角(AoA)リミッターを解除し、機体を180度旋回させた。

 主翼がしなり、軋み、身体がシートに押し付けられる。

 血の気と共に意識は遠のき、色彩の消えた世界に銀色の羽虫共が現れ、端から食い千切っていく。

 

 それでも、なんとか。

 水平儀が-90度を示した瞬間、チェイスは操縦桿を戻した。

 

 フライ・バイ・ワイヤシステムが操縦を補正し、ピタリと旋回が静止する。

 あとは速度方位がついてくれば───

 

 やはり、推力偏向ノズルを持つ改修されたF-2とは違う。

 重力の力を借りてなお、速度方位の追従が明らかに遅い!

 

 しかし、もうこれで行くしかない。

 中途半端が一番最悪なのだから。

 

 あらゆる力をもって、真下へ速度を集中させ───

 亜音速で飛来する4つの重量物は、世界を照らす光に目を奪われた。

 

 チェイスのすぐ背後、真上で空を切る。

 

「すげぇっ、太陽に誘導弾を吸わせた!」

 

「座学であり得るとは聞いたが、実戦でやれるものなのか⁈」

 

 一度速度が乗り始めれば、あっという間だ。

 ナーガの速度を稼いで音速を超え、機首を敵V-128へ向けると───ミサイルを撃つ。

 

「ペンギン1、ミサイル発射!」

 

 敵機はフレアを投下してミサイルの誘導を撹乱。

 しかし───彼らは、ただ逃げていたわけではない。

 

 恐らく交戦地帯を迂回してフツノミタマを攻撃する腹づもりだったのだろう。

 そのせいで、南から東に向けて旋回している最中であった。

 

 排気が見える角度で、旋回して速度が減っている最中。

 最大出力で旋回すれば、過負荷で機体とパイロットが駄目になる。

 

 あのV-128のパイロットたちは、本当に間が悪かった。

 

 機体後方で近接信管が作動し、炸裂。

 被弾したエンジンが煙を含んだ炎を吐き出した。

 

「敵機に命中! 未だ飛行中!」

 

 命中するも撃墜に至らず。

 しかし、戦況に明白な影響を与えた。

 

「敵機の一部が急に動きを止めた!」

 

「命中! 間違いない、こいつらは遠隔操作されてるぞ!」

 

 遠隔操作しているサトリ本人が動揺すれば、無人機の制御へダイレクトに影響が出る。

 子機を放置は出来ないが、母機を無力化すれば一網打尽に出来るわけだ。

 

「これだけ減れば、もう勝ったも同然だ!」

 

「さっさと片付けて、魔王とAWACSを守るぞ!」

 

 被弾した敵機は制御の回復を諦めたのか、ふたつのパラシュートをコクピットから放り出した。

 結果的に撃墜となった。

 

「さっきのV-128からパラシュート確認、撃墜だ」

 

「ペンギン1、まだ無人機は狙ってるぞ!」

 

 とはいえ、彼らは絶好の位置にいるはずなのにミサイルを撃ってこない。

 チェイスが到着したのは、既に交戦が開始された後だ。

 もう、ミサイルは撃ち切ってしまったに違いない。

 

「大丈夫、五式ならナーガのエンジンでぶっちぎれる」

 

 GUNは肉薄しなければそうそう当たらない。

 最大出力で逃げ出す2機目のV-128を狙う。

 

 そう、こっちにはまだまだ手札(ミサイル)があるのだ。

 シーカーを覚醒させ、エンジンノズルに注目させる。

 

 最大出力でも、最高速度まで乗せるには時間が掛かる。

 マッハ1.5の機体から放てば、追いつける。

 

「FOX2!」

 

 主翼のパイロンからミサイルを放ち、その行先を睨みつける。

 高速飛行状態での回避機動は、半ば運任せだ。

 

 運が良ければ回避に成功して帰還後整備隊にどやされるが、悪ければ主翼が折れる。

 最悪は、翼が折れた上で被弾する。

 

 彼らはその最悪を引いた。

 音速を超えた状態で急旋回を試みるも、翼の継ぎ目に沿って真っ二つに破断した。

 

 止まらないロールが始まり、完全に制御を失ったところにトドメのミサイルが突き刺さる。

 

「ミサイル命中! 敵機の反応消失!」

 

 南側に逃げた2機はこれで全て。

 しかし───まだ1機残っている。

 

「こちらフツノミタマ! 回避機動に入りますっ!」

 

 遂に敵のV-128がミサイルの射程圏に迫っていた。

 今まで続けていた味方の支援を中断して、フツノミタマが延命のために強引な動きを始める。

 

「今向かう、耐えてくれ!」

 

 とはいえ、実際にミサイルを撃たれれば祈るしかなくなる。

 そして───チェイスが追い付くのは、まず不可能だ。

 

 意味がないと分かりつつも、チェイスは歯を食いしばってスロットルレバーを強く握りしめた。

 わかっているが、それでも───

 

 MFDのマップで、敵の反応がフツノミタマに迫った。

 

「俺達がフツノミタマの護衛だ、やらせるかよ」

 

 遠くで閃光が煌めくと、レーダー上の反応が消失した。

 フツノミタマ護衛部隊の1機が、V-128を追跡していたのだ。

 

「周辺に敵影なし……し、凌いだ」

 

 次郎が珍しく気の抜けた声を漏らすも、これはあくまで周辺の問題。

 少し離れたところで、味方はまだ戦っている。

 

 それも、状況を覆されて。

 

「蒼穹の魔王、チェイス! こっちはもう大丈夫だ。

俺達でフツノミタマは守る!」

 

「それが俺たちのお役目だからな」

 

 第2波が来れば危険だが、それまでに連邦空軍の増援が追い付くはずだ。

 フツノミタマは気掛かりだが、今は本隊の援助に向かうべきだ。

 

「わかった。フツノミタマとその護衛諸君!

頼むぜ」

 

「はいっ! 全力で支援します!」

 

「お前は暴れて来い、チェイス!」

 

 ゆかりと次郎の激励を受け、チェイスは針路を南西にとる。

 天下分け目の、決戦の舞台へ。

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