蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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149 蒼穹の魔王「BATTLE of ASHIHARA」

「蒼穹の魔王」

央暦1970年4月13日

葦原海 京沖

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 空母へ補給に戻る───

 といきたいところだが、民間機周辺を取り巻く戦況はそれどころではない。

 

 フツノミタマによると、新選組含む本隊は大きな被害を受けているという話だった。

 

「新選組ほか、本隊は戦力の30%を喪失……

戦力差は今もなお開き続けています!」

 

 赤報隊。

 その名前が、政府軍の交信で飛び交っている。

 

「赤報隊っていうのは、何者?」

 

「不明だが、交信の中に神祇軍所属と考えられる報告があった。

神祇官が新たに編成した、軍隊とは別の独立した軍事組織だ。

規模こそこちらの近衛軍以下の小規模だが、最新技術が投じられた

装備品を多数有している」

 

 政治組織が持つ、独自の戦力。

 チェイスの知る限り、基本的にまともな存在ではないが───

 少なくとも神祇軍所属の赤報隊とやらは、実力がまともではないらしい。

 

 まさか、歳三率いる新選組がこの短時間にここまでやられるとは。

 

「ペンギン1、単独であの戦場に飛び込むのは危険だ。

針路を維持し、増援と合流せよ。

ペンギン隊僚機とオメガ隊、それにイグルベ隊だ」

 

「役者勢揃いってわけか。了解」

 

 それからしばらく南西へ向かうと、彼らの機影が見えてきた。

 編隊の先頭を飛ぶ、ペンギン隊のウィングマン達だ。

 

「チェイス殿、お待たせしました」

 

「お前ひとりに全てをやらせるわけにはいかんからな」

 

 ペンギン2竜司とペンギン4大助がチェイスを先頭とする編隊に入り、やや遅れてペンギン3ボスが加わる。

 

「チェイス、機体の状況は?」

 

「兵装と燃料が少し減っただけ、問題なし。

身軽になった分、それだけ動ける」

 

 直接彼と視線を交わし、ハンドサインで無問題と告げる。

 風防の向こうにある小さな頭が首肯した。

 

「こちらオメガ1、宗治郎。準備完了だ」

 

「オメガ2秀彦、いつでも行ける」

 

「オメガ3の敬一からオメガ11まで、全員やれます!」

 

 隊長の宗治郎が駆るP/A-51、その背後をFS-1が固めるオメガ隊がチェイスに追従を始めた。

 今回、彼らはハードポイント全てに陽光を積み、完全な対空装備で固めていた。

 

「イグルベ隊。稼ぐ準備はいつでも出来てる」

 

 ジュラルミンの銀色を隠さぬイグルベ隊も編隊に加わり、連邦軍所属の増援がここに集結した。

 

「全機へ、交戦する前に通信回線を見直す。

魔力通信を中止し、データリンク用の回線に切り替えよ。

従来方式では盗聴される恐れがある」

 

 チェイスとボスは操作するまでもなく、ふたり以外の彰義隊は通信回線を切り替えた。

 音質がぐっと悪くなり、送受信範囲も狭まるが、手の内を読まれるよりずっとマシである。

 

 先ほど行ったチェイスとの会話で思いついた対策だろう。

 果たして、どの程度の効力があるのやら。

 

「通信回線の切り替えを確認。

彰義隊全機へ、戦闘開始! ペンギン1に続け!」

 

 撤退する民間機編隊の背後を過ぎ去り、入道雲の向こうにある戦場へ。

 

 それから間もなく、入道雲の陰から空戦の気配が姿を現した。

 尾を引く白い飛行機雲に、被弾した航空機の黒煙。

 そして、真っ赤に燃え上がる炎。

 

 青空に様々な色のリボンが結び、絡み合っていた。

 

「味方の増援を確認! IFF信号はペンギン!

蒼穹の魔王だ!」

 

「チェイスが来た……これで勝てる!」

 

「戦闘中の新選組は一時離脱、増援と合流して体勢を立て直せ!」

 

 既に新選組は投入された半数が姿を消していた。

 歳三と鉄之助の信号は捉えたが、チェイスの知っている名前がいくつかいなくなっていた。

 撤退出来ているのならば、いいのだが。

 

「チェイス、気を付けろ! 奴が、夷俘海峡の死神がいるぞ!」

 

「畏怖海峡の死神?」

 

 歳三の言葉にオウム返しして、チェイスの記憶に該当する人物が見つかるのにそう時間はかからなかった。

 

「そうか、いるのか。あいつが」

 

 ボスを撃墜し、チェイスがGUNを当てて撃退。

 その後も何度か邂逅し、最近では世界博覧会の展示飛行で一悶着あった相手。

 

 連邦と政府の内戦が再開されたのだから、戦場での再会は十分あり得る話だ。

 彼にある奇妙な背景が見えてきたからとはいえ、遠慮はするなよ。

 

「当たり前だ……!」

 

 敵編隊も増援の到着と新選組の一時離脱で集結、再編成を図っていた。

 中でもチェイスの興味を惹いたのは、政府軍機の中でも鋭い機動で集まる2機の機影。

 RWRが2つだけ、パニッシュのレーダー波を探知している。

 

 この2機が例の死神部隊なのだろう。

 

「こちらクリプト。葦原連邦軍へ、敵AWACSの排除に成功した。

政府軍の指揮能力は大きく低下した事だろう」

 

 と、不意に合衆国軍のハリー中佐が告げた。

 その言葉が確かならば、敵の作戦行動に大きな影響が出るだろう。

 

 しかし───今目前で飛行機雲を引き連れながら再編成を行うその姿に、AWACS排除の影響を感じられなかった。

 

「その割には、連中綺麗に大編隊組んでやがるぞ」

 

「前線で管制を行なっている機体がいるんだろう。

短期的には十分だろうが、長期的には無理が生じる」

 

 しばらくは連携出来るが、時間が経てばボロが出るという事だ。

 なんにせよ、強力な敵と戦わなければならない。

 

「チェイス。我々は戦闘で消耗し、誘導弾はほとんどない。

だが、数の足しくらいにはなるだろう。支援させてくれ」

 

 合流した歳三をはじめとした新選組のオロールは、ほとんどの機体がミサイルを使い切っていた。

 彼我の戦力比は、向こうが若干有利といったところ。

 

 無茶をして欲しくはないが───出来る人手は欲しかった。

 

「頼むぜ、新選組。でも無茶はするなよ」

 

「ああ……今度こそ、夷俘海峡の借りを返す」

 

 離脱してきた新選組を加え、彰義隊はAO東部に展開した。

 戦う準備は完了だ。

 

 政府軍の編成を終え、間もなくミサイルの射程圏に入るところ。

 チェイスはナーガの兵装に火を入れた。

 

「彰義隊、交戦して航空優勢を確保する!」

 

 向こうの先陣を切るのは───例の死神。

 チェイスはそいつにミサイルをロックさせ、発射した。

 

 それを皮切りに、彰義隊・政府軍が一斉にミサイル攻撃を始めた。

 熱を追う矢が、敵を食い殺さんと蒼穹を疾走する。

 

 気がかりなのは、チェイスが狙った死神2機はミサイルを撃たなかったことだ。

 とはいえ、難しい話ではない。

 

 パニッシュは胴体下に2発しかミサイルを搭載出来ない。

 とっくに、新選組との戦いで撃ち尽くしていたのだ。

 

 一方でそんな状況下でも踏みとどまって戦いを選んだ。

 チェイスは自分が戦士などという上等な生き物だと思っていないが───

 戦士として、その心意気は素直に称賛できた。

 

「ペンギン1! ミサイル接近!」

 

「チェイス殿っ、支援します!」

 

 竜司の言葉を、チェイスはすぐに理解した。

 少し減速して竜司と頭を並べると、シザーズ機動を始める。

 

 熱源が踊り狂い、さらにフレアという囮がばら撒かれ。

 彰義隊を狙っていたミサイルは混乱し、機動が乱れた。

 

 ふたりはミサイルの雨をすり抜け、さらに肉薄する。

 政府軍の大半は回避のために散開したが───

 

 奴らだけは、真っすぐチェイスを見据えていた。

 赤報隊、死神が下す誅罰(パニッシュ)

 

 彼らはミサイルを回避するのに、バレルロールすら必要としなかった。

 機体の高速性能を活かしてミサイルの機動性を上回り、最低限の機動だけで彰義隊の放った大多数のミサイルを回避した。

 まるで、最新のコンピューターに導かれているようだった。

 

「ミサイル、赤報隊に命中せず!」

 

「GUNに切り替える!」

 

 FCSをGUNモードに切り替え、旧式のジャイロ式照準器をHUDに投影させる。

 こいつは手動で敵の位置・速度と弾速を考慮した偏差(リード)を設定しなければならない代物。

 

 F-2が持つレーダーFCSと比べれば精度は比較にならない上に、照準の調整をする暇もない。

 故に、半ば勘で照準し───引き金を絞る。

 

 両脇の30ミリと胴体下の20ミリが同時発射され、曳光弾の光線が敵パニッシュへと伸びていく。

 しかし、あと一歩届かない。

 

 ほんの僅かに偏差が足らず、先頭を飛ぶパニッシュのエンジンノズルをかすめた。

 一方、向こうの機関砲もチェイスに照準していた。

 

 すぐ目前、機首を掠めるかのような至近距離を曳光弾が過ぎ去った。

 さすが30ミリ機関砲、風防に叩きつけられた衝撃波は尋常でなかった。

 回避のためのバレルロールがなければ、被弾していたに違いない。

 

 互いに命中弾なく、2機はすれ違った。

 

「だけど、まだだ!」

 

 ロールで機体を上下反転させ、機首上げ動作を行う。

 フライ・バイ・ワイヤに細かいところを任せ、高度を犠牲に速度を得ながら反転する。

 

 ペンギン隊はしっかり、チェイスに追従してくれていた。

 

「チェイス、奴ら急加速してくるぞ!」

 

 歳三からの警告と共に、目に見えて敵パニッシュが加速を始めた。

 パニッシュ2機は───ノズルから蒼い炎を吐いていた。

 オーグメンターなんて比じゃない、とんでもない加速力だ。

 

 この間、敵反乱軍が見せた決号計画の産物。

 魔力を燃焼させる補助動力!

 

「こちらカビエシ。例の2機、うちの僚機を射線に入れたが無視しやがった!

チェイスだけが狙いらしい」

 

 チェイスひとりをそこまで高く評価しているのか?

 それもあるだろうが、少し違う。

 

 奴らはミサイルを撃ち尽くしたうえ、機関砲の残弾もそう多くないのだ。

 長く留まれないからこそ、最大の脅威であるチェイスだけでも排除したがっているのだ。

 

「消耗してる今が、泥を塗るチャンスか」

 

 速度を乗せ、機首を上げて水平飛行へ。

 チェイスが背後を取る形になったが、パニッシュはモリモリ加速している。

 ミサイルを撃っても厳しいだろう。

 

 さらに、2機編隊は散開して上と水平の2方向に分かれた。

 上へ向かったパニッシュは特に、とんでもない急上昇(ハイレートクライム)だ。

 機体はもちろん、中にいる人間が耐えられないのではないか?

 

《くそっ、赤報隊! 死神を抑えつけてくれ!

彰義隊だけでもヤバいのに、奴が自由になったらやられる!》

 

《ちょっとロック! お嬢ちゃんがヤバいんじゃない⁈》

 

《うるさいっ……! まだ、管制と魔力供給はやれるっ……!》

 

 突如、不鮮明な交信が通信機に混信した。

 フツノミタマ曰く、先ほどから何らかの手段で交信の盗聴が妨害されていたらしいが───

 

「あの上昇してるパニッシュに、妨害してる人間が?」

 

 赤報隊の死神───恐らくお前と因縁のある男の機体。

 あのパニッシュも風防の大きさから複座型と推測できた。

 ならば、コパイロットがやっているのか。

 

「チェイスっ、奴らの動きが鈍くなった!」

 

「はいっ……先頭の死神が抱く殺意。

それが急速に薄れています!」

 

 本調子ではない相手を叩くのは気が進まないが、戦争では常に本調子とはいかない。

 それにこちらが本調子でなくとも、向こうに構う義理はない。

 

 死神はインメルマンターンで転回し、優位な上を取る形になった。

 チェイスは上昇して真正面から迎え撃つ。

 

「ボスと大助は散開、もう1機を叩いてくれ!」

 

「いいだろう。大助、やるぞ!」

 

「相分かった」

 

 赤報隊のもうひとりをボスと大助に任せ、チェイスと竜司は死神と相対する。

 死神は降下して、やはり同じく戦う意思を見せた。

 

「竜司、撃つ!」

 

 遠慮なく、竜司がミサイルを発射した。

 チェイスは最高のタイミングを逃さないため、あえて今回は見送る。

 

 一方、敵にミサイルはない。

 同時になぜか、フレアも投下しなかった。

 

 諦めたのか?

 いや、何かある。

 そう確信していたのは、チェイスだけではなかった。

 

「こいつ……やる気だっ!」

 

 戦慄した声色で竜司が呟いた直後。

 パニッシュで機関砲のマズルフラッシュが走る。

 

 ふたりは機体を制御して曳光弾の線をかわすが───

 目的は攻撃ではない。

 

 突如、空中で爆発が起きた。

 

「まさかっ……機関砲で誘導弾を⁈」

 

「あいつ、ミハイかZOEかよ⁈

エースコンバットじゃないんだぞ!」

 

 攻撃ではなく防御。

 向かってくるミサイルを、機動で照準しなければならないGUNで迎撃したのだ。

 信じられない、こんな真似を出来る人間が存在するとは!

 

 ミサイルの爆炎によって死神の姿が消え、照準が出来ない。

 チェイスは半ば当てずっぽうで爆炎に向かって照準するも───

 

「回避をッ!」

 

 竜司の言葉で反射的に離脱した。

 直後、貫通音が機内を暴れ狂った。

 機体のシステムが警告音を発する。

 

「被弾っ!」

 

「あの一瞬で……! ペンギン2も被弾しましたっ!」

 

「ペンギン1、ペンギン2、被害状況報せ!」

 

「右主翼に被弾したけど、まだ戦える」

 

 背後を通過した死神は、先ほどよりも緩やかとはいえ旋回を始めている。

 まだ奴には、とどめを刺す意図がある。

 

「ペンギン2、機首に被弾っ!

負傷はありませんが、電探と空調が損傷! 機能停止!」

 

 レーダーと空調の停止は、戦闘機として致命的だ。

 レーダーが止まれば索敵どころか地形の把握も出来なくなり、空調が停止すればパイロットはもちろん、電子機器の冷却もできない。

 

 このままでは、彼女は帰れなくなる。

 

「竜司ちゃん、低空に退避して離脱を!」

 

「了解……申し訳ありませんっ」

 

 揺れる機体を制御しながら、竜司は降下して雲の下に隠れた。

 あの分厚い雲、多少危険だが敵に狙われるよりはずっとマシだ。

 

 こちらも幸いなことに、ナーガのダメージは最小限に留まった。

 右主翼に大きな穴が見受けられたが、制御は十分に維持されている。

 飛行と戦闘は可能だが───無理すると折れるかもしれない。

 

「大助っ、こいつをチェイスに近付けるな!」

 

「ええ。やらせはしない」

 

《ちぃっ! このチビ共、邪魔ァ!》

 

《魔王の部隊を赤報隊が押し留めてる……!》

 

「オメガ1の戦果確認」

 

「オメガ2、お前は3機やってる。俺も精進しなくてはな!」

 

《ダメだ、また味方がやられた! 俺達じゃ、赤報隊の支援すら出来ん!》

 

《幕府の連中、魔王だけじゃないんだ……全体的な練度が高い!》

 

 全体の戦況は彰義隊の優位に動いていた。

 政府軍は赤報隊以外の練度がどうも微妙らしく、精鋭揃いの彰義隊に圧倒されていた。

 赤報隊の外れ値が過ぎるだけで、全体の練度は大したことがないのだ。

 

 MFDの兵装管理画面を一瞥する。

 ミサイルは残弾2、GUNは40%。

 

 対する死神はミサイルこそないが、GUNの残弾があり機体性能は旋回性能以外上だ。

 格闘戦に持ち込もうにも、上昇と速度を駆使されれば勝ち目がない。

 

 あの補助動力に、ミハイ並みの機体制御。

 勝てる見込みは───

 

「……やってみるか!」

 

 おい待て、まさか本当にそれでいくのか⁈

 あれはゲームだから成立する無茶であって───!

 

 もう、この男は止まらない。

 針路を南にとり、背後を伺う。

 

《ロック! 魔王が離脱、針路南!》

 

 MFDのマップを見ると、背後に死神の機体がいた。

 ミラーでは見えない位置。

 真後ろ、コントロールゾーンど真ん中だ。

 

 間違いなく追跡し、距離が縮まってきている。

 

 しかし、撃ってくることはない。

 残弾が少ないから、当たる距離まで近づく腹積もりか。

 

「ペンギン1、その機体でパニッシュの脚には勝てない!」

 

 次郎の指摘はごもっともだった。

 ナーガは最大出力で飛ばし、既に制限速度の1200(2222)ノット(キロ)、マッハ1.8に達していた。

 

 これ以上の速度を出すのは可能だが、時間が掛かる。

 だからこそ、仕掛けるタイミングが重要だった。

 

「フツノミタマ! 敵機がGUNの射程に迫ったら伝えてくれ!」

 

「了解。だが何をするつもりだ⁈」

 

 MFDの兵装管理画面を操作し、パイロンの制御を上書き。

 ロックし、発射しても切り離されないようにした。

 

「パイロン制御オーバーライド、ロック」

 

「兵装を固定……? 一体……?」

 

 次郎は困惑の解消よりも、役割の遂行を選んだ。

 

「間もなく射程圏!」

 

「祈ってくれ!」

 

 搭載している陽光2発をすべて発射。

 本来ならば、ロケットモーター点火と同時に切り離されるが───

 先ほどのオーバーライドで、自動で行われないように切り替えた。

 

 つまり、ミサイルは機体に固定されたまま加速を始めたのだ。

 オロールに搭載する補助推力のロケットのように。

 

 エースコンバットでミハイがやっていた、あのミサイルブーストだ!

 

《魔王が誘導弾に点火! 加速し出した!》

 

《ミサイルに点火⁈ 何を言ってる⁈》

 

《見たまんまだ、機体に誘導弾くっつけたまま点火した!》

 

《ぶっ飛んでるってレベルじゃない、イカれてる……!》

 

 数十キロの質量を1秒以内にマッハ1.5へ押し出すロケットモーターだ。

 この2つとエンジンの最大出力が組み合わされば、ナーガを1533(2840)ノット(キロ)、マッハ2.3まで加速させた!

 

 補助推力付きのパニッシュにすら、この瞬間速度には追いつけず。

 発砲されたGUNはチェイスの後方で重力に負けて落ちていった。

 

 その速度を維持したままAoAリミッターを解除。

 ナーガは構造の随所から悲鳴を上げながら、頭上にあった太陽の逆光に消えた。

 

《……!》

 

 世界を照らす恒星の光は、あらゆるセンサーを悩ませる。

 ヘルメットのシールド越しでも、世界最古のセンサー、マーク1アイボールこと眼球の機能を阻害する。

 サトリが人間である以上、身体の反射は避けられない。

 

 一瞬だけ、死神の動きが止まった。

 

 陽光の推進剤が尽きる前に、チェイスは動きの止まった死神を正面に捉えた。

 

「FOX2!」

 

 2発のミサイルを同時に切り離し(・・・・)、熱源を狙わせる。

 しかし、物事は思った通りにいかないものだ。

 

 一瞬だけ陽光はあらぬ方向を向いた。

 陽光の、この世界の熱源誘導(ヒートシーカー)ミサイルの誘導装置は人造生物が制御している。

 この人造生物もまた、陽の光に目を焼かれてしまったのだ。

 

 しかし専用に造られたからこそ瞬時に復帰し───

 2つの爆発が彼を襲った。

 

 咄嗟に機首を下げて被害を最小限に収めたらしいが、限度があった。

 

「チェイスが当てた! 死神に!」

 

「2発の至近弾だ。まだ墜ちてないが、ただじゃ済まないはず!」

 

《ウソ……ロックが被弾した⁈》

 

《被弾! 赤報隊の1番機だ!》

 

《赤報隊でも、蒼穹の魔王は止められないのか⁈》

 

 どうやら、死神の被弾は彼らにとって絶望的な報告だったらしい。

 その情報が伝播(でんぱ)すると───

 

《もう無理だ、撤退する!》

 

 一撃離脱のため、AO南西にいた敵機が背を向けた。

 恐怖がパンデミックを起こしている状況下でこれが始まれば、もう止まらない。

 

《神祇官のために死ねるかよっ、帰還する!》

 

蒼穹(そら)は魔王の庭だっ、勝ち目がない!》

 

《待てっ……! まだっ、戦いはまだ、終わってないぞっ……!》

 

 管制している女の声は回線に虚しく響いた。

 政府軍の大多数は、完全に士気が崩壊して散り散りに敗走を始めた。

 

「いいぞチェイスっ、奴に……死神にとどめを!」

 

 黒煙を吐く死神は、戦闘機動をする余力すらなくなったのだろう。

 ふらつきながら、かろうじて真っすぐ飛ぶばかりだった。

 

 歳三の言う通り、撃墜するには最高の機会だ。

 チェイスは死神の背後を取って、照準器のサークルにパニッシュのシルエットを納めた。

 

《ロック、その機体は限界だ! 逃げないと!》

 

 どうやら、パニッシュの片割れが死神に呼び掛けているらしい。

 脱出するなら、撃ってはならないが───

 

《……彼女は、もう戦闘機動に耐えられない》

 

《ちぃっ……化けて出ないでよ!》

 

「こっちのパニッシュが逃走を開始。追うか?」

 

「YP-27の脚ならば造作もない」

 

 ふたりならば、撃墜も可能だろう。

 しかし、仮にもあの技量。

 罠の恐れもあった。

 

「深追いは禁止、罠かもしれない」

 

「相分かった」

 

 赤報隊の片割れをボスと大助に任せると───

 例の死神だ。

 

 戦闘機の機関砲の照準は、機体の機動にすべてがかかっている。

 ミサイルがなく真っすぐ飛ぶのが限界なら、もう戦えないだろう。

 

 少しだけ加速すると、チェイスは死神のパニッシュと並んで飛んだ。

 

「チェイスっ、何をしている……⁉ 仕留めろ!」

 

「いや、歳三。待て」

 

 撃墜を急かす歳三を、宗治郎が(いさ)めた。

 

 チェイスは複座型パニッシュの膨らんだ風防に視線をやった。

 2人の搭乗員、どちらが機長か定かではないが───

 左側に座っている異様に小柄な搭乗員は、ぐったりしてベルトに体重を預けていた。

 

 となれば右側の方が今操縦しているのだろう。

 あの空にいた、夷俘海峡の死神。

 

 彼と、視線が交差していた。

 

 怒り狂ったり、無理矢理機体を制御してぶつけようとする気配もない。

 ただ静かに、チェイスへ視線を送るだけだった。

 

 会話は───する気にはなれなかった。

 向こうもその気はないようで、交信を飛ばす気配はない。

 

 しばらくの沈黙の後、チェイスは操縦桿から手を放して短く挙手敬礼した。

 その健闘を称え、無事を祈り。

 

 死神は驚いたように目を見開いたが、やや間をおいて答礼した。

 

「チェイスっ、なぜだっ! なぜ殺さない!」

 

「……歳三。この機体、多分未成年が乗ってる」

 

 あの小さな体躯のコパイロット。

 わずかに伺えるシルエットから、背の低い男ではないことが分かった。

 かなり若い、恐らく女の子だ。

 

「人殺しに年齢もくそもあるか! そいつに多くが殺された!

この戦いでも銀之助や早太郎たちが死に、入道だって殺されたかもしれない!

竜司だって、あと一歩で死ぬところだった!」

 

 その気持ちは、まだチェイスにはわからない。

 未だチェイスは空で戦友を失っていないのだから。

 

 しかし、彼が挙げた名前はチェイスが親しくこそないものの知っている名だ。

 挙げられた名前の大半が、先ほどこの空で消えてしまったのだ。

 

「だとしても、今のこいつは戦えない」

 

「お前は損傷したからと言って、敵をみすみす逃がすのか⁉」

 

「ああ。損傷して戦えそうにない奴は逃がしてきた。知らないの?」

 

「……っ!」

 

 指摘されて、歳三も思い出したのだろう。

 チェイスは攻撃で損傷、戦闘不能と判断した敵機を攻撃せず逃がしていた事を。

 

「なぜ、なぜそのような事を……」

 

「自分がそうなった時、やられたくないからさ」

 

「そんな言葉、戦場では通じないぞ……!」

 

「かもね」

 

「奴は、俺達の仲間を殺したんだぞ!」

 

「だとしてもだ! 子供が乗ってるなら、これ以上の攻撃はしない」

 

 交戦可能な状態ならともかく、戦闘不能でその年齢の人間がいるなら。

 撃つべきではない。

 

 チェイスは、志村良介はそう考えた。

 

「……いいだろう。彰義隊、あの機体への攻撃を禁じる」

 

「馬鹿なっ、総裁ッ!」

 

「今の俺は幕府の人間でも、まして総裁でもない。

ただ、空を飛ぶ者(エアマン)としてチェイスの意見に賛同した。

彰義隊、いやオメガ隊。戦闘不能となった敵機への交戦を禁じる」

 

「オメガ2、了解」

 

 これは、チェイスのわがままに過ぎない。

 ただなるべく手を汚したくないという、わがまま。

 

 だとしても、その信条(わがまま)は貫き通したかった。

 

「……! 新選組、帰投する……!」

 

 新選組と連邦空軍一般部隊の皆は言葉もなく、静かに歳三に従って離脱を始めた。

 オメガ隊とイグルベ隊は作戦区域に残り、離脱する死神をチェイスと共に見送った。

 

《……蒼穹の魔王、聞いているか》

 

 この交信は、恐らく死神によるものだろう。

 断る理由はない、チェイスは応答した。

 

「なに?」

 

《この決断、後悔するぞ。僕は、またこの戦場(そら)に戻ってくる》

 

「好きにすればいいけど……隣の子には降りてもらえ。

詳しくは知らないけど、人殺しに関わっていい歳じゃない」

 

《……》

 

 死神は答えなかった。

 損傷した機体を制御して、静かに去っていった。

 

 完全にAOを離脱したのを確認すると、チェイスは交信を飛ばした。

 

「これが俺様だ。文句ある?」

 

「いいや。まさにあんただ。蒼穹の魔王」

 

 意外にも、間髪入れずに答えたのはオメガ2秀彦だった。

 

「ええ、まさしく。僕らが屋岸の空で見た、屋岸の英雄だ」

 

 続いて、オメガ3の敬一も頷く。

 

「でもいいの? あいつ、復帰する気満々だったぜ?

お前らの誰かが、やられるかもしれないぞ?」

 

「でもなぁ……今回撃墜した敵機で、脱出してなかった奴があったし。

戦争なんだから、お互い様じゃないかって思います」

 

 敬一のあっさりとした返答に、チェイスも面食らった。

 確かにそうかもしれないが、それにしてもあっさりし過ぎているというか───

 

「俺も、戦えなくなったら逃がしてもらいたいからな」

 

 秀彦がらしからぬ言葉を飛ばして、しばし回線に沈黙が漂った。

 

「……俺が冗談を飛ばして、悪いか?」

 

「悪くはないけど、人の本質を捉え過ぎてて冗談に聞こえなかったぞ」

 

「……」

 

 秀彦いじりはともかく、この空戦は連邦側の勝利に終わった。

 あとは、民間機が無事に帰るのを───

 

「警告! 対地レーダーに感あり! 南から複数の大型艦影!

田辺港より出港した政府海軍艦と思われます!」

 

 まさか、空戦が終わったこのタイミングで?

 旧式のSAM非搭載艦ならどうにでもなる。

 

 しかしもし、ミサイル駆逐艦や巡洋艦が出てきたら。

 狙いは彰義隊か、民間機か?

 

 どちらにせよ彰義隊は対地・対艦兵装を装備していない。

 対応出来ないのだ。

 

 いや、だとしても対応するしかない。

 

「……了解っ、GUNで対応する」

 

 残り10%を切ったGUNのカウンターを横目に、チェイスは答える。

 まさか最後の最後で作戦失敗させられては困る。

 

「……言ったはずだ。政府であろうと連邦であろうと。

民間機を攻撃するなら容赦はしないとな」

 

 この交信を飛ばしたのは───民間機、とりわけクルーヴィナ連邦の民間機を守る振遠隊の茂実だった。

 彼女らはあの空戦に一切関与していなかった。

 

 対艦兵装を抱えているというのか?

 

「茂実さん、どうするつもりだ?」

 

「なに、唐津が持つ力をお披露目するのにちょうどいいと思ってな。

玄界(げんかい)、攻撃を許可する!」

 

「了解。玄界、作戦区域への移動を開始!」

 

 茂実がそう命じて、間もなくのことだった。

 フツノミタマのゆかりが報告する。

 

「西より、急速接近する大型の艦影!

速度は……300(550)ノット(キロ)⁈」

 

「馬鹿な、巡洋艦サイズだぞ⁈

そんな速度、出せるはずが……!」

 

 データリンクでナーガのマップにも、その艦影が表示された。

 確かに、艦艇としか思えない高度と大きさ───

 だというのに、その速度は航空機クラス。

 

 航空機並みの速度で海原を疾走(しっそう)する巡洋艦クラスの艦艇。

 そんな超兵器、存在するはずがない。

 

「ヴィルベルヴィントですら80(148)ノット(キロ)だぞ?

300ノットって……」

 

 チェイスですら困惑の声を上げた直後、通信機に交信が入った。

 ボスだ、西へ逃げた彼らは例の反応を目視距離に捉えているのだ。

 

「こちらペンギン3! 敵機は逃がしたが……

下にとんでもないのがいるぞ!」

 

「ペンギン3、口頭で構いません! その艦艇の情報を!」

 

「こいつは、艦艇でも航空機でもない!

表面効果機、WIGだ!」

 

「表面効果機……? なんだ、それは」

 

 宗治郎が知らないのも無理はない。

 チェイスですら、ゲームでしかその存在を見たことがないのだから。

 

「航空機と艦艇の中間の存在だ。艦艇並みにデカいが、

主翼の揚力で浮いてるから、水の抵抗を受けずに高速航行出来る!

実物が飛んでるのは初めて見た!

それに俺が知ってる奴の中でも1番デカい!」

 

「もちろん、玄界はただ大きいだけではないぞ」

 

「目標捕捉! 対艦誘導弾、発射始め!」

 

 茂実が凶悪な笑みを浮かべている様が、通信機越しにも見えているようだった。

 玄界が南から迫る艦隊に近づくと、無数のレーダー反応が撒き散らされた。

 

「撃ったっ、あのデカブツが誘導弾を!

背中から打ち出した!」

 

 大助が珍しく取り乱しながら報告した。

 

 打ち出したのは、艦対艦ミサイル(SSM)

 そう確信するのに、与えられていた情報は十分過ぎた。

 

「玄界が発射した誘導弾、弾速推定1600(2963)ノット(キロ)!」

 

「マッハ2.4……! この速さ、やはりクルーヴィナ製超音速対艦誘導弾!」

 

 謎のベールに包まれた、クルーヴィナ連邦。

 彼らの協力を受けた軍隊が超音速対地・対艦ミサイルを運用しているのではないかという推測が軍事雑誌の記事に載っていた。

 

 どうやら、マニアの分析は正確だったらしい。

 

「元から馬鹿みたいに速いミサイルに、

馬鹿みたいに速い発射母機の速度を乗せてぶん投げる、と。

そりゃ、音の2.4倍早くなるわな」

 

「そういう事だ……」

 

 茂実の肯定の直後、レーダーの光点が重なり始めた。

 次々にレーダー上の光点が消えていく。

 

「敵艦隊……続々と反応が消失します」

 

 それから間もなく、南にあった艦影は全て消えた。

 発射からわずか3分もしない短時間のうちに。

 

 驚異的な速度と破壊力。

 クルーヴィナ連邦の兵器には、それほどの力があるのだ。

 

 そのアピールにはこの上ないほどの成功だろう。

 

「こちら第21……いや、唐津の振遠隊。

我らはこれより、葦原政府や葦原連邦の指図は受けん。

ただ正しいと思った事を成させてもらう。

馬鹿げた茶番(ないせん)に付き合うつもりはない。

やりたい奴らは、好きなだけ勝手にやれ」

 

 それは東西どちらにつくのかといった、恭順(きょうじゅん)を示す宣言ではなかった。

 中立、あるいは───独立宣言。

 両方へ中指を立てているのだ。

 

「だが、唐津の土地や民を侵害しようというのであれば。

連邦だろうが政府だろうが、合衆国だろうが……

我らと同胞(はらから)の力で、対抗させてもらう」

 

 葦原の2大勢力が、とりわけ間近の勢力が疲弊した隙を突き独立とは。

 いや、見方を変えれば───売国にも映る行為だ。

 

 国外勢力の後ろ盾を得て、国内を乱しているのだから。

 もっとも、国内はとっくに乱れ切っているのだが。

 

 チェイスは思いもよらぬ行動に、言葉も出せずただただ戦慄するばかりであった。

 

 あの世界博覧会で話した彼女が、あの思い詰めていた彼女が。

 まさかここまで大それた行動をするとは。

 

 とはいえ、内戦が馬鹿げていて、放り投げたくなる気持ちはよくわかる。

 

「チェイス。お前のおかげで、唐津はここまで来れた。

だが、これだけでは借りを返し終えたとは言えん」

 

「え?」

 

「機会があれば、今度こそ返済しよう。

唐津の岸岳茂実、交信終了」

 

 ど、どういう事?

 チェイスが一体、茂実に何をしたというのか?

 

「ちょっ、ちょっと待って? ど、どういう事なんだあっ?」

 

 完全に思い当たる節がなく、茂実に交信を試みるが───

 返事はなかった。

 

「……うーん。わからない事だらけだけど、ひとまず民間機の撤退は成功。

って事でいいのかな?」

 

「ああ。彰義隊各機へ、作戦成功を宣言する。

全機、基地に帰還せよ! 今夜は祝おう!」

 

「うおおおおっ!」

 

「っしゃあっ!」

 

 少々最後が不穏だったが、作戦成功に変わりはない。

 宗治郎の言葉で、彰義隊の面々は歓喜に沸いた。

 

「……」

 

 赤報隊との戦いで仲間を多く喪った、新選組を除いて。

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