蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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150 蒼穹の魔王「BATTLE of ASHIHARA」

央暦1970年4月13日

真田藩 真田空軍基地

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 陽の傾いた頃、彰義隊は真田空軍基地まで戻って来れた。

 

 戦いの前と比べて、明らかに面子が少なくなってしまったが───

 紛れもなく、勝利である。

 

「入道、無事だったかっ!」

 

「機体はボロボロだったけどさぁっ!」

 

 自動的に始まった酒盛り、どういうわけか入道が仕切っている有様であった。

 彰義隊の勝利を確信して、先に帰還した彼が準備していたのだろう。

 入道が樽からすくい上げた酒の入った盃を、鉄之助はぐいと飲み干した。

 

 聞くところによると、鉄之助は背後に喰らい付いた死神を追い払うためにミサイルを撃ったらしい。

 そのミサイルは死神に回避され───入道の機体に誤誘導して被弾したとか。

 この一杯は、貸し借りなしという表明なのだろう。

 

 ふたりは肩を抱き合いながら飲み始めた。

 

「……ふぅ。流石の俺様も、今日は疲れたぞ」

 

 その友情を横目に、良介は疲れ切った身体を歩かせていた。

 酒盛りに参加出来るほど、良介は酒が好きではないのだ。

 

 ひとまず、邪魔にならなさそうな格納庫の隅っこに腰を下ろす。

 ぶうと山風が格納庫を吹き抜け、良介の前髪を揺らした。

 

 滑走路の向こう、フェンスで仕切られた世界の向こうには市街地があった。

 内戦下であれど破壊が少なく治安の保たれている周囲では、民間人が日々と変わらぬ生活を送っている。

 

 たとえ戦争が繰り広げられていたとしても、職場がある限り仕事を続けなければ経済が崩壊する。

 経済が崩壊すれば、ただでさえ危機的状況にある日常は崩れ落ちてしまう。

 だからこそ、暴力に怯えながらも続けるしかない。

 

 今日、良介は長坂の街でその日常を暴力で傷つけてしまった。

 敵が陣地を構えていたとはいえ、敷地や建物を破壊した。

 空戦を仕掛けて来たとはいえ、敵機を撃墜してアパートに突っ込ませた。

 

 地上に降りて同じ視座(しざ)に立っているからこそ、戦闘機による攻撃の理不尽さがわかる。

 天に浮かぶ点のような存在が、瞬きひとつする間に数世帯分の敷地を吹き飛ばしてしまうのだから。

 

「……おい、俺は真面目なんだぞ」

 

 待て、偶然の一致だ。

 別にダジャレを狙ったわけではない。

 

「あーあ。真面目に考える気が失せてしまった」

 

 と、勝手に落ち込んでなんか勝手に拗ねた良介は考える事をやめて、周囲に視線を巡らせ始めた。

 

 精兵隊の老人連中は酒盛り用の酒樽を転がして駐機場や格納庫にいる搭乗員や整備隊の面々に配って回っていた。

 隊長の睦平こそ、その酒盛りの中心にいた。

 

「元気なジジイだこと……」

 

 とはいえ、()ろうをした衰弱老人よりずっと頼もしいだろう。

 

 イグルベ隊の面々は睦平から酒樽ひとつを受け取り、どこかから持ち出したマグカップで汲み上げ始めた。

 こいつらはこいつらで、慣れたものである。

 

 新選組の面々はそれぞれで集まり───

 良介の僚機、ペンギン隊のゆきは歳三と話していた。

 

 彼らはあの戦いで大きな被害を受けた。

 もしかすれば、彼女に戻って来て欲しいと考えているのかもしれない。

 

「ま、元鞘だしな」

 

 とはいえ、彼女と同レベルで戦える人間はそう多くない。

 出来れば2番機として、まだまだ活躍して欲しいのだが───

 

「それを決めるのは、俺や本人じゃないしな」

 

 あくまで、良介たちは宮仕えの軍人である。

 人事を決定するのは連邦空軍の高級将校らであり、本人たちに人事権はないのだ。

 

 もっとも、然るべき筋に要望を伝える権利と、本人に根回しをする独断程度は許される。

 連邦空軍司令部がどう考えるかだ。

 

「……デブリーフィングはまだか。

少しだけ寝てしまおう」

 

 疲れに身を任せて、瞼を閉ざす。

 今回の作戦では相当な戦果を挙げたのだ、そのくらいの権利は許されるだろう。

 

 何も意識しない事に集中し、静かに脱力する。

 そう思っていたのに意識が足音へ向かうのは、本能という奴なのだろう。

 

 視線を足音の主へやると、あくりであった。

 

「すまないな、良介。起こしたか?」

 

「目を休ませてただけだよ。どうかした?」

 

 眠ろうとしていた意識を覚醒させ、立ち上がる。

 腰を上げて、良介はあくりが浮かべる表情にやっと気づいた。

 どうにも、不安そうな表情だ。

 

「……個人的な要件だ。(かしこ)まる必要はない」

 

 ここは、茶化すべきではないだろう。

 良介はナンパ野郎の側面を引っ込めて、真面目な表情を貼り付けた。

 

「それでもいいよ」

 

「すまない」

 

 茶化すべきではないが、かといって過剰に気を張るのも話しにくいだろう。

 良介は言われた通り腰を下ろすと、彼女もそれにならった。

 

 ふたり並んで座ると、あくりはゆっくりと話し出した。

 

「……私は、空で戦う上で。下の民草に害が及ぶなど、考えたこともなかった」

 

 対地攻撃やその迎撃ならともかく。

 純粋な空対空戦闘でも、撃墜した機体の残骸や流れ弾。

 それらが、地上の人々へ害を及ぼすことはあり得る。

 

 良介も座学やエースコンバットでそれを理解してきた。

 理解していたからこそ、可能な限り避けられるように注意を払った。

 

 しかし───実際にそれが起きたとなると、やはり違う。

 注意していた良介ですらこうなのだ。

 

 不意を突かれたあくりの心労は、もっと大きかったのだろう。

 普段通りの凛とした態度だけが、彼女の動揺を覆い隠していた。

 

「考えが、甘かった……! 空の戦はもっと綺麗で、純粋で……

あの台覧試合で見た、龍虎隊の戦いのようなものだと……!」

 

 龍虎隊。

 かつてこの真田藩上空で戦い、そしてあくり自ら引導(いんどう)を渡した古強者たち。

 

 松代あくりの原点は、彼らが繰り広げた台覧試合の模擬戦闘(・・・・)

 事故がなければ人が死ぬことのない、訓練弾を用いた戦争ゴッコ(・・・・・)

 

 良介と、大差はない。

 

 航空自衛隊では史上最強最悪の戦闘機乗りと恐れられた良介だが、実戦経験はこの世界が初である。

 

 最優秀賞を獲得し、同時にエリア51空域に侵入して永久追放を言い渡されたレッドフラッグ演習もそうだ。

 あくまで、大規模な演習、戦争ゴッコに過ぎない。

 

 空戦と、それが周囲へ及ぼす害を学んだエースコンバットもあくまでゲーム、ヒコーキゴッコ。

 

 あくりと同じく、初めて思い知ったのだ。

 

「……その気持ちは、俺もわかるかもしれない。

撃墜する敵機は単なるデータやスコアじゃないし、

地上の家はモデリングされた背景じゃない。

図面引いた設計者や実際に建てた大工……

それに、住んでる人たちがいる。

あれで思い知らされたよ、俺は」

 

 ここまで言って、良介はこの言葉遣いはあくり相手では意味不明だと気付いた。

 少々、心にある言葉をそのまま出力し過ぎだ。

 

 言葉の使い方を、少し変える事にした。

 

「えーっと、さ。つまり……

俺も座学で学んでたとは言え、深く考えてなかったんだ。

空戦たのしー、市街地攻撃とかひでーよなって、そのぐらいにさ」

 

 静かにあくりは良介の言葉を聞き───

 突如、微笑んだ。

 

「良介、私は嬉しく思うぞ」

 

「ど、どうして?」

 

 この場にそぐわぬ言葉に、思わず良介は間抜けな顔で返答してしまった。

 

「お前は常に我々がわかる語彙(ごい)で話すよう心掛けている……

それがわかってな」

 

「というと?」

 

「暮らす世界が違えば、使われている技術や文化も異なる……

お前が乗ってきた機体を見れば一目瞭然。聞けば、25年は離れた技術と言う。

それほど時代が異なれば、話など合わなくて当然。

だが……私は良介の言葉がわからなかった事はない、今のが初めてだ」

 

 しかし、それではあまり話が繋がらないように思えた。

 配慮を怠った事が、なぜ嬉しく思えるのか?

 

「うーん。どうして俺がミスしたのを嬉しく思えるんだ?」

 

「お前の人らしい弱味をまたひとつ、知れた。

どういうわけか、それが嬉しく思えるのだ」

 

 それは───

 その嬉しく思える理由は、思い当たるものはある。

 

 しかし、それを指摘してしまうのは野暮だ。

 良介は他人の感情を茶化して話題の種にするような、三流ナンパ野郎ではないのだ。

 

 というか───普通、そこまで発展していれば自覚しているものではないのか?

 

───そういえば、千代ちゃんが言ってたな。

あくりちゃんとゆきちゃんは、自分の感情を自覚出来ないほど無垢だって。

 

 言われてみれば、彼女はふたりに関してそう評していたな。

 ではつまり、そういう事なのか───?

 

「……そっか」

 

「ああ。そうだ」

 

「えーっと……今は真面目な話題なんだぜ?」

 

 良介の中で、本能的に絡みついた感情が話題を戻し始めた。

 今は戦時、それも良介を取り巻く環境は複雑だ。

 

 この手の話は、今するべきではない───

 

「……ああ、すまない」

 

「そんなに気にしなくていいよ。

ただ、話を戻そう……」

 

 甲斐性なしで根性なし。

 良介は明るい話題から暗い話題へと逃げた。

 

「避けられないんだよ、市街地の真上で戦ってる限り。

そして……戦場は選べると限らない」

 

 今回の作戦中、増援としてやって来た敵。

 それ以外にも奇襲を受けてやむなく市街地上空での空戦を強いられる事もある。

 

「……六文銭は、元来そう言う性質の部隊だ。

領内に攻め込む者あれば即座に離陸し、侵略者を打ちのめす」

 

自衛隊(うち)も似たような感じだよ。

だから、わかってるはずだったんだけどねぇ……」

 

 この話題に絶対的な正解や、荒れ狂う感情を丸め込める言葉などない。

 それがあるとすれば、不可逆的な人格の損壊(ロボトミー)のみ。

 

 人として、受け止め。

 軍人として、ある程度受け流すしかないのだ。

 

「……」

 

 しばし、ふたりは山向こうへ消えていく夕日を見送った。

 

 自分の戦いは、果たして正義なのか?

 

 民を守るためという建前すらロクに守れず。

 実際は正義という名の下、ただ勢力争いの走狗(そうく)になっているだけではないのか?

 

 わからない。

 少なくとも、その答えは戦いの最中に見つける事はできないだろう。

 

 だからこうして、同じ感情を抱いた者同士で傷を舐め合う。

 そうするより他、なかったのだ。

 

 答えを見つけられるかも知れない、戦いの終わりまで。

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