蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月19日
葦原連邦直轄地夷俘島 屋岸
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
斗米基地から屋岸空港までの短い空の旅が終わった。
とはいえ、今回は航空服を身に着けたフライトではない。
良介にしては非常に珍しく、純粋な乗客として飛行機に乗ったのだ。
それも、ひとりではない。
「……ここが屋岸か。空気がいいな」
「ああ。俺も、こういうところが武揚と違って気に入っている」
松代あくりに、松平吉宗。
「ボスさん、平気ですか?」
「ああ。このくらい、ひとりで降りれる」
空知ゆきとボス。
連絡機のタラップを降りるペンギン隊と吉宗は、普段の航空服や軍服を身に着けていなかった。
今回屋岸を訪れたのは、単なる休暇ではない。
世界博覧会にて、葦原の帝候補である春川親王───現公を乗せていた御料機、キンシの操縦士と副操縦士の葬儀がここ屋岸で行われるのだ。
それへ出席するため、良介らペンギン隊と吉宗は多少無理をして前線から屋岸に来たのだ。
最後に連絡機から出た良介は、屋岸の空から降る光の眩しさに目を細めた。
無限に広がる青い天井。
光化学スモッグで白んだ葦原本州では見られない、美しい空である。
自分が殺したかもしれない人々、その葬儀に参列する。
そう、参列。
良介たちは遺族たちから葬儀に招かれたのだ。
彼らは果たして、どのような感情で招いたのか。
殺した本人を直接詰問するためか。
あるいは、仇でもとるのか。
気乗りしないが、逃げるわけにもいかないのは当然だ。
「良介……平気?」
「顔色が悪く見えるけど……」
そうだ、彼女達もいた。
千代、あの時キンシ機内で亡くなった機長・副機長の代わりに着陸まで完遂した諜報員。
それと毎朝新聞の記者であり、彰義隊付きの従軍記者の四谷も同行していた。
「ああ、大丈夫。ちょっと外が眩しくてさ」
良介は少しわざとらしい笑みを浮かべて、問いに答えた。
あの時、このくらいの覚悟はしてミサイルを撃ったのだ。
───思ってたより、気分は重いけどさ……
軽かったら軽かったで、そっちの方が問題だろう。
空港から出て、ロータリーについて間もなく。
待機していた装甲バスが良介たちの前に現れた。
仮にも、幕府に引き続き連邦が蒼穹の魔王と呼んでプロパガンダに使う人間だ。
万が一の暗殺に備えて、このくらいの準備があって当然である。
「……大丈夫。しむすけ、乗ってもいいよ」
「ありがとう」
千代のサトリ・チェックが終わり、良介は窓の封じられたバスの車内へ。
ステップを登って最初に目に入ったのは、最前の席に座る井伊飯釜であった。
彼ら幕府の馬廻衆は、葦原連邦では近衛軍に編入。
名前は変わらず馬廻衆として、今は元将軍以外の要職者警護にもあたっているらしい。
彼もまた、喪服を着用していた。
「あれれ、飯釜さんじゃないか」
「近衛軍編入となっても、お役目は変わらんからな……」
良介に会釈する彼の、ずっと後ろ。
座席の中頃には、ふたりの人間が座っていた。
元大和幕府将軍、大和利信。
そして帝の実子、次の帝の候補───
春川親王こと、現公がいた。
「魔王よ、貴官は親王殿下のお隣に座れ」
「俺が?」
「お前以外に相応しい者はいない」
それはどうなんだと思える発言だが───
元将軍、利信の隣よりずっとマシである。
飯釜の指示通り、良介は中央まで進み───
「隣、いいかな?」
「はい」
現公に一言断ると、その隣に腰を下ろした。
良介に続いて乗車した吉宗は、恭しく現公に一礼する。
そして、後ろに座る元将軍に気やすく片手を挙げた。
「よう、利信。元気か?」
「ああ。日々戦う、兄上と連邦軍のおかげでな……」
そうして、吉宗は弟の隣に腰を下ろす。
誰かの葬儀へ向かう途中、居合わせた兄弟のように。
幕府の頃は建前を守って、主君と配下を演じなくてはならなかった兄弟。
本来、あり得なかった光景だ。
「その、良介さん。お久しぶりです」
「うん、久しぶり。現公ちゃん、怪我とか病気はしなかった?」
「……良介さん、それはこちらのセリフだと思います」
彼女は政治的・宗教的指導者に分類される要人である。
とはいえやはり、最前線で戦う戦闘機乗りと比較すればずっと安全だろう。
「はっはっは。俺様は期待してくれる女の子がいる限り無敵なのだ。
だから、心配しなくとも大丈夫だよ」
これほど若く、善良な人間が政治の世界に放り込まれたのだ。
それも内戦下という、暴力的な政治に。
ただでさえ心労の多い彼女を不安がらせてはいけない。
ここへ来るまでにのしかかった心の辛さを放り投げて、良介は胸を張った。
「よかった……良介さんがお元気そうで」
「俺は元気な事だけが取り柄だからね」
そう、
ゆきとあくり、それにボスが介助を受けながらも座席につき───
続いて千代と四谷が良介達の前に座った。
全員が乗り込むと、バスは静かに出発した。
バスの窓はほとんどが装甲板に覆われており、外の様子はほとんど見えない。
車内照明だけはしっかりと機能しているため、薄暗いという事はなかった。
しかし、車内の空気はとても明るいものではない。
当然だろう、これから葬儀に参列するのだから。
───うーん。空気を和ませるために、ここはいっちょ歌でも……
歌えるものなら歌ってみるがいい。
出来るのか?
───……ちぇっ。今日は勘弁しておいてやろう。
する気がないのに考えるな、私が迷惑する。
「そういえば、良介さん」
馬鹿な事を考えていると、現公が語り掛けた。
「どうかした?」
「私ずっと、良介さんがお帰りになれる方法を探していたんです」
かつて葦原は魔界との戦争で、男女の人口比が壊れる寸前になる程に追い込まれた。
しかし、帝が堅石の鏡なる代物を用いて異界から神兵を召喚。
彼の活躍によって魔界の門を破壊され、国難を乗り越えたという歴史がある。
そう、良介とボスが元居た世界に帰還するため検討している手段である。
呼んだから帰せるというのも、かなり無理のある理屈だったが───
「何かわかったの?」
「私もまだ、堅石の鏡の実物を拝見したことはありません……
ですが、京から持ち出した資料を探していた時に見つけたんです。
狭野様……初代の帝が残した日記。公開されていない日記の写しです」
「そ、そんなものがあったの?」
「どなたが残したものかは存じませんが……
冒頭に朽ちた日記を残すため、文字の練習のためとありました。
幼子のような文字で」
帝の、それこそ親王のような人間が朽ちた日記を見つけ、それを文字の練習ついでに写したというのか。
本人にとっては単なる気まぐれかもしれないが、素晴らしいファインプレーであった。
「わざわざ話題に出したって事は……」
「神兵様を呼び、亡くなられてしばらく。
神兵様を悼んで、堅石の鏡を使ったとありました。
その際に、狭野様は御覧になったそうなんです……
向こう、という呼び方が酷く不穏である。
それこそクトゥルフ的な別次元の可能性すらありそうな表現だ。
「えーっと、その向こうっていうのは……」
「読んでいて驚きました。巨大な鉄の魔物が黒い道を走り回り、
空飛ぶ魔獣が闊歩する……道行く人々は見た事のない格好をして俯き、
手を睨みつけていた」
「……なんだかそれ」
滅茶苦茶、我らの知る現代ではないか?
黒い道を走り回る鉄の魔物は、ありきたりだが自動車っぽい表現。
この世界の舗装道路はアスファルトではなく、コンクリートが主となっている。
初代帝の時代は言うまでもなく舗装路など存在しないが、この世界と良介の世界との差異でもある。
空飛ぶ魔物は飛行機で、手を睨みつける人々はスマホがないと落ち着けない人間。
めっちゃ、現代に思える表現の数々であった。
「手を睨みつける、というのはよくわからなかったんですが……
私の知る
「その手を睨みつける人間ってのは、まさしく俺の知ってる日本だよ。
……いや、日本じゃないかもしれないけど、相当近い」
「良介さんの知る日本という国では、
皆さんが自分の手を睨みつけているのですか?」
「大体その理解で大丈夫だよ。厳密には、端末で何かを見てるんだけど」
全然大丈夫ではないが、インターネットすら存在しない世界の人間にスマホ依存症の説明は難しい。
ひとまずの理解としては、それでいいだろう。
「……やっぱり、葦原とは違うのですね」
「今の日本とはね。昔の日本とは、通ずるところが多いけどさ……
それはともかく、初代の帝さんはどうしたの?」
「恐ろしくなって閉ざし、それ以降の記述は見つかりませんでした」
それは残念だが───
一筋の光すらなかった、帰還への希望が突如として湧いて出て来た。
吉宗や利信が言い出した、それっぽい言い訳だと思っていたのだが。
良介は身を乗り出して、バスの車内を見渡す。
この会話に聞き耳を立てていたのか声こそ挙げなかったものの、ボスは驚きを隠せていない様子であった。
振り返れば、吉宗はバツの悪そうな表情を浮かべていた。
「……すまん、志村二尉。まさか、本当に堅石の鏡が帰れる兆しとなるとは」
「やっぱりお前も信じてなかったのかよ」
「いや、本当にすまない。やるかやられるかだったからな」
まあ、言われた当人も全く信じていなかったが。
信じていようがいまいが、それはどうでもいい。
肝心なのは、帰れる可能性に繋がったという事実だけだ。
「堅石の鏡、使い方の目処は?」
「それは……申し訳ありません。実物を見てみないと、なんとも」
こればかりは仕方がない。
良介も戦闘機の実物とマニュアル、それに設備があれば飛ばせる。
逆にマニュアルや設備がなければ、不可能とは言わないにしても極めて困難だ。
実物だけなら手探りで、慎重に調べなくてはならない。
それと一緒だ。
「だよね……何にせよ、いい話が聞けてよかったよ。ありがとう」
「良介さんは、私たちに希望をくださいましたから。
それに……良介さん、表情が暗かったので」
「おっと」
慌てて良介は顔面をこねくり回し、いつもの笑みの形に整えた。
実際にところどうなっているかは───本人にもわからないが。
「って、葬式前に笑ってるのも変な話かな?」
「……」
自分で言ってしまってようやく、良介は言葉選びを間違えたのだと悟った。
こんな事を言われても、どう反応していいのかわからないに決まっている。
良介でさえ、反応に困った事だろう。
「は、はは……」
誤魔化すように笑うと、現公は良介を見据えて告げた。
「良介さんがあの時、ああしていなければ……今の私たちはいません。
それだけは、ハッキリと申し上げられます」
奪った命と、救った命。
果たしてそれが正しかったのか、あるいは過ちなのか。
真実はひとつかも知れないが、その解釈は無数に存在する。
人は解釈のひとつを選び取る事しか出来ない。
現公の解釈は、正義。
では、遺された遺族の解釈は?
それを知るために、そしてケジメをつけるために。
バスはそのための場所で停車した。