蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月19日
夷俘島屋岸 中墨家前
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
バスは大きな屋敷のすぐそばで停車した。
葦原の葬儀に葬式場は使われず、自宅で行われる。
今回のキンシ機長・副機長の葬儀は家の大きい副機長の家にて、合同で行われる事になっていた。
これは同じパイロットの家系で、さらに家族間の関係も深い事から実現したという話だ。
葦原の礼儀は予習済みだ。
良介は真っ先に席を立つと、出入り口に立った。
「良介。あたしが先に……」
「いや、大丈夫。ありがとう」
先に千代が車外へ出ようとするのを制止し、あえて良介は先頭に立つことを選んだ。
外では連邦側の警備があるとはいえ、政府側の暗殺者が待ち受けているかも知れない。
それは───こう言った公開された場に出る以上、呑むしかないリスクだ。
遺族が光り物片手に待ち受けていたら?
その運命を受け入れるわけにはいかないが、覚悟は必要だ。
「開けてくれ」
良介が運転手に指示すると───
複数の気配が、背後に立った。
「良介さん」
空知ゆき。
ペンギン隊2番機、良介が背中を任せるウィングマン。
この葦原の戦場を最も長く共に飛んだ戦友。
「良介。俺はお前に1番機の座を貸してやってるだけだ。
……監督責任だ、一緒に行くぞ」
鈴木哲也。
本来のペンギン隊の隊長にして、現3番機。
良介が最も信頼する戦闘機乗り。
「私は……お前とは事情が違うとはいえ、似た辛さを味わっている。
共に、その道を歩ませてくれ」
松代あくり。
生き延びるため政府側につき、生き延びるため連邦側に寝返った真田藩藩主の娘。
4番機として戦う彼女は、最後の裏切りの際に同胞を死なせている。
ペンギン隊の3人は、この地上でも良介の後ろにいた。
「……ありがとう」
それ以外、言葉は見つからなかった。
「大丈夫だ。運転手、開けてくれ」
飯釜の合図で、運転手が扉を開いた。
外では報道陣が待ち受けており、まさか良介が先頭を歩くとは思っていなかったのだろう。
一瞬の静寂の後に、カメラのフラッシュで周囲が照らされた。
───報道陣多過ぎだろ……
普段とは違う蒼穹の魔王が見られるから、だろうな。
良くも悪くもプロパガンダの存在である魔王が、守る為とはいえ人を殺したのだ。
連邦はある程度の制限はあるが、報道は自由という事になっている。
四谷曰く、この制限は『良識を持って報道しろ』という、気持ちはわかるが酷く曖昧な基準らしい。
罰則なども
四谷の言葉を真に受けるなら、メディア内部ではフラストレーションが溜まっているのだろう。
だからこそ、連邦政府の汚点となるかも知れない葬儀に集ったのだ。
さすがの報道陣も良介達の道を塞ぐことはせず、規制線の後ろで式場へ向かう一行にカメラを向けていた。
彼らへ視線すらやらず、同時に不審な動きに注意を払いながら───
良介は門の敷居を超えた。
メディアですら立ち入れない
ふたりの死を悼む人々は良介達を見つけると、遠巻きに行進を眺めていた。
この距離感では、胸の内の感情を読み取るのは難しい。
邸宅の庭先には簡易テントが築かれ、そこが受付となっている様子であった。
良介らペンギン隊はそこへ向かう。
「この度は、お悔やみを申し上げます」
どの口が、それを言っているんだ。
自己批判の精神から指摘を受けるも、それ以外の言葉は無礼だ。
「ありがとうございます」
懐から香典を出し、疲れた様子の遺族に手渡す。
続けてチェイスと刻む。
それを見た年若い遺族は、良介を見上げた。
「あなたが……?」
こんな時に笑みを浮かべられるほど、良介は無神経ではない。
静かに礼をすると、背後でどよめきが聞こえた。
現公がバスから出て来たのだろう。
静まり返り、しかし緊張感だけは広がる。
そんな独特な気配を背に受けて、ペンギン隊の面々は式場へと向かった。
葬儀が始まる前の式場。
鎮痛な表情で俯く者。
小さな声で話し合う者。
どこか寂しげな表情ながらも談笑する、顔の似た者達。
良介達は案内された場所に腰を下ろし、その時を待った。
「もし、そこの方……」
声の方へ視線をやると───
喪服の老婆がそこにいた。
良介の顔面は、既に何度か新聞に晒されている。
至近距離で真正面から撮影された事はなかったはずだが───
チェイスと良介が結びつく人間はいるだろう。
「なに?」
「蒼穹の魔王、チェイス様でございますね」
「そう呼ぶ奴もいるね」
「私、
母親、と来たか。
思えば、式場に鎮座している遺影の男とそっくりだ。
良介とペンギン隊の面々は立ち、彼女と向き合った。
「この度は……」
「言わないで。聞きたくもない」
良介が告げようとしたお悔やみの言葉は、他ならぬ遺族によって遮られた。
そう、正常な反応だ。
息子を殺した、張本人かも知れない男だ。
ただ、その証明が極めて困難で───周囲から英雄と称され
だから咎められる事がない。
ゆかにとって、良介はそういう人間なのだ。
「……」
お悔やみの言葉すら拒否されて、良介は掛けられる言葉がなくなってしまった。
「……中墨様っ。彼は、チェイス殿はっ……」
「竜司、やめろ」
言葉を抑えられなかったゆきを、ボスが制した。
「ですが、良介さんは守るために……」
そう───
ここでやっていい行為は、頭を下げる事だけだ。
それ以外の行為は全て、遺族にとっては責任逃れにしか映らないだろう。
「世界博覧会……御料機の副操縦士に選ばれた武雄は喜んでおりました。
春川親王殿下をお任せされ、屋岸の英雄……チェイスと同じ空を飛べると」
ここにもまた、良介の無茶を見ていた人間がいたのか。
屋岸港に墜落する爆撃機を、空中で爆散させる無茶。
その件で良介は屋岸の住民から英雄扱いされる事となった。
期待を、こんな形で裏切ることになるとは。
「もし、あなた様が殿下をお守り出来ていなければ……
この家の敷居すら、跨がせなかったでしょう」
彼女が言うと、背後でどよめきが。
現公の行列が追いついて来たのだ。
「あの状況ではどうしようもなかったのだと、
夷俘島飛行学校を目指す孫から聞いております」
「……!」
夷俘島飛行学校。
ゆきが通っていた、夷俘島の飛行技術を学ぶ民間の専門学校。
思わぬ繋がりが生じて、ゆきは静かに動揺していた。
「ですが、それでも……それでも……!
わかっていても、許せないのです……!
憎むべきは、あの場の元凶……!
ですが……ですが、あなたの顔を見てしまった。
世界博覧会の開会式で報じられた、あなたの顔を……!」
老婆の目から大粒の涙が滴り、崩れ落ちた。
咄嗟に良介は彼女を支えたが───
抵抗はなかった。
「申し訳ない……本当に、申し訳ない……!」
罪を責める気持ち。
そして、それが理不尽だという自覚。
両立はするのだ、その感情は。
少しだけ落ち着きを取り戻した老婆は、自分の足で席へ戻って行った。
その背を見送る中、ゆきはつぶやいた。
「わかっているなら、なぜ……!」
「わからないのは、お前の身体がまだ動く歳だからだろうな」
老婆、ゆかは背が曲がり足も真っ直ぐ伸ばせないような有様であった。
どうやら治療魔法やら何やらがあるような世界でも、老化による身体の摩耗は避けられないらしい。
頭はしっかりと働いている分、言うことを聞かない身体が腹立たしく───
手の届きそうな範囲に感情が向かってしまうのだろう。
「無茶言いやがってとは、俺も正直思う。
だが、あの人らには何も出来ないんだ。この内戦……いや、戦争にはな」
「ですが……それでは良介さんが」
「なあに。自衛隊じゃもっと理不尽な事を、
守るべき国民様から仰せつかったからな。だろ?」
「俺はそんな風に思った事なかったんだけど……
へぇ、ボスはそう思ってたんだ?」
「こっ、この野郎っ。梯子外しやがって……!」
ボスの言葉に冗談っぽく答えて、良介は周囲にアピールした。
まだ、耐えられる範疇だと。
ゆきとあくりから軽くウケたところで、4人は腰を下ろした。
───ゆか、かぁ……姉さんと同じ名前だ。
良介がまだ施設、らぐな院で暮らしていた頃。
施設の従業員は有香という女性ひとりで、今は院長をしている。
特段珍しい名前でもないため、被るのは今回が初めてではない。
この世界に来る前は、年に何度か遊びに帰っている。
しかし───
───名前が一緒だから、結構クるのかなぁ……
わからん。
わからんが───少なからず、ある気がする。
あの人の涙に、我々は太刀打ち出来なかったからな。
独特な騒ぎが良介らに近づいて来た。
視線をやると───
現公と利信を中心に、千代や飯釜ら護衛が取り囲んでいる。
中墨家の邸宅が豪邸でなければ、式場は一杯になっていただろう。
「間もなく、葬儀を行わせて頂きます。
参列の皆様はお座り下さい」
そろそろ、葬式が始まるようだ。
喪主の挨拶を前に、良介は静かに死者を悼んだ。