蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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153 蒼穹の魔王「BATTLE of ASHIHARA」

央暦1970年4月19日

夷俘島屋岸 中墨家前

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 バスは大きな屋敷のすぐそばで停車した。

 葦原の葬儀に葬式場は使われず、自宅で行われる。

 

 今回のキンシ機長・副機長の葬儀は家の大きい副機長の家にて、合同で行われる事になっていた。

 これは同じパイロットの家系で、さらに家族間の関係も深い事から実現したという話だ。

 

 葦原の礼儀は予習済みだ。

 良介は真っ先に席を立つと、出入り口に立った。

 

「良介。あたしが先に……」

 

「いや、大丈夫。ありがとう」

 

 先に千代が車外へ出ようとするのを制止し、あえて良介は先頭に立つことを選んだ。

 

 外では連邦側の警備があるとはいえ、政府側の暗殺者が待ち受けているかも知れない。

 それは───こう言った公開された場に出る以上、呑むしかないリスクだ。

 

 遺族が光り物片手に待ち受けていたら?

 その運命を受け入れるわけにはいかないが、覚悟は必要だ。

 

「開けてくれ」

 

 良介が運転手に指示すると───

 複数の気配が、背後に立った。

 

「良介さん」

 

 空知ゆき。

 ペンギン隊2番機、良介が背中を任せるウィングマン。

 この葦原の戦場を最も長く共に飛んだ戦友。

 

「良介。俺はお前に1番機の座を貸してやってるだけだ。

……監督責任だ、一緒に行くぞ」

 

 鈴木哲也。

 本来のペンギン隊の隊長にして、現3番機。

 良介が最も信頼する戦闘機乗り。

 

「私は……お前とは事情が違うとはいえ、似た辛さを味わっている。

共に、その道を歩ませてくれ」

 

 松代あくり。

 生き延びるため政府側につき、生き延びるため連邦側に寝返った真田藩藩主の娘。

 4番機として戦う彼女は、最後の裏切りの際に同胞を死なせている。

 

 ペンギン隊の3人は、この地上でも良介の後ろにいた。

 

「……ありがとう」

 

 それ以外、言葉は見つからなかった。

 

「大丈夫だ。運転手、開けてくれ」

 

 飯釜の合図で、運転手が扉を開いた。

 

 外では報道陣が待ち受けており、まさか良介が先頭を歩くとは思っていなかったのだろう。

 一瞬の静寂の後に、カメラのフラッシュで周囲が照らされた。

 

───報道陣多過ぎだろ……

 

 普段とは違う蒼穹の魔王が見られるから、だろうな。

 良くも悪くもプロパガンダの存在である魔王が、守る為とはいえ人を殺したのだ。

 

 連邦はある程度の制限はあるが、報道は自由という事になっている。

 四谷曰く、この制限は『良識を持って報道しろ』という、気持ちはわかるが酷く曖昧な基準らしい。

 罰則なども現状は(・・・)制定されておらず、各メディアは距離感を測りかねているとか。

 

 四谷の言葉を真に受けるなら、メディア内部ではフラストレーションが溜まっているのだろう。

 だからこそ、連邦政府の汚点となるかも知れない葬儀に集ったのだ。

 

 さすがの報道陣も良介達の道を塞ぐことはせず、規制線の後ろで式場へ向かう一行にカメラを向けていた。

 彼らへ視線すらやらず、同時に不審な動きに注意を払いながら───

 良介は門の敷居を超えた。

 

 メディアですら立ち入れない静謐(せいひつ)

 ふたりの死を悼む人々は良介達を見つけると、遠巻きに行進を眺めていた。

 

 この距離感では、胸の内の感情を読み取るのは難しい。

 

 邸宅の庭先には簡易テントが築かれ、そこが受付となっている様子であった。

 良介らペンギン隊はそこへ向かう。

 

「この度は、お悔やみを申し上げます」

 

 どの口が、それを言っているんだ。

 自己批判の精神から指摘を受けるも、それ以外の言葉は無礼だ。

 

「ありがとうございます」

 

 懐から香典を出し、疲れた様子の遺族に手渡す。

 芳名帳(ほうめいちょう)に志村良介と記入し───

 続けてチェイスと刻む。

 

 それを見た年若い遺族は、良介を見上げた。

 

「あなたが……?」

 

 こんな時に笑みを浮かべられるほど、良介は無神経ではない。

 静かに礼をすると、背後でどよめきが聞こえた。

 

 現公がバスから出て来たのだろう。

 静まり返り、しかし緊張感だけは広がる。

 

 そんな独特な気配を背に受けて、ペンギン隊の面々は式場へと向かった。

 

 葬儀が始まる前の式場。

 

 鎮痛な表情で俯く者。

 小さな声で話し合う者。

 どこか寂しげな表情ながらも談笑する、顔の似た者達。

 

 良介達は案内された場所に腰を下ろし、その時を待った。

 

「もし、そこの方……」

 

 声の方へ視線をやると───

 喪服の老婆がそこにいた。

 

 良介の顔面は、既に何度か新聞に晒されている。

 至近距離で真正面から撮影された事はなかったはずだが───

 チェイスと良介が結びつく人間はいるだろう。

 

「なに?」

 

「蒼穹の魔王、チェイス様でございますね」

 

「そう呼ぶ奴もいるね」

 

「私、中墨(なかずみ)ゆかと申します。キンシ副操縦士、中墨武雄(たけお)の母でございます」

 

 母親、と来たか。

 思えば、式場に鎮座している遺影の男とそっくりだ。

 

 良介とペンギン隊の面々は立ち、彼女と向き合った。

 

「この度は……」

 

「言わないで。聞きたくもない」

 

 良介が告げようとしたお悔やみの言葉は、他ならぬ遺族によって遮られた。

 そう、正常な反応だ。

 

 息子を殺した、張本人かも知れない男だ。

 ただ、その証明が極めて困難で───周囲から英雄と称され神輿(みこし)にされている。

 だから咎められる事がない。

 

 ゆかにとって、良介はそういう人間なのだ。

 

「……」

 

 お悔やみの言葉すら拒否されて、良介は掛けられる言葉がなくなってしまった。

 

「……中墨様っ。彼は、チェイス殿はっ……」

 

「竜司、やめろ」

 

 言葉を抑えられなかったゆきを、ボスが制した。

 

「ですが、良介さんは守るために……」

 

 そう───

 ここでやっていい行為は、頭を下げる事だけだ。

 

 それ以外の行為は全て、遺族にとっては責任逃れにしか映らないだろう。

 

「世界博覧会……御料機の副操縦士に選ばれた武雄は喜んでおりました。

春川親王殿下をお任せされ、屋岸の英雄……チェイスと同じ空を飛べると」

 

 ここにもまた、良介の無茶を見ていた人間がいたのか。

 屋岸港に墜落する爆撃機を、空中で爆散させる無茶。

 

 その件で良介は屋岸の住民から英雄扱いされる事となった。

 期待を、こんな形で裏切ることになるとは。

 

「もし、あなた様が殿下をお守り出来ていなければ……

この家の敷居すら、跨がせなかったでしょう」

 

 彼女が言うと、背後でどよめきが。

 現公の行列が追いついて来たのだ。

 

「あの状況ではどうしようもなかったのだと、

夷俘島飛行学校を目指す孫から聞いております」

 

「……!」

 

 夷俘島飛行学校。

 ゆきが通っていた、夷俘島の飛行技術を学ぶ民間の専門学校。

 思わぬ繋がりが生じて、ゆきは静かに動揺していた。

 

「ですが、それでも……それでも……!

わかっていても、許せないのです……!

憎むべきは、あの場の元凶……!

ですが……ですが、あなたの顔を見てしまった。

世界博覧会の開会式で報じられた、あなたの顔を……!」

 

 老婆の目から大粒の涙が滴り、崩れ落ちた。

 咄嗟に良介は彼女を支えたが───

 抵抗はなかった。

 

「申し訳ない……本当に、申し訳ない……!」

 

 罪を責める気持ち。

 そして、それが理不尽だという自覚。

 両立はするのだ、その感情は。

 

 少しだけ落ち着きを取り戻した老婆は、自分の足で席へ戻って行った。

 その背を見送る中、ゆきはつぶやいた。

 

「わかっているなら、なぜ……!」

 

「わからないのは、お前の身体がまだ動く歳だからだろうな」

 

 (いきどお)るゆきを、ボスが(いさ)めた。

 

 老婆、ゆかは背が曲がり足も真っ直ぐ伸ばせないような有様であった。

 どうやら治療魔法やら何やらがあるような世界でも、老化による身体の摩耗は避けられないらしい。

 

 頭はしっかりと働いている分、言うことを聞かない身体が腹立たしく───

 手の届きそうな範囲に感情が向かってしまうのだろう。

 

「無茶言いやがってとは、俺も正直思う。

だが、あの人らには何も出来ないんだ。この内戦……いや、戦争にはな」

 

「ですが……それでは良介さんが」

 

「なあに。自衛隊じゃもっと理不尽な事を、

守るべき国民様から仰せつかったからな。だろ?」

 

「俺はそんな風に思った事なかったんだけど……

へぇ、ボスはそう思ってたんだ?」

 

「こっ、この野郎っ。梯子外しやがって……!」

 

 ボスの言葉に冗談っぽく答えて、良介は周囲にアピールした。

 まだ、耐えられる範疇だと。

 

 ゆきとあくりから軽くウケたところで、4人は腰を下ろした。

 

───ゆか、かぁ……姉さんと同じ名前だ。

 

 良介がまだ施設、らぐな院で暮らしていた頃。

 施設の従業員は有香という女性ひとりで、今は院長をしている。

 

 特段珍しい名前でもないため、被るのは今回が初めてではない。

 この世界に来る前は、年に何度か遊びに帰っている。

 しかし───

 

───名前が一緒だから、結構クるのかなぁ……

 

 わからん。

 わからんが───少なからず、ある気がする。

 

 あの人の涙に、我々は太刀打ち出来なかったからな。

 

 独特な騒ぎが良介らに近づいて来た。

 視線をやると───

 

 現公と利信を中心に、千代や飯釜ら護衛が取り囲んでいる。

 中墨家の邸宅が豪邸でなければ、式場は一杯になっていただろう。

 

「間もなく、葬儀を行わせて頂きます。

参列の皆様はお座り下さい」

 

 そろそろ、葬式が始まるようだ。

 喪主の挨拶を前に、良介は静かに死者を悼んだ。

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