蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月13日
中葦原山脈 飛騨基地
葦原政府神祇軍『赤報隊』
川端“ロック”六助
「ふざけんなよっ!」
飛騨基地の滑走路に降り立ち、坑道内の駐機場で機体から降りた直後。
彼女は僕を突き飛ばそうとした。
だけれど、その細い腕はどれほど力を込めても、僕を動かすほどの力はなかった。
「せっかくの機会をっ! 幕府の戦力を倒せそうだったのに!
なんで諦めたっ!」
先に帰還して、僕たちを出迎えた宗吉が駆け寄って来た。
「落ち着いて! ロックは君のために戦いを止めたんだ。
そんな言い方は……」
───黙ってろ!
彼女は思念で、宗吉の言葉を一蹴した。
彼は甘い男だからか、それだけでたじろいでしまう。
「お嬢ちゃん。あんたが戦えなくなったのは事実だ。
戦場で戦えない奴は、死ぬか
敵の温情で生き延びた負け犬に、
宗吉のあとをゆっくりと追って来た蘭は、静かに言葉を叩きつけた。
普段はハイテンション気味な彼女にしては珍しく、落ち着いている。
「ギッ……くっそォッ……」
蘭の言葉は、彼女を抑えるのに十分な働きを見せた。
僕が乗っていたパニッシュは彼女の補助を前提とした調整が施されていた。
協力が得られないあの状況下では、無理に動かしてもろくな結果にならなかっただろう。
「いいやっ、オーバーロードモードがあった!
あれを使えば、魔王を討ち取るくらいはもっただろ!」
淳之介隊長は、常々僚機や仲間に注意を払うように言っていた。
オーバーロードモードは魔力の強制抽出。
魂の脂肪と表現される事の多い魔力を、魂ごと引き出す緊急用の代物だ。
君は生意気な女だけど、使い捨ての道具にする気はない。
「ぐっ……フーッ! フーッ!」
興奮し切った彼女は息を荒くしながら地団駄を踏み始める。
こういうところは年齢相応だ。
そう、年齢相応。
どうして僕は、こんなことに気が回らなかったんだろう?
彼女は、戦場の空を飛ぶには若すぎる。
「待てっ、待てっ! お前、敵の言う事を聞くのか⁈
あれほど憎んでた蒼穹の魔王っ、仲間の仇なんだろッ⁈」
魔王……敵の言っていたこと。
それは事実だけど、それ以前に道理だ。
「道理なんて、戦争じゃ真っ先に捨てられるんだよッ!
ボクがいいって言ってるんだから、バカな事をすんなっ!」
でも実際、君の身体は未成熟だ。
だからあの空戦に耐えきれず、魔力供給が出来なくなった。
「あれは……成熟とか関係なく、耐えられるのはお前くらいだろっ。
ボク以外でも無理だ!」
「確かに、それは言えてる」
「ロックは人間辞めてるような頑丈さだもんねぇ」
僚機の連中が酷い事を言うけれど、それこそ戦場では関係ない。
耐えられず、急に力を発揮出来なくなって足を引っ張るなら。
任務から外すのが、当然の判断というものだろう。
「ぐ、うっ……」
「あららぁ。お嬢ちゃん、今日は口喧嘩でも劣勢だねぇ」
「黙れっ!」
わからない。
幕府を憎む理由はわかる。
だけど、そこまで戦場の空に執着する理由がわからない。
「いいや、お前にはわからないだろっ。
ボクが幕府を憎む理由も、ボクが空を求める理由もっ!」
幕府を憎む理由は僕にだってある。
あの横暴で無能な、古びた権威しか持たない旧態政府。
倒すべき権力だ。
「……ああ、そんなのガキだって知ってる。
でもそれは倒されるべき理由であって、憎む理由じゃない」
それは……そうかもしれない。
だけど、今挙げたのは理由のひとつに過ぎない。
もっと個人的なものは、間違いなくある。
「間違いなく、ねぇ……まあ、いい機会だ。
ボクがなぜ幕府を憎むのか、教えてやるよ」
言われてみれば、まだ僕は彼女とその辺りを話したことはなかった。
「興味なかったの間違いじゃないのか?」
そうとも言う。
「ああ、そうだろうさ……お前はな」
「じゃ、あたしも聞かせてもらおうかな」
「……俺も、聞くよ。直接」
訳知り顔で彼女が頷くと、宗吉と蘭も整備隊の使っていた椅子に腰掛けて話を聞く体勢に入った。
「ふん……6年前、長坂で起きた乱を覚えてるな?
ロック、これはお前に言ってる」
記憶に……ない。
聞いたこともない。
「えっ?」
宗吉は僕の考えを読んで、驚きの声を上げた。
知らなかったくらいで、そこまで驚く事だろうか?
「ああ。何も知らないお前のために、しっかり解説してやるよ。
央暦1963年。幕府の
幕府空軍の旗本、
各地で起きている飢饉くらい、僕だって知っている。
幕府が平地を片っ端から住宅や工場に変えて、農地を奥葦原と夷俘島に限定した。
工場から生産される製品のおかげで、葦原全土の財政は潤った。
だけど、奥葦原から続く輸送網に不備が出た途端に東国地方以西で食糧難が起こった。
全て、幕府の無能から始まった悲劇だ。
「浜塩徳八郎は民衆を代表して、幕府に富国強兵の一環である
重工業推進を緩和するよう求めた。
一地方に食糧生産を依存せず、鎖国をやめて食糧供給先を分散するようにな!
だけど、あいつらの出した答えは徹底的な弾圧! 一揆勢を小銃で撃ち殺して、
果ては航空機を使って爆撃までした!
あの人は止めるため、自分の部隊と共に打って出た!」
そんな事が、あったのか?
幕府は横暴で腐敗した権力だとは思っていた。
だけれど、そこまでとは……
「幕府は反逆者を許しはしない。
徳八郎は撃墜された後も脱出して、地元住民の助けを借りて逃亡した……
結局、最期は処刑されたけどな」
「ロック、一応聞くけど……この事件、葦原内戦の引き金のひとつだぞ?
こんなの、
「あたしも世間の話にはとんと関心がないけれど、
当然知ってる。常識でしょ?」
宗吉は呆然としながら、僕に言った。
子供や蘭だって知ってる……?
僕が、無頼集落の生まれだから知らなかった……?
「生まれなんて関係ないよ」
彼女が切って捨てると、話を続けた。
確かに幕府に対して義憤を燃やすに値する事件だ。
だけれど、彼女自身が幕府を憎む理由にはならない。
「お嬢ちゃん。ロックはにぶちんだから、直接言わなきゃ伝わんないよ?」
「……ロック。ボクの名前、覚えてないだろ」
凄く変な名前なのは覚えている。
「サ08-287、それが今の名前だ。
覚えにくいからずっと、お前ボクのこと彼女とか誤魔化してたもんな」
そんな事はない、はずだ。
「はぁ……サ08-287が今の名前。
前の名は、ひろ。父の名は……浜塩徳八郎」
「浜塩徳八郎の娘って事だ。でも……」
「ああ。乱が鎮圧された後、お取り潰しになった。
母上も兄上も、皆首を落とされ、河原に晒されたよ。
だけどボクは、まだ童だと情けをかけやがった。
血も涙もない獣どもが、人間を気取ってな」
それが、彼女……ひろが幕府を憎む理由。
家族を奪われ、その名誉を穢されたという過去。
僕と似て非なる過去。
「お前と一緒にするなッ!
お前なんかなぁ、ボクと同じ土俵にすら立ててないんだよっ!」
な、なぜそこで怒るのか。
「ああ、結局この話になるよな! だったら教えてやる!
お前は幕府を憎む理由に、真っ先に倒されるべき理由を挙げた!
考えてみろよ? お前は幕府に搾取されて来たのに、なんでそっちが先に出る?
普通、自分が受けた仕打ちの方が真っ先に出るよな⁉︎」
違う。
それは誰にでもわかりやすいように、そう話しただけだ。
「へぇ? じゃあ、自分の両親の名前は言えるよな?
近所の友達は? 初恋の人は? 故郷で待ってる人でもいい!」
急にひろは激昂すると、僕に詰め寄ってきた。
そんなに突然、色々まくし立てられても言葉に困ってしまう。
「じゃあ、ひとつに限定してやるよ!
両親の名は⁉︎ ボクはすぐに出せるぞ、お前と違って!」
簡単だ。
僕を産んだ父と母の名は……
言える。
すぐそこまで出ているんだ。
「ろ、ロック? どうした?」
答えを出せない僕を見て、宗吉が不安そうに声を掛けた。
大丈夫なんだ。
「ま、まさか本当に……?」
宗吉、違う。
ただ……戦闘の余波で頭が鈍ってるんだろう。
きっと、そうに違いない。
「いいや、違う。お前の
設定……?
そんな馬鹿な、それじゃまるで僕が映画や小説の登場人物みたいじゃないか。
「ああ、ボクらは映画や小説の登場人物じゃない。
でも、お前にはそういう
「ロック、ひろ! そこまでにしときな」
ここで、蘭が落ち着きつつも厳しい声色で制止した。
彼女が示す先には、荒々しい足取りで近づく人影。
山本寛吉神祇大祐だ。
「お嬢ちゃん。気持ちはわかるけど、それ以上は命に関わる。
あんたが色々詳しいのを知った神祇官が何するか、言うまでもない。
幕府がぶっ倒れるのを見るまで、死にたくないだろ?」
「……わかった」
「それと、ロックの心をあまり乱さない事。
あんたがサトリとして一番強くても、戦場で一番輝くのは槍働きが出来る奴だ。
ロックもあんたも、どっちもいる」
死人に与えられた……?
それは一体、どういう意味なんだ?
答えて欲しい、思念なら大丈夫だろう?
「貴様らァッ! よくもおめおめと、帰って来れたな!
ロクな戦果もなく、作戦も失敗して……」
「えぇ? あたしら、他の役立たずよりも
幕府の役人共をぶっ殺したんだけど?」
彼女は思念で答えてくれず、神祇大祐の対応が必要になった。
残念だけど、問いただせる状況ではない。
「黙れっ、抗命するつもりか! 粛清だぞ!」
「へぇ? あたしらを粛清、ね。
使い切ってから捨てるのが、神祇官の方針だと思ったけど?」
神祇大祐は顔を真っ赤にしながら、奥歯を噛み締め……
鼻で大きくため息を吐くと、苛立ちを隠さぬ様子で続けた。
「幕府の奴らが、この辺りに執着する理由はもうない。
お前らは再び前線配置だ。精々、我らの役に立って死ね」
神祇大祐は僕の胸に一枚の紙を押し付けた。
「お前達はこれより、武揚空軍基地に配置される!
本日中にここ飛騨基地より移動せよ! 以上!」
一方的に命令を伝達した神祇大祐は、肩を怒らせたまま自分の部屋へと戻ってしまった。
横暴で、無能な権力……
どこも、変わらないのか?
「ロック。お嬢ちゃんが不安要素なのは理解出来るよ」
部隊長として書類に目を通していると、蘭が歩み寄ってきた。
「だけど、あたしらは死罪にされてない連中の集まり……
懲罰部隊、囚人部隊の類だ。人事に四の五の言える立場じゃない。
違う?」
その通りだ。
彼女、ひろは戦場を飛ぶべき年齢ではない。
覚悟があったとしても、まだ早すぎる。
倫理面はもちろん、その肉体も未成熟なのだから。
「まだまだ
慣らす時間はあるよ。さ、移動だ移動! 前線に!」
先ほど見せていた、落ち着いた表情はどこかへ吹き飛び。
蘭は前線異動を喜びながら、去ってしまった。
機体の点検が終わるまで、ひろの真意を問い正そうと思ったけれど……
気づけば、彼女の小さな体躯はどこにもなかった。