蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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157 中洲作戦「Death from Above」

央暦1970年4月21日

真田藩 万頭温泉

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 真田空軍基地から、車で30分ほど。

 非番の良介はある温泉旅館に来ていた。

 

「松代ゆかりの湯、万頭温泉……

ここか、あくりちゃんの言ってた温泉は」

 

 借りた車を駐車場に止め、良介は旅館の門前に立った。

 

 話を今日の朝に遡ろう。

 東国地方解放を控え、彰義隊は真田空軍基地に待機していた。

 

 しかし───数日前の3日間にも及ぶ大空戦で、遂にキたのだろう。

 毎日のように、24時間街を徘徊する、あの良介が。

 なんと、身体を痛めたのだ。

 

「自分でも、正直ビックリだ……

医者に罹ったのはガキ以来だぞ」

 

「それでも、自覚ぐらいはあるだろう?

無理し過ぎ! 少し静養なさい」

 

 と、基地の軍医に叱られてしまったが───

 戦争中に、無理もクソもない。

 

「静養なんて、俺にする時間があると思う?」

 

「……だよねぇ」

 

 連邦軍になっても、相変わらず直前になるまで作戦は通達されない。

 なので、いつ作戦が始まるかわかったものではない。

 

 非常に遺憾ながら、良介は連邦空軍の中枢戦力。

 肝心なタイミングで、居ませんなどという事態は許されないのだ。

 

「うーん、ほら。按摩(あんま)とか受けたらどうだい?」

 

「マッサージ……えっちな?」

 

「悪化させたいならどうぞ」

 

 至極真っ当なツッコミである。

 もちろん、これは冗談なので本気ではない。

 

「……マッサージなんて、どこでやってもらえるか知らないぞ」

 

「言われてみれば、この辺にはないなぁ……」

 

「おい」

 

「ああでも、温泉旅館なら大抵伝手があるよ」

 

「温泉、かぁ……」

 

 良介は風呂が嫌い───というほどではないが、興味はない。

 ささっと浴びてささっと出る、自他共に認めるカラスの行水(ぎょうすい)である。

 温泉にも数えるほどしか行った事がなかった。

 

 言うまでもない事だが、この世界に温泉がある事を知っていても、一度入っただけだ。

 

「風呂嫌いかい?」

 

「嫌いじゃないけど、好きでもないなぁ……」

 

 しかし、かといってこの身体の不調を放置するわけにもいかない。

 

 この世界では多少の怪我は魔法や錬金術製の薬でどうにかなってしまう。

 一方で、良介をはじめとした異世界人には魔法が一切効かないのだ。

 錬金術製の薬も、効きはするが現地人と比べると効きが悪い。

 

 魔力不使用にこだわる人向けの、純粋な薬もあるにはある。

 成分を見る限り効果もあるが───

 

「邪魔する」

 

 少しだけ悩んでいると、医務室の戸が開かれた。

 聞き覚えのある声を振り返ってみれば、やはり。

 

 松代あくり。

 この真田藩藩主の娘であり、良介の部下である。

 どうやら朝の修練が終わったところらしく、軽く汗に濡れていた。

 

「ああ、姫様。またですか?」

 

「またもらうぞ」

 

 と一方的に告げて、勝手知ったる我が基地と言わんばかりに、戸棚から筋肉痛を和らげる薬を取った。

 彼女の経歴的に、本当に我が基地である。

 

「む。良介、珍しいな」

 

 薬を手に取って、あくりはようやく良介の存在に気付いたらしい。

 服の裾を持ち上げようとしたのをやめ、視線をやった。

 

「朝起きたら、身体中が微妙な感じでさ」

 

「酷使し過ぎなんですよ。姫様と同じ!」

 

「なるほどな……」

 

 あくりは薬を元の棚に戻し───

 

───あれれ? 使ってないけど、戻しちゃうのか?

 

 戻しちゃったのだ。

 そうして、医務室の出入り口に向かった。

 

「く、薬はいいの?」

 

「良介。私は彰義隊司令と話してくる。

今日、何事もなければ非番としろ」

 

「え?」

 

「我が松代家ゆかりの湯、万頭温泉だ。

そこへ案内しよう」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれぇっ」

 

 良介の止める声も聞かず、あくりはさっさと医務室を出て行ってしまった。

 というか、薬はいいのだろうか?

 

「……俺が中隊長なのに」

 

 まるで、彼女がお前の上司かのような振る舞いだったな。

 やーい、年下の上官持ちー。

 

───い、言われてみれば……あくりちゃんって年下の上官になるのか。

 

 自衛隊と連邦軍の階級が対等となるのならばな。

 それはさておき───彼女の足音はすごい勢いで遠ざかっていくぞ。

 ほら、もう聞こえなくなった。

 

「……あくりちゃんは、行ってしまった」

 

「ははは、相変わらずだねぇ。姫様は」

 

 軍医はこの真田空軍基地に以前から勤務している。

 あくりとは長い付き合いなのだろう。

 

「でもやっぱり……変わったところもあるなぁ」

 

「へぇ。どんなところが?」

 

「それは……言っちゃあ野暮だ、内緒にしとくよ」

 

「……?」

 

 軍医の発言には疑問が生じたが───

 それはともかく。

 

 その後、司令部から直々に命令が届いた。

 志村良介二尉は、本日非番とする。

 

 つまり、今日1日は敵の攻撃とかない限りは休んでいいよ。

 というわけである。

 

 いいのか連邦軍、適当過ぎないか?

 

「ま、いいって言ってるならそうしよう……

向こうもAWACSやられて、動きが鈍ってるだろうし」

 

 そんなこんなで、良介は万頭温泉までやって来たのだ。

 

「温泉旅館……ど、どうやって入るんだろう?」

 

 普通に、正面から堂々と入ればいいのではないか?

 

「何か、マナーとかあるかもしれないだろ?」

 

 いくらなんでも、温泉入るのにマナー違反だからって無礼打ちはないだろう。

 

「本当にそう言えるか? ここ異世界だぞ、葦原だぞ?」

 

 それは───お前らしくない、なぜ急に怯える?

 

「怯えてるんじゃない、あくりちゃんの顔に泥を塗るのが嫌なんだ」

 

 良介は背後へ視線をやった。

 駐車場には良介が乗ってきた車だけでなく、何台か車が止まっている。

 

 葦原的には、外車や国産の高級車ばかり。

 あくりはこの万頭温泉を松代家ゆかりの湯と言っていた。

 実はとんでもなく高級な旅館なのではないか?

 

「俺の言っている事がようやくわかったようだな」

 

 ともかく───入ってみない事にはわからない。

 あくりからの紹介と言えば、多少の無礼も通るだろう。

 

「は、入ってみるか……?」

 

 ここまで来たのだから、そうするより他あるまい。

 門の敷居をまたぎ───

 

「良介、呼んだか?」

 

「ぎょぎょっ⁈」

 

 突如何の前触れもなく、正面玄関の戸が開かれた。

 戸を開いたのはご想像通り、松代あくりである。

 

「あ、あくりちゃん⁈ なんでここに⁈」

 

「私も非番とした。此度の一件、司令殿も快諾してくれた。

良介、お前が倒れては連邦軍総崩れになりかねんと仰せであった」

 

「な、なんか評価高過ぎない……?」

 

「そうだろうか……私は正しく思えたぞ」

 

 過剰評価というものである。

 

 しかし良介の評価はこの際どうでもいい。

 今は、ここに入るか否かである。

 

「ところで、俺ってここに入っても大丈夫なの?」

 

「宿には話を通してある。日帰りで暗くなる前に帰るとな。

酒も出さぬよう言付けてある故、心配は無用だ」

 

「ありがとう。攻撃があっても、飲酒飛行はせずに済みそうだ」

 

 今日は非番とはいえ、政府側からの攻撃があれば速やかに基地へ戻らなければならない。

 この心遣いはありがたい限りであった。

 

「この湯は松代家が代々、湯治に利用してきた……

効果は抜群だ、保証しよう」

 

「大名家御用達か、それはいいや」

 

 あくりの開けた戸から宿に入ると、そこは藩主御用達とは思えないほど小さなロビーであった。

 浴衣姿の老人たちが卓球を楽しみ、湯上りのほてりを長椅子で冷ます。

 

 漫画で見たような、絵に描いたようなスーパー銭湯であった。

 

「……思ったよりも、庶民的なんだな」

 

「温泉地の上等な宿を期待させたのなら、申し訳ない。

真田は辺境の田舎者故、そこまで大層なもてなしは難しい」

 

 どうやら、良介の独り言はクレームの一種だと捉えられてしまったらしい。

 

「ち、違う違う! このくらいが、俺にとってはちょうどいいって事だよ!

あんまり大袈裟なところに連れてこられても、肩身が狭いっていうかさ……」

 

 親なしの底辺で育った良介には、キラキラで上品な場所は性に合わない。

 このくらい気安い空間の方が、居心地がいいのだ。

 

「そうか……ならよかった」

 

「ああ、よかったんだ」

 

 出入り口すぐの受付で、あくりが番頭の老人に視線をやった。

 

「件の男だ。頼む」

 

「おお。では、このお方があの蒼穹の魔王殿……!

魔王殿、いつも姫様が世話になっております」

 

 真田藩にも、この名前は広まっているらしい。

 ぺこりと番頭の老人は頭を下げた。

 

「ああ、ご丁寧にどうも……」

 

「ほほほ。まさか、あの空戦姫様が男をお連れになるとは……」

 

「おほん! ……湯の準備は出来ているのか?」

 

「ええ、ええ。村のジジババ共は、もう済ませました」

 

「あんたもジジババのひとりじゃないか」

 

「これは、一枚とられましたわ! 魔王殿は口がうまいわい。

……浴場は真っすぐ進んだ奥にありますゆえ、ごゆるりとお過ごしください」

 

 なにやら、うまく乗せられている感があるが───

 どうやらあくりの計らいで風呂は貸し切り状態らしい。

 

「貸し切りってこと? そんなことしなくてもいいのに」

 

「良介、仮にもお前は命を狙われる身。

真田にお前を狙う者はいないが、危険は減らした方がいい」

 

 あくりの言葉には一理あった。

 恐らく今も空軍改方が周辺の警備をしてくれているのだろうが、危険は少ない方がいい。

 

「聞いてる感じだと、この辺の人が入ってるみたいだけど……

貸し切りにして不満とかでない?」

 

「問題ない。ご老体方は長湯をすると、湯あたりで死んでしまうからな。

皆、早めに切り上げる」

 

「それは確かにシャレにならないな」

 

 気持ちよくなったり、健康になるために温泉に来たというのに、それで死んでしまっては本末転倒だ。

 安心してひとり湯を楽しめるというわけだ、得をした。

 

「おおっ、姫様! お久しぶりですじゃ!」

 

「ほんに、大きくなりましたなぁ……」

 

 長椅子に座る老人の男女があくりに語り掛けた。

 この辺りでは、彼女はかなりの有名人らしい。

 

「私は後で行く。お前は先に行くといい」

 

「え? うん、じゃあそうしよう……」

 

 後で行く、とはおかしなことを言う。

 浴室は男女別々に別れているのだから、どうせ入る湯は違うというのに。

 

 疑問に思いながらも、良介は番頭の案内通り奥に進み、通路を進んだ。

 田舎だからなのか電球の品質が悪く、通路は薄暗かった。

 

「LEDとかないからな……

この世界に来て、俺は初めて使われてる白熱電球を見たぞ」

 

 短寿命かつ、低出力の旧式電球。

 日本では2012年頃には大手メーカーが生産をやめてしまったとか。

 

 良介がらぐな院の物置にて、寿命が尽きて真っ黒になったまま放置されたそれを見たのが、白熱電球を見た最初で最後である。

 横着せず捨てろよ。

 

「あれ見た時は、電飾用かと思っちゃったぞ」

 

 頭上を見上げてみれば、この電球もまた黒ずんでいるのが見えた。

 じきにこいつも機能を失う事だろう。

 

「えーっと、ここに脱衣所と書いてあるな」

 

 万が一のトラブルを回避するため、良介は脱衣所の戸をそっと開いて、向こう側の様子を伺った。

 人の気配は───ない。

 即ち、ラッキースケベもなしだ。

 

「ふん、俺様はラッキースケベに期待なんかしない……

見たくなったら、本人に堂々と頼んで見せてもらうんだ……」

 

 あほしね。

 

 取らぬ狸のなんとやらはさておき、安全を確認した良介はガラガラと戸を開けた。

 宿相応の脱衣所であり、10名ほどの衣服しか収まらないロッカーがあるばかりであった。

 

 しかも、ロッカーに鍵などという上等なものはない。

 ロッカーと称するのも、少し違うかもしれない。

 扉さえない、棚とカゴがあるばかりである。

 

「……昭和の小説に出てくる温泉宿って、そういえばこんな感じだったな」

 

 小銭のために命を賭けるアホや、哀れな背景から置き引きで糊口(ここう)をしのぐ外国人犯罪者。

 そんな輩の増えた日本では、ちょっと考えられない脱衣所である。

 

「うーん……暴力的な奴が多いのに、なぜこの辺はルーズなんだろう?」

 

 舐めた真似をすれば、命に関わるからではないか?

 

「一発で凄く腑に落ちる説を出してくるな……」

 

 葦原人は善人が多く、治安も良いように見えるが───

 その実、日常に漂う自力救済(じりききゅうさい)の空気によって保たれている治安だ。

 

 自力救済の危険性は、いちいち説いてやる必要はないな?

 

「なんで自分に対して危険性を説くんだよ?」

 

 お前はこの自己批判の精神が常に律してやらなければ、とんでもない事をしでかすからだ。

 

 まあ、服を脱ぐちょうどいい時間潰しにはなったか。

 

「俺様はいま、すっぽんぽんだ」

 

 いちいち口に出すんじゃない。

 それと、鏡の前でポーズを取るんじゃない。

 

「さ、サービスシーンを……」

 

 誰得サービスだ、いいから早く湯船に浸かれ。

 何のためにここへ来たと思っている?

 

「くそ、自分ひとりでも口うるさい奴がいやがる……」

 

 入って来たところとは反対側、浴室の戸を開く。

 すると、思っていた以上に浴場は広かった。

 

「へぇ、露天風呂なのか」

 

 屋内型の浴場は野生動物や昆虫、それに不埒な近隣住民を遮ることが出来る。

 一方で、換気や湿気の問題が避けられなくなる。

 古い時代からあると言う万頭温泉では、当時から露天風呂を使い続けているのだろう。

 

「それでも、ちゃんと身体を洗うためのシャワーはあるな……」

 

 かけ湯。

 他人と湯船を共有する都合上、必須のマナー。

 

 シャワーで頭から湯を浴び、下半身を重点的に洗い流し。

 これで湯船に浸かる準備はオーケーだ。

 

「よーし……万頭温泉を頂いちゃうぞ」

 

 透明な湯に足を浸し、段を降りて半身を沈める。

 身体が程よい熱に包まれ、それが浸透していく。

 

「ふぅ……意外と、悪くないな」

 

 思えばお前、風呂は好きじゃないと言っている癖に、いざ入ると楽しんでいないか?

 

「……そうかも」

 

 露天風呂からは、宿のすぐそばで流れる川を見下ろすことが出来た。

 気分転換に立ち上がると、川がよく見える隅へ。

 

 川のせせらぎ、風に揺れる木々。

 自然の力のみで生じる小さな音が、良介の鼓膜を揺らす。

 

 ジェット・エンジンが発する爆音とは、まるで違う。

 

「……なんて、噂をすればだ」

 

 見上げると、黒い機体が轟音を発しながら上空を通過した。

 真田空軍基地を離陸した、空中哨戒に出る新選組のオロールだろう。

 

 この宿では静かに時が流れているが、戦争は終わっていない。

 どころか、葦原という国の内戦から極東の地域紛争にまで発展してしまった。

 

 のんびり出来る時間は、そう長くない。

 それどころか、これが最後かもしれない。

 

 ふと、良介は自分の手へ視線をやると───

 血が凍るような錯覚を覚えた。

 

 手のひらが、黒い。

 まるで酸化した血のように、黒ずんでいるのだ。

 

「……これは」

 

「万頭温泉の湯の花だ」

 

「え?」

 

 思わぬ回答を受け、良介は思わず間の抜けた声を出してしまった。

 声を振り返ると───

 

 松代あくり。

 女性であるはずのあくりが、この男湯で良介と同じ湯船に膝まで浸かっていた。

 

 一糸(いっし)(まと)わぬ───

 姿ではなく、マナー違反だがタオルで身体を隠して。

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