蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月21日
真田藩 万頭温泉
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
前回のあらすじ。
温泉に来たら、部下の美人が混浴してきました。
どういうことなの?
「あっ、あくりちゃんっ⁈ こっ、ここ……」
いや、待て───
そういえば公衆浴場の場合、男女は
あれが万頭温泉にあったか?
───ない……な。
思えば脱衣所の看板にも男女の区別がなかった。
それは、つまり───
「良介……万頭温泉に男女の区分はない。
いわゆる、混浴というやつだ」
あくりは良介から視線を逸らさずに言ってのけた。
厳密には、視線は下の方を───
「いやん」
「すまん、嫌だったか?」
と、今度はそっぽを向いた。
なんだか、調子の狂う反応である。
どうやらウケないと見た良介は、頭に乗せたタオルでその部位を隠した。
「反応が男女逆だ……」
「すまない。昔から万頭温泉に入る際、男女で隠したりはしなかった」
「混浴に慣れてたら、そうなるか……
別に気にしなくていいよ」
「そうか」
ひとまず落ち着くため、良介は腰を下ろした。
あくりから視線を逸らしたまま。
気にしなくていいと言っておいて、お前はバリバリ気にしているではないか。
───そりゃ、気にするだろーよ。いいか? これはラッキースケベだ。
俺はラッキースケベに頼らない、見るなら本人に頼んで見る。
違う、葦原の混浴という文化の中行われる語らいだ。
それに人と話している時にそっぽを向くのは失礼だ。
せめて、その本人の方へ視線を向けるべきだろう。
───他人の裸を見たいからって、全力で語彙を活用し過ぎだろ……
違う。
裸を見たいのではなく、礼に欠ける行いをしたくないだけだ。
───認めろよ。お前はあくりちゃんの裸を見たいだけなんだ。
ならば問おう。
お前は見たくないのか?
「……」
良介は自己批判の精神の正当かつ冷静な判断に感服し、忠告に従う事にした。
「……良介。鼻の下が湯に沈んで、目が
なんだか、怖いぞ」
「おっと、失礼」
人間をやめたような状態になっていた頭部を修復し───
良介はあくりと向かい合った。
大丈夫、ちゃんとタオルで隠れている。
全年齢なので、対策済みである。
「で、えーっと……そうだ。この黒いのだ」
そうだ、この両手の黒ずみ。
湯につけても取れないが、擦るとちょっとだけ落ちる。
血ではない。
「ああ、それがこの万頭温泉の湯の花だ。
湯船の底にあってな、この軽石《かるいし》で擦れば落ちる」
あくりは湯船の辺りに転がされていた軽石を投げて寄越した。
試しに手のひらで転がしてみると───
「おお、落ちた……」
「手は簡単に出来るが、尻は自分では難しいぞ。
あとで私がやろう。こちらも頼む」
「う、うん……」
これはラッキースケベや性行為ではない。
風呂に入っているだけである。
───だ、黙れぇっ。
それからしばし、ふたりは静かに湯の温かさを楽しみ。
パンク寸前の脳味噌を働かせながら身体を洗い。
程よく温まったところで、脱衣所へ戻った。
「ふぅ……なんだか、身体の調子が戻った気がするぞ」
「私も久々に浸かって、気分爽快だ」
温泉など、ちょっと変な成分のお湯に入るだけで体調が変わるわけがない。
と考えるのは仕方のない事だが、存外馬鹿に出来ないものがある。
脱衣所で軽く水分を拭っていると、
「良介……腹に古傷があるな。
「ああ、14くらいの時に
「今は。痛むか?」
「いいや、全然。根性なしが脅すつもりでやった傷だからね。
俺様の腹筋すら貫けなかったのだ」
幸いにも本人は寸止めするつもりだったらしく、傷口は浅かった。
お返しに、そいつは二度とそういったミスを
「そうか、ならよかった……」
あくりが向ける視線先は良介の古傷の───少し下にあった。
またである。
「そういえば、良介」
「な、なに?」
「お前はそこを大きくしないのか?」
「……」
驚くとか興奮するとかを通り越して、ギョッとした目で良介はあくりを見てしまった。
あまりにも直球というか、意味を理解していないマセガキな発言。
その癖、あまりにも真っすぐで───
数秒、思考ごと身体が硬直した。
「えっと、そうした方がよかった……?」
だからといってお前、その返しはどうなんだ。
───じゃあお前が最良の返事をしてみろよ!
私は自己批判の精神だ。
最終決定権はお前にある。
「わからない。ただ、従弟や居合わせたご老体がそうなっていた。
父上や兄上に聞くと、凄く困った顔をして話を逸らされてしまう。
そのご老体もあれ以来、会えずじまいだ」
そりゃそーだろーよ。
しかしこれは、参った。
千代が評していた、自分の感情に自覚できないほど無垢という言葉。
あの評価を本当に甘く見ていた。
真田藩というか、松代家は娘───息子?
そんなのはこの際、どっちでもいい。
奴らは一体、自分の子にどんな
そのしわ寄せが、全力で良介に押し寄せていた。
「えーっと、うーんと……お、俺様でも言葉に困っちゃうぞ」
「迷惑、だったのか……?」
ああ、くそ。
真田藩主め、恨むぞ。
───この俺様に、こんな無粋をさせやがってぇっ!
俺は保健体育の先生じゃないんだぞぉっ!
良介は呼吸を整えてから、あくりの両肩に手を置いて視線を合わせた。
下は見ないように───
「いいか、あくりちゃん……俺は、歴戦のナンパ野郎だ」
「そうか。ナンパ野郎なのか」
「そうだ。だから、
「難しいのか?」
あくりは美しい顔に不釣り合いな、
この調子では
「ふふっ。良介、顔が潰れているぞ」
「ちゃっ、茶化さないでくれぇっ」
どうやら内心の苦悩が表情に出ているらしい。
こればかりは、私も同情してやろう───
「こういうのは、生理反応なんだ……」
「生理反応……? どんな生理反応だ?」
良介は、露悪的な趣味を持ち合わせていない。
子供はコウノトリが運んできてくれると信じている幼子に、スケベ用語を交えながら懇切丁寧にその
だがしかし、松代あくりは22の成人女性である。
さすがに20を超えてこれはどーなんだ。
こういうのは、趣味じゃない。
しかし彼女の周囲が責任を放り出してしまった以上は、誰かが教えなくてはならない。
無知なまま、最悪な結果が出てしまう前に。
自分への理論武装を整え、良介は告げた。
「つまり、だ……そういう反応っていうのは、コーフンしてるんだよ」
「興奮……?」
「そう、興奮! 戦いの前の興奮じゃなくて……性的な興奮だよ」
ああ、言ってしまった。
本当に言わせないで欲しかった。
さて、この無知無知さんはどう出る?
固唾をのんで出方を伺っていると───
「性的興奮とは……あれの事か? 生殖行為の……」
「堅苦しい表現だけど、まさにそれだよ」
「だがそれは、そういう時にしか起こらない反応ではないのか?」
「だからぁ、あくりちゃんの裸を見た時こそが、そういう時なんだよっ」
もしや良介が知らないだけで、この世界の人間は別の手段で子を産むのか?
いやいや、それでは買い集めたあのスケベ・ブックがおかしくなり───
良介は良介で混乱していると、あくりの方でも変化があった。
彼女の肩が───いや、身体が発熱しているのだ。
顔も見る見るうちに赤くなり、湯に浸かっている時よりも朱に染まっていた。
今回の件で、あくりが初めて見せた年齢相応の───いや、これはこれで年齢不相応か。
ならば、人間的な反応としよう。
「これ以上の解説はいる?」
「ばっ、馬鹿にしないでくれっ……私だって教育を受け、心得ているっ。
ただ……ただ、一緒だと思えなかったんだ。
あの教本にあった行為と、その反応がっ」
授業や教科書の内容が、現実と結びつかない。
その気持ちは良介にも理解出来た。
保健体育の授業で習った内容が、自分の身にも起きているように思えなかった。
そういう風に思っていた時期が、良介にもあったのだ。
もっともこれは中学生の内に卒業しなければならない状態である。
20代はいくらなんでも遅すぎだ。
「ふぅ……まさかこの俺様が、こんなガキ未満の質問に答える羽目になるとは」
「……すまない」
「謝らなくていいよ。悪いのはあくりちゃんじゃない」
あくりの家族である。
あるいは中途半端な教育を施した教育者か───
いや、それを言ったら日本の教育者の大半も悪になってしまうか。
性教育というやつは、
「では、良介」
「な、なに?」
「お前が自分の感情を制御していたとして……
しなければ、どうなっていた?」
そう問い掛けるあくりの顔には、イタズラっぽい笑みが浮かんでいた。