蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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158 中洲作戦「Death from Above」

央暦1970年4月21日

真田藩 万頭温泉

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 前回のあらすじ。

 温泉に来たら、部下の美人が混浴してきました。

 

 どういうことなの?

 

「あっ、あくりちゃんっ⁈ こっ、ここ……」

 

 いや、待て───

 そういえば公衆浴場の場合、男女は暖簾(のれん)で別れていたはずだ。

 あれが万頭温泉にあったか?

 

───ない……な。

 

 思えば脱衣所の看板にも男女の区別がなかった。

 それは、つまり───

 

「良介……万頭温泉に男女の区分はない。

いわゆる、混浴というやつだ」

 

 あくりは良介から視線を逸らさずに言ってのけた。

 厳密には、視線は下の方を───

 

「いやん」

 

「すまん、嫌だったか?」

 

 と、今度はそっぽを向いた。

 なんだか、調子の狂う反応である。

 

 どうやらウケないと見た良介は、頭に乗せたタオルでその部位を隠した。

 

「反応が男女逆だ……」

 

「すまない。昔から万頭温泉に入る際、男女で隠したりはしなかった」

 

「混浴に慣れてたら、そうなるか……

別に気にしなくていいよ」

 

「そうか」

 

 ひとまず落ち着くため、良介は腰を下ろした。

 あくりから視線を逸らしたまま。

 

 気にしなくていいと言っておいて、お前はバリバリ気にしているではないか。

 

───そりゃ、気にするだろーよ。いいか? これはラッキースケベだ。

俺はラッキースケベに頼らない、見るなら本人に頼んで見る。

 

 違う、葦原の混浴という文化の中行われる語らいだ。

 

 それに人と話している時にそっぽを向くのは失礼だ。

 せめて、その本人の方へ視線を向けるべきだろう。

 

───他人の裸を見たいからって、全力で語彙を活用し過ぎだろ……

 

 違う。

 裸を見たいのではなく、礼に欠ける行いをしたくないだけだ。

 

───認めろよ。お前はあくりちゃんの裸を見たいだけなんだ。

 

 ならば問おう。

 お前は見たくないのか?

 

「……」

 

 良介は自己批判の精神の正当かつ冷静な判断に感服し、忠告に従う事にした。

 

「……良介。鼻の下が湯に沈んで、目が外斜視(反り目)になっていて……

なんだか、怖いぞ」

 

「おっと、失礼」

 

 人間をやめたような状態になっていた頭部を修復し───

 良介はあくりと向かい合った。

 

 大丈夫、ちゃんとタオルで隠れている。

 全年齢なので、対策済みである。

 

「で、えーっと……そうだ。この黒いのだ」

 

 そうだ、この両手の黒ずみ。

 湯につけても取れないが、擦るとちょっとだけ落ちる。

 

 血ではない。

 

「ああ、それがこの万頭温泉の湯の花だ。

湯船の底にあってな、この軽石《かるいし》で擦れば落ちる」

 

 あくりは湯船の辺りに転がされていた軽石を投げて寄越した。

 試しに手のひらで転がしてみると───

 

「おお、落ちた……」

 

「手は簡単に出来るが、尻は自分では難しいぞ。

あとで私がやろう。こちらも頼む」

 

「う、うん……」

 

 これはラッキースケベや性行為ではない。

 風呂に入っているだけである。

 

───だ、黙れぇっ。

 

 それからしばし、ふたりは静かに湯の温かさを楽しみ。

 パンク寸前の脳味噌を働かせながら身体を洗い。

 

 程よく温まったところで、脱衣所へ戻った。

 

「ふぅ……なんだか、身体の調子が戻った気がするぞ」

 

「私も久々に浸かって、気分爽快だ」

 

 温泉など、ちょっと変な成分のお湯に入るだけで体調が変わるわけがない。

 と考えるのは仕方のない事だが、存外馬鹿に出来ないものがある。

 

 脱衣所で軽く水分を拭っていると、

 

「良介……腹に古傷があるな。刺創(しそう)の跡だ」

 

「ああ、14くらいの時に珍走団(騒がしい馬鹿)と揉めてさ。

光り物(ナイフ)でドスっとやられたんだよ」

 

「今は。痛むか?」

 

「いいや、全然。根性なしが脅すつもりでやった傷だからね。

俺様の腹筋すら貫けなかったのだ」

 

 幸いにも本人は寸止めするつもりだったらしく、傷口は浅かった。

 お返しに、そいつは二度とそういったミスを出来ない(・・・・)身体にしてやったが。

 

「そうか、ならよかった……」

 

 あくりが向ける視線先は良介の古傷の───少し下にあった。

 またである。

 

「そういえば、良介」

 

「な、なに?」

 

「お前はそこを大きくしないのか?」

 

「……」

 

 驚くとか興奮するとかを通り越して、ギョッとした目で良介はあくりを見てしまった。

 あまりにも直球というか、意味を理解していないマセガキな発言。

 その癖、あまりにも真っすぐで───

 

 数秒、思考ごと身体が硬直した。

 

「えっと、そうした方がよかった……?」

 

 だからといってお前、その返しはどうなんだ。

 

───じゃあお前が最良の返事をしてみろよ!

 

 私は自己批判の精神だ。

 最終決定権はお前にある。

 

「わからない。ただ、従弟や居合わせたご老体がそうなっていた。

父上や兄上に聞くと、凄く困った顔をして話を逸らされてしまう。

そのご老体もあれ以来、会えずじまいだ」

 

 そりゃそーだろーよ。

 しかしこれは、参った。

 

 千代が評していた、自分の感情に自覚できないほど無垢という言葉。

 あの評価を本当に甘く見ていた。

 

 真田藩というか、松代家は娘───息子?

 そんなのはこの際、どっちでもいい。

 奴らは一体、自分の子にどんな教育(・・)をしているのか。

 

 そのしわ寄せが、全力で良介に押し寄せていた。

 

「えーっと、うーんと……お、俺様でも言葉に困っちゃうぞ」

 

「迷惑、だったのか……?」

 

 ああ、くそ。

 真田藩主め、恨むぞ。

 

───この俺様に、こんな無粋をさせやがってぇっ!

俺は保健体育の先生じゃないんだぞぉっ!

 

 良介は呼吸を整えてから、あくりの両肩に手を置いて視線を合わせた。

 下は見ないように───

 

「いいか、あくりちゃん……俺は、歴戦のナンパ野郎だ」

 

「そうか。ナンパ野郎なのか」

 

「そうだ。だから、そういうの(・・・・・)を制御出来る」

 

「難しいのか?」

 

 あくりは美しい顔に不釣り合いな、初心(うぶ)で幼い事を抜かした。

 この調子ではおしべめしべ(・・・・・・)レベルの初歩的な解説が必要なのではないか?

 

「ふふっ。良介、顔が潰れているぞ」

 

「ちゃっ、茶化さないでくれぇっ」

 

 どうやら内心の苦悩が表情に出ているらしい。

 こればかりは、私も同情してやろう───

 

「こういうのは、生理反応なんだ……」

 

「生理反応……? どんな生理反応だ?」

 

 良介は、露悪的な趣味を持ち合わせていない。

 子供はコウノトリが運んできてくれると信じている幼子に、スケベ用語を交えながら懇切丁寧にその手段(・・)を解説する行為はしたくない。

 

 だがしかし、松代あくりは22の成人女性である。

 さすがに20を超えてこれはどーなんだ。

 

 こういうのは、趣味じゃない。

 しかし彼女の周囲が責任を放り出してしまった以上は、誰かが教えなくてはならない。

 無知なまま、最悪な結果が出てしまう前に。

 

 自分への理論武装を整え、良介は告げた。

 

「つまり、だ……そういう反応っていうのは、コーフンしてるんだよ」

 

「興奮……?」

 

「そう、興奮! 戦いの前の興奮じゃなくて……性的な興奮だよ」

 

 ああ、言ってしまった。

 本当に言わせないで欲しかった。

 

 さて、この無知無知さんはどう出る?

 固唾をのんで出方を伺っていると───

 

「性的興奮とは……あれの事か? 生殖行為の……」

 

「堅苦しい表現だけど、まさにそれだよ」

 

「だがそれは、そういう時にしか起こらない反応ではないのか?」

 

「だからぁ、あくりちゃんの裸を見た時こそが、そういう時なんだよっ」

 

 もしや良介が知らないだけで、この世界の人間は別の手段で子を産むのか?

 いやいや、それでは買い集めたあのスケベ・ブックがおかしくなり───

 

 良介は良介で混乱していると、あくりの方でも変化があった。

 

 彼女の肩が───いや、身体が発熱しているのだ。

 顔も見る見るうちに赤くなり、湯に浸かっている時よりも朱に染まっていた。

 

 今回の件で、あくりが初めて見せた年齢相応の───いや、これはこれで年齢不相応か。

 ならば、人間的な反応としよう。

 

「これ以上の解説はいる?」

 

「ばっ、馬鹿にしないでくれっ……私だって教育を受け、心得ているっ。

ただ……ただ、一緒だと思えなかったんだ。

あの教本にあった行為と、その反応がっ」

 

 授業や教科書の内容が、現実と結びつかない。

 その気持ちは良介にも理解出来た。

 

 保健体育の授業で習った内容が、自分の身にも起きているように思えなかった。

 男女の接触(・・・・・)は、あくまで勉強で学ぶ知識の一部であり、史学の授業で学ぶような遠いどこかの出来事。

 そういう風に思っていた時期が、良介にもあったのだ。

 

 もっともこれは中学生の内に卒業しなければならない状態である。

 20代はいくらなんでも遅すぎだ。

 

「ふぅ……まさかこの俺様が、こんなガキ未満の質問に答える羽目になるとは」

 

「……すまない」

 

「謝らなくていいよ。悪いのはあくりちゃんじゃない」

 

 あくりの家族である。

 あるいは中途半端な教育を施した教育者か───

 いや、それを言ったら日本の教育者の大半も悪になってしまうか。

 

 性教育というやつは、塩梅(あんばい)が難しいものである。

 

「では、良介」

 

「な、なに?」

 

「お前が自分の感情を制御していたとして……

しなければ、どうなっていた?」

 

 そう問い掛けるあくりの顔には、イタズラっぽい笑みが浮かんでいた。

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