蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月21日
真田藩 万頭温泉
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
なんとかあくりの
ふたりは受付まで戻ってきた。
「よーし、受付まで戻ってきたぞ」
「お帰り、おふたりさん。ゆっくり出来たかい?」
番頭の老人は
そう、これはゲスなやっかみなどではないのだ。
「ああ、身体も楽になったぜ」
「いい湯であったぞ、礼を言う」
「そっかそっか……お食事も用意できてるから、座敷に行きなよ」
湯に浸かるという行為はゆっくりしているようで存外、エネルギーを消費する。
なのでちょうど、腹も減っていた。
「うーん。至れり尽くせりだけど、本当にタダでいいの?」
「姫様と真田藩を救ったあなたに、お代など頂けませんよォ。
ささ、どうぞどうぞ……」
懐の寂しい身の上としては、ありがたい限りだが───
腹が鳴っては台無しだ。
大人しく良介は番頭の案内に従い、座敷へと向かう。
使われていない座敷は襖が開放されているが、どうも番頭はそこへ案内するつもりはないらしく───
「こちらです。どうぞぉ」
案内されたのは、閉め切られた座敷。
襖の向こうからは今も燃えつつあるヤニの匂い。
暗殺を疑っているわけではないが、正体不明の人物と引き合わせようという動きには疑念が湧いた。
「良介、問題ない。ただ、お前に挨拶したいという方がいるだけだ」
この疑念を察知したのか、あくりが補足した。
「俺に挨拶? それは、ご丁寧に……」
お礼参りの言い換えではなさそうだ。
真田藩で、松代家御用達の温泉宿。
これくらい情報が揃えば、待ち受ける人物の正体は大体掴める。
あくりと番頭の視線を受けながら、良介は襖を開いた。
「……なるほど、女子たちが湧くのも頷ける」
葦原内戦中盤、大和幕府を裏切って西街道を撤退する陸軍に大打撃を与え。
幕府による真田藩奪還の際には、あくりを利用して二度目の寝返りを成功させた男。
元真田藩藩主、現真田地域代表の松代
良介の姿を見た彼は、煙草を灰皿に押し込んだ。
「父上。この方が、件の蒼穹の魔王……志村良介でございます」
「あくり、よくぞ連れて来た」
「はい」
この男がいなければ、真田藩の統治はままならない。
一度裏切られた葦原連邦ですらそう判断し、1年間だけの勾留に留めざるを得なかった政治
その正体は良介とさほど変わらないように映る、若々しい男であった。
改めて彼を見れば、目元の辺りがあくりと似ていた。
「志村殿、よくぞおいで下さった。楽にしてください」
「はあ……」
歓待を受けるつもりはなかったのだが───
かといって、地元の有力者の誘いを無下にするのも恐ろしい事だ。
促されるまま、良介は食卓の前に腰を下ろした。
「爺さん、一番いいのをじゃんじゃん持って来てくれ!」
「はい、ただいま」
命じられた番頭はそそくさと座敷を去り、残されたのは源幸とあくり、そして良介の3人だけとなった。
周囲の座敷からは耳が遠いのか、やたら声量の大きい老人たちの会話しか聞こえない。
これではまるで、密談ではないか。
相手は葦原の2大勢力を相手にして生き延びる政治力の化け物。
良介のような政治力0、丸め込むのは容易いこと。
今回の件はアドリブが過半だろうが───
大物政治家が広告塔とはいえ、一兵士に会いたがる理由はそう多くない。
なにか、あるだろう。
少しだけ気を引き締めながら、良介は源幸の目を見た。
「そう肩肘張りなさんな。あくりにも伝えたが───
今日の俺は挨拶したいだけなんでな」
微塵も信用ならぬ言葉を吐くと、源幸は
「悪いが、俺は飲むぞ」
「ご自由に」
飲みニケーションで親睦を深めようと思うほど、臨戦体制の戦闘機乗りに疎いわけではないらしい。
ぐいと源幸が酒を煽ると、番頭が座敷にやって来た。
「姫様、いつものです」
「ああ、すまない」
「魔王殿も、一本どうぞ」
そう言って番頭が差し出したのは、銚子───ではなく、瓶入りの牛乳であった。
風呂上がりに最高の一杯だと、小説やら漫画やらで読んだことがある。
「どうも……中学の給食以来だな」
しかし、あの瓶牛乳よりも蓋が簡素だ。
ビニールの覆いすらない、単なる紙キャップで封がしてあるだけ。
コロナ禍を経験した現代人的に、直接口を付けるところの防護がこの程度でいいのだろうか?
良介が横目であくりの様子を伺うと───
キュポン、カッ、ゴゴゴゴゴゴッ!
紙キャップを外し、瓶を咥えると、上を向いて喉に牛乳を流し込む。
恐ろしい勢いで中身が減っていく。
葦原人としては、この程度の衛生管理で問題ないらしい。
「しょ、小学生のガキじゃないんだぞ……」
「はっ! 軍のお役目に行っても、お前は変わらんな」
「……すまない。懐かしくてつい、な」
今時の小学生すら滅多にやらない、豪快な飲みっぷりを見せたあくりは、いつもと変わらぬ澄まし顔で言う。
相変わらずおもしれー女である。
「志村殿。こんな調子で、娘はご迷惑になっていないだろうか?」
「むっ」
まずは共通の知人を使って世間話というわけか。
良介は牛乳をひとくち含んだ。
味に違和感は───知っている牛乳より、羊の乳の方が近いか。
それ以外に、違和感や化学的な混ぜ物の気配はない。
「俺の方が世話になってるかな……
いつも引っ張り回して、助けられてるし」
あくりはペンギン隊の中でも、高速飛行からの一撃離脱を基本戦術としている。
良介が敵を引き付け、あるいは狙われたところを攻撃する。
言うなれば、ハンター・キラーだ。
原語とは意味が変わってしまうが。
「実を言うと、俺も昔は飛行機乗りでね。
お飾り司令程度の才だったが……
実子に対しこれだの、あれだのと扱うのは昔の人間にありがちな言動である。
時代どころか、世界すら現代日本とは違う。
この程度の価値観の差異でプンスカ怒るほど、良介は良識的現代人ではない。
「俺について行ける戦闘機乗りは、そう多くない。
さすが藩主、よくわかってる」
「P-104は俺も乗っていた……
あいつで他の機種と共に機動するなど、考えただけで怖気が走る」
P-104は足が早く高高度でも動きやすいが、一方で低速時の旋回性能が特に悪く不安定だ。
今でこそあくりは発展型のYP-27に乗り換えているが───
思えば、とんでもない無茶をさせていたものである。
「……ち、父上。此度は、良介に挨拶するのではなかったのか?」
そう声を上げたあくりに視線をやると、彼女の顔は真っ赤であった。
どうやら褒められるのに慣れていないらしい。
「なんだよ。
ちょっと褒められたくらいで、そこまで恥ずかしがることはないだろ?」
「……いや。父上から素直に褒められたのは、これが初めてだ」
「え?」
父親という存在はもっと、褒めてくれるものだと良介は勝手に思っていた。
実の父親は写真と人伝にしか知らないが、近藤先生やらぐな院の院長は良き行いは褒めてくれた。
ボスは───まあ、一応褒めてくれた。
「そうだな。こうやってあくりを褒めたのは、多分初めてだ」
「もっとこう、普段から凄いことは凄いって褒めた方がいいんじゃない?」
「考え直す時間が出来たから、だろうな。肩の荷が降りて、隠居して……
政治が自分の身から遠ざかった頃に、胸の内を本人にだけ明かす。
そんな贅沢が許されるほど、世の中は甘くないと考え直す時間がな」
「父上……」
その考え直す時間とは、裏切りの罪で幕府に勾留された1年間だろう。
1年という勾留期間も、源幸の言い付けを破ったあくりの独断による減刑だ。
この事実を知って、少し考えを改めたらしい。
「そんな贅沢が許されるほど、世の中は甘いんじゃないか?」
「世間一般はな。だが、藩主ともなれば話は変わってくる。
家族も臣下も領民も、主君と仰ぐべき公方様も。
どいつもこいつも失点を望んで、薄汚い手ばかり使ってくる。
だから、俺くらい腹黒くて素直じゃない方が長生き出来る……
俺のガキどもはどうして、こんな風に育ったのやら?」
良介は直接あくりの兄、信繁に会ったことはない。
しかしこの源幸の言動から、素直で真っ直ぐな人間なのだろうと推測するに難くなかった。
「反面教師だろ」
「はっ……今のが戯れだとしても。
魔王でなければ、無礼打ちにしていたところだ」
笑う源幸の表情から、単なる冗談だとわかった。
冗談───だよな?
「真面目な話、あんたの減刑のために声を上げたのはあくりちゃんだけじゃない。
領民だって、ほとんどの村で代表者が連名で嘆願したって言うじゃないか。
単なる腹黒領主なら、そこまで慕われることはないと思うぜ?」
自己保身のためにおべっかを使う良介の隣で、あくりがコクコクと頷く気配がした。
幕府の決定に農民のような立場の人間が逆らうのは、結構命懸けだ。
江戸時代の一揆には暴動のような打ち壊し以外にも様々な形態があったが、結果が良いものだとしても、名前を出した人間は処刑という話は珍しくなかったとか。
暴力を用いない一揆なら、ノーリスクで自分たちの利益になる。
そういう学習をさせてしまうと、収穫が悪いならとりあえず一揆で誤魔化すという手段が常態化し、いずれ全てが破綻する。
国民国家の概念のない時代では、村が良ければ、家族が良ければ、自分が良ければという価値観が一般的だった。
だから、代表者足る人間を犠牲にする覚悟がなくてはならない。
現代以前の時代とはそういうものだ。
厳密には、葦原は現代に近い時代に到達したにも関わらず、未だにそういう時代の法や慣習を続けているのだ。
嘆願した村の代表者達は、そういった事情込みで源幸の減刑を望んだ。
無論、真っ先に言い出したあくりも例外ではない。
「おっと……今日は俺が褒め倒す予定だったんだが、逆に褒め倒されるとはな。
いやはや、俺も歳をとったもんだ」
良介を褒め倒して、一体何をさせるつもりだったのやら。
やはり油断ならぬ男だと、改めて警戒し直した。
「どうも、藩主様方ぁ。お料理をお持ちしましたぁ」
「おう! 入れ!」
番頭───いや、着物の柄と性別が違う。
家族なのか親戚なのかはわからないが、似たような顔の老人が料理を抱えて座敷に入ってきた。
盆に乗せられてきたのは、少し古風な日本風の料理だ。
焼き魚(種類不明)に土芋(ほぼ里芋)の煮物、色々入った味噌汁。
それと、
日本風の食事に忘れてはいけないコンビだが、真田空軍基地の食堂にも出て来たことがある。
こいつらは絶品だ。
良介がお茶碗にご飯をよそってもらうと、その隣であくりは飯櫃ごと貰っていた。
彼女はいつも通りだ、恐ろしい事に。
「……志村ぁ。娘と言えば、だ」
そんな景色を見ていた良介の視線に気付いたらしい。
語り掛けた源幸の言葉は、少々呂律が回らなくなってきた。
───このおやぢ、酔いやがったな?
源幸の手元を見れば、銚子が2本。
遠ざけられた銚子は4本転がっていた。
推定5本目、十分飲み過ぎである。
───藩主は周りが信用出来ない、みたいなこと言ってたけど……
油断してグビグビ酒飲むのは、相当脇が甘くないか?
「あくりちゃんが、なに?」
「どこまでやった?」
「ブッフォゥッ」
汁物に口をつけていたあくりは、澄まし顔のまま吹き出した。
一応、前提として確認しておこう。
常識的な接触を除けば───先ほどの風呂も除くとして───
「ちっ、ゲボッ! ゴホッ!」
「お、落ち着いて……あんた、本当に父親か⁈」
「いや父親としては気になるんだよぉ……
相手っぽい男が、色々な女と浮き名を流す野郎とくればな」
「ぎくっ」
浮き名を流す。
つまり───ナンパ野郎という意味である。
良介のナンパ行為はライフワーク、あるいは条件反射のようなもの。
残念ながら、この自己批判の精神すらも制御不能なのだ。
「そーだよ、これが聞きたかったんだよ……
てめー、どこまでやった?」
「そういうのは、本人がいる前で聞くんじゃありませんっ!」
「っせェ! 俺は藩主だぞ!」
「な、なら俺様は魔王だぞっ!」
なんの意地の張り合いだ。
とはいえ酔っ払いの絡み酒、よくわからんハッタリは効果があった。
「むぅっ、そう来たか……」
「そうだ、そう来るのだ」
「良介……お前は飲んでいないのに、父上とそう変わらんな」
「うるせぇやいっ」
「そうだ、さっき裸一貫で同じ湯船に浸かってたんだ!
どうなんだコラ!」
「全然怯んでいないではないか」
なぜ、フリーの現状で親御さんから痛くもない腹を探られねばならないのか。
状況を鑑みれば、探られても仕方のない状況ではあるが───
だからこそ、少し真面目に答えるか。
良介は違う意味で腹を括った。
「藩主のおっさん」
「なんだぁ?」
「俺はさ、いずれ帰らなきゃいけない身の上なんだよ」
酔っ払い然としていた
どうやら源幸も、良介の心情を察してくれたらしい。
「あくりちゃん……娘さんはすごく魅力的な女の子だよ。
それは認めるし、いつも言ってる」
「うぐっ……ムグムグ」
良介の言葉に、あくりがたじろぎながら漬物を肴に米をかっ喰らった。
どっちかにして欲しいが、話の腰を折りたくない。
「いつも……だと?」
「頼むから話の腰折らないで」
「うむっ」
「確かに俺はナンパ野郎だ……だけど、そんじょそこらのナンパ野郎じゃない。
日本一のナンパ野郎だ」
「誇る事か? それが」
「誇る事なのだ。だから、手を出してはいさよなら。
なんて中途半端な真似はしたくないんだ」
「じゃ、あくりに手を出してないし、するつもりもないと?」
「うん」
ひとまず、良介の主張は一段落だ。
聞き終えた源幸は酒に手を伸ばし、肴の漬物をつまんだ。
そして、ポツリと言った。
「さてはオメー童貞だな?」
あまりにもあんまりな誹謗中傷に、良介は硬直した。
確かに事実だが、あの一連の発言で断定するにはあまりにも情報不足のはずだ。
だというのに、断定してしまうのは───
「あくりのような女と湯を共にして手を出さない。
んなナンパ野郎が居てたまるかってんだ!」
「な、ナンパ野郎と下半身の緩さは、必ずしもイコールじゃないぜ?」
「いいや一緒だ。俺がそうだった!
極上の女の子を前にして、我慢出来るわけがない!」
「……」
「……」
そこまで言い終えて、酒の入った頭でも失言だと理解出来たのだろう。
数秒の沈黙の後、源幸は咳払いをひとつ。
「とーにーかーくー!
オメーがどれほど女と付き合ってきたかは知らん!
だが、オメーが童貞なのはわかった!」
「藩主が何たるかみたいな偉そうな事語った口で、童貞童貞しつこいぞ。
第一……あくりちゃんが隣にいるのを忘れてないか?」
「……おっと」
彼女の様子を横目に伺うと、おかずを肴に大量の米をかっ喰らっていた。
幸いにも、一連のしょうもないジジイの下ネタを気にしなかったらしい。
「……確かに、そうだな」
食べる口を止めたかと思えば、あくりは乗ってきた。
確かに彼女は天然だが、まさか下ネタに乗るとは───
「良介も。そして私もまた、どうていだ」
「げっ!」
「なっ、何をっ⁈」
「武の道、未だ
ふぅ───
良介、女の子が下ネタを口走ったと思ったら動揺するの。
中学生のガキみたいだったぞ。
───うるせぇやいっ。
ともかく───どうやらあくりは、会話の内容は理解出来ないが、それっぽい事を言って参加している感を出したかったのだろう。
男性の生理現象すら文面でしか知らなかった彼女だから、理解してしまえば驚きはない。
「えーっと、とにかくアレだ。
お前とあくりは上司と部下以上の関係にない。
という事でいいんだな?」
先ほどの騒ぎで、少し酔いが覚めたのだろう。
冷静さを取り戻した口調で源幸は話をまとめた。
「俺は最初からそう言ってるぜ?」
「わかったわかった……あくり、お前はどう思ってるんだ?」
会話の流れから、なんとなく源幸がこの場をセットした目的が読めてきた。
この男、良介とあくりをくっつけようとしているのだ。
良介自身には一兵士以上の価値などないが、葦原連邦のプロパガンダがある。
良介が生きていれば英雄の女。
途中でくたばっても、悲劇の未亡人だ。
あくりさえ生き延びていれば、葦原連邦で大きな影響力を持つ事になるだろう。
しかし松代あくりには、松代あくりの人生がある。
良介の幼馴染には、金剛寺という大地主かつ地方政治家一族出身の男がいた。
そいつとはあまりソリが合わなかったが、会話の中で華麗なる一族の息苦しさは察していた。
藩主、政治家ともなれば甘い事を言っていられないのは事実だろうが───
それでも、松代あくりは大変な人生を歩んでいる。
本人の性質的に、政治家のような人生は耐え難い苦痛に違いない。
出来れば、関わるだけで政治的になる今の良介と必要以上に絡んで欲しくはなかった。
「私は
「ほらな?
「耳の治療を受けて来い。もしくはちゃんと聞き返せ」
仕方がない、少し記憶を辿ってみよう。
うと───ではない。
この、と発音していたはずだ。
───ご丁寧にルビまで振ってあるぞ……
嘘こけ。
それはさておき───
あくりは、志村良介の事を好ましく思っているらしい。
「……本当に? い、いつの間に……?」
「自覚したのは、つい先ほど。
共に風呂に入っていた時だ」
「お前っ……やっぱりさっき……!」
「落ち着け、さっきは何もなかったぞ」
しかし、良介本人としては思い当たる節がない。
どこで一体、自覚するような事があったのか?
「良介、先ほどお前は言ったな。
なんぱ野郎の制御がなければ……生理現象が起きていたと」
あの、あくりのいぢわるな問い。
ナンパ野郎でなければ、あの浴場で良介に何が起きていたのか。
嘘をつけばよかったのかもしれない。
「生理現象……だとぉっ?」
「うーん。嘘や誤解が一切含まれていないから、
言い逃れのしようがないぞ……」
「良介。私は常々思い、困惑していた。
お前の知らない事を知るたび、内心ではとても嬉しく思っていた。
その答えが、あの問答で理解出来たのだ」
胃が燃えるように熱くなり始めた。
消化液が過剰分泌され、口から入れたものが胃壁ごと消化されていくのを感じる。
家庭を持つ事を、内心恐れている良介の病気。
言うなれば、無責任な性質が警鐘を鳴らしているのだ。
今の状況、ちょっと逃げるのムズいぞと。
「うん、なんだ。素行に問題はあるが……
なに、時間が十分解決する問題だ」
エラの恋は間違いなく良介のやらかしだが、ひとつ増えてしまった。
それも、葦原が真田藩藩主の娘。
合衆国のアイドルに引き続き、世話になっている基地の、いわば基地司令官の娘だ。
かつて
その女の子は未成年の上に、なんと基地司令の娘さんだったのだ。
あんな
幸いなのは、相手が未成年だと知って肉体的な問題は一切起こさなかったこと。
不幸なのは、精神的に不可逆な問題になっていた事。
その女の子は未だに良介を諦めていないらしく、高校卒業後は羅宮凪基地周辺の引っ越しを目論んでいるとか。
このような感じで、当該基地司令から恨まれ続けているのだ。
傷物にした以上にタチが悪い、と。
誠に、その通りである。
さて。
現実逃避の回想は十分だろう?
今目の前にある、
良介は姿勢を正し、あくりの方を向いた。
「……俺が答えを出したら。愛する人を持ったらどうなるか。
わかるよね?」
「ああ、わかっている。良介、お前は既に葦原連邦の象徴だ。
愛人ともなれば……命を狙われても不思議はない」
「だから俺は、答えを出せないんだよ。
あくりちゃんに暗殺者をぶっ飛ばせる腕っぷしがあっても、
そういうのは本意じゃない」
「お前、自分から女の子に粉かけておいてそりゃないんじゃないのか?
自覚あるなら最初から声掛けるなよ」
「い、今は話の腰を折らないでくれぇっ」
源幸の正論を司会進行の名目のもと何とか封じ、カスの暴論を押し通すため続けた。
「だから……俺がもし、帰れそうになったその時。
俺は答えを出せるかもしれない」
「お前、それ何人に言ったんだ?」
「まだひとりですぅっ!」
あくりを含めるかは明言しないというカスムーブは行ったが、必要な事は言った。
出来ればそれで───部隊の運用に支障をきたさない程度に失望してくれればいいのだが。
「何人目であろうと、構わない。
最後に決めるのは良介、お前だ」
「おぉ……本気なんだな、あくり」
肯定されると、立場がなくなってしまう!
まだ罵られたり疎遠になったりする方がマシである。
時間稼ぎには同意してもらえたが、エラ以上に断るのが難しくなってしまった。
しかし───帰還が現実的になったのだから、帰れば
───次そんな半端抜かしたら、お前を捨てるからな。
どうやって捨てるのかはわからないが、控えるとしよう。
もちろんこれは、こちらも同意見だから覚悟しろ。
半端な甘えに逃避しようとした途端に、こちらから斬って捨ててやる。
さて、苦悩するのは今のところ十分だろう。
今はあくりの心遣いに感謝するべきだ。
「……ありがとう」
「好きでやっている事だ、気にするな。
無論だが、此度の一件で部隊の運用に支障は出さん。
お前も遠慮なく、今まで通り使うといい」
「な、なんか嫌な言い方だけど……
わかった。なんとか、帰れるその時に答えを出すよ」
一から十まで、ろくにケジメをつけられない無責任野郎だが───
ケジメをつけるとしたら、それくらいなのだろう。
「……
安心したのか、力を抜いた源幸は再び猪口に手を伸ばした。