蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月22日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
万頭温泉のおかげで調子を取り戻した良介は、今日も元気に空へ───
向かうのは、少し難しかった。
「……はぁ。そりゃ、ナーガは100%こっちの技術で造ってるから、
どうにかなるけどね……」
合衆国からトンボ返りしてきたエラ達、ロング・イラグループの技術者は真田藩空軍基地に収容されたナーガを見て項垂れた。
先の葦原海───葦原の外ではバトル・オブ・アシハラと呼ばれた戦いにてF-2は大破、ナーガも主翼に穴が空いていた。
USSタナト・ク・マランスに収容されていたF-2も回収され、真田基地に回されたが───
どちらにせよ、復旧には時間を要するという
「ナーガもダメなの?」
「F-2の複合素材と一体成形技術を参考に造られた主翼だからね。
戦闘機に使える素材の錬成ともなれば、1日2日じゃ終わらないんだ」
聞くところによれば、錬金術での量産には2つの壁がある。
ひとつは解析と再現。
もうひとつは、低コストで錬成するための省力・簡略化。
それぞれは同じ錬金術でも、全く別の分野となってしまうのだ。
エラは前者の天才であり、実物の再現はお手のもの。
しかし量産体制へ乗せるのが苦手なのだ。
0から1へ踏み出すための
1を高効率かつ安定して維持するための、コストカットの天才。
錬金術による量産は常識外れの効率と精度を持つが、この天才ふたりが知識を共有し合わねばならないという手間があるのだ。
「だからあの時、引き揚げたF-2を合衆国に持ち帰りたかったんだ。
量産するのが上手い奴に実物を見せたかったからね」
「だったら葦原に……今の戦況じゃ、無理かぁ」
良介も反論しようと思ったが、すぐにやめた。
既に葦原内戦は極東地域における紛争と化しており、極東の覇権国家合衆国はリールランドと超帝国軍閥との交戦状態にある。
「あいつは元から忙しかったけど、今は合衆国の守りで手一杯……
私も本土に戻るのが難しくなっちゃったからね」
合衆国というだけあって、マランス合衆国は葦原連邦と同じく、各地方の政府を中央政府たる連邦政府が束ねるという構造になっている。
現状、この連邦政府の中枢である首都バルマトが位置する本土が攻撃を受けている。
南東部の群島地域は、現状無傷であった。
しかし無傷であっても混乱がないというわけでもない。
合衆国政府中枢が群島地方に避難しており、その受け入れでバタついているのだ。
「葦原とその群島地域への移動って、問題はないの?」
「大アリ! もう正式に交戦状態だからね。
合衆国の船や航空機は立派な攻撃対象だよ。
軍用機だろうが民間機だろうがね……
だから、護衛機も引き連れてここに来たんだ」
エラの視線を追うと、その先には───
バトルホークス、ハンクの搭乗機がそこに鎮座しており、本人も傍で整備隊と会話しているのが見えた。
───あいつら、また
奴らの搭乗機は、今の話題ではない。
視線をパツキンオールバックから、エラに戻した。
「今までみたいに、合衆国と行き来するのは難しいの」
「じゃあ、壊れたパーツも?」
「なるべく今まで通りにするけど、遅延は覚悟して欲しい」
今まで良介はF-2をメインとし、ナーガを予備機としてきたが───
予備機の、さらに予備を探しておく必要が出て来そうだ。
───ロボアニメの主人公は専用機とか試作機ばかり動かしてるけど……
普通、こうなるよなぁ。
量産機はこういうとき、そこら辺に代替機やパーツがあるからいい。
しかし試作機やら実験機となると、現用機をベースにしていない限りトラブルが起きると調達出来なくなってしまう。
実運用するなら想定すべき事態であり、それを考えるならまず行わないだろう。
それこそ良介がこの世界に来た当初の幕府軍のように、詰み一歩手前状態でもない限りは。
「うーん。調達しやすい、いい機体かぁ……」
「その辺りはもちろん、移動中に考えておいた」
「おお」
これは素直におお、である。
さすがにこの業界で長年生きているだけあって、配慮や知識が行き届いている。
この世界では新顔も新顔な良介では、遠く及ばない手の早さである。
「それが今、千葉さんが動かしてる……ほら、そこの機体だよ」
エラの案内でその機体に向かうと───
平成の軍事的解像度の低いアニメで描かれていそうな機体がそこにあった。
後退翼と単発エンジン、それに尖った形状の機首が特徴の───
確か、幕府海軍で使われていたPJA-98、略称P-98レパード。
現在はP-4───可変翼になったF-4みたいな機体に置換が進んでいるとか。
識別表をボスと確認した時は、米海軍のF-11と似ていると評していたな。
50年代半ばにロールアウトした軽量戦闘機で、最大4発のSRMを搭載可能だとか。
超音速性能、つまりマッハ1を超える速度性能を持ち、さらに世界最高高度に到達した記録もある。
しかし米海軍が性能に満足しなかったせいであまり生産されず、実戦部隊への配備も短期間に終わった。
というのも、当時は戦闘機をジェット機、戦闘爆撃機をプロペラ機に採用していた。
各種技術の進歩が進み、戦闘爆撃機の役割はプロペラ機には重くなり過ぎた。
F-11は純粋な戦闘機として設計されたため、対地攻撃能力が低い。
対抗馬のF-8は対地攻撃もある程度可能な性能をしており、汎用性があった。
米海軍はこの点に不満を抱いた。
そう、汎用性の問題だ。
20年代の現代では一般的なマルチロール化の波は、50年代にはもう姿を見せ始めていたのだ。
一方で、曲芸飛行隊に採用された事で知名度は高いのだとか。
エースコンバットに出て来ていない機体なので、良介は知らなかったが。
そういえばボスは、この機体の改修型はF-104と空自制式採用で争ったとも言っていたな。
実機のあるF-104とプランのみのF-11改修型という比較のせいで、軍配はF-104に上がったが。
閑話はこの辺で休題するべきだろう。
「リョースケの性質上、離着陸の選択肢は多い方がいいと思ってね。
海軍機にしたんだ」
この女、ナチュラルにエースコンバットちっくな事を言っている自覚はあるのだろうか。
それを実現するクソバカが隣にいるので、実質普通な事になってしまうのだが。
「単発機だから、機種転換も早く済みそうだ」
「あなたの事だから、双発機でもあっさり乗りこなしそうだけどね」
「うーん。なぜだか俺にはもう、双発機を乗る機会はない気がするんだ」
コクピットに座る機付長が合図を送ると、P-98レパードのエンジンが始動した。
F-2やナーガのそれと比べて、少し頼りなく感じた。
「あのねぇ、25年先の技術で造られたエンジンと一緒にしないで。
これが
「あ、顔に出てた?」
「ちょっと渋い顔してた」
間違いなく失礼なのだが───自分が搭乗する機体だ。
命を預ける機体の性能を不安に思ってしまうのは、仕方のない事だろう。
「エンジンの性能はちょっと微妙だけど、最高速度はあるの。
高高度からの降下を意識すれば、最新鋭のハイエンド機とも渡り合える」
「ああ、大丈夫。俺、そういうの得意だからさ」
とはいえ、F-2やナーガと比べて兵装搭載量の少なさが気になった。
長時間の作戦には不向きだろう。
「あくまで、繋ぎの機体。我慢すること」
「はぁい」
話が一段落すると、ちょうど機付長の調整が終わったらしい。
エンジンを停止させると、コクピットから降りてきた。
「ったくよぉ……ポンポン機体乗り換えやがって。
いい加減、俺ら空軍の機体に乗れってんだ」
「悪いね、双発機には慣れてないんだ」
現在、葦原連邦空軍が制式採用している戦闘機は五式・オロール・FS-1の3機種。
うちオロールは新選組の配備に留まり、残り2機種は双発機。
エンジンの数は運用面のみならず、単純な飛行でも癖が大いに異なるのだ。
「で、どう? P-98は」
「ああ、こいつならうちで十分整備出来る……
よそ様に乗り込んでる身の上で、うちって表現はアレだけどな」
そう、斗米基地整備隊は停戦終了に伴って所属が斗米基地ではなく彰義隊となった。
現在の正式名称は彰義隊付整備隊───彰義隊専属の整備である。
斗米基地は前線から遠く離れたが、最も戦闘機を整備した経験を持つ彼らは運用面で重要だと判断されたのだ。
元は松後藩空軍の整備隊だったというのに、大出世である。
「明日中には、こっちも飛べるようにしておくよ」
「てめぇも大概デタラメだよなぁ……」
「頼もしいだろ?」
「ああ、この状況じゃぁな……あぁ、おい。
ちょっとそこの、P-20の状態はどうなってる?」
機付長は視界の隅に入ったであろう、整備隊の女の子に声を掛けた。
オメガ隊初陣前の宴で良介が声を掛けていた女の子である。
「はい、既に完了しています」
「……早ぇな。お前確か、千里基地から逃れて来たんだよな?」
「はいっ。かすみ一等兵です」
「だが、千里に五式は……」
すると、機付長は少しだけ怪訝な表情で彼女───かすみ一等兵を見た。
ぶっきらぼうな態度の機付長の事だ、パワハラじみた発言をするに違いない。
偏見バリバリで判断した良介は間に入った。
「それより機付長」
「おい、お役目の話に口挟むんじゃねぇ」
「こっちもそうだよ。こいつ、P-98のエンジン始動の手順。
なんか注意点とかある? 自分で動かす前に聞いておきたい」
「あぁ……?」
機付長は自分の仕事と関わる部分であれば非常に面倒見がいい。
面倒臭そうにしながらも、しっかりと教えてくれた。
「ま、そうだな……注意を払うとしたら、回転数だな。
10じゃなく20だ」
「蒼鷹とはちょっと違うのか」
「そりゃ、練習機と艦載機じゃな……」
「すみません、任務があるので失礼します」
良介と機付長が話し込んだのを見て、かすみ一等兵は敬礼すると足早に立ち去った。
その際、どういうわけかエラと視線を交わしていたが───
「ん……ま、いいか」
それを機付長は視線で追いかけていたが、声を掛けるのを諦めた。
念のため、彼がうっかりパワハラをしないように良介は茶々を入れた。
「なんだ機付長? あの子狙ってたのか?」
「ちげぇよ。P-20は五式の発展型で整備点検の手順に共通するところも多い。
だが千里基地にゃ、五式は配備されてなかったはずだ……
どこでやり方を覚えたのか、聞いてみたくなってよ」
おっと。
どうやら良介の邪推は間違っていたらしい。
純粋に仕事のお話、それも褒めるつもりだったようだ。
「あ、そういう……」
「おめぇじゃねぇんだ。一緒にするなクソバカ野郎」
呆れたように肩をすくめると、機付長は次の仕事へと向かっていった。
良介がその背中を見送っていると───
「……あなたさぁ。もしかして、わかった上での趣味なの?」
突如、エラが理解出来ない問いを投げかけた。
なにをどう、わかった上での趣味だというのか。
いや、想像はついた。
自分の
そういう話に違いない。
確かに今のはエラに対して失礼な行動であった。
同時に、それで行動を曲げないのも志村良介という男だが。
いや、それはそれでどうなんだ。
「俺は常に、頑張る女の子の味方だぜ」
「あー、そっか。今までも素でやってたか……」
と、呆れた様子でエラは眉間を揉んだ。
「な、なんだよ。知ってただろ?」
「知ってた! ……色んな意味で」
去っていくかすみ一等兵の背を見送りながら、エラは呟いた。