蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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162 中洲作戦「Death from Above」

「降り来る死1」

央暦1970年4月28日

葦原連邦直轄領 月光

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 このP-98という機体。

 MFDはもちろん、索敵レーダーすら搭載していなかった。

 視界を確保出来る日中好天時の運用を想定した、いわゆる昼間(ちゅうかん)戦闘機というやつだ。

 

 なので、索敵の大部分は最も高性能なレーダーを持つ大助に頼る必要があった。

 

「ちぇいす。間もなく、作戦区域だ」

 

「了解。こちら彰義隊、間もなくAOに進入する」

 

 チェイスは太ももに縛りつけた地図へ視線をやって現在位置を把握した。

 赤ペンでAOを囲い、大体この辺りだとあたりをつけるのだ。

 レーダーやらデータリンクやらのない時代、なんなら現代でもやる事のある機位の把握手段だ。

 

 AOは鬱蒼とした深い森と険しい山間に位置する高速道路で、道以外はろくにない過疎地域であった。

 しかし、南の盆地には月光の市街地と果照宮がある。

 無論、そこへ至るまでの道程には障壁が多い。

 

 道路のど真ん中や森を切り開いた広場にはトーチカやテントが築かれ、歩兵が容易く越えられないようにバリケードが築かれている。

 無理やり越えようとすれば、トーチカや戦車が銃弾砲弾を投げ込んで来るという塩梅だ。

 このような壁、防御線が6重に築かれている。

 

 戦車の装甲と火力、それに足の速さがなければ突破は不可能だ。

 

「こちらフツノミタマ、ペンギン隊のAO進入を確認しました。

第一戦車隊との通信、繋ぎます」

 

「第一戦車隊、松本柳北中佐です。現在我々は奥葦原縦貫道を南下中。

先鋒から敵防御陣地と戦車複数に遭遇したとの報を受けています」

 

 これは予定通りの展開だ。

 防御陣地は容易く突破出来るほど、連邦陸軍の戦車は強くない。

 

 航空支援で消耗をなるべく減らさなくては。

 

「よーし、オメガ隊。頼むぜ、SAMを見つけたら知らせてくれ」

 

「ああ、先鋒は任せろ。オメガ隊、続け! 露払いだ!」

 

 宗治郎率いるオメガ隊のFS-1がオーグメンターを焚き、チェイス達の真横をすっ飛んで行った。

 装備は共通のSRMに、ロケットポッドか250キロ爆弾2発ずつ。

 防御陣地を吹き飛ばすには十分だろう。

 

「俺たちは多分いるであろう防空網の破壊だ。

大助、君の目が一番頼りになる。

ボスは老眼で頼りにならないからさ」

 

「ふっ。ああ、了解だ」

 

「このガキ、後で覚えとけよ……」

 

 この世界のSAMには大型ながら高性能のレーダー誘導と、小型で安価な熱源誘導の2種類に大別される。

 マインド・シーカーなる外れ値は、今回含まない。

 

 FS-1にレーダー警報装置(RWR)は搭載されていないが、隊長である宗治郎のP/A-51には搭載済みだ。

 レーダー誘導ならば、レーダーによる探知あるいは照準されればわかる。

 

 熱源誘導の場合は、撃たれてからでないとわからない。

 だからこそ、上空で待機しているペンギン隊の目視確認が重要になるのだ。

 

《見張り員より報告! 敵機、第一防御線に接近!》

 

《案ずるな、私は武揚学問所にて兵学の講師を論破した経験がある。

この程度の攻勢、容易いものだ。まずは地対空誘導弾を起動しろ!》

 

《了解、全誘導弾を起動。敵航空支援を阻止します》

 

《ああ、いや待った……本陣のものは温存せよ。

他、車両及び歩兵も本陣の守りを続けよ》

 

《そんなっ、前線には味方がいるんですよ⁈

味方を守らなくては! 戦域に展開させ、分散させましょう!》

 

《ならん! 果照宮の防衛が最優先だ!

第一防御線は諦めよ、先鋒とはそういうものだ!

敵が消耗したところを一挙に叩く! 本隊は温存せよ!》

 

 フツノミタマが敵交信の傍受を始めた。

 どうも向こうは、対空レーダーを持っていない様子だ。

 

 レーダー誘導ミサイルは文字通り、レーダーを用いて索敵・照準するミサイル。

 ミサイル本体だけを起動させたところで意味はない、付属する索敵・照準レーダーをまず動かさなければ。

 つまり、この地対空誘導弾とは熱源誘導だ。

 

「オメガ1、爆弾投下!」

 

「2、ロケット発射」

 

「3、投下完了!」

 

 オメガ隊が交戦地帯に到着し、地上部隊への攻撃を始めた。

 チェイスが飛行する高度でも、爆炎の後に黒煙が立ち上るのが見えた。

 

《あそこはもうダメだ、ロケットが銃眼に飛び込んだ!》

 

《第一防御線、各陣地から戦闘不能との報告!

また、報告のない陣地は通信が途絶しています!》

 

《ぐぅっ……他の生き延びた者は第二防御線へ撤退!

敵がなだれ込んでくるぞ!》

 

《大尉、あなたはどうするおつもりだ!》

 

《我々は殿を務める、ひとりでも多く退がれ!》

 

《了解、お供します!》

 

「防御陣地沈黙、戦車前進!」

 

 道路に浮かぶ小さな点が、黒煙に向かって進み始める。

 柳北率いる部隊が車道を南下しているのだ。

 

「ちぇいすっ、噴射炎! AO中心(ブルズアイ)から見て方位020(北北西)、距離3キロ!」

 

 大助の示した方角に、森の隙間から飛び出すSAMの発射煙!

 熱源誘導のSAMがオメガ隊への攻撃を始めたのだ。

 

「オメガ隊、SAM来るぞ! ヒートシーカー!」

 

「オメガ隊、防御態勢!」

 

 オメガ隊のFS-1がフレアをばら撒き、SAMの回避を試みる。

 こればかりは直接助ける手段がない。

 あるとすれば、発射機を仕留めて続く攻撃を止める事だけだ。

 

「ペンギン隊、交戦! SAM陣地を無力化するぞ!」

 

 反転し、急降下。

 SAMの正確な所在はわからなかったが、発射煙の根元はチェイスの記憶に収まっている。

 主翼にぶら下げたロケットポッドで吹き飛ばすのが一番だ。

 

安全装置(マスターアーム)解除(オン)!」

 

 安全装置を解除し、照準器を70ミリロケットに切り替える。

 すると、周囲から続々とSAMが打ち上げられる。

 

 その数、6。

 合計7基のSAMによる攻撃だ。

 

「最初のは俺がやる! 他のは頼んだ!」

 

「竜司、チェイス殿に合わせます!」

 

「ボスだ、一番右のは任せろ」

 

「ならば、私は左だ」

 

 急降下しつつ加速し、機体がヴェイパーコーンをまとった。

 まだまだ加速する。

 

 650(1200)ノット(キロ)に到達する頃には、地上の緑が目前に迫っていた。

 急上昇し、墜落は避ける。

 

「がっ……対地攻撃でなんつー急上昇させんだよっ……」

 

「悪いねご老体、シニアコースのご用意はないんだ」

 

「黙れっ」

 

「会話できてる時点で、ボス殿も大概ですよっ……!」

 

 この時、ペンギン隊はオメガ隊とSAMの間に割り込んでいた。

 熱源誘導は熱を捉えて追尾する性質上、誤誘導が多い。

 

 飛翔していた後発のSAMは針路を変えてペンギン隊に狙いをつけ始めた。

 

「SAMがこっち来た、喰らうなよ!」

 

 互いに超音速での接近、SAMの機動性は限界だった。

 ミサイルは降下が間に合わずにペンギン隊の真後ろを突き抜け、鬱蒼とした森に飛び込んでいった。

 

「誘導弾、命中なし!」

 

 オメガ隊の無事を確信してから、チェイスは照準器のサークルをSAM周囲に合わせた。

 

 SAM発射機が全速で移動していれば、エンジンの排熱を陽光のシーカーでも捕捉出来るかもしれない。

 装甲などあってないようなSAM発射機、SRMの1発で爆散だ。

 

 しかしあくまで、全速力で移動していればだ。

 さらにこの後、敵航空機の増援がやって来る可能性はあり得る。

 不確実な攻撃は避け、SRMを温存するべきだろう。

 

「攻撃開始!」

 

 発射スイッチを押し、主翼の70ミリロケットが放たれた。

 場合によっては戦車攻撃も想定した弾頭、破壊力は半端ではない。

 

 発射したうちの1発が木々の合間に偽装した対空陣地に着弾すると、小さな爆発に続いて大きな火柱が上がった。

 どす黒い煙を突っ切り、緩やかな上昇を始める。

 

「ペンギン隊の戦果確認、4基破壊!」

 

 オメガ1のWSOである赫助が報告した。

 それぞれに確認する手間が省けてありがたい限りである。

 

「まだ3基ある、旋回してもう一度だ!」

 

 ロケットは残り8x2発、あと2回攻撃出来る程度は残っている。

 残る3基のSAMを殲滅するには十分な残弾だ。

 

 高度を確保してから旋回し、再び敵対空陣地へ向かう。

 もちろんチェイスも敵が指を咥えて待っているなどと、甘えた考えは持っていない。

 

「敵、誘導弾発射! ペンギン隊狙いです!」

 

 フツノミタマの報告。

 視線をやると、白煙が森の中から立ち上がる最中だった。

 

「ディフェンシブ!」

 

「回避します!」

 

 フレア投下ボタンを押し、偽の熱源をそこら中にばら撒く。

 状況はあまり芳しくない、旋回で機動するための速度が殺されているのだ。

 

 だからこそ、工夫で対処する必要があった。

 

「地形で回避する! 旋回中断、続け!」

 

 少しだけ周囲から浮いて(・・・)いる丘。

 その稜線の下へ滑り込むように、機体を低空飛行させた。

 

 チェイスが先陣を切って隠れ、ペンギン隊も後に続く。

 ヒートシーカーは愚直に熱源を追い掛ける代物。

 間にある地形を回避するという発想は存在しなかった。

 

 ペンギン隊の熱源を見失った敵のミサイルは、丘やその向こうへ突っ込んだ。

 続いて、ドカドカと風防越しにも届く爆音を響かせた。

 

「ペンギン隊、状況!」

 

「2、被害なし!」

 

「4、問題ない」

 

「3無事だ! くそっ、お前の無茶に付き合う事になるとはな」

 

「予習しといて正解だったろ?」

 

 ボスの悪態に、チェイスは余裕の笑みを持って答えた。

 もっとも、低空飛行に関してはボスの方が上なのだが。

 

「柳北です! ペンギン隊が誘導弾に追われるのが見えました、無事ですか⁈」

 

「ああ、滑り込みセーフだ! 待っててよ、柳北さん!

すぐ片付ける!」

 

「……チェイス殿は相変わらず、女子と見ると手が早い」

 

「りゅ、竜司ちゃん。それは風評被害ってやつだぜ?」

 

 実に正確な評価というものだろう。

 地形に沿って北上、すぐ左手西方には陸の前線があった。

 

「失礼、上を通るよ!」

 

「なんだっ、戦闘機⁈ どこから現れた!」

 

「味方です、発砲禁止!

……良介くん、無茶してくれるなぁ」

 

 ペンギン隊は旋回しつつ彼らの真上を通過し、敵陣地に迎撃する暇すら与えず通過した。

 目標は先ほど攻撃した対空陣地。

 SAMの砲塔旋回が追いつかないうちに、再び叩く。

 

「ペンギン隊各機、データリンクで特定した敵座標を送ります」

 

「俺の分は?」

 

「無理です、ペンギン1!」

 

「だよね!」

 

 チェイスが今搭乗するP-98には、データリンクなどという大仰な装備はない。

 昔ながらの目視照準・捜索が必要だ。

 それはあまりにも危険過ぎた。

 

「仕方ない、俺が囮になる! みんながやってくれ!」

 

 当てられないのならば、敵の注意を惹くのみ。

 チェイスは敵陣ど真ん中で機体を急上昇させた。

 

《見えたぞっ、海軍の戦闘機だ!》

 

《対空砲、攻撃はじめ! 1つずつ減らしていくぞ!》

 

 敵陣地はもちろん、南に広がる市街地や本陣からも砲弾が打ち上げられた。

 高度を上げれば、あらゆる敵の防空火器が狙いをつけてくるのだ。

 

 やめてね、食らったら普通に死んじゃう。

 

「チェイス殿⁈」

 

「問題ない、竜司。ちぇいすならば」

 

 曳光弾がミラーを横切り、高射砲の炸裂が小さな黒い雲をばら撒いていく。

 しかし、敵弾が目前を通過する気配はない。

 突然の事に、砲の旋回が追いついていないのだ。

 

 しばらくは当たらない。

 旋回して背面飛行に移り、ロールさせて敵から見たシルエットを変形させる。

 

 目的は、敵射手の距離感を狂わせること。

 目視照準の攻撃には、相手との正確な距離感が重要になる。

 それを外せば、命中率はガタ落ちする。

 

《どうしたっ、もっとよく狙え!

砲弾にも限りがあるんだぞ!》

 

《目視照準なんですよっ、簡単には当たりません!》

 

 その頃には、ペンギン隊の面々がSAMを攻撃していた。

 3つの火柱が上る。

 

《こちら第二防御線、被害甚大! 降り来る死(デス・フロム・アバブ)に手も足も出ない!

増援を求む!》

 

《前線から増援要請! 兵力が足りていません!》

 

《ならん! 本隊を温存し、敵部隊が弱ったところで投入する!

現状の戦力で遅滞戦闘に努めよ!》

 

《くそっ、神祇官から派遣された司令官。味方を見殺す気か⁈

使い物にならん!》

 

《馬鹿、通信で言うな! 聞かれれば何をされるかわからんぞ!》

 

《その時はこっちから出向いてぶっ殺してやる!》

 

 ひとまず、温存されている分を除けば敵のSAMは全てだ。

 降下を始めて敵対空砲の目を避けながら北上する。

 

 この位置こそ、敵防御線の後方。

 最前線はすぐ目の前だった。

 

「こちらペンギン1、南から接近中!」

 

「うわっ、本当に来てる!」

 

 最前線の少し後方、第5防御線。

 そこでは輸送車両が最前線や後方へ、様々な方向へ忙しなく移動していた。

 

 負傷した人員の後送や、武器弾薬の輸送が行われているのだろう。

 そこのトーチカに後ろからロケットを叩き込んだ。

 

 弾薬の搬入中だったらしく、扉や銃眼といった隙間から爆炎が噴き出した。

 

《第4特火点が被弾っ、火を吹いた!》

 

《第4⁉︎ くそっ、あそこに弾薬を集めてたのに!》

 

《そんな縁起の悪いところに集積するからだ!》

 

 ロケットの残りは1回分。

 SAMの脅威は本陣に近付きさえしなければ問題ない。

 優先するべきは、やはり戦車隊の行く手を遮るトーチカと戦車。

 

 味方上空を通過する時には、ペンギン隊はチェイスの後方についていた。

 

「上空を戦闘機が通過! 蒼い機体の編隊……」

 

「じゃああれが、蒼穹の魔王⁈

先頭の機体は違うみたいだが……」

 

「新聞に書いてあったろ? 魔王は機体を選ばないんだ!

手を振っとけ、奴が俺たちを導く八咫烏(やたがらす)だ!」

 

 ペンギン隊と入れ替わるように、オメガ隊が航空支援を開始した。

 

 兵装搭載量に優れる宗治郎のP/A-51が2発の250キロ爆弾でトーチカ2つを粉砕。

 秀彦のFS-1は戦車の砲塔をかすめるかのような超低空飛行で接近すると、トーチカの銃眼目掛けてロケットを放つ。

 敬一は無難に1000(305)フィート(m)から爆弾を投下し、トーチカの後ろに集まった戦車をまとめて吹き飛ばした。

 

「敵特火点が複数沈黙! 今なら突破可能です!」

 

「ええ! 戦車前進、押し通れ!」

 

《戦車が突っ込んで来る!》

 

《66ミリを! 一矢報いてやる!》

 

《間に合わないっ、踏み込まれる……!》

 

 防御線に開いた穴に戦車隊が突貫し、バリケードやテントを薙ぎ倒しながら突き進む。

 敵陣地の戦車はほとんどが中破し、残された歩兵は車長が操作する重機関銃や、砲身横に取り付けられた連装銃で蹂躙された。

 伏せて震えていても、戦車の無限軌道(クローラー)に踏み潰された事だろう。

 

 地上の防御線では一方的な、虐殺に等しい戦況となっていた。

 

「こちら第一戦車隊、第二防御線を制圧!

被害は軽微、前進を続けます!」

 

「こちらオメガ隊、対地兵装の弾薬欠乏。

これより直接援護に切り替える」

 

「了解した、オメガ隊。敵SAMの攻撃に備え、味方戦車隊後方に展開せよ。

ペンギン隊、第三防御線を攻撃せよ」

 

 オメガ隊は対地兵装を使い切り、上空の援護を始めた。

 続いてペンギン隊も使い果たせば、前進は一時中断。

 後続の精兵隊到着まで再編成を行う事になる。

 

「ウィルコ。このまま本陣まで押し込めるんじゃないか?」

 

「チェイス、調子に乗るな! ……調子よく前進出来ている時は?」

 

 これは、昔から言われている話だ。

 ボスも座学の際、頻繁に口にしているワードであり、この世界のペンギン隊においても、何度も口にしていた。

 

「その時には罠に踏み込んでいる……でしたね?」

 

「その通りだ、竜司。敵を甘く見るな」

 

 とはいえ、フツノミタマを介して送られてくる敵司令官の発言には、到底そのような罠を仕掛けられるタイプには聞こえなかった。

 敵を甘く見てはいけないのも事実だが、過剰に重く見積もるのもまた危険だ。

 適切な評価こそが、最も肝要だ。

 

《おいっ、ちゃんと敵を食い止めろ!

市街地に入られる前に! これでは私の策が不発に終わってしまう!》

 

《では味方に増援の許可を!

頭数が足りていません!》

 

《それはならん! 本隊の戦力を維持してこそ、私の策は成るのだ!》

 

《司令部、増援を拒否! 現状の戦力で対処せよと抜かしてます!》

 

《使えない政治将校(・・・・)め!》

 

《こうなったら、独断で撤退しますか?》

 

《馬鹿を言うな、両方から撃たれて終わりだ!

戦うしかない、生き延びるために……!

おはる、おまさ……すまんっ》

 

 旋回が終わり、再びペンギン隊は南下を始めた。

 敵の第三防御線では、戦車隊がトーチカや戦車と交戦している。

 彼らが次の敵───のはずだった。

 

「こちらフツノミタマ、対空電探に感あり! 方位150(南南東)

機数16、高速で接近! 戦闘機と思われます!」

 

「流石においでなすったか!」

 

 味方が追い込まれている状況で戦闘機を呼び寄せないとは考えられない。

 敵司令官の言う策なのかは定かではないが、間違いなく狙いはCAS機だ。

 

 放置すれば、任務を引き継ぐ精兵隊や海軍の部隊が餌食にされる。

 ここはペンギンとオメガが対処しなくては。

 

「ペンギン隊、迎撃に向かう」

 

 ペンギン隊は上昇。

 敵機を迎え撃つ態勢に入ったオメガ隊と並んだ。

 

「オメガ1、空戦の準備は?」

 

「オメガ1から11まで、各機万端だ」

 

 同じく先頭を飛ぶ宗治郎と視線を交わし、敵機が展開する真正面へ視線をやる。

 16機という桁違い───いや、この世界ではさほど大規模ではないか。

 

「フツノミタマ、敵の機種は?」

 

「五式と……F-24が少数! クルーヴィナ連邦製の戦闘機です!」

 

 五式は言わずもがな。

 F-24はク連製の新鋭戦闘機だ。

 

「チェイス、前に話したよな? あの23-01っぽい奴だ」

 

「覚えてるけど、23-01とか言われてもわからないよ。

F-35Bみたく、エンジン腹に抱えてる奴だっけ?」

 

「ただし、垂直離着陸(VTOL)用じゃない。短距離離着陸(STOL)用だ」

 

 イグルベ隊が運用しているF-21の後継機として設計された機体で、短距離離着陸(STOL)能力を高めるべく、機体中心部にリフトエンジンを持つ特異な機体だ。

 シルエットはF-21で特徴的だった機首を現代的な尖った形状にしている一方、主翼に関してはF-21のものをそのまま流用しているとされる。

 これをメーカーのやる気のなさと見るべきか、必要十分であれば流用も辞さない合理性と見るべきか。

 

 それはさておき、後継機とはいえ似たところがある機体というわけだ。

 

「F-24を導入した藩があるとは聞かんな……

ク連め、唐津藩以外にも粉をかけているな?」

 

 仮にも宗治郎は藩空軍のトップを務めていた人間。

 他の藩がどのような機体を導入しているのか、把握している。

 

 そんな彼が導入を知らない機体。

 少なくとも幕府の定めた、正規の手段で持ち込まれたものではないのは確かだ。

 

「ボス殿。そいつの弱点は?」

 

「そうだな。一番の特徴のリフトエンジンは離陸にしか使えん。

運用はともかく、戦闘面ではいつも通りやればいい」

 

 あくまで、最大の売りは短距離離陸能力。

 イチオシ機能は、戦闘で使えないのだ。

 

「だが、油断するな。旧式機じゃないんだ」

 

「了解です」

 

 チェイスが操るP-98にレーダーはない。

 そんな機体に乗っていても、視界だけは風防越しに得られる。

 

 白みがかった空に、黒点が浮かびあがった。

 

「敵機のシルエットを肉眼で視認」

 

「全機へ! 果照宮への接近は避けろ、全力で迎撃してくるぞ!」

 

 敵司令部のある果照宮では、温存されている対空火器が稼働状態で待機している。

 もし不用意に近づこうものなら、対空砲だけでなくSAMもじゃんじゃか打ち上げられる。

 死が風防のすぐ真横まで迫るのは、言うまでもない。

 

「オメガ隊、陽光に火を入れよ」

 

 宗治郎からの合図でオメガ隊各機がシーカーに魔力を送り込み、誘導装置を覚醒させる。

 空戦の準備がここに整った。

 

「敵機、間もなく誘導弾の射程圏内!」

 

 本来ならば、ここで真っ先にミサイルを撃ち合って背中を向けて逃げる。

 この流れを双方行うのが通例だ。

 

 しかし───今回は違った。

 

「まだ撃って来ない……!」

 

「確実に当たる距離まで迫ろうというわけだ」

 

 真正面から、確実に当たる距離でミサイルを撃ちあう。

 並大抵の度胸ではない、相当な練度の部隊だ。

 

 ふと、チェイスはミラーに映った自分の機体に意識を向けた。

 主翼に提げているのはSRM陽光と───4x2発残ったロケットポッド。

 

「ペンギン隊、ロケットの残弾は?」

 

「2、8発程度です」

 

「3だ。こっちは2発あるぞ」

 

「ぺんぎん4、残弾なし」

 

「じゃあポッドは投棄しなさいって」

 

「ああ。ぺんぎん4、噴進弾投棄」

 

 大助が弾の尽きたロケットポッドを投棄して身軽になった。

 彼女の技術が最大限活用できる状態だ。

 

「大助、離脱して敵の隙を伺って」

 

「相分かった。任せろ、ちぇいす」

 

 大助のYP-27が東へ離脱し、これから起こる空戦から距離を置く。

 いつも通りの、隙を見つけて一撃離脱だ。

 

「2と3へ、俺の合図でロケットの残弾を敵編隊に向けて全投射。

その後はポッドを投棄して、アドリブ全開だ」

 

「ペンギン2、了解しました……

ですが、チェイス殿? 噴進弾での撃墜は困難では?」

 

「なるほどな……竜司。ロケットで撃墜するのは、なにも敵機に限らねえぞ」

 

 どうやらボスは、チェイスの考えを正確に汲んでくれたらしい。

 そう、ロケットは必ずしも地上目標や航空機を撃破するものではないのだ。

 

「チェイス。なにやら、策があるらしいな?」

 

「ああ。うまくいったら、そっちの被害も最小限に出来る」

 

「俺に仔細はわからんが、お前なら出来る。頼むぞ、蒼穹の魔王!」

 

 宗治郎の言葉は完全に無根拠だった。

 だからこそ、その期待に応えなくては。

 

 その機会まで、そう待つことはなかった。

 

「噴射炎!」

 

 秀彦の報告は素早かった。

 敵編隊の主翼から炎と煙が迸り、陽光が放たれた。

 

 狙いは編隊の先頭を往くチェイスと宗治郎。

 

「ロケット斉射!」

 

 ポッドに残った火を吹く矢をすべて放つ。

 超音速状態から放たれたロケットはマッハ2級の超高速で飛翔し、ペンギン隊やオメガ隊を追い抜いた。

 

 そしてモーターが発する排気熱と空気との摩擦熱は、敵の放ったミサイルの興味を惹いた。

 敵ミサイルの挙動が乱れ、真っすぐ飛翔して推進剤の尽きたロケットへ。

 

 空中に10以上の爆発が起こり、さらなる熱源が巻き起こる。

 敵が放ったミサイルはこの衝突に惑い、あらぬ方向へと向かう。

 

「噴進弾で誘導弾を……⁉」

 

「見事だ、チェイス……!」

 

「GUNに切り替える!」

 

 この混乱でSRMを撃つのは危険だ。

 光学照準器を覗き込み、空の世界を我が物顔で飛ぶ人間(いぶつ)に狙いをつける。

 

 最初に目に入ったのは、曳光弾の光。

 素早く操縦桿を倒してロールさせ、煙の向こうから伸びる光線をかわす。

 

「悪いけど、俺の勝ちだ」

 

 その線を辿り、照準を合わせる。

 4門の20ミリ機関砲が火を吹き、黒煙に飛び込んでいく。

 

 それから間もなく、新たな火が煙の向こうから飛び出してきた。

 敵の五式は破断した左翼から火を吹き、スピン状態に陥って錐もみ降下を始めていた。

 

 2つの編隊がすれ違い、敵編隊から6機が脱落した。

 彰義隊に被害は見受けられない。

 

「オメガ1、敵機を撃墜」

 

「2と3も撃墜してます!」

 

 そのままペンギン隊は宙返りのために上昇を始める。

 チェイスが上を向いて後方を確認すると、向こうも同じことを考えていたらしい。

 

 例のF-24も上昇しているが、妙に旋回が速い。

 旋回のGに耐えつつ注視すると───

 その胴体の違和感に気づけた。

 

「あいつらっ、リフトエンジン使って旋回してやがるっ!」

 

「んなあほなっ! あれは離陸用だぞ⁈」

 

 胴体上面にはリフトエンジン用の吸気口があり、その扉が開かれているのだ。

 ならば、飛行中にリフトエンジンを使っているとしか思えない。

 

「ぶっ壊れる以前に、制御出来るとは思えん! 連中、相当な練度だぞ!」

 

 中央政府たる幕府に導入を察知されず、かつ特殊な機体の特殊な操作を実戦で行える練度。

 導入が内戦開始前後だとしても、明らかに機体の習熟が早過ぎる。

 

 この部隊、何か裏がある。

 チェイスの勘はそう言っていた。

 

「ペンギン1へ、返答は不要です。気付いていますか?

現在交戦中の敵部隊、交信がこちらの技術で傍受出来ません」

 

 フツノミタマが敵の交信を傍受出来るのは、合衆国から供与された技術もあるが、元は同じ葦原の軍隊であるため、暗号化の癖を把握出来るという事情と合わさったものだ。

 そのルールが、今交戦中の部隊には適用されない。

 

 敵部隊の熟達した腕前といい、興味深いファクターである。

 

「気を付けてください、ただものではありません」

 

「ああ。助言、ありがとうっ」

 

 ペンギン隊が宙返りの頂点にたどり着いた頃には、2機のF-24はチェイス達を狙っていた。

 伏線を回収するなら今だ。

 

「大助!」

 

 合図はするまでもなかった。

 その頃にはもう、大助のYP-27は低空からオメガ隊の戦闘を突っ切り、敵機の真横に迫っていたためだ。

 

 味方から報告を受けたのだろう。

 敵編隊は咄嗟に低空に向かって散開し、大助の放ったミサイルを回避した。

 

 彼女の攻撃は失敗したが地の利、いや天の利を得たのはペンギン隊だ。

 

「ボスと大助は東のを! 竜司ちゃんは俺に続け!」

 

「了解ですっ!」

 

「よし。大助、俺の合図で仕掛けろ!」

 

「相分かった」

 

 チェイスと竜司は降下し、F-24を追尾する。

 

「……チェイス殿。この者の思念、奇妙です。

何も読めません」

 

「まあ、そういうこともあるよ!」

 

 状況が状況だけに、竜司の懸念は流すしかなかった。

 本来、相手の考えなど読めないのが普通。

 それ以上の事は、この場で考えていても仕方がない。

 

 それよりも、今追い掛けている相手の方が問題だ。

 リフトエンジンを活用するという特異な戦法を行うF-24はやはり、追尾中も違和感を拭えなかった。

 

 通常の航空機を追尾している時と異なり、少しずつ上方向へスライドするような。

 長年様々な機体を追ってきたチェイスも感じた事のない違和感だ。

 

 エンジン自体もそれなりに強力で、P-98の推力で追いつくのは難しい。

 竜司のオロールも同様で、最高の位置につくまでもう少し時間を掛ける必要があった。

 

 だが、ミサイルなら話は別だ。

 

「ロックオン、FOX2!」

 

 敵のノズルが見える場所にあり、ロックオンのトーンも安定。

 外す余地はない。

 鎖を引き千切らんばかりのトーン音で泣きわめくミサイルを放った。

 

 チェイスの想像通り、ミサイルは一直線に敵F-24へ向かっていくが───

 フレアを撒いた直後、急速に上方向へスライドした。

 まだリフトエンジンの推力に余裕を持たせていたのだ。

 

「な、なんだぁ……? 滅茶苦茶な動きだ」

 

 ミサイルのシーカーが完全に想定していない動きなのか、陽光は完全にフレアに誘引されて虚空へと消えていった。

 チェイスのP-98に積まれたSRMは残り1発。

 

「ですが、あんな動きそう何度も出来るものではありません!

竜司、撃つ!」

 

 そう、リフトエンジンはあくまで離陸用の代物。

 長時間高出力に耐えられる設計ではない。

 

 竜司がミサイルを放ち、敵機に向かっていく。

 だが───想定が甘かった。

 いや、このような想定が出来るはずがなかった。

 

 敵機はミサイルの発射を確認すると、素早く旋回を始め。

 オメガ隊が繰り広げる空戦の中に飛び込んだのだ。

 

 別の空戦に飛び込んで、撹乱する作戦か。

 そう簡単にはいかない戦法だが───

 敵には実現させる技術があった。

 

 奴は敵機を追尾するオメガ隊の間を飛び抜けたのだ。

 

「オメガ7、誘導弾ッ!」

 

「なに……⁈」

 

 オメガ7だ。

 彼が敵機を追っている所に、F-24が過ぎ去る。

 すると、熱源を追う陽光の標的が彼に移った。

 

 炸裂。

 背後から狙ったわけではなかったうえに、竜司が事前に警告したおかげで直撃は免れたが、被弾した機体は炎上していた。

 

「オメガ7、申し訳ないっ! こちらの誘導弾です!」

 

「くっ、そ……オメガ7脱出する!」

 

 風防が砕かれ、コクピットから搭乗員が放り出された。

 

 ここは敵の領域。

 彼が無事、連邦側の領域へ脱出できることを祈るしかない。

 

「……味方殺しを強いるなんて!」

 

「落ち着いて、竜司ちゃん。相手はあんな無茶を実現させる腕だ。

どんな技で逆転してくるか、わかったもんじゃないぞ」

 

 チェイスも時々やるため忘れてしまいそうになるが、ミサイルの間に割り込んで追尾先を変えるのは、普通にあり得ない技量である。

 それを平然とやってのける相手。

 

 色々な意味で、普通ではないと見るのが妥当だ。

 

「……了解っ」

 

 感情的になっては、相手が出す兆候を見逃してしまう。

 腹の立つ相手だからこそ、冷静に仕留めなくては。

 

 ミサイルや曳光弾の飛び交う戦場を飛び抜けながら、F-24の背中を追う。

 この乱戦の中では、ミサイルを使うのは躊躇われる。

 それを含めて、奴はここへ逃げ込んだのだ。

 

「あいつ、俺たち相手じゃ振り切れないと見て駆け込みやがったな」

 

「チェイス殿っ、右後方!」

 

 素早く右旋回すると、曳光弾がミラーに映りこんだ。

 敵の五式が乱入してきたのだ。

 

「こちらオメガ3! 邪魔はさせませんっ!

チェイスさんはさっきの奴を! 梶の仇を!」

 

 そこでやって来たのが敬一だった。

 チェイス達の背後についた五式を狙い、追尾を諦めさせた。

 

「かたじけないっ」

 

「チェイスさんを頼みますっ、浅葱色のオロールの人!」

 

 敬一の助けを受け、追尾を継続。

 ほんの数十秒の隙だったが、奴は立て直してきた。

 上昇からの降下で、見下ろす状態に持ち込んできたのだ。

 

 敵主翼から噴射炎。

 

「ミサイル! ブレイク!」

 

「くっ、味方がいてもお構いなしか!」

 

 この状況下では、散開せざるを得ない。

 チェイスと竜司はフレアを撒きながら二手に分かれ、敵のミサイルを回避した。

 

 わかり切っている。

 これはチープ・ショット。

 

 機動を強いるための───

 当てる気のない、チェイスと竜司を分断するための攻撃だ。

 

 リフトエンジンを駆使した機動で、奴はチェイスの背後に食らいついた。

 

「ふたりっきりがご所望か? また熱心なファンが来たな」

 

 ボスとの座学を思い出す。

 F-24はその特異な設計から兵装搭載量はそう多くなく、ミサイルは最大4発程度とされている。

 

 この戦いで撃ったのは、推定2発。

 ならばあと2回、ミサイル攻撃があり得るわけだ。

 

 指をカウンターメジャー放出スイッチに這わせる。

 この状況下では、いつ狙われるかわかったものではない。

 

「チェイス殿っ、今向かいます! 耐えてくださいっ!」

 

「ああ、頼んだ! ……多分、向こうはそうさせないだろうけどさ」

 

 分断して各個撃破、戦いの基本だ。

 その基本が出来る側が勝つ。

 

「誰か、ペンギン1の支援が出来る者は⁉」

 

「オメガ1、無理だっ」

 

「3、戦闘中っ!」

 

「オメガ2、こいつを片付けたら行けるっ!」

 

 フツノミタマの要請に、オメガ隊は応えられなかった。

 それは仕方がない、この空では誰もが戦っているのだから。

 

 誰も頼ることは出来ない。

 

 チェイスは最大出力で垂直降下を始めた。

 P-98は最大速度こそ速いが、肝心の加速力が微妙だ。

 

 ならば、重力から力を借りるしかない。

 

 真下には月光の市街地。

 なるべく巻き込まないためにも、素早い引き起こしを意識しなくては。

 

 ミラーに一瞬だけF-24が移りこみ、内側へと消えた。

 これは、撃ってくる。

 

「ペンギン1、誘導弾来ますっ!」

 

 フツノミタマの報告。

 レーダーにミサイルが映ったのだろう、もう時間的猶予はないぞ。

 

 機首を引き上げるべきか。

 だがそれでは速度が殺され、ミサイルは容易く食らいつくだろう。

 

 フレアで誘導が外れるのを祈るか?

 P-98の性能では、大して期待は出来ない。

 

 どうする?

 このままではやられるぞ?

 

「なら、もうひとつ、無茶をするしかないな……!」

 

 操縦桿を倒し、ペダルを踏む。

 垂直降下しながらのバレルロール。

 

 速度を可能な限り殺さず、かつ機動を続ける唯一の手段。

 そこにフレアを混ぜ、ミサイルのシーカーを混乱させる。

 

 前方から迫る死に叩きつけられるか、後方から迫る死に食らいつかれるか。

 B7Rばりの危険飛行だ。

 

 そしてこれが、生き残るために出来る精一杯だった。

 

 本能が叫んだ。

 ここで決めろと。

 

 バレルロールの径を広げ、機動を切り替える。

 直後、風防の真上をミサイルが過ぎ去って大きな傷をつけた。

 

───頼むから、人を傷つける前に爆散してくれ。

 

 真下へ落ちていくミサイルを見送ったチェイスは、バレルロールをやめて機首の引き上げを始めた。

 強烈な重力加速度()が全身にのしかかり、血の気が遠のいていく。

 

 頸椎(けいつい)が軋み、内臓が圧迫される。

 死ぬような辛さだ、自分より先に機体が分解するかもしれない。

 

 ならもう、やめてしまってもいいじゃないか。

 辛すぎる、こんな事あってはいけない。

 死んだ方が楽に違いない。

 

 死がチェイスに囁いた。

 

───確かに、地獄だって今よりマシかもな。

 

 だとしても、ここで操縦をやめるわけにはいかない。

 

 頸椎と機体構造の軋む音がリンクした。

 いつ主翼が破断してもおかしくないGのなかで、チェイスは頭上に青を見た。

 

 圧倒的優位にある敵をかわし、墜落からも逃げ延びたのだ。

 

《決まったと思ったんだがな。見事だ、蒼穹の魔王》

 

 違和感のある交信。

 これは───さっきのF-24の搭乗員か?

 

「チェイス殿ッ!」

 

 チェイスが返答する暇はなかった。

 戦場を切り抜けた竜司が、例の機体に襲い掛かったのだ。

 

「ランサーとヴィクター、間もなくAOに入る!」

 

 引継ぎの部隊がやって来た。

 まずはランサー隊とヴィクター隊、連邦海軍の航空隊だ。

 精兵隊はプロペラ機という都合上遅くなるが、こちらも間もなくAOにやって来るだろう。

 

「ペンギン3だ、敵機撃墜! チェイス、待ってろ!」

 

 どうやらボスと大助は勝ったらしい。

 残るは五式だが、それもオメガ隊が勝ちつつあり───

 全体的に、連邦側の勝利に終わりそうだ。

 

 この空気を察知したのか、チェイスを追っていたF-24は機体を翻して針路を南にとった。

 残る五式も戦闘を中断し、あの機体に続く。

 

「敵部隊の撤退を確認! ペンギン1、ご無事ですか?」

 

「ああ、なんとかね……」

 

 フツノミタマからの問いに答えるついでに、加速度計へ視線をやった。

 針がメーターの赤いところを振り切っていた。

 よくもまあ、この機体も耐えてくれたものである。

 

「被弾はしてないけど、こりゃ機体ごと変えなきゃな」

 

「了解しました。空母青龍への航路は安全確保済みです。

ペンギン1、方位040(北東)へ向かってください」

 

「コピー。ランサー1、精兵隊の爺さんによろしく伝えておいてくれ」

 

「そうしよう。チェイス、誰かに送らせようか?」

 

「爺さんの介護に集中してくれ、俺はひとりで行けるから。

ペンギン1、交信終了」

 

 一段落といったところだが、残念ながら戦いは終わっていない。

 まだ足元では果照宮を巡る戦いが繰り広げられ、チェイスの知り合いである柳北は未だ最前線で戦っている。

 休むことは出来ない。

 

「ああ、わかってる……待っててくれよ、柳北さん」

 

 空母の待つ北東へ針路をとり、少しだけチェイスは柔軟運動を始めた。

 

「チェイス殿……応答願えますか?」

 

 すると、智台空港へ向かっている最中の竜司から交信が来た。

 無視する理由などない、すぐさまチェイスは応えた。

 

「はいはい、こちらペンギン1。どうぞ」

 

「申し訳ありません。私は2番機としてあなたを守るべきなのに。

何のお役にも立てませんでした」

 

 どうやら彼女は、お前を守り切れなかったと思っているらしい。

 それは───どう考えても違う。

 だろう?

 

「そんな事はないよ」

 

 おい、そんな事を女の子に言うなんて。

 お前どうかしてるぞ?

 

───お前に言ってるんじゃないから、黙ってろっての!

 

「竜司ちゃんがいなければ、俺はあいつにやられてた。

いち早く駆けつけてくれたから、俺は今回生き延びられたんだ」

 

「ですが、あのような状況に至るのが問題なのです」

 

「そんなに物事が都合よく運ぶなら、戦争なんて起こらないぜ。

そう思わない?」

 

 思い通りに事が運ばなかったから、人は戦争を起こすのだ。

 時に無計画を挽回するため、時に失敗を誤魔化すために。

 

「竜司ちゃんはよくやってくれてる。

俺みたいな、訳の分からない奴に振り回されながらさ」

 

「……ありがとうございます。

ですが、もう2度とこのような失態は起こしません。

お約束します」

 

「頼もしいよ、ありがとう」

 

 ミラーに小さな爆発が映り込んだ。

 第二波の航空支援が始まったようだ。

 

 この攻勢で果照宮は獲れるか?

 月光の地を奪還すれば、東国地方解放の橋頭堡となる。

 葦原政府も、ただでは獲らせないだろう。

 

 この後の波乱を確信しながらも、チェイスは操縦系統に違和感のあるP-98を操縦するのだった。

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