蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月28日
果ての海 AFS青龍
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
「ペンギン1、貴機を目視で確認。
管制の指示に従って着艦せよ」
ひとまず、チェイスは空母青龍が目視出来る距離まで接近出来た。
ランディングギアとアレスティングフックを展開させ、着艦準備を整える。
「ギア、フックダウン。どう、出来てる?」
「着陸脚、フックの展開を確認! 着艦に問題なし!」
何せ、Gメーターが振り切れるほどの無茶をしたのだ。
この機体は何がどう壊れていても、不思議ではない負荷を受けている。
「ああ。ドッスンする時、一番覚悟決めないとな」
着艦の瞬間。
確かに、そこが一番の問題だな。
空母は着艦するためのスペースが限られているため、どうしても接地する際の降下率が高くなってしまう。
その衝撃は、空軍機では考えられないほど荒っぽいものとなる。
果たして、無事降りられるかどうか。
「速度、
AOAの上がった状態では、前方の視界はほとんど得られない。
HUDの情報もろくにないP-98では管制に全てを託して機体制御するほかないのだ。
「ちぇっ。空軍の人間に、無茶言ってくれるぜ……」
やがて視界から空母の甲板が消え失せ、右前方にブリッジとそのマストだけがそびえ立っていた。
その背後は果ての雲海によって境界が曖昧になった水平線が真っ直ぐ引かれている。
「接地まで、3、2、1……」
どっすん!
衝撃を感じた瞬間、チェイスはスロットルを押し倒して最大出力に。
もしフックがワイヤーを掴み損ねれば、着艦出来ずに空母前方の海に落ちる。
そうならないためにも、とりあえず接地した瞬間に最大出力にするのだ。
ただし、今回に関しては取り越し苦労であった。
「2番ワイヤー!」
管制からの報告を聞き、チェイスは素早く機体を停止させた。
今回は無事に着艦成功というわけである。
「ふぅ……真田基地で何度か練習して正解だったぜ」
むしろお前、一度も着艦訓練してなかったのに空軍機で実践したのはどうかしてるぞ。
「仕方ないだろ、あの時はああするしかなかったんだから」
それはそうだが───
「失礼、蒼穹の魔王さん?」
おっと。
私と話すよりも先に、やる事があるのではないか?
そう例えば、空母の甲板要員と話すとかな。
チェイスは風防を開くと、タラップを掛けて覗き込む甲板要員を迎えた。
「ああ、なに?」
「江夏中佐の指示で、同じ機体をご用意しましたが……」
その時、彼は計器の加速度計───機体に掛かったGの値を目にしてしまったのだろう。
ギョッとした目でチェイスを見て、顔をひきつらせた。
「た、確かに……換えの機体がいりそうだ。
いやそもそも、これからまた飛ぶんで?」
「うん。早速だけどその機体に案内してくれ」
「りょ、了解……」
明らかにドン引きしている甲板要員の案内を受け、良介はP-98から降りた。
この機体は良くてオーバーホール、最悪用途廃止だろう。
「悪かったな」
別れ際にボディを撫でると、駆け足で次の機体へと向かう。
甲板の隅っこで待機していたP-98だが、SRMまでは先ほどの機体と同じロードアウトだった。
しかし、抱えているのはロケットポッドではない。
葦原における、通常兵器に分類される中で最重量級の航空爆弾である。
米空軍や航空自衛隊が導入しているMk.84の同等品だ。
良介の知る限り、地上で炸裂すれば上空
航空爆弾はミサイルと違って、
だからこそ、やゔぁいのだ。
「こいつを市街地に落とせって? 冗談だろ?」
「いえ。これは進路上の特火点や戦車部隊、
それから果照宮の敵本陣へ使用するようにとのお達しです」
「そう都合よく事が運ぶよう祈るよ」
「同感です」
果たして、この状況下で都合よく市街地戦が発生しない事があり得るのだろうか?
今、それを考えても仕方がないだろう。
それよりも、この火力があれば並大抵の防御陣地は粉砕出来る。
柳北率いる第一戦車隊の大きな助けとなるに違いない。
「ああ、だろうな……」
タラップを駆け上ってコクピットに入り込むと、甲板要員がエンジンスタートの支援を始めた。
電力とエアーが供給され、P-98が物言わぬ金属塊から戦闘機へと覚醒し始める。
「なあ、今飛行甲板で機関始動してる戦闘機乗り……
さっき降りて来たばっかりだよな?」
「何言ってるんだ、あいつが例の蒼穹の魔王だ!」
「じ、実在してたのか……?
なんてタフな野郎だ」
電力が供給され、起動した通信機からこのような交信が飛び込んで来た。
タフって誰だよ。
「クリア!」
そんな事よりも、P-98の機関が始動した。
前方に甲高い吸気音をかき鳴らし、後方に10トンの金属を浮かせる衝撃波を撒き散らす。
「こちらAFS青龍航空管制室。
ペンギン1、カタパルト発射位置につけ」
「了解。優しく上げてくれよ?」
「それは保証しかねる」
甲板要員の案内に従って、艦首側にあるカタパルトへ機体を歩ませる。
「こちら連邦海軍参謀、江夏剛明中佐である。ペンギン1、応答なさい」
停止の合図で機体を止めたちょうどその時、剛明中佐から交信が入った。
彼は今回、空母青龍にて指揮を取る手筈だ。
「はいはい、海軍参謀殿。どうかした?」
「戦況の共有を、と思いましてね。
あなたが担当いただいた月光は好調ですが一方、菜戸藩解放が少々芳しくない」
「……空軍の一般部隊が担当してるところか」
「ええ。報告によれば、エース部隊に手も足も出ないとか」
エース部隊。
そう聞いて真っ先に脳裏を過ぎるのは、例の死神。
彼がもし空へ戻って来たとしたら、そのくらいの活躍はする。
予備機の予備機という、不調も甚だしいチェイスとしては遭遇しなくて幸運というべきか。
「そっちの支援が必要?」
「いえ、例の部隊は撤退済み。地上への攻撃もなく、解放自体は間近です」
と、なると。
剛明中佐がなぜこのような私語の機会を求めたのか。
言っては悪いが、彼は社交的な性質ではない。
なにか、チェイスにのみ求められる用事があるのだろう。
そう確信出来た。
「で、本題は?」
「先ほど、電波諜報を行う我が連邦海軍の潜水艦が奇妙な信号を捉えました」
電波諜報、いわゆるSIGINTというやつか。
潜望鏡とアンテナだけを海面から出して、政府軍が発する電波を傍受しまくっているのだろう。
「果ての海、その上空から鮮明な電波を捉えたのです」
この世界の航空機搭載の通信機は、そこまで高性能ではない。
AWACSのような電子機器を満載した機体ならまだしも───
嫌な予感がした。
「雲の壁の向こう、って事はないよね?」
「ええ、それはありません。ですが……来ますよ。
政府側が持つ、空駆ける巨人が」
ゴライアス級飛行戦艦、大入道。
内戦の趨勢に大きな影響を与えた空飛ぶ戦艦。
所在を悟られぬように洋上を漂っているのではとされていた超兵器が、ここへ向かっているのだ。
「どうすればいい?」
「具体的な対処など、あるのならばこちらが知りたいほどです。
ですが、事前に来ると警告するくらいは出来ます」
「そりゃそうか……」
連邦軍、かつての幕府軍も無能揃いではない。
そんな連中が
いずれぶつかる相手だったが、ここでぶつかるか。
「よし、忠告ありがと」
「撃沈まで期待しません。
ですが、我が連邦の勝利に貢献することを期待します。
葦原連邦海軍参謀、江夏剛明中佐。交信終了」
ようするに、そう言いたいのだろう。
実際、対空ミサイルであの化け物を撃墜───撃沈?
ともかく、完全破壊は無理なのだから。
「ペンギン1、発艦を許可する」
諸々の準備が整い、航空管制室が告げた。
まさに、戦場へ
エースコンバットの補給みたいなハードスケジュールである。
「ペンギン1、発艦する」
カタパルトとオーグメンターが機体を押し出し、甲板を離れる。
ほんのわずかに降下したところで、機体を上昇させる。
このP-98も、問題なく機能していた。
「ペンギン1の発艦を確認! 武運を祈る!」
バンクを振って礼を告げると、チェイスは南西へ針路を取った。
あの激戦の地、月光へ。