蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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11 夷俘島迎撃戦「IRREGULAR」

央暦1969年5月11日

夷俘(いふ)島 屋岸空港

日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊

志村“Chase”良介二等空尉

 

 良介が通されたのは、空港にある食堂であった。

 しかも単なる食堂ではない。看板には特級食堂と銘打たれ、扉の前ではボルトアクション式小銃で武装した兵士が控えている。

 

 スペシャル感が漂うのは看板だけではない。

 レトロチックかつエレガントな印象を受ける装飾と、洋食の香りが厨房から漂ってきている。

 上品な場をろくに知らない良介でも、いい感じ(・・・・)な店だと確信できた。

 

「どうぞ、掛けるといい」

 

 宗治郎は入ってすぐの円卓に腰掛けると、良介に座るよう促した。

 外の兵士が人払いでもしたのだろう。他の客はいなかった。

 

「……こうしている暇はないと思うんだけど」

 

「そう言うな、今は車を回してる最中だ。腹も減っているだろう」

 

 すると、宗治郎はウェイターに目配せをした。

 

 確かにあの空戦の直後、良介とて腹も減る。

 しかし、話を誤魔化されているようで気に入らなかった。

 

「なんか偉そうなのに、車一つすぐ寄こせないのか?」

 

「ちぇっ、チェイス殿!」

 

 反抗を隠さない良介の態度に竜司は驚くが、やはり宗治郎はそうされる覚えがあるのだろう。

 片手を挙げて彼女を鎮めた。

 

「どこまで聞いているか知らんが、乱破騒ぎがあってな。

信用できる人間が少ない」

 

 さすがの良介も覚えている。

 幕府空軍の防空戦力が壊滅した際、忍者の破壊工作があったのではないかという推測だ。

 

 竜司の母が亡くなった件に関わる話だから、忘れるはずもない。

 

「……暗殺は?」

 

「その気があるのなら、俺はとっくにお陀仏だろうな。

念のため、厨房にも人をやってる」

 

 少なくとも現状の宗治郎に良介を害する理由は考えつかない。

 反抗をやめて、促された奥の席に腰掛ける。

 

 そこで気づいた。

 位置としてはなんか偉そうな宗治郎が下座で、良介が上座になる。

 

 竜司も同じ懸念を抱いたのだろう。

 彼女は良介の隣で酷く居心地が悪そうにしていた。

 

「飛行隊士、貴官もそちらに座るといい」

 

「ですが……」

 

「見知らぬ土地でひとりなんだ。背中を預けた戦友が隣にいた方が、

安心出来るというものだろう」

 

 そう言われてようやく、竜司も席に着いた。

 見立て通り、彼女はやはり何も知らない末端なのだろう。

 

 宗治郎のお付き以外が着席すると、ウェイターが水をグラスに注いだ。

 通常、こういった場合に注ぐのは食前酒になるのだろうが、宗治郎含めてこの場にいる全員が航空機を飛ばすパイロットである。

 

 透き通るおいしそうな水なのは、飲酒飛行がご法度な彼らへの配慮なのだろう。

 

 そこでようやく話が始まった。

 

「さて。俺は幕府空軍奉行をやらせてもらっている松平宗治郎という者だ。

昔、戦闘機乗りをやっていた、しがない田舎基地司令。

しかし何の因果かこの戦、負けに負けて上位が死にまくり……

今や空軍の最上位、総裁ときた」

 

「き、基地司令が最上位⁈」

 

 我々日本人の基準でこの話を読み解いていこう。

 

 まず空軍───航空自衛隊の最上位となると、航空自衛隊幕僚監部のトップである航空幕僚長となるだろう。

 他国の軍事組織であれば、大将が近い。

 

 一方、基地司令となると少し階級が下がる。

 基地や情勢によって異なるが、大体は将補や将───少将から中将となる。

 

 こう言ってはあれだが、上位階級が死んで田舎の基地司令が軍の長。

 まともな情勢でこうなることなど、まずない。

 

───ま、まさか幕府ってのは、そこまで追い詰められてるのか?

 

 困った。困りすぎるが、今や引くに引けない状況だ。

 

「上位がやられたのは暗殺、だったり……?」

 

「いいや。数人が戦死、残りは敗戦の責で自ら腹を召した。

……そういえば聞こえはいいが、こっ恥ずかしくなってあの世に逃げたのさ。

残された人々を放っぽり出してな」

 

 衝撃的な情勢を聞かされていると、パンと前菜が来た。

 適度な固さと温かさを帯びたフランスっぽいパン、バター付き。

 

 真っ白な四角い皿には、鴨らしきロースト肉とそれに巻かれたマリネ。

 同居人はレタスっぽい葉のサラダだ。広いお皿の余白には黄色味を帯びた白濁色のソースが波を描いていた。

 

 日本っぽい風景と名前の中で、フランス料理風。

 ミスマッチ感はあるが、うまそうだ。

 

───うーん。竜司ちゃんみたいな女の子とふたりっきりなら、

うれしいんだけどな。

 

 そう考えながら、良介は隣の竜司に視線をやった。

 

「次は、私でしょうか?」

 

 彼女はそれを発言を促されていると誤解したらしい。

 とはいえ流れとしては不自然でもない。宗治郎はうなずく。

 

「よろしい」

 

「私は幕府空軍第1航空師団第35飛行隊、新選組所属。空知竜司飛行隊士です」

 

 竜司は淀みなく言い終えると、少し躊躇って10度の敬礼を決めた。

 

 10度の敬礼は、軽く頭を下げる一般的な会釈に近い。

 彼女は現在無帽───帽子を被っていないので、あの間が挙手敬礼か無帽の敬礼かの逡巡であれば。

 この敬礼は自衛隊の流儀とほぼ同一である。

 

───多分ここって、異世界でいいんだよな? 一緒なのか。

 

 それは言語が通じている時点で今さらというやつである。

 

 そう。良介がこの部屋に通される間もずっと、周囲の視覚情報は余すことなく収集してきた。

 

 まず葦原人。彼らは竜司を除いてみな日本人と大差ない容姿をしている。

 発している言語は日本語と同一、唇の動きに違和感もない。

 読み書きするのもやはり一緒。看板や標識の文字は日本語、それも現代語の範疇にある。

 

 幕府やら政府やら、聞き覚えのある組織もあった。

 ならばここは、日本の並行世界みたいなものなのではないか。

 

 まだ仮説段階だが、良介はフォークで鴨っぽい───味や食感まで鴨っぽい肉を咀嚼しながらそう踏んでいた。

 味もとてもいい。この店は見掛け倒しではない。何の肉なのかはすごく気になるが。

 

「さて。それでは、蒼い機体の旦那」

 

 宗治郎はにこりともせず、良介に自己紹介を促した。

 

「日本航空自衛隊、第11航空団第114飛行隊。志村良介二尉」

 

「……二尉?」

 

 幕府軍の階級に違和感を覚えていたが、向こうも同様らしく。

 フォークでレタスをうまく刺せずにいた、竜司の口から問うような呟きが漏れた。

 

 なお、サラダのソースはマスタード味であった。

 ピリリと辛味が効いていながらも、ひりひりする程ではない。さわやかな酸味とのバランスが絶妙である。

 

「政府軍の連中は、海外式の似たような階級を用いると聞いたことはある」

 

 という縁起でもない言葉が宗治郎の口から出ると、竜司から刺すような視線が飛んできた。

 レタスはうまく刺せないのに。

 

───そっ、そんなしょうもないことを考えてる場合か!

 

 そうだな。彼女が政府軍に抱く敵意は新鮮で、尋常ではない。

 

「お、落ち着いてよ。俺はどっちの味方でもない。むしろ、撃たれた側だぜ?」

 

「そうだ、飛行隊士。俺は似ているとは言ったが、同じとまで言ってはいない」

 

「……失礼しました、志村殿」

 

 先ほど和解したような空気であったのに、条件反射で動いてしまうのだろう。

 良介はそういう女性を笑顔にしたいのだが───今は後回しである。

 

「じゃ、それぞれ所属と名前がわかったところで状況確認と行こう。

……志村二尉。突然で申し訳ないんだが、我々大和幕府は存亡の危機に瀕してる」

 

「まあ、なんとなくわかるよ。この状況見れば」

 

「あの、志村殿。お言葉ですが、このお方は……」

 

 竜司からしてみれば、上司にタメ語で話す人間は色々と困るのだろう。

 そっとたしなめられたが、それを制したのは他でもない宗治郎だった。

 

「いやいい。志村二尉はこっちが巻き込んだ客分(きゃくぶん)だ。

改まった態度をする義理なんぞないさ」

 

「へえ。客分でいいの? もっと雑にこき使われると思ってたんだけど」

 

 宗治郎が空軍の総裁───トップであることには驚いたが、ひとつだけ合点のいったところがある。

 

 ボスを保護し、協力は惜しまないと竜司を介して告げた人間。

 それが目前にいる宗治郎なのだ。正直、印象はあまり良くない。

 

「話を戻そう。俺達は存亡の危機にある……

だから、四の五の言っていられない」

 

 宗治郎はうまいはずの鴨肉を苦々しい表情で口に運んだ。

 

 そもそも、呑気にメシがうまいと思っていられる良介の図太さの方が異常である。

 そう。食欲がわかないのか、レタスを諦めて聞き入る姿勢に入った竜司の方が正常だ。

 

「そうだな。まずはこれを見て欲しい」

 

 宗治郎お付きの人が円卓の中央に広げたのは、一枚の大雑把な地図であった。

 葦原と左上に書かれたそのシルエットは日本列島を想起させるものだったが───色々と違う。

 

 まず良介の知る日本列島は5つの島(・・・・)と沖縄で構成されている。

 

 しかし、この地図にある列島は違う。4つしかない(・・・・・・)

 パッと見だけでも似て非なるものと断じることが出来る島々に対して、良介の生まれ育った本州南の島、羅宮凪(らぐな)島にあたる地形が存在しないのだ。

 

「最初は南方の藩で起きた反乱だった。この反乱も色々あるんだが、

今はこの反乱に色んな所が呼応して……」

 

 とても器用なことに、宗治郎は煙草とマッチ棒で勢力図を描いてみせた。

 幕府軍または幕府側を示す煙草と、政府軍を示すマッチが葦原に現れる。

 

 最初の政府軍は南の方に点々と存在する小さな勢力でしかなかった。

 それが三ヶ月で大きく領土を減らされ、幕府の旗色悪しと見て寝返ったのか、半年後には政府軍と接していない、日本で言う甲信地方辺りにマッチ棒が出現した。

 

 宗治郎がざっと示した概要はそんなものである。

 

「ま、待ってくれ。半年後の動きは裏切りが出たってのはわかる。

でも開戦から三ヶ月で圧倒的優勢がひっくり返されたのか?」

 

「お恥ずかしい話だが、大きく分けて二つの理由がある。

一つは異国の飛行型巨大魔道兵器を持ち出した」

 

「魔道兵器?」

 

「そのうち専門家に教授させるが……簡単に言えば、

インチキな兵器を持ち出したと思って欲しい」

 

 巨大、というワードから良介にとってもインチキな気がしてならない。

 これはあれか、超兵器という奴だろうか。一般人(カタギ)だった時代、施設にあったゲームにWW2時代の艦船で戦うものがあった。

 

 この手の話なら宗治郎の言葉を疑う必要はないが───別角度からの意見も聞きたくなった。

 どうやら食べるのを諦めたのではなく、ウェイターから箸をもらっていた竜司に視線をやる。

 

「竜司ちゃん、それ見た事ある?」

 

「あ、あの。志村殿、話の腰を折るのは……」

 

「気にするな飛行隊士。現場に出る人間の意見も話してもらいたくて、

お前を同席させたんだ」

 

 少し酷い話になるが、確かにそこまで階級の高くない(それでも、パイロットな辺り良介と同等レベルと推測できるが)竜司が同席する理由はそれ以外に見当たらなかった。

 

 最上位の上官からの許しもあって、竜司は恥ずかしそうに口を開いた。

 

「大変恐縮ですが、私も目にしたことがないのです。山義隊長から、

話を聞いただけで」

 

「それでもいい。聞かせて欲しい」

 

「……一方的で、理不尽。電探でも探知出来ぬ遠間(とおあい)から、

一方的に火力を投射されたと。それ以上のお話はまだ不要と

仰って聞けませんでした」

 

 レーダーの索敵外から、一方的に撃たれたと。

 

 思えばこの世界の戦いを何度か経験したが、すべてが視程内(WVR)戦闘のみだった。

 レーダー誘導ミサイルを用いた視程外(BVR)戦闘は現状ではない。

 

 てっきり、それは互いに撃ち合った後の戦闘だったからだと思っていたが───

 

「うーん、WVRが基本の中で、BVR攻撃か……なんだかヤバそうだ」

 

「用語はわからんが、そう。ヤバかった。首都防空隊をはじめとして、

色々頑張った部隊はあるが……結局、幕府はかつて流刑地として

蔑んでいたここ夷俘(いふ)まで押し込まれたというわけだ」

 

「……流刑地、ね」

 

 その言葉に、良介の記憶がうずいた。

 

 良介の故郷であり赴任地でもある羅宮凪島。

 そこはかつて巨大な流刑地、あるいは蛮族の住まう土地として扱われていた歴史があった。

 

 位置的に言えば、夷俘島は北海道に近いものを感じたが───

 ともかく、流刑地扱いは故郷と同じである。

 

「幕府軍は持ってないの?」

 

「持ってると言えば持っているが、残念ながら船でな。

連中の持ち出したものと比べれば、幾分か地味だろう」

 

「巨大兵器ねぇ……」

 

 幕府軍も巨大な艦船を持っている。

 その情報にちょっとだけ男の子の心が刺激されたが───それはまた別の話である。

 

 前菜が終わり、スープがやってくる。

 具が多く見受けられる姿から、いわゆるチャウダーという奴だろうか。

 視覚的にも楽しませるためか真っ白な皿にはポツポツと胡椒らしき黒点が浮かんでいた。

 

「さて。それで第二の問題点だ。これまたお恥ずかしい話だが、

異国の最新兵器に乗り込んだ、出来る奴らが大活躍した。

異国の言葉で言えば、“エース”の存在だ」

 

「うーん、エースか……」

 

 良介、ひいては自衛官としてエースという言葉には思うところがあった。

 これは単なる陰湿な体質が生んだ隠語の類、ローカルルールなのでよそ様の言葉をどうこう言えないが───

 

「海軍の魔道兵器も、虎の子の一隻をやられた。安芸(あき)藩出身の部隊、神機隊だ」

 

「……どっかで聞いたような?」

 

「無理もない。さっきあんたが叩きのめした連中だからな」

 

 いや、この世界へ来る以前に聞いた───読んだ気がするが。

 恐らく現状は関係のない話だろう。良介は話の腰を折るのをやめた。

 

「パニッシュという機体で、魔道兵器じゃ手の出しにくい市街地のような

空域で暴れまわった」

 

「……ライトニングじゃなくて?」

 

「そいつは知らないな」

 

 ならばあの縦配置の双発機はパニッシュというのだろう。

 良介の知るイギリス機とは違うわけだ。

 

 ズズズと隣から聞こえる異音から意識をそらしつつ、良介もチャウダーを口に運んだ。

 この存在感を強く主張する魚介の気配はやはり、クラムチャウダーだ。

 

───あれれ? クラムチャウダーってアメリカ料理じゃなかったっけ?

 

 あくまで、似ているのだ。同一の料理ではない。

 そんなつまらない重箱の隅をほじくる暇があるのならば、もっと重要なことに頭を回すべきであろう。

 

 そう例えば、目前の信用できない男の言葉である。

 

「葦原の航空機は他国と比べて未だ発展途上。幕府も幕府で、

繋ぎと研究のために他国から輸入したり、独自研究に精を出していたわけだが……

いかんせん、大戦で洗練された国の舶来品が相手では勝てん」

 

「大戦? 葦原は関わってないのか?」

 

「なにせ、反対の果てユーロネシア大陸の戦だ。東の果てじゃ、

せいぜい船の行き来が滞るくらいだ」

 

 分類上現代だが、昭和の香りが強く漂う日本。

 そこから良介は勝手に大日本帝国、続いて世界大戦を想起していた。

 

 世界大戦ともなれば、ある程度の規模がある国家は何らかの関与を避けられない。

 直接関係のなかった南米ですら、ブラジルがヨーロッパに派兵していたぐらいなのだから。

 

 そう、大航海時代が終わって以来、世界は海で繋がった。

 繋がっているからこそ、大きな潮流に巻き込まれるのだ。

 

「でも、地球って繋がってるじゃないか。海で……

あ、地球って呼び方じゃない?」

 

 少なくとも良介はこの目で夷俘島の海を見てきた。

 海があるならば地球のように反対側があるはずである。

 

 これが良介のいる地球の基本である。

 世界を見たうえでフラットアースを真に受けるほど、良介とて愚かではない。

 

「……うん?」

 

「あれれ?」

 

 しかしどうやら二者の間に何らかの───地球の呼び名とかそれ以前の段階にある、根本的な認識の齟齬があるらしい。

 そこに一足早く気付いたのか、竜司が付け足した。

 

「えっと、志村殿。私たちの住む浮世……海は繋がっておりません」

 

「なにっ」

 

「……ああ、そうか。おたくらの住む世界は、そうなっていたな」

 

 軽く息を吐くと、宗治郎は竜司に視線をやって続けるよう促した。

 

「東西南北に、果てがあるのです……葦原の東に広がる海、

そこは果ての海と呼ばれます。北には灼けた大地が続く(ほむら)()

どちらも踏み入って戻った者は誰一人いない、この世の果てです」

 

「焔の世……燃える世界(ワールド・オン・ファイア)か」

 

 その一言に良介はこの世界に来て二番目に混乱した。

 落ち着くために、透き通った素晴らしい水を含む。カルキ臭さがなくて、とてもおいしい。

 

「うーん、いい水だ」

 

「ありがとうございます。釜飯岳で取水した湧き水でございます」

 

「……エキノコックスとか、大丈夫?」

 

「細菌、寄生虫の類は浄化魔術により除去されております」

 

「救われる人が多そうな技術だな」

 

 この水は良介が地球で飲んできた、良質な水との違いは感じられない。

 口に含んだ途端に酸性で顎が溶けて、ポタポタ垂れるのなら差異を強く感じるだろう。

 

───恐ろしい想像をするな、飲んだり食べたりが怖くなるだろ。

 

 とりとめのない話題とおいしい水で心を冷まして、状況と向き合う。

 

 良介の目に異常がなければ、地形の見え方は地球と大差がない。

 なんらかの未知の力が働いているわけでなければ、大きさや重力、形状は地球とほぼ同一のはず。

 

 くっきりとした水平線が見えるのならば、少なくとも球状にはなっているはずだ。

 さもなくば、今立っている大地は物理的におかしくなる。

 

「ま、参ったな。いったいどんな風に果て(・・)があるんだ?」

 

「果ての海には、常に強烈な嵐を孕んだ雲海が広がっています。

船や飛行機が近づけば、たちどころに沈められてしまう。

時折、ここからはぐれた雲が陸地に上陸して甚大な被害をもたらします。

焔の世も、飛行機で越えたとしてもいずれ同じ雲海にぶつかります。

志村殿。あなたが出て来た雲も、この雲海からはぐれた雲です」

 

 なるほど。

 つまり、北と東に隣国と呼べる勢力がいるどころか、通行すら不能というわけである。

 警戒する方向が限られているのは、正直ちょっぴり羨ましい。

 

「うーん。でもあれ、そんなに荒れた雲じゃなかったと思うけどな……」

 

 どうやら葦原は日本とは大きく違うらしい。

 太平洋は荒れることはあれど、前人未到と呼べるほどのものではなく。

 

 第2世代程度のジェット戦闘機を製造できる技術があるのなら、太平洋横断は余裕のよっちゃん。

 それでもなお、未踏の海域が存在しているとなると。

 

 果ての海の嵐とやらは、それはもう尋常ではないのだろう。

 

 スープが終わり、メインディッシュに。

 主菜は白身魚のブレゼ───蒸し煮であった。

 

「い、異国風の煮付けでしょうか? おいしそうです」

 

 金髪碧眼の竜司は、その見た目にそぐわぬ初々しい反応を見せた。

 葦原の事を詳しく知らない良介が初々しいと断じるのは、かなり早計だ。

 

「……正直、果ての海は気になるけど、今は置いておこう。ユーロネシア?

そこの大戦も、機会があったら。今はやって欲しい事と……

ボスがどうしているのか。それだけ教えてくれればいい」

 

 本や画面の向こうにしかなかった冒険。

 幼い頃、渇望し続けた冒険。

 

 それが今、良介の目前に広がっていた。

 残念ながら、立場と状況が楽しむ余裕を与えなかった。

 

 前菜(たてまえ)副菜(りゆう)も、今は重要じゃない。

 主菜(ようけん)こそ、いま最も知るべき状況である。

 

「ボス……あんたの上司だな。救助隊に保護され、今は病院で治療を受けている」

 

「病院で?」

 

 宗治郎の一言で安堵し、竜司の呟きでまた心を乱される。

 

「病院の治療で、何か問題が?」

 

「……こればっかりは、口で説明してもわからんだろう。

後ほど、病院に案内する。説明はその時に」

 

 宗治郎は気に入らない人間だったが、少なくとも銃を突き付けて交渉(・・)に臨んだりはしない。

 今のところは、その言葉を信じるしかなかった。

 

「さて……やって欲しい事は単純だ」

 

 先ほどまで椅子で踏ん反りがえっていた宗治郎は、食事中にも関わらず立ち上がった。

 すると、お付きの人を伴って良介のもとまで歩み寄り───

 

 跪き、額を床につけた。

 

「頼む、志村良介二尉。幕府の勝利、いや。俺たちはもう、勝利すら望めん!

だから、まともな停戦を結べるだけの延命(・・)を手伝ってくれ!」

 

「お願い申し上げる!」

 

 土下座。

 やはり、葦原には日本に近しいところがあるのかもしれない。

 

「そ、総裁っ⁈」

 

「止めるな飛行隊士っ、お前にその権限はないぞっ」

 

 制止を禁じられた竜司は困惑しつつも、上司に習って頭を下げた。

 

「お願い申し上げます! ……志村殿のお力があれば、百人力です!」

 

 泣き落としと来たか。

 

 良介は広げっぱなしの戦況図を見やった。

 幕府が勢力圏を維持できているのは夷俘島のみ。

 残りは本州の北端にわずか残されているばかりで、他全ては政府軍に支配されている。

 

 防空戦力も、本拠の守りにSAMはなく、直掩機のパイロットも民間から徴発した新兵しかいない有様。

 夷俘島は巨大だが、恐らく守るための戦力が足りない。

 じき包囲され、守りの薄い地域からじわじわと上陸され、幕府は夷俘島でも追い詰められるだろう。

 

 終わりだ。

 普通なら抗戦を諦めて、白旗を掲げながらどう負けるかを考える段階である。

 

 それでも、竜司をはじめとして少なくない人間が戦意を持ち続けている。

 その理由を聞きそびれてしまったが───ただ事ではない。

 ならここにいれば、自ずと知れるだろう。

 

「わかった、頭を上げてくれ。どっちにしろ、俺に選択肢はないんだ」

 

 良介が椅子から立ち上がると、宗治郎もまた同じく顔を合わせた。

 

「……礼を言う、蒼の神兵」

 

「神兵って言うの、どうにかならない? 日本(うち)の……

触れて欲しくない歴史に触れちゃってるんだけど」

 

「悪いが、俺らはそれ以外にあんたらの呼び名を知らん」

 

 むずかゆい、というより黒歴史を突かれてギーッとなるというか。

 少なくともそう呼ばれてキャッキャするのは、陸自の空挺連中ぐらいなものである。

 

「なら俺の事はチェイスか、志村良介様と呼べ。少なくとも、神兵は禁止だ」

 

「了解した……志村二尉」

 

 良介の要望とわずかに異なっていたが、まあいいだろう。

 

 宗治郎は手を差し出して握手を促してきた(そこまで一緒か)。

 さすがに、脅しておいてそれはないだろうと良介が複雑な表情を浮かべると。

 

 彼は強引に良介の手を引き寄せ、

 

「おっ、おいっ。俺は男と……」

 

 そっと、良介の耳に囁いた。

 

「悪いな。この状況だから、誰も信用できん。味方面するやつは、特にな」

 

 だから、脅しをかけないと信用できないとでも言うのか。

 状況は理解出来るが、やられる側としては素直に飲み込めない。

 

 良介は宗治郎の目を睨みつけると、ギュッとその手を握り締めた。





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葦原略図


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葦原勢力図(物語開始時点)
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