蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
「降り来る死2」
央暦1970年4月28日
葦原連邦直轄領 月光
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
陽が傾きつつある中、チェイスは再び月光周辺のAOに戻って来た───はずだ。
「レーダーやデータリンクがないからな……
地図や計器と睨めっこして、慣性航法で把握するしかないぞ」
少なくとも、地上の景色は行きと相違ないはず。
ただ、夕方が近づいて光の当たり方が異なっているのが注意点だ。
「ふん。俺様がその程度でミスするはずがないだろう……」
そうやって慢心した奴から死ぬのだ。
お前のしょーもない虚栄心で、私は死にたくない。
気を引き締め、集中して飛行するのだ。
「わかってるよ……」
自己批判の精神から注意を受けて気合いを入れ直したその時。
通信機から交信が来た。
「こちらAWACSフツノミタマ。ペンギン1、貴機をこちらの索敵圏に捉えました。
これより管制を始めます」
どうやらミスはなかったらしい。
少しばかり安堵しながら、チェイスは応答した。
「了解。会えてホッとしたよ、フツノミタマ」
「油断するな、ペンギン1。戦いは終わっていない」
この不機嫌な声は、フツノミタマに搭乗する将校である次郎中佐だ。
どうやらゆかり上等兵に軽い言葉を掛けたのを聞いて、気分を害したらしい。
「これより、ペンギン隊及びオメガ隊と合流願います。
その速度と針路を維持してください」
「向こうから来てくれるのは、楽で助かるよ……
それで、戦況は?」
仲間たちと合流するまでの間に、チェイスは情報の共有を始めた。
どうせ真っ直ぐ飛ぶくらいしかする事がないのだ。
「第4防御線を突破、第5防御線を攻略中だ。だが……
敵防衛部隊の一部が敗走し、市街地へ逃げ込んでいる」
「盗聴した交信じゃ、死守が命令じゃなかったか?」
「命令違反した形だろうな。さっきから敵の司令官が頻繁に発信している。
防御線を死守、従わない者は銃殺するとな」
不利な戦況になってなお、その場に踏みとどまれと命じられればそうもなろう。
ようするに、お前達はここで死ぬのが役割な使い捨ての駒。
そう言われているのと大差ないのだから。
「やむなく、敵防空兵器の一部が市街地に移動した。
いいか、今度からは市街地からもミサイルを打ち上げてくるぞ」
「ちぇっ。余計な真似しやがって」
市街地に防空兵器が展開しているのならば、カタギの皆様の被害は避けられない。
まったくもって、余計な事をしてくれやがったものである。
「それじゃあ、こっちからも報告するぞ。青龍の参謀からだ。
大入道が動き出した」
その報告を受けて、フツノミタマのふたりはしばし沈黙した。
「……確かか?」
しばらくして、次郎が問い掛けた。
そんなタチの悪い冗談を言えるほど、状況は楽観出来るものではない。
「SIGINTやってる潜水艦からの報告だってさ」
「了解しました。超大型の機影に注意します」
あまりに大きな機影に、AWACSに警告しておかないと雲か何かだと誤認する恐れがある。
戦艦クラスの機影など、通常では考えられないのだから。
「こちら竜司。チェイス殿、間もなく合流します」
タイミングよく、竜司らペンギン隊とオメガ隊が合流してきた。
ペンギン隊は勢揃いしていたが、オメガ隊の頭数は目減りしていた。
補給のために離脱した際よりも少ない辺り、どうやら降りてからトラブルがあったらしい。
「オメガ隊。頭数が減ってるけど、大丈夫?」
「ああ。着陸の際に事故があってな。人的被害はない」
11機いたのが、8機に減っている。
不安要素になるが、事故なぞ起こしたくて起こすものではない。
「心配するな、あとはトドメを刺すだけだ」
「情報は聞いてるぞ、チェイス。大入道が来なければな」
ボスの指摘はごもっともだ。
大入道が来なければ、という前提だ。
来れば盤面はひっくり返る。
「……大入道が来たとして、誰かなんか作戦ある?」
「弱点は? 何か情報はないのでしょうか?」
竜司の問いに、答えられるなら答えたいところだが───
「一応、破壊は出来るらしい……くらいかな?」
大陸中央のシャルコやユーロネシアにて、ゴライアス級は何度か撃墜された例が存在する。
しかしリールランドにとって、自国超兵器の弱点を周知されるのは好ましくない。
撃墜した国も、リールランドと対立する国が味方とは限らない。
戦略クラスの兵器が持つ弱点を広めたくないのだろう。
ゴライアス級が撃墜された戦いは、ことごとく機密指定を受けて調べる事が出来なかった。
「近くに寄り、叩く。それで十分ではないか?」
大助が恐ろしく単純かつ大胆な案を出したが───
現代戦の定石とはかけ離れた発想である。
「う、うーん……空飛ぶ上に戦艦クラスの装甲を持ってる航空機だ。
SRMで有効打を与えられるかな……?」
「むぅ、確かに……」
とはいえ、脅威である主砲や三式弾ロケットを回避するのなら一考に値する。
主砲の砲塔は素早い旋回など望めず、広範囲を破壊する兵器も間近では使いづらい。
「ボス、何か案は?」
「さあな。巨大輸送機や陸上戦艦なら、何か出て来たかもな」
「ああ。それならどうにかなるんだけどね」
「巨大輸送機に、陸上戦艦……? チェイス殿の世界には、そのような兵器が?」
おっと、竜司を誤解させてしまったらしいぞ。
日本に対して妙な印象を抱かれないためにも、うまく否定しなければ───
「各機、間もなく作戦区域です」
「あっ、ちょっと……」
「チェイス殿っ、作戦に集中をっ」
───ごっ、誤解を解かせてくれぇっ!
そうしたければ、生きて帰るしかないらしい。
「……ちぇっ、わかったよ」
軽く深呼吸し、状況に集中する。
第一戦車隊は第5防御線を攻撃中。
敵航空機の増援はランサー隊とヴィクター隊が追い返している。
彼らは既に燃料が限界になり、帰還している。
精兵隊は───
「こちら睦平! 特火点を吹っ飛ばしてやったわ!」
敵のSAMが時折飛んでくる中、未だにCASを継続していた。
海軍と彰義隊の双方がいない空白の間に敵機が来る恐れもあったのに、相変わらず豪気な老人である。
「爺さん。ペンギン隊、戻って来たぜ」
「睦平、よくぞ耐えたな。オメガ隊も到着した」
「おおっ、チェイスのガキに宗治郎殿!
役者揃い踏みで、こりゃ千人力じゃな!」
第五防衛線で大きな爆発が起き、路上の黒い点が一斉に殺到した。
「ぢゃが、一足遅かったのう!」
「第五防衛線、突破しました! 最終防衛線へ向かいます!」
どうやら、残る防衛線は最後のひとつとなったようだ。
第六防衛線を突破すれば、残るは市街地と果照宮のみ。
「あれれ……俺たち、いらないんじゃない?」
「いらないということはないだろう。
本陣もあるのだからな」
市街地爆撃は気に入らないが───
もし敵が立て篭もるようであれば、選択肢に入れなくてはならない。
《市街地に逃げ惑う腰抜けども! 最終防衛線にて守備につけ!
民草を戦に巻き込むつもりか!》
《この状況で、戦車と航空支援に立ち向かえって?
神祇官の素人め、聞くに値しない! 全員、住民を追い出して拠点としろ!
我らはここで迎え撃つ!》
この交信を聞く限り、市街地戦は避けられなさそうだ。
行く当てのない住民、誰かの家から攻撃する軍人、国民の財産をパクる火事場泥棒───
ロクでもない状況が目に浮かぶようであった。
「全機へ、市街地に展開する敵勢力は一旦放置。
防衛線突破の支援を優先してください!」
「ああ。俺も街に爆弾を落とせと命じたくはない」
宗治郎との意見の一致を確かめると、チェイスは最終防衛線へ視線をやった。
最も市街地に近いというのもあるのだろう。
対戦車
この防御線で最も力が入っていると見受けられる。
《いいか、この防御線を突破させるな!
さもなくば、私の策が崩れてしまう!》
《司令官の策ってのは、一体なんなんだ?》
《さあな、神風頼みじゃないのか?》
先ほどから司令官が喚き散らかしている策。
遅滞作戦最重視ならば、増援待ちだと見るべきだろう。
増援。
その一言と、今まで得た情報がチェイスの中で結びついた。
「……ああくそ、こいつら大入道が来るのを待ってやがる」
「警告! 飛翔体を探知!」
となれば、こう来るのは当然だ。
大入道の主砲、35センチ砲!
「速度と機影から、ロケット弾と推定!」
「ロケット……⁈」
思考を巡らせる。
ロケットということは、三式弾搭載のロケットと見るべきだ。
三式弾は対地攻撃も可能な両用弾だが、主砲と目的を競合させるはずがない。
ならば考えられるのは、対空用途。
「着弾地点は……戦車隊の後方?」
違う、上空で炸裂させるのならもっと手前───南で炸裂する。
狙いは精兵隊だ!
「精兵隊! 可能な限り低空飛行!」
「な、なにぃ⁈ 下から撃たれるぞ!」
「三式弾喰らうのとどっちがマシだ!」
「ちぃっ、各機! 命張れぇい!」
ロケットはミサイルと同じく、推進剤が尽きれば噴射煙がなくなり目視は困難だ。
故に、それは唐突に起きたようにしか見えなかった。
陽の沈みかけた世界に、6つの太陽が生じた。
爆圧は凄まじいもので、加害範囲外にいるチェイス達ですら、風防が揺れた。
すぐ真下にいた精兵隊はそれだけでは済まなかっただろう。
「くそっ、精兵隊! 睦平、応えよ!」
宗治郎が問い掛けるも、返答はない。
まさか、全滅か。
誰もがそう予感しただろう。
「待て。防衛線上空に航空機! まだ飛んでいるっ!」
ペンギン隊で最も視力の良い大助が報告した。
チェイスも目を凝らしてみれば───
明らかに先ほどまでなかった火災に混じり、3機の機影があった。
あの場にいる航空機は、精兵隊だけだ。
「生存者か! だが、応答がない……通信機の故障か?」
「無理もないよ、あの爆発のすぐそばだったんだ」
エースコンバットではストーンヘンジの炸裂を真下で受けても、加害範囲でなければ無害である。
しかし現実問題、そうもいかない。
あの圧倒的な爆圧を受けて、通信機にトラブルが起きたのだ。
もしかしたら、機体の方も故障しているかもしれない。
「こちら、第一戦車隊松本柳北ッ! こちら被害ありませんっ!
ですが、私は聴力が回復していませんっ。一方的な発信以外不能です!
状況不透明なため、一時後退します!」
戦車の装甲があるとはいえ、やはりあの規模の爆発では耳もおかしくなるというもの。
柳北含め、あの辺りにいた人間は何かしらのダメージを受けた事だろう。
だが、相手は空飛ぶ戦艦。
奴らの本命はロケットではない。
戦艦の本懐はその主砲、その破壊力にある。
三式弾は空を一掃する道具に過ぎないのだ。
「くそっ……第一戦車隊、ダメだ! 前進だ! 繰り返す、突撃だ!
敵防衛線に向かって突き進め!」
「チェイス殿っ、何を⁈」
「いや竜司、それしかない! 後退すれば連中の思う壺、
主砲の餌食になるんだ!」
この混乱で後退すると、向こうは思うだろう。
主砲を照準するとしたら、第一戦車隊の少し後方。
生き延びるためには、かえって突貫しなくてはならないのだ。
《あの爆発……来たか、大入道! 遅いぞ!》
《乱気流に遭遇したんだ、申し訳ない。
3分後、主砲を斉射し、敵地上部隊を一掃する。
可能なものは頑丈な屋内に退避せよ》
やはり、砲撃が来る。
聴力がわずかでも回復する事を期待して、チェイスは叫んだ。
「第一戦車隊、進め! 大入道に狙われてるぞ!」
誰かひとりにでも届けば、指示を飛ばせるというのに。
《なんてこった……あの司令官、この状況を待ってたのか?》
《市街地に踏み込まれていれば、民も巻き込まれるから……
だから、死守しろと命じていたのか》
《……奴の方が正しかったな。総員、この拠点を放棄!
持ち場に戻るぞ!》
まともに主砲の掃射を受ければ、第一戦車隊はまず戦えなくなる。
市街地に展開していた部隊も防衛線に集結している。
間違いなく、まともに抵抗も出来ずに掃討される。
「柳北さん、進め! 死ぬぞ!」
「……この声は?」
わずかに柳北から応答らしき反応が来た。
もう猶予はない、今すぐにでも移動しなければ全滅だ。
「柳北さんっ、大入道の主砲だ!
キルゾーンから抜けるには、突っ込むしかない!」
これが聞き取れなければ、もうどうしようもない。
その意気込みで叫んだ。
「……戦車、前進! 前ッ進!」
「動いたッ、第一戦車隊が突貫する!」
《時間だ。主砲、砲雷長指示の座標! 打ィち方はじめェ!》
《主砲、打ち方はじめ!》
敵が主砲を放った。
この交信から間もなく、フツノミタマも報告した。
「飛翔体探知! 先ほどよりも小さい……砲弾、来ます!」
大入道の艦長は、伊邪哭國男から発せられたチェイス暗殺命令を一蹴した男だ。
味方ごと攻撃するような真似はしない。
「着弾予想地点……第一戦車隊の後方!
弾着、今!」
北方で複数の砂埃が舞った直後、4つの大爆発が起きた。
戦車の後退とその速度を想定した見事な偏差射撃。
柳北がチェイスの警告を聞き届けていなければ、直撃を受けていただろう。
「外れた! 第一戦車隊に被害なし!」
「やりましたね、チェイスさん!
腕だけじゃなく口で救うなんて!」
「俺は無口じゃないんでね!」
敬一の言葉に、チェイスは軽口で答えた。
しかし、問題は抜本的に解決してはいない。
三式弾の奇襲で混乱したのは、防衛線の敵も同じく。
しばらく地上の条件は一緒だ。
問題は、戦艦の主砲が一掃射限りではないことだ。
「でもこのままじゃ、第二射で修正してくるぞ!」
ボスの言う通りだ。
あれほど正確な照準をしてくる大入道。
防衛線手前で交戦する第一戦車隊にのみ命中させる。
そんな芸当すらやりかねなかった。
ならば、やれる事はひとつだけ。
「……フツノミタマ、発射地点は予測出来る?」
やるしかない。
今ある手札で、大入道を黙らせるのだ。
「はいっ! 発射地点はブルズアイから45キロ南!」
「45キロ南……月光を出て
チェイスは機体を反転させ、降下しつつ加速した。
P-98のエンジンは貧弱だが、最高速度はマッハ2に達する。
可能な限り速度を稼いで肉薄する。
皮肉にも、大助の発案を採用する形となったのだ。
「秀彦、隊を頼む! 隊を率いて戦車隊の支援だ!
俺はペンギンの支援に向かう!」
「了解っ。宗治郎殿、ご武運を!」
宗治郎がオメガ隊を秀彦に任せ、隊列から離れた。
「ひ、秀彦っ! いいのか⁈」
「宗治郎殿のP/A-51には電子戦能力がある!
それに俺たちが敵防衛線を叩けば、大入道は攻撃能力を味方の支援に割く!
攻撃が俺たちに出来る最大の支援だ!」
南に向かって爆進するチェイスの背後を追従する4つの影。
オメガ隊の宗治郎に、ペンギン隊の面々だった。
「チェイス殿、お供します!」
「お前のようなガキ、ひとりじゃ不安だからな!」
「……高速飛行は私の領分だ、ちぇいす。
仲間外れにするな」
ペンギン隊とやや遅れて、宗治郎が合流する。
「チェイス。お前にばかり任せっきりではない。
証明しよう」
今まで宗治郎───松平吉宗との付き合いで分かったことがある。
この男は必要であれば他人を利用し、使い捨てる事もする人間だ。
しかしそれは不本意で、葦原やその住民のためにやむを得ない場合だけ。
心を完全に許してはならない人間である事に変わりはないが───
少なくとも、対話不能な利己主義者ではない。
《電探に感あり! 数5、真っ直ぐこちらへ向かって来ます!》
《総員、対空戦闘用意! 主砲並びに三式噴進弾の照準を敵航空機に!》
《ならんっ! こちら月光司令部! 大入道は防衛線の支援に注力せよ!
突破されれば私の策が……美しい策が台無しになる!》
《ですが司令。敵機が懐に入れば、
我が艦の攻撃能力に被害が出る恐れがあります》
《天下無双の大入道が、なんと悲観的な事か!
戦闘機程度、ご自慢のハリネズミで対処すればいい!
神祇官の名において命ず、防衛線を支援せよ!
お前たちと違って、兵たちに分厚い装甲はないのだ!
それに月光の住民に被害を出すつもりか!》
《……了解した。主砲及び三式噴進弾、照準を月光最終防衛線へ。
対空誘導弾は敵機に照準せよ》
降下とオーグメンターの加速により、徐々に速度が溜まっていき───
速度
そこから40kmへ到達するまで、単純計算で1分も掛からない。
「第二射は撃たせませんっ!」
「ああ、それが俺たちの目的だ!」
「チェイス、なら狙うべきはわかるな!」
「主砲、ロケット砲、それに
「上出来だ! 死ぬなよ!」
この頃には、大浦藩領上空を飛行する大入道の姿が目視出来ていた。
工場から立ち上る煙の海を泳ぐ巨艦である。
《敵機、急速接近!》
《奴らもう来るぞ! 主砲、噴進弾装填急げ!》
《空対空誘導弾、発射始め!
大入道の
船の形をしているが、一応航空機なので空対空ミサイル、AAMである。
白い噴射煙が大入道の艦橋や煙突を飛び越え、斜めに降下する要領でペンギン隊に牙を剥いた。
「怯むなよ、速度そのまま!
最大出力で突っ込んで、ミサイルの機動力を越える!」
「俺たちが支援する! 赫助、ECM最大出力!」
「はっ、電子戦攻撃開始!」
宗治郎と赫助が操るP/A-51ウォーサンダーにはECM能力がある。
イルミネーターのレーダー波を無効化出来るほどの威力はないが───
ないより、ずっとマシだろう。
しかしこれでも、未だ勝ちの目は弱い無謀な戦いだ。
《敵編隊より妨害電波確認! ECMです!》
《レーダー波照射を継続、当たらないわけではない!
誘導弾射程圏を抜けた場合は近接防空火器で対処!
下方向への攻撃には注意しろ、民間区域だ!》
なにせ、相手があまりにも規格外過ぎる。
飛行して地形を無視し、主砲や広範囲破壊ロケットで長距離攻撃。
さらにミサイルや近接防空火器を山盛り、物理的重装甲で粘り強い。
魔導エンジンなる超技術で浮遊し重量制限を無視した、まさに全マシマシインチキ兵器。
それを制限著しい戦闘機で対処しなくてはならないのだ。
「誘導弾、来ます!」
「ディフェンシブ!」
真正面から迫るミサイル相手には効果が薄いとわかりつつも、チャフを投下。
あとはミサイルとの垂直の角度が90度に近付くように降下。
上下のビーム機動というわけだ。
チェイスのP-98は制限速度のマッハ2を越えてマッハ2.4に達していた。
機体構造が動揺と異音という形で悲鳴を上げ、操縦者に危機を知らせていた。
もっとも、操縦する側としては迫り来るミサイルの方がよほど危険なのだが。
上空に引かれた白線が消えた。
敵AAMの推進剤が尽き、今まさに着弾しようとしているのだ。
「当たるなよ、誰にも……!」
姿なき音速の杭が、チェイスの機体を揺らした。
爆発したかのような衝撃だったが、幸いにも実際の爆発とは違う。
《誘導弾、命中なし!》
《自爆させろ!》
直後、大浦藩上空で6つの爆発が起きた。
大入道が市街地で炸裂する前に自爆させたのだ。
「やっぱり、あんたらとは戦いたくないな……!」
だがそれでも、互いに戦う理由が存在する。
そうなった以上はやるべき事をやるしかないのだ。
《艦長! 誘導弾攻撃不能、懐に入られました!》
《近接防空火器、攻撃はじめ!》
ゴライアス級空中戦艦は、補給や人員を乗り降りさせる際には海に着水する。
その都合上、底面の防空能力は比較的低かった。
だがあくまで比較的。
決して安全ではなかった。
底面の
「全機散開! 隙を突いて奴の攻撃能力を奪うぞ!」
ペンギン隊と宗治郎は隊列を組むのをやめて四方に散らばった。
「今なら……!」
この時、ボスが敵の迎撃の隙を見つけて70ミリロケットを大入道底部に叩きつけた。
爆発が起きるが、もちろん対策済みだった。
「情報が確かなら、一番装甲が厚いのは底面です!」
「くそっ、やっぱりそう都合よくいかないか……
しかしどうやって海で浮くんだ! その構造で!」
そんな事を言われても知るわけがない。
しかしやるべきはハッキリした。
ペンギン隊がこの窮地を脱し、かつ防衛線で戦う仲間を助けるには。
ハリネズミの如く防空火器が配置された大入道上空へ出て、攻撃を叩き込まなければならない。
言うは易し、行うは難し。
まさしく、この言葉通りの状況だった。
《いくら大入道でも、900キロ爆弾をまともに喰らえばまずい!》
《だから最優先で攻撃しろと命じられたんだ! 撃て!》
攻撃がペンギン隊や宗治郎を狙うが、底面の機銃は目視照準だけ。
ならばまだ、速度を出して翻弄すればどうにかなる。
チェイスはダメ元で上昇し、大入道上空に出た。
《敵機確認! 攻撃はじめ!》
「どわわわわっ⁈」
「チェイス殿っ、退避をっ!」
直後、猛烈な数の曳光弾が機体をかすめた。
これはまずいとチェイスは攻撃する間もなく、宙返りの要領で低空へ戻ってきた。
《今のは好機だったのに! なぜ外す⁉︎》
《ECMが邪魔だ、FCSが機能してない!》
《何のための光学照準器だ、ちゃんと目視で狙え!》
ECMがなければ、ミサイルどころか機銃でやられていたかもしれない。
今まで散々修羅場をくぐってきたチェイスでも、ここまで危機感を覚えた事はなかった。
「こちら大助、敵機銃を攻撃する」
そう報告した大助は、ロケット弾を底面に命中させた。
底面の敵機銃に。
装甲化されていたとしても、砲塔型の機銃は可動域が多い。
爆発と共に、砲塔の残骸が落ちていった。
《20番砲被弾! 通信途絶!》
《やはりそこを突いてくるか……
底面の装甲は頑強だが、可動する以上は脆くなる》
《ですが、戦闘と飛行に支障ありません!》
《その通りだ。ダメージコントロール班を出動させろ!》
相手は装甲お化けだが、工夫すれば壊せない事はない。
「ナイスだ、大助! ロケットなら底面の機銃はいける!」
「誰か、エンジンを試した者は?」
「対策があるだろうし……おすすめは出来ないな」
すぐ下は市街地だ。
この兵器を満載した巨体が落ちれば何が起きるか。
家や工場が破壊され、復興に多大なコストを要するだろう。
「……うむ、そうだな。なんとかするか!」
しかし───復興に多大なコストか。
「考えが浮かんだか?」
チェイス、底部の機銃をありったけ破壊しろ。
何なら砲塔が脱落した跡地を攻撃してもいい。
ダメージコントロールに人員を割かせて、上空への迎撃能力を下げるのだ。
「あ、
言ってる場合か!
超兵器相手に、真っ当な作戦が通用するはずがない!
だが、超兵器といえど動かしているのは人間だ。
兵器を動かす人間が減れば、能力が下がる。
戦いの基本だろう?
「……みんな、底面の兵装を攻撃! 砲塔が脱落した跡でもいい!
敵にダメコンを強いて迎撃能力を低減させる!」
「兵器の源を断つか……いい判断だ、ちぇいす」
「巨人の首筋は無理でも、足を傷つければいずれ倒せる!」
大助は賛同すると、市街地の建物スレスレから急上昇してロケット弾を機銃砲塔の跡に浴びせた。
竜司も負けじと迎撃を
《21番砲、沈黙!》
《20番砲より出火! 弾薬に引火します!》
《ダメージコントロール急げ!
奴らが上空に出るのは無理だ、上甲板の要員を割いてもいい!》
《ダメだ、応急長! 奴らの狙いはそこにある!
隙を作れば魔王は間違いなくそこを突いてくる!》
「ペンギン隊、効果が出ています! 底面兵装への攻撃を続けて下さい!」
「ちぇっ。俺の悪い面も、たまには役立つ」
そう呟きながら、チェイスは20ミリで敵の機銃を攻撃した。
ドームを撃ち抜き、赤黒くなった防弾ガラスが砕け散る。
そこを急上昇したボスが突き上げるようにロケット弾を撃ち込んだ。
「今のは手応えあったぞ! どうだ⁉︎」
70ミリロケットのひとつが機内に飛び込むと、間を置いて爆炎を吐き出す。
弾薬庫の弾薬に被害が及んだのだ。
「ボス、命中だ! 機内より爆発を確認!」
たとえ20ミリ未満の銃に相当する弾でも、発射薬という火薬を使っている以上は爆発する余地がある。
それが数百数千、数万と貯蔵されていれば。
引火した際の爆発は猛烈な勢いとなる。
《24番砲にロケットが! 底部兵装の弾薬庫に着弾!
隔壁損傷、火災発生! ダメコン要員の増援を願います!》
《何だとっ⁈ 針の穴に通すようなものだぞ⁉︎》
《……知ってはいたが。
蒼穹の魔王とその僚機、噂通りの実力だな。
護衛の到着を待つべきだったか》
《艦長、こちら応急長。
ダメコン要員複数が応急作業に従事中に死傷しました。
上甲板からの増援を頼みます》
《やむを得ないか……砲雷長、対空警戒を厳となせ!
魔王は来るぞ!》
《了解。各員、奮起せよ! 装填が遅れようとも、当てれば帳消しだ!》
聞こえて来る通信から、艦内での地獄絵図が想起された。
戦闘から生き残りへ、人員の比重が変わりつつあった。
「ペンギン1、好機です!」
「ああ……セコい手で悪いけど、こっちも負けるわけにはいかないんだ」
チェイスは一旦工場の煙を直接浴びる勢いで急降下し、加速する。
その勢いを得ると、再び上昇。
左舷側から大入道の上空を目指す。
《急上昇する敵機あり! 喫水線を越えます!》
《魔王だ……! 全火力をあの機体に集中!》
大入道の乗組員も無能揃いではない。
間違いなくチェイスの行く先を分析し、待ち構えるだろう。
「させないっ……!」
しかし、その考えを先読みできる存在がペンギン隊にはいた。
竜司だ。
彼女はチェイスに先立って、大入道のすぐそばで上昇した。
《蒼い敵機! 撃て撃てっ!》
機影と見た大入道の銃座につく兵士がひとり曳光弾を打ち上げると、周りも慌てて迎撃を始める。
彼女はまさに狙いを読んで、あっさりとかわしてしまう。
《違う、あれは浅葱色のオロールだ! 無駄弾を撃つな!》
《くそ、こんな至近距離とECMなんて想定外だ。
設備がまともに機能しない!》
P-98と比べれば、オロールの方がエンジン性能は圧倒的に上。
ある程度距離を置いたチェイスは竜司の陰に隠れるかのように上空へ出た。
《あっちだ! 魔王の機体っ!》
《余計な真似をっ、これじゃあ旋回が間に合わないぞ!》
チェイスへ向けられた迎撃は、明らかに先ほどよりも少なかった。
竜司で混乱していた防空火器がチェイスへ向こうとするが───
「よそ見している暇はないぞっ!」
ロケット弾を船体中心部の銃座に掃射。
さらに撃ち切ったポッドを投棄して叩きつけた。
70ミリロケットが炸裂した衝撃と、ポッドの質量を叩きつけられて甲板要員は動揺しただろう。
「今ですっ、チェイス殿!」
《ぐっ……! 主砲、装填完了!》
《主砲、打ちィ方はじめぇ!》
今の目的は大入道の撃破ではなく、無力化。
そのために狙うべきは、船体や艦橋ではない。
地上の味方にとって最大の脅威である主砲だ。
P-98は爆弾を搭載出来るだけの昼間戦闘機に過ぎない。
故にまともな照準器はなく、ほぼ勘で狙うしかない。
砲身が上下し、仰角を修正しつつある2基の主砲。
中間を意識し───投下。
攻撃の戦果をチェイスは確かめる間もなく、過ぎ去る曳光弾から逃れるため低空に退避した。
低空での爆撃を想定して、爆弾の信管は着弾から約3秒後に起爆する。
チェイスの狙いが正しければ、うまくいっていれば、爆弾は甲板に突き刺さっているはず。
果たして、どうなる?
《爆弾被弾っ、起爆せずっ!》
《発砲!》
爆発が、短い間隔で2度轟いた。
爆弾の起爆か、それとも主砲発射の衝撃か。
どちらが先だったのか、誰もわからないほどに。
「爆弾命中! チェイス、やったな!」
「でも信じられません、900キロ爆弾でも墜ちないなんて……!」
「だが、無事では済まん」
「空飛ぶ超兵器ってのは、簡単には墜ちないもんだ!」
《着弾した爆弾が起爆っ、主砲損傷!》
《砲弾は⁉》
「フツノミタマ、発射された砲弾は⁈」
「測定中! お待ちください!」
《爆発の衝撃で電探に損傷っ、測定不能!》
大入道からの迎撃を受ける中、チェイスはフツノミタマからの報告を待った。
1時間にも感じる2秒間が過ぎた。
「第4防衛線周辺に着弾します!
砲弾は当たりません!」
《大入道、何をしている⁈ 敵はもうそんなところにはいないぞ!》
爆弾が先だった。
数百キロの炸薬が生んだ爆圧が35センチ砲の砲身をカチ上げ、照準した座標のずっと北にズレたのだ。
この勝負は、ペンギン隊と宗治郎の勝ちだった。
《各科、被害状況報告!》
《電機、レーダー及びFCS損傷!》
《主砲2基損傷ッ、出火はなし!》
《艦首甲板左舷に
《……! 機関前進一杯、面舵一杯!
……残念ながら、我々の負けだ》
《ですが艦長! 我々には火器がありますっ。
まだ負けていませんっ!》
《ここで無理をしたところで、艦の損害が広がるばかりだ。
どのみち、本来の任務である月光の支援はもう出来ん……》
飛行していた大入道が大きく旋回を始め、180度転回した。
大入道は前方への火力投射を前提とした設計をしている。
すなわちこの行動は、純然たる撤退を意味していた。
「大入道、最大出力で撤退していきます……!」
「ちぇいす、追撃は」
「やめとこう。ここで決着つけるのもアレだしさ……」
ペンギン隊と大入道の戦いで、地上にもそれなりの被害が出ていた。
流れ弾や、脱落した兵装だ。
工場からは火の手が上がり、いくつかの民家では屋根が崩落していた。
そこへさらに数万トンの戦艦が落ちてきたら───
「相分かった」
大助も理解してくれたのだろう。
異論を唱えることなく頷いてくれた。
それにそもそも、撃墜するための火力がペンギン隊には欠けていた。
900キロ爆弾が船体に直撃しても、飛行そのものには支障がない化け物。
残る爆弾をぶつけても、撃墜は無理だろう。
《大入道が……撤退っ⁈ 馬鹿な、政府軍最強戦力だぞ⁉
それでは私の策が、どうなるんだっ⁈》
《司令、指示をっ! 前線の部隊は抵抗を続けています!》
《……しっ、死守だっ! 持ち場を死守せよっ!》
最大の脅威は去った。
しかし、肝心の戦いは未だ終わっていない。
「こっ、こちらオメガ3! オメガ1とペンギン隊!
出来るなら援護頼みますぅっ!」
敬一が情けない声で悲鳴を上げた。
そう、本来の任務は大入道の撃墜ではない。
地上を進む第一戦車隊の支援なのだ。
「さあ、第2ラウンドだ。空飛ぶ戦艦を相手するよりは楽だぜ?」
「こちらの兵装はそう多くありませんが、機関砲でなんとかしてみましょう」
ペンギン隊は既に、チェイス以外はロケット弾を撃ち尽くしていた。
守りを固めた陣地相手にGUNでは心許ないが───
ひとまず、行くだけ行ってみるべきだろう。
北上し、月光の街へ。
《こちら果照宮司令部。この交信を聞いている各員へ。
だれか、司令官を見なかったか?》
《なに? 繰り返せ、どういう意味だ?》
最終防衛線は、もう間もなく突破出来そうな状況だ。
トーチカの大半が沈黙し、障害も空爆によって除去されている箇所がある。
ただし、その見え透いた穴に敵戦車隊を中心とした戦力を集中して守っている。
この中に対空砲やSAMも集結して航空支援を阻んでいるのだ。
これが月光市街地への最後の障害であった。
「こちら柳北! ペンギン隊へ、我々は月光市街地まであと一歩のところです!
支援出来ますか⁉」
「ああ、喜んで。危ないから下がってて」
チェイスのP-98には、最後の900キロ爆弾が残っていた。
この炸薬量があれば、密集した敵部隊の一掃に大きく貢献出来るだろう。
緩やかに降下して加速しつつ、チェイスは最終防衛線にアプローチを始めた。
「竜司、大助! チェイスを支援するぞ!」
「了解っ!」
「相分かった」
ボスの号令で竜司と大助が集まると、チェイスの先を駆けだす。
中隊長はチェイスなのだが───
「なんかみんな、勝手に行動してない?」
「勝手に行動する中隊長が一番問題なんだよ!」
「合わせる側の事も考えろ」
「勝手に行動される前に、こちらで
ふむ。
実に慕われている中隊長殿だ。
《南方より敵機!》
《南⁈ 大入道はどうした、何をしてるんだ⁉》
《考えてる場合か、撃て! こっちを殺しに来るんだぞ!》
チェイスを追い抜いた3人は、当然敵の迎撃を真っ先に受けた。
曳光弾の雨が打ち上がり、SAMが白煙と共に解き放たれる。
大入道との戦いでチャフはほとんど使ってしまったが、フレアの残弾はまだまだあった。
各機体から火の玉が吐き出され、敵SAMの誘導を乱す。
もちろん、対抗策はそれだけではない。
大助のYP-27は最高速のマッハ2でカッ飛び、向かって来るSAMや砲弾を置いて過ぎ去る。
ボスと竜司は大助を見失ったSAMや対空砲の迎撃を受けるが、機体の性能と個々人の高い技量でひらりひらりと回避する。
対空砲もSAMも、残弾は無限ではない。
ある程度撃てば装填も必要だ。
前方には死線をくぐり抜けた第一戦車隊。
後方からは航空支援。
本命に備えろと、孤立した彼らに命ずるには厳しすぎる状況だった。
ペンギン隊によって穿たれた迎撃の穴。
そのど真ん中にチェイスは飛び込んだ。
「今度はそっちの番だ」
降りかかる理不尽に晒される順番が、彼らにやって来たのだ。
《敵機、通過っ! 爆弾がっ!》
《……爆発、しない?》
《馬鹿ッ、遅延信管だ! 退避、退避ィッ!》
チェイスが敵陣地上空を通り過ぎた後に、900キロ爆弾が残された。
路面に深々と突き刺さったそれは、きっかり3秒後に起爆した。
猛烈な爆圧があらゆるものをなぎ倒した。
まともに衝撃を受けた車両は横転し、建物は基礎ごと押し倒され、生物は血の霧となる。
穴を塞いでいたパッチは引き剥がされた。
「戦車前進! なだれ込め!」
「今、上空を通過したのが魔王なのか⁈
あの爆発、一体何を使ったんだ⁈」
「900キロ爆弾でしょう。話には聞いていたけど、ここまでとは……!」
月光市街地へ第一戦車隊がなだれ込んでいく。
果照宮には敵本隊がいるが、あくまで司令官の立てていた作戦は大入道の支援あってのもの。
市街地含めた包囲が始まれば、陥落は間近だ。
などとチェイスが果照宮を見ながら考えていると。
中庭から飛び立つヘリに気づいた。
《今、連絡機が離陸したが、こんなの予定にあったか?》
《いや、ない……司令部に確認してみよう》
《はぁ? 連絡機? 誰だ、このクソ忙しいときに……あっ。
あんの野郎ッ! 散々引っ掻き回して、手に負えないと見たら逃げる気か⁈》
なにやら、果照宮では何かが起きているらしい。
まだ、この出撃でGUNはほとんど使っていなかったはずだ───
ヘリは未だ、果照宮南を飛行中だ。
「フツノミタマ、離脱してるヘリへの警告射撃の許可を!」
「少し待て……」
この手の判断は将校である次郎の担当だ。
ヘリは月光を囲う山の稜線を越えないように飛行しているため、フツノミタマのレーダーで捉えるのは難しい。
しかし、データリンクを介してペンギン隊や宗治郎の機体からデータを得ることは出来るはずだ。
「確認した! 敵司令官搭乗機と判断し、警告射撃を許可!
降伏勧告はこちらで行う」
「了解、頼むぜ」
「ペンギン隊は上空警戒に当たる」
ボスに部隊を任せ、チェイスは離脱中のヘリに針路を合わせる。
預かった部隊を放り出して、自分だけ逃げ帰る。
敵とはいえ、そんな真似を許したくはなかった。
「離脱中の回転翼機へ。こちら葦原連邦空軍、AWACSフツノミタマ。
貴機は我が方の攻撃圏内にいる。速やかに安全な場所へ着陸し、投降せよ」
チェイスはヘリより少し速い程度に速度を合わせ、前方に出たところで機関砲を1発だけ発砲した。
領空侵犯機相手の警告射撃ではこうするというマニュアルだったが、実際に行うのはこれが初めてだった。
まさか戦時下の異世界でやる事になるとは。
《ま、待てフツノミタマ! 今から応じるから、撃たないでくれ……》
《なんだとっ⁈ おい、勝手な真似をするなっ!》
《勘弁してくださいっ、戦闘機相手にどう逃げろと⁈》
ヘリのパイロットが投降すると決断してくれたらしい。
無駄な犠牲者は生まれないだろう───
《高射隊! あの回転翼機を撃て!》
すると、混乱している敵の交信に不穏なものが混じった。
《で、ですが、仮にも司令官の搭乗機ですよ⁈》
《敵前逃亡する者など器に非ず! 撃墜だ、撃て!
奴だけ生きて帰すな!》
嫌な予感がした。
「チェイス! ミサイルだ、ブレイク!」
「悪いな、VIPさん!」
警告に従ってフレアを投下しつつ、チェイスは逃げ出した。
すると、ミラーにミサイルの噴射炎が映りこんだ。
これはさすがに、向こうの幸運を祈るしかなかった。
《ああっ、クソォッ!》
ヘリもすぐさま反応して回避機動に入ったが、単なるヘリにミサイル回避を求めるのは厳しかった。
尾部にミサイルが直撃し、機体が真っ二つになった。
幸いなのは、爆散しなかったことだ。
《至急至急至急! う-21、尾部が脱落っ! 墜落する!
救助を求むっ!》
ヘリはメインローターとテイルローター、2つのプロペラで制御されている。
中でも尾部のテイルローターは、浮力を得るためのメインローターで生じるトルク───反動を打ち消すためのものだ。
それがなくなれば、機体が勝手にくるくると回って墜落するしかない。
そうしてヘリは広場に向かって墜落した。
制御を可能な限り維持するオートローテーションは成功していたため、衝撃はあれど機体は原型を保っていた。
この墜落での死者は、恐らくいないだろう。
「えーと、う-21。ナイスランディング。
第一戦車隊が向かうと思うから、大人しく投降してくれ」
「……う-21、確認した」
「幸運を」
上空からでも、月光の街を快進撃する第一戦車隊の土煙が目に入る。
この世界の舗装路は極めて稀で、大通りでも砂利道は珍しくない。
間もなく、う-21にいた人間は拘束される。
《……はぁ。こちら果照宮司令部、やってられるか。
我々はこれより連邦軍に投降する。抵抗したい者は……止めない。
だが頼むから、変な抵抗をして話をこじらせないでくれ。
以上、交信終了》
《くそ。あの司令官が茶々入れなければ、もっとまともに抵抗出来たのに……!》
司令部が投降を決め込み、部隊も渋々とはいえ司令官への攻撃を実行する。
政府軍の士気は崩壊した。
戦いがあるとしても、組織的な抵抗は散発的なものに終わるだろう。
「まあ、なんだ。作戦完了、って事でいいのかな?」
「月光を奪還し、大入道に深手を負わせ追い返した。
勝利以外に、一体何と呼ぶ?」
チェイスの問いかけに、宗治郎が喜びをにじませながら応えた。
結果としてはそうなるのだろう。
最後がかなり締まらなかったが。
「幕府軍時代、一矢報いる事もままならなかった大入道です。
チェイス殿、大戦果で間違いありませんよ!」
と、竜司も興奮気味に同調した。
大入道は元隊長である歳三の原隊が壊滅する直接的な元凶となった存在だ。
長年噂に聞いた強敵の打倒に歓喜しているのだろう。
「こちら第一戦車隊! 遭遇する敵の大半が投降している!
司令部にも白旗を確認!」
「……終わったかぁ。ペンギン隊、チェイスくん。聞こえてる?」
柳北の交信要請に、チェイスは喜び勇んで応答した。
「はいはい、いつでも聞いてるよ!」
「おかげで勝てた。ありがとうね」
「柳北さんの力になれたのなら、俺はなんだってやれちゃうぜ」
「今度、お礼するね。以上、交信終了」
「……ふっふっふ。
まさかこんなところでデートの予約が出来てしまうとはな」
チェイスは鼻の下を伸ばしながらほくそ笑んだ。
はてさて、この今度とはいつの話なのやら。
「生きてれば、そのうち来るだろ」
まったく、ポジティブな話だ。
「……チェイス殿。戦の最中に、不謹慎ですよ」
「まったくだ。遂にお前、フライト中にも始めたなおい」
竜司やボスからは非難の嵐、当然の扱いである。
戦闘中に、女にかまけてデレデレと───もう少し、緊張感をもってだな。
「多少ならば、構わんだろう」
凛とした声が、思いがけず肯定した。
その声の正体は言うまでもなく大助である。
「だ、大助?」
「だから私とも甘い話をしても問題はない。
そうだろう? ちぇいす」
「う、うん……」
今までこんな真似をしていた以上、嘘でも否定は出来なかった。
嫌な一筋の汗が、背中を伝った。
「お前が引いてるって事は、ガチなのか……」
「何を察してるんだよ、おい」
ともあれ。
この戦いもまた、チェイスは生き延びた。
それだけは確かであった。