蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月28日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
オメガ隊の面々はデブリーフィングが終わると、ボスや吉宗らと共に早々と退出していた。
その背をじっと、ゆきは見つめていたのだが───
何かを言うべきだ。
それをわかっていても、言い出せないのが人間だ。
ましてや、事故といえど彼らの仲間を死なせてしまったのだから。
デブリーフィングでそこに一切触れられなかったのもまた、彼女にとっては混乱を助長したのだろう。
「……」
良介とあくりはそんなゆきを連れ立って、食堂へと向かっていた。
彼女は5歩ほど遅れて、顔を伏せながら歩いている。
「良介。差し出がましい真似をしたな」
「え?」
不意に、囁くような声であくりは言った。
突然の事で良介は間抜けな声を出してしまったが、考えるまでもない。
元より良介も、意気消沈したゆきと話し合おうと思っていたのだから。
「ああ、気にしなくていいよ。ゆきちゃん、生真面目だからさ。
俺ひとりで話し掛けたら、緊張しちゃっただろうし」
彼女の事だから中隊長の良介とふたりっきりとなると、クビを覚悟しかねない。
サトリであるゆきは本来なら、相対している人間が向ける感情を察することが出来るが───どういうわけか、良介は一切読めないという話だ。
最悪なミスをしでかした直後、考えを読めない上司と
必要以上に委縮することだろう、それは良介の本意ではない。
「そうだな。ゆきは今、翼を失う事を強く恐れている」
翼を失う、戦闘機乗りとしての資格を喪失するという事だ。
それは確かに一大事ではあるが───
あくりの口ぶりから、別の深刻な意図があるように思えた。
「恐れる?」
「ゆきには肉親がいない、ひとりもな。
残っているのは連邦軍の地位と、ペンギン隊ばかり。
奴には帰るべき場所が軍以外にないからな」
言われてみれば、そうだった。
空知ゆきは無頼集落の育ちで、しかも現地との繋がりも薄い。
数少ない故郷との繋がりであった母親も良介がこの世界に来る直前に他界し、未練らしい未練もなさそうだった。
そうなると、ゆきが他人との接点となるのは連邦軍を置いて他になかった。
夷俘島飛行学校の生活を共にした新選組と、良介らペンギン隊だけ。
「……なるほど。軍が自分のアイデンティティに結びついちゃってるのか」
そうなっても不思議ではない。
しかし一方で、あまり健全な話でもない。
ゆきは連邦軍や幕府軍の、内戦下での顔しか知らない。
追い詰められて、食うに困って民間人すら徴発する必死の形相だ。
軍が普段行う業務である、草刈りや穴掘り、災害派遣───
それらに伴う書類作業やクレームの対処。
クソ退屈で報われない、しかしそれが最良。
そんな平時の軍隊が持つ顔を知らないのだ。
この内戦が終結した後、戦場しか生きる場所を知らない彼女に居場所はなくなる。
その時彼女はどうするのか、一体どうなるのか?
もっともこれは、捕らぬ狸の皮算用というやつだろう。
なにせ内戦を生き延びられるのか、良介とゆきの両方がいるのか。
それすら不透明な戦況なのだから。
というのが、あくりの考えていた事なのだろう。
白痴などと呼ばれていたらしいが、そう言いだした輩はあくりの事を何も知らないのがよくわかった。
「私がそう思っているのも、ゆきは察しているのだろうな」
横目に、あくりはゆきの様子を伺った。
良介が振り返ったのと、ゆきの視線が上げられたのはほぼ同時の事だった。
「……お気遣い、ありがとうございます」
悲痛な表情であった。
彼女からしてみれば、いっその事非難された方が楽だったのかもしれない。
「まあ、なんだ。今回は敵に利用されたわけだけど……
あんなの、誰だって起こり得ることだよ。俺だってそうだ」
「……ですが」
無責任な立場から言っても、響くことはないだろう。
やはりここは、当事者間で話してもらわなくては。
視線を進路に戻すと、見覚えのある小さな人影が。
パシャリ、射影機が一枚の紙を吐き出した。
「ペンギン隊お揃いで、どこ行くの?」
「四谷ちゃんか。これから飯だよ」
「ふーん。じゃ、ご一緒しちゃおっかな」
彰義隊付きの小さな新聞記者は、空気を読まずに良介たちの列に加わった。
「で、さぁ。良介って、なんかすごい事したんだって?
噂になってたけど」
「それは秘密。お互いのためにさ」
「えー」
連邦軍は幕府時代よりマシとは言え、やはり当時の色が未だ濃い。
機密を漏らそうものなら、暗い牢屋に閉じ込められるだけで済むだろうか。
表向きは、それで済むことになるのだが。
「まあ、俺のやった事だからすぐ表沙汰になると思うよ」
良介は葦原連邦から英雄として祭り上げられ───
タチの悪い事に、期待以上の働きをしてしまっている。
一切期待していなかった偽りの翼が、本物の翼だったのだ。
そりゃもう、プロパガンダに引っ張りだこである。
「……あたしとしては、それを最初に表沙汰にしたいんだけどなぁ」
「悪いね、四谷ちゃんの安全の方が俺様には大切なのだ」
「はっ……それ言ったの、何人目?」
「最初のひとりだよ、本当に」
なにせ、良介にメディア関係者の知り合いはひとりもいないのだから。
この世界では。
「……良介」
たしなめるようにあくりが咳払いをした。
確かに、ゆきの心境を考えれば少し軽すぎる会話だったか。
「あー……ごめん、ちょっと黙る」
この様子を見て、四谷も察してくれたらしい。
良介は視線で彼女に礼を告げると、到着した。
食事のうまそうな匂いが漂って来る食堂。
オメガ隊の面々がいるであろう、隊員憩いの場である。
「……」
ゆきは食堂の扉から数歩離れたところで立ち止まった。
やはり、罵られるのが怖いのだろう。
もしオメガ隊と会わせたところで、彼女の懸念通りになるかもしれない。
しかし、避けたところで問題はズルズルと先延ばしになるだけだ。
誰かが背中を押し、支えなければ。
良介は引き返すと、ゆきの手を取った。
「あっ……」
「俺も一緒に行くよ、中隊長だからさ。だろ?」
ゆきの細く、マメだらけの手が握り返した。
「はいっ」
史上稀にみる真面目な食堂の入場を果たすと、座席の一角に吉宗をはじめとしたオメガ隊の連中が見えた。
ゆきは一直線に彼らのもとへ向かおうとするが───
「ゆ、ゆきちゃん。まずは飯を貰ってからにしない?」
「で、ですが……」
「ほら、その方が近づきやすいだろ?」
あくまで、ついでという体で。
必要以上に委縮するのは謝罪する側だけでなく、される側も同じだ。
なんとかゆきを説得した良介は給養員の皆様から本日の夕食を頂くと、改めてオメガ隊の方へ歩み出した。
まだ距離があって、吉宗が部下に対して何を話しているのか聞き取れない。
しかし吉宗の隣に座るボスと視線を交わして、問題がない事を悟った。
「よう、オメガ隊」
「あっ、良介さん……と」
敬一が良介とゆきの存在に気づくと、オメガ隊の視線が一斉に向けられた。
「うっ……」
「ここ、座るぜ」
「ああどうぞどうぞ……」
ゆきに隣に座るよう促し、ふたりはオメガ隊の面々と向き合った。
「それで、どうだった? オメガ7、梶の奴は」
お互い、無駄な腹の探り合いをして時間を無駄にしたくはないだろう。
良介が直球で尋ねると、隣で震える気配を感じた。
「……あいつが降下したのは月光と大浦藩領の境界付近でした。
まだ、見つかってません」
敬一は静かに答えた。
梶が何とか徒歩で北上して、月光市街地を制圧する陸軍と合流出来れば良いのだが───
「私の……私の失敗です。面目次第もございません」
ゆきは静かに頭を下げた。
こればかりは彼女自身が行わねばならず───そして、あとは周囲の反応次第だ。
良介はじっと、事の顛末を見守ることにした。
「竜司さん。確かに、あんたの攻撃で梶は墜ちた」
秀彦がピシャリと言ってのけた。
こいつはいつも、物事をいちいちマジレスするタイプだ。
「だが、それは相手が特殊なだけだ。あれ以上気にしてたら攻撃は出来ない」
だからこそ、効果がある。
あの状況はゆきの不注意ではなく、梶もゆきの射線に飛び込んだわけでもなかった。
発射を確かめた敵機が、梶の目前を飛び抜けてミサイルの誘導をなすりつけたのだ。
そんなの、誰にも想定できるわけがない。
「そりゃ、あんたに思うところがないわけじゃない。
でも、これを責めるのは理不尽が過ぎる。明日は我が身かもしれないしな。
……以上が、
呼吸を整えるかのように沈黙が漂う。
そこへ四谷がパシャリと射影機で撮影した音が響き、あくりから視線で注意を受けていた。
ここで良介が口を出してまとめるのが、一番簡単だ。
だが、しかし───
最も
ふと視線を落とすと、ゆきの手が自身の傍らにあった。
固く結ばれた手。
良介はその手にそっと、自分の手を重ねた。
「……!」
向けられた視線にうなずく。
「いいのでしょうか。仲間殺しが、許されて」
「まあ、なんだ。あいつも言ってたろ? 明日は我が身かもしれないって。
不安定なところのある武器使って戦ってるんだ、誰でも起こり得るよ。
それわかった上で、あいつらは許してくれてるんだ」
「はいっ。良介さんのおっしゃる通りで!」
敬一が頷くと、オメガの面々もそれにならった。
それを聞いてゆきは涙を流し───
頭を下げた。
「かたじけない……!」
ひとまず、この問題は終わりだ。
厳密には撃墜された梶の消息が明らかにならなければ終わりではないが───
こればっかりは、時の運だ。
彼自身が帰還する可能性もあれば、政府軍からの捕虜交換で知ることもあり得る。
最悪、戦後もずっと消息不明のまま終わる可能性だって。
だから、もう終わりなのだ。
戦争の中で死者を想い続けていては、何も出来なくなるのだから。