蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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168 閑話「SEIKA」

央暦1970年4月28日

真田藩 真田空軍基地

葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 ひとまず、緊張感のある状況は終わった。

 自身に溜まった緊張をほぐすついでに、良介は水を汲みに離席した。

 

 その背後に続く気配には、当然気づいていた。

 

「お疲れ。なんだか知らないけど、隊長やってるじゃん」

 

 奇妙な縁で彰義隊付きの記者となった四谷である。

 

「どうも……まったく、こういうのは性に合わないぞ」

 

「だろうねぇ」

 

 コップを手に取ると、給水機から水を汲む。

 聞くところによるとこいつにも魔法が絡んでいて、水道水に浄化魔法をあてて飲料水にしているらしい。

 

 言い換えれば、水道水を直接飲んではいけない。

 海外暮らしがそこそこあった良介は、うっかり飲んだりはしなかったが。

 

「良介ってさ」

 

「なに?」

 

 一口水を含みながら尋ねる。

 遠目に見たゆきとオメガ隊からは、険悪な雰囲気を感じられない。

 

「自分が……死んだりとかした時の事、考えた事ある?」

 

 ずっと頭の片隅に溜まっていたモヤモヤを言い当てられた。

 気分ではなく、文字通り。

 

 人によっては不愉快に感じる質問だろうが───

 良介にとっては、誰かと話してみたかった話題だった。

 

「それって、いつもの取材? それとも個人的な質問?」

 

「回答次第、かな……良介って、意外と自分の事話さないじゃん?

だからこういうのはいいテーマになるんじゃないかなーって思ったんだ」

 

「さすが記者、視点が鋭い」

 

「まーね……今まで見てきて、良介は考えてないようで考えてる。

だけど、ちょくちょく考えてないのがわかったからさ。

何にも考えてないって事はないでしょ?」

 

「どっちだよ」

 

 とはいえ、今回に関しては非常に鋭い。

 

 志村良介が死ねば、どうなるか。

 葦原連邦軍の象徴扱いされている良介だが、いなくなった瞬間崩壊するわけではない。

 

 吉宗やら現公やらがどうにかするだろう───

 問題はそこではない。

 

「……正直、彰義隊や連邦がどうにかなるとは思ってないよ」

 

「え? そう?」

 

「戦争ってのは、ひとりでやるもんじゃないよ。

誰かがどうにかやりくりする……だから、俺が心配してるとしたら、

もっと個人的な問題だよ」

 

「ほうほう、個人的……いいね」

 

 どうやらこれは、個人的な質問ではなくいつもの取材になりそうだ。

 適当な空席に座ると、良介は続けた。

 

「ちょっと頭の中の整理が進んでないから、

ぼやけた話になるかもしれないぞ」

 

「いーのいーの! こっちで適当に調整しちゃうからさ!

で、それって上司の人の話?」

 

「ボスの件もある……だけど一番不安なのは向こうの問題だよ」

 

「良介の世界?」

 

「ああ……俺は色々残してきたからさ。

向こうがどうなってるのかわからないけど、例えば……

時間がこっちと同じように過ぎてたら、大問題になってるだろ?」

 

「……時間って、普通に過ぎてるんじゃないの?」

 

「まあ、その辺は確かめようのない話題だから置いておいてくれ。

ともかく、兵士が兵器持ったまま消息不明。

それも、ちょっと緊張の高まった場所だ。凄い問題になるだろ?」

 

 なにせ、良介とボスは日本海での演習中、北の某国(・・)からちょっかいを掛けに来た機体に対応している最中だったのだ。

 その2機が同時に消息を絶ったのだ。

 

 日本と某国の間で戦争状態に陥っていたとしても、不思議ではない。

 

「まあ、確かに?」

 

「で、一度あることは二度あるって言うだろ?

またこっちと俺の世界が繋がって……本格的な交流が始まったとする。

その時、俺がプロパガンダまみれでよくわからない、

正体不明の存在になるんじゃないかって」

 

 この辺りは考えがまとまっていない、言語化が出来ていない心境である。

 ただ一言で表すのならば、不安なのだろう。

 

「それは、なんというか……自分の痕跡は残ってても理解されない。

って感じの不安があるって事?」

 

「うーん、そうかも。

竜司ちゃんとかには、俺の昔の話とかすることがあるんだけどさ」

 

「昔の話?」

 

「10年ぐらい前の学生時代、俺様の青春時代だ」

 

「じゃ、それ小説か何かにして世に出せばいいんじゃない?

神兵モノの小説はあるけど、本人の回顧録はなかったはずだから……

ちょっと待って……」

 

 四谷はカバンから新聞とそろばんを出して弾き始めた。

 

 想像を超える指摘であった。

 良介を真の意味で理解する者はなく、それを言語化する能力はない。

 

 ならば、自分の生きた証を物語という形で残せばいいのではないか。

 

「そういや、小説の担当が徴兵されて困ってるとか言ってたなぁ……」

 

 中坊の頃から今まで何千何百という本を読んでおきながら、なぜ思いつかなかったのか。

 そうだ、その不安の解消法は小説にある。

 

 小説で自分の生きざまを書き残せばいいではないか。

 そう例えば、辻村たくろう先生の『同級生』のような、半自伝的な作品を。

 

「良介ってさぁ、普段ずっと本読んでるよね? 小説本中心に」

 

「ああ……この世界に来る前から、ずっとさ」

 

「それ、書けちゃったりする?」

 

「やった事はないけど……やってみたい気はする」

 

「よーし!」

 

 バン、と四谷が机に叩きつけたのは真っ白な一枚の紙。

 ここに彼女は一筆書き加えた。

 

 企画書、蒼穹の魔王と。

 

「うーん、ひとついい?」

 

「な、なに急に? せっかく調子が乗ってきたのに」

 

「蒼穹の魔王は四谷ちゃんが言い出した名前だろ?

タイトルにするのは違くないか?」

 

「これはまだ企画案。題名はまた別につけるから……

良介の青春時代……どんな事してた?」

 

 それ次第で題名が決まるというわけだ。

 良介の青春時代で何をしていたのか。

 そんなのは決まっている。

 

「ふっ、愚問だな……ナンパだ」

 

「あ、やっぱり」

 

「四六時中、街の中をナンパして回っていたのだ……」

 

「も、もうちょっと……なんかいい感じの話は?

ほら、魔王と呼ばれる前から獅子奮迅の活躍をしていたとか」

 

「あの時代、俺様は暴力でモテようなんて小学生じみた願望は捨ててたな」

 

 もっとも、良介が暴力から完全に離れられた時代はない。

 なにかしらに絡まれて、必要に応じて活用していた。

 

 いい感じの話、と問われても難しい問題だ。

 なにせナンパにいい感じの話が生えることは滅多にない。

 ただし───

 

「あの時こうしていたら、って考えることはあるな」

 

「な、ナンパで?」

 

「うん。後々噂で、その子はあんな風に悩んでいたとか、

実はあの時はああだったんだ……とかさ」

 

 その代表例は、やはり村尾奈美子先輩の一件だろう。

 彼女は良介の親友である村山大助と結婚したわけだが───

 

 二次会でこっそり、奈美子から告げられたのだ。

 

『実はあの時……大助くんじゃなくて、良介くんの方が気になってたんだ』

 

 その晩、後悔で眠れなかった。

 なぜ二度目の告白をしなかったのか、なぜ踏み込まなかったのか。

 すべては、もう遅かったが。

 

 例はそれだけに留まらない。

 

 18歳の夏休み直前に出会った、あの図書委員の女の子達。

 高校時代の悪友、真奈。

 妹分を名乗っていた───あいつは、置いておこう。

 

 こう考えてみれば、少し行動を変えていただけで今の良介はいないのではないか?

 あの青春時代の夏休み、彼女が出来ていたかもしれない。

 その先には今と違う、もっと別な人生(if)が待っていたかもしれない。

 

「な、なんだかすごく創作意欲が湧いてきたぞ……」

 

「ほっ、本当⁈」

 

「ああ。俺様の青春の夏……青夏(せいか)の物語だ」

 

「青夏……なーるほどっ!」

 

 それを聞いた四谷は、企画書に書き足した。

 新聞小説、青夏と。

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