蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1970年4月28日
真田藩 真田空軍基地
葦原連邦空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
ひとまず、緊張感のある状況は終わった。
自身に溜まった緊張をほぐすついでに、良介は水を汲みに離席した。
その背後に続く気配には、当然気づいていた。
「お疲れ。なんだか知らないけど、隊長やってるじゃん」
奇妙な縁で彰義隊付きの記者となった四谷である。
「どうも……まったく、こういうのは性に合わないぞ」
「だろうねぇ」
コップを手に取ると、給水機から水を汲む。
聞くところによるとこいつにも魔法が絡んでいて、水道水に浄化魔法をあてて飲料水にしているらしい。
言い換えれば、水道水を直接飲んではいけない。
海外暮らしがそこそこあった良介は、うっかり飲んだりはしなかったが。
「良介ってさ」
「なに?」
一口水を含みながら尋ねる。
遠目に見たゆきとオメガ隊からは、険悪な雰囲気を感じられない。
「自分が……死んだりとかした時の事、考えた事ある?」
ずっと頭の片隅に溜まっていたモヤモヤを言い当てられた。
気分ではなく、文字通り。
人によっては不愉快に感じる質問だろうが───
良介にとっては、誰かと話してみたかった話題だった。
「それって、いつもの取材? それとも個人的な質問?」
「回答次第、かな……良介って、意外と自分の事話さないじゃん?
だからこういうのはいいテーマになるんじゃないかなーって思ったんだ」
「さすが記者、視点が鋭い」
「まーね……今まで見てきて、良介は考えてないようで考えてる。
だけど、ちょくちょく考えてないのがわかったからさ。
何にも考えてないって事はないでしょ?」
「どっちだよ」
とはいえ、今回に関しては非常に鋭い。
志村良介が死ねば、どうなるか。
葦原連邦軍の象徴扱いされている良介だが、いなくなった瞬間崩壊するわけではない。
吉宗やら現公やらがどうにかするだろう───
問題はそこではない。
「……正直、彰義隊や連邦がどうにかなるとは思ってないよ」
「え? そう?」
「戦争ってのは、ひとりでやるもんじゃないよ。
誰かがどうにかやりくりする……だから、俺が心配してるとしたら、
もっと個人的な問題だよ」
「ほうほう、個人的……いいね」
どうやらこれは、個人的な質問ではなくいつもの取材になりそうだ。
適当な空席に座ると、良介は続けた。
「ちょっと頭の中の整理が進んでないから、
ぼやけた話になるかもしれないぞ」
「いーのいーの! こっちで適当に調整しちゃうからさ!
で、それって上司の人の話?」
「ボスの件もある……だけど一番不安なのは向こうの問題だよ」
「良介の世界?」
「ああ……俺は色々残してきたからさ。
向こうがどうなってるのかわからないけど、例えば……
時間がこっちと同じように過ぎてたら、大問題になってるだろ?」
「……時間って、普通に過ぎてるんじゃないの?」
「まあ、その辺は確かめようのない話題だから置いておいてくれ。
ともかく、兵士が兵器持ったまま消息不明。
それも、ちょっと緊張の高まった場所だ。凄い問題になるだろ?」
なにせ、良介とボスは日本海での演習中、北の
その2機が同時に消息を絶ったのだ。
日本と某国の間で戦争状態に陥っていたとしても、不思議ではない。
「まあ、確かに?」
「で、一度あることは二度あるって言うだろ?
またこっちと俺の世界が繋がって……本格的な交流が始まったとする。
その時、俺がプロパガンダまみれでよくわからない、
正体不明の存在になるんじゃないかって」
この辺りは考えがまとまっていない、言語化が出来ていない心境である。
ただ一言で表すのならば、不安なのだろう。
「それは、なんというか……自分の痕跡は残ってても理解されない。
って感じの不安があるって事?」
「うーん、そうかも。
竜司ちゃんとかには、俺の昔の話とかすることがあるんだけどさ」
「昔の話?」
「10年ぐらい前の学生時代、俺様の青春時代だ」
「じゃ、それ小説か何かにして世に出せばいいんじゃない?
神兵モノの小説はあるけど、本人の回顧録はなかったはずだから……
ちょっと待って……」
四谷はカバンから新聞とそろばんを出して弾き始めた。
想像を超える指摘であった。
良介を真の意味で理解する者はなく、それを言語化する能力はない。
ならば、自分の生きた証を物語という形で残せばいいのではないか。
「そういや、小説の担当が徴兵されて困ってるとか言ってたなぁ……」
中坊の頃から今まで何千何百という本を読んでおきながら、なぜ思いつかなかったのか。
そうだ、その不安の解消法は小説にある。
小説で自分の生きざまを書き残せばいいではないか。
そう例えば、辻村たくろう先生の『同級生』のような、半自伝的な作品を。
「良介ってさぁ、普段ずっと本読んでるよね? 小説本中心に」
「ああ……この世界に来る前から、ずっとさ」
「それ、書けちゃったりする?」
「やった事はないけど……やってみたい気はする」
「よーし!」
バン、と四谷が机に叩きつけたのは真っ白な一枚の紙。
ここに彼女は一筆書き加えた。
企画書、蒼穹の魔王と。
「うーん、ひとついい?」
「な、なに急に? せっかく調子が乗ってきたのに」
「蒼穹の魔王は四谷ちゃんが言い出した名前だろ?
タイトルにするのは違くないか?」
「これはまだ企画案。題名はまた別につけるから……
良介の青春時代……どんな事してた?」
それ次第で題名が決まるというわけだ。
良介の青春時代で何をしていたのか。
そんなのは決まっている。
「ふっ、愚問だな……ナンパだ」
「あ、やっぱり」
「四六時中、街の中をナンパして回っていたのだ……」
「も、もうちょっと……なんかいい感じの話は?
ほら、魔王と呼ばれる前から獅子奮迅の活躍をしていたとか」
「あの時代、俺様は暴力でモテようなんて小学生じみた願望は捨ててたな」
もっとも、良介が暴力から完全に離れられた時代はない。
なにかしらに絡まれて、必要に応じて活用していた。
いい感じの話、と問われても難しい問題だ。
なにせナンパにいい感じの話が生えることは滅多にない。
ただし───
「あの時こうしていたら、って考えることはあるな」
「な、ナンパで?」
「うん。後々噂で、その子はあんな風に悩んでいたとか、
実はあの時はああだったんだ……とかさ」
その代表例は、やはり村尾奈美子先輩の一件だろう。
彼女は良介の親友である村山大助と結婚したわけだが───
二次会でこっそり、奈美子から告げられたのだ。
『実はあの時……大助くんじゃなくて、良介くんの方が気になってたんだ』
その晩、後悔で眠れなかった。
なぜ二度目の告白をしなかったのか、なぜ踏み込まなかったのか。
すべては、もう遅かったが。
例はそれだけに留まらない。
18歳の夏休み直前に出会った、あの図書委員の女の子達。
高校時代の悪友、真奈。
妹分を名乗っていた───あいつは、置いておこう。
こう考えてみれば、少し行動を変えていただけで今の良介はいないのではないか?
あの青春時代の夏休み、彼女が出来ていたかもしれない。
その先には今と違う、もっと別な
「な、なんだかすごく創作意欲が湧いてきたぞ……」
「ほっ、本当⁈」
「ああ。俺様の青春の夏……
「青夏……なーるほどっ!」
それを聞いた四谷は、企画書に書き足した。
新聞小説、青夏と。